【8話】ローラ助手になる
「おーい、ローラちゃーん。まだかー?」
「ぐぬぬ……宿題多すぎ」
頭に鉢巻『合格祈願』を巻いてローラは現在ベンキョー中である。テキスト形式のテスト数百問の課題をクリアー中だ。
「そんな難しくないっしょ~ アカデミーの卒業論文書くよりも簡単よ?」
目の前でニタニタ笑ってるおっさんは現在いる家の主人で名前はモラード・カーバイトという。
いわずもがな。星団最高の頭脳をもつファティマ・マイトの一人だ。
今いるのは彼の自宅であるベトルカの家だ。ちゃんとした医療設備も整っていた。
何が簡単だよ! こっちはこの間まで小学生だよ!
小学生真面目にやってたときはテストプリントとかあまりに簡単すぎたせいか、変に悪目立ちしていじめられるきっかけを作っていた。
でも、手加減しようにもレベルが低すぎたのだ。小学生レベルの学習問題などローラにはないも同然だった。
マイトの素質を持つ者は本能レベルで物事の本質を理解する特性を持つ。とりわけ理系問題などの解は問題を見ただけで何となく答えを導き出してしまう。
とか言うと万能に聞こえるかもしれないけれど、あくまでも自分が得意な分野に特化しているのでそれ以外は人と違うわけでもない。
起こる出来事を予測することだってできるわけじゃないのだ。
とりあえず、マイト修行にモラード氏を紹介された。ところが紹介側が悪名聞こえてくるユーバーの関係者であったため最初はナシのつぶてで断ってきた。
なので直談判することにした。ローラ自ら「お手紙」を書いて送ったのだ。
中身はわたしが考えた超すごいエトラムルの論理構築の頭脳開発プログラムに関する一端で、昔から考えていたひな形の理論を書きだしたものだ。
元よりとーちゃんが研究していたものを発展させたものだ。大元はそれだが、エトラムルの方向性を変えた基軸で構築した論理だった。
まだひな形でしか無いが、実現すればファティマ同様の判断を下す思考能力を持つエトラムルができるかも知れなかった。
従来のエトラムルは騎士の動きをトレースしながらの動態制御に特化したもので、ファティマ特有の先読みエミュレートまではできないものが大半だ。
エトラムルを載せれば一般人の素人が乗ってもMHを動かせる。
それは乗っている人間の能力に合わせているにすぎないので、騎士同様の戦闘力を引き出せるわけでもなかった。
それだけに騎士本人の戦闘力や勘に頼った戦いしかできないのが難点だ。エトラムル・ファティマはかなり玄人向きといえる。
それを使いこなせるデコ兄はやっぱり普通じゃない。ファティマ付きの騎士を複数同時に相手にして勝てるのだから。
とにかく「お手紙」を送ったら一日もしない内に返事が来て「試験」と相成った。
というか試験の問題集メチャクチャすぎ!
マイトの特性を逆に利用しての意趣返しみたいな問題ばかりで回答に困る。
一時間後──
「終わったんお~」
「はいはい。せんせー、肩凝っちゃった~ ローラちゃん揉んでくり~」
「おっさん……」
ごめんなさい、テストで頭使いすぎてストレスデス。
おっさん馴れ馴れしすぎ。というか、こんなに陽気なおっさんだとは思っていなかった。
しかし、このおっさんは天下のモラード・カーバイトなのだ。
エストにウリクルと最高のファティマを生み出しているマイトの生き字引といえる。
そんな人が自分の言うことに関心を向けたことが奇跡に等しい。
「あれ、いやなの~? れー点」
「やります、やります~~」
ユーバーの紹介ってだけで断ってきたようにモラード先生は大のデブ野郎嫌いみたい。
まあ、そりゃそうか。ファティマを食い物にしてるユーバーは気持ち悪い。
連邦のマイトでユーバーにファティマを紹介する人はいないだろう。
ただでさえファティマ・マイトは自分が生み出したものに大きな愛情を注ぐといわれている。
わたしの頭の中にあるだけのこの理論だってずっと温めてきた大切な卵だ。それを好き勝手にされたら誰だって怒る。
この試験もユーバー関係者だからの嫌がらせなのかと思うくらいだ。
「ふんふふーん」
鼻歌歌いながらモラード氏が採点中。
「せっせ……」
こっちは肩もみ中です。
騎士としての力をセーブするための薬を少量ながら毎日飲んでいて、それは飲んでいても中毒にはならない。
力を弱めるのではなく、力を出すときのタイミングに制御がかかる感じだ。
車のギアを入れ替えるような感じなので、感情的になったりしたときにセーブが働くように調整できた。
この薬もモラード・カーバイト製だ。ここに来る前に処方箋を渡されている。
「おっしまいっと! じゃあ、飯にすっかな。ローラちゃんはパスタ好き?」
「え? はい」
「今日はゴルゴンゾーラにオニオンたっぷりスープ。お野菜はっと……」
ローラが提出したテキストはほっぽり出してさっさと冷蔵庫を開けている。
まあ、お腹は少し減っているかも?
