俺のために鬼になってくれる女   作:鈴鹿鈴香

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プロローグ

 この顔、どこで見たのだったか。鏡の前で自問自答する。

 

 そりゃ鏡の前に立っているのは俺なんだから、それに映る顔が俺のものであるのは当然である。しかしこの顔、俺のものであって俺のものでない。俺にはいわゆる前世と呼ばれる記憶があった。前世の俺はある日眠りにつき、次に目覚めた時には小さな子どもになっていた。

 胡蝶の夢と言ってもいいが、そんな前世の記憶の中、今の俺の顔をどこかで見かけた覚えがある。

 幼いころはいまいちピンとこないままモヤモヤとした感情に悩まされていたが、15歳になった今、ようやく思い出した。

 

 黒の癖っ毛、日本人離れした碧眼、柔和な顔立ち。確かfateとか言うスマホゲーの主人公だ。どこかの広告で見た覚えがある。

 他人の空似か、はたまた生まれ変わったここがfateの世界なのか、自分には判断できない。だって俺はfateよくわからんもの。

 なんか神様とか英雄とか集めて戦うパズドラみたいなゲームだったと思う。友人たちは何人か遊んでいるやつがいたが、俺はついぞ手を出さなかった。

 

 ストーリーはなんか世界がやばくて色々やるみたいな感じだったか? 人理がどうたら特異点がなんたら言ってたような気がする。あときよひーとまっしゅが人気なんだって? 意味がわからん。マッシュってなんだよポテトか。料理ゲームだったのか。

 つーか主人公ということは、神様とか英雄とかに混じって俺も戦うことになるのだろうか。前世含めて戦いどころか喧嘩もしたことねえよ。ヤバイ、今から鍛えなきゃ死んじゃうかも。取り敢えず今日からランニングしよう。

 

 あ、そう言えばfateの主人公ってなんか特殊能力持ってたよな。なんだっけ、なんか白黒の剣をむっちゃ投げたりドリルみたいな矢を撃ったりしてた気がする。俺そんなこと出来ないぞ。どうしよう、あれかな、戦いの中で覚醒して強くなるパターンかな?

 うん、それだな。どうせそのうち覚醒して一足とびに強くなれるならトレーニングもいらないよな。つーか俺が主人公ってことは、俺が居ないと世界が終わるってことじゃん。そんな重要人物が死ぬわけないでしょ。成り行きに任せれば万事解決なんじゃないの?

 

 うーむ、なんだか色々考えて損した気分だ。そもそもfateのことなんて全然わかんないんだし、心配したって仕方ないよな。けどこう言う少年漫画みたいなバトル物って高校生が主人公だったりするし、これからあんまり気を抜かないでおこう。

 

 

 

 その後何もないまま17歳の春になった。俺今年で高校卒業しちゃうよ。全然不思議な事起こらないよ。

 バケモノは襲いかかってこないし、魅力的なヒロインは現れないし、何時までたってもあの白黒の剣は出せないし。なんて思っていた矢先、ハリー・茜沢・アンダーソンなる方が我が家を訪ねてきた。

 なんだか難しい話ばかりでよくわからなかったけど、人理なんたらのカルデアで働きませんかというお誘いだった。

 なにをするのかわからん機関の上に海外勤めになるため、あんまり乗り気ではなかったのだが、ハリー氏の熱心な勧誘と賃金の良さに惹かれて内定を受け取ることにした。

 親には大学に行くよう強く説得されたのだが、正直前世でも体験した受験勉強をもう一度する気にはなれなかった。日本から旅立ってグローバルな視点と技術を身に着けて帰って来るともっともらしく説明し、ここでもハリー氏の助けを受けながらなんとか両親を納得させ、晴れて来年度よりカルデアに勤めることに相成った。

 もしかしてここって世界を救うために戦う人たちの秘密基地みたいな感じなのかな? そう言えばfateもジンリがどうたら言ってたし、カルデアのことだったのかな。とりあえず英語の勉強から始めよう。

 

 

 

 それから一年。

 

『塩基配列 ヒトゲノムと確認』

『霊器属性 善性・中立と確認』

 

 眠い。

 カルデア来るのめっちゃ大変だった。飛行機乗って電車乗ってバス乗ってゴンドラ乗って雪山の中歩いて。通勤環境劣悪すぎだろ。お陰で時差ボケに加え移動による浅い眠りを繰り返したせいでフラフラするときた。何でこんな所に建てちゃったんだよカルデア。

 

『……申し訳ございません。入館手続き完了まであと180秒必要です。その間、模擬戦闘をお楽しみください』

 

 あん? なに? モギがなんだって? 眠すぎて全然聞いてなかったぞ。もぎもぎフルーツがどうしたって?

