堕天少女と中二病少年   作:AQUA BLUE

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経過時間、3ヶ月と半分くらいですかねぇ……飲食店だったらクレームどころじゃすまねえな

ということで……

ほんっっっっっっっっとにお待たせ致しました!


黒騎士は蜜柑少女 ―後の章―

 片隅に残る、大切な記憶。幼稚園児という肩書きを持っていた、まだロマンとは縁薄だった時期のこと。不意に透き通った呼び掛けが世界を変えた。

 

 

『おーい』

 

 

 返したのは知らんぷり。人違いだと考えたのだ。今よりずっと不器用だった当時の我に、友など一人もいなかったのである。さらには「己に関与してくる物好きなどそうそういない」――幼いながら、小生意気にもその旨の論を持っていたのだ。決めつけていた、という方が正しいか。

 

 

 なのに、当人が向いているのは我しかいない方角であった。

 

『…………え』

 

 ゆえに耳の異常を疑った。園内の砂場で黙々と孤の作業に耽ふける我に(元は己の行動不足だとかいう話は置いておいて)、微妙な立場の人間に声をかけてくる者が、

 

『あれ?』

『…………』

『もしもーし!』

 

 

 女の子が、いたのだから。

 

 

『…………ぼくをよんでる?』

 

 

 半ば夢見心地だった覚えがある。それは、我にとっては単なるイベントを越えた未知なる幸運であった。こちらのちんけな心の鎧をわざわざ破ってまで、歩み寄ってきた存在。最終的に心に渦巻いたのは驚愕というより――無上の喜びと行き場のない罪悪感。

 

『うん!』

 

 手を伸ばす彼女は、ただただ眩しくて。

 

『おすなばでなにしてるの?』

『……あなをほってる。どこまでつづいてるのか、しりたくて』

『おてて、まっかだね。ひとりでずっとやってたの?』

『うん……』

『じゃあ、いっしょにほる!』

『そ、そんなのいいよ……どうしててつだうの? きみはだれ?』

『ん? ……ちか。たかみちかっていうんだ。よろしくね!』

 

 

 初めてできた友は己よりも1つだけ年上で、笑顔が輝かしい印象の女の子。ちょうど今と同じく梅雨が近かった季節に生じた、属さず属せぬな我に舞い込んだ革命であった。

 

 

 以来彼女は狭き殻に閉じ籠ろうとする我を励ましては共に遊んでくれる、一種の「姉」のような存在と相成る。また、この頃姉弟や兄妹いったものに若干の憧れを持っていたのもあって、いつしか我は彼女を「ちかねえちゃん」と呼び、慕うようになった。

 

 ただ、彼女が一足先に卒園を迎えてからは関わる機会が皆無となってしまった。なんてことはない。よくあることだ。会えずして時が過ぎるうち、だんだんと疎遠になって――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、よもや近所のスーパーで再会するとは思うまい。遠からずも決して近くはない距離に、かつて世話になった先人の姿があるのだ。緊張が拭えぬ。しかも、我の臆病者めいた画策は徒労に終わっていた。ゆっくりメモに記載された食材を揃え、慎重にレジ付近へ出向いた末路は……夢にも思わぬリピートエンカウント。

 

 つい5秒ほど前のことだ。とあるコーナーから抜けてきて早々面食らったとも。レジの傍で、まさにこちらが遭遇を避けようと考えた対象(張本人)がいるではないか。慌ててコーナーの陰に体を隠したとも。おまけに、なにやら彼女は慌てている様子で――。

 

 

 

「財布がな~いっ!」

 

 噂をすれば、向こうにいる彼女が何か発した。詳細はわからぬ。ただ、当人の間にハプニングが生じているのは明らかだった。弱った。神のイタズラ、一種のご都合主義(巡り合わせ)か? ベターにも程がある。変な汗まで出てきた。堕天使が学校を休んだ時とはまた異なる意味で、調子が狂う。

 

 そして、我は。

 

(……どう出る? もう他のスーパーに赴くか?)

