転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【14話】奇跡の方程式は

 高ーい天井が見えた。いや、天井に見下ろされてるのかしらん? アホなことを考えてローラは広い部屋を見回した。

 窓側が全ガラス張りの遠望がくっきりはっきり見える室内。そこから見える景色は遠くに山の稜線にヤース市内の一部だ。

 一息吐き出す。部屋はやたらと静かで外の気配は伝わってこない。情報ゼロでまったく落ち着かなかった。

 

「よっこらせ」

 

 ベッドから体を起こすがやたら重く感じる。寝すぎるくらい寝た感覚だ。

 パジャマは自分のだが私物とかどこにあるのか不明だ。

 全身の力を生き渡らせると軽く体操をする。不調感は和らいですぐに動けそうなくらいになった。

 素足でぺたぺた音を立てて窓の外を眺める。ここがコーラス城なのは間違いない。眼下に警備に立つ騎士とか宮廷の人たちがいる。

 外はすこぶる快晴です。

 呼び鈴があるのでそれを押す。誰かを探しに行くとこの手のサイズの建物では迷子になるのがローラの定番である。

 え、ならない?

 

「ずいませ~~~ん。お腹減った……かな」

 

 ぺったんこのお腹をさする。そーいや最後にご飯食べたの……いつかしらん?

 記憶がなんか曖昧だ。森でのことがずっと昔のように感じる。

 そう、ウリクルだ!

 思い出して扉を開けようとしたら勝手に開いた。そこにここにいないはずの人物がいた。

 

「モラードせんせー?」 

 

 何故ここにいるのー? アドラーから一週間はかかるのですが……

 

「ようやく起きたか寝坊娘っ!」

 

 ぐしゃぐしゃとローラの頭をモラードがかき回した。元より寝癖のついた頭が乱れて収集つかなくなる。 

 ずかずかとモラードが中に入る。

 どうしたものか考えるが、とりあえず扉を閉めよう……

 

「座れ。まだ本調子じゃないだろ?」

「え? はあ……」

 

 指定されたソファに二人並んで座る。

 うーん、ふかふかだ! VIPクラス間違いなし!

 

「お前さん、自分が何したか覚えとるか?」

「はい。ウリクルさんの代謝機能に干渉して……」

 

 仮死状態に移行させた。自分でもびっくりするくらいの力が出たんだっけ。

 

「ちょっと診せて見ろ。うん……」

 

 モラードが手を伸ばしてローラの診察を始める。

 変な感じ。お口をあーんと開ける。異常なんてありませんよー。 

 終わる頃にグーっという逆らいようのない音が部屋に響いた。

 お腹ぁ……

 

「後遺症はないようだな。立派立派。だがいきなり食ったりするなよ。たっぷり八日は寝てたんだからな」

「よーか?」

 

 ひーふーみのよー? 八日も!? うーん、一週間以上とか寝すぎでしょさすがに……

 

「力の暴走が起こったのさ。何だってエネルギーには限界量がある。マイトの治癒能力は使い手の生命エネルギーを根源としている。ダムの水は補填するまで時間がかかるものさ。使いすぎは生命力を削る」

「後遺症って? 深刻な影響があるんですか?」

「記憶はなかったりするか?」

「いーえ」

 

 ゆっくり思い出せば全部憶えてた。 

 

「どこかに異常は感じるか?」

「いーえ」 

「若いうちはなんだって加減がわからんもんさ。たいがいはエネルギーが枯渇しても回復量が上回るようになってる。使う力の大きさに対して組み上げるエネルギーの均衡が取れなくなると病になる。ローラちゃんはピッチピチのギャルだから全然平気だがな」

 

 言わんとするところは分かった。マイトのかかる病でもそれは運命病と呼ばれるものだ。

 それとギャルじゃねーから。

 

「ごめんなさい……」

 

 きっと心配かけたのだろうと素直に謝ることとする。

 

「お前の判断は正しかった。あの状況でできることすべてをやったんだ」

「ウリクルさん……は?」

 

 聞くのが怖い……でも聞かなくちゃ。

 

「後で会わせるさ。一人前の仕事をしたんだ。胸を張っていいぞ。無論、俺の指導のたまものだがな! ガハハ!」 

「はいはい……」 

「食事を持ってこさせる。食ったら皆に会えよ。もう十分寝たろ?」

「はーい」

 

 運ばれてきた食事の匂いでペコペコは最高潮だった。慌てて食べず、ゆっくり噛んでココアを胃に流し込んだ。

 モグモグ……うん、美味しい~~♪

 普段なら何気ない健康的な食事が命の洗濯のようにも感じる。

 復活っ! ローラちゃんだ~~

 食事中は席を外していたモラードが扉を開けて、順番だぞと後ろに声をかける。一番に飛び込んできたのはハロとリョウだった。

 馴染んだモーター音が響いてハロが弾んで手の中に収まった。

 

「ローラっ! ゲンキ、ゲンキ?」

「元気だよー。君たち、よく頑張りました」

 

 ハロにチュウしてやる。

 すると手の中でブルルンとハロが震動する。感情を表現するためにつけた機能でいくつかパターンがある。

 今のは照れてるっぽい?