 さっきからアナウンスがどうにも耳障りである。グミなんていらないからさっさと中に入れてくれ。そしてベッドを貸してくれ。

 

「いらないです」

『畏まりました。それではしばらくその場でお待ち下さい』

 

 心なしか不服そうなアナウンスからおよそ3分後、ようやく中に入れた。外の雪景色と同じように、施設の中まで真っ白だ。ぼけぼけして眠くなるぜ。

 緩やかな弧を描く廊下を、あくびをしながら進む。まずは責任者の方に挨拶だけでもせねばなるまい。カルデアの職員には自室もくれるようだし、そこで少しばかり横になりたい。

 ところが行けども行けども、責任者はおろか人っ子一人すれ違わない。どうなってんだよこれ。このままだと廊下で寝ちまうぞ俺。

 

「まいったな」

 

 廊下が駄目ならそのへんの部屋に入ってみるか。食堂とかに当たれば誰か一人ぐらい見つかるだろ。

 手近な部屋に入る。廊下と同じくこれまた白いのっぺりとした部屋、色らしい色といえば観葉植物の緑程度。隅にはベッド、ガラス張りのシャワールームまである。

 どうやらここが職員にあてがわれる個室のようだ。鍵がかかってないあたり、この部屋は空き部屋なのだろう。

 真っ白なシーツの敷かれたベッドに寝転がりたい衝動にかられる。いや、イカンイカン。もしかしたらこれから誰か入居する部屋なのかもしれないし、汚してしまうわけには行かない。

 おそらくこの辺り一帯の部屋は全て職員ルームなのだろう。片っ端からまわれば誰かに会えるかもしれない。次に行こう。

 

 幾らか部屋を回ると、鍵の付いた部屋にも当たる。しかしどの部屋もノックをしたところで何の反応もない。みんな出払っているようだ。

 

「お」

 

 次の部屋、ここの扉には鍵がかかってない。ここも空き室か。そう思って部屋の中を覗いてみた。

 

「はーい、入ってまー───って、うぇええええええ!? 誰だ君は!?」

 

 しまった、どうやら誰かの部屋だったらしい。赤毛の髪をポニーテイルにした、白衣を纏った男性だ。高身長だしイケメンだしモテそうな人だ。

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと道に迷ったものでして……」

「え、あ、そうなのかい? ……あれ、もしかして君、最後の子?」

「最後の? ええと、僕はハリーさんからのお誘いで日本からやってきたものでして」

「なるほどね。いやあ、初めまして藤丸立香君。予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介しよう」

 

 赤毛の彼はロマニ・アーキマンと言うらしい。とても若そうに見えるがこう見えて医療部門のトップだとか。高身長だしイケメンだし高学歴エリートとか死角ないな。男として完全に敗北してるわ。性格も気さくで俺みたいな小僧にロマンと呼んでくれと来た。勝てない。

 

「なるほど、立香君はさっきここに来たばっかりなわけだね。所長は今……説明会の最中なんじゃないかなぁ」

「説明会ですか? もしかして、今はお忙しいとか?」

「んーまぁー……そうだね。本来なら君も参加していた筈のものなんだけれども……迷ってしまったなら仕方がないかなぁ」

 

 苦笑混じりに伝えるロマンさん。やべえ、勤務初日からやってしまったぞ俺。印象最悪じゃないか。

 

「いや、大丈夫大丈夫! 僕だって所長に怒られて今サボってる最中だから! ここ君の部屋だし!」

「はぁ……」

 

 ロマンさんはそう言って落ち込む俺を励ましてくれた。この人もこれで結構いい加減な所あるのかなぁ。完璧じゃない分嫌味もなくてホント全方位にスペック高いな。

 

「君も遅刻して説明会には行きにくいだろうし、僕も戻れない。所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交流を深めようじゃあないか!」

 

 屈託ない笑顔で語る彼を見ていると、なんだか割りとどうにかなるような気さえしてきた。海外勤務で外国人だらけの中、職場に馴染めないんじゃないかと心配していたが、地獄に仏とはこの事だ。彼にはこれからも仲良くしてもらおう。

 

 それからしばらく、ロマンさんからはカルデアには世界中のマスターが住んでるんだぜーという話を始め、ここの施設について色々教えてもらった。優しい。俺が女なら次の日から意味深な目つきで彼にアピールを考えるくらいいい人だ。

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

 

 突然響く通信音。知らない男性の声だ。どうやらロマンさんをお呼びらしい。

 

「お喋りに付き合ってくれてありがとう、立香君。落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはごちそうするよ」

 

 ぜひ行かせて頂きます。返事を告げると同時、部屋の照明が消えた。

 続けざまにけたたましく鳴るアラート音。

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました』

 

 あ、ヤバそう。もしかして本格的に世界がヤバイの始まってしまった感じでしょうか?

