転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【11話】嵐の中で輝いて(1)

 なだらかな勾配のある地形を覆い隠すように緑の樹林がどこまでも続いている。日の出が薄靄(うすもや)の霧を照らして空気を温め始めた。

 惑星ジュノーはいまだに若い星だ。数千年前に人類がこの星に植民したとき裸子植物や地衣類の生い茂る幼期だった。

 大陸のほとんどは温帯と熱帯で占められ、他の惑星よりも圧倒的に緑が多い。他の星からも植樹されて生態系は変化を見せたもののジュノー特有の緑というものがあった。

 今、その森は戦いの最中にある──

 

 大質量の金属がぶつかり合う音が響き渡る。手付かずの原生林の静けさは乱されて原始の特徴を持つ極彩色の鳥たちの群れが空を舞う。

 森に住む動物たちも異変を察して姿を消していた。

 ──白い影が飛んだ。砂色の巨人が大振りに放った一撃が暴風のように一瞬で木々を薙ぎ払う。が、標的は視界にない。

 

「どこだっ!?」

「ここさ──」

 

 いつの間にかマグロウの背後に回り込んだジュノーンが放った衝槍の突きが肩部の装甲を撃ち抜く。敵の動きが止まり止めの一撃を胸部へと叩きこんだ。

 胸部装甲を突き破ってパイロットである騎士が空中へ投げ出される。

 その攻撃で抵抗力をなくしたマグロウが森に沈み込むように轟音を立てて倒れ込んだ。周囲一帯に蒸気が巻き起こって森は白色に包まれていく。

 倒れたマグロウは完全に動きを停止する。投げ出された騎士はコクピットを破壊された時点で即死だった。

 森に刻まれた破壊の跡が激しい戦いを物語る。

 

「ウリクル、他に敵は?」

「これで最後です」

「聞こえるか。こちらは二騎仕留めた」

『了解、網を引き揚げてください。ジュノーンは絶好調ですね』

 

 サードの問いに応えたのはエルカセットだ。

 

「マグロウでジュノーンの肩慣らしにはなった。今のジュノーンでは網から逃れた奴を狙うのが精いっぱいだが調子は良い。リョウ君の働きも申し分ない。初陣だが良くやってくれた」

「ナイ、ナイ! モーシブンナイ!」

 

 サードの真横でハロが誇らしげに目を光らせた。ハロはサードの視界の邪魔にならない位置で固定されている。

 実験目的なのだからすべて試してしまおうというサードの意見でハロは騎士コクピットに配置されていた。

 

『こちらの作戦フェーズ・ワン終了です。ジュノーンは引き続き潜伏モードで待機をお願いします』

「エルカセット。ローラは退屈してないかな?」

『マスターに変わります』

『大丈夫です。こちらのモニタリングも正常。素晴らしいタイムで撃破しましたね』

 

 通信をローラが変わって返事する。

 現在、エルカセットとローラはコーラス軍の本陣で待機中だ。この通信は暗号化された秘匿回線を用いて行われている。

 

「予想以上の仕上がりだよ。ジュノーンも上手く制御できている。ランド・ブースターとの兼ね合いも抜群だ。相当にエンジンの癖を知っていなければこんな仕上がりにはならない。ヒュードラー博士の腕の程がわかるというものだ」

 

 サードべた褒めのヒュードラー博士は戦地にはいない。戦果を期待すると言って彼女はコーラス城に残っている。

 

「ハグーダの連中がエサ撒きに食らいついてくるかだが、”当たり”を引くのはこっちが先かもしれないよ?」

『……無理をなさらないでください。ジュノーンの稼働時間は限られていますから』

「わかっている。そのときはウリクルが一番の逃げ足を発揮してくれるからね。隠れるのと逃げるのは昔から得意なんだ。ね、ウリクル?」 

「もう、マスターは冗談ばかり……」

『では切りますねっと……』

  

