転生ローラのファイブスター物語   作:つきしまさん

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【最終話】みちしるべ

◆ラストコード:01 冬の落としモノ

 

 葉が散った木々の合間を抜けてもくもくと煙が上がる。近くの小屋で秋冬の期間に落ちた葉を集めて腐葉土を作っています。

 邸の家庭菜園で採れるお野菜は食卓に上がるサラダに使われています。環境に配慮した庭作りがされているのです。

 わたくしどもメイドが掃除でせっせと集めた落ち葉は小屋に保管されて、熟成の後、腐葉土に変えられていくのです。

 執事長のウッドさんから焼き芋を焼く許可をもらいました。一二月に降った初雪の跡が残る庭の一角で焚火の煙が上がっています。

 そこから少し離れた木立の空間──乾いた地面を蹴って二つの光剣が交差する。

 

「やぁっ!」

 

 打ち込んで間合いをお互いに入れ替えながら再度剣を振るうのはローラとマロリーだ。

 こうして練習組手をするくらい二人の回復はいちじるしい。その様をモラードが見物している。

 

「若いってのはいいねえ。いつだって全力で動けるんだからな。芋はまだかなぁモンスーン? おじさん、お腹減っちゃったぜ」

「モラードせんせー、もーすこしでーす」

 

 メイド姿のモンスーンが芋を枝で突きながら返事を返す。その隣でまだかなぁ、とミースが焼ける落ち葉を眺める。

 

「あーん、煙が目に入っちゃった~ ふええ」

「ミース、目はこするなよ。目薬してやっからな」

「はーい」

 

 そんなやり取りを他所にローラは躍動的にステップを踏む。 

 

「ていっ!」

 

 ブンブンと光剣の音をこだまさせながら似非(えせ)飛燕剣をローラが繰り出した。

 師匠(マロリー)から指導は受けたもののまだ形としては不十分だ。まあ形になってればいいって言われてるのでいいんですが。

 対黒騎士戦用の技をただいま開発中である。対抗技に対する対抗技を編み出すのがマロリーの目下の課題であった。その練習に付き合わされているのだ。

 いちおー弟子なので盗めるものは盗んで置こうという腹心算もあります。

 

「ダメダメ、もー一回!」

 

 開発中の技が不発に終わりぶっちょう面でマロリーが急かす。

 

「えー? まだやるの~?」

「とーぜんだろ。本気でやれ、死ぬ気でやれ!」

「鬼師匠がパワハラしてきて辛い」

「誰が鬼だよ?」

 

 ツノ生やしてますよ!

 

「マスタ~、お芋焼けましたよぉ~~!」

「やった。練習は焼けるまでですもんね!」

 

 エルカセットの呼ぶ声にこれ幸いと駆け寄る。

 

「うわぁ~ お芋だぁ~」

 

 久々の焼き芋にテンションが上がります。銀色のホイルに包まれた芋はちゃんと焼けたかなぁ? 

 用意しておいた保護の手袋をはめて芋を手に取る。

 

「ほっくほっくのぉ~ さっつまいも~」

「どーやって食うんだこれ?」

「これはですねー」

 

 マロリーさんに見本を見せる。芋を二つに割れば現れる黄色い身に切ったバターを落とし込みホイルに包んだまま頂きます~

 バターが溶けてこれはまさに黄金色のお菓子です。ぐふふ。

 こっちの人はさつま芋を焼いて食べる習慣がないのかしらん? さつまいもの産地から箱で取り寄せたんだ。

 

「はぐ……あつつ。んー、ほむほむ……おいしー」

 

 熱い芋を食べてバターのコラボレーションを楽しみます。冬の寒さがさらに美味しさを引き立てるのです。

 

「じゃー俺も貰うぞ。バター、バターっと」

「どうぞ先生」

「おお、悪いな」

 

 エルカセットからバターの切り身をもらったモラードが芋を割って片割れをミースに渡す。

 

「ありがとございますー」

「先生、アリアは?」

「当番だからな。それといろいろ準備させてるから後でお前も来いよ」

「え? はーい」

 

 何だろうと思いながらモラードに返事を返す。

 みんなの反応は……上々かしらん? 

