面会謝絶の札がかかる病室前は物々しい空気に包まれている。強面の男が二人立って外部からの一切の取材を寄せ付けない。
その手にはレーザー銃がある。バストーニュ大公ユーバー・バラダの私兵であるから誰も文句をつけられない。
ターバン兵士の刺々しい雰囲気に、触れぬ神にたたりなしと医師と看護婦、患者たちも避けて通っていた。
しかし、そこに臆さずに押し通ろうとする声が廊下に響く。何事かと何人かが振り返って注目していた。
声を張り上げたのはモラードだ。兵との間で通せ、通さぬの一悶着が起こる。
「ええい、お前らなんで邪魔をする!」
「ですから、申し訳ありませんが誰であろうともお通しはできません。大公閣下のご命令ですから」
二度目の説明を辛抱強く兵士が繰り返す。
じろりと別の兵士が銃を見せつけるようにしてモラードを睨む。
そんなもの怖くないぞ、という顔でモラードは言い返す。
「分からず屋どもが、俺はモラード・カーバイトだ! ローラちゃんの保護者だぞ。会えないとか貴様の指図は受けん。大公だろうが知ったことか。通せっ!」
青筋を立てるモラードに対して、他人ごとのように後ろで見物する黒衣の女が一人。退屈そうに壁の花となっているのはジンクだ。
成り行きでついてきただけのジンクは元より口を出すつもりもない。
再びモラードを押し留める男たち。その騒ぎは周囲のいらぬ注意を引き付ける。
「モラード、それじゃダメでしょ……」
モラードが強引すぎる。ハナから喧嘩腰では通るものも通らない。
それよりも、天下のカーバイトを動揺させる少女の方がジンクは気になる。その娘に会いにここまでやってきたのだ。
ジンクのところへモラードが送りつけてきた論文は、ファティマ・マイトにとっては職業上の禁則事項に触れるものでありながら可能性という未来を示すものだった。
この世界に染み付いた既成概念を取っ払うには新しい風が必要だ。
それを書いたのが若干二十才の少女と来れば好奇心を抑えられるものではない。少女が抱えている事情も気にはなるが、そこは他人事である。
「貴様ら、止めんかっ!」
そこに一喝が響く。モラードを拘束した男らの手が離れる。現れたのはビョイトだ。
モラードは自分を手荒に扱った兵を睨んでから襟を正すと、ビョイトへはしかめっ面で向かい合う。
「お前は知ってるぞ。ユーバーの手下だな」
「これは…モラード公ではありませぬか。部下が大変失礼をいたしました」
いんぎん無礼なビョイトが片手を上げると兵は後ろに下がる。それを忌々しいという顔でモラードが眉を寄せた。
「超絶失礼だ! 俺はローラちゃんの保護者だぞ。なぜ会えないんだっ!」
「申し訳ありません。例え誰であろうと通すなと命令したものですから……それに、ローラ様の情報はマスコミには一切漏らせませんから。ご理解いただきたいですなあ」
ビョイトはかっかしたモラードに耳打ちをする。互いに共有する秘密の事柄である。いらぬ注目を集めるのは避けたいのだ。
そんなの貴様に言われんでもわかっておるわ、とモラードはビョイトを睨む。
言っていることのわりに、ローラを客寄せパンダに使った上、テレビに晒したことでこの連中への信用度はゼロに近い。ユーバーを一発殴ってやりたい気分だ。
バレていなかったから良いということではない。モラードが注意を払ってきたことすべてが破算にされかねなかったのだ。
任せておけるかと鼻息も荒くなる。今すぐにでも連れ戻すつもりで来たのだ。
「それでどーなんだ? ここを通してくれないのか?」
「いえ、ローラ様は検査中でして……」
「それを先に言えっ! お前らに任せてはおけん。検査が終わったら俺が連れて帰るが文句ないよな?」
「は、はぁ……では護衛の者をお付けいたしましょうか……」
「いらんっ! 担当医は誰だ?」
「スカイアー医師です」
「スカイアーだな。ジンクっ!」
「はいはい」
やり取りを聞いていたジンクが億劫そうにモラードの後に続くのだった。
◆
そんな騒ぎが病室前であったことなどつゆ知らず、検査の後にローラはこっそり病棟を抜けだしてのんびりとした午後を過ごす。
ここは病棟の一角。建物に囲まれた四角い空間に小さな庭がある。
ローラは木製のベンチに座ってストローを吹いてシャボン玉を浮かばせて遊んでいた。
少女趣味と思うなかれ、結構楽しいのである。
この庭は外界から完全に切り離されているので妙に落ち着けるのだ。
あの転倒で腕を折っていたけれど、ガッチガチに固められて今は腕が重いだけだ。腕に巻かれた包帯が痛々しいように見えるが実際は痛くはない。
入院する理由付けには丁度いいというくらいだろう。脳震盪で意識が飛んでいたが、脳みそに支障はない模様。
