転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【12話】嵐の中で輝いて(2)

 ──激しい揺れがコクピットを揺さぶった。サードは遠のきかけていた意識を呼び戻し揺れるモニタを見る。赤い警告を示すサインが繰り返し点滅している。

 胸に受ける強い圧迫感と痛みは凄まじいGによるものだ。安定しないGの圧力はジュノーンが正常なバランスで飛んでいないことを示すものだ。

 

「どうなっている……?」

 

 骨の何本かにひびが入っている。息を吐き出して呼吸を整える。

 あれから時間はそれほど経過していないはずだ。

 ジュノーンは森の上空をすれすれで飛んでいた。一瞬でも油断すれば森に沈みかねない高度だ。

 戦場を急速に離脱しつつあるジュノーンの操縦はサードから離れている。緊急モードでファティマが握っているのだ。

 指先に力がこもらない。感覚を取り戻そうと指を握りしめる。

 

「このままの高度を維持して飛べっ! 味方の位置把握を……ウリクル?」

 

 相棒からの応えはない。訝しみ再度呼びかけるがウリクルの意識を感じ取れない。

 ウリクルはシェル・コクピットで意識を失っていた。流れ出た鮮血がファティマ・ルームの座席を赤く染めている。頭部への損傷による意識不明状態にあった。

 サードの呼びかけが響く中でジュノーンのコントロールは失われていない。ファティマ不在であればとっくに地面に激突していたことだろう。 

 コクピット内で唯一動いているのはリョウだった。

 

「ノコリ、ジュウハチビョー! チャクリク。キンキュー、チャクリク、スル! ジュノーン、ガンバレっ! ガンバレ!」

 

 忙しなくハネを動かしながらハロが「キンキュー!!」を繰り返す。

 

「君が動かしているのか? リョウ……」

「ヤッテル! ヤッテルっ!」

 

 シェル・コクピットの中で状況は目まぐるしく変わり続ける。

 リョウは最大限に頭脳を駆使してジュノーンを制御していた。それは奇跡的なバランスを保ちながらの操縦だ。

 

「ヤクソク、シタ! ウリクル、ゼッタイマモル。ジュノーン、ト! エンジン、テイシっ!」

 

 ブーレイとの戦闘の脱出の際、突進するマグロウから受けた一撃はジュノーンに深刻な打撃を与えていた。

 辛うじて直撃を免れたが、ランド・ブースターに繋がるエネルギー・バイパスの片方を破損した。エネルギー供給バランスが崩れジュノーンは一気に制御不能に陥ったのだ。

 一度崩れたバランスはウリクルでも取り戻せず騎体は崩壊に向かって突き進む。ジュノーンが空でバラバラになるという最悪の事態にだ。

 ウリクルの意識が完全に途切れる間に交わしたリョウとのゼロコンマ秒の交信──

 

『ダメ……っ! このままじゃジュノーンがバラバラになっちゃう!? 血が出すぎて……私もう動かせないっ! ジュノーンお願い、着陸だけでもっ! ……リョウ君、お願い』

『俺が動かす? ジュノーン……ジュノーン。ダメだよすごいパニックだっ! どうしたらいいかわからない! 無理。わからないよ! ウリクル、どうしたらいいのっ!?』

『慌てないで。ゆっくり……再シンクロさせて』

『わかった……再構築開始……』

『そう、それでいい……もう頭が真っ白に……全コントロール、シフト!』

 

 ジュノーンのコントロール全権がリョウに移譲されてウリクルの意識は途切れる。

  

『見てた。俺、ウリクルねーさんの全部見てた。だから、できる! だろ、ジュノーン! 怖いだ? 俺たちが失敗したらみんな死んじゃうんだぞっ! できるか? じゃない。やるんだよっ!!』 

 

 リョウの必死の呼びかけと操縦で熱を帯びたジュノーンは飛行しながらすれすれの状況を維持している。

 そしてエンジンが完全に停止する。モーターヘッドが空中で自壊分解する間際でのエンジン停止……最悪の状況は回避された。

 だが正念場はここからだ。着陸の瞬間──

 

