運命は流転する──死ぬ定めであったウリクルは命を繋ぎ、ジュノーのソラで新たな名を与えられて目覚めた頃。
地上では日が昇ると同時に睨み合っていたコーラスとハグーダの軍勢による最終決戦が開幕していた。
『ハグーダ軍が動いた。モーターヘッド戦闘に突入せよ! エンジン始動!』
「ハグーダを叩け! アトキの無念を晴らせ!! 全隊っ! 突撃!」
世界を激しく震撼させるのはソニックブームの波動だ。その波が前線から離れた陣地にまで到達し、熱い熱気を伴った風を叩きつけてくる。
最前線で数百を数える両軍のMHがぶつかり合ったのだ。超音速を越えた進撃の衝突によって空に噴出した土砂と埃が戦場一帯を覆いつくす。
衝突後、両軍入り乱れて一兆馬力の機神が死力を尽くして潰し合う。
「ベルリン、脱槍! 実斧(スパルーク)!」
先陣一番を切ったベルリンがマグロウの頭を叩き割る。
無念を飲んだ先の戦いの雪辱を晴らし、ハグーダをアトキ領から追い出す最後の戦い。
この戦にコーラスが勝利すれば、その勢いをもってハグーダ領内まで侵攻し降伏まで持っていくことができるだろう。
前線に展開する戦力はハグーダ軍の総力といってよい。アトキ領を失えばアルメメイオスはすべてを失うことになる。
「ぶつかったか……メガエラ情報をくれ」
ビュラードはクルマルス・ビブロスのコクピットで激戦の揺れを感じながらメガエラに尋ねる。
「前線六キロ先で第七師団の前方右翼が敵モーターヘッド部隊の集中攻撃を受けています。第二波はこちらの左翼から突撃を開始。五秒後、揺れ来ます!」
「本陣の動きは?」
「動きありません」
再度ぶつかり合った衝撃の波がコクピットに伝わってくる。
轟くのはMH同士がぶつかり合い、潰し合う消耗戦の響きだ。両軍の総力を挙げたまさに決戦だ。
『タマガイ師のベルリン。マグロウ一騎撃破!』
『ロウター伯。ベルリン大破。ミラン様と共に軽傷です』
「激戦だな。電子戦でも下で動いてるネズミどもは捕まらんよなあ……」
『右翼、増援部隊が再度激突っ!』
「ブーレイが奇襲を仕掛けてくるという情報に確信はありませんが……」
『後方部隊。回収と負傷者の救出に出ろ!』
ビブロスが待機する間にも刻一刻と移り変わる戦場の情報は飛び込んでくる。
飛び出したい衝動を抑えてビュラードは戦場を睥睨する。それは指揮官としての自らが指揮を執った時の目だ。
彼の役割は待つことだ。
破壊された戦場の跡。
傷ついた主を救出するファティマ。
蒸気を上げて沈む騎体。
実斧と実剣がぶつかり合う。
そしてコーラス本陣の位置を突き止めるべく走るミミバの影……
「いんや来るさ。黒騎士老もそのためにこっちに残ったんだからな。狂犬と呼ばれる男だ。何をするかわからん」
ビュラードは居並ぶ友軍のMHを見る。勇壮なL.E.Dミラージュの姿がまるで龍のように並んでいる。
敵ブーレイが後方の本陣を狙って動くという「情報」が戦の前にもたらされたのだ。それがコーラス・サードに因縁を持つ赤のラルゴと呼ばれる男であるということもだ。
その情報をすでにコーラスで諜報戦を繰り広げていたA.K.D側は否定しなかった。陰で動いているのはバビロンの王である。
ブーレイの襲撃が杞憂に終わったとしてもコーラスの作戦に変わりはない。アトキを解放しハグーダを一気に倒す。
「”囮”に敵が噛み付けば大成功か」
この戦いへの参加はコーラスへのトランからの貸しにするつもりはない。友人にできる助力として、ただのボード・ビュラードとしてここに立っているのだ。
もう一人の友人であるレディオス・ソープはここにはいないが代理のミラージュが配置されている。
