転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【19話】クローソー、逃げる

 各国から集った客らが歓迎の宴席会場にいる。

 今回のお披露目は星団中の注目を十分に集めた。ボォス、カラミティ、ジュノー、デルタ・ベルンから王クラスの人物が一同に介していた。

 お披露目といえばアドラーのトランというほど人気の開催地だが、近年でこれほどの賑わいは久しいといえる。

 民族色豊かな衣装をまとった人々が行き交う。紛争状態にある国家首脳同士までが同席しているから、いつ喧嘩が始まってもおかしくはない。

 すぐそこで談笑しているのはカラミティのスロット公にボォス・ハスハのコレット一六世。

 さらにデルタ・ベルンのカリュウト王夫妻とジュノーのマイスナー・リザード女王など。

 星団首脳会議を今すぐに開けるような顔ぶれが揃っている。この場を利用して裏で政治の駆け引きをしようという者も少なからずいた。

 それらを眺めていた男が盃に酒を注ぐ。

 フィルモア王家の紋が入ったマントがその身分の高さを示している。山を冠したようなウォータークラウンの模様はレーダー家のものだ。

 盃に満たした酒の匂いを嗅いだところで声をかける者がいた。

 

「陛下」

「ティルバー女王。わざわざお主がこたびの旅に随行を申し出たのは例のことでか?」

 

 男の背後から陛下と呼びかけたのはカラミティ・バリトー王国のアネッサ・ティルバー女王だ。

 ティルバー女王はフィルモア王家に連なる一員で、フィルモア帝国元老院にしてレーダー直属の軍参謀でもある。

 名うてで知られる彼女がこの場にいるのは事情通が見ればきな臭い違和感を感じるかもしれない。

 彼女が恭しく頭を下げるのはフィルモア帝国皇帝レーダー八世その人だ。

 

「いえね、うちの娘がどうしても連れて行けとうるさいものですから。それに社交場には馴れさせておきませんとねえ。何せ年頃ですから、婿探しも兼ねてね」

 

 扇で半ば顔を隠しながらアネッサは流し目を送る。

 ふむ、とレーダーは相槌を打つ。軍参謀は隠し事や企みがあると口元を隠す癖がある。

 

「そのナイアスの姿が見えぬな。あの娘をノイエ・シルチスに復帰させることだが本当に良いのか?」

「もえぎ教導騎士団への件、お願いいたします……」

 

 アネッサが恭しく目礼する。

 

「わしですら口を出すことができん緑グループか。あれに他の色は合わぬな……」

「御意に」

「よい、任せるわ。それよりこの酒なかなかに美味い」

 

 レーダーが杯を掲げる。もう一つ杯を取ってアネッサへ勧める。

 

「ご相伴に預かりますわ、陛下」

 

 アネッサは口元に笑みを浮かべ盃を受け取っていた。

 

 

 その頃……格納庫までは宴の音は聞こえてこない。

 整備のマイスターたちはいつ出番があってもいいようにMHのメンテナンスをしている姿が見える。

 もっとも戦闘になるとは誰も思っていない。

 基本、お披露目会場にMHの持ち込みは厳禁。争いなど起こったらこの城そのものが吹っ飛んでしまうからだ。

 バルンシャの装甲などお色直しされて式典用に様変わりしているくらいだ。

   

「もしもし、エル? うん、そっちの準備オッケ~? よし、じゃあ出張る用意してスタンバっててね」

 

 バルンシャのコクピットでローラは携帯を切った。

 ローラ用に宴用のドレスなんかも用意されていたのだが、それはうっちゃり、動きやすい服装に着換えている。

 今は宴の真っ最中、人の目と警備も全部アッチに向いているから今が行動すべきときだ。

 事態が動くまでは暇なのでバルンシャの操縦マニュアルを読み返している。

 

「BB、そっちの首尾は?」

『今から警備を黙らせる。大丈夫、す、すぐには気づかれない』

「オーケー、地下の地図が合ってるといいんだけど……」

 

 クローソーの逃走経路確保に使ったのは地下の用水路だ。

 いつかローラが逃走に使ったのと同じ手だ。BBに調べてもらったところ人が通れるくらいの広さは十分にあった。

 作戦前からちゃんとしたルートは確保済みだ。

 ラキシスが城の警備システムを一時的にダウンさせ、その隙にクローソーが地下を伝って城の外に出る。

 BBが調達したディグで逃走というのが今回の作戦。

 原作通りなら、何も考えずに脱走してもべトルカでコーラスと出会う可能性もあるのだが、その原作とは違う現象が発生している以上はすれ違う可能性もある。

 原作じゃ登場しない連中もいることだし、その点は注意しないとね。

 ローラはコクピットから出て真下を見下ろしながら足をプラプラさせる。

 計画開始まで時間はまだある。やるべきことはやった。

 エルカセットには陰で動いてもらっている。ユーバーの悪事の証拠を集めてもらっていた。

 金や口座。謎の資金の出どころなどの洗い出しを頼んでいる。

 

