【23話】冬の来訪者
木の葉が緑から色付いて風吹いて落ちる季節──バストーニュ郊外のとある大きなお屋敷に一人の少女が奉公に上がりました。
「まずは館で働く皆さんにご挨拶してもらいます。それとここではあなたのことは”ローニャ”と呼びますので。同僚の人たちと仲良くしてくださいね」
「ハーイ」
ちょっと丸い体型の立派な執事に元気よく女の子……ローニャが返す。
「お客様や他の使用人の前では戦災孤児のローニャさんを御屋形様が雇われた、ということになっておりますから、そのように振るまってください」
「そういう設定ですね、わかってます。ウッドさん」
執事のチャーティ・ウッドにうんうんと頷いてローラは返す。
ローニャ・ロジーナは仮の名前。もう一つの顔だ。
ウッドの後ろには館に仕えるファミリー・ロボの「リョウ」がいる。
執事修行も勉強のうちか……リョウも人間観察と社会性成長のためにお屋敷に仕える身である。
わたしが着てるのは古式ゆかしいメイド服でありますが、小学生用にわざわざオーダーメイドで拵えたものですので体にはちゃんと馴染んでいます。
ローニャ・ロジーナは御屋形様の慈悲で拾われて働くことになった新人見習いメイドなのでした(設定)。
「では、ミス・ルーシー。頼みますよ。リョウ君には私の仕事を伝授しなければなりませんからね」
「はい」
リョウを引き連れうきうきした様子のウッドさんが場を離れる。
「ミス・ルーシー、お願いします」
ペコリとミス・ルーシーに頭を下げる。メイド直属の上司は家政婦(ハウス・キーパー)が受け持ちます。
「明日は大事なお客様がお見えになられます。粗相がないよう徹底してください」
「わかりました。お任せください。ローニャさんはこちらへ」
そんな感じでメイドとしての生活をスタートさせたのでした。
え? 何でメイドしてるのかって?
アドラーに戻ってからアカデミーで腰を据えて研究に没頭……してもよかったのだけど、バランシェ公の容体が思わしくなくて、モラード先生はバランシェ公に付きっ切り状態に。
いよいよその時が来たのだなと覚悟する。彼の病はもう末期の状態……マイトが手を尽くしても、体を取り換えてもどうしようもないくらいボロボロなのだ。
わたしも近辺が落ち着くまでは一緒にいた方が良いと館に呼ばれました。
ほら、ジュノー行く前にちょっかいかけてきた連中がいたじゃない?
どっかの騎士団様ご一行と、フードかぶったダイバー連中だ。戦闘厳禁の場でドンパチしてたし。
プラス怪しい二人組。そのケサギとカエシはジュノーでピンチのわたしを助けてくれたけど理由はよくわからない。
マイト見習いであるけどファティマなんて発表してないペーペーだし、エトラムル研究してることが目を付けられる原因とは考えにくい。
わたしの研究論文なんてアカデミー以外じゃハナにもひっかけられなかったしね。
どこの組織とか国とかはわからなかったけど、ああいうのがまた手を出せないように警備も監視も行き届いた場所としてバランシェ邸に落ち着くことになりました。
エルカセットやアリアもモラード先生をサポートする役目を帯びて看護を引き受けているのでこっちのお仕事とは別に活動しています。
主のバランシェ公が病なので直接お客様と会ったりはしませんが、各国からのお見舞いやらフェイツ公国本国からの受け入れ対応もわたしたちの仕事となっています。
バランシェ公は自費で戦災孤児救済基金を設立していてその運用本部がここにあります。NPO団体として孤児となった子どもたちの自立支援をしているのです。
ここに務める使用人も戦災で親を失って引き取られたという人が沢山いるみたい。
仕事はいろいろ覚えることがありすぎて大変だけど、ご飯のときはみんな一緒なので結構楽しい。
わたしってば力持ちだから重いものだってへっちゃらだし。
それに他のバランシェ・ファティマと顔合わせする絶好のチャンスだったし。今バランシェ公の側にいるのは”時”だ。
落ち着いた子で大人って感じの雰囲気。さすがはオールA……天位騎士に嫁ぐようなファティマはどれも一級の品格を備えてますから当然ですよね。
わたしとしては本分の仕事ができないのはちょっとだけ辛いデス。こっちも研究を進めてヒュードラー博士に後れを取らないようにしなければなりません。
そろそろわたしもファティマ育成に取りかかる時期なんだろうけど、わたしの造りたいファティマと現市場で求められるファティマ像が一致するとは限らない。
自分が優先することはエトラムル研究だ。けど、今ファティマ育成に手を付けたとしてもマイトとしての名前を売ることになってしまいそう。
研究のために必要なお金も稼がねばならないしね。
わたしが造るのはエトラムルとの交信と親和性に特化した、エトラムルたちを端末として操るホスト・ファティマを生み出すこと!
