転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【5話】虹のブーレイ

 コーラス王朝バランカ領アトキ──コーラスの最前線に位置するアトキはバランカ軍の再大集結地となっている。ここにおよそ八〇〇〇の将兵と戦車部隊が駐在している。

 ここを突破されればバランカ領内はハグーダに蹂躙されてしまうことだろう。国内からハグーダを追い払い、コーラスの地を取り戻そうとバランカ軍は展開している。

 所有するMH部隊で稼働可能なMHはすでに半数を切っていた。防衛ラインにいるMH部隊と合わせて十数騎ほどだ。

 頼みとなる一二師団は再編中で物資や交代人員も滞っている。

 先ほど、トラーオ王子から鼓舞の熱弁がラジオであったばかりだ。若く才気ある王子はバランカの象徴だ。

 

「こっから一〇キロ先で連中が塹壕掘ってやがるんだ。MHさえ揃ってりゃすぐにでも取り返してやれるってのによ……」

 

 ギリ、っと奥歯を噛みしめ、哨戒任務中の若い兵士が双眼鏡を下ろす。足元には迷彩カラーに包まれた戦車がある。

 風を受けてはためくコーラスの楔紋章に”B”はバランカの旗を表す。

 

「頼むぜ守護神……」

 

 目を向けた先の大テントで整備中のMHはキラウラだ。引っ切り無しに男たちがテントを出入りしている。

 本来なら工場に持ち込んで直すところを間に合わせで済ませている。稼働不可能になったMHの部品を集めて整備しているのだ。

 整備の人員も不足していた。コーラスの旗印となるMHベルリンがあれば全軍の士気も上がるのだが無いものはない。

 緒戦における戦いでトリオ騎士団は大きな犠牲を出した。ハグーダのMHマグロウが数で押して防衛ラインを打ち破ったのだ。

 ハグーダは本国の守りを捨てての総力戦に挑み、準備のなかったコーラス側は痛手を負わされていた。 

 コーラスがいまだに奪われた地を奪還できないことは前線の兵士の士気に大きな影響を与えている。 

 前線のMHによる戦闘回数は一〇日に二回程度に落ち着いてきているが疲弊感が各部隊に広がっていた。

 

「すいません、戦車隊の本営はこちらでしょうか?」

「ああ、あんた新入りか……」

 

 歩哨に声をかけてきたのは軍曹のバッジをつけた青年だ。

 

「クライム・ルサ軍曹であります」

「ああ、ごくろーさん。あれだよ」

 

 歩哨は敬礼で青年に返しテントを指さす。青年が向かうのを確認して双眼鏡を手に取ると自分の仕事に戻る。

 その同地点、地下数十メートル付近では──

 

「ほれほれほれ!」

 

 地中深くを超高速で進むものがある。二つの腕が恐ろしい勢いで土をかき出しては前に進んでいく。

 さながら人間掘削機であるが、数人のミミバ族が後方で人海戦術で土を運び出している。

 

「そろそろ目標地点だな……この上がな、何だか匂うんだな」

 

 ケサギが腕を止めて胡坐をかくと鼻をクンクンさせる。次に土壁に耳を押しあて音を聴きとろうと目を閉じた。

 騎士は並外れた五感を持つ。鍛え抜かれ研ぎ澄まされた感覚で頭上に伸し掛かってる重量やわずかな震動、人の気配までも感じ取るのだ。

 空を見れば日中であっても星の正確な位置を特定する者もいる。 

  

「上見るべ」

 

 掘る手を頭上に向けて穴を掘り始める。ケサギが腕にはめたモグラハンドはメトロテカクロム製のお気に入りだ。騎士のパワーで掘り進めれば岩盤があろうが木っ端みじんとなる。

 一昼夜丸々掘り進めて敵本陣を探ろうという大胆な作戦であるが、ケサギからすれば大した仕事ではない。

 ぼこり、と穴が地上に現れ出る。何かの影の下と見てケサギが顔を出す。

 すぐ先を迷彩カラーの兵士たちが通り過ぎていく。いくつもの天幕が見え、自分が戦車の下にいると確認する。

 

「へへ、ドンピシャ、だ! ひーふーみー。い、いっぱいいるから本陣に間違いないんだな……俺は撤退するんだな……」

 

 懐をまさぐり遅発信操作した合図の発信を打ち出す。ケサギは頭を引っ込め元来た道をミミバたちを急かして戻り始める。 

 

 

 その頃──アトキ前線から数キロ地点の峡谷にハグーダ軍主力のマグロウがいる。前線部隊と離れた位置で敵軍本陣の正確な場所を探っていた。

 ここからでは姿は見えないが、隠密モードな二騎がどこかに待機している。が、マグロウのパイロットはすでに暇を持て余している。

 

「くぅ~~~ いつまで待たせやがるんだ。おい、おっさん。俺のトサカももー限界だぜ! さっさと位置特定しやがれ。奇襲でも何でもいいから俺にヤラせろ!」

『坊主、うかつに回線開くんじゃねえ。大人しくしてな』

「ちっ、使えね……」

 

 狭いコクピットでジィッドが舌打ちする。

 

