転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【10話】ローラの休日(前)

 ベトルカの邸宅は静かな気配に包まれている。

 いつもよりローラは寝坊して起きる。シンとした気配。誰もいないことを確認すると冷たい床を素足で踏んだ。

 昨日はエトラムル回路理論の寄稿論文を仕上げていて割と大変だった。

 

「うん……? モラードせんせー? ああ、お出かけか……」

 

 ローラは寝ぼけ眼でモラード不在を確認する。

 いかん、立ったまままだ寝れそうよ?

 ボーっとしながら寝間着のまま居間を見渡してからベランダへ出る。

 論文を仕上げろと言った本人がどっかに行っている。いや、どこ行ってるかは知ってるけどさ。

 足元を強い日が照らしている。今日もいい天気だ。

 朝っぱらからモラードは診療だ。モラードがベトルカなんて田舎町にいるのはバストーニュのバランシェ博士の診療を行うためだ。

 その間はファティマ・マイトとしての本業は片手間のような感じになっている。余程のことがない限りここに誰かが訪れてくることはない。

 来てもお断り状態なんだけどね。

 クローム・バランシェが自身の診療を許したのがモラードただ一人であったこともあって週に一度はせんせーはあっちに出かけるのだ。

 わたし? わたしはお留守番。ついてってもやることないんだもの。それよりもやりたいことをやってるほうが良かった。

 この家に来てもう半年近く経つ。エトラムルの研究と弟子の兼業は根気よく続いている。

 せんせーに釣られて自分で出来る料理を結構覚えた。おっさんがグルメなこともある。

 そういえば今月はユーバーのとこには顔を出していない。よくターバンさんが迎えに来るのだが……別に来なくても問題ないけど。

 

「朝の準備体操~ うんしょっと」

 

 ベランダで深呼吸してから両手と両足を空に向けて広げる。

 指先からビビッと感覚を広げていく。

 心拍数、脈拍、血圧も正常。起き抜けの意識も感覚を広げていくことで眠気もスッキリとなってクリアになっていく。

 いつでも体は全開で行動できる。自分の体調もきちんとコントロール出来ている。

 朝の準備体操は欠かせないものとなっている。生体コントロールの基礎をどうにか覚え、今では触診だってできそうなくらいにはなっていた。

 もっとも、正規の医師免許を持ってないから診療行為はできないけれど、単純な接触治療くらいはできそうな気がした。

 力の制御を生体操作で行えるようになってからは薬も飲んでいない。もう不用意に騎士の力で何かを壊すこともなくなっていた。

 全力を出すときのキーのタイミングも覚えた。瞬間的にそのスイッチは切り替えることができる。

 今はかなり力をセーブした状態で普通でいられるようになった。

 

「まあ、いいか。今日は実験の続きしようっと」

 

 もう着慣れた白衣を羽織った。

 ほぼローラ専用となった研究室に入る。待ち受けているのはミジンコ君。エトラムルのリョウである。

 ガラスの向こう側で液体がコポコポ音を立てている。

 なお、リョウって名前は生前のわたし自身の名前だ。

 

「おはよう、リョウ」

「おはよう、ローラ。目覚めの朝はフレンチ・キスでコーヒは苦め。シャツのネクタイはマーブルイエロー」

 

 室内に響くのは滑らかなマシンボイス。始めの頃に比べたら語彙はかなり豊富になった。

 

「どういう朝の挨拶……」

「モラードが教えてくれた」

 

 モニタではいくつもの視覚化したシグナルがリョウの脳波に合わせてフラクタルの紋様を形作る。

 

「そのネクタイはNGだからっ! なーに教えてるんだよあの親父は……」

 

 一度覚えたのを修正するのはめんどくさい。エトラムルは基本的に忘れることもないし。

 でもリョウの語彙は日を経るごとに豊富になっていく。

 

「エミュレート開始。『ワモンゴキブリが交配相手を決めるのに最も効果的な口説きシチュエーションを説明せよ』」

 

 さっそくローラは課題を選択する。

 

「超オレツエーを見せつけてモノにする!」

「正解っ! 解答スピード〇.〇一七%アップ」

 

