転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【5話】デコース・ワイズメル

 カステポー地方。ヴァキ市西区──

 路上で数人の男達が地面に這いつくばる。一人は腕を折られ、一人は頬を腫らし、血を滲ませている。

 それを見て怯える者と遠回りに野次を飛ばす見物人の群れ。

 ここヴァキ市ではしょっちゅうチンピラ同士の喧嘩が起きている。

 この手の光景もここでは珍しいものでもない。喧嘩主の双方が騎士同士とあれば、なおさら見物しようと人が集る。

 喧嘩と騎士はヴァキ市の名物だ。 

 

「ひぃぃっ! つ、強すぎる」

「勘弁してください!」

「あ?」

 

 光剣(スパッド)を抜いた男たちの前に立つのはオカッパヘアーにキャスケット帽子の青年だ。着流しに派手な黄色い柄の上着を羽織っている。

 ここらで派手な格好をする騎士は多い。ご多分に漏れず、そうした手合いのチンピラモドキの同類である。少なくとも「真っ当な」騎士ではなかった。

 青年の手は無手だ。武器を持った相手を素手で叩き伏せたことで実力差は周囲にも明らかだ。見物人同士が囁きあう。

 馬鹿な連中だ。

 ここらで騒ぎを起こすなんて。

 ここはあいつの縄張りだぜ。

 あのデコース・ワイズメルのよ──

 

「おたくらさあ、だーれのシマで暴れてくれちゃってるの~? ヒヒヒ。僕ちゃん用心棒だし~」

 

 丸眼鏡を中指で押し上げ、動こうとした男の顎を蹴り上げる。そのまま吹き飛んで壊れた屋台の台車に衝突すると派手に木片が散乱する。男はもう動かなかった。

 店の主人は逃げて見物人の群れの中にいた。

 

「だーれに頼まれたのかなぁ~? 知らないわけじゃないでしょ、僕ちんのこと?」

「ひぇぇ、すんません知りません。俺ら一昨日こっちに来たばっかで──」

「はん、行けよ。二度と顔見せんな」

「は、はひっ!」

「そこのゴミも持っていけよ」

 

 気絶する男をデコースが指差す。倒れた男を担ぎ上げ、男たちがそそくさと歩き去る。

 その背中を見ながらデコースは人差し指を額に当てる。

 この辺りは観光の収入のあがりを仕切る連中がいてお互いに仲が悪い。そういうのがチンピラを使ってちょっかいをかけるなどしょっちゅうの事だ。

 はぐれ騎士がアルバイトで雇われて用心棒をしていた。

 

「シュバっち~」

 

 超速の誰にも捉えられぬ動き──

 次の瞬間、男たちのズボンのベルトが一斉に切断されずり落ちる。周囲からどっと笑い声が巻き起こる。滑稽で無様な光景だ。

 

「ち、ちくしょ~」

 

 捨て台詞を掃き捨て、ずり落ちたズボンを掴み仲間を運ぶ。人ごみを掻き分けて野次を背に男たちは退散する。

 死人が出なかったのは気分が乗らなかっただけに過ぎない。

 

「あーあ、つまんねえの。あっさり終っちまったな~」

「なあ、あれ、ストラト・ブレードだろ? 初めて見たぜ」

「ぶっ殺せばよかったのに~」

 

 程よい緊張が解けて見物人が口々好き勝手に言う。その声を背にデコースは背を向ける。本日のお仕事は終わりである。

 僕ちんが金にならんの斬らねえよボケどもが~ お小遣いくれんならヤッテいいけど。

 すべては気分次第だ。この間など、肩がぶつかっただけで四人の騎士を惨殺してのけた。

 その気まぐれが恐れられる。デコース・ワイズメルに常識という言葉は当てはまらない。

 

「あ、ありがとうございました」

「あー、はいはい」

 

 店主だか店員が言ってるのを無視して、デコースは人ごみの中に混じって歩き去った。

 午後の空気は乾いて鼻をむずがらせる。軽いくしゃみの音が路地裏に響く。ポケットに両手を突っ込み、デコースは街角に張られたチラシを見上げた。

 

