俺のために鬼になってくれる女   作:鈴鹿鈴香

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特異点F 04

 ライコーさんとアーチャーとの戦いが始まった。

 とは言え相手の姿は見えない。こちらに降り注ぐ矢の嵐を、同じく矢の嵐をもって撃ち落とし、あるいはこちらからも仕掛ける。ガチンコだ。どうやらライコーさんには相手が見えているようだな。

 でも、相手は流石アーチャーのサーヴァントと言えようか。弓の腕に限って言えば、ライコーさんがジリジリと押されているように感じる。

 

「狭い山門では弓の良い的だ! ライコーさん! 一度境内まで引きましょう!」

 

 俺氏かっこよく戦術提案。こう言う横に狭い場所ってFPSでも銃撃戦が激しくなるところだしね。いわゆるメトロやロッカーというやつだ、アーチャー有利でしょ。

 ライコーさんとともに境内まで引っ込むも、アーチャーの攻撃は止まらない。この様子では、柳洞寺全域が相手のレンジと捉えて差し支えないだろう。

 

「っ!」

 

 一際険しい表情を浮かべたライコーさんが、先程にも増して素早く矢を放つ。するとどうだろう、柳洞寺の上空で謎の爆発が発生した。

 え、なに? これライコーさんやったの? いや、矢が爆発するわけ無いやん。きっと敵のアーチャーがミサイルとかマインスロワーとか撃ってきたんだろう。

 

 やばない? こんなん食らったら俺確実に死ぬわ。仮に本堂に隠れたとしても、強引に建物ごと爆破できるってことでしょ?

 あ、そうか。ライコーさんが防戦一方なのって、俺が居るからなのか。誰かがアーチャーの攻撃を防いでやらなければ、彼女はまともに攻勢に出ることすら出来ないのだ。

 

 おいおいおい、女の尻に隠れて、あまつさえ足まで引っ張るってこんなに格好悪い事があるかよ。いやない。

 主人公舐めてんじゃねえぞタコ。俺が口だけの男だと思ったら大間違いだ。

 

 そうと決まれば善はハリーアップ。境内から本堂の中へと走り抜ける。背後では矢を打ち払う剣戟の音。すまんライコーさん。やっぱり敵は俺を狙っているみたいだ。

 本堂に土足のまま駆け込むと、目当てのものはすぐに見つかった。同時に、騒ぎに目覚めたのであろう所長が叫ぶ。

 

「ちょっと! 何事なの!?」

「アーチャーのサーヴァントです! こちらを狙撃されています!」

 

 俺の言葉に慌てて身を起こす彼女を背中に、俺はコイツを構えて立ち塞がる。

 

「所長、マシュをお願いします。俺の後ろに隠れてください」

 

 俺がここまで背負ってきた盾だ。もとはマッシュのものらしいが、本人がこのざまでは仕方がない。俺が使わせてもらう。

 運ぶ最中は大きさと重さに辟易した盾であるが、いざ構えてみればそれがなんとも頼もしい。

 

「ライコーさん! ここは俺に任せてください! あなたはアーチャーを!」

 

 頼むライコーさん。どうか俺を信じてくれ。

 盾越しにライコーさんと視線が合う。アンタに並びたいなんて言った手前、自分を守ることぐらいしか出来ない自分が情けないところではあるが、どうか今の俺にできる精一杯を認めて欲しい。俺のいいところ、見てくれよ。アンタの足を引っ張るだけなんて、俺は堪らなくなるんだ。

 

「承知いたしました」

 

 微笑みは一瞬。稲光のような素早さで彼女は駆け出す。

 彼女は俺を信じた。ならば俺も彼女を信じて送り出そう。後は俺の仕事をきっちりこなすだけだ。

 

「あなたどうする気なの!? まさかそれで敵の攻撃を受け止める!? ただの人間がサーヴァントの攻撃に耐えられるわけがないわ!」

 

 俺の腰にすがる所長がヒスっぽく叫び出す。

 大丈夫だよ所長、俺ただの人間じゃないし。魔性の血とやらが混じってるし?