 

「何だ、これ? うめー」

「でしょー」

 

 マロリーとモンスーンが口に含んで美味しいとこぼし、モラードとミースもハフハフ言いながら口にする。

 

「おお、やっとりますな。何でも焼き芋とか……どんな料理なんでしょうか」

 

 そこに執事のチャーティ・ウッドが顔を出して興味津々と覗き込む。

 

「ウッドさん、これ出来上がったばかりのお芋ですよ! 食べてみて!」

「ほほう?」

 

 ローラが自分の半分に割った芋を差し出しウッドが受け取る。ホクホク芋を頬張るマロリーたちを見てウッドも口を付ける。

 

「おお! これはホクホクですね。すごく美味しいです。新鮮な味覚ですねえ」

「良かった」

 

 ローラは笑顔で返す。

 彼の顔には疲れが見えた。バランシェ公の最も近くで看病し世話を交代で行っているが、すでに末期でありもう車椅子にも乗れないそうだ。

 わたしが寝ている間に公の病状は悪化していた。最後を迎えるまでの時間を安静に過ごすしかできない。モラード先生がそう教えてくれた。

 

「色々とわたしたちがお騒がせしてすいません」

 

 ウッドさんに頭を下げる。わたしがここにいて役に立てることは何一つなかった。それどころか大騒ぎを起こす始末。

 

「ふふ、館がこれほど賑やかだったのは……お屋形様の娘さんたち以来ですよ。この庭も華やいだ声で満ちていたものです。今は全員巣立たれてここもすっかり寂しくなりました」

 

 ウッドが前を見て溜息をつく。その歳月を思い返しているのだろう。ローラはその隣で冬の景色の庭を共に眺める。

 

「カイエン様もおられました。不幸なことにお屋形様とはすれ違いがあり、カイエン様はご自身の生い立ちに深い恨みを抱かれてしまいましたが。それがちょうどこの庭でした」

 

 カイエンがもたらした破壊の痕は庭にまだ残っている。ローラとマロリーが流した血の跡は降った雪が覆い隠して見えなくなっている。

 

「あなたたちが血を流されたこの場所でカイエン様もまた血を流されたのです」

 

 それからウッドさんが語ったことは当人たちと彼だけが知る真実のお話。

 この庭でわたしたちが血を流したように、カイエンもまたここで血を流したことの顛末でした。

 自らの出生の秘密を知ったカイエンはバランシェを殺そうとしたが、天照の分身であるメル・リンスと戦い重傷を負った。

 傷を負った彼をアウクソーが庇い、リンスは命までは取らなかったこと。

 アウクソーがその場でバランシェに勘当されたこと。

 バランシェはカイエンに殺されても良いとウッドに語っていたこと。

 それを止めたのが天照であったこと……

 

「そんなことがあったんですね……」

「それでは私は仕事に戻ります。焼き芋ありがとうございました。美味しかったですよ」

「はい。いってらっしゃーい」

 

 ウッドさんを見送る。

 ダグラス・カイエンとメル・リンス(まだ会ったことないかな……)の関係は原作でもちらっと出てた気がする。

 最強のダイバーで剣聖に匹敵するほど強い。天照の帝の分身だという。

 

「わっ!」

「にゃー」

 

 ローラの背後から忍び寄ったミースが背中越しに叫んだ。

 

「なあに?」

「ウッドさんと何話してたの?」

「うん、昔話かな?」

「ふーん、お庭散歩しない?」

「いいよー」

 

 ミースさんの誘いに乗って木枯らしの林道を歩きだす。

 

「もうすっかり冬景色。雪って故郷じゃあまり降らなかったんだ」

「わたしの故郷は冬はいつも真っ白な雪がお山に降り積もってた。雪ぞりすっごく楽しいよ」

「雪ぞり、楽しそう! ねえ、もっと降ったらやってみたい。積もるかなあ?」

「うん、やりたいね。雪だるまも作ろうよ」

「雪ダルマもやりたい!」

「約束だね」

「うん」

 

 二人は雪遊びの約束を交わす。

 

「あ、どんぐり! みーつけた」

 

