昼時を過ぎたバストーニュの町は一番のにぎわいを見せている。
前領主ワトルマ公からユーバーへの交代劇があっても庶民の暮らしぶりにはさしたる影響は与えていないようだ。
路上では観光客相手の物売りとか、宿に呼びこむ人、食べ物の屋台で溢れる。
市場も近いので荷物を抱えた主婦なども行き交って歩行者天国となっている。
表に出るのは結構久しぶりだ。
月に一度は登城することになっていたが、先月はあっちも忙しいらしくてヴィジフォンで簡単に済ませてた。
ユーバーと顔を合わせても話すことないんだけどね……
よくわからない人たちに姪っ子として紹介されたりもするんだけど、どういう繋がりなのか不明な人たちだったりもする。
なので極力関わらないようにしていたんだけど、現在街中でトラブルの真っ最中だ。
太陽が眩しいなぁ……
「あっちいなあ……」
「おとなしくしてりゃ怪我ぁしねえぜ」
「はいはい」
脅しの言葉をかけられローラはストロー突っ込んだストロベリー・シェーキをジュルジュル飲み込む。
自分が今置かれている状況は人質だ。
早く終わらないかなぁ~?
ただ今、ローラは緊張感ゼロで騒動の真っ只中にいる。
なぜこうなったのかはユーバーが悪いのかデコが悪いのか。とりあえずお前らが悪いってことにしておこう。
ここは表通りの店が並ぶ建物を少し入ったところにある路地裏。ちょっと通りを外れれば無法者がたむろしているような場所だ。
「ふざけた野朗だ。俺たちをコケにしやがって」
ローラの肩を掴むのは頭が禿げ上がった大男だ。がっちりと掴まれていて動けない。
その後ろに三、四人の男たちがいる。身なりからして荒くれ者で社会のあぶれ者であろうと伺わせる。
ちなみにこいつらは騎士だ。よってたかっていたいけな美少女を捕まえてる辺りチンピラというしかない。
振りほどこうと思えばいつでもできるけど大人しくしている。
シェーキ飲みにくいのでいい加減離して欲しいっす。
「だからさあ~ お前らは不合格だって言ってんじゃん? 不採用って言葉ワカリマスカ~?」
連中の前で手をペラペラ振るデコース。かなりやる気のない態度が余計に男たちを刺激している。
おそらくわざとだろう。
ちなみになしてこうなっているかはデコもちょっとだけ関係あるんですが……
「だから、納得行かねえって言ってんだよ。俺らが使えねえってのはどういう了見だってんだよ?」
男がスパッドをローラに突きつける。ほっぺにスパッドが当たってグイグイ痛い。
いだいっつーの……
「ったく、タリ~なあ」
黒眼鏡のデコースが眉を寄せてうんこ座りにしゃがんでローラを指さす。
「お前、そいつには気をつけろよ? 怒るとキンタマにスッポンみたいに食いついて噛みちぎるイカレ悪魔ちゃんさぁ~~! そこのお前、あんま刺激すっとタマ食いちぎられちまうぞっ! チョッキンダ!」
「はっ!?」
おふざけ感たっぷりのデコースが両手で指チョッキンする。
思わず吹き出しそうになる。
「ホント?」
荒くれ者の視線がローラに向けられる。
何という言葉の辱めでしょう。わたくし様もおざなりながら羞恥心くらい備えているのデス!
言うに事欠いて可愛い妹に何言いやがりますか?
「おいい? 誰が食いちぎるか! バカにいっ!」
肩を掴む手が痛い。というか助けろというに。
路上で買い物してたらツケられて大人しく捕まったのはデコの指示だ。どういう意図であるのかさっぱり不明状態。
大人しくしていたのはそれほど危険ではないだろうという判断からだ。
こいつらは弱っちい。騎士という強さの基準を満たしてるだけのボンクラみたいな連中だ。
デコースを基準にすると強いとはどのレベルからなのかよくわからなくなるけど。
それでも一般人からすれば凶悪な人間に違いない。仕事にあぶれて難癖をつけてくるチンピラどもには丁寧にお帰り願いたい。
話的にこの男たちはユーバーが雇おうとした騎士の連中だった。だったというのはデコースが使えねーと横槍を入れたせいで彼らは職を得ることができなかったというわけだ。
つまり現在は逆恨みの真っ最中。わたしは一緒にいて巻き込まれただけ。
「つか、お前らユーバーから見舞金貰ってたろうがよ?」
不採用になった男たちには見舞金として相当額のフェザーが支払われたらしい。現場にいたわけじゃないので知りませんけど。
わたしとしてはあずかり知らぬトラブルですが?
