「天辺競争開始!」
「せぇ~の~とっ!」
きしんだ音を響かせブランコが天を目指して高く上がった。セイレイに続いてローラも頂点に達する。
「わたしの勝ち!」
ブランコの高漕ぎ競争にセイレイが勝利宣言すると限界突破点を突き抜けたブランコから跳んだ。クルクルっと体を回転させて地面に降り立つ。
「わーお」
ローラも跳んで柔らかい地面を踏む。後ろでガシャンと派手な音を立ててブランコ同士が絡みあった。
鉄の匂いがする手の平をこすり合わせるとローラははしたなく乱れたスカートのすそを直す。
なお、ブランコの正しい遊び方ではありませんので一般家庭のお子様は絶対真似をしてはいけません(まる)
ローラは改めて庭を眺める。図書館のお庭も良かったけど、ここの花は自然に咲かせた感じが良い感じだ。庭師の性格が見える。
庭には他にも子供向けの遊具がある。王女様は遊ぶにも侍女の監視付きが普通なのだがここには誰もいない。
きっとここは王宮の子どもたちの遊び場なのだろう。遊具についた擦り傷や摩耗具合からずっと前からここに設置されたのだろうと見当をつける。
そして道具を手入れする人がいる。
「他になにして遊ぶ? 追いかけっこしよっか? かくれんぼにする?」
「えへへ、お手合わせ願っちゃおうかなぁ~」
挑発的なセイレイに手を合わせて笑う。思い切り体を動かすのもここしばらくやってなかった。長旅だったので実は運動不足気味だ。
「これ! そこを動くなっ!!」
怒った声が響いて二人同時にひゃっ! という顔になって肩をすくめた。
緑の葉に紛れた曲がり角から一人の老人が顔を覗かせている。ぎょろり、という感じの二つの目がローラをジロジロと見た。
「えと、何か……?」
「ん!」
老人が指さしたのはローラの足元。むき出しの茶色い地面。セイレイがそろそろと後ずさりする。
「植えたばっかよ……」
「やば……」
「踏みあらしゃ出るもんも出て来ん」
ローラは一歩下がって花壇の端に出る。ずんずんと老人も勢いよく出てくるからのでもう二歩下がった。
丁度ローラの目の前に座ると土を両手で囲い込んだ。その熱心な寡黙さにローラは観察の目を老人に向ける。
白髪はところどころ黒が残り、髪質はごわごわしていて癖が強い。鼻は団子だが先は長い。真一文字の口元は頑固さを表す。
背丈は一九〇ほどで背筋は張って歳を感じさせないが腹の恰幅は良い。ベストを羽織り足元は長靴ブーツ。ズボンは土いじりで汚れたのか半ば土気色だ。
老人は小さな山を作ると腰に手を回して小さな粒をその頂きに撒いた。目印代わりなのだろう。
「その、ごめんなさい。知らなくて……」
ローラは庭師らしき老人に謝る。
「ローラは悪くないわ。私がどーんって飛んだからよ」
セイレイが取りなすが老人は黙ったままだ。そして何かを拾い上げる。
「種を見つけた……拾った命は加護がある。二つ分」
その硬くごつい手は長年庭いじりをしてきた証だろう。土に汚れた手に小さな種が二つ。わずかに芽を覗かせている。
そしてまた腰を下ろして土を囲うと老人は二つの山に種を落とした。
「あのね、じい。こちらはローラよ」
「ローラです。庭を荒らしてホントにごめんなさい」
「子どもは遊ぶもんだ。悪さばかりするのも今のうちですぞ、姫」
眉をしかめてぎょろっとした目がセイレイを見る。
「はぁ~~い。庭師のコードレスよ。この庭の木も花も全部じいが植えたんだから。名前も全部教えてもらったの。ローラに教えてあげる」
さっきのお返しに、と付け加えた。
「先々代以前のものもありますよ。半分以上がそうです。お付きがおられないのはまた勝手に来られたのですね?」
「平気よ。ここにいるって侍従長は知ってるもの」
ホントか嘘かは不明だが老人の追及の視線をセイレイは素知らぬ顔でかわす。
「もう三時過ぎたわコードレス。おやつの時間でしょう?」