「マスター。後方にテレポート来ますっ! 友軍ではありません」
味方騎のすべての動きを追っていたメガエラが報告する。
「おいでなすったか! 行くぞメガエラ。ブーレイの素顔を拝もうとしようじゃないか!」
「はい。マスター!」
テレポートの兆しである揺らぐ空間の向こうから強襲をかけたのはハグーダの襲撃部隊だった。その編成はマグロウ数騎と七色の装甲を持つ虹のブーレイたちだ。
「来たかっ!! 全隊展開っ!」
それを迎え撃つのは近衛の白いベルリン部隊だ。旗騎ジュノーンの前に躍り出て敵を迎え撃つ。MHのコクピットの中でアイリーン・ジョルはその時を待ちわびていた。
「来たか……パトラ、エンジン全開放っ!」
「全開!」
アイリーンの”ベルリン”改造に立ち会ったのはヒュードラーである。震え発つエンジンは新たな魂を吹き込まれた。
アイリーンの心も闘志で燃え盛っていた。
「ジュノーンを守れっ!」
護衛のトリオ・ベルリン部隊が展開しブーレイとマグロウに剣を振り上げる。激しい火花が飛び散り撃音が響き渡った。
援軍に詰めていた部隊も迎撃に動き強襲部隊を挟み撃つ陣形が完成する。待ち構えていたことを知らず、敵は罠にかかったのだ。
「ブルーノ様! 待ち伏せです!!」
「そうか! だがラルゴ様が本懐を遂げられれば良いっ! 俺たちは道を切り開くのみ!!」
敵の待ち伏せと陣に気づいたブルーノが駆る青のブーレイがL.E.Dミラージュと対峙し打ち合った。
「なんだこのパワーは!? この音はA.K.Dのミラージュかっ!?」
「そうさ! 初公開だよ!」
L.E.Dのウラッツェンが応え、エンジンを唸らせてL.E.Dミラージュはブーレイを圧倒する。
乱戦の最中、包囲網を突破した赤いサイレンが切り込んで大将旗騎に迫った。
「久しぶりだぁっ! コーラスっ!!」
赤きサイレンが護衛のベルリンに無慈悲な一撃を叩きこみ、踏み込んでアイリーンの”ベルリン”に凶刃を振るった。
「おあいにく様だっ!」
アイリーンの叫びと共に”ベルリン”のエンジンが咆哮を放つ。”プルース”の盾がサイレンの一撃を一瞬受け止めて肉厚の剣が盾の上部分を切り捨てる。
「後退っ!」
衝撃を受け流し間合いを取るため”ベルリン”が後方に跳ぶ。さらに追い打ちをかけるべくサイレンが迫る。
「私のプライド! 私の顔に剣を向けたこと思い知れっ!!」
剣戟の応酬──交差する刃が絡み合い、再度”ベルリン”が盾で流した。
「ふん、くだらんプライドだね!」
「な、に……?」
ラルゴはそのとき己の目測が誤っていたのかと目を疑った。ジュノーンが持つのはコーラス王家の盾ではない。
白いトリオ騎士の盾である。
「バカな……貴様何者だっ! コーラスではない!? このモーターヘッドは違う!?」
混乱にラルゴが叫びアイリーンが応える。
「ご名答! すっかり騙されてくれたね!!」
ジュノーンとして立つその騎体はトリオのアイリーンの”ベルリン”である。
その姿はジュノーンそのものであった。ベルリンに施された偽装装甲は敵をおびき寄せるためのエサであった。
細部までは誤魔化せるものではなかったが、ヒュードラーとソープの手によって遠目からはジュノーンであるかと思うほどの偽装が施されている。
それがミミバ族を騙しラルゴの判断を惑わせた。
「ラルゴ・ケンタウリ卿! 私はトリオ騎士団長アイリーン・ジョル。一騎打ちを受けてもらおうっ!」
アイリーンがサイレンに剣を突き付ける。彼の正体も目的もすべて明らかである。赤いサイレンがその証拠だ。
「黙れ、この雑魚が! 腑抜けたかコーラス! この私から逃げるとはなっ!」