終わってみれば、実戦を経験したという意識はまるでなく、目的の行為をやるだけやった結果がああなったにすぎないという感じだった。
初めてにしてはすごいとか、上出来だとかいうつもりもない。こうなったのは、あいつが変に抵抗したのが良くないんだ──
その対戦相手であるジィッドも怪我をしたらしい。派手に絡んで転んだからノーダメージではないだろうけど。
まだ顔は見ていないから怪我の程度は分からないが、きっとローラは謝らない。というか謝るつもりがない。
模擬戦という名目もある。何も悪いことはしていないからそんな必要はない。でも今は顔を見たら手が出そうな気がするので会わなくて良いのだ。
ローラには人を殺す戦闘兵器に乗ったという実感も薄い。
何せ、自分の手足の延長線というのは誇張でもなかった。動き出せば思った通りに動く上にアリのような群衆に自分の力を誇示しているのだという感覚があった。
自分が思った通りにロボットを動かせるというのも、忘れかけていた男の子精神を強く揺すぶるものであったわけだ。
ジャンルロボットで、自分だけが上手く動かせるんだってなったら、好き者ならはまってしまうパターンであろう。
もっとも、わたしは女騎士として将来は戦場に立つというルートはありえないなとも思っている。
ただでさえお尋ね者であるわけで、人殺しとして先に世に知られてしまった人間だ。
ふつーの騎士団だったら面接前に落とされそう。
ユーバーに拾われたのは実は運が良いことであったろうし、カステポーにいたらごろつきの一人となって日の目を見ないまま終わっていたかもしれない。
ナイアスねーさんとなら上手くやっていける気がしたけれど、こんな身の上だからすごい迷惑になったことだろう。
あの人はそんなこと気にしないだろうけど。
会いたいなぁ~ どうしてるんだろう?
妙に感傷的になってローラはそれを飲み込む。
今は今なのである。いつか再会する日が来たら何かできることもあるかもしれない。
またシャボン玉がストローの先から生み出されて宙に舞う。
「ふわふわ~~」
きらめくシャボン玉がふわふわ浮いて空気の流れに流されて行く。ローラは連続でストローをシャボン液につけて吹き出す。
脳震盪起こしてたこともあるんだけど、あちこち検査されてめんどかった。見ての通り怪我をしたといえるのは腕だけで他はピンピンしている。
新しいシャボン玉が吹き出されて七色の輝きを周囲に振りまく。大きいのから小さいのが色とりどりにこの空間を不思議色に染めるのだ。
思いつきで始めたにしては大成功。どうせ病室に戻ったら退屈な上にいかめしい兵士の顔を見て過ごさなければならない。今の内に遊んでおかねば損というものだ。
護衛の兵士は三人いて、女兵士の一人が検査について来ていた。他の二人は病院を歩きまわるには顔も装備も怖すぎて患者を怯えさせる。
検査室がある病棟は武器を持った兵士は入れないので仕切り戸の向こうで待ちぼうけさせていた。
検査が終わってからローラは病室へは戻らず、棟を一回りして中庭に出た。
ここは誰にも邪魔されない。こっそり持ち込んでいたカップとストローでシャボン玉を作った。
わたしが俺であった頃、子どものときによくこうして妹とシャボン玉合戦をしたものだ。
「ん?」
ローラは人の気配を感じ取る。ただでさえ鋭敏な感覚を持つ騎士の性能を広げれば、この狭い空間にあるものの動きは全部感じ取ることができる。
誰かいる……気が付かなかった。
普通の人は気配を消したり、姿を見えなくする技なんて使ったりしない。
生体エネルギーの波動をローラはわずかながらも感じ取ることができるようになっている。
事故の後で妙に感覚が鋭くなっているような気もする。その感覚は妙に浮ついた気分にさせて安定しないものであった。
「誰っ!?」
気を向けて問いを発する。
茂みの葉が揺れてその向こうの気配が息を呑んだ。迷った素振りを見せてから気配が沈み込む。
「出てきなさいよぉ?」
こっそり隠れてこっちを見ていたのだ。殺気は感じられない。でも姿を隠してこそこそしているのだから何をしてきてもおかしくない。
ローラはおっかなびっくりに構えて無い胸を張って虚勢の態度を張る。
葉が揺れて音を立てる。おずおずと姿を見せたのは大柄の男だった。
禿げ上がった頭とぶっとい腕が印象に立つ。そのいかめしさはどこかで見た顔だと思ってローラはすぐに誰かを思い出していた。
「あ、いつかのだ……」
「俺……」
「仕返しに来たの?」
つい先日、デコースが血祭りにあげたチンピラ騎士の一人だ。運良く一番軽傷だった気がするけど、他の連中はどうしているのか?
