「己が覚悟を云々と幼子に説くは騎士の恥……」
コーラス城の騎士演習場に多くの人々が集っている。
黒騎士の演武が見れるとトリオの騎士や宮廷の暇人に賓客も混ざっていた。
ビュラードやソープにヒュードラーとナイアスの姿もその中にある。
「わくわく♪」
観客席のエストは高まる期待に両手をすり合わせる。
マスターの剣技を見られる喜びと、若くて才能ある「選別」へのドキドキだ。粋の良い素材が今日は三人も食卓に上がっている。
「だが、悪さをする輩にはオシオキあるのみ……光剣(スパッド)を取られよ」
腕組みして立ちはだかるロードスと対面する娘三人組はセイレイ、マロリー、ローラである。
悪戯の現行犯でおしおき確定となったが、もう一人のイェンテ王子はバッシュの掃除役で今は居残りをしている頃だ。
「ちょと、ちょっと待って……お腹の調子が悪い感じかな?」
腹痛をセイレイが訴えリタイアを表明する。
「姫様、観念なされよ。諦め時が肝心ですぞ」
ここに及んで悪あがきのセイレイに観客席から声が飛ぶ。
「じいのいけず……」
声をかけたのは庭師のコードレスだ。その隣にはアイリーンとトリオ騎士が何人かいる。
「セイレイ、先生に一手でも当てられたらいいもの上げますよ」
「ええ? いいもの?」
アイリーンの甘い飴にセイレイは瞬時にブレるのであった。
「あのー、帰りたいのはわたしも一緒なんですけど……」
強い気をローラはビンビンと肌に感じとる……
これまで会った騎士の中でも屈指の強さを持つと言って過言ではない。
これが黒騎士っ! どこにも付け入る隙がない。
三人でかかっても勝てるのか? ホントにデコ兄はこの人に勝つの?
逃亡するにも人目が多すぎる。仕方ないと諦めていつでも全力で動けるようにローラは呼吸を整える。
一手でも相手に届けばめっけものだ。周りの立ち回りを上手く利用すれば隙の一つくらい突けるかもしれない。
「その光剣はスタンモードに設定してある。マロリー、その背の太刀を使ってもよい」
「本気かよ?」
「本気で構わぬ」
「へ、ケガしても知らねえぞ。じーさん。遠慮なく行くかんな」
じゃあ、とマロリーが背の太刀に手をかける。
師の剣聖ディモス・ハイアラキから譲り受けたメイトウである。日の光を受けてギラリと刀身が輝いた。
黒騎士によるセイレイ王女への剣術指南が名目だが、おしおきの本命はマロリーであることは確実だ。
「とばっちりなんで帰ります。てゆーのは……ダメですよねー」
ローラはスタンモードのスパッドのスイッチを入れる。ブンと音を立てて光る刀身が伸びた。
「麻痺」モードなので切られても死なないけどメッチャクチャ痛いのに変わりはない。
「よろしい。騎士として武器を抜いて立ち会うことの意味。命散らし合う覚悟を決めていただく。三人まとめてかかってこられよ。それと先手も二手譲ろう」
観客席に向かってロードスが宣言する。
「そこは四手置いてもいんじゃない? あたしらショーチュー学生だしぃ。黒騎士様は手加減するべき」
マロリーが慎みゼロの要求をするがロードスは片眉を上げたのみだ。
「あー、ちょいまち! 作戦会議していいか?」
「では一分待とう」
「おめーら聞け」
マロリーが二人の頭を寄せた。三人顔を合わせてひそひそ会議が始まる。
「おい、じじーにビビってんじゃねーぞ。まずあたしが突っ込んでけん制するから、回り込んで、こうやって挟みこめ」
マロリーが指先で地面に作戦を描く。単純明快すぎて作戦というほどのものでは無い。
「そんなてきとーな……」
「一か八かかなぁ?」
セイレイはもーどにでもなれ、という感じだ。
「やんぞ!」
猶予一分の会議終了。それぞれがロードスとの間合いを測って離れる。
センターはマロリー。レフトはセイレイ。ライトにローラが配置する。
黒騎士はどう来る? 動け、動け。わたしは動くことができる!
騎士のスイッチは入った。この全力がどこまで通じるのか……
マロリーの動きは捨て駒として考える。連携するセイレイとの位置が重要だ。
三人まとめてっても一度に相手できるのは一人だ。
いの一番にマロリーが突っ込んだ。二人がロードスの死角を狙って動く。反時計回りの針のように同時にだ。
どちらかが視線に入っても一人が死角を付ける位置だ。すでに位置は取った。
四分身から入ったマロリーの打ち込みをロードスは捌ききるがそこから「動かない」。
「今だ!」
取った死角。ロードスの無策の不動を疑問に思う時間はない。
マロリーのけん制攻撃でロードスの動きは抑えた。間違いなく今しかないという攻撃のタイミングだ。
ロードスが構えたと思った瞬間、渦を巻いて回転する。放たれたのはタイフォーンの嵐だ。
「スパイラル・ソニックブレード二連!」
観客席のナイアスが叫ぶ。
嵐の渦がセイレイとローラ目掛け襲い掛かってくる。
「わわわ?」
攻撃のタイミングを失い、ローラは吹き荒れる嵐が足元を浮かせようとした瞬間跳んだ。セイレイも同様にソニックブレードを躱している。
が、そこで動きを止められた。
今狙われたら……と覚悟するが次の攻撃はなかった。
『いーかローラ。騎士ってやつは足が命なんだよ。足を止めて仕留めるのがセオリーだ。技ってやつはそのためにある。大技ぶちかますときはぶっ殺すだけじゃねえ、足を止めて、浮かせて、転がして仕留めるのさ。基本ってやつだ』
デコにーのレクチャーを一瞬だが思い出す。
黒騎士は動いてない!
