お披露目での結果は芳しくないというよりまったくの空振りに終わった。エルカセットの番になってから彼女は誰にも首を振らなかったのだ。
軽く百人くらいの騎士と面談したんだけど一回一回はすごく短いんだ。対面したら数秒で決着がつく。
この静かな選別は見てても退屈極まりない。その代わり、ファティマを得ようとやってくる騎士の出で立ちに興味を惹かれた。
いろんな騎士団の名前が登場するし、中には有名所の騎士なんかもいる。
覆面スカウトマンに報道関係者。なぜかフードをかぶったダイバーの姿なんかもある。
有象無象の中にも実力者が混じっているだろうし、きっと誰かが選ばれるんだろうなと思っていた。
他の何人かのファティマなんか早くて数人め。何十人めかで目的のマスターを選んでいたからだ。
選出の際に希望のマスターがかち合う場合は騎士自身の意思でファティマを選ぶことになる。
「え? 該当者なし? どうなるの?」
「そりゃいないからまたマイトのところにブーメランだ。こればかりはエルカセット次第だからな」
「えへへ、ごめんなさーい」
悪びれないエルカセットを前にジンクはは~っと息を吐き出す。
「つーわけで、モラード、後は頼むわ」
「頼むって?」
「モラード先生~ お世話になります~ エルカセット頑張ります!」
こっちにエルカセットがお辞儀をする。何を頑張るのかは不明だ。
「エルは前のマスターが降りてからマスコミの情報担当やってたんだけど、妙な癖はそんときついたのかねえ? 情報収集の腕は一級なんだけど。こっそりお見合いさせたのも二〇件くらいあるけど全然ダメだったのさ」
「何、マスターなんぞそのうち見つかるさ。うちのビルドとかエストはそりゃ手ごわかったぜ」
娘が嫁に行き損なった親談義が始まる。
エストなんかは騎士同士の血みどろのバトルになってたんだよね。普通のお披露目でそんなこと起こりません。
あーあ、早く帰って研究の続きがしたい。
「あ、あの! ローラさん」
「はい?」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
ローラの手をエルカセットが握ってブンブン振るう。ちょっと勢いがつきすぎて振り回される。
「あー、よろしく?」
お披露目ブーメランになったのでしばらくうちに厄介になるってことだろうけど、改めて挨拶されるのも妙な感じ。
エルカセットはローラの手を離さない。
ほんわかした雰囲気はキレイというより可愛らしいというのがぴったりだろう。同じファティマでもアトロポスとはぜんぜん違うなぁ。
「ロ、ローラさん、お世話はお任せください!」
はい、お世話?
「エルカセットにローラちゃんはお任せだ~ 良かったなぁ、お姉ちゃんができたぞ」
「いや、お姉ちゃんとか……」
まあ、嫌いじゃないんだけど……
エルカセットと目が合う。ファティマがこんなに表情豊かだとダムゲート外れてるんじゃないかと心配になる。
まあ平時だからそれほどきついコントロールは利いてないだろうけど。
「よろしく?」
「はわわ……」
エルカセットは何だかそわそわしている。変なの?
「はい?」
「何でもありません~~」
やだ、ちょっとこの子挙動不審?
「そんじゃうちらのメインイベントと行こうじゃないか」
「え? まだあるの?」
二人からは何も聞いていない。泊まってるホテルに帰る以外、この後何があるのだろう。
モラードらについていくと通されたのは貴賓室だった。政治家とか貴族が会合で使うような税金を使った無駄に豪華な部屋だ。
そこで待っていた人物は……
「トローラ・ロージン。俺がここにいる意味はもうわかっているな?」
杖を持ちそこにいるのはドクター・バランシェその人だった。マイトの正装ともいえる五本線がさんぜんと輝くスーツを身にまとっている。
実物と会うのはこれが初めてだ。
「まだ説明してないぞ、バランシェ。気の早い奴め」
「バランシェ公、お待たせして申し訳ない。ほら、モラード」
ジンクがモラードに肘をくれる。
「ああ、バランシェを呼んだのはローラのためなんだ」
「わたし?」
一体なんだろう……何かまずいことあったのかな。
途端に心臓がドキドキしてくる。わたしのまずいことってあのことしかない。
同級生を殺して、逃げ出して、追われてまた逃げた。
今の安穏は幻でしかない。
今でもわたしは、トローラ・ロージンは罪を犯した罪人として星団から追われる身なのだ。
咎を償えと言われたら償いたい。でもわたしにはどうしてもやりたいことがある。また会いたい人たちがいる。ごめんなさいと謝って済む問題じゃないことはわかっている。
今この場で逮捕されても殺されたとしても仕方がないことをしてきた。
「お前にかけられた懸賞金および星団指名手配は現在停止されている。この男が奔走して国家首脳にまで働きかけて実現させたことだ。本来であればマイトは政治的な事柄にその権威を使うことはタブーとされている。俺たちマイトの公正性を損なうものだからだ」
「そういうわけで、今のローラちゃんはお尋ね者じゃない。もっともクバルカンの方は別ルートなんだがな。表立って捕まえに来る連中はいないと思ってくれ」
「モラード先生が?」
バランシェ公が言ったようにマイトが公正であるには特定の国家の政治などに深く関わっていけない。
これはマイトの不文律だと言われている。高名なマイトが持つ特権は王侯貴族にも匹敵し爵位さえ与えられる。
その権力をかさに着ればどんな悪法もまかり通ってしまうことだろう。