 

 ブースの陰で開き直って出ていくかを検討し続け、結局息を殺しがてら動向を眺めるに至っている。おそらくその姿はチキンな視察官(スパイ)さながら。

 

 次いで彼女が頭を抱えた。当人に元から漂う活発な雰囲気のおかげで悲壮感はあまり浮かび上がってきていないけれども、よほどの事態らしい。

 

(……って!)

 

 我が心配するのは違うだろう。こちらの知ったことではないはずだ、だいたいウォッチングなんて性には合わぬのに。

 

(そうだそうだ、知ったことではないのだ。黒騎士は自ら善行に徹したりはしない!)

 

 もういい、ここそのものから立ち退()くことにする。精神的疲労の蓄積だってバカにならない。我は影に半隠れした形のまま、身を退き……

 

「落としちゃったのかなぁ……」

 

 彼女に宿る不安の火種が、より一層濃くなるのが見えた。

 

(いやいやいやいや! 我は無関係なのだッッッ!)

 

 知らぬ間に彼女のいる場へ切り返しかけていた己の足を叱り、元のポジションまで戻す。もう迷わぬ、我は身を退き…………

 

「ええいこなくそぉ!」

 

 放っておけなかった。引かぬ、引けぬ。むしろ彼女へと寄っていった。善行に徹するのではない、例外なのだ。

 

 間合いを詰めていく中、気配を感じたのか彼女が振り向いた。赤く澄んだ瞳がまっすぐに黒騎士(こちら)を映す。曇りなき光に僅かばかり気圧されそうになるも、我は堪えて一言絞り出す。

 

「……ククッ。万事休す、かな?」

「あなたは……!?」

 

 今度は彼女の顔が困惑に支配された。漆黒グリーブや黒刀、その他諸々特殊な装備を身に包んだ男に絡まれたのだ。普遍から大きく逸脱している分、そうなっても無理はない……のか?

 

「通りすがりの黒騎士とだけ」

「え、ええっ」

 

 こちらが名乗って即、一歩距離を取る彼女。やはり好印象は持たれなかったようだ。身構えてすらいる。そこまで露骨に怪しまれるとかえって萎えるぞ。

 

「…………」

 

 さらには中途半端すぎる空気を打開可能な、次なる言葉が出てこない。千歌ねえちゃんの元へ出たまではいい。いざ近い距離まで詰めて向き合ってみたら、すっかり平静が保てなくなってしまった。どういうわけか頬に熱が集まってしまう。

 

「ど、どうかしました? なんだか顔が赤く……」

 

 おそるおそるといったふうに、我の第二声をさりげなく促す彼女。一応耳を貸してくれそうなだけに申し訳なくなる。何故だか色々考えてしまうのだ。昔は分け隔てなく接せれていたのに、どこから始めていいのか見当つかない。代わりに浮かぶのは、「大人っぽくなったな」「可愛くなったな」などといった感嘆の情たちばかり。

 我のことには気付いていないらしいのはよかった。まったく知らないものを見るような目でこちらに注目している。ほっと安心したような、釈然(しゃくぜん)としないような。

 

 

 まあ、いつまでもしのごのと考えてはいられない。姿を見せた以上はやるしかないのである。放っておけばすぐにでも逃げていってしまいそうな彼女に、我は辛うじて続ける。

 

改めましてこんにちは……

 

 羞恥の威力とは恐ろしいもので、平凡そのものな素がよみがってしまった。「ハーッハッハッ」とか「フハハハハハ」とか、ああいうのがまるで出てこない。

 

「えっ? ……こんにちは……」

 

 挨拶は一応返ってきたものの、その表情は固い。彼女からすれば得体の知れない男が転調を繰り返しているのだ、致し方ない。

 

 加圧する焦りからか、呼吸がより苦しく感じてきた。乱れを和らげるだけの酸素が欲しい。揺らいでいては届きもしない願いを暗に抱いて、我は今一度仕切り直しにかかる。

 

「ハハハハハッ! 困窮しているようだなぁ、若き少女よ!」

「うわっ」

 

 

 彼女が顔を引きつらせた。

 

 

 ――やりすぎたッッ!

