お城の外の空き地。ここに暴風の如き破壊の権化が一人いる。派手な破壊音と砂塵が舞い上がってその様は城からも望むことができた。
砂塵舞うカーテンの向こうに一人の少女がいる。周囲の波状に広がるミニクレーターは今できたばかりだ。
すうっと息を吸い込んだ後にローラは腰にためて構えていた腕を突き出す。瞬時にかき回された空気が圧縮されて暴風を生み出す。
「ちゅどーんっ!」
放たれた衝撃波が地面を抉って砕き直線上に放射の跡を残す。パラパラと派手に煙と砂が降る。砂を風がすぐにさらっていく。
騎士技の一つである仁王剣(ショック・ブレード)だ。ただ今絶賛練習中である。
城で練習するには危険すぎるので適当な空き地を選んでいる。
「も一つドーンっ!」
横薙ぎに振り切った腕から放たれた真空波が近くの枯れ木を両断して吹っ飛ばした。
あり? 間違えた?
見当違いの違うものをぶった切ってしまった。
ローラは両手を見ながら手順を確認する。空気をかき乱した衝撃波でぶっとばすつもりが違う技を繰り出してしまった。
この技はデコースに教えられた通りの見よう見まねだ。連れだされたときに一回だけ見せてくれたのだ。
デコ兄は今はいない。昨日にいっぺんとおりに教えてもらった後は放りっぱなしだ。
例の連中との絡みの後、お前は見込みあるかもって言ってたけど放置もいいところだ。
何でも七音剣(ストラト・ブレード)の基礎だからよ、とか言ってたので興味が湧いて練習を自分で始めていた。
こうしたら仁王剣(ショック・ブレード)じゃん? 今のは……正しい手順を確認中。
「おいおい、振り切ったら真空剣(メイデン・ブレード)になっちまうだろ?」
「誰?」
突然に声をかけられて後ろを振り向く。そこに一人の青年が立っていた。刈り込んだ頭に白のスーツ姿だ。
青年というほど爽やかな感じはしないヤクザ風スタイルな格好のあんちゃんである。
ここらでは見たことがない顔だ。オッサンというほどの見かけの歳ではないが格好がオッサン臭い。
うーん。この……
デコースはこういうチンピラ、チンピラした格好はあまりしないんだよな。わりかしオシャレには気を使うタイプだし。
どうやら先程から見物されていたようだ。夢中になってて気が付かなかった。
「誰でちか……」
「おりゃー、バギィ・ブーフってんだ。初めましてだ、お嬢さん」
「ブリーフさん?」
「ブーフだ。わざと間違えたろ」
「えと、お城のお客さん? こんにちは……」
黒いサングラスのバギィなんたらの挨拶に一応お辞儀をしてみせる。
わざわざこんなトコにご挨拶に来るとか他にやることないんだろうか。
「俺か? デコース・ワイズメルに呼ばれてきたのさ」
答えるとバギィはタバコを取り出すと吸っていた。わりと様になるヤンキーっぷりだ。
おいい、自然環境破壊していい許可を出した覚えはないんですけど? この界隈はチンピラっぽいの多いな……
「やつに妹がいるってからどんな不細工顔かと思ったけどよ……」
ああ? 何気にディスってますか? 間抜け顔で吹かしてんじゃないよ?
「思った以上のオデコちゃんだな。へへへ」
ニヤニヤしながらバギィがペチペチとローラのオデコをはたくのである。
オデコ広くて何が悪いっ!? 人が何気に気にしているウィークポイントなのだ。
「何の御用でちか……」
周囲にいる男どもは何の因果かこの身に辱めを与える連中ばかりである。育ちが悪いのか知らんけど。
「おい、あんちゃん……」
「そうそう、もう一人見どころがありそうなの連れてきてんだが、歳が近いからアッチの方が合うかもしんねえな~」
「はいー?」
話が見えねーってば。あんた何しに来たの? デコ関係というと騎士募集とかそういうの? 呼ばれたってことはそれなりに腕が立つってことか。
「もう一人の連れは城にいるぜ。すぐに会うだろうけど」
聞いてませんってば!