 通信を終えてローラは狭い場所でモニターを眺めた。今いるのはエア・バレル戦車の中だ。

 エア・バレルの通称は蚊トンボだ。ブンブン飛び回って戦場を駆け巡る様からそう呼ばれている。

 戦場への同行は渋られたけど、どうしてもと交渉して修理が終わったばかりの機体に載せてもらった。本来なら前線の兵士に送るはずの貴重な戦力だ。

 操縦はエルカセットがするが作戦中の参戦や行動は一切認められていない。あくまでも実験データのモニタリングと回収のためにここにいるのだ。

 すでに作戦は始まっていた。ハグーダ軍の気を引くために展開したコーラス軍はその構成がほぼMHと極端な編成になっている。

 MHによるゲリラ式転戦を念頭に置いているためだ。

 

「外行く」 

 

 エルに断わってローラはハッチを開け表に顔を覗かせる。野営地は緑に溶け込む迷彩柄のテントで構成されているがすでに撤収の動きをしている。

 この地域一帯には結界が張られている。抜群の精度を誇る衛生カメラでも結界周辺はただのノイズにしか見えない。

 おそらく上空からのカメラを覗けば戦場となっている地域のあちこちに空白地帯が存在することだろう。結界による情報の隠ぺいも情報戦の一環だ。

 緑の匂いと湿気を肌に感じる。戻ってきたベルリン部隊で慌ただしくそれが戦場の空気のようにも感じた。

 コーラス軍は本日明け方近くにハグーダ軍と遭遇、交戦を開始した数時間後に敵部隊を潰走させている。

 

 ジュノーンの任務はエルが言った通り伏兵の任務だ。本隊が漏らした敵の首を取るのが仕事となっている。

 稼働には何の問題もなく二騎のマグロウを屠る戦果をジュノーンは挙げていた。リョウの生体モニタリングを通してジュノーンの位置と活動は把握している。

 ここだけの話、改造版ジュノーンの「完成度」は八〇%くらいだとヒュードラー博士が出発際に言っていた。

 今できる最大効率としての数値だ。それでも十分な戦果を挙げることはできるだろうとも。

 実際にマグロウを倒しているしパワー不足は感じない。わたしたちのシステムはちゃんと稼働している。この先もうまく乗り切れると信じたい。

 

 ハグーダ側はこちらの動きに斥候部隊を繰り出してくるはずだ。正確な位置を把握される前に部隊を動かし次の作戦行動に備える、というのが手順だ。 

  

「マスター、戻ってください。次のポイントに向かいます」

「ラジャー」

 

 顔を引っ込めてローラは再び車中に戻るのだった。

 

 

 時を同じくする頃──アトキのハグーダ軍駐留部隊では前線に動きがありMH部隊には召集がかかっていた。

 招集をかけたのはブーレイ騎士団のギエロという男だ。ブーレイの幾人かは前線のアトキに残ったままだ。

 

「でけえ顔しやがって……」

 

 集まったMH乗りたちの背後で不満顔のジィッドが先頭にいる二人を見てぐちる。その二人とはブーレイの黄と青の二人組のことだ。

 集まる騎士の大半は正規兵ではない雇われ兵ばかりだ。

 先の戦闘で大きな手柄を立てたブーレイ騎士団だが、どこか得体のしれない連中だ。傭兵の中には反感を抱く者も何人かいる。

 ジィッドもその一人だ。

 

「──お前たちはオレの”黄”の部隊に入れ。右半分は”青”の部隊だ。敵戦力は不明だが、MH部隊が前面に出ている。接敵と同時に戦闘状態に入る可能性が非常に高い。気を引き締めろっ! 各員、MHに搭乗し出陣まで待機しろ」

 

 後方にミミバの斥候部隊を従えたギエロが指示を下す。

 

「ようやく出番か、フッシシっ!」

「コーラスは引っ掻き回す作戦に出たか……長くなるぞ」

 