仲間はいない。男一人だけだと確認する。
こっちが一人なのを狙ってきたのか。こっちは腕を折ってるし、押さえこまれたら厳しい。
相手が前に出るとローラは警戒して一歩下がる。
「ち、違う。俺、お礼に来た……」
「お礼?」
まったく見当違いの答え。
何もお礼される覚えはない。お礼参りならわかるけれど。
「えと…これ……返しに来た」
大男の差し出した手には数枚のフェザーだった。路地で治療の足しにでもと置いていった。
ローラの少ないお小遣いである。
「はあ……」
「て。手……」
ローラの手にフェザー貨幣数枚を置くと男は手を引っ込める。
大男のくせに気は小さい。あのときは集団で周りも殺気立っていたが、この男はそれほど気を立てていなかった気がする。
「仲間の人の仕返しに来たんじゃないの?」
「俺、もう奴らの仲間じゃない。ほんとはあんなことしたくなかった。俺、ああなって友だち止めた。もう嫌なことしたくない」
ぼそぼそっとながら言う男にローラはしかめっ面で腕組みをする。嘘は言ってないように思える。
ローラは悪い連中に流されてのことであったのだろうとすぐに納得していた。目も態度も正直で裏がない。何より嘘をつく性格ではないようだ。
腹黒い人は目を見ると何となく分かるんだよね。うちのビョイトさんとか一番悪巧みしてる。
「じゃあ、許してあげる」
「本当?」
「うちのにーさんのこと怒ってる?」
「め、滅相もねえ! あんなつええ人に絡んだ俺らが悪いんだ。あの人が言ったように俺は三流のゴロツキだぁ」
「いや、そこまで言ってないし……」
「それにあんたにも負けた……」
「わたし?」
えっへん、ローラちゃんは強いのです。でも、あんたもちょっとしたもんじゃないの? デコースの攻撃受けて立っていられたんだから?
ジロジロ見ると恥ずかしそうにしている。見た目が凶悪なだけにギャップが激しい。
「さっきの技、やってみせてよ」
「さっき?」
「隠れてたじゃん。やってみて」
「わかった……」
次の瞬間、跳んだと思ったらヒラヒラ何がが舞う。いたはずの場所には布っキレ一枚が落ちていた。
「わ、隠れた? どこだ?」
「こ、ここ」
足元から声がして驚く。すぐ後ろの茂みから声がしたのだ。そのくせ、茂みに人がいる様子すら感じさせない。
感覚を広げればそこにいるのだとわかる。どう考えても普通の騎士が使う技ではない。ダイバーとかそういうのだろうか?