 ミースが張り出した木の根を指差す。雪が溶けて乾いた場所に小さな木の実がいくつも落ちている。

 

「他にもあるよ。これ、何の種だろう?」

 

 ローラがどんぐりの他にいくつかの種を拾い上げる。

 

「鳥さんかな?」

「リスじゃないかな?」

「リスさんいるの?」

「いるよー」

 

 リスという言葉にミースが目を輝かせて周りを見回す。リスの気配は近くには感じ取れなかった。

 飼ってるわけじゃない野生のリスの巣が林にはいくつもあるらしいです。

 

「きっと、冬支度に忙しくて落としていったんだね」

「そうかもー。あわてんぼうのリスさんかな」

 

 ミースが屈んで落ちていたどんぐりを全部拾い集める。ローラは手にした種をポケットに滑り込ませた。

 

「ほら、こんなに!」

「置いておいたら取りに来るかな?」

「どうだろ、来るかも? じゃあ返しておくね」

 

 どんぐりを落ちていた木の下に返してミースが立ち上がる。

 そろそろ寒いから戻ろうかと振り向くとこちらに駆けてくるエルを見つけた。

 

「マスター。ミース様。すぐに来てください! バランシェ公が……」

「公に何かあったの?」

 

 胸がざわめく。

 

「いえ、お二人をお呼びです」

「わかった。すぐ行く」

 

 強張った顔のミースがローラの手を握る。不安が伝わってくる。

 

「大丈夫。お別れとかまだ早い」

「うん……」

 

 まだお別れには早すぎる。”彼”もまだ来ていない。自らの不安を呑み込むようにローラは深呼吸をすると屋敷に向かって歩き出す。

 三人が館に入ると曇り空からちらほらと白い雪が降り始めていた。

 

◆ラストコード:02 おおいなる遺産

 

「ミース様からお願いします」

「はい」

 

 時がバランシェの部屋から出てきて告げる。

 

「行ってくるね……」

 

 ミースが手を放し時と共に部屋に入っていく。扉が閉まる音が響き一人残されたローラはソファに腰掛ける。

 待つ一秒一秒がやたら長く感じる。ハロとかいれば退屈しのぎができるんだけど、ただいまリョウは函体から出してプールで静養睡眠の最中だ。

 

「ローラ様、お待たせしました」

「ん?」

 

 後ろからの声に振り向く。そこにモラードとアリアが立っている。アリアはメイド服ではなく新しいファティマ・スーツに身を包んでいる。

 そのスーツは公社が支給するものでファティマ、アリアに与えられたものだ。

 一見して彼女がモラードのウリクルだとはわからないはずだ。風の三ファティマであるモンスーンでさえアリアをウリクルと認識することはない。

 公社の検査官だろうがファティマだろうが解析不可能な強固なコードがすべてを隠匿している。

 外見的には前髪ぱっつんにしてウィッグ付けて髪型もいじってるけど、そういう部分はあくまでも一般的な目をごまかすためのものだ。

 

「こんな時に何だが済ませるものを済ませておきたくてな。アリアのマスターを決めなくちゃな」

「やっぱりその件ですか……」

 

 これまで引き延ばしにしてきたのはアリアのマスター選定の件だ。

 宇宙船から助けた少女はダムゲートが壊れてマスターを選べない(大嘘)、ということでマイト預かりになっているが、期限付きの条件でだ。それを過ぎると公社の決まりに抵触してしまう。

 世間を欺くためアリアはインダストリー製ファティマということになっている。モラードがいつまでも手元に置いておくことはできないルールだ。

 アリアを壊れファティマという扱いで通せる時期は来年まで。モラードが治せず回復が望めなければ廃棄もありうる。

 こればかりはモラードでも特別権限を使うことはできない。ついた嘘の分だけ従わねばならないということだ。

 これがコーラス王家の”ウリクル”であればまた話は違うが、アリアというファティマはそうではない。公社にもアリアという名で登録されているからだ。

 

「エルにはまだ言ってないんですよ。第一、見習いマイトが二人もファティマ持ってるなんて世間の常識的におかしくないですか?」

「道理なんざ無理を通せば引っ込むってもんだ。今更だろう我が弟子よ」

 