 それに何より俺ってさ、主人公だから。チャンスでコケてもピンチで倒れることって絶対ないから。そういう存在だから。

 

 所長へ返事を返す間もなく、盾から凄まじい衝撃が伝わってくる。やはり相手は本堂の中までも十分に狙うことができるようだ。ライコーさんが居なくなった今、この場で所長とマッシュをかばえるのは俺しか居ない。

 幾度も連続して衝撃に打ち据えられる。オートバイが激突してるんじゃないかと思うほどの威力だ。

 歯を食いしばり、盾を支える手を握りしめ、畳がえぐれるほど力強く踏ん張る。

 

 幸いなことに、先程見たミサイル攻撃は来ない。あの攻撃だけはライコーさんが撃ち落としてくれるのか、はたまた相手の弾切れか。何にせよ好都合だ。

 この調子なら行ける。堪え忍べる。後はライコーさんがなんとかしてくれる。

 

 少しばかり、ほんの少しだけ気の抜けた刹那のこと、今までの攻撃が比べ物にならないくらいの強い衝撃が俺を襲った。

 

「がああぁぁっ!」

 

 盾ごと体を吹き飛ばされ、本堂の中を転げ回った。

 天地が何度もさかしまに入れ替わり、その中で俺は盾を手放さないよう必死だった。

 壁に激突してようやく止まる。背中を思い切り打ってえげつない痛みが体を苛むが、今は四の五の言っていられない。

 

 何が起きた。慌てて顔を上げると、闇の中を貫く赤い光線、それが本堂の中を嵐のごとく暴れまわっていた。所長はマシュをかばって地面に伏せている。

 なんだこれ……もしかしてこれ、矢なのか?

 光線は勢いを衰えさせない、まるで意思を持って動いているかのように。そう、獲物を狩らんと野を駆け回る猟犬───。

 

「うぐうぅうう!」

 

 矢が再び俺を襲いかかる。盾で受け止められたのは当然だ。俺の全身をすっぽり覆えるほどの大きさなのだからな。背中には壁が聳え、一応全方位ガード体勢は整っている。

 しかし、勿論無傷というわけにも行かない。壁と盾にサンドイッチされた体は、どこにも衝撃を逃せないまま圧壊される。全身の骨が軋むし、内臓は押しつぶされ、肺から絞り出された呼気には血反吐が混じった。

 

 あかん。ピンチだ。このままでは死ぬ。

 

 と、普通のやつなら思うだろう。だけど残念だったな、俺はスペシャルだ。さっきも言ったが、ヒーローはチャンスでコケてもピンチで倒れるようなことには絶対にならないのだ。

 

「よう、色男。中々血化粧が似合うじゃねえか、気に入ったぜ」

 

 今までに聞いたことのない男の声だ。

 力を振り絞って盾から身を覗かせれば、そこにはボロボロのコートを羽織った青髪の男が立っていた。手にはホッケースティックのような杖。体からは血が滴っているし、どう見ても俺と変わらないくらい重症なんじゃないだろうかこの人。

 

「ansuz!」

 

 呪文だろうか。燃え盛る火球が虚空から姿を現し、未だ本堂を暴れまわる矢と激突する。

 火球で、あるいは手に持った杖で、青髪の男はしつこく追いすがる矢を撃墜する。どうやらここに来て助っ人登場らしい。やっぱ俺って世界に愛されてるわ。

 

「ぼちぼち、と言ったところか。アンタのところのデカイ姉ちゃん、あいつがやってくれたみたいだな」

 

 一発でライコーさんってわかるからすごいよね、デカイ姉ちゃん。

 気がつけば、先程まで俺を狙っていた矢も消えている。サーヴァントと一緒に消えたということか。

 

「あ、あなたは私達を助けてくれた……!」

 

 ここで所長登場。口ぶりから察するに、この青髪の男と面識があるようだ。

 ひとまず戦いは終わった。積もる話はアーチャーを討ったライコーさんが戻ってきてから行うべきだろう。

 

 

 

『大聖杯……資料によれば、錬金術の大家アインツベルンの制作した魔術炉心……それがこの時代における特異点の原因だと?』

「そういうことだ。アンタらの目的はこの異常の調査ないしはこの時代からの帰還らしいな。しかし色々とトラブっててにっちもさっちも行かないと来た。帰還の目処については俺の知るところじゃねえが、異常の調査をする気があるなら俺と利害は一致している。ここはお互い、陽気に手を組まないか?」 

 

 あれよあれよと言う間に進められる会話にちょっと理解が追いつかない。

 どうやらこの青髪のキャスターは、俺が所長たちと合流する前、彼女たちをサーヴァントの攻撃から救っていたらしい。一旦はサーヴァントと交戦しながらその場を離れ、その後に所長たちとコンタクト取ろうと試みるも、戻ってみればもぬけの殻。得意のる~んとかいう楽しそうな魔法で俺達の足取り追ってここまで来たらしい。体中の傷は所長を助ける時に負ったものだとか。

