モニターに光が宿り、ローラの顔が浮かび上がる。
しばらくぶりのコクピット内だけど手順は全部覚えている。
格納庫の中に残されたピンクと白い装甲のバルンシャはいくつもの電力バイパス・チューブに繋がれている。
この機体は、広場でのデモンストレーションの後、唯一ドーリーに回収されずに残っていた。
あちこちの電力がここに集まっている。城だけじゃない。周囲の町の電力までが収束している。
現在、テレポートに備え予備の電力プールにチャージしている真っ最中。
すぐ真上でエルカセットが作業をしている。
ローラはMH乗り用のスーツベストを着けてハーネスを固定する。
これにはもちろん整備班の協力がなければできなかった。
整備班の人たちもいろいろ思うことが多い。ユーバーの悪事を収めたデータをちらつかせて彼らを抱き込んだのだ。
誰しもユーバーなんかよりこの国の大統領に戻ってもらい、前任の大公を再任させたいと願っている。
ユーバーの悪事が収められたデータは、BBを通してボード・ビュラードに託された。
その連絡をBBから受け取ったばかりだ。
「エル、座標は追えてる?」
「衛星から目標確認。追跡するエア・ドーリーは、後一〇分二五秒で並びます。エネルギープールは九一.七八%。テレポート開始可能まで残り六分一五秒」
どうやら賭けの一つには勝った。あの二人には追い付けそう。
会場にソープが現れなかった場合も想定してエルカセットにバルンシャを待機させた。ラキシスを連れて逃走する計画もあった。
プランBで逃走する場合は、市内からの電力プールが足りなかったから、MHからの分を回すつもりでいた。
そうならなかったけど、関わったからには最後まで後始末をつけるつもりだ。
戦力は温存して事に当たれる。
「エル、テレポートしてもすぐに動けそう?」
「問題ありません。市内からの全電力をテレポート用に回します。市内は全機能を停止しちゃいますけど」
「大丈夫だよね?」
「ご心配なく。電力はすぐに復旧するはずです。病院などは予備の電源があるので事故にはなりません」
「わかった、ありがと」
前はエトラムルが入っていたところは改装してファティマ・ルームに置き換わっている。
この間、整備の人に頼んで直してもらったのだ。
ラキシスたちを追うエア・ドーリーにはユーバーが。それと腹心のビョイトも悪あがきをしている頃だろう。
ビョイトが向かったであろうバランシェ邸は鉄壁の警護が付いてるから心配はいらない。
天下無敵のミラージュ騎士団がいる。
ターバンさん、最後までちょっと哀れ。でも知らない。悪事の報いは受けてもらう。
ユーバーの悪事にビョイトはかなり加担していた。
ユーバーという隠れ蓑を使い、その力を利用してレントの独立を目論んでいた。
奴が裏でしでかしてきた悪事も例のメモリに記録してある。中には殺人に加担していたと見られる部分もある。
ここを逃れたとしても、国家反逆罪か動乱を扇動した罪で裁かれるだろう。もしくは両方で。
ユーバー騎士団を編成した事実も掴んでいる。奴らが隠していたMHは二十騎を超える。
お披露目の陰でレントだけではない。トランそのものを転覆させるようなとんでもない陰謀が進んでいたのだ。
「マスター、衛星からの画像出します」
モニターに地表を赤いドーリーが地表すれすれで行く姿が映った。
ラキシスとソープが逃走するディグは点のようだが、徐々にその差を縮められていく。
地上から追う部隊の銃撃が土煙を立て、二人が乗るディグに切迫する。
「ありゃ、エンジン、撃ち抜かれちゃいましたね……」
「こっちの時間は?」
「後三分デス!」
「ホント、ギリギリだよ……」
突っ伏して金属の冷たさを額に感じる。
間に合えー。