 

「サードとウリクルを守ったね。君にしかできないことをやり遂げたんだよ。誇りに持ちなさい」

 

 ペンペンとメタルなリョウの感触を確かめる。

 

「ホコリ? ジュノーン、スゴイヤツ。ナイテモメゲナイヤツ! オレノオトウト! オレノホコリ!」

 

 ピポピポと電子音を忙しなく鳴らしてリョウがローラの周りを回る。

 

「エルネエサン、シンパイシテタ! ズット、ズット、ローラノソバイタ。ズットイタ」

「エル……?」 

 

 部屋の外にいるのだろうか? 何で入ってこないの?

 

「外見てくる」

 

 ハロを放るとリョウが空中でコントロールして制御する。

 戸は少し開いている。その隙間からローラは外を覗いた。幅の広い廊下が見える。

 話し声が聞こえた。モラード先生が向こうで誰かと立ち話をしている。顔は見えないけど服装からヒュードラー博士だとわかった。

 博士とも話したいけど今はエルカセットが先だ。

 あ、いた……モラード先生とは反対の通路に二人の少女が立っているのを見つける。

 一緒にいる少女はクローソーだとわかった。エルカセットは後ろ姿だけど、ゆるふわヘアーのファティマは珍しい。

 見慣れたイエローを下地にしたホワイトカラーのデカダン・スーツはエルカセットだ。

 

「エル?」

 

 その声に反応してエルカセットが振り向いた。

 

「マスター……」

 

 か細い声で応える。その目は少し赤くて……どこかやつれて見えた。

 

「エル……」

  

 踏み出してその腰に抱き着いた。香るのは花、エルカセットの匂い……ぎゅーっと抱きしめてお腹に顔を埋めた。

 本当に長いこと会っていなかったような気持ちになる。

 

「ごめんね……心配かけて。ずっと一緒にいてくれたの?」

「当然です。大事なマスターですもの……私……もう目を覚まさないんじゃないかって……」

 

 エルカセットの声が震える。顔を上げるとエルカセットの頬に光る雫が落ちた。

 

「ここにいるよ。ちゃんとここにいるから」

「はい……」

 

 じゅうたんに膝をついたエルカセットの顔が目の前にあった。目の下にクマができるくらい痛々しい姿だ。 

 

「寝てないの?」

「全然へっちゃらですぅっ! えへへ」

  

 天蓋の光が二人に降り注ぐ。お日様の中にいるみたいなエルカセットの髪をローラの指が梳く。

 その二人の姿をクローソーが優しく見守る。 

 

「もう安心して。あんなこともう起こさないから。だから、今は”お休みなさい” エル……」

「……っ!」

 

 エルカセットのヘッド・クリスタルにローラの指が触れて光の粒子が散った。

 華奢な体をローラは受け止めて抱きしめた。耳元でエルカセットの安らかな吐息を感じる。

 

「かんどーの再会だったか?」

 

 モラードだ。ヒュードラーの姿はない。

 どうしたんだろうと首を傾げるが、また後でいいやと思い直す。

 

「俺が到着したときにはかなり衰弱しててな。寝ろと言っても言うこと聞かなかったんだぞ。運んでやる。クローソー、戻ってサードに準備ができたと伝えてくれ」

「わかりました」

 

 クローソーが頷いて立ち去り、モラードがしゃがんでエルカセットを抱き上げると歩き出す。

 その後にローラが続く。行くのはモラードが使っている客室だった。

 

「これからサードの奴に会うが、あいつめ、もっと反省させないと気が済まんぞ。俺の娘を傷つけおって! そこでだ、お前にも一つ協力してもらうぞ。かばんにシーツ入ってるから取ってくれ」

「はーい」 

 

 ごちゃごちゃ入ってるカバンを開ける。目的のものを見つけてベッドの上に広げるとエルカセットはそこに寝かされる。

 シーツはファティマの敏感な肌を傷つけない素材でできている。

 