 

 こちら側の経緯もロマンさんからキャスターに告げられて情報交換が為され、今は今後の方針を考え中といったところ。

 この場の決定権は……まあ所長だろうね。彼女に視線を向ける。

 

「ロマニ、レイシフトは……」

『まだ少し時間はかかりますが、復旧の目処は立っています。夜が明ける前にはカルデアに帰還ができるかと』

「そう……この特異点の異常を調査したいのは山々ね……。カルデアであんな事故があった手前、何の成果もなしに帰ってはカルデアを取り上げられる可能性も十分考えられるわ……。でも、こちらも見ての通り満身創痍なの。マシュは目覚めない、私も立香もこの通りボロボロ。まともな戦力は彼のサーヴァントくらいよ」

 

 要は異常調査どころでは無いと言う話だ。

 ま、そりゃそうだよな。俺も所長もクタクタだ。怪我人おぶってこれ以上歩くなんて御免こうむる。それに帰る手立てがいずれ整うというのなら、ここで無理をする必要もない。命あっての物種である。

 

「命を救ってもらったと言うのに、あなたの助けになれないことは非常に申し訳なく思うわ」

 

 キャスターに頭を下げる所長。バツの悪そうな表情をしていることは、想像に難くない。

 

「ここに残って、帰還の準備が完了するのを待とうと思います」

「そうか……ま、それもいいだろう。だが一言言わせて貰うと、それは厳しいと思うぜ」

「え?」

 

 なにか不穏な空気。

 まあ、そうすんなり脅威から逃げられるわけもなし。そんな逃げ腰主人公のソシャゲはやりとうない。

 

「この街にはまだライダー、アサシン、そしてバーサーカーのサーヴァントが残っている。そして、ついさっき倒れたアーチャーのサーヴァント……奴は抜け目のない男だ。恐らく、死に際に何らかの手段で他のサーヴァントに連絡を取って、ここに俺達がいることを知らせただろう」

「そんな……」

「悪いが俺はこれ以上あんたらに手を貸す気はないぜ。俺の目的は聖杯戦争の終結。当初の予定通り、一人でセイバーとやらせてもらう」

 

 アーチャーとのワン・オン・ワンでもこのざまだったのに、三人に勝てるのだろうか。ライコーさん一人ならば全く問題はなかろうが、俺達が確実に足を引っ張る。

 

「セイバーを倒せばこの聖杯戦争は終わる。つまり、今いるサーヴァント全ての消滅と同義だ。ここで三人のサーヴァントを相手取るか、それとも俺と組んでセイバーひとりを打ち倒すか……早いところ決めたほうがいい」

 

 キャスターの声が薄暗い本堂に静かに響いた。

 

 

 

『灯台下暗しとはこの事だ。まさか異変の原因が柳洞寺の地下にあったなんて』

 

 ロマンさんの言ったとおり、俺達は今、柳洞寺の地下に位置する大聖杯のもとまでやってきた。

 結局所長はキャスターと組んでセイバーを打倒することを選択した。相変わらず目を覚まさないマシュは彼女が背負い、俺は盾を担ぐ。実質的な戦力はライコーさんとキャスターのみなのだが、もとより俺たちがサーヴァントに敵うはずもなし。コレはコレで正解だったと思う。

 

「───ほう、面白いサーヴァントが居るな。尤も、その本人は使い物にならぬようだが」

 

 大空洞によく響く声。プラチナのように輝く髪と、黄金の瞳、死人の如く白い肌、そして漆黒の騎士鎧。

 道中に聞いたキャスターの話によれば、奴はアーサー王らしい。彼女もまたソシャゲの女体化被害者のようだ。

 アーサー王くらいなら俺だって知ってる。エクスカリバーの人だろ。この人も前世に電車広告とかで見たことあるぞ。その時にはもっと青っぽい服だった気がするんだけど、ボスの雰囲気するし今は闇落ちしてるんだろう。倒したら仲間になってくれるかな。

 

「テメエ、喋れたのか? 今までだんまり決め込みやがって」

「ああ、何を語っても見られている。故にカカシに徹していた。だが、その小僧の持つ宝具……面白いぞ」

 