「どうやったの?」
「か、変わり身の術……囮で目をくらまして姿を隠す……忍びの技」
「忍者なの?」
「俺…ミミバの技使える。兄者から教えてもらった」
兄者という言葉に誇りの響きが交じる。
不意打ちとかされたら多分防げない。騎士ってこんな技も使えるのか……
「デコ兄の攻撃も防げる?」
「とっさだけど全然間に合わなかった。間合いが見えなかった……」
それだけわかれば十分だ。身代わりの技で致命傷を避けたということだろう。
ただのチンピラという評価を少し上方修正する。
あの場にいた男らの中でそんなことができたのはこいつだけだ。運良くかわしたわけではない。
「ふうん? もう出てきて隠れないでいいよ」
ローラの疑惑は好奇心に変わっていた。顔を見ないで話すのも辛い。
「誰か来た……」
囁くような声に後ろを振り返ると、松葉杖をついたニワトリがとさかを立てて歩いてくる。
「見つけたぞこのヤローっ!」
「なんかきた……」
茂みは沈黙したまま。出てくる気はないようだ。まあいいかとローラはジィッドに向き直る。
ジィッドは頭に包帯。右足はがっちりギプスをハメられている。見た感じはローラより深手っぽい。
ごめんなさいという感情は、やっぱりこいつの顔を見たらまったく感じない。相性が悪いのはお互い様だろうけど。
「あれ、くたばったのかと思ってた?」
「ケッ! ばーろ~~ このジィッド様がこの程度で大人しくなると思うなよっ! つーかてめえ! 基本のキも知らねえで突っ込んできやがって。いてえじゃねえかコンチクショウ!」
「わたしぃ~ モーターヘッド乗ったの初めてだしぃ~ そんなのしらなーい」
ああ、バカな男の子を相手にするのってホントつまらなーいという感じでローラは返す。
こんな感じで喋る子がクラスにいたのである。たいがい、その手の挑発におバカはムキになるのである。
「このアマ……いてー目見ないとわかんねえか? おらぁ!?」
粋がるジィッドをローラは冷ややかに見返す。
「小学生にムキになってバッカみたい。また転ばされたいわけ?」
なお、すっ転んだのは不可抗力。すり抜けて一発かまそうとしたらこいつの出した足に絡んでああなった。
「俺はエースなんだよ! 舐めやがって。ヒイヒイ言わせてやるっ!」
「でい!」
吠えたニワトリが松葉杖を放り捨てると、すかさずローラはローキックをジィッドのギプスに繰り出した。
それは見事にニワトリの折れた骨に直撃するのだった。
「ぎゃあああ~~~! いでえ! このアマ~~ ブッコロースっ!」
凶悪モードになったニワトリがとさか満開にローラに躍りかかろうとする。
その襟をでかい手が掴んでいた。ジィッドの手足が空回りする。
「乱暴良くない」
「って、ヤメろぉ~~~!? 何しやがるこのでくの坊!」
ジィッドが後ろの大男に離せとジタバタするが腕のリーチ差で届かない。
「病院……うるさくする良くない……」
「何だよ、このおっさんは……」
「忍者かなあ?」
ローラが答える。
「わけわかんねえ」
ローラはジィッドに冷笑で返す。ニワトリは捕獲されてるので危険はない。
「じゃあ、俺行くから」
「え? ちょっと」
のしのしと中庭を出ていこうとするのをローラは呼び止める。
すると出入り口のドアの前で足を止め、首だけ回してローラを見返す。
「名前、まだ聞いてないよ! わたしはローラだよ!」
「バレン…バレン・B」
「Bが二つ?」
「そう、Bが二つ……BBって呼ばれてる」
「BBね、了解」
「おい、降ろせよっ! このハゲ!」
抗議するジィッドをじろりと見るとバレンはその手を離す。
「いで!」
ジィッドは尻餅をつく。直後、バレンは跳んでいた。上の棟を伝ってすぐに屋上へと消える。
「行っちゃった……」
また現れるのかも何も言わないで行ってしまったが、縁があれば会うのかもしれない。
「何なんだあの野郎は~~」
尻をさするジィッドの前に腕組みのローラが立つ。
「で、どうするのさ。ここでケリつけようか?」
「けっ、おむつも取れてないガキなんざ相手にもならねえぜ!」
「口減らないなあ……」
そのときだ。
「ローラ!」
「ゲフっ!」
勢い良く開いた戸がジィッドの頭を直撃してニワトリが白目をむいて倒れた。この扉、金属製で結構重いんです。
交戦態勢から虚をつかれてローラは現れた人物をまじまじと見る。紛れも無くモラードがそこにいた。
「モラード先生?」
「いたいた! 勝手に抜け出しおってこのバカ娘!」
「いった~~~い」
飛んできたげんこが容赦なくローラの脳天に落ちた。あまりの痛さに涙目になって頭を押さえる。
コブ。コブができたよ~~
「ふぁ~~ 親にもぶたれたことないのに~~」
「親など知ったことか! 利かん気ばかり成長しおって、そんな娘は俺が一から再教育だ! さ、荷物をまとめて帰るぞっ!」
「えーと、でも?」
頭痛い……脳震盪起こした子に優しくない理不尽さ。まあ、なんともなかったんですけど。
「でももへちまもないわっ! あー、もうそのままでええわ!」
そして、グイグイ引っ張るモラードの手に引かれてローラは当日退院を果たすのであった。
モラード先生は怒らせると怖いのです(まるっとな)