「あれ、ビョイトさんだ?」
ローラは城の方からビョイトの乗るディグがやってくるのを見つける。
お迎えというほどの距離ではないのだがその隣にもう一人見慣れないのが乗っていた。
オレンジ頭の……誰だ?
土埃をまき散らしてディグはすぐ近くに止まった。
「ブーフ様、閣下との面会の準備が整いました。お連れ様も……」
「ひゃー、バギィさん。お城まじすっげえよっ! ねーちゃんもベッピンばかりいやがるぜ。誰、そのガキ?」
ビョイトの横にいたガキは見た目はひょろりとした……年頃は中房くらいだろうか?
髪をオレンジに染めておっ立てている。見た目的にニワトリヘッドとしか言い様がない。
礼服も適当に着崩していて胸元に趣味の悪いドクロ・ネックレスなんぞを下げている。足元もズボンをたくし上げて靴下すら履いていない。
そのせいか、たちが悪そうなガラの悪い厨房にしか見えない。まだバギィの方がマシである。
「ニワトリ小僧?」
「ああ、何だ、このちんちくりんなガキ……」
ローラの素直な感想に鼻を鳴らしたニワトリが見返してくる。一瞬で火花が散らし合う場面であった。
「おい、ジィッド、失礼するんじゃねえ。デコースさんの妹の……」
「ローラですぅ」
ローラはふくれっ面を作って挨拶する。何だか愛想良くする理由が見つからない。
腐れニワトリの方は見ないふりを決め込むことにした。
こいつジィッドって名前か……
「俺様はジョー・ジィッド・マトリア様だ。覚えとけチビ」
「聞いてないって……」
「バギィさん、早く行こうぜ。庭のでっけえプールも入りてえしよ」
ローラの呟きは無視される。
「トローラ様もお戻りになられますか?」
「ひどりでかえりますう……」
ふくれっ面のままローラはビョイトの申し出を断る。
「そうですか……」
するとジイッドがヘラヘラしながらこっちを見るのだった。
お前と一緒には帰りたくないんですけど?
出会って早々、こいつは合わねえってのはなんだけどその態度が気に入らない。
「では先に行ってますんで……」
「じゃあな、バ~イ」
「ゲフ、ゲフ!」
ディグは唐突に走りだす。その土煙に巻かれるローラ。バギィを乗せてニワトリ小僧はもう城だ。
あの後一人で城に戻った。自室のお風呂に浸かってローラは汗と砂を流し終える。
ジャブジャブいってる排水口の音を聞きながら乾いたタオルを巻き付ける。
現在、お金のかかったセレブリティ空間におりますが専門の世話焼きメイドはお断りしています。
ユーバーがきれいな女の子侍らせているのはいいんだが、みんなスケスケの見えそうで見えないきわどい衣装なんでいまいち趣味が合わない。
まさに成金趣味ですっていうのを地で貫くのもかなり面の皮が厚くないとできない。ユーバーのはかなり皮あまりしてそうだけど。
風呂から出ると端末にメールが来ていた。モラードからだ。
【師匠危篤、すぐ帰れ】
「はあ? もしもし?」
フツーに電話することにした。ここにいることはちゃんとメールしてあるがいつ帰るかは決めてない。
生活に必要な物はこっちにも整っているので何泊でもできてしまう。おかげでこっちに来るとだらけ癖が出てしまう有り様。
「ローラか? そっちはどうだ。楽しくやってっか? そろそろ寂しくなったんじゃないかって思ってさぁ。おじさん、今日はお昼はカップ麺なんだぜ」
「あ、さいですか」
モラードは手抜きご飯でさり気なくご飯を作る人がいないアピールをするのであった。
あんた自分で作れんだろ!