「タイ、ショック、ニビョウマエっ! ハヲ、クイシバレっ!」

「くっ!」

「オチルっ!!」

 

 轟音を唸らせ煙を吐き出すジュノーンが森に落ちる。凄まじい衝撃が二人を襲う。

 ジュノーンは森に接触しながら木々を薙ぎ倒していく。騎体から漏れ出た火花が空中に飛び散り赤く燃え上がった。

 樹木に引火した火は雨に打たれて燻り煙を上げる。黒い煙が周辺一帯に立ち込めた。

 森に轟音と着地の痕跡を残しジュノーンはその動きを完全停止する。光を失った空間でサードは突っ伏したままだ。 

 

「PIPO……?」

 

 すぐに予備電源を立ち上げてリョウは頭部を回転させる。

 異常発生──

 ボディを固定するアンロックキーの解除ができない。何かが引っかかっている。

 アームは使用不可能。折れ曲がった何かが阻害している。前の座席からの流血がリョウの元まで届く。

 状況を把握……

 カメラが前座席のウリクルの顔を映し出す。全身をくまなくチェックする。蒼白の顔は生気をまるで感じさせない。

 バイタル・サインの波はわずか……緊急事態。怪我の程度は深刻、深刻、深刻っ! 治療を必要とする。

 緊急っ! でも解除できないっ!

 ローラ! ローラ! ローラ! ローラ! ローラ! 音声にならぬ電子の叫びがその名を呼び続ける。

 

「PIPOPOOOOOっ~!!」

 

 混乱しながらハロを再起動させる。外部からの支援が必要だ。サード、起きろ。起きろっ!

 視界がハロに繋がって意識のないサードに呼びかけた。

 

「オキロっ! オキロ! サード、オキロっ!!」

 

 必死の呼びかけにサードの睫毛がわずかに動いていた──

 

 

 雨は強い風に煽られて散弾のように大地に降り注ぐ。どこもかしこも雨水が川を作り本流の嵩を増やして洪水のようになっている。

 突発的なスコールから季節の嵐に変わっていた。水が戦場の跡すらも洗い流すように流れていく。破壊されたブーレイに這い出た痕跡を残してギエロが立つ。

 空は相変わらず灰色の暗雲だが日没はすぐそこに迫っていた。

 

「一年ともたなかったな。もうくたばっちまいやがった……」

 

 雨に打たれながら破壊された頭部をさらすブーレイを見下ろしてギエロは吐き捨てた。

 頭部はシェルごと押しつぶされ中にいたファティマも生きてはいない。中の惨状は推して図るべしだが原形すら留めていないだろう。

 遺体の回収は不可能だ。

 

「掃除が大変じゃねえか。本国に送り返すのに手間かけさせるなよ。ホント、最後まで使えねえ奴だったぜ……」

 

 戦闘で負った痛みと共に吐き捨てる。道具として使えなければファティマの価値などない。

 人としての発言であれば非難は受けるが、騎士のファティマの扱いの一面がその言葉に現れている。

 特にフィルモアの騎士はそのような道理で動く者が多い。あくまでもファティマは機械であり戦争の道具なのだ。

 ギエロはその言葉を疑う余地もなくシューシャを道具として切り捨てた。銘入りだろうが扱いは変わらない。 

 

「いってぇ! 放しやがれミミクソ野郎!」

 

 耳障りな罵倒がブーレイの足元で響く。ギエロ配下のミミバ族が捕まえていた捕虜を放り出した。

 泥水交じりの水たまりに投げ出されジィッドは泥まみれになる。

 

「あにしやがる!?」

 

 ミミバの男たちにいきり立つジィッド。その前にギエロが降り立った。

 

「やってくれたな、小僧」

 

 ギエロはジィッドの手の甲を靴で踏みにじった。声にもならぬ悲鳴がジィッドから漏れ出る。

 