『お前が動かねーでいることも作戦の一部なんだよ』

「カエシさんよぉ、こっちにゃ三騎あるんだ。ヒットアンドアウェイでさっさととんずらすれば奴らを引っ掻き回せるぜ?」

 

 カエシとケサギが持つ謎のMHガスト・テンプルはジィッドの目から見てもマグロウとは比べ物にならない。

 個人傭兵の割に羽振りがいいのも後援者がいるに違いない。どっかの大金持ちか騎士団と繋がっているのだろう。

 ジィッドの物欲センサーに間違いはない。ここはこいつらに協力して金づるなり人脈なりを当てに恩を売っておくのも手だ。

 昨夜、ケサギが日没と同時に探索任務で姿を消してからひたすら待機を命じられてジィッドの短い根気はとっくに擦り切れている。

 

『お前は目先で見る目をどうにかしろ。流れってやつはタイミングも重要なんだよ。それに俺らのガストはお前のマグロウと違ってガチバトル用(駆逐戦仕様)に調整してねえんだ。ケサギがバランカ軍の位置を把握するまで待て。戦闘は新入りどもに任せておけばいい』

「ボォスの死神とかいきってる奴らだろ? 新参のくせによ~」

『女王陛下がお気に入りだしなぁ……仕方ねえ』

「ところで、あのダルマおっさんに諜報なんてできんのかよ……戦働きならともかくよ」

 

 ジィッドは不満をぶちまける。ここに残っているのは二人だけだ。隠密部隊に割り当てられたミミバも出払っている。

 

『連中の目をかいくぐってギリギリで穴掘ってんだよ』

「はぁ? 穴だ? 何だそれ」

『何だって、ってよ。そりゃ文字通り穴掘ってよ。連中の陣の中にいるのさ』

「マジか……」 

『遅発発信? ケサギから合図が来たぞ。敵本陣の正確な位置を把握。すぐに本隊が動くっ! 出番だ、小僧!』

「おっしっ! きやがったぁぁ~~~! はっは~、楽な仕事だぜ。ベルリンの一騎でも回してくれよな、コーラスさんよ」

 

 ジィッドが駆るマグロウのエンジンが起動し機体が立ち上がる。周囲からの目隠し用に集めた葉が大量に落ちていく。

 ハグーダ軍の主力MHマグロウ。包帯を巻いたミイラを思わせるデザインでカラーも砂色やグレー色が採用されている。

 制作マイトはルーザン・アストラ。機体にはこれといった特徴はなくエンジン出力は一兆馬力ほど。

 星団で作られるMHの中でも低出力ながらも操作性は良く、全体的に安定していて流れの傭兵でも扱いやすいことからMHの評価は悪くなかった。

 MHマグロウはハグーダの輸出産業の要ともなっている。

 

 そしてもう一騎。光学迷彩モードを切り離しガスト・テンプルが姿を現した。特徴的な三日月が付きだした頭部にトゲのついた細身の装甲は隠密行動用に特化されたデザインだ。

 所属を伺わせる紀章はない。所属国不明、製作者不明の謎のMHだ。

 戦闘仕様の駆逐型ではないが、その戦闘力はマグロウに劣るものではない。加えてパイロットは超一流のカエシだ。

 

「本隊は防衛ラインすっとばしての特攻だぜ。本陣に奇襲があれば防衛ラインの連中は駆けつけてくる。俺らはそいつらを仕留める。ジィッド、俺らの後についてこい。ガストの索敵範囲はマグロウの三倍ある。各個撃破するぞ」

『なあ、ケサギのおっさんは待たなくていーのか?』

「もう戻ってるさ。ビーコン置いてくから勝手に合流するだろー」

『戻ったぞ~~』

 

 カエシのセリフの途中で相棒の声がスピーカーから響く。

 

「早いなケサギ、出るぞ」

『ぐへへ、問題なし』

 

 そう答えたケサギは戻ったばかりで全身すっぽんぽんでガスト・テンプルのコクピットに乗り込んでいる。脱ぎ捨てた服は泥だらけであちこちを汚している。

 もう一騎の黒いガスト・テンプルが起動し眼に光が宿る。

 

「ケサギは前、俺はジィッドを挟んで後ろだ。シークレット・モード全開でこっちは一騎に見せかける。俺たちは挟み撃ちスタイルで行く。ジィッド、お前は敵MHを見つけたらふつーに仕掛ければいい。後は俺らに任せな」

『ハハ、いつもの作戦だ。三人でブラック・ストリーム・アタック、だな』

『オス、燃えるぜ~~』

 

 三騎のモーターヘッドが防衛ラインの戦力に向けて動きだす。

 そしてアトキ・バランカ本営では混乱が巻き起こっていた。

 

「第一戦闘態勢! 先方でMH戦開始! 全員搭乗せよ! 敵機動部隊移動中! 各車、迎撃態勢に入れ!」

 

 警報が鳴り響き、慌ただしく兵士たちが駆け戦車に飛び乗る。MHに騎士とファティマが乗り込み出動態勢を取る。 

 