コードレスのごつい手を握ってセイレイが甘えた声を出す。コードレスは王女を一瞥した後ローラに目線を向けた。
ローラは思わず緊張で強張る。老人の目力はなかなかに迫力がある。
「お茶の時間ですが、お客人もご一緒にいかがですかな」
居住まいを正してコードレスが丁重な仕草で誘う。宮廷の作法だ。
「私はフローズンフルーツがいい!」
「最初からそのつもりで来られたのでしょう? ジョル団長に叱られますぞ」
「いいのアイリーンは! カーリー・トリオ前団長には誰も逆らえないの」
「前団長?」
「お客人もどうぞ。おもてなしします。フローズンアイスはお好きかな?」
「えー、好きです、大丈夫。じゃあ、ご相伴にあずかりマス!」
そう答えローラは二人の後に続いて庭の一角にある小屋に向かった。
木造建ての苔むした家は周りの植物や木々に溶け込むように建っている。小さな花たちがそれぞれの個性を際立てるような配分で植えられている。
どの花も目立ちすぎず、それでいてしっかりと存在を主張している。
さながらジブリ作品に出て来そうな不思議な小屋っぽい雰囲気だ。
コードレスが小屋に入った後に続こうとして立ち止まった。戸口の柱木に背比べした古い傷跡とまだ新しいものがあった。
「これは私よ。去年のがこれ」
セイレイが線を指さす。見れば「セイレイ」と下の方に掘った跡がある。
そこにもう二つ名前が並んでいた。斜め書きで読みにくいが、一つは「アル」だろうか。もう一つは「マヨ」と読める。
かなり小刻みに刻まれたそれを軽くなぞる。ここはコーラス王家の子どもたちの遊び場なのだ。
世代交代しながら前の住人と後から来た新参者が入れ替わる歴史の痕跡がある。
「これは?」
「これはアルルお姉ちゃんの。ずっと前に出て行っちゃったんだ……」
その声はどこか寂しげだ。セイレイはそこで口をつぐんでしまう。
あまり立ち入ったことは聞きにくい気がしてもう一人のことは聞かなかった。何となくだが見当はついている。
「そーなんだ」
コードレスさんは奥の部屋でお茶の用意をしているのがドアの隙間から見える。準備ができるまで無駄話でもして過ごそう。
「座っていい?」
「ええ。そこがいいわ」
二人してウッドデッキの乾いた場所に腰掛けた。
「コードレスさんは団長さんだったんでしょ?」
元騎士が何で庭師をやっているのかにも興味がある。
「それだけじゃないわ。トリオのひっとー騎士だったんだから。コーラスの騎士では一番。父様以外ではね」
「いつ引退したの? ここでずっと働いてるの?」
「知らない。私が生まれる前か後よ。じいが育てた花は市の植物園にもあるの。賞だって貰ったことあるんだから」
セイレイが自慢げに室内を指差す。壁の飾り棚にトロフィとメダルがある。その様子から実の親や祖父のようにコードレスを慕っているのがわかる。
「お二方、おやつの準備ができましたよ」
二人を呼ぶ声に振り向く。立ち上がり際にセイレイがローラに耳打ちする。
「後でもう一つの取って置きがあるの。見たい?」
「もちろん!」
セイレイの目配せにローラは頷いて応える。
この後、ゆったりとした時間を冷たい飲み物と香ばしいお菓子の匂いに包まれて過ごした。
小屋の主のコードレスさんは頑固者なイメージだ。その割に話は面白い。コツを心得ているのだろう。
木目の壁に飾られた親子の写真に目を止める。若い女性と一緒に映っている。少し古いのでお孫さんか娘さんだろうと推測する。
隣のセイレイに囁く。
「あの写真はだあれ? コードレスさんと一緒の写真の」
「ヒューズレスよ。ここにはいないよ? 私はよくは知らないの」
ヒューズレス? ヒューズレス・カーリー。ミラージュのオレンジ・レフト。そんな名前をふと思い出す。
てことはやっぱりトリオの騎士だったのかな。親子揃ってコーラスに仕えていた。
もしかしてメロディ家とも関係あるのかな?
