転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【20話】ジュノーンの起動/銀盤の乙女の目覚め

 ジュノーンの火が点りエンジンが動き始める。そして響き渡ったのは人々の不安を揺さぶるようなエンジン音だった。

 それを遠く地下の工場へ続く通路で聞きながらクローソーは躊躇いの手を柱に置いた。

 

「ローラさん……私……それでも怖いです。ジュノーンに。モーターヘッドに乗ることが……」

 

 クローソーは目を閉じて呟き、元来た道を戻ろうと後ろを振り向く。 

 

「ダメよ。クローソー」 

 

 クローソーの前に藍色の髪のラキシスが立った。

 

「姉様?」

 

 ラキシスが通路を指差す。ジュノーンが低い唸りを上げるその先を。

 

「ウリクルがいない今ジュノーンの側にいてあげられるのはあなたよ、クローソー」

「姉様……でも私……モーターヘッドは……」

「あなたがなぜモーターヘッドを怖がっているのか、私にはよくわからないのだけれど……ジュノーンはもっと怖がっているわ」

「それは……ローラさんにも言われました。ジュノーンの側にいてあげて、と。でも……私は」

 

 クローソーは否定するように首を振る。

 私は……すべてを断ち切るために生まれてきた殺人マシーン。この世であまりにも巨大な力を持つ天照陛下と姉様を封じるために造られた呪われた存在……

 その私がジュノーンに触れることで、その呪いがジュノーンにも降りかかるかもしれない。それが怖い──その道を歩むことが。

 垣間見た未来視はすべてを映し出したわけではない。断片のその記憶はクローソーの決断を曖昧なものにしていた。

 

「クローソー。あなたが必要なのよ。あなたは一人ではないわ。可愛い弟もいるでしょう?」

「え?」

 

 その言葉に顔を上げると、地面を跳ねたハロがクローソーの手の中に飛び込んだ。

 

「ヒトリジャナイ。オレガイル。クローソー、タスケテ! アイツヲ、タスケテ! アイツハ、ヒトリキリ。コワイ、コワイ、コワガッテル。シラナイ、エンジン、ツケラレテ、スゴクコワイッテ! オレダケジャ、アンシンデキナイ! オネーチャン、タスケテ!」

「PIPO、PURURU~!」 

「リョウ君……」

 

 ラキシスの後ろの柱の影からリョウが現れる。クローソーに手を貸してくれとハロを通じて必死に哀願している。 

 

「ね? あなたは必要とされ望まれている。あなたが助けてあげられる人たちのことも……」

「はい……」

「聞こえるでしょう。ほら……」

 

 遠く離れていても伝わってくる鼓動音はジュノーンの不安そのものであるかのようだ。

 

「迷いはここに置いて行動するの。ジュノーンの……この国の未来はあなた次第」

「姉様……私、ただここにいるだけはいやです。誰かの……コーラス陛下の役に立ちたいです」

「サードを愛してる?」

「え? ……好きです。マスターではなく一人の男性として。でも、王妃様の愛はこんな私を飛び越えてサードを包み込んでて……私……」

「不憫な子……」

 

 クローソーの瞳に浮かんだ涙をラキシスが拭う。

 

「悔いを残さないで。あなたはあなたの愛し方でサードを愛しなさい。王妃様には王妃様の愛し方があるように。側にあることを望んで許される限り愛し尽くすの。私がリトラやアイシャを飛び越えてあの人のところに行ったように……」 

「姉様……精いっぱい私にできることをやってみようと思います」

「さあ、お行きなさい」

「はい……行くよ、リョウ君」

「PURU~(ゴー)」

 

 クローソーは意を決して歩き始める。その後ろにリョウとハロが続く。二人をラキシスが見送る。

 サードが工場に現れたクローソーに気が付く。

 

「クローソー……」

「陛下。お願いします。ジュノーンの側に行かせてください」

「行きなさい」

「はい」

 

 人々が見守る中──姉と弟がジュノーンの側に上がって寄り添うように立って語りかける。

 