 

「一体何が起こっている……!? モニター、管制室を映してくれ!」

 

 一瞬で照明は復旧。

 ロマンさんの声とともに表示される映像、そこは端的に言って火の海だった。

 先程の停電はここの爆発で起こったのだろうか。砕けた瓦礫や倒れ伏した人などでとんでもないことになっている。

 もしかして、ここ説明会とやらが行われていた部屋か? あ、これあれじゃん。幸運にも遅刻によって助かる主人公のパターンじゃん。俺が眠かったのも、道に迷ったのも、全て世界の意思だったようだ。

 つまり言い換えるとこういう事だよな。俺の命は世界に守られている。爆発の被害にあった人には申し訳ないが、これは俺にとって僥倖だ。これから世界を救うための危険な旅に出たとしても、命の保証は常についているってことだからな。気楽に世界を救える。

 

「立香、すぐに避難してくれ。ボクは管制室に行く」

「そんなこと出来ませんよ、ロマンさん。緊急事態です、俺も力になります」

「いけない! すぐに隔壁が閉鎖される。そうなればもう逃げられないんだぞ!」

「ここまで来て逃げる気なんてありませんよ、俺にできるだけのことをしたいんです!」

 

 どうせ死なないと思えばどんなことだって言える。これから一緒に世界を救っていくであろうロマンさんにいいところ見せたいじゃないか。

 

「く、言い争っている時間も惜しい! いいかい、隔壁が閉鎖する前には逃げるんだ、いいね!」

 

 ロマンさんの後を追って駆け出す。

 たどり着いた爆心地はモニターで見たとおりの光景である。部屋の中央に位置する地球儀のようなものが炎に照らされて怪しく光っている。

 まるで巨人が部屋の中に手を突っ込んで掻き回したかのような惨状だ。これだけの爆発、仮に人が生きていたとしても……。

 

「ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止める訳にはいかない」

 

 火ならそこらじゅうに燃え盛ってるんですけど、それじゃ駄目なんですかね。なんて聞くよりも早くロマンさんは走り去ってしまった。去り際には俺に逃げるように言ってくれたけれども、どうするべきだろう。

 ん~、主人公的にここで逃げるのはありえないよなぁ。あれかな、死ぬ寸前まで生存者を探して、その末に死の淵から這い上がって覚醒するやつかな。早くかっこいい白黒の剣ブンブン投げたいんだけど。

 

「しっかしあっち~な~」

 

 カルデアで支給された制服、暑いわ。雪山の中でもこれ一枚でよかったから大したものだと思っていたのだが、こうも周りで火が燃えてちゃぁ暑くてかなわん。冷えたソーダが飲みたい。

 それにしてものんきだな俺。こんだけファイアーしてんのに暑いとかソーダがどうとか。やっぱ心の余裕って大事だよね。死なないって分かってれば何も怖くないもん。

 

『システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木』

『ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保』

『アンサモンプログラム セット。マスターは最終調整に入ってください』

 

 あ、なんかヤバそうなアナウンス流れてる。2004年って言った? もしかしてタイムスリップするのこれから?

 この地球儀みたいなのデロリアンだったのかぁ。過去に戻ったら何するかな。あの頃のジャンプって何連載してたっけ。

 

『コフィン内のマスターバイタル 基準値に 達していません。レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中……発見しました』

『適応番号48 藤丸立香 を マスターとして 再設定 します』

『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します』

 

 こういうアナウンスの演出ってよく見るけどさ、これいる? 緊急アラートが鳴るだけで十分じゃないの。そんで英数六桁くらいのエラーコードだけ知らされてさ、それで状況の把握すれば余計な人工音声なんて使わなくて良いんじゃないの?

 

 そんな野暮なことを考えていたら視界が閉ざされた。闇の中に蒼い波動が円を描く。

 あっ、これワープするやつや。こういう時は意識を無に委ねるに限る。どうせ気を失うんだろ。


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