俺のために鬼になってくれる女   作:鈴鹿鈴香

2 / 11
特異点F 01

 案の定というべきか。次に目覚めた時、俺は先程居た室内とは似ても似つかない場所に居た。

 灼熱地獄な事には変わりないが、こちらは屋外である。倒壊した燃え盛るビルから黒煙が立ち上り、空を濁らせている。

 

「いやーよく寝た」

 

 眠かったしちょうどよかった。できればベッドで寝たかったがな。お陰で肩とか腰とか首が痛いぜ。

 さて、ようやく俺の物語が幕を開けたようだ。さっきのワープで俺覚醒してないかな? 剣を投げたいんだが。

 手のひらを見つめながら念じてみたけど、剣が出てくる気配はない。まあこんな序盤から覚醒なんてしないだろうと薄々思ってたし、気長に待とう。

 

 さて、ではこれからどうしてくれようか。辺り一面瓦礫まみれだ。どっちに進むのが正解なのかすらもよくわからない。

 困ったときには高いところを目指すものである。何か見つかるかもしれないしね。ひとまず近場に見える小高い丘になっている所に向かうとしようか。

 

 

 

 意気揚々と歩き出してから幾ばくもせず、そいつはガシャガシャと楽しい音をたてながら現れた。

 骸骨が剣を持って歩み寄ってくる。もう見るからにザコ敵ですね。スマホゲーのチュートリアルに相応しいチープさだ。

 しかし、雑魚とは言えども武器を持っている。あまり気を抜かないほうが良いだろう。

 まずは小手調べだ。手頃な大きさの瓦礫を拾って投げつけてみる。投石ってのものは案外馬鹿にならない。人類原初の武器のひとつである。握って殴るのもよし、投げつけるのも良し、袋に詰めて振り回すのもよしである。ジョエルもレンガでゾンビ倒しまくってたしな。

 

 骸骨に命中した石がゴツンと鳴り響く。いい音でしょう、余裕の音だ。しかし効果は今ひとつのようだ。骸骨は鬱陶しげに石を払いのけると、緩慢な動作でこちらを見つめてきた。

 くそ、プランBだ。鉄パイプなんかがあれば最高だったのだが、贅沢は言ってられない。いい感じの大きさの瓦礫を握りしめる。ジョエル、俺に力を貸してくれ……!

 どうやら骸骨は片腕を欠損しているようで、左手一本に剣を携えたスタイルだ。しかし驚くほど足が速い。あっという間に彼我の距離が縮まる。

 

「ぐっ!」

 

 振り下ろされた剣をなんとか瓦礫で受け止める。凄まじい怪力だ。ひっくり返りそうになる体を、たたらを踏んで持ちこたえさせる。

 やるじゃねえか、今度はこっちの番だぜ!

 

「おら!」

 

 てめえみたいなチュートリアルの雑魚に俺が負けるわけ無いだろ! こちとら主人公だぞオイ!

 瓦礫を両手で握りしめて骸骨野郎の脳天に振り下ろす。ガッツーンと決まった。こりゃ筋骨マン程度一撃でノックダウンですわ。

 

 と思ってたけどそんなことなかったぜ。

 骸骨、普通に無傷だった。

 

 え? 強くね? チュートリアルじゃないのこれ?

 あ、これバイオ式か! チュートリアルでまず逃げることを覚えるって斬新なヤツだ! おいおいおい、スマホゲーのくせに生意気だなfate。すまん、ちょっと舐めてたわ。どうせガチャゲーだろってバカにしてた、ごめん。

 そうと決まれば後ろに向かって前進である。骸骨から背中を向けて駆け出す。

 

「づあぁっ!」

 

 果たせるかな、背中をバッサリ切られました。痛みに耐えてとにかく走る。

 痛いっていうか熱いねこれ。特に右肩。袈裟懸けに切られたようだ。左の脇腹まで凍えるようにジンジンとした痛みが走る。切り傷って独特な痛みがあるよなあ。

 自分でも驚いたことに、命の危機にありながら、心には十分な余裕があった。どんなに痛くても死なないってわかっているからだろうか。即死級の爆発事故をラッキーで回避したくらいだし、ちょっと切られた程度物の数にも入るまい。でも、死ななくても痛いものは痛いので、それを避けるために今は全力で走ってるって感じ。