「だからよー、これが俺様が考えたスペシャルな俺様装甲なんだよ! 今すぐ換えてくれよ!」

「そう言われましても……」

「あん?」

 

 一番下から聞こえてくる会話に身を乗り出して下を覗く。

 網目模様なキャットウォークの下でオレンジ頭のジィッドが整備班に絡んでいる。絡まれている方は迷惑そうだ。

 

「今から換えるのは時間が足りませんよー。お披露目用に換装したばかりだし」

「おいおい、俺のデビューに必要なんだよ! デムットザンバラっ! なこの最高のデザインを見ろよ!」

 

 しつこく食い下がるニワトリが自分で書いたらしい絵を見せている。ここからだと見えないけど無茶言ってるなぁ……

 君って痛い子丸出し。年頃にありがちなだけに身に覚えがなくもないが、自分も中二病を患ったことはあったりする。

 でもあいつとは違うから!

 そうだ、この色はともかく、コクピットの内装はいじってもらいたいかも。自分も整備の人に頼み事を思い出すとローラは飛び降りる。

 下はモーターヘッド整備用のキャットウォークだ。そこに人がいるとは思わなかった。

 

「うお、アブね!」

「へ?」

 

 いつの間にか真下に男がいた。滞空時間は短く空中でキャッチされ抱きかかえられる格好になる。

 

「のわわ?」

「おい、ソープ。空から女の子が降ってきたぞ」

 

 どこかで聞いたことがあるようなセリフだよ。

 ソープ? そいやこのタイミングで来た。

 ジタバタするが降りれない。

 そのままおっさんが振り向きもう一人と対面する。

 

「やあ、こんにちはお嬢さん。飛び降りると危ないいよ」

 

 ニッコリ微笑んでくるのはまさかのご本人。

 うわぁ……これが本物……

 中身はデルタ・ベルンの光皇。アマテラスが世を忍ぶもう一つの姿がレディオス・ソープだ。

 名乗られなくても誰かはすぐにわかった。何度も原作思い出してはどうアプローチするか考えてた。

 想像以上の絶世美人ぶりは女の子になった自分でも赤面してしまいそうなくらいだ。これで男なのだから性質が悪い。

 

「降ろしてよっ!」

 

 抗議の声におっさん、もといボード・ビュラードがローラを下ろす。

 

「やや、君の額はなんて見事なおでこちゃん!」

 

 おっさんのドアップが迫る。近い……

 

「はい?」

「このツルッと円を描くおでこちゃんは俺が今まで見た中でナンバ-ツーに違いない!」

 

 ペタペタ額を叩くおっさんの顔に無言のパンチで抵抗する。

 髭面が拳に刺さった。

 ヒゲくらい剃れっつーの。

 

「ビュラード……迷惑がってるようだよ」

「イテテ、手癖が悪い娘っ子め。うがぁ~~!」

 

 ローラはビュラードの伸びる手を避ける。

 

「おでこちゃん逃げるんじゃねえ、グヘヘっ!」

「へ、ヘンタイだー!」

 

 出会って早々この馴れ馴れしさ。これがこの国の大統領ミッション・ルースなんだからいい加減だなぁ……

 おでこにこだわる理由はよくわからないけど。

 

「あ、待てっ!」

「へ? おっとっと」

 

 段差のあるところでたたんとストップ反転したところを捕まえられる。

 

「ここで走っちゃだめよー」 

「子ども扱いしないでよ、そんなのわかってるんだから」

 

 掴まれた手を振り払ってローラは頬を膨らませる。

 

「お子ちゃまはみんなそんなセリフ言うんだよねえ。ガキンチョめ~」

 

 ビュラードに額をこづかれる。

 わたしのおでこに喧嘩を売っているのか……

 

「んで、お嬢ちゃんお名前はなんてーの? こっちはモーターヘッド・マイスターのソープで俺は連邦SPIのボード・ビュラード様だぜぇ」

 

 偉そうに名乗るビュラード。ソープはといえば様子見といった風情だ。

 

「ローラ……」

「ローラなにちゃん?」

「おっさん、しつこい」

 

 乙女の本名をしつこく聞くとかデリカシーゼロである。

 もっともトローラ・ロージンなのはローラ本人の問題であるのだが。

 

「そっか、ローラちゃんって言うんだ。ここで何してたんだい?」

 

 人の目目線にかがんだソープが尋ねる。

 

「わたし、ファティマ・マイトの卵で、エトラムルの勉強しているの。ここのモータヘッド、全部エトラムルなのよ」

「へえ、まあ扱いやすいには違いないが……」

 

 無精髭をなでてビュラードはバルンシャを眺める。

 

「ビュラード、あなたのモーターヘッドは?」

「ああ、一番奥さ。製作者を当てられるかな? そら、俺のブランジだ」

 