 

 

 出力がわからぬ。我が我じゃなくなりそうだ。……もうまともな印象付けは諦めよう。深い呼吸を入れて、我は用件を説明する。

 

「誤解するな。我は悪事を働きに現れたのではないのだ。もっとも、警察なんぞ呼ばれたところで――この黒騎士を押さえ込むなど不可能だが」

「も、目的はいったいなんですか?」

「わかりやすく言えば……助太刀」

「すけ、だち?」

 

 彼女の後退りが止まった。助太刀どころか収拾が付かなくなるところであったが、どうにか話はできそうだ。

 

「そうだ。絶望に身をよじらせているのだろう?」

「……はい」

「よし。状況を教えてくれ」

「ありがとうございます」

 

 極端な警戒は消えたか、やがて彼女は数歩できていた距離を2、3歩戻した。会話する表情はどこかぼんやりとしているけれども、これならなんとかなるだろう。

 己の口角が上がるのを感じた。こちらが勝手に作った流れではあるが、頼られるというのは悪くない。そして相手は千歌ねえちゃん、世話になった恩を気付かれぬうちに返せるとは最高だ。なんとも熱いではないか。よーし善は急げだ、来るならこい。あらゆる内容を告げられようとも、手厚く対処してみせよう。

 

「えっと……落とし物というか、探し物というか」

「ふむ」

「恥ずかしながら、どこかで財布をなくしちゃったみたいで……」

「へ」

 

 一転、硬直。

 

 彼女より打ち明けられた事情を耳にして、おそらく今年一番の間抜けな声が飛び出した。その所以(ゆえん)、「財布」というワードである。単に聞いただけなら動揺なぞ微塵(みじん)にもしまい。にも関わらずスルーしかねたのは、スーパーに来るまでにソレと出会っていたから。もしかすると、もしかするかもしれない。

 

「……財布、と申すか」

「そうなんです! 心当たりありませんか?」

 

 焦りを隠しきれぬ様子で問うかつての先輩。心当たりだって? むしろ心当たりだらけだ。下手をすれば、解決の鍵をもうこちらが握っているかもしれないのだから。

 

「と、特色は?」

「えーっと。橙で柄が無くて、がま口で……ちょっと古めな財布ですっ」

 

 彼女から聞き出せたヒントは、まさにぴったり当てはまっていた。

 

 ――道中に拾ったアレ(財布)の持ち主って、ひょっとして。

 

 垂れ幕が上がるかのように、真相の可能性大であろう憶測がじわじわとその全貌を構築していく。こいつはなるべくしてなる運命だったというのか。

 

 嫌なタイミングで朝流し見していたテレビの運勢占いが浮かんできた。我の星座は本日1位。ラッキーアイテムは財布。

 

「……探し物とはこいつのことか?」

 

 我はおもむろにポケットを探り、ブツを取り出した。こちらが手に携えたものを一瞬凝視した彼女の反応は。

 

「こ、これだ!」

 

 肯定と驚愕。

 

 不自然な肌寒さが体を伝う、たぶん鳥肌が立った。占いはどちらかといえば信じない方だ。ただ、今日はある程度当たっていると言えてしまいそうである。ついているかはさておいて、『変なところで』運が回ってきているというのは。

 

 千歌ねえちゃんの丸くなった瞳が我をのぞいた。よほど度肝を抜かれたらしく、そのまま彼女は距離感を忘却してこちらに接近。当初の警戒は馬鹿馬鹿しいほどきれいさっぱり消えていた。そんなことより心臓が持たぬ、我は前に手を添え彼女を後ろにシフトさせる。

 

「いったいどこで!?」

「え……ああ。曖昧だが、スーパー付近だったのは間違いない」

「よかったぁ……」

 

 心底安堵する様子の彼女だが、絶句から解き放たれた我が返せたのは苦笑だった。彼女を襲った暗雲(あんうん)を素早く晴らすという、本来願ったり叶ったりな結末に落ち着いたはずなのに。

 

 彼女が探していた財布を差し出せたのも、我が拾ったものが運良く該当していたにすぎない。同じ時刻に我と彼女が居合わせなければ未解決で終わっていた可能性すらある。そう、偶然の連続が最良へと事を導いたのだ。素晴らしいではないか。ではこんなにも腑に落ちないのは何故だ?

