「ヴィズビズ?」
「違う」
人の名前覚えるのめんどいなぁ……ヴィズビズ君。それはさておくとしてだ。
「バレン無事なんだよね? 怪我は?」
最後に見たのは先週のことだ。浮遊城にいたときに大変なことが彼の身に起きていることを知った。それでここまで旅してきたのだ。
あれから連絡が途絶えているのが気になる。
「わたしは医者。マイトだよ。すぐに案内して」
「ああ……ついてきてくれ。そっちの人は……」
「えっとぉ……」
ヴィンズの視線がミースに突き刺さる。ミースは恐々と肩をすくめて縮こまる。
何があるかわからないし、できれば彼女には安全な場所にいてもらいたい。
「ミースさんはホテルに行ってて」
降りるときに用事あると言って別行動してるマロリーさんとモンスーンも同じホテルだ。何かあればそこに行けばいい。
「ううん、私も行くよ。何かできるかもしれないし」
真剣、という顔でミースが返す。迷うがローラはすぐに答えを出した。
決して邪魔にしているわけではない。それに一人にさせるのも……ここはカステポーだしなぁ。
「わかった。いいよね?」
「仕方ないな……」
不承不承ながら頷いた彼の先導で路地を抜けようとするが、その先にいる覆面の男たちの姿に足を止める。
「待って」
「ち」
ヴィンズが舌打ちし、ローラは数える。ひーふーみーと八人?
あー、ナニコレ……どっかで見たようなシーンなんですけどぉ……トラブルの予感しかしません。
「小僧、仲間と落ち合うつもりだったようだが、その娘がお前の仲間ということか?」
目元だけ見せる先頭の黒い男が問いかける。伝統的忍び装束は忍びの草と呼ばれる者たちの衣裳だ。
もう、悪いことする人たちはなぜ黒が好きなのん?
「撒いたと思ったのに。この子たちは関係ねーよ」
「おや、そうか? それは一緒に来てもらえればわかることだ」
話はまるで通じない。これは実力行使というやつですか……
「おい……走るぞ」
小声でヴィンズが合図するとローラが掌底を地面に叩きつけて爆風と粉塵が路地に満ちた。
「ぐあっ!?」
「ええ?」
撒きあがった砂が男たちの目を潰し、ローラは動けないでいるミースの手を取った。
こういう連中に無駄な時間は割いてられない。
「後ろ!」
ローラが来た道を走る。
「ローラちゃん、ま、待ってぇ~~」
「でい! ごめんねっ!」
ちょっと乱暴だけど浮いたミースの体をローラは両手でお姫様抱っこで抱えて走った。
「にゃあ~~!」
ミースが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「何よ、あいつらっ!!」
後ろの様子なんて確認してらんない。すぐに追いつかれる。
「説明は後だっ! こっち」
ヴィンズと並んで一通の道を抜けて走る。テントの店が並ぶ市街に出て走る速度を早めた。ミースが阿鼻叫喚状態であるがそれどころではない。
公共の場で人に紛れれば……と思ったら甘かったです。
進行方向目の前を狙った攻撃が遠くから繰り出される。
ドォォン。轟音を響かせ粉塵が舞い上がった。白昼の町中で堂々と破壊行為が行われている。
「ひゃぁぁん!?」
「ミースさん、しっかり捕まって!」
ミースを抱えたローラが煙る中から飛び出して駆ける。爆発で転がった残骸を乗り越えてジャンプ。
「げほっ! まだ来るぞ!」
「見境なしかよぉ! けーさつ仕事しろ!」
ローラの後にヴィンズ少年が続く。二人はまた並んでいた。
まあ、警察呼んでもたいがい役に立つことなんてない。ここはカステポーだ。
黒ずくめの男たちの姿は後ろにちらほらと見える。こんな場所で堂々と破壊行動してくるあたりやっぱりまともな連中ではない。
バレン、何したの?