 腕を組んでうぬんとモラードが頷く。

 

「だいたいよー、俺がマスターなんておかしーだろーが! そっちの方が常識無い奴だろ! 第一だ、側に置きすぎて俺のウリクルだってバレる危険はおかせないだろうが」

 

 アリアに聞こえない距離で寄ったモラードがローラの頭をぐりぐりする。

 

「ぐぬぬ……」

 

 元よりアリアのダムゲートが正常だろうが、壊れてようが他人をマスターと呼ぶことはない。

 真のマスターはコーラス三世のみ。それ以外の誰かを認めるなんてあり得ない。 

 しかし、限定的ながらそれを可能にするプログラムがファンタム・プログラム・バージョントゥ~~なのだ。

 エストがマスターを失ったときに現れる保護人格バーシャは黒騎士に相応しい人物以外をマスターに選ぶことはない。そういう設定を施してあるからだ。

 ファンタム・プログラム2では一歩踏み込んで、アーク・マスターと定めた人物のみをマスターと呼べるように設定してある。

 マスター・コード・キーを知る者以外がマスターになることは不可能だ。

 つまりはですねえ……モラード先生かわたししかいないってことなんですね。

 上位権限使って他の誰かに仮マスター設定することはできるけど、そこまで秘密を打ち明けて信用できる騎士はここにいない。

 ウリクルを他の誰かに嫁がせることはできないですから、選択肢はごくごく身内の人間だけになります。

 マスターを決定する時期を見計らってこっそりと契約を済ませてしまえば世間の注目は浴びないで済む。ということでジュノーにいる間は棚上げにしてたんだよね。

 

「まー、予定通りですけど……一応ね、確認はしとかないと」

 

 ソファから立ち上がってローラはアリアの前に立ってその手を取る。

 

「アリア、あなたのマスターを今ここで決定します。星団法の定めによりあなたを手元においておける期間は来年まで。それまで主の選定がされなければ公社預かりとなりその処置を委ねられることになります」

「はい……」

「でー、アリアの希望とかあるかなぁ……? マスターがもしわたしとかイヤかしらん?」

「博士たちの側を離れるのは嫌です……ローラ様をもしそう呼べるのであれば呼びたいのです。ですが、あの言葉がどうしても出てこないのです……」

 

 申し訳なさそうにアリアが呟く。それは意図的にロックされている機能だ。

 そんな言葉を言わせたことをローラは後悔する。

 

「屈んで貰っていい?」

「はい」

 

 膝をついたアリアの額にローラの指が触れてクリスタルへの命令コンソールを起動させる。

 前みたいな頭の全情報引き出した大掛かりな手術じゃなくて、これは軽い切開みたいなものかな?

 

「コード入力開始。”パスワード「*****」”」

 

 マスター・コードが発動するとアリアの表情が失われ屈んだままに機能を停止する。

 指先でクリスタルに触れたままアリアの頭脳へ指令を発する。”汝、この者をマスターとせよ”、と。抑えていたロックが解除されマスターを選ぶ機能を回復させる。

 これでアリアは普通のファティマのようにマスターを選ぶことができる。それが他に選択肢のないものだとしてもだ。

 

「これで良し、と。アリア?」

「あ……はい?」

 

 ほんのわずかな間に自分に起きたことをアリアは覚えていない。

 

「あなたに相応しいマスターは誰?」

「トローラ・ロージン博士……」

 

 熱に浮かされた顔でアリアが頷く。

 

「認めます。アリアンロッド。今日からわたしがあなたのパートナー。よろしくね」

「はい、マスター!」

 

 差し出したローラの手をアリアは嬉しそうに自分の胸に押し抱く。

 偽りのマスターと偽りの名を持つファティマだけど、これは彼女を守るための選択なのだ。 

 そう自分に言い聞かせる。嘘をついて自分を騙しとおすこと。それをずっと抱えて生きていくのだ。アリアが本当の自分を思い出すまで。

 ちょうどそのとき、部屋の扉が開き閉まる音が後ろで響いた。ミースの面会が終わったのだ。 

 

「うわぁ、きれーい」

 