ホスト役をエトラムルで実現させることが最終目標だが、今のところリョウ単機で世間の注目を集めるにはイロモノ扱いされて難しい。
世間の注目を集めるにはやはりファティマの発表という段階を経て行かないといけない。
理想と現実のギャップはまだまだハードルが高い。
もうどうしてもダメだ、というところに追いつめられるまで自分の足で歩きたい。
「あー、終わった……」
仕事が終わってバタンと自分の部屋に戻ると一番にハロがお出迎え。ついでに客人が一人……
「オカエリ! オカエリ!」
「おせーよ。ちゃっちゃと仕事しろよ、新人」
「あのー、マロリーさん、ここはメイドの部屋なんですけど……」
こっちが使用人という配慮ゼロでマロリーさんがわたしのベッドを寝転がって占領しております。わさわさとポテチの袋を摘まんでいるじゃあないですか……
枕元にはハロが置いてある。この部屋にはエルとリョウにもあてがわれている。
彼女はここでは客人扱いなので立場上お客様と呼ばねばならない関係です。
「仕事終わったんだろ?」
「終わってます。これから勉強の時間です」
こっちは小学生ですから午後は勉強の時間が認められております。
もっとも小学生レベルの勉強が必要か? と問われると意味がないものなので実質自由時間みたいなものでした。
「付き合えよ。体は使わねーとすぐなまるぞ」
ポテチの袋をゴミ箱に突っ込んで誘ってくる。
騎士の技を勉強する良い機会であろうかと私服に着替え表にGOです。今日はいい天気だし、館の敷地はそれは広大ですから練習場所には困りません。
「お前さあ、前ので見てて思ったんだけど相手の間合いに踏み込むのに思い切りが足りねえんだよ。ヤル気が見えねえっていうか、傷つけないようにビビってるだろ?」
マロリーが上着と靴を脱ぎ捨てる。肌ぴったりのタンクトップにホットパンツ一丁になる。
寒くないのかしらん? 人目も気にしてないようだ。
「寒くない?」
「動いてればすぐに暑くなる」
「うん」
こっちもズタボロになってもいい服装だし。こんな格好お客様には見せられませんが。
「騎士は立ち会ったら命を取るまで戦う。そーいうもんだ。お前はマイトだけど騎士だ。だからさあ、命取り合うってことの意味を……えーと、つまりだ。とっとと死ぬ覚悟決めやがれ」
「意味わかんないんですが……」
「誰と立ち会おうが手加減なんて考えるんじゃねえ。敵は手加減なんてしねーんだ。死ぬぞ」
ぞわっとした感覚が体を突き抜ける。次の刹那の動き──
弾ける! マロリーの動きがパンっと弾けたように感じた。凄まじい圧迫感が突き抜け顔の横で衝撃を生んだ。
瞬時に跳んだが、あまりの速さに対応する手が出ない。
残像をいくつも生んでローラは後方に逃れるが、マロリーは位置を変えていなかった。
「遠当て?」
違う。あの圧迫感は近接戦で感じるものだ。
「ぶっぶーはずれー。避けるのも無駄が多いぞ。今のだったらカウンターかます方がまだマシだよ」
「むー……」
「あれ、無手を見たのは初めてじゃねーだろ?」
「無手?」
「ほれ」
マロリーがローラに手を見せてから突き出して動いた。
速いっ! ローラの目の前でまた弾ける感覚が広がる。そしてマロリーは元の位置に戻る。
見せるように動いたから今度はわかった。
手の上下の動きで発生させた衝撃の余波を肌で感じ取った。
この技はソニック・ブレードとは違ってそれほどの威力はないけれど感知しにくい。
かなり直球だけど何だかストラト・ブレードに似てるような……
「剣を持てば威力も倍、射程も伸びる。お前の何だっけ? あの技」
「ストラト・ブレード?」
「アレができんのに無手わかってないとか基本無視しすぎだろ」
「いや……見様見真似だったので……あはは」
そっか、基本原理は一緒なんだ。自分が使えても相手が使えないなんてことないものね。
デコースの動きは独特過ぎて、教えたり、教えられるようなものでもなかったので、見て覚えたことを実演するしかなかったのだ。
それができることがどれだけ異常なことかをローラ自身は当たり前のことであったので自覚していなかった。
「ストラト・ブレードは無手にすり足を加えた変幻自在の技だろ? 飛び込むことに臆病じゃやってられねーんだよ」
「心配してくれてる?」
「してねえ。中途半端でいっと死ぬぞって言ってんだよ。このでこっぱち」