モラード先生がどういう採点してるんだと思ったらへのへのもへじが書いてあった……
おっさん! おっさん! やる気あんのかっ!?
もう激しく脱力。携帯いじろう。
ナイアスねーさんからもらった携帯はもう一つのねーさんの携帯と直通だ。滅多に電話はしないけれど。
【ねーさんへ】
近況を書いて送信。ついでに採点用紙も添付。
カステポーで別れて以来何度かねーさんとメールのやり取りをしている。
多忙なのかほぼメールのやり取りだけになっている。
この間来たメールにはお仲間らしき人たちと写ってる写真が映っていた。
荒くれ者にMH。どこかの戦場にいるのかよくわからなかったけれど、ねーさんがいると全然違う風景に見える。
何となく羨ましい感じだ。
さすらいの傭兵もねーさんと一緒ならきっと楽しいに違いない。短い間でしかなかったけれど、ねーさんがいなければわたしはここにいなかった。
でも、デコースと一緒にいることを選んだのだ。その選択が間違っていないことを祈ろう。
「あ、返事来た」
【おっさんバカス】
「ぷ」
天下のモラード型なしだ。中身は普通のおっさんだし。
ここに来たときは最初は超緊張したけど、いつの間にか何だか馴染んでる自分がいる。
盗めるものは何でも盗んでやるつもりだ。
「ローラちゃん。野菜洗って切って~」
「はいはい」
携帯を切って立ち上がるとローラは腕まくりして台所へ向かうのだった。
◆
夕飯のパスタはとても美味しゅうございました。でも、台所に医療器具のグラス置いてそれで料理すんな。
「つーわけで助手よろしく」
「はい?」
ご飯を平らげた後、食後のお茶を飲みながらモラードがいきなり告げた。
「助手?」
「そー、俺のお仕事のお手伝いだよ。手始めは~ ベッドのメンテナンスを覚えてもらう」
えええええっ!? 順番違くないですかー!
「まあ、方針は習うより覚えるかなあ。へーき、へーき、簡単なお仕事だし」
何だかただの雑用のような気がしないでもないが、マイトが知らない相手にいきなり扱わせるようなものではないことは確かだ。
このベッドはただの医療用ベッドにあらず。ファティマの催眠学習や調整までを行う重要なものだ。
「それと、君にはお世話してもらいたい子がいるんだよ」
「うべべ?」
思わず変な声が出た。まさかファティマのお世話とか言うのだろうか?
「かもーん。紹介するよ」
「心の準備が……」
通された部屋にマイトが着る服が置いてあった。モラードが着るのは当然五本線が入ったものだ。
もう一つ真っ白な服も畳んで置いてあるので手を伸ばす。
ちょっと戸惑う。これを着ていいんだろうか。
「ローラちゃんの着物はそれ。見習いだから真っ白ナースちゃんだよお」
「いや、ナース違うし」
線なしの白い服は間違いなくマイトが着るものと同じ型だ。医療現場で研修生とかが着ているものに近い。
医療資格も持ってないのに着ていいのだろうか。
上着の丈が長くて足元のズボンまで届く有り様。まるでワンピースっぽくなってるがチビマイト見習い(レベルゼロ)の完成。
「うん、似合う似合う。馬子にも衣装だな」
もう弄ばれているだけのような……
「さあ、この子だ」
その部屋の片隅にあるベッドは特別な液体が満たされている。すぐに普通のファティマではないことがわかった。
エトラムルだ──
光源に照らされるその生物は人の形をしていない。生きた脳みそとしての機能だけを求められたそれに生物的な形はなく、ただの生体機械としての性能のみを求められるのだ。
ファティマとしての正しい形が今眼の前にあるそれだった。
緑色の液体に浮かび上がるエトラムルは普通の人が見ればグロテスクな物体でしか無いが、知性を感じさせる「顔」があった。
「育成三年ものさ。今はコールドスリープ状態になってる。これ以上成長するとただのエトラムルになる」
「はあ……」
三年? 工場ならとっくに出荷しててもおかしくないような?