いくらバカでも死んではほしくない。デコースなら生き残るだろうけど、あの二人はわからない。
想定外だったイレギュラーな二人。バギィもジィッドも好きではなかった(第一印象も悪かったし……)。
特にジィッドはおバカだ。消えるのはいいけど死なれるのはイヤだ。
ただ、人生のボタンをかけ間違えただけ。
わたし自身も彼らのようになっていたのかもしれない。
ユーバーたちに都合のいいように利用されているだけなのだ。
嫌いな奴を何でって思うけど、自分は変えられそうにない。
でも本当の理由は……わたしは、わたし自身が生き残る道を選択するだけだ。
やきもきするような時間が過ぎていく。
「マスター、準備完了です!」
「エル、テレポート開始!」
「ノイズリダクション、クリアー! イケイケ、ゴーゴー、デス!」
エルカセットがテレポートを開始する。
マシンが小刻みに震動し、電力チューブが切り離される。
重力場が発生し、光がバルンシャを包み込むのだった。
◆
──時間は数分前に遡る。
ディグのエンジンを撃ち抜かれ、ソープとラキシスは投げ出されると、一路、道なき道を丘を目指して走り出す。
「マスター、後ろ!」
「う?」
「モーターヘッド!!」
背後に迫るドーリーからMHが降ろされ地響きを立てた。四騎のMHがエンジン音を轟かせて威圧するように前に進む。
地上の部隊が車両を降りて隊列を散開させていく。
「浅はかよのお、逃げられると思うたか! たかがマイスターごときに。命まで取ろうとは言わん。だが、もし動いたら…… その美しい顔を二度と見られなくしてやる」
丘の上にソープとラキシスを追い詰め、ユーバーが尊大に宣言する。
武装した男たちが二人がいる丘を取り囲んだ。蟻の這い出る隙間すらもない。
「馬鹿な奴らよ。こんな何もないところへ逃げるとはの」
その二人は観念したのか丘から動こうとしない。
「け、つまんねー仕事だぜ。プチって潰しちまっていいよな?」
「雇い主の言うこと聞けよな……殺すな」
呆れたバギィの呟きにジィッドはケケっと笑う。
「ダメだぜ~ ソープちゃん。ボクから逃げようなんてさぁ~」
デコースも余裕の顔だ。もう終わったも同然だ。
「確か、この丘だったんだよね……」
「え?」
二人のすぐ目の前に兵士の群れが迫る。
こんな時だというのにソープの態度には焦りというものがない。
「ちゃんとしたディグに乗ってこなかったばかりにこんなところに落ちちゃった。何回もテストに失敗してやっとここまで来たんだ。そのおかげでこの国の大統領に会えたし、それに気になっていた子にも会えたんだけどね……」
そのとき、異変が目の前の空間に生じる。
丘を囲んだ兵たちの真上の空間がひずむ。そして次の瞬間、兵士らの姿がかき消えて弾け飛んでいた。
「何じゃ、何が起こっている!?」
『閣下。テレポート反応です! 質量にしてMHクラスかと』
「マスター、空間が! テレポートです!」
「これまたハプニングだね。おい、お前もそろそろ目を覚ましてくれないか?」
ソープが腕の端末をいじる。目覚めたソレは動き出していた。
それと同時にピンクのバルンシャのテレポートが完了する。
地響きを立てて地面が割れる。その中から現れた機械の腕が二人に向かって伸びる。
地上は謎のテレポートと地割れで大混乱だ。それに乗じて二人は乗り込む。
「ラキシス、こいつは僕でさえコントロールできなかったんだ。注意して!」
「わかりました」
ヘッドクリスタルを装着しラキシスの瞳が無表情へと変わる。マシーンを駆るファティマとしての顔になる。
土煙が晴れ、そこに二騎のMHが佇む。黄金とピンクカラーのモーターヘッドが──
「な、何? あれはわしのバルンシャではないか! どうなっておる!」
ユーバーががなり立てる。