「ぐ……それが俺への礼かよっ!」

「礼だと……」

 

 ぎらつく目がジィッドを睨み襟元を掴んで立ち上がらせると顔を寄せた。

 

「ほざくなよ……ガキ」

「ギエロ様」

「あん?」

 

 戻ってきたミミバ数人がギエロの前に控える。頭が進み出て耳元に囁く。

 

「何……? あの白い奴が落ちた? 場所はどこだ? ははぁ、運はまだオレに向いてるようだな。てめえはどう落とし前つけてやるか……」 

「俺は役に立つぜぇ……あんた、俺に一つ恩があるんじゃないの?」

「恩だぁ?」

 

 額が付くほど顔を寄せてギエロはジィッドの首に手をかけた。

 

「俺はあんたを助けてやったんだぜ? 赤い仮面のあんたのボスが聞いたらなんて思うかなぁ~ 俺が白い奴にぶちかましたからあんたは生きてるんだぜ? 感謝されてもいいくらいさ。あの白いのを持って帰りゃあそりゃ大手柄だよな? コーラス王の首もつけてよ。でも、あんたのモーターヘッドぶっ壊れちまったよなぁ。俺のマグロウは傷一つないぜ? 今からハグーダに応援を頼むんじゃ手柄を横取りされるだけだぜ。俺がいりゃ白い奴は確実にあんたのものさ」

「いいだろう……ただしだ」

「ぐ……」

 

 喉にかけた手に力がこもる。

 

「オレの命令には、絶対に、逆らうんじゃねえっ! わかったか?」

「わかったよ……へへ」

 

 耳元への服従の言葉にジィッドは口元を歪めて笑った。

 落ち行くジュノーンをすぐに追わずにギエロを待ったのは恩を着せるためだ。

 これはチャンスだ。クソ野郎には従うが手柄は手柄だ。こいつらのバックにいる連中に俺様を売り込んでやる。

 

「……早い者勝ちだ。ハグーダに報せる必要はない。奴はオレのものだっ! お前はモーターヘッドでついてこい。場所は知らせてやる。お前ら行くぞっ!」

 

 男たちがギエロに続いて走り出す。ジィッドも走ってマグロウに乗り込むとすぐに通信を開いた。

 

「早く繋がれよ!」

 

 そしてもう一つの戦場では──

 アマロンの肩に強烈な斬撃が繰り出され辛うじて踏ん張っていた騎体は軋む音を立てて崩れた。

 乗っていた騎士が緊急脱出で投げ出されるがまだ生きている。倒したのは黒い装甲のガスト・テンプルだ。

 カエシが通信に応答する。

 

『ジィッドか? 状況を報告しろ』

「カエシのおっさん聞いてるか? でけえ獲物を狩りに行くぜ。一等賞はコーラスの首だぜ。早い者勝ちだっ! さっさと来いよな」

『簡単に言うなよ。まーいいとこだろう。青の回収は俺が引き受ける。ケサギ』

『お? もう終わりか? お、俺が足止め役だぞ?』

 

 ケサギのガスト・テンプルがアイリーン騎とブルーノ騎の間に割って入り剣風を轟かせる。その斬撃をベルリンが後退して受け流す。

 

「この黒い奴っ!」

「通せんぼーっ! 遊んでチュ~~」 

 

 その背後でカエシが青のブーレイの回収に動く。

 戦場でまともに動けるのは両陣わずか数騎にまで減っている。もはや潮時と踏んでの撤退行動だ。

 突然の乱入者にブルーノは怒り狂う。

 

「余計なことをするなっ!」

「そっちの都合は知らねえよ。投了時間だよ。ファティマさん引かせな。まだ動けるだろう? 跳ぶぜ」

「了解です」

「パラーシャ、勝手なマネはするなとっ!」

「行けますっ!」

 

 ブルーノの抗議を無視してコントロールはパラーシャに移った。

 

「行くぜ」

 