「じいは彼女のことをあまり話そうとしないの。何でも大げんかして家出したんですって。メロディ家が無くなってしまって沢山の人がいなくなったの。アルルお姉ちゃんも、ヒューズレスもね」
「そうなんだ……」
「あの子は帰ってきません。どこで何をしているのか連絡も寄こさない」
コードレスが二人の前に立ち飲み干したグラスを片付ける。
コードレスの登場は不意打ち。会話はそこで途切れた。少し気まずいながら話題を変えたが口数少なく時間は過ぎていく。
その間、メロディ家のことを考えた。
メロディ家はコーラスにとって重要な家であるが複雑な事情が幾重にも絡まっている。国民の中にはいまだにメロディ家のことを懐かしく思う人も多いようだ。
お取り潰しになった背景は世間を賑わせたスキャンダルが原因だ。
ボォス星のハスハには神聖不可侵と呼ばれる聖地ラーンが存在する。
ラーンの地には代々時の歴史を受け継ぐという巫女・詩女(うため)が存在し、その地に住まう人々の拠り所となっている。
ハスハ・アトール聖導王朝の皇帝とも呼ばれる今の詩女はハスハ連邦のムグミカ・コレット王女だ。その前代となる三〇年前の詩女は魅惑のフンフトと呼ばれる女性だ。
詩女は代々巫女としての素養がある者の中から選ばれる。どう選ばれるのかは不明だが、継承すると前の詩女の記憶をすべて受け継ぐのだと言われている。
詩女フンフトが一人の青年と恋をしたことから悲しい物語は始まる。
その青年というのがメロディ家のピアノ・メロディ王子。フォルテの息子で三代目当主となる人物だった。
それは許されぬ恋。やがてフンフトは懐妊し子どもを産み落とした……コーラスの王子と詩女の恋騒動は破滅という形で結果を迎える。
フンフトは詩女としての役目を追われ、メロディ家は廃されてピアノ王子は世間から姿を消した。
噂では死んだとされていて、自殺とも、もっと後ろ暗い話では内々に始末されたのだという。
わたしはコーラスでそんなこと起こるとか思いたくない。ぐっちょどろりの王宮内の云々はフィルモアの方が想像しやすいと言ったら偏見だろうか……
それはおいて、フンフトが産み落とした子どもは世間の目から隠されてどうなったのかもわかっていない。
それが世間が知るこの事件の真実だ。関わった当事者たちは今に至るまで黙して語らない。
メロディ家の王女であるアルル・フォルテシモ・メロディは、父親と詩女の不倫という事実と異母妹の存在をどう受け止めたのだろう?
コードレスさんは当時は現役だったか退いた頃だったはずだ。なら当時のことを知ってるだろうけど部外者が聞けるような話題ではない。
そして時計の針が四時を指してボーンという音を鳴り響かせる。
「出ましょう……」
セイレイに促されて立つとコードレスさんにお茶のお礼をして二人で小屋を出た。
そして庭の境にある低い壁に向かった。無数のツタが這い緑の壁面がどこまでも続いている。ここで行き止まりで他には何もないように見える。
「っと。ここで、押す」
背伸びしながら壁の緑の葉に片手を突っ込んだセイレイが突起部分に触れると、ゴゴゴと音を立てて壁が動いてその向こう側に通路が現れる。
何とアナクロな仕掛けでしょう。お城にある隠し通路の実在にちょっとばかり感動してしまいました。
セイレイの後に続いて踏み入れると明かりは勝手についた。ひんやりとした空気に触れてカツンカツンと靴音が響く。
わずかに下って地下へと。この先にコーラス城の秘密が……
セイレイが扉の前で立ち止まって認証を受ける。
やだ、ホントに機密じゃないですかー!
「ホントに入っていいの?」
「見たいって言ったじゃない。今更」
「そーですけど」
地下空間は思ったよりも広かった。天井はかなり高い。無機質な空間で生活を思わせるものは何一つない。
ここって?
セイレイが走った先にさらに大きな扉があった。MHが通れるくらいでかい。その扉が開くのをローラは待つ。
「これが取って置きの秘密っ!」
セイレイが指差した先に一体のロボットがある。闇の中に白く美しい姿が浮かび上がって見えた。
素人目にも遠くからでもわかるほど装甲のラインの継ぎ目は精緻で隙が見えない。そんなMHはこれまで見たことがない。
工芸品と揶揄されるがMHは戦うための兵器。破壊し蹂躙するための道具とは思えないほどの美しさにローラは見惚れていた。
それは一目ぼれに近い感情だ。
そしてこの守護神の名前をわたしは「知っている」。
ジュノーン──
「父様っ!」
セイレイが駆けて座するジュノーンの側にいた男が立ち上がった。誰であろうコーラス・サードその人だ。
サードが娘を受け止めて、すぐに抱き上げると何度も空中を回転させて二人が笑った。セイレイの弾けるような笑い声が無機質な空間に響き渡る。
そしてセイレイを抱えたままローラのほうに歩いてくる。
サードの出で立ちはラフなシャツに作業ズボンと、バストーニュで出会った時の威厳ある服装とまるで逆だった。
「やあ、私のおチビさんが素敵な友人を運んできたね」
そう言ってサードは微笑むのだった。
庭パート完了
次回、ローラはあることを知ってしまうのだが……