「てゆーか、何でこっち来るの! 君を追いかけてるんでしょっ!」
「会えたのにそうは行かないっ! 俺はあんたを守るって決めたんだ」
「いや……だから、ねぇ……」
現在、追いかけられております。どこの誰に? と言われてもさっぱりわかりません。
路地で一緒に逃げてる少年とはさっき会ったばかりですし、本当にBBと友だちなのかすらわからない。
連中の狙いはヴィンズだ。というわけでさっさと分かれてほしいのですが、ミースさんを抱えていてはままならない。
「ミースさん、携帯だせる?」
「ちょっと待って!」
ローラは高架線の溝を走りながら追手の気配をすぐ後ろに感じる。数を増やしているようだ。このままだと囲まれる。
人を抱えながら走るのは結構きつい。相手が騎士級なら追いかけっこは分が悪い。
仲間の助けがあればこれを切り抜けられるのだが……
「複数来てる。囲まれたらおしまい。ここは別れよう。うまく逃げられたらさっきの場所で」
「分かった。俺は左。まず俺が引き付ける」
「じゃあ右ね」
ヴィンズが壊れた廃車に攻撃して派手な音を立てるとその姿を追手に晒した。
ローラは死角の右に動く。同時に追手の気配も二つに分かれるのを感じ取る。数は大幅に減らしている。
よし、計画通り!
「携帯繋がった。送ったよ」
ふええ、もう死にそうという顔のミースが携帯を見せる。
「うん。もう少し我慢してね!」
路地を抜けてローラはジャンプして建物の屋根に乗った。トタン屋根を走って建物から建物へ。
視界が開けてるから追手の位置も把握しやすい。んで、味方にも見つけてもらいやすい。
逃げるための位置取りではなかった。どうせ追いつかれるならこっちに有利になるところを選んだのだ。
『マスター、見つけましたっ!』
「お、エル来たぁ~」
耳元に星の上からの通信が繋がった。
エルは今は空の上だ。ノアの明星号がカステポーに降りるには目立ちすぎるから上で待機してる。
『支援行きます。後一七七秒お待ちを』
「りょーかい!」
向こう側に揺らぐ影が遠くに見えたかと思うとこっちに向けて移動するモノをローラは見つける。
こっちを追う追手であると確信する。
「ダイバーっ!?」
閉じた空間を手繰り寄せて移動する魔導術を使用している。相当な魔導の使い手で構成されている。
先ほどの忍び姿の男もいるので間違いないだろう。
「ミースさん、下ろすよ」
「うん」
ローラが抱えていた手を放すとミースはへとへとと座り込んだ。
ダイバーが現れる位置を予測してローラは構える。手には今拾ったばかりのほうきがある。間合い内に現れる先と届くギリギリの距離を見計らう。
「せいっ!」
ローラは居合の要領で振り切って剣圧を飛ばした。衝撃がトタン屋根を揺らし弾き飛ばす。
衝撃波は予測地点に現れたダイバーたち数人を巻き込んで倒していた。黒装束が血を吐いて落ちていく。
「大当たり~っ! あー、しまった。生きてるかな?」
捕まえて誰の差し金か聞いておきたいけれど、そんな暇もあまりない。味方と合流するのが先決だろう。
「あの子。ヴィ……ヴィズビズって名前だったっけ? 無事でいるといいけど……」
「まずは自分の身を案じることだな……くくく」
どこからか響いた声にローラは周囲を見回すがわからない。声は複数の方向から響き、ローラの感覚をもってしても位置を掴ませなかった。
「ローラちゃんそこに何かいるよ?」
ミースが指差した先、そこに何か黒いものがうごめく。トタン屋根の上に現れた黒い影が次には人の形となってそこに立つ。
奇妙奇怪な技を使う怪人が二人の前に立った。
ローラの感覚でもそこに現れるまで察知することができなかった。
極限までにアサシンの隠匿技術を極めた者だけができる芸当である。
「ぐひひ、可愛い娘っ子がふたーり。美味しそうだねぇ」
舌なめずりするようなセリフは白い仮面の中に隠れてわからない。
「うわ……なんか変なのきたし……」
さっきの忍びたちとはまた違うタイプだ。すごい長身だが恐ろしく細い。
顔は白い仮面で覆っている。目元に切り込みが入った仮面をかぶっていて、その背にある義体の手は合計四本。
まるで蜘蛛のように見える異様な姿だ。
ローラは本能的にミミバ族特有の気配のようなものを感じ取る。
ミミバ族とはこれまでに何人かすでに会っているが、いずれも普通の騎士とは異なる技術を身につけていた。
「あの距離のダイバーを倒すとは。警戒すべき敵と認識した。そこの小娘も騎士かね? ぐひひ」
「気持ちわる……ミースさんは逃げて」
「え? うん……」
「ムダよ、一度補足した者はこの六椀のクモがのがさん」