「おいおい、ローラか? 何やってんだ?」
デボンシャのコクピットでデコースが目を細める。
「回線、開きます。こちら騎士トローラ・ロージン。ファティマ・エルカセット。助っ人でーす」
「どういう紹介……」
気の抜けるエルカセットのアナウンスに脱力するローラ。その声にソープが反応する。
「ローラ。何で来たんだい?」
「あのね、説明は後! それと、あいつらだけど、できれば殺さないで! お願い!」
呆気に取られたように見守っていた兵士たちが後ずさりする。
戦場にMHが現れたとなれば撤退しかない。
一人が逃げ出すと、それは連鎖のように広がって兵士部隊は散り散りとなっていた。
「ば、バカ者! 勝手に逃げるでないわ! それに何じゃ! あれは!」
「おじさーん。そんなこと言って。戦えるの~? あんたも逃げたほうがいいぜ~ こっからは騎士同士の決闘なんだからよ!」
薄ら笑いのデコースが舌を舐めた。ここからは本物の戦場である。
「は、どうせ外見だけさ!」
「うかつに動くな、ジィッド」
バギィの制止を無視して、ジィッドのバルンシャが前に出る。光剣が放たれ黄金のMHへ向かって突進する。
「やれやれ……僕は女の子のお願いを断れない体質みたいだぞ、っと」
「奥歯ガタガタ言わせてやるぜ~~!!」
その攻防は一瞬だった。目にも追えぬ瞬劇の一幕。
黄金の電気騎士(ナイト・オブ・ゴールド)が抜き放った光の剣がバルンシャの胴体を一凪ぎすると、胴部は上半身と下半身に分かれて地響きを立てて沈み込む。
「ジィ~~ッド!」
バギィが叫ぶ。
「わ、わしのバルンシャが一撃じゃと!?」
振り返ったナイト・オブ・ゴールドが残るMHへと剣先を向ける。
「ま、待った! こ、降参する! 俺はタダの雇われもんだ~~ 降参するぜー!」
バギィがスピーカー全開で宣言すると、バルンシャのコクピットを開放し、両手を上げながら次には降り立つ。
「マスター、よろしいのですか?」
「戦意喪失した相手だ。構うことはないさ」
ナイト・オブ・ゴールドの行けという仕草に、バギィの足は胴体泣き別れになったバルンシャへと向かう。
「ありがてえ、ありがてえ!」
それをソープはそのまま見逃す。
「おのれえ~~ 敵前逃亡とは使えんやつめ! デコース! お前の出番だぞ!」
「うるせー……」
「はあ?」
「せー、つってんだよ。今はそれどころじゃねー!」
「わ、わしはお前の雇い主だぞ! いくら金を払ったと思っているっ!」
「このデブが……」
「何と言いおった?」
ユーバーをガン無視し、デコースのデボンシャがピンクのバルンシャを指さす。
「おい、ローラっ!! 兄貴に歯向かうたぁいい度胸だぜ! わかってんだろうな~~!」
「ちょ?」
怒り全開なデコースにローラはむせる。
あの、こんな展開聞いてません!
「聞いておるのか、デコース! わしの命令が……」
「うぜえ! すっこんでやがれ!」
一喝。ヘルマイネの腕を引っ掴むと、デボンシャは後ろへと投げ飛ばす。
超重量のヘルマイネが大地を滑り、回転しながら派手に砂埃を巻き上げて止まる。
「うごぼぉ!?」
謎の呻き声を発したユーバーはちびりながら失神するのだった。
もはや無法地帯。誰も展開を予測できない。
「仲間割れ? それと、兄と妹の喧嘩はどうしたものかな、ラキシス」
「あはは……」
苦笑いするラキシスであった。
しかしローラは笑うどころではない。
兄の怒りは超絶有頂天のようです。
「つーわけで、ローラ! てめーは、おしおきだ~~!」
光剣を抜き放ちデコースが殺気を飛ばす。
その強烈さに思わずちびってしまいそうだ。
「ぎゃー! マジで!?」
「いもーとだろーが容赦しねえぞっ!!」
予想外の展開を迎え、史上最狂の兄妹(デコトラ)対決が始まろうとしていた──