 問題から回答にたどり着くまでのタイムラグはほとんどない。反復させて覚えたものから答えを導き出す早さは及第点にまできていた。

 

「ヤッター、アイスクリームちょうだい」

 

 モニタにアイス催促の顔アイコンが浮かぶ。ローラがタッチパネルでチョコトッピング三段盛りアイスクリームをチョイス。

 電子情報のアイコンを指先で飛ばしてリョウのモニタに投げ込む。

 

「(^∀^)」

「いい子いい子デスネ~」

 

 顔文字で喜びマークのリョウである。ちなみに本物の味なんて知るわけもない。

 自我が芽生えてからほんの数ヶ月に過ぎないけどその学習スピードは驚異的だ。

 このエトラムルは通常の素体ではないと思うんだけどよくわからない部分もあるんだ。

 実験は引き続きサンプリングデータを使用する。

 リョウ自体には外界を感知する機能はない。エトラムルの脳に端末機器から直接繋いでモニタリングを行っていた。

 現在の知能開発レベルは当初からツーフェイズほど進んでいて演算エミュレーションを開始できるまでになっている。

 今はまだ初歩段階で対象となる教育プログラムは覚えこませたものの中からランダムに算出したものを選択するだけだった。

 いわば反復していく作業の繰り返しをパターン化させていく過程にある。まだまだ実証の実験サンプルを積み重ねていく段階にすぎないのだ。

 演算エミュレーションをできるようにはなったが人の頭脳に毛が生えたレベルでしかない。ファティマのやる演算コピー合戦をやるにはまだまだ力不足と実感している。

 実験が順調なら少なくとも後二ヶ月くらいかな?

 

「もう少ししたらモーターヘッドだって動かせるかもね」

「もうたーへっど? どんな奴? やつ? オス? メス? 強い?」

 

 マシンボイスは男とも女ともつかない声。こっちの音声を受け取った後に出力した文字情報を音声に変換して声に出している。

 視覚、聴覚情報は室内のカメラとスピーカーから連結。味覚の再現などはまだしていない。研究には今のところ必要ないからだ。

 エトラムルには雌雄の概念はなく交配する機能もない。

 それはファティマも同じだけど、有機生命体として一から作られるエトラムルと、限りなく人に近い素体を使って人体改造を施していくファティマとはまったく違うものだ。

 かかるコストはエトラムルの方が安いが、メンテナンスや持ち運びの観点からエトラムルは整備に難ありと見なされることも多い。

 自分では動けないからね……

 でも利点だってある。

 エトラムルに騎士に仕えるという概念そのものがないし、機械として動く以外の事も考えはしない。

 マスターなんて定めないからどんな騎士だって使いこなせる。兵器としての正しいあり方が機械として動くエトラムルにある。

 エトラムルを現在の位置以上のものにするにはファティマに追随する知識と経験を蓄積し自分で判断するまでに持っていかなければ実現しない。

 今の世の中に疑問を抱いたとしても今の風潮が主流である以上そんな声は常識の前に押し潰されるだけだ。

 実践して成果を見せつけなければその常識は打ち破れないのだ。

 元より安価であることが売りのエトラムルをそれ以上に開発するということが世間一般で受け入れられていないのだといえる。

 それだけファティマの性能は傑出している。星団最高の戦闘兵器を駆る彼女たちこそがリョウの最大のライバルだ。

 

 わたしが考えるエトラムルの開発段階は三段階ある。それはファティマに対抗するための理論だった。

 それがまたかなりの難関である。現段階ではその第一段階の一〇分の一程度の研究成果しか出ていない。

 これでまだそれ? と言われると、リョウができることはあくまでも日常レベルで通用するような反応速度でしかない。

 先はまだまだ長いといえよう。

 その内容は騎士の入力についていくだけのミジンコから自分で予測パターンを読みだして騎士の行動の一手先程度まで入力できるようになれば第一段階終了だ。

 あくまで一手先程度だがかなりの進歩だ。最低限の実用化はそこまで行かないと条件を満たすことができない。

 つまりはスポンサーがついてくれるような実績を必要としている。論文も書いて発表する必要もある。

 問題はわたしの立場なんだよね。人殺しの犯罪者がマイトとして認められるのかよくわからない。

 星団法に照らし合わせると間違いなく刑罰に服さなければならない。そうなったら身を立てることなど不可能なのだけどモラード先生はそのことは何も言わない。

 昨日もお前は気にせずに論文を仕上げろの一点張り。何考えてるんだかよくわからん。

 と……話の途中だった。

 