あれはこっちを分断し足を止めるためのもの。嵐の渦を放つことでロードスとマロリーの一対一を作り出したのだ。
「くそっ!」
マロリーはロードスの光剣を体をひねって躱しその反動を以って地を蹴る。刃が黒騎士に迫る。
「チェストぉっ!」
「機」の瞬間も、「気」も十分に乗った自信満々の技の冴えだ。
「上手い」というアイリーンの言葉にエストが「飛燕剣」と呟く。
マロリーから放たれた必殺の飛燕が軌跡を描く。ハイアラキの秘剣と呼ばれるその太刀は生涯無双を以って知られた技である……が。
「散らし雲……黒船」
ぞくぞくする身を両手で抱いてエストは息を吐き出す。
黒騎士の真骨頂──飛燕剣に対する最高の返し技。ロードスが数十年という歳月をかけて完成させた秘技「散らし雲」──
飛燕は打ち落とされた。そして剣陣となった乱れ撃ち「黒船」がマロリーに襲い掛かる。
黒騎士の内力が剣気となって場外の席にまで届く。気の弱い者はめまいを覚えるほどであった。
対処しようにも黒騎士の剣撃の凄まじさにマロリーは黒い剣陣を破れずに吹き飛ばされる。
「おおっ!!」
観客席から声が大きく沸き上がった。
体のバネを使ってすぐに起き上がるがその太刀は根元から折れて地面に転がった。
「げ……」
柄に残った白刃の欠片がマロリーの顔を映し出す。
勝負あった。マロリーの完全なる敗北だ。打ち砕かれたのは剣だけではない。マロリーの自信まで木っ端みじんとなって散っている。
だがセイレイとローラは健在である。二人ともそれぞれの位置で機会を伺う。というより動けないでいた。
「ええい、ままよ!」
セイレイが動きローラも攻撃を繰り出すが、互いにぎこちなく連携が取れていない。
残像のセイレイが足を使ったデルタ・アタックを仕掛けるが、動きを読んでいた黒騎士が一閃する。瞬時にしてセイレイのスパッドが宙を舞う。
ローラはセイレイが仕掛けたと同時にスパッドをロードスへ投げつけ走った。自棄に近い特攻だといえる。
ロードスはセイレイの攻撃を捌くと同時に投げられたスパッドを弾くが、黒騎士の三つ巴入りコートのボタンが突然弾けて散った。
「出たぁ~ ストラト・ブレードっ!」
キャッキャとエストが大喜びで手を叩くと二つのスパッドが同時に落ちる。
ロードスの遠当てを受けた二人が吹き飛ばされ受け身を取ってコロコロと転がっていく。
わずか数瞬の攻防であった。
黒騎士に一手を与えた少女に観客席がどよめいて囁き合う声が聞こえた。
「むうっ!?」
破れたコートの穴に一杯食わされたとロードスが声を上げる。
ストラト・ブレードは滅多にお目にかかれない搦め手技だ。ローラの兄デコース・ワイズメルの技でもある。
前にデコからレクチャーを受けてから暇を見ては練習したものだ。ストラト・ブレードの爪の垢ほどは習得していた。
連携は絶望的と見て、ロードスの動きをギリギリまで見計らって放ったローラ取って置きの一撃であった。
でもそれが精いっぱい。黒騎士の間合いに入ったのは一瞬だけであった。
「わしの一張羅コートが……」
ロードスが残念そうに呟く。ボタンは二つほど弾けてなくなりねじ切れて穴となっていた。
もう数センチ踏み込んでいたら危ないところだが黒騎士の勘がコートのみで済ませたと言っていい。
「ううむ、伏兵は思いもよらぬところからか……まったく若いのにえげつない技を覚えよって。だが終幕はわしが締める」
仁王立ちのロードスが三人に宣告する。
「風がざわめいて……止まった?」
セイレイが肌でロードスの変化を感じ取って下がるとローラと並ぶ。
「ええ?」
ローラもまた予感めいた感覚に息を呑んだ。次に繰り出される技はおそらく「回避不可」。黒騎士が放つ最大の技のはず……
黒騎士が放っていた気は今はまるで静かで収まったように見える。が、実は内に収めた気を再度増幅させているのだ。
ローラは息を吐き出すことも吸うことさえも苦しさを感じていた。それは本能で感じた「恐怖」からくるものだ。
ここにいる全員が同じ空気を感じ取っていた。
「来るぞ」
強張った顔のマロリーが折れた刀の柄を投げ捨てて身構えた。
多くの人々が「立ち合い」最後の黒騎士の技を見極めんと刮目して見守る。
「いいんですか、ビュラード? あなたの大事な妹でしょう?」