「どこだ? 連中、どこから仕掛けてきやがった。敵戦車の位置はわからんのか? 血迷ってるのか? ここはバランカ軍の最大集結地だぜ!」

「准尉、前方注意!」

 

 新人のルサ軍曹がモニタ越しの空間に異常を感知する。

 

「なんだ、ルサ軍曹。何も見えんぞ! 大尉、敵はどこです?」

『准尉黙れ! この音、空間の歪は……全戦車に告ぐっ! 全力で後退しろ! 来るぞ、モーターヘッドだっ!!』

 

 揺らぐようだった空間に巨大な電気騎士のシルエットが浮かび上がる。そして実体を持った大質量のロボットがテレポートを完了していた。

 

『光速移動(テレポーテーション)だっ! 逃げろっ!! 全力で後退しろっ!』

 

 全速力で戦車が後退を始める。指揮官車両の指示に他の戦車車両も一斉に後退を始める。

 

『ガンランチャーの発射は各自の判断に任せる。後退せよ! 逃げきれっ!』

 

 MH戦ともなれば最新鋭の戦車でもまるで歯が立たない。一〇台の戦車が一分間に一二〇〇発の発射ができる一八〇mmガンランチャーを予測計算して打ち込んだとしてもMHにかすることもできないのだ。

 MHの存在は一騎だけでも戦場の行方を一変させてしまう超兵器なのだ。この兵器に対し対抗できるのは同じMHのみだ。

 ゆえにMHを見ての一斉撤退は臆病な選択ではない。

 

「何てこった! 防衛ラインのMHは? くそ、どうしてこの位置がっ!」

「大尉っ! 新たなテレポート反応出現!」

「何っ!? げっ! 何だ、こいつは! マグロウじゃない!」   

 

 重厚な装甲を持つそのMHは赤を基調とした複雑な模様を持つ。胸のデザインは七色のマーク。虹のブーレイと呼ばれる傭兵騎士団だ。

 

『前方に五騎! 後方に二騎出現! MHの国籍、および形態不明! くそ、応援を頼む!』

 

 管制車両が巨大な斧によって叩き潰され木っ端みじんに砕け散った。

 

「はっ! 潰すぞ」

 

 赤のブーレイが別の戦車を掴み投げ捨てる。対戦車ビームがエンジン部を貫き炎上爆散する。

 

「殲滅を開始する」

 

 青のブーレイが宣告する。並び立つブーレイに反撃しようと戦車部隊が一斉砲撃を加える。

 

「あ、あたらんっ!?」

 

 悲鳴が狭い戦車内でこだまする。パニックになった兵士が飛び出して一瞬でミンチとなり、味方の砲撃に巻き込まれて四肢を散らす。

 コーラス軍のMH部隊はまとまることすらできずに各個撃破されていく。

 いくつもの音速衝撃波が戦場を飛び交い戦車が跡形もなく破壊された。 

 砲塔を叩き折られ、軋みを上げる車体。棺桶ごと踏みつぶされ断末魔の声を上げる間もなく圧死する兵士たち。

 まるでおもちゃを叩き壊すように戦車部隊を一瞬で全滅させていた。

 灼熱の対人ランチャーが地上を焼き払い世界は炎獄に包まれる。その中に佇む七騎の虹巨人が破壊しつくした戦場を睥睨する。

 

「こちらブーレイ”赤い頭”だ。ハグーダ聞こえるか? 戦闘は終了。部隊を前進させろ。MH部隊もすべて始末したぞ」

『了解! 貴公らの協力に感謝する。女王陛下はことのほかお喜びだ』

 

 戦闘では損害と言える損害をほとんど出さなかったハグーダ軍地上部隊がバランカ領内に侵入しアトキを掌握した。

 バランカ軍全滅の報せにアトキは無血投降し、市内はハグーダ兵士で溢れかえっている。市民は略奪を恐れ、女たちは姿を隠している。

 勝利に沸くアトキ市内の外れ──三騎のMHが中座になって待機している。

 燃えさしを焚火に突っ込んでカエシがかき回す。隣のケサギは丸焼けになった鶏肉をむしるのに忙しい。

 三人が刈り取ったMHは計五騎だ。どれも防衛ラインにいたMH部隊だ。それを三人で倒していた。

 ガスト・テンプルのシークレット・モードは最先端の遮蔽技術が使われている。MHの索敵センサーさえも遮蔽秘匿し、近寄るまでまったく察知させなかった。

 隠密に長けた高い技術を持つカエシたちだからこそ最大限にその技術を活用できるのだ。正面から打ち破るだけがMH戦ではない──

 

「くっそー、派手にやりやがったなぁ。あいつらの話ばっかで俺らは無視かよ……」

 

 手柄を横取りされたとジィッドが愚痴って空になった豆の缶を蹴り飛ばす。

 

「計五騎。うち二騎はお前がトリしたろーが?」

 

 かなりの大手柄のはずだが、ジィッドの不満は自分が目立てなかったことに向いている。

 

「次は大将首が欲しいよな……」

「まったく処置なしだな……」

「お、これうまく焼けてるぜ」

 

 ケサギが差し出した肉にカエシはかぶりつくのだった。


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