これはいけませんね。
ジゼルは窪地に潜みながら捕虜奪還のチャンスを伺う。着地の際に投げ出されローラと離れ離れになっている。
騎士が二人。それも上空からはファティマが狙う。圧倒的に不利な状況だ。
打開策は絶望的。
ファティマ・コントロールによる狙撃は回避のしようがない。ありとあらゆる回避行動をファティマの超絶演算でエミュレートしているのだ。
それに対してこちらは丸腰だ。MH同士であれば何とかなる。だがあの騎士を出し抜いてローラを助けだすのは困難。
まー、やろうと思えばやれなくもなですが……マスターを囮にすれば……
男の実力は見ればわかる。あの女騎士ほどではない。マスターはあの女騎士を相手にするので手一杯だ。
あっちの注意も逸れているだろうか? よし、やってみよう。
そのとき、宇宙からの照準がジゼルをロックオンする。
はるか宇宙の戦艦の砲座室。素顔を隠したファティマの口元が笑みを形作る。この少女こそがファティマ・ラピスだ。
『ふふ、おねーさま。鬼ごっこは私の勝ち♪』
げげ? 捕捉されたっ!?
遥か上空からのロックオンを確認。
ピンチピンチです~~~!
極細のレーザーが飛び出そうとしていたジゼルの前にピンポイントに降り注ぐ。
「はんにゃ~~!?」
とっさに屈んだジゼルの前にレーザーが文字を形作る。穿たれた文字は「lapis」だ。無駄すぎる超高性能ピンポイント爆撃である。
「警告? ……ラピスのやつぅ~~~」
衛星軌道上を見上げてジゼルは恨みがましく睨む。
「確保だな」
「げげっ? しまった!」
上に気を取られすぎて騎士の動きを喪失していたのだ。次には手に持ったスパッドが弾き飛ばされる。ハルマーの剣先がジゼルの胸先に突きつけられていた。
「不覚ですぅ~~」
ペタンと脱力に座り込むジゼルであった。
その向こうでは白い砂塵をまき散らしながら瞬撃の攻防が繰り広げられている。
「クソッタレ!」
「お留守!」
「させっか!」
ナイアスとノンナの攻防も罵詈雑言が尽きた頃には言葉少ないものとなっていた。
これでは千日手である。拮抗しあう実力者同士が出会うことは稀だ。一手撃ち合って二人は離れる。
二人が撃ち合った地は周囲が抉られるように地形を変えている。
「ルーンがこんなど田舎で小娘ごときに何なんだい?」
「貴様こそ、なぜあの娘に近づく? 何を知っている?」
「何のことさ? 明日バーゲンセールなの?」
「聞いた私がバカだったよ」
『マスター、緊急事態!』
「何だよラピス!?」
ラピスの答えを待つ間はなかった。頭上──地域周囲は大きな暗い影に包まれていたのだ。
「げ?」
「エア・ドーリー?」
上空に質量感のある存在が現れていた。
赤いエア・ドーリーのハッチの一部が開閉される。そして投下されたものが激しく大地に轟音を響かせる。
降り立ったのは少し古い型を思わせるグレーのモーターヘッドだ。
「もーたーへっど~~?」
足首を縛られ宙ぶらりんのローラが呟く。紛れも無く落ちてきたのはモーターヘッドだ。
というか、この状況下でまったく読めない展開だ。説明プリーズなの!
◆
「ふう、間に合ったようですな……」
エア・ドーリーの艦橋からターバンの男が地上部分を見下ろす。男はビョイトだ。
「ユーバー様に叱られるな……胃が痛い」
カステポー地域への武力介入なので「バレ」れば大目玉だ。後は回収までをデコースがスムーズにやれれば良い。
契約がてらの無茶な要求を飲んで本国から持ち込んだエア・ドーリーを降下させたのだ。
長居は不要だ。何せここから先は「聖地」。ドラゴンが住む場所である。
ドラゴンに灰にされる伝説は山ほどある。
「こんにっちは~ ボックちゃん~~! ひゃっは~」
コクピットハッチが開きデコースがモーターヘッド・デボンシャから身を乗り出す。そして真下を睥睨する。
動きの止まったノンナとナイアス。ハルマーと拘束された二人も呆然と突然の闖入者を見上げていた。
「げげ?」
あれってもしかして……じゃないよね。
何ということでしょう。探しビトが向こうから現れました。この状況的にここで現れるってことは……
あれ、どこ行った?