 ジィッドの隣にいるケサギとカエシも部隊に編制されている。先の戦いで手柄を挙げた精鋭を中心に集められていた。

 不気味さで言うならこの二人もブーレイの連中に負けていない。

 こそこそとジィッドに隠れてやり取りをしているし、今も目配せしあっていた。 

 ますます気になるが、ジィッドの目的は「派手に手柄を立てる」ことと「名前を知らしめる」ことだ。

 

「おい、小僧」

「ってぇっ!」

 

 声をかけられると同時に胸倉を掴む手があった。目の前にギエロの顔がある。

 

「お前かぁ、散々でかい口叩いてたガキは……まぐれ当たりで調子に乗るなよ」

「へ、まぐれかどうかはあんたで試してみるかい?」

 

 負けず減らず口で返すが、襟元でさらに力が込められる。喉を締め付けられジィッドは呼吸困難に陥る。

 

「舐めた口聞くんじゃねえ……貴様の様なガキなどすぐに捻りつぶせる。オレの下ででけえ口は許さねえぞ」

「クセー息吐くなや、おっさん……」

「てめえ……」

 

 ギエロの手に力がこもる。睨み返すジィッドの顔面がますます青白くなるがギブアップなどしない。

 

「隊長さんよ、死んじまうぜ。兵士はもっと大事に扱えよ」

「何?」

 

 ギエロがジロリとカエシに視線を返す。周囲の注目を浴びているのを意識してギエロはジィッドの拘束を解くと軽く突き飛ばした。

 

「オレの指示に従えっ! わかったな」

 

 ジィッドが尻もちをつくのをよそ目に吐き捨てギエロは立ち去った。

 

「ケフ、ケフっ! あのヤロー、ふざけやがって……」

 

 締め付けられた喉をさすりながらジィッドは考えつく限りの悪態を吐き捨てる。

 

「おい、ジィッド、やりにくくするなよ」 

「今のはあいつが勝手にきたんだろーがっ!」

 

 カエシのいさめもカッカしたジィッドのとさかは収まらない。

 

「なーんだ、ヤっちまえば良かったのによぉ。あいつはいきがいいからきっといい声で鳴いてくれるぜぇ」

 

 退屈さを紛らわせるなら何でもいいとケサギがチューチューと鳴いてみせる。

 

「ケサギ、煽るなよ。俺たちは”任務”をこなすだけさ。雇い主様が仕事をくれたことだしな」  

「へへ、そうだな……」 

 

 二人は意味ありげに笑いあうと、ジィッドを急かしてそれぞれのMHに乗り込むのだった。

 

 

 その四時間後──森の中の巨人の残骸は破壊の跡を留めて森の静けさの中にあった。

 倒されたマグロウを調べていた男が顔を上げた。まだ年若い青年だ。顔にミミバ特有の模様を刻んでいる。衣装もまた独特の着物姿だ。 

 すぐ近くに青いブーレイが鎮座している。彼の率いる部隊はここで待機中だ。

 すでに手足となるミミバの斥候部隊が前線を調べに出ていた。それを待ちきれず表に出ている。

 

「……もう一騎マグロウが向こうか。しかし妙だな」

 

 妙というのは戦いの現場にある痕跡だ。交戦したであろう敵の正体がいまいち掴めない。

 倒されたマグロウは熱をいまだに発していて近寄れば肌を焼く温度だが気にするほどでもない。

 彼は地に穿たれたMHの足跡を確認する。

 

「この足の運びは飛び回ってでもいたのか? まさかな……」

 

 呟き、足場を辿る。乱闘の跡はマグロウのものははっきりと認識できるが、敵と思わしきMHの正体が掴めない。

 向こう側にあるもう一騎の残骸も同様の痕跡がある。

 マグロウの騎士は二人とも戦死していた。一人はコクピットで潰され、一人は外に投げ出されて即死。死体はすでに動物に食われていた。

 ファティマはいずれもエトラムルだ。正規の騎士でこれだ。二流国の軍隊だということを思い知らされる。

 

