転生ローラのファイブスター物語   作:月歩
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【6話】セイレイと秘密の庭で(前編)

 アトキ陥落の報に議場に居並ぶ将軍と諸侯らの口は重たい。その中でバランカの王子トラーオは一言も発さなかった。

 無理もない。アトキの精鋭八〇〇〇を失い、うって出ることも適わず無念を飲み込むしかない状況だ。

 王子の心中を察して誰も話しかけることはなかった。王(サード)も席を外している軍議ではこれ以上の討議は無意味なものとなっている。

 静かに扉が開いて閉まり席を外していたマイスナー女王が席に戻る。

 

「席を外して失礼。方々、冷たいものを用意しました。これ以上しわを寄せあっても良い対策は出ないでしょうし」

 

 人々は安堵した表情を浮かべると議場に雑談の活気が戻った。

 それを背にトラーオは立つとバルコニーに出た。そして肩を震わせる。

 遅れてマイスナーとトラーオの父であるバランカ国王ルーパス・バランカがバルコニーに立った。 

 バランカ領の執政権をトラーオに譲ってはいるがルーパスはまだまだ現役の政治家だ。今は中央にあって国王補佐としてサードに助言を与える立場にある。

 場の重苦しさを払うように女王が口を開く。

 

「エルメラとクローソーがロウトに行ったタイミングで良かったわ。今の空気は母子に悪い影響を与えるでしょうし」

「そうだな、王女殿下も追って離宮に移られる」

「まだセイレイは発っていないのですか?」 

 

 同じ無念を国王であるルーパスも背負っている。平常の言葉を取り繕ってトラーオが問い返す。それに答えたのはもう一人の参入者だ。

 

「あの子なら新しい友人と一緒に遊んでいるよ。やはり年の近い女の子の遊び相手は必要だね」

「陛下……」

 

 三人が振り向いた先に王であるコーラス・サードがいた。近頃は自室にこもって出てこなかったのだ。 

 王がいなくても会議はできるが、姿を見せないと皆が不安を覚える。若くも武王として君臨するサードこそコーラスの要である。

 

「ジュノーンの調整に手間取っていてね。あれが使えればベルリンを一騎トリオに回せるんだが。マグロウでは物足らないから謎の敵MHあたりと手合わせ願いたいね」

「サード、また心臓に悪いことを仰る……」

 

 サードが密かに開発しているMHジュノーンはまだまだ未完成と聞いている。冗談かと女王がホッとするように胸に手を当てる。

  

「こもりきりではみんなに心配をかけるだろうしね。この時期に来られた客人方には申し訳ないが、不自由ないように取り計らってほしい」

「御意に……」

「それと、敵の背後が見えない以上は大軍を動かせない。巣を突いて何が出ることやらだが、ジュノーンの準備ができ次第出ても構わないかな?」

「まあ、本当に……」

「それは……」

 

 マイスナーとトラーオが顔を合わせる。王を止めるのは容易ではない。

 

「ダメと言うて聞くサードではなかろうよ。敵の首の二つ、三つは持ち帰ってもらわねばコーラスの沽券に関わりますからな」

 

 困惑するトラーオとマイスナーをしり目に、ククク、とルーパスが含み笑いをする。昔からサードは言い出したらてこでも曲げない質であったのだ。  

 

「ムダ足にはしないつもりだよ」

 

 笑みを浮かべて決まりとばかりにサードが宣言していた。

 

 

 張り詰めた緊張は城の奥深くにあるこの庭まで伝わっては来ない。純デルタ・ベルン様式の庭園は緑にあふれ季節の花々が咲き誇っている。

 午後の日差しは少し和らいで木陰が作り出す光の陰影がくっきりと砂海の上で境目を分ける。

 花の宮と呼んで差し支えない庭にうら若い少女らの声が響く。

 弾んだボールを追いかけていた淡い白のドレスの少女がボールを投げ返すとボールは円を大きく描き狙いをだいぶ外れて垣根を越えていた。

 

「取ってくるのよっ!」

 

 その命令ともいえる声に電子音を響かせながら銀色のロボットがボールを追尾する。リョウは円道を迂回して垣根の向こうに消える。

 

「PIPOPURUU~~!」

 

 すぐにリョウはボールを見つけるとアーム先の重力制御のポケット・ゾーンにボールを絡めて回収する。

 すると前に影が差す。ゴチック様式のスカートがわしゃわしゃと揺れた。スカート同様に服にはあちこちに可憐なフリルを振りまいている。

 黒髪の前髪ぱっつん少女……もといローラである。が、手を突き出した。

 変装はここでは意味もないがローニャ・ロジーナとしての仮の姿は解いていない。

 

