戦局はついに最終局面を迎えようとしている。マイスナー領に居座っていたハグーダ軍のMH部隊がアトキへと集結しつつあった。
力を取り戻したコーラス軍の戦力展開に耐え切れずハグーダは補給と前線を一本化する作戦に出たのだ。
コーラスはアトキ奪還のための総力戦を仕掛けることを決定する。
味方するのはA.K.Dとトラン連邦。友好国であるミランとイラッドにピーチカート公国が新たに参戦を表明したことで大連合軍が結成される。
首都ヤースには巨大な戦力が集中しつつある。この二日の間、味方のMHが続々とコーラス城へ到着していた。
デルタ・ベルンからはミラージュのイマラ・ロウト・ジャジャスが「荷物」を持って入城し、トランのMHブランジとクローマが降り立った。
それらのMHが居並ぶ姿をサードが眺めながら「壮観」だねと呟く。
「まるでモータヘッドの博覧会のようだ。コーラスがA.K.Dやトランと共に戦うなどかつてないことだよ」
「この借りは大きいですな。デルタベルンの光皇自ら乗り込んできているのですから。それにこちらのベルリンも定数が揃う。マイスナーが踏ん張ってくれたおかげよ」
「臥薪嘗胆といったところです。ハグーダが領内で粘ってくれたおかげで得た隙でしたから」
マイスナー女王がルーパスに返す。
巨大な戦力を動かしたハグーダ軍も一枚岩ではなかった。むしろその戦力を持て余したハグーダのおごりを突く形で得たチャンスであった。
時に待つことが重要な局面を掴むこともある。マイスナー領にこだわって敵はコーラスに侵攻する機会を逸したのだ。
「借りられるときに借りられるのはいいことだよ。噂に聞いたL.E.Dミラージュをこの目に見られるのだからね」
「ホーンド・ミラージュの後継機ですかな? 何でもアマテラス自らが設計したとか。まったくサードとは気が合うわけよ」
「かの御仁の才能には私などはるかに及ばないよ」
ルーパスにサードが返し共にMHを睥睨する。多くの人間が走り回っている。
「それに彼らも私たちが受ける恩恵以上のものを持ち帰るでしょうし」
「A.K.Dもトランもジュノーにおける高湿地でのレポートがしたくてたまらなかったでしょうしな」
「まあ、そんな政治家のようなことを……」
二人が笑い、それを見ていたマイスナーが呆れるのだった。
「私も本来ならば出陣すべきなのだがね……友軍に頼りない盟主と思われていないか心配だよ」
「サード、お加減は?」
身を案じてマイスナーが問う。怪我をした身でコーラス禁断の技を使ったせいで一時期体調が思わしくなかったのだが、今では国民の前で演説するくらいには快復している。
「だいぶ良いが、戦場に立てばエルメラを心配させてしまうからね。ジュノーンの力は我が子と子孫のために取っておくよ。それにもうファティマを娶るつもりはない。ボクは騎士を廃業した身だ。贅沢は言いませんよ」
「ふむ、最近は王妃に尻に敷かれているようで結構結構。奥方にうまく躾けられたようですな」
夫婦の仲が一時期冷たい関係であったことをルーパスは憂慮していたが、近頃は仲が良すぎるくらいの夫婦となっていた。
それこそセイレイが赤面するくらいのアツアツぶりである。
ファティマの存在が夫婦仲を裂くことを考えれば、ウリクルの後添えにクローソーを推す声をルーパスは握りつぶすこととしたのだった。
混迷した戦の中、今はコーラス王家内の結束を強める時期と判断したのだ。
守護神ジュノーンとクローソーは次代の王が引き継ぐことになる。
「では、ボクは地下にいるソープ君と内容を詰めてきますから後は任せますよ」
サードがいじられてはたまらないとそそくさと逃げだすのだった。
◆
「セイレイ~ あんたさぁ、二日も寝込んでたってホント~? 助けて~~黒騎士こわーいっておねしょシーツに地図作ってたんだって? うわ、ハズカシ~~」
オーバーアクション気味にマロリーがセイレイを挑発する。セイレイが復活してきてさっそくマロリーがからかっている。
そこにローラも加えて最近定番となったトリオ娘の完成だ。
クローソーがようやく起きたセイレイをここに連れて来たのだ。ちょっと久しぶりな感じ。
庭を見下ろすテラスにはエルカセットやリョウもいる。
「はいっ? 寝込んでなんていませんし、おねしょもしてないわっ! てきとーなこと言わないでちょうだい。どっかのいっしゅーかん寝てた誰かさんじゃないですからっ!」
「はいー? わたしのこと言ってますかぁ? あ、イマラさんだ」
「いっ!?」
ローラが指差すとマロリーがとっさに机に下に伏せる。
「ふ……」
もはや条件反射。パブロフの犬だ。姐御連が怖いのか避けまくっているので良いからかいの的となっている。
「ん? 誰も来てないけど?」
後ろを見てセイレイが首を傾げる。
「てめーローラっ! 嘘つきやがったな。こうだっ!」
「いだっ! このー!」
