転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【18話】企みと予感

 その視点は遥か上空から角度を変えて遠くの街の様子を映し出した。それは移動しながら上昇したり下降をしながら視点の望遠と拡大を繰り返す。

 マスコミ御用達の情報収集用ロボット・ドローンを操縦するのはR2D2……ではなくエトラムルのリョウである。その傍らにはエルカセットがいた。

 現在、二人はベトルカのモラード工房にいる。

 

「リョウちゃん、どうですか~?」

「PIPOPI~(問題ない)」

「ドローン制御はバッチリです~ 次はマスターのところまで飛ぶです~~! イケイケゴーゴー」

「PIPO~(ラジャー)」

 

 視覚を同調させる薄いゴーグルはエルカセットお手製だ。このゴーグルはリョウを通じてドローンから送られてくる情報を受け取ることができるものだ。

 これらはマスコミ関係者御用達のパパラッチアイテムとして業界で流通している。とくダネ報道部を抱えるテレビ局なら必ず常備しているといっていいくらい普及している。

 なお、たいがいは撃ち落とされる運命にある悲しいロボットだ。報道カメラはときにやんごとない人たちの秘密のベールをも覗こうとするからだ。

 報道部に長くいたおかげでエルカセットはこの手の機器の専門家となっている。いかに監視の目の穴を突いてとくダネをものにするかにその力を発揮していたのだ。

 ファティマが民間の仕事をするのは星団法的にはアウトであるが、世の中の仕組みは星団法が及ばないことも多々あるのである。

 まさに能力の無駄遣いであった。エルカセットがジンクに引き取られたことでその仕事から離れることになったのだ。

 

 ドローンはリョウのコントロールにあるので操縦ミスで落ちることはない。バッテリー切れとか不運の事故でも起きないかぎり。

 目指す位置情報はローラが持つ端末だ。

 工具やらの機材が二人の辺りに散らばっている。リョウが動かすドローンもエルカセットが自分で組み上げていた。

 エルカセットは一級のファティマだ。その脳に詰め込んだ無駄な雑学を駆使すれば市販の機材で何だって作ることができる。

 その気になればミサイルに戦車、レーザーライフルだって作れる。

 もっともその手の専門家とは方向性が違うといえる。ドローンは大学レベルの頭があれば誰でも作ることは可能だ。

 

「見えました! あのお城にマスターが囚われているのです! いけっ! スターファイターっ!」

「PIRURURっ!(やったるぜー)」

 

 何せ、マスターであるローラからバストーニュには来るなと言われてしまった。

 ユーバー・バラダに存在を知られたらナニをされるのかわからないというローラの心配もあったのだが、当のエルカセットはマスターと一緒にいられなくてフラストレーションを溜めまくっている。

 退屈さとマスターに会いたい一心でパパラッチドローンを作った。ついでにリョウの操縦シミュレーションを兼ねている。

 リョウちゃんには色々経験させろってマスターが言ってたもの! えへ、エルカセット褒められちゃうかも~?

 

「PIっ!?」

「へ?」

 

 ユーバーの居城へと滑空しようとしたその瞬間、大きな影が差したかと思うとドローンは破壊されていた。

 

「あーん、もうヒドイです~~ マスタ~~~」

 

 ペタリと芝生に座り込んでゴーグルを投げ捨てるエルカセット。リョウが慰めのアームでエルの肩を叩いた。

 

「PIPU~(元気出せ)」

 

 

 城の郊外──

 地面に長く伸びる影はMHのものだ。硬質なボディを持つその巨体から繰り出されたものが飛行するドローンを木っ端微塵にしていた。

 当のMHバルンシャが投げた輪っかはあらぬ方へ飛んでいき、砂地に突き刺さると派手に砂塵を巻き上げる。

 

「大外れだなジィッド」

「あれ、バギィさん、なんか当たったっすか?」 

「どしたジィッド?」

 

