この日のバストーニュはちょっと曇り空だ。荒野なワールドを高いところから展望するが、遠くの町並みは先日の砂嵐の影響かどこかくすんで見える。
何が足りないかって言うと緑かなあ……? 観光スポットとしては成金ユーバーのお城以外はいまいちだ。
経済ばかり見てないでバストーニュ観光組合はもうちょっと頑張るといいのに。
まあ、わたしの関与することじゃないからどうでもいいや。
「ふぅ~~ おにいのバカぁ~~ うにゃ~~~!」
ローラが吠えてモニター端におでこをぶつける。頭には保護用のバイザーをつけているので痛くはない。
額はひんやり硬くて冷たい。俯せたままにローラは両手ぶらりに動きを止める。
「だつりょく……」
薄暗いコクピットの画面に映るのは鋼鉄の巨人。ローラが座っているのはその同型機のモーターヘッド・バルンシャのコクピットだ。
その席で必勝おぼつかないローラは手探り状態だ。
こんなことは想定外だ。わたしがMHの操縦をするなんて……一兆馬力を超える星団最強の兵器に乗るなんて。
──何千年と続く戦いの歴史で培われてきた戦場兵器の粋であるMHは元はマシン・メサイアと呼ばれる兵器だった。
ファロスディー・カナーン(超帝國星帝団)。通称は超帝國。
その時代、星団歴を遡ることさらに数千年前に君臨していた帝国は星団そのものを支配していた。
その時代に騎士は生み出され、魔導師も同様に創られた。
そう、わたしたち騎士は破壊兵器として生まれた人造人間の末裔なのだ。
帝国はその頂点にいる焔女帝(ナイン)が支配し、皇帝と呼ばれる存在が星団各地を統治した。
現在の星団歴よりも強固で進んだ技術を持ち、騎士も今よりもはるかに強力だったと言われている。
わたしたちが知るMHは”今”の人類が超兵器を扱うために”退化”させた代物だ。
もちろん、マシン・メサイアには及ばない。が、その現物なんてお目にかかることなどまったくないと言っていいだろう。
とはいえ、新米にはエンジンいじった練習機でもつらいのだ……
周囲には見物の群衆が集まっている。どういうわけかテレビカメラを抱えた報道陣までいて大げささを振りまいていた。
模擬戦なのにどーいうことなの~~~~?
ユーバーが呼んだのに違いない。きっと自分の権力宣伝のつもりなのだろう。
貴賓席には例のトランの貴族がいる。そこがちょっと引っかかるんだけど、例のユーバーに手を貸している連中もここにいるのかもしれない。
うーん、このていよく利用されてる感が立場の弱さを実感させられる。大腕振って表に出られぬ身であるので、うかつに降りるわけにも行かない。
これかぶってるから素顔まではバレないものの、おかげですっごい窮屈だ。
「ローラ、あのニワトリ小僧は去年のクラッド戦で三騎喰らってる。そんとき使ってたファティマはエトラムルのC級品だ。経験もお前より上だが本物のファティマを乗っけて戦ったことはねえ」
デコ兄の解説を聞きながらローラは操縦系を確かめる。マニュアルはさっき読んだ。記憶するだけなら得意である。
実際的な話、MHに騎士の動きをシンクロさせてしまえば機械的な知識なんてなくても動かすだけなら可能だ。
オートバランスの動体制御は全部エトラムルがやってくれる。火器管制とかは模擬戦なのでそもそも関係ない。
たく、こっちは乗るの事態初めてなんだけど……
デコースの説明はローラにはあまり意味のないものだ。
あのニワトリ小僧…ジィッドとかいうのは気に食わなかったが、負ける戦で勝負するのはしゃくというものだ。
こっちは初心者もいいところなのに、やつは実戦経験有りとかイジメか。
やろー、もう勝ったつもりでこっちを笑いやがったんですよ。
思い出すだけでムカッとくる。普段のわたしはこんな怒りん坊じゃないんだけど。初対面での印象の悪さは引きずるものだ。
「だから?」
「前に教えたろうが、どんな強い騎士でもタイミングさえ読んじまえばどうってことねえ。お前にゃ目があるんだからよ」
「ええっと、攻撃ポイントの予測だっけ?」
一度だけそんなことを言ってた気がする。相手が技を繰り出す瞬間を狙ってくじけば、こっちの攻撃はプラス、相手はマイナスになる。
リバウンドを制する者はコートの支配者だ~~みたいなバスケ漫画のイメージ。
騎士の戦いなんて基本はやるかやられるかだが、先手で潰すだけが能じゃない。その先手のタイミングを見極めて相手の攻撃の機会を潰せば相手は無力化できる。
言ってることはわかっても実践できるかはまったく別の話じゃないのか。目がって言われてもよくわからん。
デコのストラト・ブレードだってはっきり見えるわけじゃないし、止める自信なんてカケラもないよ。
「乗っけてるファティマはエトラムルで条件は同じ。先読みを仕掛けるファティマもいねえ。相手の動きさえ把握しちまえば勝てる」
デコ兄の基準で話されてもこっちはわかわかめだよ。エトラムルと中古MHで星団三大MHと名高いサイレン三騎を打ち破る人の言うことはわかりません。
MHとの同期は終わっているから、首を回せば周囲の様子も見れる。コクピットをチビサイズに合わせているので結構広いのだが内装はおかしいことになっている。
チビうさプリントにピンクの内壁。メルヘンな妖精さんが描かれているのだ。ちなみにMHの外装甲もピンク色で感想に困る。誰だよ、この色指定したの!