星団法で定められている事柄ではないが一つのタブーとしてあるのだ。それをモラードが破ったということはとても重いことだ。
黙っていたジンクが口を開く。
「あたしがここにいるのはただの見届人としてだ。あんたは罪を犯した。命という贖いようのないものを奪ったんだ。そのことはあんたの一生につきまとうだろう。どんなに罪を悔いたとしても誰かがあんたの後ろを指さして言うだろう。人殺しだと」
「ジンク、脅かすな」
「言わせなモラード。生涯つきまとう人殺しの刻印をその背に背負って生きていくんだ。あたしらマイトは命を扱う。そしてより多くの命を奪うものを創りだす罪深い存在でもある。マイトになるってことはこの世界の命を背負うってことだ。あんたはマイトだ。そのことは理解しているだろう?」
ジンクの視線をローラは受け止める。
わたしが生きている意味。それを示せる未来があるのなら全身全霊でそれを証明したいと願う。
「わかります……わたしは生きていたい。この世界で生まれた意味をずっと考えてました。わたしは、わたしのこの力をファティマが涙を流さない世界を創るのに使いたい。この世界で生まれたのに戦争のためだけに使われるなんて悲しすぎるもの。そしてマイトになって沢山の命を救いたい。それが、それだけがわたしができる奪ったものへの償いになるから……わたし…もっと生きていたい……」
初めて人を殺した。
あの少年の顔が思い浮かぶ。
嫌な奴だったけれど、それでも彼には家族がいた。
お父さんとお母さんがいて将来を望まれていた。
わたしは耐えられなかった。
自分が大事なものをなじられてカッとなって逃げ出したんだ。
胸の内から込み上げてくるのものがローラに涙を流させていた。
それは溢れ出てきて止まらない。
熱い雫と慟哭を飲み込んで震える。
人殺しの名前は生涯背負おう。
誰も許してくれなくてもいい。
誰も認めてくれなくてもいい。
もう逃げることだけはしたくない。
「もう逃げることはしたくないんです。わたしの命でそれができるのであれば後は何も望みません」
「その言葉、忘れるな」
ローラを見下ろしてバランシェが告げる。
その言葉は誓いの言葉だ。何よりも重い世界そのものを背負う言葉。
そのとき後ろからギュウッと抱きしめられる。花の香はエルカセットだった。
「うわぁぁ~~ん。ローラちゃん偉いですー。こんなにちっちゃいのにこんなに偉いこと言える子なんていないです。わ、私、一生ローラちゃんについていきます~~!」
「ええ、え? 助けてえ~」
エルカセットに揉みくちゃにされる。ローラの悲鳴は周囲に生暖かく見守られる。
「おいい、エルカセット。感動的なのはわかったが……」
モラードがうろたえて止めようとするのをジンクが遮る。
「何でこんなに鈍いのが星団最高のマイトなのかちょっとだけ理解に苦しむ……」
首を振ってジンクは遺憾を表明。
「あんだとジンク? 喧嘩売っとるんか?」
「同感だな」
「俺だけ除け者か、除け者なのかっ!?」
処置なしと深刻そうにバランシェはジンクに頷いてみせるのだった。
「ちょ、エルカセット~~?」
もうエルカセットを強引に振りほどこうかと思った瞬間。
「どうかエルカセットを、エルカセットをパートナーにしてください~~! マスタ~~~~っ!!」
「な、なんだってー!」
モラードが仰け反って転ける。
「エルカセット~~?」
「私じゃダメですか……どじなところもとんまなところも直します。どうか、どうかお側に置かせてください!」
「わたし…ちゃんとした騎士じゃないし……人も殺したし……」
「戦場では誰だって死んじゃいます。それとローラちゃんはずっとずっと耐えてきたんです。どうかその苦しみをエルカセットにも分かち合わせてください!」
「ええと?」
助けを求めるようにモラードを見る。
「むう、そうか、そうだったのかぁ……このモラード一生の不覚」
肝心のモラード先生は唸っててこっちには気がつかない。
「ファティマの言葉をノーといえばそれで終わりだ。だが、ここまでファティマに言わせて断るのか?」
「わたしにそんな資格あるのですか?」
「ファティマが認めている。それで十分だろう」
バランシェの言葉がローラの背中を押す。
「こんなわたしでいいの?」
「はい……」
急にしおらしくなってエルカセットは頷く。
きっと、ファティマにとって、この告白は一生に何度あるかわからない本当の自分の言葉なんだ。
その一生懸命な言葉からわたしは逃げようとしていた。エルカセットが求めるのであればわたしはそれを受け入れよう。
正面から向かい合ってエルカセットの手を取る。
「お、お願いします……ふ、不束者ですが!」
ごっつーんと二人の頭がぶつかる。
「あいた……」
額をさするとエルカセットの手が優しくローラの髪を撫でる。柔らかくて心地が良いソアラと同じその手だった。
少しぼうっとしてしまう。
「イエス……マスター・マイロード!」
天使のほほ笑みでエルカセットはその言葉を紡いでいた。
◆
星団暦二九八七年某日。
ファティマ・エルカセットはマイト見習いの少女トローラ・ロージンに告白し嫁いだ。
その同日、三人のマイトの連名による嘆願、および申請書が各星の首脳級の人物へと提出されこれを受理される。
同年、トローラ・ロージンにかけられていた星団指名手配と懸賞金の撤回が行われた。
そして星団暦二九八八年がやってくる。
電気じかけの黄金の騎士(ナイト・オブ・ゴールド)と一人の少女(ラキシス)。
神と女神。
絡みあった糸がローラの運命を紡いでいく……