 輪を投げたジィッドへ応答するのはもう一騎のバルンシャに乗るバギィ・ブーフだ。MHの性能テストを兼ねた、演習という名の遊戯の最中だ。

 内容は輪っかを目的のポールに投げて入れる。

 なお、発案者のデコースはデボンシャの影で昼寝中だ。

 

「いや、なんか飛んでたんで~」

「それより投てき範囲の誤差が酷いぞ。適当に投げるなよな」

「えー、モーターヘッドで普通はこんなの投げないっすよ? 輪投げとかさ……」

 

 ブツブツ文句を言いながらジィッドが投げた輪っかがポールに収まって落ちた。文句を言いながらも精度は上がっている。

 

「おー当たり~!」

「次は俺だ」

 

 バギィのバルンシャが投げた輪がポールに収まる。

 一見暇なように見えるが、本当に暇だったのである。

 内戦とか、貴族の喧嘩とか、そんなものを期待していたジィッドらは退屈極まりないこの頃だ。

 ようやくお披露目があるので役目が回ってきたというところだ。

 星団各国の貴賓と王侯貴族が集まるからには、どこかの有名所と模擬戦でもして自分らの実力を売り込むチャンスでもある。 

 

「つーかさぁ、このバルンシャってぶっちゃけ装甲ダサくないすか。なんかかっこ悪いっすよ」

「スポンサーがこれ使えってんだから仕方ねえだろ? そこらの中古とは性能が違うしな」

「そりゃそうっすけど、装甲くらいいじっても問題無いっすよね?」

「知らねえ。スポンサーに聞け」

「あのデブ、ちょっと苦手だ……」

 

 彼らのボスはユーバーだ。金にあかせて何でも揃えてはいるが、騎士団とは名ばかりの世間のはばかり者の集まりでしかない。

 もちろん忠誠心など持ち合わせていない。彼らは傭兵、地獄の沙汰も金次第だ。

 

「おっ! 今ビビッと来るものがあったっ! こいつの新しい装甲思いついたっすよ。グレートでスペシャルな俺様装甲っ! 名づけてデムザンバラっ! 整備の連中に変えさせなくちゃな!」

 

 どこから電波を受信したのか、オレンジヘッドのジィッドは一人悦に入るのだった。

 

 

 その頃──クリスタルのグラスになみなみとワインが注がれると杯は一気に飲み干された。

 豪華な椅子に座るユーバーの傍らに透明に近い素材の服をまとった女たちが侍っている。

 艶やかな色気を振りまいて女たちは甲斐甲斐しくユーバーの世話をしている。

 城内の謁見室で昼日中から関係なくユーバーは酒色に耽っていた。

 そのユーバーの前に顔を仮面で覆った男が跪いている。

 お披露目を前にユーバーの元に挨拶に訪れる者が引切りなしだ。それに飽いて忙しいと断っていたがこの使者は別格の扱いだ。

 

「閣下、例の件、どうぞよしなに……」

 

 それに対しユーバーはおうように頷いてみせる。

 

「はは、それはお任せ下され。ところで事が成った暁にはわしを王にしてくださるのか?」

「そのためにアレを無担保で貸付けしました。例の方々は閣下に大層期待なさっておられます」

「ブーレイ騎士団を動かしてくださる。それだけで千人力ですわい。シオの門番(チーフティーンズ)の方々」

「それにしても閣下は良い手駒をお持ちだ。デコース・ワイズメルといえば、三年前程にカステポーでその名を轟かせましたなぁ」

 

 仮面の男が演習が行われている方角へ顔を向ける。

 二九八五年当時、フィルモアのノイエ・シルチス黒グループに属するサイレン三騎をデコースがダラッカで打ち破ったことはこの界隈ではまだ真新しい。

 ダラッカにおける戦いで用いた騎体がデボンシャであったことがこの騎体の知名度を上げてもいた。

 

「何しろ金に糸目をつけずに集めさせましたからの。他の面々もいざというときに役に立ちましょうぞ。レント独立の……おおっと、口が滑りましたのぉ」

「頼もしい限りです。では、これにて……」

 