 

 いいや、推し測るまでもない。こうもあっさり問題が解決されてしまったことに、不服な部分があったからだ。

 

 途中から、この助太刀がいくばくか難航することを望んでしまっていた。行き詰まった暁には、久しぶりにちかねえちゃんの近くにいられる瞬間が延びる……といった不謹慎な想いが息をしていたのだ。力になりたいと奮起、及び接近したところまでなら厚意のみで動いたと断言できる。ただ、内容を聞く寸前までそうであったかといえば?

 

 

 ……愚かだ。愚かすぎる。あまりに利己的だ。我ながら気味が悪い。

 そしてこんな時になって、(いびつ)な思考の基盤(もと)を自覚してしまう。すべては千歌ねえちゃんへの炎が燃え上がっていたために――。

 

 「ありがとうございます!」と勢い良く頭を下げる彼女。続々と込み上げる胸中の訴えを振り切って、我はいつか使おうとしたためていた台詞を吐く。

 

「ツいていたな、少女よ」

 

 今、己の面構えはどんなふうだろう。様々な感情が入り交じってできた、滑稽なものを張り付けていたら……いやまあ、そうかもしれぬ。

 

 さっきの危機感等々とはまた別でこの場を去りたくなった。彼女がまだ注意散漫なうちに、別のレジで会計を済ませて帰還しよう。我は手を軽くあげ、彼女から距離を取るモーションに入った。

 

「さらばだ――」

 

 されど、こういう時にそうはいかないのが世の常。

 

「おほっ……!」

 

 無駄に大きな声がした。音圧の方向を頼りに発された位置を探ると、何メートルか先のコーナーにこちらへ接近してくる者が視界に入った。タンクトップ一枚に短パン、履きやすそうなサンダルの中年親父である。顔は赤い。さしずめ彼は、酔いどれピエロ(飲んだくれ)であった。

 

 そしてすぐにわかった、酔っ払いの狙いは彼女だ。周りに彼女を除いて若い女がほぼいないし、奴の舐め回すような眼光がそれを圧倒的に主張している。店員、会計しに来ている一般人は……見て見ぬふり。どうやら外部からの助太刀は無いと考えた方が良さそうであった。

 さらに危険なのは、よほど安堵しているのか千歌ねえちゃんが自分の後方に無警戒であること。まだ我にまっすぐ礼を述べている。

 

 ――やむを得ない。

 

「ッ……ここでは色々と邪魔になる。移動するぞ」

「ほぇ?」

 

 血相を変えた我に驚いたのだろう、嬉々としていた彼女がぽかんとした。が、あいにく説明している時間はない。彼女の健康的な腕を掴み、語気を強めて告げる。

 

「早く!」

「う、うん」

 

 承認されるが早いか地を蹴った。ありがたし、彼女はこの不意すぎる連行に手を払うことなく付いてきてくれた。

 

 目立たないはずもなく、人々の視線が刺さる。……気のせいか、彼女のも。下手をすれば酔っ払いより我の方が誘拐者や悪人のようだが、この際関係ない。この人を飲んだくれの騒ぎに巻き込むよりはうんといいのだ。

 

 

 ほぼ秒刻みに、二人の駆ける形跡(おと)が小さきホールに散って木霊していく。

 

 直行、曲がり(カット)、直行、もひとつ直行、曲がり(カット)

 

 ぶつからぬように緩急をつけながら、レジ方面から反対の開けたエリアへと向かう。万に一つ奴が追ってくる可能性も考慮し、わざとあらゆる道を通る上で。無差別に潜り込んだせいか、慣れきっている構造が少しばかり迷路のように思えた。