『怖いの? 大丈夫……心配することないの。私とリョウ君がずっと側にいるから。あなたが安心できるまで……ずっといるよ』

『ジュノーン、俺がいる。クローソー姉ちゃんがいる。思い出せ! 俺とやり遂げた夜を。あの空を。お前は勇敢だった。お前は俺の誇りなんだぞ!』

 

「二人でジュノーンに話しかけているの?」

 

 サードの助手に立つイェンテが呟く。ソープとヒュードラーも沈黙のままにその語りかけを見守る。

 そしてそこに集うすべての人々がその瞬間の”音”を聴いた。

 

『だから安心して偉大な王のためにエンジンを回してあげて……』

 

 地下に鳴り響いていた不脈の音が静まって静寂に包まれる。そしてエンジン・バイパスへのロックが外れる音が響く。

 道が拓きレディオス・ソープは宣言する。

 

「やった! バイパスが開いた! イレーザーが始動するぞ! ジュノーンが目を覚ますっ!」

 

 クローソーとリョウはその産声を聴きながらジュノーンと心を一つにしている。

 正常に稼働し回り始めた二つのエンジン音が力強くその誕生を告げる。星団最強のMHが生まれた瞬間であった。

 

 

「コーラスの民よ。長らく待たせてしまったことを申し訳なく思う! 無益な戦に終わりを告げよう! アトキへ向かえ! ハグーダを追い落とせっ!」

 

 サードが全国民の前で宣言する。人々を圧巻するMHの軍勢が王宮前に勢ぞろいし、その中に純白のジュノーンの姿があった。

 その華麗で美しい姿は人々の注意を一番に浴びて民の目に焼き付けられることとなった。

 

「我が王朝は全軍をもって迎え撃とう! 全モーターヘッドを今より送り出す! コーラスに栄光を(VIVE LA CO.LUS)!」

 

 観衆から巻き起こった「VIVE LA CO.LUS」は大合唱となって王城に響き渡る。

 その声を一身に受けるジュノーン。二つに分かれたダブル・コクピットで聞くのはクローソーとリョウだった。

 ジュノーンはバラバラにされ、レディオス・ソープによって組み上げられて改造された。すっかり怯え切ったジュノーンを宥めるべくクローソーとリョウが側に付いて起動までを付き添ったのだ。

 そして、ジュノーンに本来乗るべき王は、己に課した誓いを守るべく戦場には出ないと宣言していた。乗るべき騎士はなくジュノーンはただのお飾りとして国民の前に立っている。

 演説を終えたサードはマイスナー女王と共にあった。

 

「民を欺くことになるが士気は上げねばならないからね。臆病者の選択かもしれないが」

「臆病となじる者にはなじらせておきましょう。常に王が先頭に立たなくてもよいのです。ジュノーの武帝という名を今回は引っ込めて、次の王に譲りましょう。長いコーラスの歴史にそんな一幕があってもいいでしょう。私はサードの決断を支持いたしますよ」

「武帝という名をエルメラは喜ばないだろうね。生まれてくる王子を騎士にはさせたくないと望んでいる。戦うばかりが王ではないか。言い訳を考えるのも楽ではないが、そのために君がいてくれて助かる」

「陛下には鍛えられておりますからね」

「では飾りの王は後ろから援軍の彼らの戦いぶりをしっかりと見ておくことにするよ」

 

 傍らのマイスナーに返し、サードは赤い十字のマントを羽織る三人に目を向けた。援軍の中でも特にミラージュ騎士は目立って鮮烈である。

 アトキ奪還戦で新たに加わったピーチカート公国の騎士らもいる。

 ピーチカート公国はトリオ騎士団長アイリーン・ジョルの祖国だ。彼女の働きがあったからこそ公国は動きコーラス側に参陣を果たすこととなったのだ。

 そして一組の師弟がコーラス軍の見送りの場にいた。

 モラードとローラである。二人はこの後ジュノーを離れることになっている。その理由は火急の用件ということであった。

 