六椀のクモから気が飛ばされ、ローラの持つほうきが木っ端みじんに砕け散る。
元より騎士相手にほうきで立ち向かえるわけもない。
ああ、もうこんなことなら剣の一つでも持ってくるんだった。ローラは頭の中をきっちり戦闘モードに切り替える。
ローラは足元の強度を確認する。
三、二、一……
「エル」
『GOです!』
時間きっちりのその声を合図にローラが跳んでいた。建物のすぐ真下を移動する存在は良く知った気配である。
「マスター、剣ですっ!」
「むっ!?」
ローラが跳ぶと同時に下から飛び出したアリアがスパッドを投げてローラは受け取った。
煌めく光剣がアリアに向けて放たれた暗器を絡めとって弾き、アリアがミースの所に到達する。
エルカセットの時間宣告通りに援軍アリアの登場である。
「アリアっ! ミースさんを」
「はい」
「アリアさんっ!?」
「もう大丈夫ですよ」
アリアがミースを抱えて走り出す。
追おうとしたクモの背後にローラが動いた。光剣の斬撃が奔ってクモが機械の腕で弾いて見せる。
「ファティマか……まぁ良い。我らに逆らってタダで済むと思うなよ」
「それ、三下がよく使うセリフ」
ローラは光剣を構えた。相手の呼吸、わずかな空気の流れを読み取る。伏兵は近くには存在しない。
全然、大丈夫。私はこいつに対処できる。黒騎士やデコにい、マロリー師匠にもこいつは及ばない。
ローラは再度交差してクモと打ち合う。
「む?」
腕が痺れる違和感。スパークするビジョンが浮かぶ。とっさに無手を繰り出してローラは機械の腕を避けて跳び距離を取った。
本能的な勘が距離を取らせたのだ。
「ふしゅう……」
だらりと腕を垂らしたクモの動きはなんか変だ。やはりあの機械の腕に何か細工がある。
攻撃に使うかと思ったのだが、極めて普通に組み合った。しかし、頭の中に浮かんだ予測めいた感覚が何なのか探る。
「こいつ、バイア(魔導騎士)ね……」
「おや、見抜いたかね? わしの間合いに入れば黒焦げにしてやったものを……」
これまでバイアと戦った経験はない。マロリーさんから魔導戦の基礎は教わったし、そのための技も知っているが実戦は初めてとなる。
相手が騎士であるからにはうかつに飛び込めば雷の餌食だ。こちらの反応速度に対応してくるのだから厄介な相手である。
あの四本腕は攻撃のためじゃない。だとしたら対処の仕方はある……
ローラは思い切って光剣を切った。
「諦めたのかね? けっこう、けっこう。あの小僧と一緒にあの御方に献上させてもらう」
「あの御方? じゃあ、知ってること全部話してもらうからね? 追いつけたらねえ」
「ふはっ!」
背を向けたローラにクモが嘲笑って追った。
追いかけっこ開始!
ローラが走りクモが追いかける。背後から飛ぶエネルギーの追撃は正確にローラを捉えてくるが、その直線の攻撃は簡単に避けることができた。
でも当たればただでは済まない。相手の力がどれほどのものか引き出すだけ出しておきたい。
再度放たれた電撃をすれ違った建物の避雷針で吸収させる。
やっぱりそうだ。あの背の機械は魔導を増幅するモノに違いない。機械の腕はただの飾りだ。
だとしたら……ヒュードラー博士から貰ったシールドちゃん働いてよねえ。
「フハハ、ばかめ! 正面から跳んでは避けられまいっ! 勝ったっ!!」
バカ正直に正面から跳んだローラにクモが勝利宣言する。
ローラの体が小刻みに揺れ動いて幾重もの残像をまとう。体の表面に生じさせた波動、体動衝撃波(ボディ・ソニック)をまとってローラはクモに向かって特攻をかける。
対魔導攻撃への直接的な対抗技はこれしかない。
クモが撃った光がローラを包む。勝ったと笑うクモが驚愕の声を上げた。
「げぇっ!?」
その破壊的なパワーをローラが体表面で受け流して弾くと、その勢いのままに機械の腕四本を狙って攻撃していた。
腕を破壊したローラが倒れたクモに馬乗りになって喉元に手をかける。割れた仮面から覗く男の目は恐怖に歪んでいる。
もう魔導をこいつは使えない。バイアとしては未完成な力を機械で増幅させていたのだ。
「言いなさい! あなたたちは何者なのっ!? バレンに何でひどいことしたの?」
「止めをささぬとはバカめ……」
かすれた声を出してクモが笑う。何か様子が変だ? 感じた違和感はローラの首筋にうすら寒いものを感じさせる。
「ぐひひ……」
クモが息を吐き出したかと思うとその体があり得ない動きをしてローラを弾き飛ばしていた。
「ふにゃらりぁっ!?」
屋根の上を弾んで落ちる寸前にローラは受け身を取って止まる。
こいつ! まだこんなに力を残してた?