 

 骸骨は瞬発力こそそこそこだったものの、当初見た緩慢な動きの通り、こちらを追う足はそこまで速くなかった。捕まらない内に一目散に丘へと駆ける。

 それにしても、まさかあんなチュートリアルの雑魚にすら勝てないのか俺。やっぱ覚醒が……いや、確かこのゲーム神様とか英雄とか集めるゲームだったよな。そっか、まず俺がすべきなのはガチャを引くことだったのか。やっぱその辺スマホゲーだよな。何につけてもガチャガチャガチャ。ガチャがないとゲームが出来ないってどうなのよそれ?

 

 

 

 丘を一気に駆け上る。そろそろ骸骨も撒いただろうか。荒い息を整えつつ、丘の上の様子を見てみる。

 散乱する人骨と、倒れ伏す二人の女性がそこにあった。なんだろう、間に合わなかった感がスゴい。

 

『なっ! そこにいるのは立香君かい!?』

 

 つい最近聞いたような声がどこからか響いてくる。これはロマンさんの声か。

 声のしたほうに目をやれば、ノイズ混じりの立体映像にロマンさんの顔が映っている。足元には十字型の盾のようなものが置かれてあり、その周囲だけ幾何学的な模様で埋め尽くされた空間が広がっていた。

 

『君もこっちに来ていたのか。慌ただしくてすまないが、まずはここでサーヴァントの召喚を行って欲しい。マシュが倒れている今、君たちを守る戦力を早急に手に入れる必要がある』

 

 矢継ぎ早に繰り出される彼の言葉には理解できない部分も多いが、とりあえずその召喚とやらをすればよいのだろうか。つまりガチャのことか? でも召喚ってどうやれば良いんだ。

 ひとまず知っている人と合流できてホッとしたのか、走り続けた体がだるく感じる。重い体を引きずって盾の前まで寄れば、周囲の空間が青白いを光を上げてうねり出す。あ、これが召喚というやつなのだろうか。オートで進むとは楽でいい。

 夥しい光が迸り、やがてそれは収束しだした。あまりの眩さに目を覆う。それから幾ばくか。

 

「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら? あれ? 私、セイバーではなくて……まあ。あの……源頼光と申します。大将として、いまだ至らない身ではありますが、どうかよろしくお願いしますね?」

 

 ずいぶんとよく喋るお姉さんだ。滴るような黒の長髪、全身タイツに……前掛けかこれ? ともかくユニークな服装だ。

 源と言ってたけど、源氏の人なのか? 頼朝と義経ぐらいしかわからんぞ。それにしてもでかいな、色々と。女性なのに俺よりも背が高いんじゃないだろうか。

 

『源頼光……! 平安時代最強の神秘殺しじゃないか! いや、しかし女性!?』

 

 ロマンさんが大層たまげているが、まあ歴史の偉人が女ってあんまりないよな。この人もfateで女体化被害にあった人なのかな。

 

「ええと、ライコーさん? でいいですかね。早速で申し訳ないんですけど、周囲の安全確保をお願いしてもらっていいですか? 骸骨がそこらじゅうに歩いてると思うんですけど」

「申し訳ないだなんて、とんでもありませんわ。私は貴方の刃ですもの」

 

 にっこりと微笑むライコーさん。次の瞬間にはシュバって霞のように消え去っていた。英雄ってすげーな。手品みたいだ。

 

『何はともあれ、あの源頼光を味方にできるなんて、すごいじゃないか立香君。これで百人力だ。彼女が周囲の安全確保をしている間、君には所長とマシュの治療をして貰いたい。状況についての説明はそれが一段落ついてから行おう』

 