「圏外デース。ボールはこっちのだよ」

「だめよ、私のなんだから!」

 

 腰に両手を当てて威厳を強調する女王様はセイレイ王女だ。王女らしい我がままだが当然とリョウからボールを取り上げる。

 

「姫様、お勉強のお時間でございますよ!」

 

 遠くで侍女が呼んでセイレイが振り返る。

 

「やだ、もっと遊んでいたいのに。ねー」

 

 セイレイは眉をしかめて柔らかな薄桃の唇を尖らせる。その仕草も愛くるしいほどだ。

 セイレイの横顔を眺めながらローラはそうだねえと頷き返す。

 

「かくれんぼですか? 私からは隠れきれませんよ? 授業に一分遅れたらおやつを一品ずつ抜きます。夕食のデザートもね」

 

 侍女ではない誰かの声がこだまする。ここからでは木立に紛れて誰かわからない。

 王女殿下を恐喝するとはなかなかのやり手か……

 ローラは声がした方を木陰から顔を出して見るとトリオ騎士団の制服を着た女性騎士が歩いてくるのを見つける。

 

「今行くわ! アイリーンは容赦ないのよ。トリオの鬼団長って呼ばれてるんだから」

「鬼かー怖いですね……」

 

 セイレイはボールを放り出しリョウがキャッチする。

 

「ここよ、アイリーンっ!」

 

 セイレイが歩いていくのをローラとリョウもついていく。

 門前からマイスナー女王に客人扱いでコーラス城に迎えられた。

 ホテルに待機してたエルも呼びよせている。それぞれの部屋に案内された後にすぐに呼ばれた。ついていったらセイレイ王女に引き合わされたのだ。

 エルメラ王妃とクローソーはローラたちとはすれ違いでロウト離宮に行ってしまって会えなかった。

 サードにいきなり面会とはいかなかったけど王女に会えるのは名誉なことである。

 けっこうお転婆さんだったけどね~~

 王女の周りは戦争しているとは思えないほど静かだ。周囲が気を使ってそう計らっているのだろう。七色の悪鬼がアトキを蹂躙したなんてニュースはここには届かない。

 後ろからハロが弾んでローラたちを追い越していく。何かと追えばトリオ騎士団長アイリーン・ジョルにナンパを仕掛けて一瞬で蹴飛ばされるのだった。

 

 現在、我々はディス・バイス図書館にいます。この中庭は図書館の中にあって外部とは隔絶された場所にあるみたい。

 ディス・バイスという名はコーラス王朝のコーラス一九世のことを指している。

 コーラス中興の祖にして皇帝(ディス)の名前を冠した初代大帝。図書館の名前になるくらい博学で星団法の制定にも一役買っている。

 コーラス・ワンナインでも通用するけど、コーラス王の中でもディス・バイスといえばこの人、ということでディス・バイスの方が有名だ。

 ディス・バイスはコーラス王家の唯一の例外かもしれない。

……いやいや、唯一じゃなかった。かの剣聖ハリコンを出した家系でもあるのだ。とりあえずハリコンは置いておこう。

 植民地惑星であったジュノーの地位を引き上げ、独立した国家をいくつも生み出し、コーラス王朝がジュノーに君臨することになったのもこの人がいたからである(おおげさではなく……)。

 ゆえに大帝と呼ばれています。というわけでちょーすごい人なのです。一つ勉強になりました(まる) 

 

 ちなみにコーラス・サードは二三世。じゅー、とかにじゅーの桁は省略してサードとかナインと呼ぶのが慣例となっている。

 それと、コーラス王家の長子には名前がない。

 王となる嫡子は生まれた時から王の呼称である略称で呼ばれるのだ。次の王子が生まれれば四世(フォース)と呼ばれることだろう。

 また、コーラスに生まれた子は必ず騎士として生まれてくることで知られている。これは星団七不思議の一つとされている。

 通常、騎士の子どもが騎士として生まれる確率はそう高くない。劣性遺伝であるがゆえに普通の人間として生まれてくることが圧倒的に多い。

 特定の血筋を伝統的に伝えていく一族であれば騎士として生まれてくる確率は高くなる。それプラス、マイトを介した不妊治療をしても確実とはいえない。

 キーとなる遺伝子は判明しているものの、それをいじることすら許さないプロテクトが存在するという。

 そのようなプログラムが騎士の遺伝子に組み込まれているのかの理由はわかっていないが、超帝国の遺産はいずれ消えゆく定めにあるのだ。

 そうであるがゆえに、貴族、王族の間では養子縁組が当たり前のように行われる。優れた騎士を手元に置き、可能ならばその血筋を伝えていくことがこの世界での常識になっている。