「まあ、な。だが、あいつも一皮むけるだろうし。黒騎士侯なら心配ないさ」
ハハ、とソープに笑い返しビュラードは無精ひげをこすった。
「それは来るとわかっていても防ぐことはできない。そして思い知ることになる、自らの未熟さをね」
腕を組んでナイアスが目を細め、隣のヒュードラーが嘆息する。
「まったく君たち騎士というのは相変わらず理解しがたい生き物だ……死ぬかもしれないのだぞ?」
「性ってやつなのさ」
それぞれが独白し、観客席の入り口にコーラス・サードが略装で姿を現した。
「剣を継承し伝えていく。相応しくない者には時には死を以って。コーラスに生まれた者は代々その伝統を守ってきた。ボクの場合は友人からだったがね」
「陛下」
コーラスの登場に気づいたコードレスが声を上げると周囲が礼を以って出迎える。
「その技を以って本日の宴の開始としようではないか。今日は良い風が吹いている」
鷹が舞う青空に片手を挙げてサードが告げるのだった。
◆
そして──黒騎士が放った伝家のブレイクダウン・タイフォーンが会場の人々の度肝を抜いた。演習場に吹いた嵐の渦が三人娘を瞬時に吹き飛ばした。
黒騎士が王に替わってセイレイ王女へ技を伝え、マロリーの慢心を打ち砕いた。加えてローラも手も足も出すことなく昏倒させられる。
黒騎士はいまだ健在なりと会場の人々に知らしめるワンシーンとなった。
ようやくローラが目を覚ましたとき、すべてが終わった後だった。
「プニプニ」
「ふあ……」
細い指が寝ぼけるローラの頬を突っついた。わりかししつこいのでローラはすぐに目を覚ます。
「はえ?」
「ウフフ~」
パッチリ目を開けると頬杖ついたラキシスさんがいた。会うのはバストーニュ以来である。
フリフリにおめかしモード全開なのはソープのためだろう。
「あの……何でしょう? ラキシスさん?」
「め~覚ましたぁ~ ローラちゃん、アイス食べる? アイスボックスで買ってきちゃった。すっごく美味しかったよ~~」
「はい? 頂きます」
「じゃあ、一緒に食べようね。女子会開始~~♪」
「今からですか……」
起き上がる。自分の部屋だと確認する。
セイレイとマロリーさんはどうなったかと気にはなったが、自分が平気なのできっと大丈夫だろう。
それより……ラキシスが持ち込んだアイスボックスはなんか大きい。
「はい、これはラキシスのお勧めなのです! きっとヤミツキになるよ~~」
「はえー」
ずも~~んと入れ物いっぱいにこれでもか、というくらいトッピングされたアイスの山がローラの頭くらいある。
「あのね~~ ストロベリイショートと~ ミントチップとね、チョコマーブルに~ 抹茶ラズベリ~~だよーん」
だよーん、って。早速食べてますし。ていうかもう食べたんじゃ……食っちゃ寝プリンセス恐ろしい子!
「あのね、ソープ様。コーラス陛下と大事なお話しててラキシスにはチンプンカンプンなのです。壊れちゃったジュノーンにL.E.Dのエンジンを載せるんですって。あ、L.E.Dっていうのはソープ様が作ったナイト・オブ・ゴールドの弟? みたいな? そんな感じなの」
「そうなんですかぁ」
とりあえず、この目の前のずもーんを始末しなければとローラはスプーンを伸ばす。
「んでー、ここにはクリサリスさんと、ウラッツェン君と、シャーリィと来たんだ。クリサリスさんはA.K.Dの偉い人なんだよ。で、ウラッツェン君はカッコイイんだ~~ シャーリィは優しくてえ。お城のみんなもね、すっごく優しいの。ハインドさんがへーか。ソープ様の所に行っていいって言うのでラキシスはジュノーへ来たのです。でも、ソープ様忙しそうで遊んでくれそうにないのです」
「それはさみしーですね」
「なのです。シャーリィもどっかに行っちゃったし、とてもとてもさみしーのです。だからローラちゃんはラキシスといっぱい遊ぶのですよ?」
ソープさんの代わりにお相手をしろと?
……ジュノーンの改装でしばらくはかかりきりだろうし、わたしも取り立てて用があるわけでもない。
ゲームするならエルカセットもリョウもいるから暇つぶしの相手はできるだろう。
「あっちでみんな宴会やってるから後で覗きに行こうね。みんなで今頃お提灯さんになってるよ」
「ラジャーであります! 姫様」
ローラは敬礼を返し、二人はアイスを完食するのでした(まる)