「──この私がならず者集団の指揮とはな……せめて正規兵ならばメンツも立つが。ギエロの奴、先走って足元をすくわれるなよ」

 

 青年が吐き捨てる。今回の任務はギエロが進んで受けたものだが青も動けとの赤の指示があったのだ。

 同区域で活動中だが、連携などまるで考えていないように見える。味方であるがこちらを若造とみて軽く見る。

  

「ブルーノ様、ウェザー・コントロールの書き換え完了しました」

 

 ファティマの声が耳元で響いて彼は小さく舌打ちする。

 

「パラーシャっ! 俺の指示なく勝手なことをするな。そうしろ、と命令するまで勝手なことをするなっ! それと、ここでは青と呼べと何度言ったらわかるっ!」

「申し訳ありません、マスター……でも、この子は初めての土地で不安がっていて……」

「黙れ、俺がいいというまで喋るんじゃない」

 

 ブーレイの中のパラーシャが沈黙する。

 

「マスター」

「黙れと──」

「索敵に反応あり。トランスポンダーをジャマー・トリミングされました。敵と思わしき部隊を発見っ! 距離二〇〇〇地点で展開中ですっ!」

「こんな近くにいたのか! 全騎士、戦闘態勢に入れっ!」

 

 ブルーノがブーレイに飛び乗った。全MHが動き出して森は再び騒ぎに包まれる。

  

 

「ハグーダ軍モーターヘッド部隊動きます。各員ランス準備完了」

 

 白いベルリンに搭乗するアイリーンがパトラの報告を受ける。

 陣地を変えた後、ベルリンを率いるアイリーン部隊は舞台を見下ろす高地にカモフラージュして待ち構えていたのだ。

 

「網にかかったな」

 

 それも大きな釣り針だ。

 

「ホスト・コントロール、これより電子戦(ジャマー・アタック)を開始するっ!」

 

 パトラとリンクしたファティマたちがいっせいに電子情報戦を展開する。

 

「カウンター、来ますっ!」

 

 伏兵の有無や部隊の位置取りを把握することは戦場でもっとも重要視されることだ。ファティマの任務は戦うことだけではない。いかに有利な状況を作り出すかにも重点を向けられる。

 ジャマー・アタックに対するカウンター。カウンターに対するカウンター。

 フェイクを織り交ぜた情報をばらまき、通常のレーダーを無効化するなど電子情報戦は多岐に渡る。

 クロス・ジャマーにおける情報戦でファティマの右に出る者はいない。対抗できるのは同じファティマだけだ。

 

「正面に六騎。マグロウが主ですが所属確認できないのが一騎っ! 索敵範囲にもう一部隊反応あります。二〇〇〇の位置より北に距離六〇〇〇。ほぼ正面敵と同数!」

「各員、これより突撃するっ! 合流される前に奴らを叩くぞっ! パトラ、駆け引きしている時間などないぞ」

「ラジャー。ベルリン・フルオープンっ!」

 

 白いベルリンを中心にMHの陣形が組まれる。トリオ騎士団で構築されるこの部隊には援軍も後続部隊もない。

 ベルリンを中心とした、アマロン、キラウラからなるおよそ九騎の編制だ。

 後がないからこそアイリーンは策を練った。何日もかけて戦場の地形を把握し、狙い済ませたこんしんの一撃を敵に叩き込む戦術を。

 ばらまいた餌は陣を敷いた位置からは下流にあった。ここは谷に囲まれた狭隘の場所。MH運用観点からは死角となる地だが駆け抜けることはできる。

 MHの特攻突撃による強襲が可能だ。総数で劣る以上、速攻が唯一の手段だ。

 

「全隊、突撃開始っ!」

『コーラスに栄光をっ!(VIVE LA CO-LUS!)』

 

 アイリーンの合図に突撃用のランスを掲げた騎士たちが声を上げた。

 突撃陣形を組んだMH部隊が谷を一気に駆け降りた。眼前に迫った敵部隊は防御陣形を敷いている。

 ほんの刹那の後に両軍は激突していた。衝撃の波動が大地と森を震撼させる。

 