 ミースがアリアを見て感想を述べる。

 

「おじ様が次の番だって。頑張って」

「うん、頑張る。何を?」

「あはは」

「せんせー、アリア、わたし公とお話があるから」

「ああ、行ってこい」

 

 三人に見送られて時が待つ部屋のノブに手をかける。

 

「ローラです。入ります」

 

 時は外で待ったままだ。部屋に入り寝室に横たわるバランシェに一礼する。

 

「ここまで来なさい」

「はい」

 

 声が聞き取れるよう枕元に立つ。しわがれた声がようやく聞き取れる距離だ。

 

「お前に渡すものがある」

「渡すもの?」

「そこにある箱を見ろ」

 

 サイドテーブルにある装飾のある小箱かとローラは手に取る。

 

「これですか?」

「そうだ……お前が育てたエトラムルは……私のロンドヘアラインを作った胚から分けたものだ。モラードに託していたが、弟子のお前が引き継いだ。気が付いていたか?」

「ただのエトラムルではないと思っていました。モラード先生は何も教えてくれませんでした。でもあの子の遺伝子配列は公の作るファティマに共通する情報がありましたから」 

 

 ローラに確信はなかったが、エトラムル・リョウはファティマに近い成長線を細いながらも有していたのだ。

 あの当時のローラにとってそれは理論上の存在でしかなかったはずのもの。

 

「リョウだったか?」

「そうです」

「あれはまだ完成体……ではない。もう一つのピースを当てはめなければ完成体には至らない。外見上はただのエトラムルでしかないはずだ。その箱に最後のキーコードが入っている……最終成長段階を経てあれは完成する。使うも使わないもお前に任せる」

「そんな……わたしにその資格があるのでしょうか?」

「なければ託すこともあるまい。俺にはやり残したことがいくつもある。エトラムルの未来……ファティマたちの未来……この目で見れないことが残念でたまらない」

 

 そして咳き込む。

 

「先生……」

 

 手を握る。意外なほど冷たいその手は、すでに肉体は死んでいるも同然なのだと愕然とさせられる。薬と治療でどうにか生きながらえている。

 その手がローラの手を握り返した。ローラはその手にもう一つの掌を重ねる。

 

「ミースにはマキシマムを与えた。最初はお前にと考えていたが、そこにミースが現れた。運命は土壇場で逆転をしてみせた。世界には未だにこんなことがあるのかとな……マキシマムをお前に継がせなかったのは背負わせるものが重すぎたからだ。決してミースに劣っていると考えたからではない」

「わかっています。わたしにはリョウがいるから……あなたのやり残したものを受け継いでみせます」

 

 疲れたのかバランシェは枕に頭を沈めて目を閉じた。

 

「俺はエトラムルにもファティマにも未来があると信じていた。クーンを作り、そしてロンドヘアラインを作った。しかし、奴と出会ったあの時、俺の歩む道は決まった……ファティマの未来を考えるようになった。結果おろそかにしたものをモラードに押し付けることになったがな。それが良かったかどうかは俺にはわからん。だが、後悔はしていない。脳以外をファティマの体に入れ替えてでも命を長らえて来た。そしてようやく後を託せる者が目の前に現れた。それも二人だ。運命のいたずらを笑うしかなかったさ。何故、今なのだとね」

   

 そこでバランシェは口を閉じた。ローラは手を握ったまま沈黙で応える。

 ようやくバランシェが目を開きこちらに顔を向ける。

 

「もう一つお前たちにやるものがある。アマテラスにせっつかれて作った宇宙船ウィル……アレを作るついでにやつに要求したものがある。これだ」

 

 バランシェが片手で遠隔操作すると机の上の端末モニタが立ち上がってホログラフィが浮かび上がる。

 それは一基の宇宙船の姿だ。流線型の星間飛行ドライブを搭載したバランシェのオリジナル品だ。

 

「俺が使う機会はなかったが宇宙船だ。住居空間に工房と同様の施設を備えたもので宇宙空間でのファティマ育成に適した環境が揃っている。プラント施設を使えば一年でも二年でも籠城できる。備え付けの小型シャトルには星探査機能もある。これを二基、お前とミースに譲る。名前は付けていない。好きに呼ぶといい」