 二人のやり取りを聞きながらローラはヘッドホンの向こうからの合図を確認する。

 きっちり今から三分後に城のセキュリティと電源が全部落ちる。

 どうせそのブランジも仮装甲。中身は剣聖ナッカンドラ・スバースが所有したという伝説のMHクルマルスだ。

 クルマルスというのはスバースが使用した数騎のシリーズだ。大統領が所有するのはビブロスという名前だった気がする。

 ビュラード。もとい、ミッション・ルースはその剣聖の血を受け継ぐ子孫なのだ。

 遅くなってから血が出たんだっけ? でも、その割には弱そうなんて気が全然しない。

 見た目のちゃらんぽらんさは地なんだろうけど……

 

「ブランジ!? 随分といじっているようですね。カラミティの骨格のようだ。ニ四一七年作とはまた一品ですね。生き残っているのは奇跡に近い。セビア・コーター公の色が見えますが……」

 

 そう言ってソープは下へ降りるとビュラードの隣に並ぶ。

 

「どうですか、ボクの見立ては?」

「すげえ、大当たりだぜ。ん?」

 

 ビュラードが天井を見上げた。周囲が一瞬で暗くなる。照明がすべて落ちたのだ。

 照明だけじゃない。この城の電源。セキュリティが全部ダウンしている。

 タイムアタック開始だ。

 その後に予備電源が入り一〇秒でセキュリティが復活する。そのわずかな時間をくぐり抜けていれば逃亡は成功。

 ブーンと言う音が鳴り響いて電源が復活していく。

 上を眺めるソープの袖をローラが引っ張る。

 

「何だい?」 

「逃げるのは、クローム・バランシェ四五番めの作品クローソー。向かう先はベトルカ。あなたが来るのを待っていたの」

 

 回復した照明の光から目を背けローラはそう告げるのだった。   

 

 

 ざわめく宴の会場はすぐに明かりがつき、ざわめきはすぐに収まると何ごともなかったように賓客の会話の続きが始まる。

 その中で一人ビョイトは冷や汗をかきっぱなしだった。

 

「ファティマが逃げただと、まさかさっきの停電は……」 

 

 宴席会場で警備についていたビョイトは無線を受けて真っ青になる。こともあろうに各国の賓客が集まるこの日にだ。

 

「二人共逃げたというのか?」

「それがラキシスは部屋にいます」

「クローソーだけいないだと? どうやってあの部屋から逃げたというのだ?」

「わかりません」

 

 この無能者めと毒づく。この城の監視システムをかい潜るなど不可能なはずだ。

 いや、外部からの手引があれば可能だが、誰がそれをやったというのだ?

 

「探せっ! 城の保安システムは何をしていた? 見張りの兵も何をしている!」

「それが三人ばかり気絶しておりまして……」

「ばか者がっ!」

 

 客らの視線が集まりビョイトは背を向けて小声になる。

 

「ファティマが逃げるなどありえん。まさかダムゲート・コントロールされていないのか? 探せっ! 必ず痕跡があるはずだ」

「大公殿下には……」

「報告は私がするわ……」

 

 ビョイトは額を拭う。どう失態を取り戻したものか思案する。

 逃げたとしてもすぐに見つかるはずだ。ファティマが逃げるとすればどこがある? 父親のバランシェのところか?

 ならばすぐに追手を差し向けねば。いや待て情報が集まってからだ。

 アレがいないのではお披露目ができぬ。

 今回のお披露目は周囲の目をくらます暗躍の舞台だ。外部からの協力者を引き込んでレント独立のための布石を撒いていた。

 ファティマが逃げるなどとケチがついたとあっては大公の権威に関わる。バランシェ・ファティマを餌に有力な騎士を引き込む目論見もあった。

 

「閣下」

「うるさい、何だ?」

「例の犬がディグで城外に……追いますか?」

 

 例の犬とはトラン連邦が寄越した騎士のボード・ビュラードのことだ。

 嗅ぎ回られては迷惑とビュラードを監視させていたが、この一連の動きに合わせたように動いたとなればほぼ黒だとみた。

 

「どこへ向かっている?」

「ベトルカ方面かと……」

「ベトルカとはうかつ。これは連邦の画策か? 我々の動きを察知していた? クローソーの脱走も奴か? 追え、私も出るぞ!」

「はっ!」

 

 武装した兵士とビョイトらが物々しい雰囲気で装甲車に乗り込むと城外へ飛び出していく。

 その様子を眺めていた二つの目があった。

 風が吹き、ツインテールの影が揺れて高見していた城壁を飛び下りる。

 こってこての真っ黒蜂をあしらったゴチックドレスに身を包むのはナイアス・ブリュンヒルデだ。

 

「ジゼル」

『いつでもどーぞ~? トレース無問題デス』 

「相変わらず退屈しない子だよ。それじゃ、いつかの鬼ごっこの続きをしようじゃないか」

 

 そして走り出す。一陣の黒い風となってナイアスは街道を疾走する。追いかけるのは先ほど城を出た連中だ。

 逃げるファティマと追いかける者が三名。さらにそれを追いかけるビョイトとブラックゴチックの騎士がそれに続く。

 奇妙な追いかけっこが始まっていた。 


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