ラルゴは怒り狂う。積年の恨みを晴らすため、華々しい復讐を果たすための参戦であったものがすべて茶番に転じたのだ。
自らが茶番の踊り手に成り下がった、とはプライドの高いラルゴには許容しがたい屈辱である。
サイレンを駆ってまでコーラスの首を取りに来たのだ。恥も外聞も己の進退さえも捨てた特攻は無意味なものになり果てた。
屈辱からの復讐を果たせず、それは激しい憤怒の炎となってラルゴを駆り立てる。
「本物の陛下とジュノーンと戦いたければこの私を倒すのだな」
「小娘が……このラルゴ・ケンタウリの剣を舐めるなぁ~~~っ!」
再度両者が打ち合い火花が散る。
「この程度の騎体で私と戦うのが間違っているのだ! バカめっ!!」
正面からの打ち合いではサイレンに分があった。アイリーンはパワーで押し負けてベルリンを後退させる。
「ちっ!」
アイリーンが歯を噛みしめサイレンの分厚い刃を流す。鋭く重い一撃を捌き反撃の一手を繰り出す機会を伺う。
ベイルを扱う手は先の戦いから完全に治りきっていない。攻撃を受け流すたびに骨は軋み、ひびは広がっていく。
長期戦は不利。だが一気にケリをつけるのは難しい相手だ。
「流石……赤の一番(テスタロッサ)と呼ばれるだけはある」
激しい激痛が走るがアイリーンは集中を切らさない。痛みがあっても動けるように強い戦闘薬を投与していた。
戦闘薬の効果で額に浮いた血筋がアイリーンの覚悟を示している。後のことなど構ってはいられなかった。
奇襲を仕掛けた敵部隊との戦闘はすでに終わっていた。周囲を包囲された強襲部隊は逃れられずすべて撃墜された。
ブルーノ・カンツィアンのブーレイも激しい熱で揺らぐ戦場のどこかに沈んでいる。
黒騎士バッシュもビブロスも敵を討ち果たし、残るは赤いサイレン一騎のみとなっている──
団長劣勢と見て加勢に入ろうとするベルリンをアイリーンが制する。
「騎士の決闘ゆえ一切の手出しは無用!」
「ほざけ! これで終わりだっ!」
サイレンから繰り出された剣がベルリンの肩装甲を切り裂いた。
だがそれは予測された動きだった。アイリーンは自ら前進してサイレンの攻撃を受けたのだ。
「ぐっ!!」
歯を食いしばり血を吐き出しながらアイリーンのベルリンは止まらない。サイレンが見せた唯一の隙を見逃さなかった。
「ここだぁぁぁっ!」
ベルリンが実剣を捨て掲げた盾にMHの全体重をかけて突き出す。その軌跡はラルゴの想定を超えてサイレンへの回避不可能な一撃となっていた。
「げえっ!?」
「プルースっ!!」
戦友の盾がサイレンの腹部に突き刺さって弾き飛ばす。その瞬間ベルリンはすかさず動いた。
「うらぁぁぁぁっ!!」
動きを乱したサイレンにベルリンは体当たりで迫る。神速で抜いた光剣の柄をサイレンの胸部へと突き立てる。
「アランっ!」
死を覚悟したその刹那に呼んだのは娘の名か──ラルゴのコクピットに飾られた仲睦まじい夫婦と幼子の写真が瞬時に燃え上がった。
ゼロ距離から光剣の刃が伸びてサイレンの胸部を貫いた。騎士の乗るコクピットごと貫通した光刃は天を指して光り輝く。
両騎は重なったままサイレンは完全に動きを停止した。光剣の輝きが消え、人々が固唾を飲んで見守る中、轟音を立ててサイレンが崩れ去る。
「──私の勝ちだ」
荒々しい息を吐き出してアイリーンは勝利を告げた。
「終わりましたな侯」
黒騎士と共に立ち会ったビュラードが隣に立つバッシュに声をかける。
「見事な一騎打ちだった! しかし悲しいかなラルゴ卿……戦場で死ぬこと。騎士としての本懐を遂げたであろう。慰めにはならぬだろうが……」