立ち上がってローラは異常なものを見た。クモから立ち上がるオーラが尋常ではない。さっきまでとはまるで別人だ。
砕かれた肩を垂らしたクモの目は正気ではなかった。泡を吹きながら突進してくるのを辛うじてかわす。
こいつ! 早くなってる!?
クモの動きは体の限界を越えていた。負荷が異様にかかった体が肥大化し筋肉まで増強されている。
「ぐぁぁ~~殺す!」
血走った目がローラを捉える。その刹那、クモの額に浮かび上がる模様がローラの目に入った。
「何これ?」
気持ちが悪い……吐きそうになるがこらえた。何か尋常ではないモノにクモは支配されている。
クモの攻撃を避けながらローラも技を繰り出すが、異常な力に突き動かされているのか、まるで痛みを感じていないかのようだ。
「死ねっ!」
「くっ!」
ついに捕まり、クモの手がローラの首を絞める。すごい力で振りほどけそうにない。
意識を失う前に……やらなければやられる! ローラが光剣の端を掴んだそのときだ。
「ごあっ!?」
その瞬間──クモがきりきり舞いをして弾き飛ばされていた。ローラは自由になり体を回転させて着地する。
「おっと、正義の味方、大参上~~主役ご登場ってねぇ」
「マロリーさんっ!」
蹴りをかました格好でマロリーが立つ。その後ろにはモンスーンとなぜかヴィンズ少年までいた。
「そこは師匠、ありがとうございました、だろー」
「あー、ありがとうございます」
「何だ、こいつ。ぞくぞくするな……」
二人がやり取りする間にクモが立ち上がり、逃走する気配を察したマロリーが動いた。
「うちの弟子にちょっかいかけやがった落とし前、きっちり払ってもらうぜっ!」
マロリーの飛燕剣が放たれ容赦なくクモは切り刻まれる。
「みねうちさ。モンスーン。そいつ縛っとけ」
「はーい」
クモは気絶しているのかピクリとも動かない。スタンモードの剣を持ったままマロリーが振り向いてローラと並ぶ。
モンスーンがクモにパラライズワームを施して無力化は完了する。
そんなものなんで持ってたのかは聞かないでおく……
「そんじゃまあ、奴からイロイロ聞かせてもらうとするけど、あっちのガキもわけありかよ。めんどくせーなぁ……」
「首を突っ込みに来たのはマロリーさんでは……」
「口答えすんな」
何だかんだとマロリーさんが一緒についてきてくれたのは心強かった。あのクモの変化は異常だ。普通の騎士ではない。
クモは拘束され、アリアとミースさんはホテルに到着したと連絡が入った。二人にはそこで待機してもらう。
今の私たちの動きは空の上からエルがサポートしているから安心だ。
「じゃあ、もういいよね。バレンのとこまで連れてって」
「ああ、あんたたちのこと信頼するよ。助けてくれてありがとう……」
謝るなんてけっこう素直じゃん。ヴィズビズ君ちょっと見直すことにする。
私と別れた後に敵に囲まれてヤバいところにマロリーさんが割って入って蹴散らしたらしい。
ちゃんと助けに戻ってくれたんだからわたしもお礼言った方がいいかな……
「あの……」
「何だよ?」
つんけんさは我慢してお礼を言おう、わたし。
「えと、さっきは……」
「おい、もたもたすんな。さっさと案内しろ~」
「はーい、ただいま~。あの、また後でね」
「? ああ……」
というわけで私たちはバレンがいるという隠れ家まで彼に案内される運びとなったのでした。
そしてローラたちの動きを見張るもう一つの目があったのだが、その目はすぐに閉じられていた──