 さらにそこからステップアップしてファティマの行う演算コピー合戦による先読みエミュレートまでできるようになることが目標だ。

 とはいえ、元よりエトラムルは通常クラスのファティマより性能が二割劣ると言われている。

 その性能差を埋めるには、基礎となるエトラムルの教育を成長段階でしっかりと行っていかなくてはならない。

 今それができているのはエトラムル素体のリョウ一基のみ。そのためには戦闘も含む実際の戦闘データを蓄積していく必要があった。

 量産型のエトラムルを強化するにはベースとなるマスター・エトラムルが必要になる。

 このマスタークラスのエトラムルができればこれまでの常識を覆すことができるのだ。

 いわば情報を共有しリンクすることで並列化したエトラムルの性能が大幅にアップする。

 

 第三段階の主軸となるプランはマスター・エトラムルによる複数のエトラムル制御法の確立にある。

 エトラムル制御のためにファティマ並の性能を有するマスター・エトラムルが司令塔となって複数のエトラムルを制御するのだ。

 高位のエトラムルが頭脳となることで性能が劣るエトラムルを押し上げて実力以上の力を発揮させることができる。

 理論としては間違っていない。今の研究を進めていけば自ずと行き着く答えがそこにあるのだ。

 リョウという存在がすべてのエトラムルを革新させる起爆剤となるのかそれはまだわからない。何せ研究には途方も無い時間とお金がかかる。

 今はまだいいけれど開発段階イチを実現させる頃にはここの施設では物足りなくなりそうなのだ。

 元よりエトラムル開発のための施設ではない。

 専門の工房がある工場(ファクトリー)であれば他の素体との検証実験を併用して行えるから、先を考えると途方がない。

 

 まずはわたし自身がマイトとして認められなければならない。 

 うちのおっさんがつけてる五本線があるじゃない? あれはシグナル・ボーダーと言って五本が最高位に当たる。

 一本で大学の教授クラスの人が相当する。博士、一般医師、特殊設計者などに与えられるものだ。

 ちなみに博士号を持つ騎士も存在する。誤解されがちだけど騎士も戦うだけが能じゃない人もいるわけだ。

 二本は一本より偉い人クラス(社会的な意味で)の人がつけている。大学病院の学長とかそんなレベルの人かな?

 二本でも社会的地位の高さを示すことができる。一般人であれば十分にエリートであるといえる。

 三本はかなり専門的に特化した分野で開発から関われるような人を指す。国や企業の重要な機関に関わっていたりする。

 マイスターやマイトの見習いが準扱いで付けることもある。

 技術者として一流と認められるランクと言える。

 四本でマイスターやマイトと呼ばれる特殊技術者がこれに該当するようになる。マイトであれば貴族と同様の扱いをされる。

 ファティマやモーターヘッドの開発に携わる人々である。

 五本でフルマイト。星団最高のマイトである証となる。フルマイトともなれば誰の許可も必要なくファティマやモーターヘッドの開発を行えるようになる。

 

 聞いた話によるとファティマとモーターヘッド両方を設計開発可能な十本線を持つダブルマイトがいるらしい。そんな人が本当にいるなら一目会ってみたい。

 騎士とマイトの力を同時に持つというのは珍しいことだけど無いことではない。

 もっとも、騎士としての力に翻弄されてわたしのような目に遭う人も中にはいるんだろうなと思う。

 少なくともここにいれば捕まることはない。

 何だかいろいろな人に迷惑をかけている気がする。でも今は自分が生き残るためにできることをやるだけだった。

 

 

「お腹減ったなあ~~」

 

 気がついた頃にはお昼をとっくに過ぎていた。お腹がグーグーと鳴っている。研究に夢中になると食べるの忘れちゃうんだ。

 作りおきのトマトソースでペスカトーレを作るお!