 

 そうして逃避行にすべてを注いだ成果か、スーパーの奥、鮮魚コーナー付近までトラブルなく移動できた。

 

 

 

 しかし、一件落着とはいかなかった。

 最大の誤算が牙を立てたのである。

 

「あの」

「……なんだ?」

「あなたって、ようすけくん?」

「ぎょっ!!?」

 

 しばらく我に引っ張られていたのみだった千歌ねえちゃんから飛び出した爆弾発言。勢いあまって急ブレーキした。斜め後方で正体の核心を突いた彼女は、まだまだ止まらず続ける。

 

「走ってる時にね、横顔を見てたら気付いたんだ。……そっくりだった。最初は似てるだけなのかなって思った。でも、やっぱりそうとしか――」

「ふ、フフフフ……ははははっ」

 

 笑ってうやむやにしようとするも無駄と悟る。彼女が至って素直な眼差しを向けてきていたのだ。なんらかの答えが必要だった。

 

「なるほどな。そうかそうか……」

 

 いかにして返せばよいのだろう。わざわざ嘘を吐くのも憚られるし、今更後輩を名乗るのも苦しいものがある。しかしながら的確な己の肩書きも浮かびやしない。無理に黒騎士だと貫いてやれば切り抜けられそうではあるのだが、それを今の彼女にするのは気乗りせぬ。

 

 ああではない、こうではない。パンク間近な回路で逡巡を繰り返した末、いたずらに口を突いて出たのは。

 

「……だったら、どうする?」

 

 この言葉。

 放った刹那に確信した、間違えた。表情を崩さぬよう、真っ先に全神経を注ぎ始める。

 

 ――イタいイタいイタいイタい!

 

 黒騎士と相容れぬ素の我が胸中で嘆いた。一度出た言葉はなかったことにはできぬ。しかも振り向きざまに発したものだから、その絶妙な角度も取り返しのつかなさに拍車をかけていた。彼女の反応はといえば、まさに「クエスチョンマークを頭に浮かべている」というやつである。

 

「これはだなァ。その、ええ」

 

 どうしてくれようか。千歌ねえちゃんよ、この際苦言でもかまわないからコメントを恵んでくれ。これではただの阿呆ではないか。助けてくれ。必死に取り繕うとするも、果てしなく空振ってしまう。

 

「えーと、よくわからないけど……」

 

 かなりの間を置いた後、困ったふうに彼女は苦笑して。

 

「久しぶりだね、ようすけくん」

 

 ()が真なる姿の名を呼んだ。

 

 

 

 

 またも土壇場は――越えられず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 照射のピークを過ぎ、衰えてきた陽光。地平線に負けず、映る景色の先で伸び立つ日本の頂。そしてそれらには遥かに迫力で劣る地上。

 

 投げやりになりそう中、無益な比較が脳裏を流れる。

 

 輪廻転生したい。すっかりグロッキーだ。あれっきりすっかり記憶がおぼろげになったのはここだけの話である。なんたる前提違い、千歌ねえちゃんは我のことを覚えていたのだ……。

 

「いやー、まさかスーパーで会うなんてなぁ」

「驚きでいっぱいです……」

「ところで、さっきと全然雰囲気違うね」

「あれは……すみません。どうか忘れてもらえたら嬉しいです」

 

 スーパー入り口からいくらか隔たったコンクリート上で、千歌ねえちゃんと我は立っている。あの破り難い沈黙からなんやかんや、外に出たのだ。会計は知らない間に一緒に済ませていた。

 たちまち消えたいといえばそうだが、失った何かが多いすぎてそういう気力はからっぽだ。また、もう彼女に黒騎士の体裁を保つメンタリティは折れた。

 

 本日限定、我は……ああいや、やめた。本日限定、「僕」は「ただの手尾湧丞」。半ば思考を放棄した頭で努力するのは、ひとまず会話についていくことだ。

 