「じゃあ、こっち来れば? いくらでも美味しいもの食べれるよ?」
「ユーバーの面見ながら食う飯なぞ御免こうむるわ!」
「その苦しみを味わされてますが何か?」
「それはいいとして。ローラちゃんに誕生日プレゼントがあるよ~~!」
「え? 誕生日プレゼント?」
何ですかそれは。頼んだ覚え無いんだけど? プレゼントかぁ……
「だから早く帰っておいで~~」
「じゃあ明日帰るよ」
「オーケ~」
そこでフォンは切って着替える。ドレスだけはまだなれない。これだけはメイドを呼ばないとヘアのセットとか上手くいかないのだ。
ようやく準備が整ってローラはどんより気分で晩餐の席に向かうのである。
◆
「今日は客人をお迎え出来て光栄ですな。騎士の方々、どうぞゆっくりとおくつろぎください」
でっぷりユーバーは相変わらず合う服がないのかダブっとした服で野暮ったい格好だった。
正装しても豚みたいという印象が変わらないのはこいつくらいだろう。
並んでいる贅を凝らした料理の数々もユーバーを見れば食欲なんてどっかに行ってしまう。
豪華なシャンデリアも着飾った服装の美女もそれほど魅力を感じない。
それと、どこから呼んだのかトランの貴族らしい連中まで席についている。
紹介されたけど覚える気も起きない。見るからに傲慢な感じがするし……
こっちにはバカにしたような顔を向けたし、ユーバーには媚びへつらった顔で笑いかけている。
どうせユーバーにゴマをすってうまい汁をすする連中に違いないんだけど……
「ローラちゃんはいつも可愛いのう。将来は美人だろうから大きくなったら楽しみよな」
ねめつけるような目でローラをじっとり見るとユーバーはゲフゲフ笑うのだった。
背筋がゾクゾクします。いや~~~! この変態と一緒の空間にいたくないのぉ~~~~っ!
全身ブルっとするくらいの怖気に耐えるわたくし様。この城で贅沢三昧できるとしてもこの苦行には毎日は耐えたくない。
行き過ぎたロリコンは死刑にするといいよっ! やけ食いしてやるよ!
テーブルの向かい側にはニワトリ小僧とバギィがいる。
「よぉ、何だ。そのオレンジのは?」
一応正装したデコースがローラの隣に座る。
「あんたがデコース・ワイズメルかあ。あんた、つえーんだろ?」
肉を刺したフォークを片手にデコへ向けるニワトリ。お前は命いらないようだな。
ジィッドの隣にはチンピラスーツからちゃんと正装に着替えたバギィ・ブーフが座っている。
「すんませんデコースさん。礼儀もわきまえないやつで」
「別にいーけどよ。お前、モーターヘッド乗れるのか?」
「おれはクラッドじゃ三騎撃墜のエース様さ」
ふんぞり返ったジィッドはデコースヘ挑戦するような目を向ける。
「ジィッド、いい加減にしろ」
「いいさ。バギィ、腕は確かなんだろ?」
「ああ……去年のクラッド戦でピーキー仕様のマグロウでフリューゲを三騎食ってる」
「へへ」
マグロで食った? 今食ってるのはターキだよ!
大人の会話は放って置くことにした。ローラは皿に乗せたターキーを切り刻んでデコースの皿に放り込むので忙しい。
「じゃあ、見せてみろよ。明日は模擬戦(ドッグ・ファイト)すっぞ」
「マジで! 俺の腕にびっくりすんなよ」
「相手は……こいつがする」
「は?」
全員の視線がローラへ集中する。
あれ、なんか粗相いたしました?
「ええ? このチビとかよ。勘弁してくれよ」
「こっちのセリフですが……って、ちょっと待ってよお兄ちゃん! わたしモーターヘッド乗ったことないし! コクピットだって合わないでしょ!」
「でえじょうぶだよ、モーターヘッドなんざ手足の延長だぜ? エトラムルがこまけえ調製するしよ。お前のコクピットはちゃんともう付いてるぜ?」
抗議はまったく取り合われることはなかった。あのバルンシャの一騎はローラ仕様だという。
いや、聞いてないし……
マジか……こんなことならさっさと帰ってればよかった。
「おお、模擬戦ですか、明日は盛り上がりそうですな。皆様方もどうぞ余興ですが」
「それは是非とも」
「では取り計らいましょうぞ」
ユーバーが取りまとめて模擬戦は決定事項となった。
奴にはただのショーであろうけどこっちは初めてづくしだよっ!
せんせーには明日帰るって言ってあるし、とっとと終わらせてしまいたい。
というわけで明日はニワトリを一羽しめることとなりました。まるっと(ローラ)