「協力って??」

「耳かせ、耳……」

 

 他に聞いてる人いませんが……ごにょごにょとモラードが耳元へ囁く。

 

「え? え? ええ~~~~~~~~っ!?」

 

 ローラ驚きの声が響き渡るのであった──

 

 

 医務スタッフが控える部屋にコーラス王夫妻が姿を現してローラはいくぶんか強張った顔で出迎えた。

 ファティマ用の医療ベッドにはウリクルが寝かされている。無菌状態を保つためにガラス越しにしかその顔は見えなかった。ウリクルと外界は完全に切り離されている。

 重苦しい空気の中で初めにモラードが切り出す。

 

「怪我の方はどうだ。痛むか?」

「おかげさまで。ウリクルのこと済まん……私がいたらぬばかりに辛い思いをさせた」

「命に別状はない。が、このまま目を覚ましてももっと辛い思いをさせるかもしれん。お前さんもウリクルもな」

「モラード先生! ウリクルは目を覚ますのですよね? どうか仰ってください!」

 

 エルメラの問いかけにモラードは渋面で応える。

 

「すぐには難しい……」

 

 エルメラの肩にそっとサードが手をかけるとエルメラは下がってその手を握り返す。その様子を見ながらモラードは続ける。

 

「幸い脳死は免れた。ローラがいなければウリクルは死んでいただろう」

 

 ローラは注目を感じる。背負った重責で舌がからっからだが幸い喋る必要はなかった。

 

「だが、記憶には重大な障害が残る……お前のことを憶えてはいないだろう。記憶が戻ることもないかもしれない」

「モラード……それでも私は……ボクは彼女が生きてくれたことに感謝している。たとえすべてを忘れてしまっていても」

「再生にはまだ時間がかかる。記憶の修復は望めないかもしれん。だが、ウリクルならばもう一度お前のことをマスターと認めるだろう。やり直すことは可能だ。最初からやり直すんだ」

 

 残酷な事実をモラードは淡々と告げた。エルメラが顔を覆ってサードの胸に顔を埋める。

 

「モラード……彼女と巡り合わせてくれたこと。かけがえのない思い出をくれたこと……これまでのことすべてに感謝している」

 

 その声に苦渋の響きが混じっていた。ローラはサードを直視するのが辛くて外に目を向ける。 

 

「けれど……ウリクルは新しい人生を送るべきだ。ボクのことを忘れてしまったとしても、たとえもう会えないとしても……」

 

 腕の中の妻をいたわるようにサードはエルメラの肩を抱き寄せる。 

 

「モラード、ボクはもうファティマを迎えることはないでしょう……さようなら、ウリクル。君の新しい人生に祝福がありますように……だが、もう騎士でいることはできそうにない。そしてローラ」

「はいっ!?」

「ありがとう。彼女の命を繋いでくれた。感謝してもしきれない」

「いえ……」

 

 視線を足元に落としローラは応えた。モラードとの短いやり取りの後、二人が出ていく姿を見送った。

 二人だけになってモラードは大きく息を吐き出した。ため込んだ重い空気を散らすように。

 

「つーわけだ。ちょっとやりすぎた気もするが、夫婦の絆は深まったようだなぁ」

「せんせ~~! もーこんなお芝居勘弁してよ! あんな大嘘ついてっ!」

 

 ローラがドキドキしたのは他でもない、モラードが語った話はとんでもない大ウソなのだ。

 

「これはウリクルも望んだことだ……そうだろう?」

「それでも……」

『ありがとうございます。モラード先生。そしてローラさん……』

 

 ウリクルの声が頭に響いた。その声は念の声だ。

 ルシェミの波長を合わせた者だけが結びつくことが可能な特殊なテレパシーの一種だ。

 

「あなたはそれでいいの? 大好きなサードと一緒にいられなくなっちゃうんだよ?」

『いいんです。私もマスターと一緒にいたい……けれど、私がいることで奥様を大変苦しめてきました。サードを奥様にお返しする時が来ました。だから、私はお父様にお願いしたのです』 

 

 記憶が消えたというのが大ウソだ。この選択が正しいことだったのかはわからない。 

 ウリクルが願い、モラード先生が協力した。わたしも共犯者として片棒を担いだ。

 決して誰にも明かせない三人だけの秘密──それこそお墓の中まで言えないようなことだ。

 

「王妃が無事に世継ぎを生んでコーラスが落ち着くまでの辛抱さ。そんでほとぼりが冷めた頃にだ。あれ? ウリクルの記憶が治っちまったぞーって返してやればいいのさ。それで万事上手くいく」

「マジで言ってるのが怖い……」

 

 ずっと黙ってるのすごくきつかったんだから! どーしてそう涼しい顔であんなこと言えるんだか……先生の胃は超鋼鉄でできてます…… 

 サードをこらしめるにしてもちょっと手が込みすぎ!