「今更だけど、私のことって覚えてる?」

「……高海千歌さん」

「おお~っ、嬉しいな! 幼稚園の頃、一緒によく遊んだよね」

「うん。……あっ、はい」

「そんなに固くならなくても大丈夫だよ」

 

 強張る肩を軽く叩かれるくらいにはダメダメだけど。

 

「何年ぶりかな。こうして並んでみると、大きくなったなぁ……ようすけくんも、私も」

「そっそういえば、幼稚園の頃も背比べとかしたっけ?」

「あ~、したした! ……前は私の方が高かったのに、今じゃ抜かされちゃってるね。なんだか悔しいなー」

 

 

 千歌ねえちゃんは、あの時と変わらない天真爛漫さを発揮していた。僕はその度ハッとして、ぎこちなく応対するばかりだ。感慨深そうに顔を綻ばせる少女に、狼狽えまくりの少年。第三者から見たら、こんな図が出来上がっていることだろう。

 

 必死になっている間も、時間は止まりはしない。どう盛り上がろうが盛り下がろうが、終わりはやってくる。無論例外はない。この日スーパーで鉢合わせした千歌ねえちゃんと僕の場合もだ。その瞬間は、彼女の突然なる思い出しがトリガーとなった。

 

「それでねそれでね……あ」

「なにかあっ――」

「しまったぁぁ!!」

 

 アラームの爆音といい勝負の大きな声が空へ抜けた。みるみる顔を青くする彼女から察するに、緊急案件っぽいのはすぐわかった。

 

「まだ寄るところがあったんだった!」

「そうなの?」

「うわあああ……どうしよう」

「とりあえず今からでもそこへ……」

「うん。ごめんね、私行かないと」

「あっ、えと、大丈夫」

 

 戸惑いつつも、あたかも納得したふうに僕は首肯する。実のところ本人の慌てように驚きはしたけれども。

 

 と、ふためていた彼女が突然冷静になってエコバッグの中を探り始めた。

 

「……その前に、はい!」

 

 取り出されたのは、全国でも有名な果実。

 

「み、蜜柑?」

「私の気持ちですっ! ほら、財布のこともあるし」

「そんな……お礼をもらうほどのことはしてないよ」

「いいからー」

 

 躊躇うスキに、彼女は「えい」と報酬を突き付けてきた。僕の手に、ごく普通のサイズをした、しかし元気ある色に染まった蜜柑が乗っかる。その果実は、どことなく彼女のようで――。

 

「それに」

 

 蜜柑に気を取られた僕へ、彼女は続けた。

 

「また逢えたらなって」

 

 何も答えられなくなった。いきなり己に羽が生えて宙を浮遊したかのような気分が、ぞくりと僕を襲った。昔は屈託のなさこそあれど、これほど胸を射抜いてはこなかったのに。誰から見ても密かに、その笑顔は魅力に溢れていた。

 

「こうなったらダッシュだ! ……じゃあようすけくん、またねー!」

 

 帰宅するらしいと理解した頃、既に彼女は走る間際だった。出遅れたと必死に返しの言葉を考えるけれど、嵐のように彼女は走り出してしまう。あっという間に遠ざかっていく背中を、僕は静かに見送ることとなった。

 

「………ふ」

 

 どれくらいそうしていただろう。知らずのうちに、頬が緩んでいた。

 

「また逢えたら、か」

 

 僕も帰ろう。受け取った蜜柑を、潰さないようにポケットへしまい込んでから。

 

 

 

 夕刻は、未だ空が青くとも――確実に近付いていた。

 

 

 

 

 ……それにしても良かった。津島善子に今日の姿を見られていたら、僕はたぶん立ち直れなかっただろう。ああ恐ろしい。

 

 




今回は色々と苦戦しまして、ちょっぴり異質な仕上がりとなった次第です。善子ちゃんは……書きたかったけど都合上書けなかった。悔しいのう。ちなみに文量は今までに書いたどの作品のどの話よりも多かったり。とりあえずもうこれ番外編ってことでいいんじゃないかな()


では――終焉の炎!
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