「うるせえ、テメエが余計なことしなけりゃこんなことになってねえんだよ。ちと痛い目みてもらうぜ。へへ、こっちは五人だしなあ。まずは土下座して謝ってもらおうじゃん。ここでな」
「へへ」
男らが品の無い声で笑い合う。
「ふーん」
デコースは生返事に首の後をポリポリかく。
人質なんて意味があるとは思えないがとばっちりはゴメンだ。
「メンドクセ。まあ、いいや、いいぜ。五人同時にぶっ殺してやっからよ」
耳をほじくりながらさらりと言い放ちべろりと舌で唇を舐める。
どっちがヤバイけだものかは瞭然だ。ここでアカンよ殺しは。
こいつらも隙だらけでこっち見てないな。ローラちゃんを甘く見過ぎだよ。
「このガキがどうなっても……へ?」
「うっさい!」
「いでえ!」
その瞬間、ローラはタイミングを測って男の手を掴んでひねる。瞬間的なパワーの開放だ。その早さに大男は不意をつかれて倒れこむ。
次にストロベリーの入れ物をそいつの顔にぶちまけてやる。禿頭にピンクのシャーベットが垂れまくる。
そこに容赦なく指をVの字に男の目をついて目潰しをする。
「っ~~!?」
「で、どうなっても?」
ローラが一歩下がって仁王立ちで男たちを見返す。
時間を無駄にしてくれた落とし前くらいはつけてほしいかな。
こいつら全員弱っちい。自分で相手しても問題ないくらいだ。
次の動きなんて手に取るようにわかる。
「こいつ!」
掴みかかろうとした別の男の手を肘でいなす。
大丈夫、全然トロい。
そいつの足を払って背中を押してゴミ箱に突っ込ませる。勢いのまま音を立ててゴミ箱の中身が散乱する。
隙ができた瞬間にローラの背中からもう一人が羽交い締めする。
それを力いっぱい両腕で払うと掌底を顎にヒットさせる。体を半回転させて浮いたところに蹴りをかましていた。
「ローラちゃんキーックっ!」
ローラは蹴りを一閃。真下から振り上げたキックがきれいなくらい捕まえていた男の顎にクリーンヒットする。
パンツ丸見えはご愛嬌だ。
「ぐあ……」
「ごめんあそばせ~~?」
蹴りをかました男が鼻から血を流してもんどり打って倒れる。
ローラは足を戻してペンペンとスカートの埃を叩く。こんな汚い路地裏じゃすぐに汚れちゃう。
「退屈だな、おい」
デコースは見学を決め込んで腕組みしている。
デコ兄に騎士としての自分の力を見せたのはこれが初めてだ。
路地裏に呻き声を上げる三人と呆然とする仲間二人。
「お前よ~ クマちゃんパンツとか。もっと色気あるパンツ履けよな~」
「うるさいなあ…自分の不始末は自分でつけなよ?」
「ボクチャン悪くないし~~ およ、やる気かぁ~~? へへ…」
「この野郎…下手に出てりゃつけあがりやがって。ガキでも容赦しねえぞっ!」
仲間をやられてとさかだった一人がスパッドのスイッチを入れた。このままでは引き下がれないらしい。
「立てよ、こんなガキにやられやがって!」
駄目だこいつ殺気立ってやがる。それをやったらもうヤバイでは済まないんですけど?
「ローラ、下がってろよ。そいつ抜いたらボクチンの出番だぜぇ~」
「むう……こ、殺しちゃダメだよ!」
「ボクチンに指図すんじゃねえ。ヤるかヤらねえかは俺が決めんだよ」
デコ兄は待ってましたと舌なめずりな感じだ。相手から抜けば喧嘩であろうが正当防衛が成り立つ。
デコースがぶらりと前に立つ。まったくの無防備をさらけ出した姿だ。
「ファックっ! もう許さねえぞ……」
ローラに一番酷くやられた鼻血男が同じくスパッドを握った。
正面に二人。背後に三人で路地の逃げ道を塞いだ。
スパッドも抜いてブンブン音がこだましている。もう血を見ないと気が済まないようだ。
ローラは逃れるように壁いっぱいに背中をつける。前に出たデコースはポケットに手を突っ込んだままでいる。
「おいおい、見舞金じゃ足りないか~~? 金はいいぜ~? 一年は余裕で遊べるだろうに。つーか、ボクちゃん的にも血の雨振らせるほうが大好きなんだけどね~~!」
ポケットから両手を出すと黒眼鏡越しにニヤッと笑ったデコースの指が弾かれる。
それが合図だった。
男たちの怒声ときらめく光剣。暗い路地裏に暴力が嵐のように吹き荒れた。それは時間にしてほんの数秒に過ぎなかった。
壁に血が飛び散って赤い跡を残す。あっさりと全員がぶっ飛んでいた。男たちは悲鳴を上げる間もなく昏倒して血の海に沈みこむ。
流れ出た血が遅れて溢れでて乾いた地面を濡らす。
路地裏は惨劇の血みどろ通路となった。
「うわぁ……これは酷い……」
誰も死んではいないが呻き声が響いている。時間にして二秒に満たない時間だ。
ローラは靴が血で濡れないように一歩下がる。圧倒的すぎて非現実感さえある。
倒れた男たちが受けた傷はまるでちぎられたかのような傷跡を残している。
抉られたような感じだ。どこをどうしたらこんなになるんだろうか?