わずかな間にデコースの姿を見失う。
次の瞬間、突風が吹き抜けるとローラはふっ飛ばされる。
「にゃ~~~~!?」
なお、ぶっ飛ばされたのはハルマーだ。とばっちりでローラも放り出される。
空中でキャッチされる。襟首を掴まれローラは引き上げられる。デコースの顔が目の前にある。
何というかイメージより全然若いですね。
「はぁ~?」
「大人しくしてろや」
「お、おお、お兄ちゃん??」
オカッパ頭のその風貌は間違いなくわたしの兄のデコース・ワイズメル。
写真でしか見たことがなかった実兄の顔は見忘れるわけがない。
「よお、いもうと?」
久方の兄妹の再会の挨拶なんてそんなものでした。
「ちっ!」
「おっと、行かせねえ。形勢逆転かな?」
動こうとしたノンナをナイアスがけん制する。
「貴様、邪魔をするな! 恥を知れ!」
「お断りだし知らないねえ。あたしゃ、にーさんに会いに来た子を送り届けただけ。自分に恥じることなんてしてないさ」
そうこうしている間にローラを背負ったデコースがデボンシャに乗り込む。
「さあいいぜ、上げなっ!」
デコースが端末に叫ぶと青白い光が周囲に発生する。ドーリーからの誘導テレポートだ。
「テレポーテーション?」
モーターヘッドが反重力フィールドに包まれる。
空の大きな船から光が降り注いでいる。重力フィールドで浮かび上がっているような感覚に包まれていた。
テレポートする際に周囲を巻き込まないようにするフィールドだ。軍事的には攻撃にも防御にも使えたりするのが反重力フィールドだ。
「くそ、ラピスっ! 阻止しろ!」
『無理ですマスター。エア・ドーリーが邪魔です』
ノンナには逃亡を防ぐ手立てがない。あのフィールドを中和するには相応の兵器が必要とされる。
現状、阻止する手段を持っていない。
完全にしてやられた。ここに来て第三者が獲物をさらっていくなど誰が予想できようか。
ローラの懐の携帯が鳴る。
「ローラっ!」
スパッドを収めたナイアスが走りながら携帯に叫ぶ。
「あん? 誰だ」
「ねーさんっ!」
「上手くやんだよ。元気でなっ!」
ナイアスは親指立ててウィンクをしてみせる。
「うん、ありがとう!」
次の瞬間、通信が遮断される。光の粒を残してエア・ドーリーの艦内へとテレポートしていた。
ローラはテレポート後の器官が麻痺したような感覚に包まれる。
耳に聞こえてくるのはグォングォンというエンジン音だけ。エア・ドーリーの中にいるのだと理解する。
「すぐにこの空域を離脱せよ。帰投のルートに入る」
艦橋でビョイトが指示を下す。
「了解です。本艦のテレポートを開始っ!」
数秒後、空間の歪を残して赤いエア・ドーリーは姿を消す。
「してやられたか……ラピス、あの船の船籍はわかっているか?」
赤いエア・ドーリーが消えた空を睨みながらノンナが尋ねる。
『データ取れています。トラン連邦のものですね』
「厄介な……だが、私から逃げおおせると思うなよ?」
「それより、あっちはいいんですか? いてて……」
ハルマーが骨折した左腕を抱えてゴチック少女とファティマを指さす。腕はデコースに折られたのだ。
「私はもうヤツを相手にしたくない。時間の無駄だろう。後は警察に任せればいいさ。ラピス、姉との再会はどうだった?」
『とても楽しかったですう♪』
「そうだろうとも。ハルマー、行くぞ」
ノンナがディグに乗り込むと向こうの道から駆けてくる数台の警察車両が見えた。
同時にドラゴンロード方面から砂塵を上げて走ってくる高速車両がある。中には荒くれた印象の男たちがいる。
「姐さん、早く乗って!」
腕っぷしが太いガラの悪い男が扉を開けてナイアスに叫ぶ。
「お前、遅いんだよ!」
文句を言いながらナイアスとジゼルが乗り込むとディグは同時に走りだした。
「言われた通り待機してただけっす。いつまでも来ないからこの有り様じゃないっすか~~!」
「け、ずらかるぞやろーども!」
「お、お~~」
ジゼルがゴーゴーと片手を上げると逃亡犯対警察の追いかけっこが始まるのであった。
◆
星団歴二九八六年の一月。逃亡者トローラ・ロージンは兄デコース・ワイズメルと再会し舞台はボォスを離れアドラーへ向かう。
はたしてローラの運命やいかに!?