 想像以上に色々と切羽詰った状況のようだな。召喚サークルとやらで転送された医療物資、それから魔術礼装とやらのサポートを受けながら応急処置を二人に施す。この服すごく丈夫だと思ってたらなんかスゴい装備だったんだね。こんな俺でも魔法が使えるなんて。

 普通の服を着てる白髪の女性が所長、イメクラみたいな服を来てる白髪がマシュというらしい。あ、マッシュってこの子のことか。ほーん、この子はヒロインなんけ? 死にかけだけど大丈夫なのかこれ。さらっとフェードアウトしないだろうな。

 取り敢えず彼女たちの消毒や止血、包帯なんかを巻いて、自分も一息ついた。なんだか眠いというか、体がだるい気がする。こっちにワープした時ぐっすり眠れたと思っていたのだが、睡眠が足りなかったのだろうか。

 うつらうつらしていると、ライコーさんが帰ってきた。シュタッって感じに現れるのかっこいいよね。俺も真似したい。

 

「周囲の掃除は終わりましたよ、マスター」

「ああ、どうも、ライコーさん。ええと、次はですね……」

 

 本格的に頭が回らないくなってきたような気がする。今は少しだけ休みたい。

 

「次は……ごめんなさい、少しだけ、休ませてもらっていいですか?」

 

 返事も待たずに近場の大きな瓦礫に体を引きずり、背中を預ける。それだけの動作に全体力を使った気分だ。

 

「お休みですか? でしたら私の膝をお貸し───!」

 

 膝枕、ああ、こんな美女からしてもらえたら最高だ。なんて思っていたら、体から力が抜け、背中を瓦礫に擦りつけながらグラリと横に倒れる。

 

『なっ! 立香君、その怪我は!』

 

 ロマンさんの声がどこか遠い。怪我? ああ、そう言えば骸骨に背中を切られたっけな。平気平気、俺主人公だし死なないし。

 地面に横たわった視界の端、先程まで背を預けていた瓦礫が見えた。

 うわ、引くほど血に濡れている。ペンキ缶をぶっかけたみたいだ。ホラーである。

 

「マスターっ!」

 

 ライコーさんの叫びを最後に、俺の意識は徐々に薄くなっていった。あ、もしかしてここ覚醒フラグ?

 

 

 ■■■

 

 

『バカな……君はそんな怪我で二人の治療にあたっていたというのかい……!』

 

 もはやここに二本の足で立つ人間は居なかった。立香の前で呆然と膝をつく頼光、音声だけの存在であるロマニ。先程までかろうじて立っていた立香は今や血溜まりの上で横たわるばかりである。

 

『迂闊だった……マシュと所長のバイタルに気を張るあまり、彼の状態に気がつけなかったなんて……』

 

 医療に携わる人間としてあるまじきミスと自らを責めるロマニ。しかし、彼は医療部門のトップとして、カルデアでの爆発事故による大勢の怪我人の治療に加え、責任者不在ゆえにカルデアの機能維持にまで手を割いていたのだ。明らかなオーバーワーク、彼を責めるような恥知らずはここに居なかった。

 

「そこな貴方、声はすれども姿は見えませんが……どうか、どうか手を貸してください。彼の命を……このような重体にありながら、他人のために力を尽くしたこの子の命を救いたいのです」

 

 頼光の目はマスターの危篤にわななき、薄っすらと涙さえ浮かんでいた。しかし、それと同時に強い慈愛の光も灯っている。

 もとより愛に深い彼女である。人のために自分の命さえ投げ打つことができる立香という主人を、彼女は大層気に入った。彼女は愛のためなら自らを含め全てを灰燼に帰すことさえ躊躇わない女。

 そんな狂える愛を自分と同様に持つであろう彼に、彼女は期待していた。自分の愛に共感してくれる、自分の愛を理解してくれる。同じ価値観のもとで愛し愛される関係に到れる。それは大きすぎる愛を持て余していた彼女にとって、この上ない至福であった。

 故に、彼は必ず助ける。彼は彼の持つ愛を見せてくれた。なれば今度はこちらの抱える愛を彼に見せる番である。

 