でもこのエトラムル。今まで見たものとなんか違う……うまく説明できないけれど。
「つまりこっからは「好きなように」教育していいってことさ」
「へ?」
その言葉の意味を理解してローラは穴が開くほどにモラードを見つめ返す。
あんた何言ってるのー!
「ふふん。俺の見習いやりながら理論の実践もできる素晴らしい案だ。これで俺の荷も降りる。というわけでこいつは任せたっ!」
はいい? ちょっと待って! その態度チョー気になるよ! このエトラムル何なんのっ!?
「え? 説明か……いいか、世の中には知らないほうがいいこともあるんだよ!」
おっさん。説明にもなって……もういいや、どうでも……
ホントにこのエトラムルでわたしの理論実践していいってことなの?
「経過観察は報告してもらうけど俺は手を出さないからな。ちょっとくらい変なこと教えてもノープロブレム! 研究素体のイレギュラーなんてふつーだし、ちょっと変わってるくらいの方がスポンサーが喜ぶから」
「スポンサー?」
もしかしてそのスポンサーは聞いてはいけない類の連中なんだろうか。聞きたいけど聞きたくない。
二一にして世の裏側を知り尽くしたくもない。
エトラムルを眺める。疑問よりもちょっとした興奮を覚えていた。この狭い世界にいるちっぽけな存在が今の世の中を変えるものになるかもしれない。
そうしたら道具のように捨てられるファティマは減るのだろうか?
「名前をつけるといい。こいつに名前はない。ただのエトラムル。ランクは現時点でD」
「名前……」
液体に浮かび上がるエトラムルを眺めて呟く。いきなり言われても思いつくでもない。
「リョウ……」
「リョウ?」
「この子の名前はリョウ。いいでしょ、モラード先生」
「オーケー、こいつの名前はリョウだ」
この日を境にローラの助手生活が始まった。モラードの助手の仕事とエトラムルの世話をしながら多忙に毎日が過ぎていく。
おっさんは相変わらず無駄に陽気だ。
エトラムルの世話は試行錯誤の毎日だ。思考プロトコルにローラが自分で作った教育プログラムを組み込んで言葉を憶えさせるところから始める。
この手の研究は年単位で行うし膨大なデータの収集も行う。普通の施設ではまず無理なこともここでは行うことができた。
そして一週間も過ぎた頃──
「リョウ、これは何?」
ローラが試験用サンプルの写真をセットするとリョウがそれを読み取る。
「スキヤキ」
「卵は?」
「カクハン ニク シントウ ソイソース」
スキヤキという単語と卵で導き出される食べ方の情報を抽出してエトラムル・リョウが答える。始めの頃に比べたらものすごい進歩だ。
滑らかに答えられるようになるまではまだまだ先は長い。
気になるのは、ユーバーのお馬鹿を止められる立場にないわたしはこのまま時間を研究に取られてしまうことだ。
助手入りしてからまだあっちに帰ってないけど月に一回は顔を出すように言われている。ユーバーがわたしのスポンサーだからだ。
今は二九八六年。原作は二九八八年だったはずで期間的には二年ほどしかない。
バランシェ公に警告しようにもわたしが言っても多分ダメだ。なんの実績も信用もないから門前払いで相手にもされないだろう。
結局、立場がなければ何かを変えるということはできない。自分のことすら誰かに頼りきりなのだから。
ユーバーがクローソーとラキシスに目をつけるのは待ったなし状態といえる。モラード先生経由で警告できるのかアプローチできるかもしれない。
「──そうだなあ、じゃあ、来週でもバランシェの家に行くか? 俺の助手自慢に」
「いいんですか!」
晩御飯のときに遠回しに水を向けてみたらあっさりお許しが出た。
来週はデコースとユーバーに会いに一度戻るのだけど、週末はバランシェ邸に泊まりがけで行くこととなった。
夢のような気がしないでもない。
モラード先生は見ての通りのおっさんだ。マイトとしての才能や実績は無論尊敬に値するけど、相手してるとそれを忘れる。
そしてバランシェ公にはすっごく興味をそそられる。
マイトであれば誰もが夢見る会見だ。あくまでも見舞いらしいので実際に会えるかはまだわからないけど。
そんなわけで来週はイベント盛り沢山だ。今夜は興奮して何だか眠れなかった。