「なんか適当にうまいのいねーかなー。さっきのは外れだしよ。家賃たまってんだよね。マニーマニー」

 

 呟いて彼は壁に張られた賞金首のリストを眺める。ここしばらく代わり映えのない顔ばかりだ。

 殺人犯、レイプ犯、強盗犯etc……

 警察でも持て余す懸賞金をかけられた凶悪犯だ。一万フェザー以上の賞金首がここに張り出される。

 最低レベルの賞金首でも一般家庭であれば一年分くらいの収入にはなる。

 騎士であれば収入はピンからキリ。まともな騎士家業をしようとすれば金はいくらあっても足りないのが実情だ。この程度の賞金首で懐が潤うことなど基本的にない。

 MHを駆り、傭兵として活動する騎士は借金を借金で返すことなどざらだ。

 

「おっくせんまーんはいーませんかー」

 

 軽く舌打ちする。どれもこれもスリルのない雑魚ばかり。それに張られている情報が古い。更新を怠っているようだ。

 

「こいつはこの間ボクちゃんが○○切り落としちゃったやつじゃ~ん。ちゃんと仕事しろよな、お役所っ!」

 

 凶悪な顔の賞金首のチラシを三枚ばかり引き剥がす。

 近頃、ここらで治安を乱していたごろつきどもだ。三人合わせても一〇万フェザーもいかないチンピラだった。こいつらはこの間、掃除したばかりだ。

 最近の連中ときたらよわっちくて話にもならない。まとまった金が入ればMHの中古パーツが買えるのだがろくなのがいない。

 このデコース・ワイズメル様の暇を潰せるやつはいねーのかね。

 鼻頭をかいて大欠伸をする。眠い。ついさっき起きてボロアパートを出てきたばかりだ。

 さっきは遅い朝飯を食おうとしたら行きつけの屋台が壊されていたのである。

 揉めた原因は店員の粗相らしかったがそれはどうでもよかった。腹虫が鳴り治まらぬので相手をしただけだ。 

 殺さなかったのは金にならないから、というその日の気分である。

 ポケットから紙の束が落ちる。ここ半年ほどで溜めに溜めた借金である。家賃の滞納からMH管理費の請求書などだ。 

 悪党相手ならいくらでも踏み倒すし躊躇うこともないが、この世界は割と狭い。誠実さの使いどころは気安く払えるところから使うことにしている。

 とはいえ、現実的にないものはない。ない袖は振れないというわけだ。

 

 普通に労働して働くという選択肢はあるものの、そうするには身分を偽らなくてはならなかった。IDを偽造するにも金はかかる。

 それに普通の労働で得る賃金は微々しい。

 市民というのは何の力も持たない人間のことを指し、労働による生産性を期待される人々のことである。そういった人々が一般市民と呼ばれている。

 騎士という存在がまともな一般職に就くことそのものがありえないことだ。

 例え、行政機関に騎士登録していなくても騎士という存在は異形だ。

 ほんの一つの暴力が人を死に至らしめる。それだけの力を持つ騎士が一般市民に混じって生きていくのは難しいことだ。

 超常の血は畏怖と恐怖しかもたらさない。

 古代超帝国時代に生み出された騎士(シバレース)の血を受け継ぐ存在。彼らは今の時代も生き残り、劣勢遺伝ではあったがその血を現すことがたびたびあった。

 特に濃い血を表すことが多いのが王侯貴族などに代表される血の継承だ。

 騎士だけでなく魔導士(ダイバー)と呼ばれる超能力者をも生み出し、星団史において数多の恐怖をばら撒いてきた。

 濃い血であるほどその力は強く、薄まれば弱くなる。例え、最弱の血でも人一人を片手で殺害するだけの力を有していた。

 普通の民の中からも騎士として生まれてくることがあることから、国家はその血を管理する必要があった。 

 国家間の枠組みを超えた星団法とはそのために存在し、騎士や魔導師の存在を一般人から隔離するための法が定められている。

 騎士という人を遥かに超えた能力を持つ存在は管理されるものとして、就くことができる職種はごく一部に限られていた。

 それは星団法によって義務付けられ国家間の暗黙の了解として認知されていた。

 警察組織やそれに関わる機関。軍事関係の職や国家騎士としての立場がそうだ

 