「きれいな船」

 

 ローラは宇宙船のホロ像に魅入る。手を伸ばして触れればすり抜けて手の平で光を屈折させて船体を歪ませる。すぐに手を引っ込める。

 その美しい船はゆっくり回転しながら虹色の光を反射させている。

 

「すでに一基は建造に入っている。来年の春には完成するだろう。もう一基はミースがマイトとして一人前になったときに届けるよう手配した。アマテラスに届けさせろ」

「……こんなに恩を受けてわたしには返せるものがありません。わたしはあなたに命まで救ってもらったのに」

「お前に見返りなど求めたりはしない。俺とモラードが勝手にやったことだ。それといくばくかの好奇心からに過ぎなかった。お前には未来がある。俺は老いさらばえた過去の遺物だ。前を向いて歩け。話は終わりだが最後にやってもらいたいことがある。時を呼んでくれ」

「はい……」

 

 部屋の外で待機していた時を呼び、車椅子にバランシェの体を移した。車椅子をローラが押す。運ぶように指示されたのは工房だった。 

 冷え切った工房に暖を入れて厚手のブランケットを彼の膝の上に置く。

 

「じきに奴が来る。最後に友人と過ごすのはここがいい。ベッドの上ではまだ死ぬ気にはなれないからな」

 

 本気か冗談かわからぬことを言う。

 

「父さま、ソープ様が到着します」

「そうか、出迎えてくれ……ローラ、お前ももう行きなさい」

「はい……」

 

 後ろ髪引かれる思いでローラは時と共に地下の工房を後にする。

 そして……雪降る玄関先に並んで出迎えた二人の前に冬の装いのレディオス・ソープが立つ。

 

「時にローラじゃないか。バランシェのやつ、全然教えてくれないんだから。バランシェは部屋にいるのかな」

「いえ、ソープ様を地下の工房でお待ちです。ご案内いたします」

「うん。わかった。ローラも来るかい?」

「いえ、わたしは……残ります」

「じゃあ……また後で」

「行ってらっしゃいませ」

 

 ローラは頭を下げて二人を見送る。

 ソープとバランシェが交わすであろう最後の会話は彼らだけのものだ。他の誰も邪魔をしてはいけない。

 誰もいなくなった玄関で白く化粧された地面を眺める。客人はソープだけ。彼が来た足跡が向こうまで続いている。

 突然後ろから伸びた手がローラの目をふさいだ。

 

「だーれだ?」

「ミース様?」

「ブブー外れです。普通にミースって呼んでいいよ」

 

 手が離れて振り向けば寒さ完全武装のミースがいる。

 

「暇してます?」

「ちょっとだけ……」

「じゃあ、出かけない?」

「どこまで?」

「うーん。森までってどう?」

 

 ローラが指差した先はバランシェ邸との境界にある森だ。ギリギリ屋敷の敷地内である。

 

「うん、行こうか。その恰好で寒くない?」

「じゃあ、着替えてくる。待ってて」

「はーい」

 

 着替えて戻り二人は手を繋いだ。そして短い旅に出る。

 

◆ラストコード:03 みちしるべ

 

 灰色の雲が空を覆いつくしている。大地を凍り付かせた空気が白い息を吐き出させる。

 積もった雪を踏みしめて二人の少女が歩く。森がある入り口まで点々と足跡は続きバランシェの家ははるか遠く後方だ。

 ローラが立ち止まる。ここなら誰も来ることはない。

 ポケットから取り出したのは種だ。

 

「見て、これ」

 

 差し出したいくつか種を見てミースが尋ねる。

 

「それって何の種?」

「前にどんぐり落ちてたじゃない。取っておいたんだ」

「ああ、うん。どんぐりはリスさん拾ってくれたかなぁ?」

「きっとね、あわてん坊のリスさんがお礼してくれるかもね」

「リスさんの恩返しね!」

「ふふふ」

 

 ローラは手の平の種に耳を澄ませる。種は眠っているだけだ。生命エネルギーを加えればすぐにでも目覚める状態にある。

 