 まあ、千年経とうが老けもしないアマテラス帝(おそらく億年先も……)なんて神もいる世界なので深く考えても仕方ない(ということにしておく)。

  

 団長のアイリーンさんは図書室までついてきて見張り役のつもりか直立不動の態勢です。

 トリオのお仕事それでいいの? 戦はいいの? まあ、いいか……

 セイレイさんと一緒に座って先生を待ちます。ゴロゴロ目の前に転がってきたハロをセイレイが蹴っ飛ばす。 

 

「イタイ、イタイ!」

 

 アイカメラを×印にしてハロがポンポン弾む。PIPOPIPOとリョウが隣で抗議の声を上げる。

 まーた蹴っ飛ばされて……正面から王女様に文句を言えないヘタレである。

 

「ねえ、あなたってモラード・カーバイトのお弟子さんなんでしょ?」

「です」

「じゃあ、ファティマをもう発表したの?」

「いや、まだです~ あはは」

 

 笑ってごまかす。スポンサー捕まえるのも一苦労中デスよ。あの、そうじーっと見つめられましても……

 

「でもファティマをパートナーにしてるでしょ。あなたのファティマ見たわ。いいなあ」

 

 目線を中庭に移しセイレイは不興という顔で頬杖を突く。

 

「王女様ならパートナーになりたいっていうファティマはいっぱいいるんじゃないです?」

「うちもシクローンとかモンスーンとかいるけど選ばれるかなあ……」

 

 王家ともなれば所有するファティマにも相応の格が求められるのですが、天下のコーラスにも御家秘蔵のファティマがいます。

 風の三ファティマと呼ばれる三人のファティマたちは、あのバランシェ公のお母様であるアルセニック・バランスが手掛けたという銘作品だ。

 セイレイ王女はコーラスの血を間違いなく発現するので前提条件は整っているはずだ。

 もう一人の名前が出なかったラ・ユリケンヌはコーラス王家のメロディ家に仕えていたようで、そのメロディ家は取り潰しになっていてその行方は知れない(モラード先生からの裏情報)。

 およそ三〇年ほど前と、わたしが生まれる前のことであるが、当時は世間を揺るがした一大スキャンダルであったので記憶している人は多いはずである。 

 そういうこともあってわたしの口からユリケンヌのことは聞きにくい。

 そのスキャンダルの内容というのも……色々はばかられるので当時の新聞でも読んでください。

 

「今日は新しい生徒さんがいますね。こんにちは」

「こんにちは?」

 

 んで、本日の授業の先生は……何とウリクルさんでした。わたくし本日が初対面ですが、にっこりとウリクルさんが微笑んで言いました。

 

「モラード先生からの伝言です。このバカ弟子。勝手に出かけておってちゃんと連絡しろ。ジュノー名物リストあるからお土産買っとけですって。初めましてトローラ・ロージン博士。ウリクルです」

「ええー。なが……」

 

 ウリクルから受け取った無駄に長いモラードのお土産リストは机に放り出す。

 しょーじきどうでもいいけど買わなかったら文句は言われそう。後で誰かに聞いてみるかな……

 

「私が博士たちを見つけたんですよ」

「それでアレですか……」

 

 門前での女王陛下のお出迎えに納得はいった。

 

「授業を始めますね」

 

 ホワイトボードを前にウリクルがマーカーを手に取るのだった。

 こういう雰囲気は久しぶりかも。机を並べてクラスの女の子とコソコソ内緒話したり、いたずら男子が新任の先生をからかったりしてたっけ。 

 しばし時間が経過して机の上に広げたノートと文字の格闘をしていたセイレイがペンを放り出す。

 

「漢字難しくて嫌い。つまんなーい」

 