 すでに慣れた手つきでパスタを茹でる。麺ものはお手軽なので常に常備状態。

 台所はローラの独擅場だ。美味いものは自分で作る主義。お店の味とか見た目は求めていないので好きな様に作っていた。

 モラードがパスタ系統が好きなのでお腹が空くとよく茹でる。なのでローラも真似するようになった。

 この後は何をさせようかな~?

 作りながら頭の中はエトラムルのリョウのことでいっぱいだ。

 

「でっきあっがり~」

 

 レタスは適当に刻みやわやわ温泉玉子を乗せる。ポテト揚の細かく砕いたスナックをふりかけて混ぜる。

 ザクザクゆで玉サラダの完成じゃ~~!

 レタスの食感とポテスナックのサクサクに卵のトロリがかかって美味しい一品だ。

 現状の悩みはほっといてご飯にとりかかるよ。

 スープは卵スープですお。

 

「いただきまーす」

 

 盛皿を前に手を合わせる。山盛りペスカトーレ。

 ついついおっさんがいるつもりで大量に作ってしまった有り様。

 伸びても先生なら食べるだろう。

 

「おいひい……」

 

 大体お腹を満たした頃にチャイムが鳴り響く。

 お客さんですか……

 

「はーい、今出ますよぉ~~」

 

 しつこくリンリン鳴らしてくる。

 押し売りかよっ!

 

「聞こえてるしうっさいってばっ!」

「よお」

 

 勢い良く扉を開けたら凶悪な顔がいやがりました。

 

「何しに来たの?」

 

 そこに立っているのは我が兄のデコース・ワイズメルだ。何でここにいるの……

 

「妹に会いに来ちゃ悪いかぁ?」

「いや…別に……」

 

 相変わらずデコ兄との距離感が掴めませぬ。

 わりかしすぐにこっちに住むことになったので月一回の面会では相手のことはよくわからぬままと言えた。

 例えばそう、お母さんのこととかまだ聞いてないんだよね。

 離婚してからの生みの親がどうしてたのかとか断片的にデコースが語るかと思ったんだけど何一つ喋りもしなかった。

 わたしもお父さんのこととかは兄に話しにくいこともある。なので家族の話はお互いにタブーな感じになっている。

 今も会話の接点をどうしたものかと思っていた。

 

「お昼ご飯食べた? パスタあるけど」

「食う」

 

 デコースは椅子に座ると盛られたペスカトーレを行儀悪く頬張り始める。

 まあ、作りすぎたので来訪は丁度いいタイミングではあった。

 卵スープを持ってデコースの前に置く。

 

「えっと、モラード先生はいないよ?」

 

 多分戻るのは夜か明日の朝だろう。

 

「興味ねえよ」

「そ、そう……」

 

 じゃー、何しに来たの……?

 

「ミジンコ」

「え?」

「お前、エトラエルとお話なんかしちゃってだいじょーぶかあ? ファチマじゃねーんだぞ」

「うちの子はとても賢いんだよ。そのうちファティマなんか追い越してやるんだから」

「フーン」

 

 興味なさげにパスタを頬張っている。作りすぎた分は丸々始末してくれそうだ。

 

「で、ええと……何の用事だっけ?」

「ああ、ちょっと付き合えよ」

 

 パスタをペロリと平らげてデコースは立ち上がる。

 

「はい?」

 

 食後のココアでも入れようかと思ってたらぬっと伸びたデコースの手がローラの襟首を掴んだ。そのまま抱え上げられる。

 

「ちょっとぉ~~~?」

 

 足をじたばたさせるが抵抗不可。

 

「どこ行くの!」

「いーとこだよ。根暗にしてっとブスになるぜ?」

 

 ローラの抗議を無視してデコースは表に出ると真っ赤で派手なディグにローラを放り込む。

 もう何事っ!?

 デコースが乗り込んでエンジンをブンブンと吹かす。

 

「飛ばすぜ~~!」

「うわぁ~~~!?」

 

 突然走りだして風が耳元を走り抜けていく。

 

「おら~~っ!」

「っ~~~!」

 

 黄色い大地の一本道を赤いディグが駆け抜ける。行き先はバストーニュだった。 


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