「エンジンのパワーは四〇%抑えてっから派手にヤってもたぶん死にゃしねえだろ」
「超他人ごとですし……」
「まあ、どうでもいいしな……」
こら、可憐な妹の前で鼻くそほじって食うな。あんたが言い出したことでしょ! それにユーバーの武威宣伝に利用されるのもむかつく。
デコの言い分ではわたしには利があるってことだけど……
うーん? そっか、視界は限られてるからファティマのサポートがなければ死角をつくことも可能かな? 追従予測しかできないエトラムルしか知らないのであれば目で頼った戦い方しかできない。
エトラムルでの戦闘に慣れているということは、つまりはそういうことだ。これを逆手に取れないだろうか?
ローラは灰色の細胞を振り絞って簡単な作戦を立てることにした。突っ込んで間合いを崩す>死角を取る>一発かます。とっても単純な計画である。
互いに短い棍棒のような武器を持っているが、緩衝素材で作られているので殴っても装甲が凹むくらいらしい。
これは割と使えそうだ。間合いが短い分取り扱いも容易い。わたしみたいな素人向けといえる。
「やってみるか……」
「へへへ、ほらほらどうした。ビビッてションベン漏らしちゃったかなぁ。お嬢ちゃんは帰っておままごとでもしてろよ」
モニタの向こうからニワトリがせせら笑いながら挑発をしてくる。
……冷静になれわたし。やつのタイミングを読むことに集中するんだ。手の内を見るんだ。攻撃の予測ポイントを突く。
「お集まりの皆様、本日の模擬戦によくいらっしゃいました。今日はこのユーバー・バラバのモーターヘッドのお披露目をいたします──」
張り切ったユーバーの前振りが長いのもわたしにはちょうどいい準備時間だ。
心臓はドキドキ言いっぱなし、変な汗が出てきそうなくらい息苦しい。
いつも通りにやればいいんだ──
ローラは息を吸って吐く。周囲の音はだんだんどうでも良くなっていく。指先から足の爪先にまで神経を通していく感覚に包まれる。
指先から毛先までピリっとしている。増大した五感の知覚がわずかな空気の流れさえも感じ取る。
鋭敏になりすぎるとわずかなショックで大変なことになったりする諸刃の刃でもある。
生体コントロールによる感覚の拡大は一時的な感覚強化ともなる。
といっても強化して筋肉量が増えたりとかそういうことはない。集中力が極端に高まるのだ。それを持続させるにはかなりの練習を要する。
これができるようになるまで一ヶ月くらいかかった。
生命エネルギーを体内循環させて肉体の回復力を上げることだって可能だ。この技を使えるマイトは健康を維持できるので寿命も一般人よりは長めだと言われている。
ローラの騎士としての力を制御するためにモラードが教えた技はしっかりと受け継いで学んでいる。
騎士としての力は負けてはいない。圧倒的に足りないものは実戦感覚とMHの経験だ。
やつは両方持っているから、これがわたしの唯一の対抗手段だ。デメリットもメリットに換える起死回生の技だといえる。
使いこなせるかどうか、見極めのポイントが肝心だ。
「紹介しましょう。こちらの機体には去年のクラッド内戦で三機を撃墜した若きエース、ジョー・ジィッド・マトリア~~。もう一つはこのわしの姪っ子のローラですじゃ」
「げげ……」
名前出されてビビる。そいやそういう設定でした。
嘘でも親戚とか思いたくないが、ユーバーがわたしのスポンサーで身元を守っていることは否定のしようもない。
表には出なくていいと言われてるので座ったまま合図を待つ。