 

「──マスター、戦闘を開始しました」

 

 衝突を探知したエルカセットがエア・バレルの中で報告する。

 地響きのような軽い震動が小刻みに機体を揺らしている。MHによる集団戦は、遠く離れていてもわかるくらいの揺れをこの身に伝えてくる。

 

「アイリーンさんたちは負けないよね……」

 

 祈るしかない状況だ。MH戦となっている以上、エア・バレルの出る幕はない。味方も気になるが、気を揉んでいるのはジュノーンがどう動くかだ。

 

「……信号が入り乱れてる。電子戦でジュノーンの位置が掴めない。もう少し移動しないとダメかも」

「ハグーダ軍は部隊を二つに分けていますが、衝突展開中ですからそちらに向かうと思われますが……今移動するのは危険です」

「どうにかジュノーンを確認したいんだけど……」

 

 戦況もそうだけどジュノーンが今は心配だ。

 

「マスター……」

 

 考え込む様子のローラにエルカセットの中でやる気がみなぎる。マスターの力になってこそパートナーデスっ!!

 ええ、もう全開でやっちゃうんだから。

 

「やってみますっ! トリオのサポートに回ります。上手くすればジュノーンの動きを捉えられるかも。いえ、やりますっ! 絶対見つけますっ!!」

「え? うん、お願い」

「イエス、マスターっ! パトラさん、ダミー・コード送りますっ!!」

 

 気合みなぎったエルカセットがアンテナ全開で前線に介入する。エア・バレルのエンジンもいつでもフル・スロットル可能状態で待機へ。

 

 

 そして戦場では──激しい攻防が繰り広げられていた。衝突後、ランスを切り離したアイリーン部隊がハグーダ軍MH部隊と接近戦にもつれ込む。

 

「トリオが名乗りもなしかぁぁっ!」

「強襲に前戯なんてないんだよっ!」

 

 ブルーノが叫び、アイリーンが受ける。

 ベルリンの剣とブーレイの斧が交差して互いの装甲を掠めて派手に火花を散らした。

 追い込まれた形になったブルーノの部隊は後退を許されぬまま包囲状態にあった。わずか三騎で七騎の包囲網を破れないでいる。

 正面に立つ青のブーレイが実斧(スパルーク)を持って獅子奮迅しながら他を寄せ付けない。

 前に出たアイリーンが相手を務め青と白の騎体が一騎打ちの様相を見せる。

 

「こいつがブーレイか。ボォスの死神とやらっ! こいつには手を出すなよ。お前たちは一騎ずつ屠れ!」

 

 アイリーンは眼前の敵を睨みながらベイル・カウンターを放つ。ブーレイは巧みに回避して間合いを利用した一撃を振りかざす。

 それをいなし、反撃を打ち込むが反応は浅い。

 

「こいつ、やるな……」

 

 緒戦の突撃で二騎のマグロウを中破させ、一騎を完全に沈めた。自軍は小破二騎で済んだ。敵は残り三騎。こちらで無事なのは七騎だ。残り二騎は下がっている。

 敵は背を預け合うように防御陣形を築いていた。崩すのは時間の問題だが思いの外強敵で手こずる。

 また打ち込んでは離れる。互いに決定打にはならず、探りを入れている状況だ。

 しかし、圧倒的有利だった状況は時間切れで幕を閉じる。立て続けに二騎のベルリンが後方で沈んでいた。 

 

「増援かっ!?」

 

 味方の損害状況を把握するより見たこともないMHに目を奪われる。一騎はマグロウ……もう二騎は漆黒の異形のMHだ。

 

「ハハ、いっちょあーがりぃ~~」

「トリオってのもちょろいもんだなぁ」

 

 謎のMHの正体はケサギとカエシが駆るガスト・テンプルだ。隠密で近づきベルリンを瞬時に屠ってみせた。その腕前はぞっとするほどの鮮やかさであった。

 ガスト・テンプルの不気味な得体の知れなさをアイリーンは肌で感じ取る。

 

「なんだ、こいつらは……仕切り直しだね……方円陣形を取れっ!」 

 

 包囲陣は崩れた。七対六だが予断を許さない状況だ。

 部隊に新たな指示を出しながらブーレイとの戦闘は継続中だ。アイリーンはあえてブーレイの搦め手の誘いに乗る。

 その手はうちの師範(黒騎士)直伝で良くご存じなんだよっ!