「何をしてるの?」

「今から種を起こすの」

「起こす?」

「では、見てのお楽しみです~」

 

 両手に種を乗せたローラの手に光が宿る。

 すると、種が殻を破って芽を出した。

 

「あっ!」

 

 そのか細い芽は起き上がるとぐんぐんと背丈を伸ばし始めた。張り出した根がローラの指先に巻き付く。あっという間に根は手を覆いつくしていく。

 ルシェミによって活性化したそれはまるで生き物のような躍動的な動きを見せる。そしてついに二人の頭を追い越して青々とした葉を生い茂らせた。

 その光の雫がこぼれてローラの足を伝って地面に落ちた。たちどころに冷たい雪は溶け去り、露わになった地面から下生えの青い芽を覗かせて緑の葉をぐんぐんと伸ばし始めた。

 

「うわぁ……すごーい」

 

 ミースが感嘆の声を上げた。ローラの手元の花がついに咲いたのだ。

 白い花は薄っすらと輝いている。その光に魅入られたようにミースは瞳を輝かせる。

 荒廃した冬の世界に輝き咲き乱れる花たち。暖かな光が二人の少女を照らしだす。

 下生えの草たちはミースの腰ほどまで伸びて成長を止めた。

 二人の周囲を取り囲むように緑の海が包みこんでいる。外の寒さや冷たい風は力を失ってまるで春の陽気の最中にいるようだ。

 

「きれい……金色の草原の中にいるみたい。マイトってすごいのね。土も水もないのに……」

「種に与えた栄養はわたしの生命エネルギー。何もないところから力は生まれない。この種にこれだけ成長できるポテンシャルが宿っているからこういうことができる。命を持たないものには何の影響も及ぼせないんだ。怪我を直すのも同じ原理だよ。対象の生命エネルギーを活性化させて治療する」

 

 一般的なマイトの治療法を説明する。相手の生命力次第なのだ。

 

「わたしたちは自分の力を使って新たな生命を創り出すこともできる。良いことにも悪いことにも使うことができる」

「悪いこと?」

「使い方次第かな。この力には善悪なんてないの。人がどう受け止めるかだけ」

「難しいこと言ってる~」

「この世界をより良いものに変えることができる。あなたとわたしで」

「私?」

 

 ローラの眼差しを受けて、自分を指差しミースはきょとんとした顔をする。

 

「さあ触れてみて。あなたも感じて」

「うん……」

 

 ローラが促すとミースは手を重ねた。こぼれた光が指先を伝わってミースに流れ込む。

 

「感じるでしょう? 生命の奔流が。あなたとも繋がってる」

「わかるよ……これがマイトなんだね。私もできるようになるかな?」

「できるよ、絶対」

 

 その言葉にミースははにかんで返す。

 

「私……自分がこれまで普通だって思ってた。本に書いてあることとか全部暗記できたり、答えも全部わかっちゃうのがおかしいって思ってなかったの。ツァイハイでカイエンおじさんが私を助けてくれて、知らなかった世界を知った。いろんな人たちとも会えた。ここに来て学校に行ってわかったの。私はやっぱりみんなと何か違うんだって……クロームおじ様が全部教えてくれた。だからローラちゃんが私と同じだって知って嬉しかったんだ。一人じゃないんだーって」

「それはわたしも同じだよ」

「えへへ……良かった」

 

 自分以上の才能を持つ存在と巡り会えたこと。

 何せ自信のあったコードをあっさり破られ完敗だった。そこに嫉妬心がないわけではない。

 でもわたしにとってそれ以上に大事なことができたんだ。自分の目標と向き合うこと。敗北は次のステップへと変わった。

 彼女はわたしにとって乗り越えるべきライバルと認識した。敵だとは思っていない。

 共にバランシェ公から託されたものを共有する同志でもあった。

 

「ところでぇ……この花はいつまで咲いていられるの?」

「この花はわたしのエネルギーを供給するかぎりずっと咲かせることもできるよ。でもね、種に蓄えられるエネルギーは有限なんだ。生きている限りその力には限界がある。いくら土や水を変えても、栄養を与えても。それは人間も同じ……いつかは尽きて力果てる。わたしが成長をずっと早くしたからもうこの花は寿命を使い切ってしまったの。こんな風にね」