 ガストがブーレイを捕獲し同時に跳んだ。

 ケサギからの強烈なけん制攻撃をアイリーンは弾くが、間合いを測りかねてもろに手首にダメージを受けていた。

 

「厄介な奴! ベイル・パージっ!」 

 

 砕かれた左手が痛みを伝えてアイリーンは歯を噛みしめる。命を守るベイルを切り離し身軽になる。

 ガスト・テンプルからの打ち込みは予測しにくい軌道を辿る。反り返った刃を逆手に持つ動きはまさに忍びのものだ。

 黒いMHの登場で戦いは一気に不利に傾いた。精鋭であるトリオの部隊を翻弄し味方を何騎も沈めたのだ。

 アイリーンは再度剣で流すがベルリンが上げる悲鳴の音を聴いた。騎体の限界が近い。激しい戦いで発生した熱が限界を超えて各関節部を溶かし始めるだろう。

 アイリーンは後退し間合いを取るが戦いはすでに決していた。

 

「敵、引きます。これ以上の戦闘の継続は無用かと」

「わかっている。ベルリンも限界だ……」

「あばよーっと!! ポチっとな」

 

 ガスト・テンプルの姿が煙幕に包まれ小型弾頭が彩色の尾を引いて乱れ飛んだ。周辺一帯が煙幕に包まれていく。

 雨に入り乱れた煙の切れ間が見えた頃には敵の姿は消えている。

 

「パトラ、負傷者を回収しすぐにここを離脱する」

 

 破壊されたMHと生き残った者たちの姿を確認し指示を出す。下方では騎士の応急手当てをするファティマたちの姿が見える。

 受けた損害は想定よりもひどいが、敵に与えた損害も相当なものだ。

 痛み分けでは困るのだがな、と呟く。

 

「陛下を探さねば……味方で一番近いのは誰だ?」 

 

 負傷した手の治療よりもサードの安否が気がかりだ。

 

「動いているのは……識別確認。エルカセットとロージン博士のエア・バレルです」

 

 

 《緊急!》(エマージェンシー)のコール・サインが手元の端末に浮かんだままだ。それを放り出してローラは失敗に終わった何度目かのコールを行う。

 

「リョウ、リョウっ! 応答してっ!」

 

 通信は再度シャットダウンされジュノーンからの応答はない。サードたちに何か起きた。

 リョウの生体波形も通信が途切れる直前に大きく乱れて正常な状態ではないことを示していた。  

 

「急いでエルカセットっ!」

「全速力ですぅっ!」

 

 ジュノーンの起動可能時間はとっくに切れている。エルカセットがエア・バレルを操りマッハで「現場」へ急行する。

 敵の存在を警戒して戦闘があった場所を迂回してのルートだが、ジュノーンが落ちた場所はエルカセットが割り出した。

 

「無事でいて……」

 

 ローラは軽く爪を噛む。通信機器の故障なのか。それとも……良くない方に考える頭を振って目を閉じる。

 違う流れにいると思いたかった自分が甘かったのだ。こうなることを予測できなかったわけではない。

 ううん、今は三人を、ジュノーンを信じなきゃ……

 

『状況はどうなっている? 陛下は?』

 

 棺桶とも称される狭い車内にアイリーンの声が響いた。声から戦場の張り詰めた緊張と憔悴が伝わってくる。

 エルカセットがすぐに対応する。

 

「ジュノーンは戦場を離れて動いています。こちらからの連絡つきません」

『マスター、すぐに手当を……』

『陛下が危ないのだ。じっとなどしてられるか!』

「味方で一番近いのはこちらです。そちらで動ける騎体はありますか?」

『敵は引いたがこちらの損耗も厳しい。すぐに動ける者を回す。頼む……』

「ラジャー。位置情報送ります!」

 

 通信が切られエルカセットが振り向く。

 

「絶対に誰よりも早くサードたちを見つけなきゃ。わたしたちが見つけるの」

「はい!」

 

 エルカセットは頷き返すのだった。

 