 捨て身の様な体当たりと共に剣が舞う。ブーレイに大きく隙ができた。それを逃すアイリーンではない。

 

「なっ!?」

「緊急回避っ!」

 

 ブルーノに迫る危機にパラーシャが騎体を沈み込ませた。ブーレイの喉元を切り裂いたであろう凶刃はわずかに軌道をそれる。

 

「く、青一番の騎士と呼ばれたこの私が無様な格好をさらすとは……」

『青の隊長さんよぉ、俺たちもちょっくら混ぜてもらうんだな~~ ひ、独り占めはダメなんだな』

「ギエロの奴は何をしているっ!?」

 

 ブルーノが吐き捨てる間にハグーダの増援部隊が戦いに加わっていた。

 両軍のMHがぶつかり合う戦場は乱戦の様相を呈してきている。ブーレイ。マグロウ。ガスト・テンプル。ベルリン。アマロン。キラウラが入り乱れて戦っていた。

 

「まだ連中は部隊を隠しているはずだ、パトラ、どこにいる?」

「エルカセットのダミー・コード散布の影響かと! こちらからも仕掛けますっ!」

  

 ベルリンの盾が斧を受け流しブーレイのショルダーに強烈なベイル・アタックを仕掛けた。激しい衝撃と共にブーレイの手から斧が落ちた。

 手応えはあった。今の一撃は流しきれなかったはずだ。

 もはや敵は手負いの虎だ。

 

「くそっ! おうっ……まだまだっ!」

 

 ブルーノが叫ぶ。肩を砕かれ、今や意識を保っているのが不思議なくらいだ。

 

「いけません、マスター。肩にヒビが……ここは引くべきですっ!」

「パラーシャ、後退は許さんぞ! ”青”の名に賭けてなぁっ! この腕が千切れようが俺は最後まで戦う。ブルーノ・カンツィアンに後退はない。無敵のサイレンにノウズの光あれっ! 抜剣!」

「はい……」 

 

 主の決死の訴えにパラーシャはブーレイを立ち直す。抜き放った光剣がブーレイの鉄仮面を照らし出す。

 

「それでいい……」

 

 歯を食いしばったブルーノがベルリンを睨みつける。

 

「肩を砕いた感触はあったが……天晴な根性だよ。パトラ、こちらも武装を切り替えろ」

「光剣用意します」

 

 武器を合わせるのは騎士の意地を見せる若者への敬意からだ。

 アイリーンとブルーノの戦いはいまだ決着を見ない。

 暗雲が戦場の空を覆い始めていた。その不安な色合いは戦いの行方を暗示しているかのようだ。

 そして雨がぽつり、ぽつりと降り始めていた。それは嵐の前触れを予告する雨だった──

  

 

 アイリーン隊が激戦を繰り広げる中でもう一つの戦闘が北に三キロ地点で始まっていた。

 断続的に大地が爆ぜて派手に煙を上げる。森に潜む敵をあぶりだそうとミサイル爆撃は止まらない。

 

「どうやらはぐれに当たったようだ。ウリクル、敵の数は?」

「弾幕(グレネード)の張り方からするともう一騎いそうです」 

「二騎かな? 一騎ずつ倒していこう」

「タオス、タオス!」

「アイリーンが先に始めてくれたおかげで敵の気がそれたが、なぜこんなところをうろついている? まあ、いいさ。ジュノーンの時間は限られているから速攻で行くよ。次の弾が来たら飛ぼう。打ち込みに失敗したら逃げるよ」