 現在、漢字の書き取り中。さっき済ませた課題のプリントはウリクルさんが採点してくれました。

 わたし? わたしもプリントやったよ。小学生レベルの問題で間違えようがない。

 ノートには自分で書いた文字がきっかり同じ間隔で並んでいる。久しぶりに漢字書いちゃったなあ……漢字なんて役に立つのか知らんけど。

 ベルタ・ベルンでも古語扱いの言語で普段は使わないので死語ですが、字面のカッコよさと複数の意味を持ってたりするところがガイコク人には大受けなのです。

 あっちの武家の由緒ある家柄とかだと必須修目ぽいらしい……漢字の家名とかもふつーにあるし。和洋入り混じるデルタ・ベルンは文化が特殊である。

 なお、一般庶民の間では、「恥」とか「大便」とかはずかしーTシャツを着て自慢するこれじゃない感なファッション・スタイルが蔓延しております。

 ディス・バイスがデルタ・ベルン様式にはまっていたことから大のデルタ・ベルン好きだったのは明らか。漢字の本も沢山置いてありました。

 元日本人として漢字は馴染み深いので読めないこともないわけですが、本の種類によっては完全に古代語クラスのものもあるのです。 

 うーん、中国式? わかる漢字だけ拾ってみるか……数学の式とかなら一瞬なんだけどさ。

 

「すごい、読めるの?」

「何となく感?」

 

 セイレイさんからすごい! の視線にちょっとだけ優越感。元日本人なだけのアドバンテージであるが、ぶっちゃけここだけしか役には立ちません。

 

「じゃあ、これ読める?」

「はい?」

 

 端末いじったセイレイがコレと付きだすのを見る。

 うーん、学生の集合写真かしらん? どっかの高校の門前にヤンキー座りのオネーチャンたちが改造制服に襟元に鎖なんかぶら下げておりいかにもなヤンキー少女隊。

 空いたところに「夜露死苦!」「喧嘩上等」「腐悪幽」とかキラキラ文字で彩られております。

 

「えーこれは、ヨロシクは仲良くしましょうって挨拶かな……。ケンカジョートウは喧嘩するほど仲が良くなれます(なんか違うか……)。ファックユーは……(教育に良くないからボカスよ!)ですかね」

「物知りなのね。もっと教えて」

「えー、いいですけど……」

 

 ウリクルさんは採点した後サードに呼ばれて席を外している。

 壁際のアイリーンさんと目が合ってにっこり笑い返される。聞いてた鬼団長というイメージからは遠い印象を受ける。

 うーん大人の女性だ。年頃的にはエルメラ王妃とそう変わらない気がする。

 

「教えてよ」

「じゃあ、これは?」

「何て読むの?」

 

 ローラがすらすらとノートに書いた漢字にセイレイが興味津津と乗り出す。

 

「怒羅権(ドラゴン)っす」

「ド、ドラゴン! かっこいい……他にもかっこいいのある?」

「あるよー」

 

 何だか受けた。ので次のを描く。何だかんだと時間は勝手に過ぎていく。

 

「ところでこの写真は誰さんなの?」

 

 ヤンキー娘の写真を王女が持ってることが不思議。

 ええ、何というか時代を感じさせる古典的ヤンキースタイルとか。わたくし様の前世記憶にある女学生にもあんなのおらんわっ!

 

「ママだよ?」

「はいー?」

 

 ママ……? お母さんと言えばエルメラさん……えええ~~! エルメラさん~~~!?

 

「も、もしかしてこの人かな~?」

「うん」

 

 ローラが指さした先をセイレイが肯定する。

 このとき、わたしのエルメラ様へのイメージが激しく音を立てて崩れ去ったのでございます。 

 コーラス王朝ウィンド高等学校は歴代コーラス王家の王子や王女が通うことでも知られる超絶名門学校であります。

 何せ、一般学生ですらふつーの人たちではありません。コーラスと誼を通じる各国の皇族、貴族の子女らが集う学び舎でもあるのです。

 紳士淑女が華麗なダンスを披露し、瀟洒な校舎で談話の一時をお上品に過ごす光景が目に浮かびます。まさに雅の限りと言えるでしょう。

 しかし何ということでしょう……

 可憐なるピンクとホワイトの制服は無残にも改造され、ロングスカートで〇んこ座りに目の下にはべっとりクマメイク。

 髪はぼさぼさにアホ毛を放ち、はだけた胸元から思い切り下着が見えております。

 腕に巻いた包帯にはこれ見よがしにインクっぽい赤がべったり付着し、ベルトにつないだチェーンのバックルは思い切りドクロマークが輝き、おみ足のルブタンのサンダル……じゃなくて便所サンダルは実に涼し気でございます。

 そのお隣に鎮座するそり込みパンクヘアーのおねーさんもどぎついメイクに革ジャンでこちらに中指を立てております。

 なかなか個性的で自由奔放な青春を送ってられたようデス……

 

「あら懐かしい。あーほんとに若いわぁ~~」

 

 アイリーンさんが後ろから覗き込むと端末の写真をタッチしホログラムを立ち上げる。

 ええ? 何です? 