 小僧って俺だよな。つーか意味深な会話止めてくれよ。見られているって誰に。俺は存在すらあやふやな黒幕の存在というものが死ぬほど嫌いなんだよ。誰を倒せばハッピーエンドなのかわかりやすく教えてくれ。ストレス溜まるだろ。

 

「しかし宝具が健在でも、その真の担い手がこのザマでは興ざめだな。ああ、つまらんよ」

 

 会話できない系のボスきらい。

 アーサー王は漆黒の剣を下段に構える。剣は身に纏う鎧と同様に闇を孕んでいた。

 

「マスターっ! 来ます!」

 

 ライコーさんも刀を抜いた。キャスターはる~んを使うためむにゃむにゃと呪文を唱えている。

 

「疾く消えよ。卑王鉄槌、極光は反転する」

 

 対するアーサー王は不動のまま、ゆっくりと剣を上段に構えた。剣先に闇エネルギー的なものが集中する。

 ここで俺に電流走る。

 

 これビームじゃね?

 

 武器にエネルギーが集中したらそれはビーム技である。剣を振ればビームが出る。それは当然の理。

 魔法的なものが存在するバトル漫画で剣士が居たら、ソイツはもれなくビーム使いである。ビームの使えない剣士っていないから。いたら剣士失格だから。アバン先生もリンクも結構気軽に剣からビーム飛ばしてるじゃん。

 まずいな、これが仮に剣の形したビームがスパッと出るだけならライコーさんに任せればなんとでもなるだろう。しかしこのアーサー王のビームはどうよ? 明らかにチャージしてる感が強いよ。絶対戦艦クラスの極太ビームが来るに決まっている。

 これ、いくらライコーさんでも刀一本じゃ防御は無理でしょ。無理じゃないかもしれないけど、俺と所長とマシュ全員助けるって流石にきついでしょ。

 

 へっ、そういうことね。やっぱり俺が主人公ってことじゃないか。

 今俺が盾を持っているって状況。コレが偶然な訳がない。アーチャーとの戦いで使った時が、もうフラグだったんだよ。

 

「マスター? っ! だめです! お下がりください!」

 

 俺の前で刀を構えるライコーさんを押しのけ、背中にかばう。

 十字型の盾を地面に突き立て、所長とマシュも含めて全員をビームから救える立ち位置だ。キャスターさんは野郎なので自分でなんとかしてください。

 

「ライコーさん、こういう勇気、匹夫の勇って言うんでしたっけ?」

 

 身の程を知らない挑戦をすることは本当の勇気とは別のものだってローザリア王国の殿下も言ってた。

 

「でも、俺はこうも思うんです。そんなの賢い人間の言い訳だ。どんな無謀なことだって、どんな身の丈に合わないことだって、そんなもの、やってみなければ結果はわからない」

 

 やってみなければわからない。うーん、いい言葉だ。音速が本当に秒速340メートルなのかとか、物の重さで落下のスピードは変わらないだとか、実は俺たち、自分で見たこともないのにそう思い込んでる事柄っていっぱいある。だから大好き大科学実験。

 

「よしなさい立香! 相手はアーサー王なのよ! 星に鍛えられた神造兵器、エクスカリバーの一撃をただの人間に受け止められるはずがないわ!」

 

 所長、あなたもしつこいぜ。

 だから俺はさあ、普通の人間じゃないんだよね。わかる? 星に造られた兵器だかなんだか知らないけど、だったら俺は星に愛された人間だからね。どっちが強いかわかるでしょ?

 

「あんな熱量に晒されたらあなた……死んでしまうわ! 灰も残らない! そうしたらどうするのよ!」

 

 死ぬ、死ぬね。考えたこともないな。カルデアに来てからこっち、俺は自分が死なないのだと確信できる事柄が多すぎた。

 理性と感情が俺に囁いてるぜ。俺はこんなところでは死なないと。

 

「どうするかね……笑ってごまかすさあ!」

「光を呑め! 『約束された勝利の剣』!」

 

 ヒュー! 見ろよ俺の姿を……まるでコブラみてえだ!