黒騎士のコクピットでロードス一人がラルゴへの手向けの独白を送っていた。
「全軍、進撃せよっ! 天はコーラスに味方したっ! 行け、ビブラ、コーラスっ!」
トリオ騎士団の先頭に立つアイリーンが全軍に号令を発した。傷つき満身創痍だが、その剣は友軍を鼓舞すべく天に向けられる。
本陣に温存していた全戦力が戦場へと投入される。
もはや勝負は決した……
サードへの私怨に燃えたラルゴ・ケンタウリは討ち死にし、ファティマ・ジャズラブは自害を遂げた。コーラス本陣を強襲した決死部隊も全滅。
作戦の失敗によりジュノー上空で待機していたハグーダ協力軍は戦力投入の機会を失い、コーラス軍はハグーダ軍を駆逐する。
一方的な殺戮となった戦場で多くのMHが破壊され機能を停止していく。
ハグーダ軍は総崩れとなり、アトキは解放される。偉大なるコーラスは勝利を以って戦史に新たな歴史を刻むこととなった──
◆終話-01
そして──すべてが終わった戦場を一人の男が睥睨する。残党狩りには加わらずウラッツェン・ジィは戦闘の名残りを肌で感じ取っていた。
「やれやれだ。この暑いスーツをようやく脱げるな」
焼けた戦場の匂いを嗅ぐウラツェンのすぐ側に白い龍L.E.Dミラージュの威容がある。
「まだ戦闘は終わっていないわ、ウラッツェン」
後ろから声をかけたのはシャーリィ・ランダースだ。彼女もL.E.Dを駆って追撃戦に参加した。
「いんや、さっきので終わりさ。撤退戦で粘ってた黒い奴二騎がしぶとくてな……」
あいつらはすごい遣り手だった。L.E.Dじゃなきゃ危なかったぜ、とウラッツェンは愚痴る。
ウラッツェンのL.E.Dミラージュが二騎の黒いMHと遭遇し戦闘に突入した。恐ろしいまでのMH操縦技術を持つコンビがウラッツェンを翻弄したのだ。
「忍者みたいな連中でな。ハグーダにもあんなのがいるとは思わなかったぜ」
「そう……あなたが逃げられるなんてね」
「逃がしたわけじゃあないぞ」
「そうね」
むきになって返すウラッツェンにシャーリィが返した。彼の腕前は同じミラージュである自分がよく知っている。
そのウラッツェンを翻弄するほどの腕を持つ騎士は彼女が知る限りほんの一握りに限られる。
謎の黒いMHの正体はケサギとカエシが駆るガスト・テンプルだ。二人とウラッツェンの遭遇はハグーダ軍の掃討時に発生した。
そして逃げられた。最後に見せた見事な逃げっぷりにしてやられたとウラッツェンは眉をしかめてみせる。
次に会うのが楽しみだぜ、とうそぶくウラッツェンを横目にシャーリィはすみれ色の瞳を哀し気に戦場跡に向ける。
あまりにも多くの命が失われた。
「黒いモーターヘッド? ディッパの報告にあった? 分析は彼女に任せましょう」
「じゃあ、俺らも陛下に報告して後は帰るだけだな」
「私は残ります」
「あ? 何でさ?」
いぶかしむウラッツェンをシャーリィが見返す。
「私、天照陛下の勅命でコーラスに残ることになったの。ジュノーの大使として」
コーラスに向けて吹いた熱い風を受けてシャーリィが応えるのだった。
◆
ジュノー二九八九年──コーラスとハグーダの戦いはコーラス王朝の勝利で幕を閉じた。
栄枯盛衰は世の常である。コーラスを半年以上に渡って苦しめ続けたハグーダはアトキでの敗北を知った二日後に陥落した。
長引いた戦いで不満を溜めていた民衆が何者かに扇動され王宮を襲ったのだ。
クーデターを起こした民衆の手によって女王アルメメイオスは命を落とし王宮は業火の炎に包まれる。
彼女の国を良くするという願いは果たされず、ただ大国の意図のまま翻弄され狂わされた人生であった。