「了解」

 

 しらみつぶしのグレネードが迫る。ジュノーンが起動し空に跳んだ。

 

「右下、マグロウいますっ!」

「空を飛んだっ!?」

 

 マグロウのパイロットが驚愕する。

 その速さに対応する前にジュノーンがマグロウに迫り攻撃を繰り出した。衝槍がマグロウの喉元を貫き瞬時に決着はつく。 

 

「もう一騎っ!」

「クル、クルっ!」

 

 対MHミサイルが連射されジュノーンはマグロウを盾に受ける。黄色模様の異様なMHが姿を現してジュノーンと対峙する。

 

「まさか、こんなところで遭遇とはなぁっ! ダミー・トラップのせいで泡食ってたところだったんだぜ。シューシャ、結界を外してハグーダに繋げっ! コーラス王家の真珠みたいなモーターヘッドを発見とな。ものすごい美人だぞ!」

 

 ギエロが舌なめずりというように唇を舐める。

 捜索のため分隊に分けていたのが災いして戦いに乗り遅れた。この失態の言い訳にコーラス王の首なら補って余りある手柄になる。

 

「わかりました」

「ラルゴの大将には悪いがコーラス王の首はオレが貰うことにしよう」

 

 ブーレイが光剣を抜き放つ。

 

「結界、解除されます。こちらの情報漏れますっ!」

「こいつを返すわけにはいかなくなったな……行くぞ」

「はい! 全武装、セイフティ解除!」

「ローラ、ツナガッタ!」

 

 結界に穴が開いた瞬間エルカセットが通信を繋いでいた。

 

『陛下、すぐに向かいます!』

「ダメだ。君たちは動くな。ここはボクたちで切り抜ける。残り時間は?」 

「一〇分切ります!」

 

 抜剣し向かい合う両者。暗雲立ち込める空から降り始めた雨が戦場を色濃く覆っていく。怒涛のスコールが視界を塗りつぶす。

 

「何て雨だ、クソっ! どこだ、見えないぞ?」

「プログラム切り替え中……」

「クソ雨のせいで戦闘モードがパアだっ! シューシャ、いつまでかかってる。早くモードを切り替えろ!」

 

 スコールそのものを想定していなかったギエロの落ち度であるが、ジュノーの気候や風土そのものになれがない。ブーレイの戦闘フォーマットもスコールは想定外の天候であった。

 

「関節が重い! 動きが鈍い! 早くしろ、ウスノロっ!」

「も、もう少しです」

 

 ブーレイの足元に大量の雨水が流れ込んでいる。MHの重量を受けて緩んだ地盤が崩れて足を取られそうになる。最悪の足場となっていた。

 

「バランスだけでもどうにかしろっ!」

「は、はい」

「とに! 役に立たねえ人形が!……オレたちは寒い国育ちなんだっ!」

「敵、来ますっ!」

「何っ!?」

 

 不意を突かれたギエロはとっさにブーレイの肩で防御してジュノーンから繰り出される連撃を分厚い装甲で受け止める。

 

「離脱するっ! バックだっ!!」

 

 後退を余儀なくされる。だが敵の姿はもう見えない。ジュノーンは森のどこかに姿を隠している。

 

「バ、化け物じみた速さだっ! なんだあいつっ!? シューシャ、ダメージはっ?」

 

 質量を伴う実剣などとは異なり、光剣からのダメージは体感ではわかりにくい。シューシャが損害をはじき出す。

 

「左肩軸メインシャフトへの損害一二%。ダメージ全体に出ていますが微小に留まります。ジェネレーターに損害。出力五%低下っ! 敵、機動の正体……特殊な飛行ユニット使用っ!」

「ったく、数発貰ったくらいで根を上げるんじゃねえぞっ! 奴の動きを捉えろ! 蚊トンボみたいに飛び回りやがって」

 