容赦なきデコピンがローラの額に炸裂し、やられっぱなしではないとローラが掴みかかるのであった。
もう年上だろうが何のその遠慮なしである。ドッタンバッタン二人が絡み合う。
「ありゃりゃ……」
「喧嘩するほど仲が良いですね」
「ナカガイイ! ナカガイイ!」
ポンポン跳ねたハロがセイレイの腕の中に収まった。
「そうなのかなぁ……?」
取っ組み合う二人は諦めてセイレイはハロを抱えて庭がよく見える位置から真下を眺めた。その隣にクローソーも並ぶ。
談話ルームの周囲には他にも客人たちがいた。ここ数日で客人同士もすっかりと打ち解けている。
ミラージュのレオパルト・クリサリス公(いかにも堅物っぽい!)と黒騎士ロードス・ドラグーンも酒の席で特に気が合ったのか親しい関係になっている。
その連れであるティータとエストも仲良く話している姿が見えた。
『おやすみ……ブラック・グラード……』
「あれ……? 何?」
「どうしたの、クローソー?」
「今、声が……」
「声って? うるさいよね……めーわく考えてほしいわ」
セイレイが言うのは喧嘩する二人のことだ。ねじ伏せようとするマロリーの腕にローラが噛み付いて絶叫に近い悲鳴が響き渡る。
周囲に止めに入る大人はいない。騎士でもこの二人を止めようとすれば怪我をしてしまう。爆風娘たちは宮中ではもう有名人である。
「だって今……」
『お前も……もう動かないのね……』
その声はクローソー自身だけに聞こえている。不可解な出来事だ。
『わたし、マスターしかいない』
ハッとしてティータとエストを見る。その声はより鮮明なものになっていた。誰かの囁くようだった声がはっきりと聞こえた。
まるで外れていたアンテナの焦点が噛み合ったかのようだ。
『慌てなくていいよ、吉報だろう?』
『我がまま……言うんじゃない……』
『帰るぞ、ティータ』
『ありがとう。アトロポス』
複数の声が入り混じってクローソーをかき乱す。声だけではない、薄っすらとしたビジョンがクローソーの瞳に遥か未来の姿を映し出す。
それが未来であることを”私”は知っているのだ!
「ああ、止めて……止めて!! 助けて、姉様……」
自分の体を抱くように腕を掴む。
「ローラさん……」
『カーレル、君がグラードを倒すんだっ!』
身に起きた異変を訴えるべくクローソーは振り返った。もういい加減にしなさい、と仲裁に入ったセイレイがエルカセットもけしかけて二人を止めている。
だが新たなビジョンと声が頭の中に浮かび上がる。その声に聞き覚えはない、がクローソーは予感めいた確信で誰であるかを悟っていた。
『もうこの星にはあなたと二人だけ……長い旅だったわね。一〇〇〇年も時を飛び越えて来た』
『最後の時までご一緒です。マスター』
「ローラ……さん? エルカセットさん?」
孤独の星に女性が寄り添い影が伸びている。二人の顔は見えず後ろ姿のシルエットのみ。
そのおぼろげな姿と今のローラの姿が重なり合う。遥か未来の二人の姿なのだ。
薄靄の中、残影のように遠くに立ちつくすのはもはや動かぬ巨大なロボットの残骸だ。それは哀れなロボットたちの最後の墓場──
『ママ、ありがとう。ボクたちはもうお休みの時間……悲しまないでウリクルお姉ちゃん』
『そんなの……こんなの悲しすぎる……リョウさん』
『ウリクル……あなたが最後の語り部です。この星を去ってシックスが紡ぐ未来を記憶し伝えてちょうだい。わたしはここで、すべてが終わった世界で最期を迎えましょう』
『聞こえてるアトロポス? わたしはあなたとの約束を果たしましたよ。あなたもすえとした最後の約束を果たしてちょうだい。この星にはもうわたしとエルだけ……』
『……この物語をお終いにしましょう。すえ、あの時した約束を覚えていて? すべてを跡形もなく消し去って……それを望むすべての者たちの願いを……今この時に!』
アトロポス姉様っ! 巨大な宇宙空間のビジョンの中でクローソーはその彼方に叫んだ。
巨大なドラゴンが放ったクエーサーフレイムがデルタ・ベルンを包み込み星そのものを消し去る。
その強烈なビジョンがクローソーをチリジリにする。クローソーは耳に手を当てて座り込む。未来からの声はもう語りかけてこなかった。
怖い……怖い……どうにかなってしまいそう──
「クローソーが具合悪いみたい。早く診てっ!」
セイレイの声がテラスに響く。すぐに側に小さな影が立ってクローソーの髪に触れた。その手がそっと頭を撫でるとクローソーは顔を上げた。
「大丈夫? 怖い……怖い夢を”視た”のでしょう?」
「はい、博士、私……」
「もう大丈夫……今は安心していいの。コーラスに何も怖いことは起きないから。あなたが見たのはずっと未来に起きることだから」
優しい言葉はどこか大人びえて幻視の声と重なって聞こえた。クローソーをかき乱した混乱も目を閉じて息を吐き出すと冷静に戻る。
「はい……もう平気です」