この後、ハグーダ共和国はコーラスに行政を委ねることになる。その一〇〇年後、ハグーダはコーラス王朝ハグーダ領となる。
◆終話-02
真夜中に赤く燃える空を眺める男が二人。痩身べん髪のカエシが目を細めてそれを眺める。燃えているのはハグーダの王宮だ。
「……最後の花火にしてはしけてやがる」
「花火はでかいやつほどいいよな。パッと広がってボーンってな」
隣に立つ相棒のケサギがカエシに返す。この地での彼らの仕事はすでに終わっていた。
アトキ戦前に情報をコーラス側にリークし、ハグーダに雇われている分だけの仕事まできっちりこなし、逃げ遅れたハグーダ地上部隊の撤退戦を助けた。
その際にヤバい奴と戦闘になったが二人ともこうして生き残っている。
「さって、じゃあ次に稼げそうなとこに移るとしよう。もうここに用はねえ」
「おお、次の依頼か? 例のヤツ。何だっけ? デーとかいうやつだろ?」
「その依頼は完了した。ガスト・テンプルはもう俺らのもんさ。戦闘データは今後は別口で買い取ってくれるとよ」
「へー、じゃあどこ行く? 違う星か?」
「いやポルカさ。きな臭い匂いがプンプンするからジュノーでもうひと稼ぎだな」
彼らは傭兵。戦場であればどこへでも赴く。二騎のガスト・テンプルと共に。
ポルカ戦にて一五騎のMHを撃墜し、二人の名とガスト・テンプルの名を世に知らしめることとなるのだが、それはまた別のお話で──
◆終話-03
「ようやくお目覚め? ブルーノ・カンツィアン殿」
意識を取り戻したブルーノが始めに聞いたのは女の声だ。照明の眩しさに目を細め室内の気配を探る。
室内に三人いる。固定されて動けぬ体でブルーノは首だけを動かした。
女とパラーシャともう一人は子どもだ……誰だ?
「ここは? どこだ?」
冷たい天井を見上げ呟く。
「カラミティへの帰還の船の中さ、カンツィアン君」
「誰だ?」
女に見覚えがある気がしたがすぐに思い出せない。
女騎士は黒いアイシャドウにポニーテールで萌黄色と白の縦じまの制服に身を包んでいる。
その色はシルチスの赤、青、黒、白、緑の五色のグループに属する。その中でももえぎは独立した存在として異彩を放っている。
もえぎ教導騎士団はフィルモア騎士を鍛える教導部隊として存在しており、青に属するブルーノでさえ「もえぎ色」の活動内容をよくは知らない。
緑に属する騎士に知り合いはいない。
「もえぎ教導騎士?」
「丸二日も眠っていたんだ。ミラージュと一騎打ちしたんだけど覚えてるかい?」
記憶の焦点が合って最後の戦いを思い出す。同時に目の前の女が誰であるかも思い出す。
「ああ……貴様はナイアス・ブリュンヒルデ? この……シルチスの面汚しが! なぜお前がここにいる?」
「どうも、復帰を祝ってくれてありがとうよ」
高ぶったブルーノにナイアスはにんまりと笑って返す。
「どうしてその制服を着ている……」
「ああ、白をクビになってねえ。再就職先ってわけ」
「ふざけた答えだ……天位授与式でハイランダーの座を前にしながら狼藉者を切って将来を不意にした大馬鹿者が! お前の不始末でどれだけ我らが辱めを受けたかわかっているのか! その腕があれば天位は確実だった! ぐぅっ!」
起き上がろうとして走った痛みにブルーノが背を丸める。
「マスター……」
パラーシャが駆け寄ってブルーノの背をさする。
「触るな! もういい……」
「落ち着いたかい? 持ち帰ったブーレイはハスハの連中が作り直すことになるけど到着するまではこっちの管轄さ。それと、ブーレイ騎士団の指揮権はケンタウリ卿からもえぎ教導騎士団の管轄に移った。あんたは今は私の麾下ってこと。フィルモアに戻って陛下の前で復命するまではね」