 

「これさあ、フロンドゥが猫被る前のだよ。あの頃は泣く子も黙る女番長だったんだよ」

 

 アイリーンさんって口を開けば結構フランクな人なのね……

 

「えーと、フロンドゥって……」

「エルメラが嫁ぐ前の姓だよ。ほら、これがあたしだ」

 

 エルメラさんとツーショットで映るヤンキー娘がつまりはアイリーン・ジョルさん。トリオの騎士団長と王妃様は昔馴染みっと……  

 

「若かりしサードとエルメラの橋渡しをしたんだよ。ラブレターなんちゅー古臭い手でね」

 

 セイレイがラブレターの台詞で肩をすくめる仕草をする。

 古臭い手なのは違いないが、何が決め手になるかは……わからん。そーいうのはわたしにもまだわからないし。

 

「その手は使えたの?」

「じゃなかったらあんたは生まれてないんだよ」

 

 グリグリとアイリーンがセイレイの頭を揺さぶった。 

 

「おっといけない。呼び出しだ。セイレイ、ちゃんと片づけてお客人の相手をしてあげなさい。明日はロウトに発つのだから準備も終わらせておきなさい」

「はーい」

 

 生返事を返してセイレイがテーブルに手を伸ばすのだった。 

 

 

「さあ、行きましょう」 

 

 教科書とノートをしまい、図書室の扉を閉めるとセイレイは長い廊下を歩き出した。どこへ向かうのか聞いてないが、どこかにはつくだろうとローラは黙って従う。

 コーラスの宮殿はとにかく広い。ユーバーの城よりずっとでかい。すれ違う女官さんの衣装も品が良かった。

 アレと比べてはコーラスに失礼か……ずんずん歩いてくけどどこ行くのかしらん?

 

「みんなが離宮に行けってうるさいの。あそこって退屈で何もないのよ?」

「安全だからでは?」

「どうでもいい! 私は父様の近くにいる方がずっと楽しいの! 母様と一緒にいるとドヨーンってなっちゃうわ。あーあ、やだなー……」

 

 セイレイが立ち止まり暗黒なオーラを背負う。

 この時期のエルメラさんは夫とファティマとの関係にかなり憂うつだったはず。加えて妊娠中で不安定とくればだ。

 コーラス待望の男児を望まれ、いろいろなプレッシャーがのしかかっているに違いない。

 気持ちはなんだかよくわかってしまう。そりゃ、子どもにもきついよね……

 

「トローラは……」

 

 セイレイが口に出しかけて口ごもる。

 

「ローラって呼んでよ。みんなそう呼んでるから」

 

 あけすけに返した。

 王女様だからどうとかをセイレイはあまり気にしないタイプみたいだし、何か言いたいことがあるならこっちも自分全開で返したい。 

 セイレイが向き直ってローラの目を真っすぐに見る。

 

「じゃあ、ローラ……」

「なあに、セイレイ?」

「あなた、秘密守れる?」

「もちろん」

 

 セイレイが差し出した手をローラは握り返した。

 

「とっておきなのよ。どんな国のお客様にも見せたことないんだから」

「見せてくれるの?」

「特別なのよ?」

 

 その先にはリョウとハロがいる。

 

「PIPO?」

「あー……君たちお留守番ね。わかった?」

 

 ハロは追尾できないようにセットし、リョウには部屋に戻るように指示をする。言われるままに戻っていくのを見送る。

 

「オッケーかな?」

「ついてらっしゃいっ!」

 

 セイレイに手を引かれるまま小走りに生垣沿いの小径を抜ける。いくつかの小さな門があってその三つ目でセイレイがいくつめか数えた。そして右に抜ける道を真っすぐに行くと白木でできたアーチ門が見えた。

 

「ようこそ、ここが私の秘密の庭よ」

「お招き預かりまして光栄よ」

 

 ローラのこまっしゃくれた返しにセイレイが笑った。そして二人は小さな白いアーチの門を潜り抜ける。

 宮殿の奥深く、訪ねる者も今はほとんどないその秘密の庭へと──  






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