 冷や汗をかくギエロが視界おぼつかぬ森を睨み据える。一方でジュノーンは敵を倒す一撃を蓄えていた。

 

「今のは良かった。リョウ君のバランス能力はさすがだよ。ジュノーンはまったく滑りもしなかった。いつだったか北の国でスケートをしたことがあるんだが、ウリクルはへたくそでね」

「マスター、嘘はダメです。リョウ君、陛下の嘘ですからね」

「オレ、ウマイ、チョーウマイ。エッヘン!」

「時間がない。仕留めるよ、二人ともいいね」

「はい! 速攻で行きます」

「ツブスゼーっ!」

 

 ジュノーンが動きブーレイの動きを完全に捉える。敵の動きは鈍い。戦場はジュノーンの独壇場だった。

 

「クソ、また消えやがったっ!? シューシャっ!」

「対応をっ!! 正面っ!」

 

 正面から受けたブーレイの右手首が飛んだ。フェイントを織り込んだ打ち込みからジュノーンは連撃を放つがブーレイの装甲は分厚くダメージは浅い。

 しかし内部へのダメージは深刻だ。限界を迎えた機器がショートして弾ける音をギエロは聞いた。

 

「これ以上の戦闘続行は不可能。退避を!」

「認めん、認めんぞぉっ!! このオレが敗北など!」 

『じゃあ、あわれに野垂れ死ねよっ!』

「何っ?」

 

 ギエロの血走った目が周囲を見回す。

 

「マグロウ来ます」

「あのガキャ……」

 

 突如森から突進するマグロウが現れ両者に動揺が走る。

 ギエロが忘れていた伏兵だ。そいつの名前など憶えてすらいない。ギエロからすれば名を覚える価値もない雑魚に過ぎない。

 

「俺様が狙うのは大将の首ひとーつっ!!」 

 

 マグロウのコクピットでジィッドが叫ぶ。

 ジュノーンの背後を突く形での特攻だ。雨もまた奇襲を助ける要因となった。 

 屈辱的な従属を強いられた後に伏兵という詰まらぬ仕事を与えられたが、回りまわってきた幸運がジィッドを走らせていた。

 

「待ってたぜっ! この"瞬間(とき)"をよぉ~っ!!」

 

 そのわずかな瞬間をサードとウリクルは見逃さない。 

 

「ウリクルっ!」

「はいっ!」

 

 迫る新手のマグロウに動揺したブーレイの隙を突いてジュノーンから一撃が繰り出される。

 その攻撃はブーレイの頭部を貫いた。狙い済ませたかのような正確で無慈悲な一撃はMHの顎を砕きファティマ・シェルをも破壊した。

 

「くそぅっ!!」

 

 凄まじい衝撃とスパークする電子回路のきらめきの中でギエロが叫んだ。

 MHの弱点となる顎を突き上げる形で貫いた。中のシューシャは即死だ。すべてのシステムがダウンし、コントロールを失ったブーレイが膝をついて倒れる。

 もはや敵ではない。そこにマグロウが迫った。

 すぐさま回避運動に動くジュノーンにマグロウが鉾を振りかざして突進してくる。瞬次の回避運動もランド・ブースターの加速力あってこそだが間に合わない。

 

「逃がしゃしねーぞっ!」

 

 マグロウのリーチを生かした振り下ろしとジュノーンの動きが重なる。

 

「飛べっ!」

 

 その刹那、振り下ろされたマグロウ渾身の一撃がジュノーンを捉えた。が、手ごたえの瞬間にその姿はジィッドの視界から消え去っていた。

 凄まじい熱を帯びた武器の激しい一撃が地べたに叩き付けられる。大地がクレーター状に抉られ土砂が振り注いだ。大量の雨水が蒸発して水蒸気が爆発的に巻き起こった。

 マグロウが見上げ、ジュノーンの動きをカメラで追う。一筋の光となったジュノーンはすい星のように空を駆けていく──


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