年が明けて星団歴二九八九年初頭。アドラー、ベトルカのモラード邸──
「これも悪くない……こっちもいいなあ~」
くるりと鏡の前でローラは一回転する。その動きに合わせて紫のマントが揺れた。
マントはこの年頃には持て余す大きさだけど、もっと身長が伸びればちょうど良いくらいになるだろう。
帽子をかぶれば……ちょっとまだでっかいや。
帽子とマントについてる羽ペンマークはバルチック・アカデミーの模様だ。
斜めかぶりでずれた帽子の位置を直して完成だ。うん……もうちょっと二度くらいかな? よしよしっと。
ショートネクタイはちょっと大人っぽすぎるかなあ……リボンも可愛いのだけど……
鏡の中の晴れ着姿の自分はマントを着ているだけで何だかえらいっぽい雰囲気が出るのだから不思議だ。
これから行く場所は博士号や教授の肩書を持ってるのなんて当たり前の世界。星団の権威たる学び舎、シュリーズ・バルチック・アカデミーなのだ。
あー、ちょっとだけドキドキするかも……
「お、なかなかいい感じだ。まさに生まれたばかりのヒナだな~ ピヨピヨ~ん」
ふざけたセリフで登場のモラード先生がピヨピヨ言う。
「先生、そこは初々しいって言う言葉があるんですけど?」
「巣立ちの一歩だな~ せんせーは嬉しいよ」
泣き真似モードでおよよするモラード。
モラード先生もバルチック・アカデミーの卒業生だ。かのエストもアカデミーで創られた。
アカデミーに所属した時点で世間一般的な義務教育の枠から外れているといえよう。
仲間の間でもまれて独り立ちしろよ、とモラード先生がさっさと入寮手続きを済ませている。
わたしの研究を続けるためのスポンサーも探して来いと言われている。
ぶっちゃけ営業トークはかなり苦手デス。
しかし金食い虫な子が二人もいるので小学生でも出稼ぎせねばならない財布事情なのである。
というのは、まあ冗談だけどね。
ファティマの維持コストはアカデミーに入れば研究施設関連を自由に扱えるようになるのでそっちのケアに費用はあまりかからないそうだ。
その代わり、専門分野の研究で結果を出して世に知らしめるのがアカデミー流だといえる。
ファティマ・マイトであればエトラムルやファティマを作製して発表して国などからのお買い上げ金で資金を確保する。
研究者の道を追求するのであればそれは避けられない道だと先生に言われている。国家や企業のバックアップを確保できれば研究も楽にはなる。
まあ、それとは別に医療関連の薬や機器開発でお小遣い稼ぎとか。
モラード先生なんて持っている特許が百を超える。我が家にあるグミ歯磨き粉もそんな発明品の一つらしい。
特許と発明だけで自分の暮らしが立てられるならいいんですけど……
「PIPOPUPUPO~(いかすぜローラ~)」
「あんがとよー」
工房でリケアされてピカピカボディのリョウはご機嫌だ。
リョウにはそろそろ外部アセットをいじったコミュツールでもつけてやろうかと試行中。
PIPOPIPOばっかじゃ騎士には伝わらないから独立したアンテナツールをデザインしている。
そのデッサン画はベッドに放りっぱなしだ。ダスニカ学習帖の見開きに真ん丸なデザインはどうみてもハロ。
騎士のコクピットにおけるサイズを考慮したらこんな感じになった。
持ち運びも簡単でハロ型外部アセットは神経を繋げたリョウと常にリンクする。センサー範囲内であれば勝手にリョウについていく。
ハロそのものに思考能力はない。言語翻訳機能に特化させている。
デザインを見せたらエルが工具を持って張り切って作成中だ。ここ二日ほど見てないかも?
あの子かなり器用だしね……
「いただきまーす」
手の平を合わせていただきます。
本日、モラード家で食べる最後の食事になる。お昼ご飯はモラード先生が作った。
荷物やらなんやらはBBがまとめてディグに積んでくれた。彼も同時に家を出るけどどこに行くかとかの話はまだ聞いていない。
自分の本当の主人を見つけに旅に出るのかな、と思っている。
シュリーズまでBBがディグで送って行ってくれるというので甘えることにした。
この家での賑やかな日々にサヨナラするかと思うと何となく気もそぞろになる。食べ終わったら出発だ。
食卓にBBとエルカセットの姿はない。どこにいるんだろ?
「お、電話だ。一体誰かなあ~」
「ん?」
モラードが立って対応に出る。
ローラはブロッコリーと格闘しながらもぐもぐと頬張る。
「おい、ローラちゃんに友達からだぞぉ~」
何となく態度がわざとらしい気が……
「誰から?」
「ジンクだ」
「ジンク博士? 何で?」
「いや~ 何だろうなぁ~」
モラード先生、絶対なんか態度がおかしい。まあ、いいか……
ローラが対応に出る。モニタにジンクの姿がある。博士はロッゾの自分の工房にいるのだろうか?
