【完結】ナナカン ~国防海軍 第七近海監視所~ 作:山の漁り火
本土から離れた辺境にある
そこにかつて存在した鎮守府の跡地を再利用した
監視所の司令官である萩野少佐と艦娘「神風」達は任務をこなしながら穏やかな日々を過ごしていた。
しかし深海棲艦の大侵攻が彼らの運命を変えていく。
島を訪れた薩摩大佐によって、萩野少佐は彼と共に姿を消す。
萩野少佐が向かったのは、海軍によって秘匿された「南方特別泊地」。
その地に待っていたのは、かつて彼を慕った少女――「艦娘」であり「深海棲艦」である「シナノ」であった。
「――緊急入電!! 当泊地に向けて、深海棲艦の大部隊が侵攻中。深海棲艦艦隊の本隊と思われますっ!!」
「なんだと……秘匿されたこの場所が何故……!?」
「急ぎ迎撃準備を! 近隣の艦娘に応援を――」
深海棲艦の突然の侵攻。その急報に騒然となる南方特別泊地。
「何故よりによってこのタイミングで……おのれ……」
薩摩大佐は歯噛みした。
任務から逃げていた萩野少佐を強制召集し(なお正規の手段ではない。後で陸軍と憲兵隊から咎める声が出るのは承知の上だった)、この島へと連れて来ることに成功した。
また先ほど泊地に彼の上司である三笠元帥も入港したばかりだ。
後は彼がシナノを説得し、戦うことを決意させれば……この絶望的な戦線は好転し、やがて反撃の芽が出ることは間違いなかった。
しかし、彼の入っていった地下からは一向に「説得に成功した」との報はなく、既に2日以上が過ぎようとしている。
いつ彼が説得を成功させるのかやきもきしていれば、届けられたのは深海棲艦の侵攻という、絶望的な一報であった。
「何とかしろ……萩野……」
刻々と過ぎていく時間の中で、薩摩は祈るように手を組んだ。
――だが、彼は知らない。
萩野がシナノを本気で説得する気などさらさら無いと言う事実を。
*
南方特別泊地が俄かに慌しくなる中、地下は平穏を保っていた。
萩野は地下の冷気に凍えていた。腹も減っている。
水だけは口にしているが、そう長くは持たないだろうと萩野も自覚していた。
凍え死ぬのが先か、それとも飢えて死ぬのが先か。飢えて死ぬのはとても苦しいらしいので、凍えて衰弱死するのが萩野の希望だ。
このまま緩やかに死を迎え、シナノと共に涅槃へと旅立つ。
それが、俺の贖罪。
――
――
生命が削られていく感覚と共に、沸き上がる仄かな疑問。
萩野はそれを心の奥底に閉じ込めながら、シナノを抱きしめる。
そんな数刻に渡る葛藤は、
――ドゥン!!
地下室の分厚い扉。それをまるで蹴破らんかの様な音が地下全体に響き渡る。
――まさかの敵の襲撃か。萩野は恐る恐る後ろを振り返ると。
「はあっ、はあっ……はあっ……」
そこに現れたのは、長髪に大きなリボンを付けた和装の少女。
すなわち、
「ようやく着いた……来たわ、
「な、なんでお前がここに……」
「何よ、私がいちゃまずいってわけ?」
「いや、そういうわけじゃ……」
萩野の胸の中に収まるシナノの様子を見て、神風の胸はちくりと痛む。
見様によっては、萩野とシナノの逢瀬を邪魔しに現れたお邪魔虫――それが私なのだと。
そんな思いを一旦心の奥にしまい、神風はシナノに語りかけた。
「初めまして。あなたがシナノね?」
「……う、うん……お姉さんは?」
「私は神風……その萩野少佐の部下よ」
「ハギノ…少佐の?」
シナノにとって、神風は初めて目にする艦娘。興味津々な表情を隠せずにいる。
そんなシナノの顔を見ながら、神風は優しく語りかける。
「私はね、萩野少佐に会いに――いえ、萩野少佐を取り戻しに来たの」
「えっ…」
神風の言葉を聞き、シナノは一転して怯えた表情を見せた。
自分が待ち望んでいた保護者を再び失う恐れに、シナノは萩野の背に手を回し強く抱きつく。
「やだっ……」