 

 エネルギーの供給を止めると手の中の花がたちまち萎れて朽ち果てていく。生命力を失い最後には根も力を失って雪の中に落ちた。

 下生えの草も立ちどころに枯れ果てて倒れる。

 体を芯まで温めていた光が喪われたとたんに冷気が体を包んでミースは体を震わせた。

 

「枯れちゃったね。あ、種」

 

 朽ちた花をミースが拾い上げて胸に抱いた。産み落とされた新たな種と共に。

 

「わたしたちも限られた命を燃やして最後まで生きる。土に根差してしっかりと太陽の光を浴びてね。この力は人の世界の理を越えてるけれど、持って生まれてしまったことにはきっと意味があると思うの」

 

 そこで切ってローラは沈黙する。その横顔を眺めながらミースは質問する。

 

「ローラちゃんはどんなマイトになりたいの?」 

「どんな……か」

 

 バランシェ公に約束した贖罪の言葉。あのときの言葉を思い出す。

 

「ある人と約束をしたの」

「約束?」

「うん」

 

 ローラは灰色の空を見上げる。白い雪が落ちて大地に積もっていく。

 

『その言葉忘れるな──』

 

 バランシェ公……あなたからもっと学びたかった。

 憧れていた。あなたのようなマイトになりたかった。 

 あなたはわたしが知らないうちに多くのものを与えてくれました。

 あのときのあなたの声がわたしの未来への道しるべになりました。

 これからもその道を歩いて答えを見つけていく。

 伝ったのは熱い涙だ。自分でも止めようのない熱い雫が雪を溶かす。

 言葉にならない強い想いが胸の内で湧き上がって白い息と共に吐き出した。

 

「きっとすごく大事な約束なんだね」

 

 ミースが隣に並ぶとローラの手を握って同じ空を見上げる。

 すうっと息を吸い込んでミースが切り出す。

 

「私もね、クロームおじ様と約束したんだ。すごい大変かもしれないけれど……」

「じゃあ、どっちが早いか競争だね。わたしのエトラムルか、あなたのマキシマムか」

「ええ? ずるいよー。ローラちゃんは私よりずっと早くマイトになってるじゃないー」

「じゃあ、わたしの勝ち!」

「ダメー。私負けないよ!」

 

 頬を膨らませて睨めっこする。でもおかしい。我慢できなくなって頬が緩んで噴き出す。しばらく二人して笑い転げた。

 

「帰ろっか」

「うん」

 

 二人は立ち上がってバランシェ邸に向かって歩き出す。ポケットには花の種がある。

 

「この種、春になったらここに蒔こうよ。一緒に」

「いいよ。じゃあ……あの木を目印にしよう」

「オーケー」

 

 白い原野にポツンと立つ樹をミースが指差した。

 そこまで辿り着き幹に触れる。この樹は屋敷までの中間地点にある。

 ここがわたしたちの原点の場所になるだろう。そんな予感がした。

 

 

 

 

 春になったら緑萌える大地に種を蒔こう。

 彼らは芽吹いて花を咲かせるでしょう。

 そして次の種を残し何度も世代を重ねていく。

 わたしたちはその花を見守っていく。

 やがて荒野が一面の花畑に彩られる日を待ち望みながら──  

 

 

 

 

星団歴二九八九年のアドラー、バストーニュの冬

時代を駆け抜けた偉大なる男が、彼を知るごく身内の人々に見守られながら静かに逝った

彼が遺した大いなる遺産は二人の少女へと受け継がれることとなる

そして星団歴二九九〇年はすぐそこにやってくる

ローラとミースの旅はここから始まりを告げる




転生ローラのファイブスター物語:第二部これにて完結!
「評価」や「感想」などを頂けたら幸いです
後書きなどは落ち着いたら活動報告に書くかもしれません
2990のエピソードでまた会いましょう!

最終話「みちしるべ」のテーマは茅原実里「みちしるべ」から
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ED主題歌──


この物語は2011年~2020年に「月歩」が書いた(´・ω・`)b

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