「こんにちはー」
「やあ、こないだぶり」
こうやって会うのは久しぶりだ。
「ささ、ジンクに晴れ着を見せてやれよ~」
「あ、うん」
モラード先生がマントを帽子を持ってくるのを受け取る。
マントを羽織って帽子をかぶればヒナ・マイト「レベル1」の完成だ。
「よく似合ってるよ」
「ありがとうございます」
ちょっとこそばゆい。
「あまり時間がないから単刀直入に行くよ。その姿を一番見たいって人があんたに会いたがってるんだよね」
「え?」
ジンクが下がってモニタから一瞬消える。そしてグレーのスーツ姿の男が座った。
その顔にローラは手を震わせる。
嘘……
どうして……
「ローラ……」
その声は深く、とても懐かしい響きだった。
「おとう……さん」
しわの刻まれた顔。優しい眼差し。遊んでくれたときの大きな背中。
すべてが記憶にあるままの父の姿がある。
そして、手を横に伸ばした父の手を握って現れたのは──
「ソアラ……二人とも。何で……」
「お嬢様……」
ファティマ、ソアラ。
わたしの家庭を壊した。そしてわたしを包み込んで育ててくれた人。
ひどい言葉で何度も傷つけた。
お父さん。
わたしは逃げ出した。自分の罪から。そのとき、わたしは家族そのものを捨てた。
二度ともう会えないものと思っていた。だって、わたしの罪は決して許されるものじゃないから。
学校でいじめられて世界は壊れかけた。
二人に投げかけたひどい言葉。その言葉は百倍醜い言葉となってローラの胸の内に突き刺さったままだ。
戻れるならば戻りたいと願った。
許されるのであれば許されたいとも……
それが、今こうして目の前にいる。たとえモニタ越しでも。
「わたし……見て。このマント。ちゃんとして見えるかな?」
「ああ、素敵だよ、ローラ」
「ええ、とても……」
二人の返事に頭を振って応える。言葉が詰まってしまう。
もう泣かないって決めたのに……
「わたし……もう誰も傷つけない。ちゃんとしたマイトになって病気の人やケガした人を救ってみせる。だから。だからね……見ててほしい」
「見ているとも。そして聞いてくれ」
「うん……」
「事の経緯は全部ジンク博士から聞いたよ。お前が一番つらいときに側に寄り添ってやれなかった。お前を助けてやれなかった。済まないと思っている……」
「仕方ないよ……全部わたしがやったことなんだもの」
逃げたのはわたしだ。家族からも、現実からも逃げた。
相談なんてできなかった。お父さんのカードを勝手に持ち出して泥棒もした。
逃げて、逃げて。また人を傷つけた。沢山の人に迷惑をかけた。
そして今ここにいる。
「私はいつも仕事ばかりしてお前の側にいてやれなかった。不甲斐ないせいで母さんも出ていった。全部私の責任だ。あんなことが起きてしまったのも」
「それは違うよ。自分を責めないで」
「ああ……後悔ばかりだが、私には一番の誇りがある。お前という娘を持てたことだよ。私が送り出したもので人生最大の喜びはお前だ。神様が送ってくださった最高の贈り物だ。それは今でも変わらないよ」
隣で寄り添うソアラが父の手にその手を重ねた。父とソアラのローラへ向ける眼差しは、あの、過ぎ去った日々のままだ。
ローラは手を伸ばしてモニタに触れた。二人の姿をもっと近くで見れるようにと。
「愛しているよ。言葉一つでは足りないくらいに」
「お父さん……ソアラぁ……おとうさん! ソアラ! ヒック……わ、わたしも大好きだよ……」
とめどなく気持ちが溢れてこぼれた。堰を切ったように落ちた感情は胸を熱く締め上げる。
それから声をあげて泣いた。全部がぼやけて見える。喉が締め付けられるように感じる。
少し離れた場所でこっそりとモラードが見守る。その懐で着信が鳴った。ジンクからだ。
「ジンクか。ごくろーさんだな」
『手配したのはモラードでしょ? クバルカン側に働きかけてくれたから面会はあっさりだったよ。ロージン博士はクバルカンの機密研究に関わってるみたいで、あそこの機密情報自体がトローラ・ロージンだってこと黙ってたわね』
「おほほ~ばれたか。あの親子に関してはもう誰もちょっかいはださせん。ローラが自分で自立するまではな。切るぞ」
そして煙草をくわえて一服。背後で扉が閉まる音が響く。
目を赤くしたローラがおずおずとモラードの前に立つ。
「先生、お父さんにちゃんと伝えられたよ……」
「ああ」
「ありがとう……」
ローラはモラードに抱き着いてぐずついた顔を押し付ける。
モラードが抱いてその背中をさすった。
「良かった、良かった。涙のお口直しに甘いスイーツでってのはどうだい?」
「そのスイーツ乗った」
ローラはぎこちなく微笑んで返す。
思い切り泣いて、もう何も怖くなくなっているのが不思議な気分だ。
涙はしょっぱかったけどデザートは冷たくて美味しいアイスクリームだ。喉元で溶けてすっと胸の内に収まる。
出かける時間になって自分の手持ちカバンを持って先生と玄関から出た。
胸いっぱいにベトルカの緑のにおいを吸い込む。この家ともしばらくはお別れだ。
道で出迎えるのは三人だ。送ってくれるBBにエルカセット。リョウもいる。
「さあ、行ってこい」
「うん。先生、行ってきます!」
元気よく返してローラはディグへと歩き出す。未来に続く道への第一歩だった。
おしまい(´・ω・`)
エンドは【瞳の中のファーラウェイ】を聴くといいよ