いやいや、というかですね。これってもしかして原作ルートなのかしらん?
あのターバンの人だけどユーバー・バラダの部下じゃないのさ~~!
正直、ノーサンキューと言いたいんですけど、人殺しの指名手配犯である以上まっとうには生きられない身なので仕方ないといえば仕方ない。
でもちょっと困るのはヘンタイ領主のことなんだよ!
この世界では実はキレイなユーバーさんです! なんてことは無いだろうし真っ二つにされるのはゴメンなんですよ(末路はそれ以外覚えてないが……)。
とりあえず、ローラは生き残ることができるか!? みたいな将来のプランを建ててみようかと思う。
それにね、やりたいことがあるんだよ。わたしって騎士としての血が出ちゃったけどマイトとしての素養もあるんだって。
ちっちゃい頃にとーちゃんのを見よう見まねでプログラム組んで驚かれたこともあるんだ。
そういうのは絶対に表に出しちゃダメって約束でいろいろなこと教えてくれたっけ。
今思えば、わたしととーちゃんが一番幸せな時期ってあの頃だったんだろうと思う。ソアラがいて自分が笑っていられたあの頃がね。
もう取り戻せないものはどうしようもない。だから未来は自分で切り開くんだって決めたのだ。
でもね、やっぱりこの人きんもち悪いよぉぉぉ~~~!
「おお、ローラちゃんかぁ、かーいいのお~~ グフフ」
「は、はじめまして……」
ローラの挨拶の口元が強張る。礼儀正しくするのは予想以上にハードだ。
せっかくのいい服も取り繕った作法もこの男の前では顔に出さないようにするので精いっぱいだった。
わたしがいるアドラー星はイースター太陽系デルタ・ベルン星の衛星だ。元は植民地惑星として開発された第二の星と呼んでいい。
デルタ・ベルンとは非常に近しいので交流は盛んである。
アドラーの国家群は星団を代表する存在として今では独立した存在になっている。
今いる場所はトラン連邦の自治都市バストーニュ。その領主である大公の館がここだ。実際には館というより城みたいに大きい。
目の前にいるのが領主のユーバー・バラダである。太った猪みたいな体型が予想以上に見苦しい。
前任のワトルマ公は良主だと言われていたが半ば追放されるように大公の座から引きずりおろされたらしい。
「委細承知しているから心配しなくていいぞい。二人ともわしの姪っ子と甥っ子ということにしておくからの~」
「あ、あひがとうございます……」
でっぷり太り肉に頬肉を揺らすユーバーは生理的に「無理」なナマモノであった。
ひと通りの挨拶をした後にローラは自分の部屋に帰ると鍵はしっかり閉めた。
なお、デコースの部屋は隣だ。デコースは酒宴の酒を浴びるほど飲んでいたのでしばらくは戻らないだろう。
「疲れたぁ~~~」
ベッドに身を投げて体を沈める。何という高級感。まさに豪邸だ。しかしここで甘んじていたらダメになりそう。
とりあえず師事できる人に会いたい。バランシェ公は無理だろうけど名のある人に師事を仰いで自分の実績を作りたかった。
それがわたしの将来への第一歩になるはず。
それからぁ……色々なことを思い出してローラのゆっくりまぶたは閉じていく。
「んがぁ……」
ローラが寝返りを打った後すぐに呼吸は安定したものになっていた。