クローソーの瞳に映るのは大人になったローラのビジョンだ。時を超えたその姿が小さなローラとほんの一瞬だけ重なり合って未来の残照はすぐに消滅していた──
◆
モラードが遅い朝を迎えて起きだしテラスに現れた頃には庭は閑散としていて人気も少なかった。
「何だ。ずいぶんと静かじゃないか……空が青くて爽快だなあ」
どこに人が消えたのかと庭を眺めモラードは再度欠伸をする。連日の宴会で今日は休肝日だ。
「いたいた。ローラちゃんやーい」
向こうの椅子に座る弟子の後姿を見つけモーラドがこっそり忍び寄るがすぐにローラに気が付かれる。
「あれ、せんせー、何してるの?」
テーブルの手元のグラスの飲み物は春水堂タピオカミルクティーだ。
マロリーやセイレイ。クローソーもすでに立ち去っている。他の人たちもジュノーン再生の様を見ようとこぞって行ってしまっている。
ヒュードラー博士は言うまでもないが、ローラとしては立ち会うまでもないことだ。ジュノーンは完全に生まれ変わり、コーラスの……ジュノー最強の守護神となる。
「お早う。寝坊しちまってなぁ。みんなどこに行ったんだ?」
「みんな地下工場に行ってるよ。レディオス・ソープのゴッド・ハンド見逃せないもん」
「なるほど、なるほど。もらうぞー」
「あー、わたしのなんですけどぉ……」
「何だこりゃ?」
慣れない食感を呑み込んで文句が出るがモラードは一気に煽って胃に流し込むのだった。
「タピオカミルクティーがぁぁ……」
飲み干されたグラスに飲み物の恨みは深いのだー、というローラのジト目がモラードに突き刺さる。
「よし、眠気は冷めた。散歩でもするか」
「どこに?」
「そこらへんプラプラっとな」
「はいはい。どうせやることないですから。せんせー、方向は?」
椅子から降りて「どっち」と指さす。
「よし案内せよ弟子!」
「はいはい。こっちねー」
横着な師匠を引っ張ってローラ先導で庭を歩き出すのだった。
◆
「それぇ~」
気合入らぬ声で一人の少女が袋から鳥のエサを投げると、白鳩が撒かれたエサに飛びついて地面をついばんだ。
「ポッポッポ~ あれれ? もうなくなっちゃいましたぁ……ハトさんもうおしまいだよぉ。何かあるかなぁ~」
ラキシスがしゃがみ込んでバッグの中を漁る。貪欲なハトはラキシスにまとわりついて離れない。
「ふに~ もう上げられるものにゃいの~」
「ラキさんいたー。おーい」
「ふに? あ、ローラちゃんだぁ」
二人を見てラキシスが立ち上がり、まとわりついていたハトが降り立つ。
その瞬間──変化は目の前で起こっていた。変化が起きたことを知覚できないほどの時間の間にラキシスはもう一人のラキシスへと変わっていた。
モラードとローラの前に立つのは藍色の髪の美女だ。姿形だけではない。身にまとうピンクと黒のファティマ・スーツはクローソーのものと酷似している。
藍色のラキシスの掲げた手にハトが止まった。そして”彼女”は異国の言葉で語りかける。
『ごきげんよう、Dr.モラードにDr.トローラ』
『私がラキシス……』
『何をお探し?』
「これは……」
栗色の髪の少女の突然の変身に手を繋いだモラードから戸惑いが伝わってくる。
これが彼女の”本当”の姿であることを知るのは、この場ではローラと本当のラキシスだけである。
『私は誰にも見えません。私はここに存在しません』
『風と時は無力で、風は傷跡を残さず、時は記憶に刻まれないのです』
『大気は種を運び、物語の中で芽吹くでしょう』
「私に語りかけている君は……それが君の本体か……」
目の前のラキシスはラキシスであって栗色のラキシスではない。ダブル・イプシロン──この世に同時に存在する人類の英知すらも超越した存在。
『光は守護者と空に踊り、闇は根を広げるでしょう』
『命の痕跡は放たれて、血は水に、汗は空に溶ける。小さな炎をあげながら』
『どうか私の父を責めないで、夫を、娘を責めないで』
『血の十字架を責めないで。私を責めないで…』
『私は何も知らない子どもで、一度も外に出たことのない王女』
「ラキシス……もういい……もう言うな……」
『さようなら、モラード先生。さようなら、ローラ。時の彼方で最後まで妹と姉を見守ってね。その時私はもういないから……』
その言葉を呟いて”彼女”は去った。”こちら”のラキシスの姿で。
残された二人。ローラはどう声をかけたものかとモラードを見上げる。
「バランシェ……お前は……何を作ったのかわかっているのか……?」
「せんせー……」
「ローラちゃん、今見たことは他言無用だ」
「はい」
モラードの言葉を受け止めてローラは空を見上げた。この空の下でもう一つの運命が動きだしている。
それはわたしの知らない”分岐”した──ifの世界線を巡るわたしたちの物語だ。
そして、ジュノー最後の戦いとなる”決戦”が始まろうとしていた──
決戦はまた前後編で構成される予定