◆シーン:1-1

 

 雨は日没が訪れた頃には止んでいた。周囲は闇に包まれ始める。

 薄闇空の境界線に月の姿が朧気ながら浮かび上がる。上空で吹く強い風に雲が月に差し掛かってはあっという間に流れていく。

 戦闘が行われた場所から十数キロ地点に擱座した状態のジュノーンがあった。

 

「ダメか、血が止まらない。応援を呼びたいが……」

 

 頭に包帯を巻いたウリクルの顔は青白く生気がなかった。外界からの接触にまったく反応しない。

 ウリクルはジュノーン脚部収容の簡易用医療ベッドに寝かされている。

 その傍らにハロがいる。リョウはまだジュノーンに残したままだ。ウリクルへの処置が先だった。

 

「ツウシン、デキナイっ! デキナイっ! 」

 

 固定された状態から復旧できないリョウがジュノーンで通信を試みるが上手くいかない。

 

「……ハグーダにジュノーンを渡すことはできない。だが、ウリクルを死なせるわけにはいかない。アイリーンたちも探しているだろうし」

「ウゴク、ヨクナイ」

 

 ウリクルを下手に動かすことはできない。しかし、一刻も早く治療を施さねば危うい状態にあった。巻いたばかりの白い包帯から新たに血が染み出している。

 動くに動けぬまま無為に時間が過ぎる。自ら走らねば応援は呼べまいとサードは立ち上がった。

 医療ベッドを押す。ジュノーンからできるだけ離そうと茂みに分け入った。その後をハロがついていく。

 

「ウリクルを隠すが一緒にいてやってくれ。君たちも必ず回収する。彼女にそう約束したのだからね。む?」

 

 空気を震わせる震動音を感じ取りサードは身構える。近くに何かが迫っているのだ。

 

「モーターヘッド? いや違う……早く隠さねば。ハロはここにいてくれ」

「リョーカイ、リョーカイっ!」 

 

 ウリクルを載せた応急ベッドを茂みに隠すとサードは敵か味方かわからぬ存在に光剣を握った。

 道を戻りわずかに月が照らすジュノーンの下に立った。突風が吹き上空が眩さに包まれる。眩さに目を細めながらサードはそれが友軍のエア・バレルだと悟る。

 

『陛下、ご無事ですか!?』

「ローラかっ!? ここだっ!」 

「エル、降りれる?」

「お任せください!」

 

 絶妙な操縦バランスを維持したエア・バレルが着陸してローラが降り立つ。すぐにエア・バレルのエンジンも切られた。

 周囲は再び月明りだけの世界に埋没する。

 

「ウリクルの意識が戻らない。頭に損傷を負っている。安全な場所に隠している」

「エル、医療キットっ!」

「はい、今すぐに」

 

 大きな医療カバンを持ってエルカセットも降りる。これら医療道具一式は軍の医療班から借りたものだ。 

 

「こっちに来てくれ。ハロ君もいるがリョウ君はジュノーンの中だ。不具合ですぐに回収できないと判断した」

「人命を優先と考えます。リョウは置いていきましょう」

 

 ジュノーンを後にして三人は月明りが頼りの森を進む。

 

「待て……」

 

 隠し場所まであと少しというところでサードは手を上げて制止すると身を屈めて耳を澄ませる。二人もならってしゃがみ込む。

 駆ける足音が複数ある。それにMHの駆動を感じ取る。

 

「追手……のようだ。動きからして忍びの部隊か? 君はウリクルを頼む」

「陛下は?」

「ボクが連中を引き受けるよ。エルカセットもローラをサポートしてくれ。ここを真っすぐに進んでくれ」

「わかりました」

「武器はあるかい?」

「ここに」

 

 ローラにはまだ大きい光剣は医療カバンに差し込んであった。

 

「それは使わぬように。光で居場所がわかってしまうからね」

「はい」

「頼む」

 