 アーサー王が剣を振り下ろす間際、キャスターから放たれる炎が視界の端をよぎる。援護射撃っぽいけど、効果があるかどうかはわからない。盾で視界の八割以上が塞がれている。さあこいアーサー、俺の力を見せてやる、惚れるじゃねえぞ。

 

 極光の反転、なるほど納得の攻撃だ。

 闇の光という、たったの三文字で矛盾してしまう力の奔流が俺を襲いかかる。

 

「ぐおおおおおおおおおおお!」

 

 アーチャーの弓なんか比べ物にならない。あんなもん消しカスの投擲に等しかった。

 津波を一人で受け止めているかのようだ。盾によって直撃は免れているというのに、トラックの追突によってお手玉をされているかのような衝撃が体中を走る。

 でも、押し寄せる闇の中で瞳を開けば、傷一つ入ってない盾がしっかりと見えた。だったら行ける。

 

 アーサー王のビームと俺の根性、どっちが長く持つかの勝負。

 根比べなら負けるつもりなんてさらさら無いぜ。早漏は恥ずかしいからなあ!

 

「ぬううぅぅん!!」

 

 遮二無二盾を支える。体の端から燃えるような熱さが伝わってきた。指が焼けているのか。だったら手で抑える。それが燃えたら次は肘で支える。その次は肩だ。

 骨のひとかけらになるまで俺はここを退かない。

 そりゃ痛えよ。死なないと分かってても、こんな辛いこと止めたくなっちまうよ。でも止めない。

 

「カッコイイからなぁ!」

 

 自分で自分を奮起させる。そうさ、俺は無敵の主人公。世界中で誰よりもカッコイイし誰よりも女にもてる最高のタフガイ。

 

 それに、最高のヒロインも側に居る。

 

「マスター。あなたという殿方に、私は今一度惚れ直しました」

 

 背中から伝わる柔らかく、そして暖かな感触。ほっそりとした女の指が、そっと俺の手に重ねられた。

 

「匹夫の勇……とんでもありません。英雄も最初はただの人。彼等が困難に直面した時、そんなことは不可能であると誰しもに指をさされたのです。無理無茶無謀、大いに結構。それを乗り越える勇気と力があればこその英雄」

 

 襲いかかる衝撃がぐっと緩やかになる。俺の背に立つのは日本屈指の大英雄。さすがの力だ。

 

「ええ、当然あなたの力はまだまだ英雄の域に達しては居ないでしょう。ですがその魂、とても美しい。心のあり方について、私があなたに教えられることはないでしょう」

 

 暗黒の極光が徐々に勢いを衰えさせるのを感じた。どうやらこの我慢大会、助っ人が入ってしまったが俺の勝ちだぜアーサー王。

 卑怯とは言うなよ。俺の国ではツキっていうのも実力の範疇だって昔から言われてるんだ。

 

「源氏の棟梁として、太鼓判を押します。あなたの魂は四天王にも引けを取りません。英雄の器に足ります」

 

 いい女に認められるってのは最高の気分だな。心だけでもこの人の隣に立てた。まったく俺ってやつは大したもんだぜ。

 力が抜ける。盾ごと前のめりに倒れそうになるのを、ライコーさんが俺を抱きとめて防いでくれた。

 盾が倒れて開ける視界。アーサー王もこの結果には驚いたのか、目を丸くしている。

 

「まさか、サーヴァントでもない人間が本当にやってのけるとはな。だが、一撃防いだだけでその様。戦いは始まったばかりだぞ」

 

 いいや、アーサー王。この戦いはもうすぐ終わるぜ。

 俺の女はとんでもない強さだぞ。俺は見てえなライコーさん。アンタの強さ。アンタがガチで戦ってる姿って、俺まだ見てないんだよ。

 

「ライコーさん……良いですよ、本気で。まだ全力じゃないんでしょ? 俺、あなたの本当の力が見たい」

 

 もはや振り返る気力もないが。そんな俺をライコーさんはゆっくりと地面に横たえた。彼女の顔がよく見える。

 きれいな顔だ。優しげで、でも真剣な表情で、慈愛に満ちた笑みを浮かべて彼女は言った。

 

「あなたのご命令とあらば……この頼光、鬼になります」

 

 カッコイイなライコーさん。でも残念だ。アンタの戦いを見たいのに、俺、意識が落ちそうだ。

 立ち上がり、アーサー王へと歩み寄るライコーさん。ああ、ダメだ。目が霞む。

 

「天網恢恢(てんもうかいかい)、疏而不失(そにしてもらさず)。天罰必中です。私の愛しい人を傷つけた罪……あなたの命を持って贖わせて頂きます。───牛王招雷……」

 

 勝ってくれよライコーさん。悪いけど俺、先に寝る。

 常よりも凛々しい彼女の声色に耳を傾けながら、俺は本日三度目の気絶を果たした。


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