 

「それまでウリクルの記憶は封印する。名前も変えてな。秘密を知るのは俺とお前だけだ。後は時間と家族が解決してくれるさ」

 

 してやったり顔のモラードがニシシと笑う。

 ベッドの中のウリクルは心なしか微笑んでるようにも見えた。 

 

「あーそうだ。ローラちゃん、一つ言い忘れてたわ」  

 

 今度は何?

 

「えー、何ですかー?」

「ヒュードラー博士から伝言があった。今日発つからよろしくってな。午後最初のバス便で行くって言ってたぞ」

「え……?」

 

 何で? 今何時……お昼過ぎの最初の便ってもう来る時間じゃないっ!

 

「先生、早くそれ言ってよっ!」

 

 ローラは部屋を飛び出す。駆けて表に出ると門に通じる通路を真上から見下ろした。

 いたっ! 見覚えのあるトランクを持った女性が点のようだが見えた。高台から下の通路に人がいないことを確認してためらうことなく跳んでいた──

 

 

 手荷物のトランクを押してバルター・ヒュードラーはコーラス城門へ向かって歩き出した。午後の日差しがくっきりとその影を地面に映し出す。

 置いてきた未練は後ろ髪惹かれる思いだが、もはやここに彼女の居場所はない、と思い定めてのことだ。

 ふとその足を止めると門の警備所の壁に背を預ける人物を見た。ここしばらく見ていなかった顔だ。

 二人の女が向かい合う。旅装のヒュードラーに対してナイアスはタンクトップに迷彩ズボンの姿だ。

 

「とうに城を出たものと思ったが、まだいたのだね。ナイアス……ローラが心配だったのだろう? 彼女ならば先ほど目を覚ましたよ。会って行かないのか?」

「その荷物は? あんたはどこへ行くつもりさ? 尻尾巻いて国へ帰るのかい? あの子に別れは済ませたのか?」

「必要ない。もはや私は無用の存在となった」

 

 自嘲の言葉は自分に向けたものだ。

 

「そう思ってるのはあんただけかもしれないよ。ほら」

 

 こちらに向かって駆け寄る一人の少女の姿をナイアスが認めると、ヒュードラーも後ろを振り返った。

 

「ローラ……」 

 

 その名を呟き、待った。ヒュードラーの手前でローラは弾むようにして停まった。

 

「何で勝手に行っちゃうのっ!? まだわたしたちやらなくちゃいけないこといっぱいあるのに!」

「これは、私のけじめだ」

「けじめ?」

「笑ってくれ、トローラ・ロージン。私は自分が犯した過ちに背を向けることに決めたのだ」

「過ちって……何?」

 

 ローラとヒュードラーの視線が交じり合う。

 

「思いあがっていたのだ。私は、私がこの手で生み出したものが破れることはないと信じていた。あの奇跡の時間、ジュノーンこそが星団最高のモーターヘッドになると信じていた。例え未完成のエンジンでも三大モーターヘッドにも負けないものになると。だが、それは思いあがった幻想でしかなかった。私は散々に打ち砕かれた。今や残っているのは心に突き刺さった残骸でしかない」

 

 チリジリになった想いをヒュードラーは吐露する。

 

「その思いあがりの結果、ジュノーンは落ちた。私の落ち度が招いたものだ」

「違うよ」

「ローラ……」

 

 泣きそうな顔の少女をヒュードラーは見つめ返す。

 

「あなたは残骸なんかじゃないっ! ジュノーンをいじってるときの博士はすっごく輝いてたし楽しそうだった。わたしの知るバルター・ヒュードラーはこんなことでくじける人じゃない。くじけたって前を向いて歩ける人だよ。たった一回の失敗で諦めるの?」

「君に私の何がわかるのだ? 何を知るというのだ?」

「わかるよ。わかることだけを言うよ。あなたには最後までジュノーンを見届ける義務がある。ちょっと失敗したくらいでさようならなんてわたしが許さない。あなたは言った。カナルコード計画は始まったばかりだって。こんなことでくじけてる暇なんてない。もっと自分を信じて!」

「自分を信じるか……お笑い草だ。年端も行かぬ少女に説教されるとはな……だが、何を根拠にそう言い切れるのだ? ジュノーンは破壊された。私自身のプライドも……」

 