「もう発つ準備は終わっているのかな? 名残惜しいが……」

 

 最後の戦は終わっていない。本来ならば留まってくれるよう頼むところだが、これ以上モラードらを留めて置く言葉をサードは持たない。

 ウリクルに対する引け目がそうさせていると言えた。

 

「いい演説だった。コーラスは勝つさ」

「ええ、もちろんです」

「陛下……ウリクルさんのことは私たちにお任せください」

「ああ……お願いする。頼む」

 

 すっかりと年相応以上の覚悟を身につけた少女の顔を見返してサードは告げた。

 この少女はこれからも自分が背負ったもののために働き、そして尽くしていくことだろう。その後押しができることを誇らしく思うようにさせてくれることをさらに期待することとしよう。

 それ以上の言葉はかけず、サードは去る二人を見送った。

 

 

 地上では多くの血が流れる。でもコーラスは勝つだろう。私は宇宙でもう一つの戦いに身を投じる。

 その戦いとはウリクルの記憶を塗り替えること。そのために再びソラへと上がった。

 乗り込むのは私たちがアドラーからジュノーへ来た宇宙船だ。出迎えたのは戦闘フル装備状態のジゼル。その姿でいることの意味をローラは問うことはしなかった。

 

「お待ちしておりました。手配はすべて整っております」

「ありがとう。ジゼルさん。ナイアスねーさんはどうしてるの? また秘密? 答えられないんだね、わかってますぅ」

「はい……どうか手術が成功するよう祈っております。私は引継ぎが終わり次第この船を離れます」

 

 すべては暗黙の了解で成り立っている。手術のためにこの宇宙船を使うことも。ナイアスがどこかで動いていることもすべて承知の上だ。

 ローラの着替えをジゼルが手伝った。ジゼルに見送られオペ室へ向かう。そこで待っていた助手はエルカセットただ一人だ。

 ハロ=リョウはまだ地上で自分がやるべきことをしている。 

 

「これより記憶の封印を行う。サインするのは俺とお前だ。ウリクルの情報は暗号化され、記憶情報は偽の物に置き換えられる」

「はい、先生」

「俺たちの力を連動させるぞ。暗号化と偽の記憶の上書きは同時に行う。力の波のタイミングを測って俺に続け。お前ならわかる」

「わかりました」

 

 その言葉の意味はその時になればわかるという意味だ。ゼロ・コンマ秒のタイミングを瞬時に見極めて理解し施術を行う。 

 ベッドに横たわったウリクルのクリスタルが明滅している。

 ファティマにとってもっとも重要な回路がさらされ警告を発しているのだ。そのスイッチをモラードが手をかざして切断する。

 このオペはついた嘘を本当にするためのもの。サードをマスターとしたまま、別のファティマとして生きること。

 最後まで心はサードと共にあることを彼女は望んだ。そのウリクルの願いを叶えるためにここにいる。

 星団法のルール破りはモラードのお得意技である。だが、この手術は困難を伴った。マイト二人が阿吽の呼吸で執り行わなければ成功しない最難関の施術なのだ。

 

「俺が誘導する」

 

 モラードのかざした両手が青白い光に包まれた。ローラもモラードにならって両手に力を発現させる。

 

「力の出力は俺に合わせろ。波を乱すなよ」

 

 可視化された電子コンデンサの情報の波が二人を取り巻くように展開している。今や脳は開かれ無抵抗な状態にあった。

 外科手術のような切開は必要としない手術だが、ファティマの脳情報すべてがここにある。ほんのわずかでも損傷があれば再起することも難しくなる。 

 手術着はどんなに小さな静電気をも絶縁させる素材でできている。

 あまりにも多い情報の海は、例えファティマであっても解析に時間がかかった。ほんのわずかな時間の遅れがすべてを台無しにしてしまう。

 だがマイトは意識して探すことで最も奥深いところにある記憶情報を探すことができた。それを瞬時に把握することができる「神の領域」に達する者がマイトと呼ばれるモノだ。

 