デコースは指先だけしか使っていない。それだけははっきりと見えていた。
「ボンクラども。ボクチャンの名前はデコース・ワイズメルだ~~ 憶えとけや~ ローラ、行くぞ~」
剣すら抜かず指だけで五人を倒す。その強さを身に刻んだ彼らはデコースの恐ろしさを宣伝するに違いない。
ローラが言ったように殺してはいない。
「お兄ちゃんは約束を守るのさ~~」
「あ、うん……」
デコースはローラの頭をポンポン叩くとポケットに手を突っ込んで行ってしまう。
ちょっとだけ同情する。デコースが腕を見せつけて喧伝させるためにこいつらを殺さなかったのだ。
ここはカステポーと違って治外法権的な隙間では生きられない。騎士同士の争いで殺しが起きれば結構な問題になる。
バストーニュはユーバーのお膝元なのできっと問題があっても軽く揉み消すのだろうがそう考えるとちょっとだけむかむかする。奴の片棒を担ぎたいわけではないのだ。
デコースがもう少しまともな人物に仕官すれば……それは今言っても仕方がない。
「ひいい……」
酷い傷だが重傷を免れたのは一人だけだ。ローラを捕まえていた禿の大男だった。
よくそれだけで済んだものだが、その奮える男を見ると股間を黒く染めている。
臆病さが命を救うこともある。
「ちゃんとお医者さんを呼びなよ?」
それだけ言って手持ちのお小遣いフェザー六枚を地面に置くとローラはデコースを追いかけるのだった。
◆
デコースが暴れた件は警察からの追求が入ることもなかった。路地裏のチンピラの喧嘩に過ぎないと処理されたのかもしれない。
城に戻ると夕餉の宴の支度に使用人らが忙しく動き回っている。
ローラにとってはあまり気の乗らない晩餐の準備が行われている。ユーバーと顔を合わせたくない。
ローラはデコースに連れられて城の格納庫まで来ている。見せたいものがあるらしい。MHの胸部のところまで機械で上がる。
「これだよ、これ。ジャーン」
「これ……モーターヘッド……」
すでに見て乗ったことがあるデコースのデヴォンシャとは別に見慣れない「新品」のMHが三台もあった。
格納庫には五台ぶんまでを収容できるのだが一つを残して満載だ。
このMHは確か名前はバルンシャだ。
原作でトローラが乗ってた機体のはず。でも三台もあるのってどういうこと? ヘルマイネいないじゃん?
「こいつのお披露目も近いうちにやるらしいぜ。それで騎士の面接してんだがろくなのがいやがらねえ」
「へえ」
えーと、なんか話が違う気がする。原作じゃ三騎以上のMHは出てなかった。
常識的にはこれだけのMHがあれば小国のメンツが保てるレベルの保有財産だ。
バストーニュを仕切る大公でこれだけの戦力を持つとなると戦争でもする気かという話になりかねない。
「見かけはバルンシャなんだが中身は全然違うぜ。エンジンモーターのトルク段数が段違いにちげえのよ。こいつは並の騎士じゃ扱いが難しいだろうな。スペック表がこれさ」
「はいー?」
見かけはバルンシャで中身は別物って……
専門外だけどスペック表に記された数値は並のMHとは違うことはわかる。エンジン出力がデコースのデボンシャの二割増しくらいとかね。
ふつーの騎士に乗りこなせるのかこれ? 国家騎士団でメイン張るレベルのハイチューンじゃないですかー!
「ユーバーの後ろに誰がいるのかしらねーけど革命でも起こす気かねえ。つっても動かすのは全部エトラムルっぽいな」
「ふーん……」
破格のMH搬入。
トランに混乱を起こすつもりでいる誰かの思惑?
ユーバーは傀儡?
バストーニュを境にトランが割れれば誰が得をする?
内戦が起これば政治的、人道的配慮という名の軍事投入が行える。見え隠れするのはどこぞの国の影というわけか。
昔から武器商人なんてのがいる。この世界では国家そのものが武器商人みたいに振る舞うことも珍しくない。
軍事力を持て余した大国が暇つぶしのように内紛世界に戦力を投入するのはよくあることだ。
でっかいところの最大手といえばフィルモア帝国だ。原作でも悪役顔吹かせてたし。
この世界は根本的なところで民主的政治体は存在しない。それは人民に中立的な公約を掲げるトラン連邦にもいえることだ。
戦争を起こすことを目的としたMHの投入であれば今現在で相当やばいことになる。
この国の大統領の先行きが心配になる話だ。水戸黄門は早く国に帰れ!
「最近、変なのがここに出入りしてんだがそいつらが持ち込んだのさ。きなくせえよなあ。ま、ボクは退屈しねえならそれでいいけどよ」
デコースさんよ、ふつーの人なら一歩引くお話なんですが?
ユーバー騎士団だかバラダ騎士団だか知らないけどダサイことには変わりがない。
「夕食の準備が整いました」
すぐ下でターバンのビョイトが呼びに来た。
「飯だ、飯」
デコースと一緒に下に降りてローラは明かりが消えた格納庫を振り返る。がらんどうな静寂さが肌にひんやりと浸透して身を震わせた。
そして後ろは見ないで城へ歩くのだった。