 サードが茂みを指さしローラが頷き返すとその姿は暗い森の中に消えた。

 ローラの感覚の目で敵意を持った存在が森の向こうにいると知覚できる。サードが動いたことでその注意が向かうのを感じる。

 ここからは慎重に動かねばならない。二人は音を立てないようにウリクルの隠れ場所に向かう。

 二人をハロが出迎えて弾んでまくしたてる。

 

「ローラ、ローラっ! ウリクル、タスケテっ!」

「静かにしてっ!」

 

 指を口に当て黙るよう言うとハロは沈黙して地面に転がった。

 

「ウリクル……」

 

 ウリクルの状況は一目で危険な状態にあると見ることができた。頭へ手をかざし診察を開始する。

 落ち着け……サードはきっと平気だ。今はウリクルに集中しろ。モラード先生がいつもやってるやり方を思い出せ……

 もう馴染みになったピリピリした感覚が指先を突き抜けてウリクルの体をサーチするアンテナに変わる。

 

「ヘッド・クリスタルに歪み。精神崩壊の兆しアリ。脳へのダメージが予測される……」

 

 このままでは脳が死んでしまう。人よりも遥かに強い細胞神経を持つファティマだが、脳死状態から蘇生するリスクは人と変わらない。

 防ぐための手段は一つしかない。肉体の活動を一時的に休眠させるのだ。ためらっている余裕はなかった。

 ウリクル、お願い死なないで……

 目をつむりローラは全神経を集中させる。額が熱いくらいに感じる。

 

「マスター……」

 

 見守るエルカセットとハロをほのかな光が照らし出す。

 ローラに異変が起きていた。全身がほのかに光を帯び、光る粒子が指先から両手を覆う。その光がこぼれだしてウリクルの体に落ちていく。

 そしてローラは浮遊感に包まれていた。

 目の前にウリクルの存在やエルカセットの存在も感じとれるがローラ自身の体がここにあるかも定かではないフワフワとした感覚。

 黄金の光に包まれ、意志あるかのように光る粒子が世界に舞い踊っている。その中心点がローラのいる場所だ。粒子は意思のままに動き活発に目の前で動く。

 視覚化された力だと感じる。その力を今や自在に操ることができる。意思を受けた粒子がウリクルに集中していく。

 

(これがルシェミの力……)

 

 前に念話で教えられたルシェミの力──生体コントロールの秘技。

 マイトもまた古代超帝国より受け継がれた存在である。ダイバーパワーを操る魔導士から派生したマイトはその力を手繰り寄せ人々を治療する助けとすることができた。

 この技術はこれまで死を迎えようという重篤な人々を何千何万も救ってきた。生命を生み出し育む力なのだ。 

 今は助けとなるものは自分の手一つだけ。持ってきた医療キットでは何の助けにもならない。

 脳死は避けねばならない。ただそれだけに集中する。

 現実時間でウリクルの肉体は仮死状態に移行し血の流出が止まる。体内に流れ込んだ光は活動を止めることなく生命を維持する力へと変わった。

 だがこうしていられる時間は短い。すぐに運び出さなけれれば。

 額のチリチリする感覚と光の中で息を吐き出す。自分でも抑えきれない力を現状維持するのに精いっぱいだ。

 

「仮死状態に移行」

 

 エルカセットがウリクルの状態を報告する。

 

「ヤッタ。ヤッタ!」 

「わたしこれの止め方わかんない。で、止めるわけにもいかないんだ。どれだけ持たせることができるかわかんないし……」

 

 こうしている間も敵がすぐ近くに迫っている──判断を下すしかない。

 力の放出はまだ続いていて集中を切らすわけにはいかない。

 エア・バレルを下りたときに信号は送っている。味方も向かっている。ここを乗り切れば──

 

「動くんじゃない」

 

 ローラの背後で野太い男の声が響いた。振り向けばミミバの男二人が立っていた。集中のあまり気が付くのが遅れたのだ。

 エルカセットが捕まって腕をひねられる。 

 