「始めるぞ」

「オペ開始……」

 

 モラードが行うのは【ファンタム・プログラム】の応用版術式。

 エストがマスターを失ったとき、次のマスターを探すために現れる人格システム。その術式を用いてオペを遂行する。

 かなりアレンジを加えてあるが、という注釈付きだ。

  

「俺がウリクルの回路を閉じると同時にもう一つの回路を開け」 

「はい……」

 

 情報回路に傷一つつけることなくモラードが閉じていく。その回路に上乗せする形でローラが記憶回路を上書きしていく。

 慎重さと素早さを同時に求められる作業だ。ただそれだけに頭の中に何も置かずに閉じることだけに集中した。

 すごい! こんなに複雑な記憶回路を切り開きながらまた繋ぎ合わせてるのにスピードがまったく落ちない。

 同時に作業するモラードの生命波動の音を波として感じながらローラはモラードの動きを把握する。

 その波についていくだけで精いっぱいだ。ローラは力の出力を最大限に絞りながら、焼き切れそうな意識を繋ぎ留める。

 慎重に正確になぞりながら、記憶を覆い被せていく。

 ローラが担当した記憶回路が閉じ終わる。幾重にも施した防御術式によってプロテクトされた脳は騙されてもう一つの人格へと切り替わるはずだ。

 

「封印のサインをするぞ」

「はい」

 

 記憶をいじったという痕跡を示すものをすべて消し去って封印を施す。それを解く手段を知るのはサインを施した二人だけとなる。

 キーワードはūnus 「一つ」と cornū 「角」。ユニコーン。伝説の一角獣を表す言葉だ。二つの言葉が組み合わさって封印とした。

 オペは完了しウリクルという名のファティマはもういない。ここにいるのは……  

 

「すぐに目を覚まします!」

 

 エルカセットの弾んだ声。開始からどれほどの時間が過ぎたのかわからなくなるくらい時間の間隔が曖昧だ。

 緊張のあまり隣のエルカセットの手を強く握りしめる。 

 

「大丈夫です。完璧な手術でした」

「そうだね」

 

 偉大なる神の手を見た。その力の奔流と一つとなって奇跡の瞬間を体験したのだ。

 成し遂げたのはモラード・カーバイトという一人の超天才医師。自分は学ばせてもらったに過ぎない、未だちっぽけな存在に過ぎないのだ。

 

「お前が名前を呼んでやれ。俺が親じゃ問題あるからな。どんな名前だ?」

「それは……」

「マスター、目を覚まします」

 

 エルカセットが告げる。閉じていた睫毛が震えて彼女が目を覚ます。ローラは深呼吸して一歩を踏み出してベッドの横に立った。

 

「えーと今何時だっけ? おはようかな……気分はどう?」

 

 目覚めた少女が戸惑い気味にローラを見つめ返した。

 

「私……?」

「酷い宇宙船の事故で生き残ったのはあなただけ。何が起きたか覚えてる?」

「はい……事故がありました。ドクター」

 

 少女は無機質な声で応える。酷い事故があってみんな死んでしまったことを憶えている。助けが来るまで壊れかけた冷凍催眠装置で救助が来るのを待っていたことも。

 

「名前は憶えてる?」

「名前……」

 

 起き上がってベッドに腰掛ける。思い出そうとして名前が出て来ないことに混乱する。

 

「クリスタルの記憶情報体に損傷があってあなたは過去のことをまったく憶えていない。船の搭乗記録は喪われていて照会は不能。不便だから新しく名前を付けてあげる」

「新しい名前……」

 

 名無しの少女は目の前の女の子を見つめ返す。後ろにいる年配のドクターは二人を見守るように立って口を出さない。

 

「名前をください。ドクター」

「いいわ……あなたの名前はアリアンロッド」

「アリアン……ロッド……」

 

 少女はその名を呟く。銀盤の乙女の名前を──


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