 ヒュードラーはローラに背を向ける。トランクを持ち歩き出す。

 

「待ってっ!」

「ぬぉほぅっ!?」

 

 トランクが倒れ、ヒュードラーも転んだ。その腰にローラが腕を回して止めていた。

 二人とももつれて転んでいた。

 

「何をする、ローラ!? 痛いじゃないか」

「諦めないでっ! 自分を信じられないならわたしを信じて。信じられなくても信じてっ!」

「君は滅茶苦茶言ってると自覚しているのか?」

「わたし……これまでわたしの理論を信じて理解してくれる人はモラード先生や身近な人以外では全然いなかった。どんなに頑張って説明しても、エトラムルがファティマを超えることを信じてくれる人はほとんどいなかった」

 

 既成概念という強固な現実にローラは何度も打ちのめされた。そんなローラにヒュードラーがメールで接触してきたのが始まりだった。

 その論理は確かでエトラムル理論を理解するものだけが書けるものだった。

 

「でも、あなたは真っ向から立ち向かってきてくれた。理論だけではダメだ。実証して結果を見せなきゃって思えたのはあなたがいたからだよ。認めてぶつかってきてもらえる。それがどんなに嬉しかったことか……」

 

「だから、今度はわたしがお返しする……わたしはあなたを信じる。たとえ失敗しても絶対成功するまで付き合うし見捨てたりしない! あなたが信じるものをわたしにも信じさせてっ!! カナルコード・プロト・ゼロの先にあるものをわたしにも見せてほしいっ!」

 

 必死な訴えの言葉にヒュードラは大きく揺れ動く。

 この少女はやはり……ローラこそ私の……クロスビンとモラードの関係のように……いや、それ以上のトローラ・ロージンという存在なのかもしれない。

 私は科学者だ。心のままに探し物を追い求める。そして絶対に求めていた答えを見つけ出す。その為ならばどんなことだって厭わない。

 そうだろう、バルター・ヒュードラー。幼き日にマイトの道を歩むと決めた日からそれは変わらない。

 フッと溜息を吐き出す。認めよう。今日は私の負けだ

 

「……失敗は一つや二つじゃ済まないかもしれないぞ? それこそもっと酷い失敗を繰り返すかもしれない」

「平気、失敗には慣れてるから。科学は一夜にしてならず、でしょ?」

「奇跡の方程式はない。純然たる数字こそが我らの武器だ」

「痴話喧嘩は終わったかい?」

 

 二人の間ににゅっと背の高い影が差す。

 

「ねーさん?」

 

 ローラは初めてナイアスがいることに気が付く。一生懸命だったので視界に入っていなかったのだ。

 

「立ちな。良い見物の的だよ」

 

 ナイアスが差し出した手をローラが握って起きた。通りがかって立ち止まっていた何人かの視線に少し恥ずかしさを覚えるが、騒ぎが収まると通行人はすぐにいなくなった。

 

「うん」

「見物も結構だが、こんなところでさぼっていていいのか?」

 

 尻についた埃を払ってヒュードラーは自分で立ち上がってトランクを起こす。

 

「あそこの喫茶店、新作のアイスを出してたよ。シャービンだかシューヒャービー? だかそんなの。夏季限定品だって。チョコレート、キャラメル、マンゴーに……あとは忘れた」

 

 後ろ指にナイアスが門の向こうを指す。

 門前近くの喫茶店だろう。近いので城に勤める人たちご用達の店になっている。城に入る前にナイアスたちが休憩した場所だ。

 日差しに長いこと照らされてすっかり暑さが浸透している。冷たいものの一つ流し込まないとやってられない。

 

「シェーファービンか? 雪花氷と書くのだ……口の中でふわっととろける薄氷にマンゴーが飛び切りの化学反応を起こす……素材そのものを凍らせた食感は独特のものだ。それを食べずに夏は語れない……」

 

 それは美味しそう……ヒュードラーのアイスうんちくにローラは本能をくすぐられる。

 サクサクアイスにトロリと濃厚な甘い味を連想し思わず喉を鳴らす。

 

「それ、美味しそう……食べたことないや」

「喉乾いたね、ジュノーの夏は蒸し暑すぎるよ」

「何をしている? さっさと行くぞっ! ああ、シェーファービンが私を待っているっ!」

 

 目くるめく甘い世界に心躍らせ、軽い足取りでヒュードラーは先頭に立つ。そして二人を引き連れて門を出ていくのだった。




二部一章完結──次章「反撃の風」編をお楽しみに(´・ω・`)

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