 マシュとオルガマリーの治療のために転送された物資はまだ残っている。それを使って立香の治療をするように指示するロマニ。

 

『背中をばっさりか。特に肩口の切創が大きい。消毒、止血、それから縫合、あとは包帯……できそうかい?』

「ええ、化生の類と戦い続けた手前、この手の怪我の治療には馴れております。任せてください」

 

 その言葉に偽りは無いようで、慣れた手つきで治療を施す頼光。真剣な眼差しは、立香を死なせまいとする強い意志を感じさせる。

 程なくして包帯まで巻き終え、ひとまず治療は完了する。しかし、彼の容態はどうにも芳しくない。苦しげな表情すら見せないまま、顔色だけが死人のように蒼白である。

 

『そんな、バイタルの低下が止まらない……血を流しすぎたんだ……』

 

 手遅れ。そんな言葉が二人の頭をよぎる。

 

『輸血は……すまない、難しい。カルデアも怪我人だらけで、血が全く足りていないんだ……』

「いや、そんな、マスター……っ!」

 

 イヤイヤと首を振る頼光。こんなところで失うなんて、こんなにも愛せる人に出会えたというのに、自分を満足のいくぐらい愛してくれる人に出会えたというのに、もうお別れだなんて。

 虚ろに染まりかけその目が、ふと立香から離れる。

 

「血……血……」

 

 視線の先、言うまでもない。この場にある他の血、年若い少女たちの新鮮な血液。

 異常な様子を見せ始めた頼光の目的に思い至ったロマニが叫ぶ。

 

『なっ!? 何をする気なんだい君は!?』

「知れたことです……彼のためならばこの頼光、鬼になります」

『馬鹿な事を考えるのは止してくれ! 輸血用器具もないのに一体どうしようっていうんだ!』

 

 ロマニの言うことは尤もであり、いくら血があろうともそれを吸い上げる針と、血液を運ぶチューブがなければ輸血など出来ない。

 しかしそんな理さえすぐに飲み込めないほど、彼女の様子は尋常ではない。彼女は最初から狂っていた。

 愛ゆえに、愛のために、愛に従って、彼女が歩みを止めることはない。

 もとより血に濡れた我が人生、いまさら小娘の血が一人や二人。

 かつて無いほどの執着が、頼光の頭を茹だらせる。鬼子として産まれ、肉親の愛すら得られなかった魔性の女。かつて自らの死に涙を流して止めた男も居たが、彼も今や1000年前の存在、召喚により現界した2000年のこの世に存在するわけもなく。

 彼が、彼だけが自分の愛を受け止めてくれる。彼だけが自分を愛してくれる。本来なら理性と狂気の黄昏に佇む頼光の精神、それが今、闇へ振れようとしていた。

 

『ダメだ! 彼が、立香君が悲しむぞ!』

 

 だからこそ、その一言は思いの外大きく彼女の胸を穿った。

 ピタリと足が止まる。強く握り込まれた拳の震えは彼女の心情を映したものか。

 

「では……いったい、どうしろと言うのです……」

 

 絞り出された声に力はない。愛する者の一人も救えず、何が英雄、何が源氏の棟梁、何が牛頭天王の化身───。

 

「あ……」

 

 血。足りない血。それを補うためのモノは、自らの内にあった。

 その身を流れる魔性の血。それは劇毒にも、あるいは妙薬にもなりえる。伝承には流れた鬼の血が淵や川に転じたという物もあり、生命の渦巻く泉であると捉えることもできる。

 この血を摂取したならば、死に体の彼でも、たちどころに息を吹き返すかもしれない。

 しかしそれは彼の体に魔性の血を混ぜることを意味する。これがどれだけ罪深いことなのか、幼少より自らに流れるその血に苦しめられた彼女が誰よりも知っていること。

 

「それでも……」

 

 決してこの愛を、失いたくはない。

 頼光は立香へそっと口づけを交わした。炎の輝きに照らされて怪しく光る、魔性の血に濡れた唇で。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。