「模擬戦を開始します。レディーゴー!」
ターバンがトレードマークなビョイトの開戦合図と同時に二騎のMHが動き出すと会場は喝采で盛り上がりを見せる。
彼らにとってこの模擬戦はショーでしかない。
ローラは迷うことなく突撃を開始していた。まずは意表をつく。駆け引きの仕方なんて知らない。当たって砕けろ。これも作戦の内だ。
◆
その頃──ベトルカ、モラード宅。テレビのスイッチが入って実況中継の声がリビングに響き渡る。
テレビの前に立つのは黒ずくめのファッションの女だった。
「あれ、なんか面白いことやってるじゃん。音、大きいか……」
「あー、何だ?」
音量を下げたところでフライパン片手のモラードがリビングに顔を出す。
「あのピンク、思い切りの良い突っ込みするなあ」
「ド素人だよなあ。何かと思ったらユーバーのとこの宣伝番組か」
MHの機動動作は普通に目で追えるものではないので、こうした番組ではスロー再生が当たり前だ。
「バストーニュの大公直属のMH模擬戦かい。新参なのに派手に金を使うねえ」
「バックにいる連中が好かん。ユーバーはトランの保守派貴族に金をばら撒いているからな。本来ならユーバー程度が保有できるものじゃない。騎士もMHもな」
「そのきな臭い男の姪っ子を弟子にしてるとなりゃ、モラード・カーバイトの名前に関わるんじゃないの?」
「よせやい、俺のことは俺のことだ。周りのことなど知らん。お前さんが一番に来てくれたのは嬉しいよ、ジンク」
「マイト仲間のよしみってやつ? ってのは建前でね。あたしが興味を惹かれたのはこんな田舎じゃないもん」
ロッゾ帝国に拠点を構えるファティマ・マイトのサリタ・アス・ジンクが、友人であるモラード・カーバイトの召喚に応じてベトルカくんだりまで来たのは、旧い友との友好を温めるためだけではなかった。
「悪かったなぁ、田舎で~」
「その子…あの論文と中身が本物なら興味本位じゃ終わらないよ。黙っていられない連中なんかいくらでも手を出してくる。モラード、あの子を守れるのかい?」
「そのためにお前さんに声をかけたんだよ。マイトであるサリタ・アス・ジンク博士の力が必要だ。ワイン飲むか?」
「貰う」
『おおっと、相討ちです! 両者が転げるように組み合って、ああ、城壁を破壊して突っ込みました~~~! 派手に煙が上がっています。近隣の被害状況は不明です! カメラ! 二番カメラ回してっ!』
実況の声が大きく張り上げられる。興味から外れていた中継に二人は振り返る。模擬戦の結果は、お粗末にもくんずほぐれつしての転倒劇となっていた。
「消すか」
「待て」
ジンクが消そうとするのを制してモラードが難しい顔でテレビを覗きこむ。モクモクとした煙が上がる中で現場の慌ただしい音も飛び込んでくる。
食い入るようにモラードが見るのをジンクは興味なさげに見返した。
『救助隊がピンクのバルンシャを一番に救助に当たります。パイロットは、パイロットは無事なのでしょうか~~?』
「早く映さんか!」
「モラード、何?」
『担架に載せられて出てきたのは小さな女の子です。若い、若い騎士少女です』
「のぉぉ~~~!? おいい、もっとちゃんと映さんかぁっ!」
モラードはテレビに掴みかかる。実況は聞こえても現場が混乱しているのかカメラがぶれている。
「モラード、落ち着けって。あの子がどうかしたのかい?」
「うぉ~~ローラちゃん! こうしてはいられんっ! ジンク、行くぞっ!」
「はいい?」
テレビとジンクをうっちゃり置いて表へと駆け出すモラードであった。