「イタっ!?」

「オイ、ナニスルコノヤローっ!」

「何だこいつ?」

 

 エルカセットを捕まえるミミバにハロが体当たりするがあっさり弾かれる。もう一人に蹴り飛ばされハロは茂みの中を転がっていく。

 

「コンナノユルサナーイっ! ゼッタイユルサナーイ!」 

 

 光剣の柄がエルカセットに当てられる。

 

「娘、動くなよ。ファティマを殺すぞ……ウリクルを渡せ」

「卑怯者……」

 

 睨むローラに汚い歯をむき出しにして一人が下品な笑いを浮かべる。

 そのときだ──凄まじい爆発音が男たちのはるか背後で響き衝撃の波が過ぎ去り風が木々を大きく揺らした。

 遠くで渦を巻いたそれは一瞬のできごとだった。あまりの破壊にローラは広げすぎた感覚が麻痺する。

 そして地を蹴り高速で迫る存在があった。

 

「何だっ!?」

 

 振り向いた男たちの顔が驚愕に歪む。

 

「え?」

 

 ローラは目を疑う。闇から太い腕が二本突き出て二人の男の首を掴み持ち上げた。

 エルカセットは開放されて地面に投げ出される。

 

「あ、が……」

 

 持ち上げられた二人がビクンビクンと痙攣する。ミシミシという骨が軋むいやな音が響く。男たちの背後にいる男の顔は陰になって見えない。

 誰がいる? ローラはそのシルエットに目を凝らした。

 

「げげ?」

 

 その姿には見覚えがある。右目眼帯に三角体型な太り体型。確かケサギと呼ばれていた男だ。

 ここまで自分を追ってきたわけ……? どうしよう、逃げなきゃ……ウリクルは置いていけない。どうにかしないと。

 骨が無残に砕ける音が響く。喉笛を潰されて絶命していた。

 

「あー、ばっちー」

 

 騎士級の力を持つミミバ二人をあっという間に屠り遺体は投げ捨てられる。

 

「でへへ。そ、そこにいるのがウリクルか?」

「何しに来たの?」

 

 ウリクルを背に警戒して一歩下がる。戦闘態勢だ。

 でも、とうてい敵わない……

 ケサギの耐久力はかなり分厚い脂肪も含まれているのだ。宇宙ステーションでの立ち回りは僥倖だったと言えよう。

 エルカセットが伺うようにローラを見る。それに首を振って返した。

 

「ゆ、ゆーめいなファティマだな……モラードのウリクルっ! で、お前もモラードの弟子だな……」

「そうだけど……」

「だよな! じゃあ、そういうことで……」

「はい?」

 

 ケサギが背を向ける。

 あっさりと隙を見せて拍子を抜かれる。

 

「戻んねえとよ。時間切れだ、な……! カエシに怒られるん……だ」 

「ちょ、ちょっとぉ!?」

 

 ケサギが森の中に飛び込み、あっという間にその気配は消え去っていた。ローラは呆然と見送るのみだった。

 

「マスターっ! 味方の増援来ます。三時の方角!」

 

 エルカセットが指さす方に光を確認する。

 

「あ……エル、ライトをっ!」

「はいっ!」  

 

 エルカセットが付けた強烈なライトが空に向けて放たれる。すぐに味方は気が付くはずだ。

 それを見て、もう安心だという思いにローラは胸がいっぱいになる。

 

「良かった……これで」

 

 あれ……何だろ、立ってられないや……まぶたが急激に重くなって肉体のコントロールを失う。

 周囲が騒がしく聞こえる。地上に降りた部隊の捜索の明かりがそこにぼんやりと見える。けれど自分の感覚はどんどん遠のいていく感じがした。

 

「マスター?」

 

 ふらり、とローラの体が浮いて倒れこむのをエルカセットが慌てて受け止める。

 ローラの意識はそこで途切れていた──




悪党どもには死を! 次回、サード怒りの神砂嵐(ブレイクダウンタイフォーン)が炸裂する!!(´・ω・`)

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