そんな様子を見て、少し不機嫌な顔になった神風はシナノにそっと近づき……
「むう……ていっ」
シナノの小さなおでこに軽くデコピンを食らわせる。
痛くも痒くもない一撃であったが不意打ちを食らい、彼女は小さな悲鳴を上げる。
続けざまに、神風はむにーっとシナノの鼻を摘んだ。
「あうっ…?」
「じゃああなたはここで、司令官と
「え……」
「萩野少佐は、もう限界よ。こんな寒い所で引きこもって、何も食べてないんでしょ……まったく、バカなんだから」
萩野と一緒に持ち込まれた数日分の非常食は、一切手を付けられずに埃を僅かに被っている。それを横目に神風は呆れた様子で萩野を見つめる。
「はは……見抜かれてたか」
萩野はばつが悪そうな顔でそう呟いた。だいぶ衰弱しているのか、その声には覇気は無いが。
「私は行くわ。敵を倒しに」
「なん…で……戦いは、こわいよ」
「だって。私は、司令を守りたいから」
そう言って神風は、萩野の下へとにじり寄る。
そして――彼女は萩野の頬に軽く口付けをして。
「私は、司令官の事が、好きだからっ!!」
神風はそう言って爽やかに笑い、工廠を立ち去っていった。
工廠には再び、萩野とシナノが残された。
*
神風の出て行った扉を、萩野はぼおっと見つめていた。
「神風……」
自然と彼女の名前が萩野の口から零れた。その頬にはまだ柔らかく温かな感触が残っている。
――萩野も、神風の気持ちには薄々気付いていた。
その気持ちに応えるべきか、については悩みの種であった。
提督と艦娘。その間でいつしか愛が生まれ、育まれる事は珍しくない。
中には情を交わす者もいる。それが歪な物で無ければ、特別問題視される事はない。
萩野も分かってはいたのだ。特に彼女の思いを強く感じたのは、あの漁火島が襲撃を受けた時――必死になって神風が自分を守ろうとした時。
そこには単なる上官を守る思いだけでなく、愛情が籠っていたことを。
だが、自分は彼女の同族――シナノを傷つけ、一度は棄てた身である。
そんな愚かな自分が彼女の思いに答えるべきなのか……その回答はシナノに出会った今になっても見つからなかった。
そんな思いに苦しむ萩野の顔を、シナノは赤く輝く瞳でじっと見つめていた。
*
「敵部隊、陣形を組んで侵攻中……でありますな。いやはや」
「敵は百隻以上、こちらは神風さんも入れて
「じゃあ逃げる? ま、逃げ場なんてどこにもないけどさ」
「その通りですね。押しても引いても絶望ならば、せめて押していきましょう」
目前の海原には、深海棲艦の大部隊――百隻を超える深海棲艦が陣形を組んでゆっくりと島へと近づきつつあった。
空母からは艦載機が次々に発艦を開始し、島の上空を集団になって旋回し続ける。
まるで全てを喰らい付くさんとする
全損してしまったあきつ丸と占守、国後の装備は若宮大尉が持参した物であり、海防艦の分は憲兵隊本部に置いてあった予備。あきつ丸のそれは陸軍から供出させた艤装である。
こちらに向かう直前に突貫で源次郎に調整してもらった為、多少の不安は残るのだが……
「まあ、やるしかないでありますな」
「――そうね。援軍も急いでこちらに向かってるみたい。今は私たちが出来ることを頑張りましょう」
後方から聞こえてきたその声に気付き、微笑を湛えながらあきつ丸は振り向く。
「おや、神風どのではありませぬか。
「まあね。だいぶ腑抜けてはいたけど……きっと大丈夫よ」
神風はそう言って、懐から鉢巻きを取り出し頭に巻いていく。
漁火島を旅立つ際に、艤装と共に源次郎から受け取った鉢巻き。
不安に怯える島の住民が、彼女たちの為に作り上げ贈ってくれた品であり、他の
これよりは始まるは決死の戦い。神風は目前の敵を真っ直ぐに見据える。
「行くわよ、みんな!!」
――
お久しぶりです。
長らく続きが書けない状態でしたが、最後まで書き切ろうと思います。