 そして政府国家の騎士として認められない凶状持ちや精神破綻者達などは振るい落とされ、まともな職に就くこともできないまま犯罪に手を染めるケースは後を絶たなかった。

 騎士や魔導士として生まれた者の中には生まれつきの血狂い(シバレース)も存在し、それらを淘汰する組織すら存在する。

 士官もままならず、賞金首狩りや傭兵にもなれぬ半端な騎士はそうした犯罪予備軍ともなりえるのだ。

 そうしたあぶれ者が多く集まるのがカステポーである。いかなる国家も介入することを許されないこの地は古くからドラゴンが住まう土地として知られていた。

 MHでさえ歯が立たぬ超自然のこの生き物は、自らの領土内でのいかなる権力、侵略闘争を許さず、過去に幾たびも侵略の意図を持って現れた者達をその炎でもって焼き払ってきた。

 国家や法治機関の手が届かぬ地。それゆえにカステポーには警察の手を逃れた犯罪者が集まってくるのだ。

 力を誇示し、金を手にし、名声を轟かせる。ごく単純な力の道理が世界を支配している。

 強さが知られれば腕が売れる。腕を売れれば金になる。金を稼ぎ名声を得るには賞金首を刈ることが一番の近道だった。

 MHとファティマ(エトラムル)を持てれば傭兵にもなれる。

 騎士の間で少し腕が立つと知られれば腕に覚えがある者が仕合を申し込む。辻斬りまがいの立会いもざらにあった。それは傭兵同士の間でもよく見られる光景であった。

 傭兵という道もまず金がなければどうしようもない。

 デコースの性格的に士官など考えられない。元よりチンピラと変わらぬ騎士に仕官の道そのものが開かれることなどありえない。

 国家騎士などは血と家柄とコネがすべてであると言っていい。また、反骨的な騎士を騎士団は望まない。警察も犯罪歴があれば入ることは難しい。

 ならず者になるような者は、成人するまでに幾つもの事件を起こすのが常で、まっとうな職にありつくのさえ難しかった。

 自然、淘汰された道である。実力があってもくすぶっている連中はいくらでもいた。デコースも含めて──

 

「たらっとぅっとぅっとぅる~」

 

 チラシに見切りをつけて、ポケットに後ろ手を突っ込んで歩き出す。道行く人が彼を避ける。

 ガラの悪さは承知だ。いつものことなので気にしない。煙草を口に咥える。

 一般人はあまり立ち入らない区画を抜ける。

 はみ出し者の集まる場所だ。騎士崩れも中にはいて若い連中と組んで遊んでいることが多い。犯罪に手を染めている者などここではいくらでもいた。

 狭い路地を子ども達が駆け抜けていく。

 敷物を敷いて地面に寝転がる薄汚れた風体の浮浪者。くたびれた服を着たアル中の労働者。汚い建物の窓に釣り下がった洗濯物。商売女達の刺青。

 ここは吹き溜まりだ。世間から爪弾きにされた連中ばかりがいる。 

 

「デコース兄貴、今日は遅いじゃないすか」

「今夜、狩りに行きませんか?」

「あん? そんな気分じゃねーなぁ。眠くてよお、クビもろくなのがいやしねえ」

 

 首をかいてデコースは路地裏にたむろするチンピラの仲間に加わった。

 テーブルに牌が並べられていつもの麻雀大会がはじまる。昼過ぎのけだるげな空気がますますデコースの気分をおっくうにさせる。

 