「ラルゴ様は……?」
「他のメンバーは遺体すら回収できなかった。ケンタウリ卿は特攻するも無念の討ち死に。生き残ったのはあんた一人だけ」
「だまれっ! 貴様よくもっ!! ぐぅぅ……」
ナイアスにブルーノが右手を伸ばすが指先から痙攣したように震える。
まるで自分の腕ではないかのようだ。ブルーノは制御できぬ腕に困惑する。
「無理するね。左腕は粉砕骨折。右手はボォスの医者の趣味で色は変わったけど、気に入らなきゃ自分で付け直しな。エープナイトのギラとヤーボが寝てたあんたによろしくってさ」
「俺は生きている? なぜだ、なぜ俺をアトキから連れ出せた!?」
震えを抑えるブルーノの手の肌は少し浅黒い。
「あんたを助けたのはその子だよ。あんたを背負って脱出したのさ。後、そこのチビ小僧も逃がすのを手伝ったんだっけ?」
「何だと……」
ブルーノは壁際のチンピラ少年に目を向ける。どこかで見た顔だがブルーノはジィッドの名前すら知らない。ジィッドは椅子にふんぞり返っている。
ジュノーンの回収時にマグロウを失って帰ったジィッドは冷や飯を食わされ、アトキ戦ではミミバに混じって諜報部隊に入れられたが、そのおかげで次の飯のタネにありついた。
破壊されたMHから逃げる騎士とファティマを連れ帰れば褒美は貰える。
「へ、礼はいらねーぜ。貰うもん貰えるんならな。おい、ねーちゃん。フィルモアは礼金弾んでくれるだろ?」
「まあくれるんじゃない? たぶんね」
厚かましいジィッドの要求にナイアスはそっけなく返す。
憤るブルーノの怒りはファティマへと向けられる。
「パラーシャ! 余計なことを……なぜ死なせてくれなかった?」
「マスター……」
悲し気で怯えた瞳がブルーノを見つめ返した。それがまるで自分を憐れんでいるかのような瞳に見えた。
「貴様っ! 余計なことをっ!」
ブルーノが手を上げパラーシャに殴りかかった。避けることもできずパラーシャは壁に叩きつけられ、壁際のジィッドが震え上がる。
「うわぁっ!? マジか? こえー」
さらに殴りかかろうとしたブルーノの腕を止めたのはナイアスだ。
「腕は治ってるようだねぇ……そこらへんにしな」
「何ということだ! ラルゴ様と死ぬのが私の本望だったのにっ!」
「死んではイヤです……」
「パラーシャ、だまれ……っ!」
「あんたの命に替えはないんだ。助かったことを感謝するんだね」
「放せっ!」
ブルーノの要求にナイアスは手を離す。ブルーノはパラーシャに目を向けようとしない。
「まったく……ファティマだってフィルモアの資産なんだ。好き勝手に潰されちゃあ困るんだよ。あんたは生き残ったんだ。その経験と価値を次に生かすんだね」
「経験? 価値? なんだというのだ……」
「A.K.Dの新型ミラージュと交戦しただろう? ミラージュとの戦闘経験は後々役に立つ。騎士ならば後進に伝えられることもある。大戦の記憶と死んだ騎士たちのこともね」
「教導騎士らしい見方だな……」
ブルーノは視線をそらし、ナイアスは背を向ける。
「カラミティに着いたらのことを考えな。九騎いたブーレイは四騎しか残らず、六人の騎士が討ち死にし、生きて帰ったのはあんただけ……陛下の御心を慮って自害なんて考えるんじゃないよ」
「くそ……俺は……俺は……!」
手を握りしめてブルーノが震える。ナイアスが扉を開けると廊下にジゼルが控えている。
「死ぬなら戦場で死にな。生きてりゃ次があるさ」
後ろ目に告げてナイアスはパートナーと共に部屋から去っていた。
次でラスト(´・ω・`)