「うにゅにゅ~ ほっぺのびる~~」
ローラはマロリーにほっぺを人質に取られいじられ倒されるのでした(まる)
この後……マロリーさんの飛燕剣の練習にも突き合わされ(どーしても黒騎士には飛燕剣で勝ちたいみたい)。
ひとしきりスパッドの使い方の応用なんかも教えてもらいました。
騎士としての戦い方はまだまだ進化の余地がありそう……基本をもっと学ばないといけないみたい。
そんな感じで今日の午後はひと汗かくものとなりました。
◆
「つー感じでやつをおもいクソにフッてしてやったわけさ」
「ちょっとかわいそーっすねえ」
マロリーさんとの取り留めない話も一息ついたところでこんなお時間デス。もう気がついたら寝る前でエルやリョウも就寝の時間。
現在、二つしかベッドがない部屋は倍の人口密度となっています。メイドの部屋は基本二人一組なのでアリアも他のメイドとペアになってます。
何だかわたしの部屋に寝具持ち込んで今日はお泊りするつもりらしい。許可は……マロリーさんが勝手にやってきてるだけでわたしは被害者なの~
一応メイドとしての仕事はちゃんとやっておりますのでご勘弁を~~
「お時間、お時間~」
お風呂上りにベッドに端末を置いて待機。一息入れてナンバーをコールする。
ちょっとした待ち時間の後に超光速回線が繋がって画面の向こうに人が出る。セイレイだ。
「よお、お姫様」
「ちょっとぉ~~」
マロリーが横からお邪魔虫する。パジャマ姿のセイレイもかわいい。
エルメラ様から寝る前のほんの一時を話すことを許されている。こうして話すのももう慣れっこだ。
「あれ、定時連絡はしているの?」
「連絡って?」
いきなり何の話か分かりません。
「だってイェンテとは連絡取り合ってるでしょ?」
「わたしはしてないよ? あ……」
わたしに言ってるんじゃなかった。隣のマロリーさん、何だかマズイって顔してる……
「毎日連絡が婚約の条件なんだって。知らないの?」
「コンニャク……コンヤク?」
婚約ぅ。
「あー……関係ないだろ。お前らにはー」
マロリーさん、めっちゃうろたえてますやん。
「ほほう……」
そうか、モンスーン持ち出しの条件。マイスナー家との繋がりが深い人物ならジュノーから連れ出せるというわけね。
それが思いもよらぬところから暴露されてしまいました。
イェンテ君とはどこまでラブラブなんですかー!?
「へー。ほーほー。ふう~ん。そうなんだぁ~」
「ぐぅぅ……もう寝る!」
思わずにやにやしてしまう状況である。
こっちの視線に耐えかねてかマロリーさんは毛布を頭からかぶってふて寝するのでした(まる)
◆
その翌日……三人の来訪者がバランシェ邸を訪れた。わたしも応対に呼ばれて何だろうと思ったけれど、来るべき人たちがやってきました。
一人はプリズム・コークス博士(初めて会う!)。新進気鋭のファティマ・マイトとしてバランシェ公の愛弟子は星団に名を轟かせている。
女性立志伝を打ち建てた理想とする存在だ。
「新顔かい? また戦災孤児を引き取ったんだね。こんなにちいさいのに。頑張りなさい」
「はい。頑張ります!」
ホントはそれ設定ですけど、頑張るのは間違ってないので頑張ります!
もう一人はミースだ……カイエンとの出会いが彼女の運命を大きく変えることになる。
わたしよりお姉ちゃんで背も高い。そして超美少女! もうその片鱗を見せて存在感がすごいです。
ファティマよりキレイな子なんているの? 一緒にいるだけで眩さにくらくらしてしまいそう。
そしてダグラス・カイエンはすごく大きかった。メチャクチャカッコエー! そして世界にただ一人の剣聖!
「おい、爺様よ。オレの名前じゃマズいからあんたの名前貸してくれ。この子によ」
そんな一言を言い放ちバランシェ公が引き受けて彼は去っていった。ほんのちょっとだけどホンモノを見られて嬉しい。
わたくしめはウッドさんからミースさんのお部屋係を命じられました。専属でお客様のお世話をする役目なので緊張全開。
お部屋に案内すると、ミースさんは想像外の待遇と部屋の豪華さに驚きの声を漏らします。
「こちらがお部屋となっております。御用がありましたら何なりとお申し付けください」
「よ、よろしくお願いします!」
後にながーい付き合いになる、わたしとミースさんとの出会いはそんな感じでした(まる)