「あーあ、かったりいなあ……退屈ぅ、賞金首落ちてねーかなぁ……」

「へへ、兄貴に敵う賞金首なんていませんしね。おかげでここらも静かになったし」

「あんね、うちの家賃足りねえの。お前いくら持ってる?」

「いや、ねえっすよ……からっけつっす」

「ちっ、しけてやんな~」

 

 大家に滞納してる家賃は半年分だ。よくもまあ追い出されないものだが、デコースが片手間に追い払った性質の悪い借金取りのおかげで大家から催促されたことがない。

 デコース・ワイズメルと言えばここら近辺のチンピラの間で知られた顔である。

 

「あ、いたいた。兄貴、なーにしけ顔してんですか?」

 

 遅れてやってきたチンピラ騎士の一人がテーブルに着いてポケットから端末を取り出していじり始める。

 腐っても騎士。半騎士の彼は警察勤めの不良警官である。昼からこの時間にいるのはおそらくサボりだろう。

 見ているのは賞金首のリスト。それを横目でデコースが見る。

 

「おい、ゴザ。ひゃくまんえんくらいのいねえか?」

「そんな大物はいませんね。小物ばっかすよ。五万、一〇万っと。五千ってのもいますよ。って、このガキ何したんだ?」

「ガキ?」

「五千のガキ。殺人に傷害、器物破損。密航だってさ。現在逃亡中」 

「ふーん? やっすいなあ~ 五千とかちょろすぎる」

 

 牌をかき混ぜながらデコースは盛大に煙草を吹かす。他の連中のと交じり合って退廃的な雰囲気を漂わせる。そいや、溜まってる家賃もそんくらいだ。

 

「見せろよ。ガキ一人で結構じゃねえの。うちの家賃くらい楽チンそうだしよ~」

 

 携帯を取り上げるデコースの目つきが変わる。

 紫煙が煙たく漂うのを片手で追い払う。画面に映った情報を見て貧乏揺すりしていた足が不意に止まった。

 

「へえ……」

 

 酷薄な目を細め端末に目線を落とす。画面に映っているのは硬い表情の少女。

 トローラ・ロージン──

 その名に注視したまま動かない。

 

「なんかいいのいました?」

「あれ? 兄貴、どこ行くんですか?」

「僕ちゃん用事思い出しちゃった。ちっと出かけてくる~」

「え? どこすか?」

「いーとこだよ。面白そうなの見つけちゃったし~」

 

 卓を立ったデコースが仲間達にプラプラ手を振る。深く帽子をかぶりなおすと、いつになく上機嫌そうに鼻歌を歌い始める。

 みーつけた。何でこっちにいるんだ? まあ、いいや。

 いつもの気まぐれだと仲間たちは卓でマージャン牌を打って見送った。

 デコースが路地を出ると、待ち構えていたのか一人の男がデコースの前に立つ。

 頭にターバンを巻いた男だ。確か、ビョイトとかいう名前のスカウトマンである。路地に派手なディグを止めている。

 

「今日は、ワイズメル様。お返事を伺いに参りました」

「おい、俺っち断ったろうがよ」

 

 数日前に勧誘に来たターバン男の依頼を断ったのだが性懲りなく来たようだ。胡散臭いので門前払いしたのだ。

 

「そうも参りません。どうか考えなおしてはいただけませんでしょうか。主から契約料の上乗せをしてもよいと言われております。手付に二倍の額をご用意いたします」

「考えなおしてやってもイイケドよ」

 

 どこの主だか忘れたが、田舎の地方領主レベルの勧誘など屁みたいなものだ。腐ってもプライドがあるのだ。

 

「おお、本当ですか?」

「その代わり、お前もちっと付き合え。車借りるぜえ」

「は?」

 

 ビョイトの返事を待たずにデコースはディグに飛び乗る。

 

「どちらまで?」

「散歩さ、キー、寄越しな」

 

 ハンドルを握り口の端を吊り上げて笑うデコース。思いも寄らぬ格好の暇つぶし。町を出るのは久しぶりだった。


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