 一礼すると仮面の男は謁見の間を去っていた。その後姿を見送りながらユーバーは酔った目を細くする。

 

「誰も彼もがわしの金の前には膝をつく。トランの王というのも悪く無いわい」

 

 空になった盃に再び酒が注がれる。ユーバーは側近のビョイトが入ってくるのを横目に酒をあおった。

 

「閣下、面会の目通り願いが……レディオス・ソープとかいうモーターヘッド・マイスターが」

「そいつは男か?」

「左様です」

「モーターヘッド・マイスター? わしは今忙しい。レディオスなんたらかは知らんが、マイスターごとき追い返せ」

 

 不機嫌に返したユーバーにビョイトが囁く。

 

「それがその男、マイスターとしてはかなりの腕とか。それに大層な美形でして……閣下好みかと」

「何? では会ってみるとするか。通せ。お前たちももう良い」

 

 途端に興味を示してユーバーは女たちを下がらせる。

 男も女もこの男には関係がないのだ。美形であれば手に入れる。ファティマであろうがマイスターであろうが関係ない。

 金で欲しいものを手に入れる。それがユーバーのすべてだった。

 すぐに謁見の場に現れた青年を見てユーバーからほうっと息が漏れる。

 美色狂いのユーバーですら声を漏らしたのは絶世の美を見出したからだ。その美しさはファティマと比べてもそん色はない。

 男と聞いていたが、その美貌は女と見紛うほどで手足も細くまるで芸術品のような佇まいだった。

 ソープは金髪碧眼で腰ほどまである長い髪を前に垂らして編みこんでいる。礼装と呼ぶには程遠い簡素な服だが身についた気品は優雅さを備えている。

 どこかの王侯貴族が身分を隠していると言っても通用しそうな美貌であった。

 

「お目通り叶い、ありがとうございます」

「おお、これは……声もなかなかの美声よのぉ……」

 

 ユーバーの嫌らしいほどのねめつく視線がソープにまとわりつく。

 

「聞けば大層高名なマイスターだとか。なぜわしのところに来た?」

「思う所ありまして……連邦にその人ありと言われる閣下のところであれば存分に腕を振るえるものと思い……」

「わしのことをよう知っておるわ。レントだけではない。いずれ、トランのすべてがわしに跪くのよ」

「はあ……」

「閣下……」

 

 口を滑らせた主にビョイトが袖を引っ張るがユーバーは意にも介さない。マイスターごとき恐れるものでもない。

 

「その顔は本物か? いくつになる……」

 

 諌めは効かぬとビョイトは後手に腕を組んで下った。

 ユーバーはよほどこのマイスターを気に入ったのか質問を続ける。

 ビョイトの猜疑心の強い眼がレディオス・ソープへ向けられる。

 まあ良い、もし計画に支障をきたすような真似をすれば斬り捨てるまでだ。

 この男(ユーバー)には慎重さが足りない。もし秘密が漏れるのであればこのマイスターの口封じをせねば。 

 汚れ仕事はビョイトの十八番となっている。それも自身の目的を達するための手段と割り切っていた。そのためにこの男の財力とコネを利用しているのだ。

 レント独立は手始めに過ぎない……

 

「では下がって良い。部屋は後で教える」

「は……」

 

 立ち去るソープを名残惜しそうに眺めユーバーは頬を震わせて笑った。

 これはまたお楽しみが増えたわい。あの娘たちと一緒に可愛がってやるか。

 

「あの二人はどうしておる?」

「大人しいものです。閣下が懸念することもありますまい。お披露目でマスターがついても、つかなくても閣下が損することもありますまい」

「そうなのだがな、アレだけの器量はなかなかおるまい。そこらのファティマとは格が違うわい」

「それより、連邦が寄越したボードとかいう男ですが、本当によろしかったのですか。モーターヘッドの、持ち込みなど……」

「ふん、何を嗅ぎ回ろうが心配は無用だ。精々、わしらの箔付けに利用すれば良いだけのこと。お披露目が終われば用済みよ。それよりも今後のことよ……」

「例の方々のことですな……」

 

 神妙な顔になったビョイトが囁くような声になる。

 

「連邦には我らの動きは気取られておるまい。旗揚げの際にはブーレイ騎士団が動く。そのときはわしがトランの王よっ!」

「いよいよですな、閣下。フフフ」

 

 二人はほくそ笑み合うのだった。

 

 

 同時刻のアドラー国際空港。エアポート227便。

 入国管理局──背の高い女がカウンター向こうの男に罵声を浴びせる。

 

「遅いぞハルマーっ! いつまでチンタラしてんだい!」

「そう言われましてもお嬢様、手続きってものがあるじゃないですか~ なぜだが荷物いっぱいだし検査に時間がかかるといいますか。そもそも国際便でよく持ち込めたとか」

「ウダウダ言ってんじゃねえ。あたしは気が短いんだよっ!」

「あの、お客様、大声はその……」

「ああ?」

 

 案内係の空港局員を女は見下ろす。

 女はパッツリ前髪のショートカットにエッジの効いたサングラスをかけている。 

 その見上げるほどの高身長とミニスカから飛び出る美脚はスーパーモデルのようにしなやかだ。体には無駄な脂肪を一切蓄えていない。

 その姿は目立ってエントランスホールに集まる客たちの注目を浴びていた。軽く二メートルある身長は一般人の頭を一つ二つは抜きん出て目立つ。

 

「騎士か、でけえな……」

 

 通りすがりが慌てて女を避けていく。

 

「ふう~ お嬢様、手続き完了です。わざわざ民間の船に乗ってこなくても良かったのでは?」

 

 大量の荷物を押してやってきたのはノンナ・ストラウスの付き人で騎士のハルマー・ノッセンだ。二人は急ぎの便でアドラーに到着したばかりだった。

 

「あたしらは今回は非公式のお忍びだからね。目立っちゃダメって言われてるんだよ」

「はぁ……」

 

 反論しかけてハルマーは黙る。すでに十分すぎるほど目立っている。

 

「何せ、法王様からの密命だからね」

「立場が変われば変わるといいますか。二年前に我々が追いかけた少女を今度は守れとか……どうなっているんですか?」

「トローラ・ロージンに対する不可侵条約さ」

「不可侵条約?」

 

 ハルマーが問い返す。

 星団首脳級レベルでかわされた密約のことであるが一騎士でしかないハルマーが知り得ない極秘事項であった。

 ノンナとてどういう経緯で不可侵条約が結ばれたのかを知っているわけではない。クバルカンの最高司法の長である法王猊下が直接関与した機密案件なのだ。

 トローラ・ロージンの身の安全を確保し守れ。極秘裏に。というのがスパンダ法王がノンナに与えた命令であった。

 

「はるか雲の上じゃそういうことになったのさ。我々は彼女の周囲で起こるあらゆる接触行為を監視。場合によっては排除も厭うなとのご命令なのだ。このお披露目が行われる間だけでもということさ」

「このお披露目に何かあるのですか?」

「さあね、今回のお披露目はある意味特別だ。フィルモアのレーダー陛下やジュノーのコーラス陛下。デルタ・ベルンのアマテラス陛下と大物が目白押しだ。これだけの人物が集まるからには影で何が動いているものやら」

「政治的陰謀ですか。私には程遠いものですな。法国神官長自ら護衛とはあの少女には何があるんでしょう?」

 

 ハルマーが遠い目をする。

 

「今のうちに馴れておけ。私とて本意ではないが、これからはそういうことが増えるだろうよ」

 

 ハルマーを伴い表に出るとノンナはサングラス越しに目を細める。向こうに目的地へ向かうバスが停まっていた。

 

「さあ、行くよ。バストーニュっ!」 

 

 何かが起きる予感を秘めて二人はバストーニュへ向けて旅立っていた。


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