我が“堕天使“の存在を知ったのは、なにも邂逅したあの日が最初ではない。そもそも我らは、はじめから同じ中学校に通っている。クラスは違えど、1年時から見かけることぐらいはあったものだ。決定的に違ったのは……その頃から奴は既に彼女は堕天使で、当時我が黒騎士ではなかったということ。すなわち、元来の我は「平凡」だったのである。
我が黒騎士に目覚める
しかし。
普遍的な存在であることに疑問を抱かせるようになった根本の原因は、異質に成り変わろろうと我を奮起させたルーツは――――。
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「さっきからなによ? じーっとこっち見つめて」
「…………たまたまだ」
「さてはヨハネの美しさに――」
「あー、麗しい。麗しいとも」
「むっ……」
適当に流したのが気に食わなかったのだろう、堕天使が小うるさく我を咎め始めた。そんな彼女に沈黙を返しつつ、広げた風呂敷の上にある箸を手に取る。
現在の刻は、午前の授業が終焉したことによりもたらされた
「聞けーっ!」
「うっ!?」
なんと唐突、額にコツンと軽い衝撃。虚を突かれたため、体が微弱ながら跳ねてしまう。勢いあまって玉子焼きを飲み込み、喉が詰まりそうになる。ちなみに箸は地べたに落ちた。とんだ災難である。整理がつけられず至急横を確認すると、こちらにじとりとした目付きを向けている堕天使。
「はぁ、やっと反応したわね」
ヤツの指は丸に近い形を型どっていた。遅ばせながら理解する、どうやら我は
「不意打ちとは味な真似をッッ!」
「だって上の空みたいだったしー」
「……否めぬな」
言い分はまったくの事実なので認めると、堕天使は意外そうな顔をした。おいなんだその顔は。大人げなく反発するのが標準だとでも思っていたのか堕天使ヨハネよ。我は二重の意味で敗北感を覚えて
ああ、元はといえば今日とて食事を共にする予定まではなかったのだ。教室を出たら、ヤツが付いてきたのである。禁じられし境地に赴くのだぞと釘を刺したりもしたが、余計にヤツの背徳心を掻き立ててしまった。結果、今に至る。堕天使のリトルデーモンになってからというもの、時間を共有することが増えた気がする。
「って、まずいぞ。箸が落ちた」
「あ。そういえば今ので……その、ごめんなさい」
「落ち着け、責めるつもりはない。まったく、堕天使ともあろう者が邪悪性皆無とは笑わせる。むしろいい子だな、さすがは‘’善子‘’」
「だから、ヨ・ハ・ネ!!」
とはいえ、堕天使を忌み嫌っているわけではない。ヤツと過ごす時間は愉快ですらある。その中身が他愛なき
さて。放っておいてもいいが、ひとまず我は首を横に降りヤツを宥めにかかる。遠目の斜め下に見える
「ともかく、今の惨事は我に非があるのだ。気にすることはない。拾って使えば問題あるまい」
「えっ? ……ダメよ、病気になるかもしれないじゃない」
「黒騎士を舐めるなよ。たかが一度、しかも1分にも満たない時間しか地に伏していない箸を用いた程度で、病気を患う我ではない」
「そういう問題じゃないわよ」
とは決めたものの、なかなか会話は終わらない。衛生面を考慮してか、我が落ちた箸のままで食事をすることを堕天使は躊躇う。ふむ、ちゃんと常識に乗っ取っている。一応堕天使のくせに。
「ククッ、いつも堕天使を主張するわりには変なところで生真面目だな。ではどうするのだ。弁当を手掴みで食えと? それとも犬食いか?」
少しばかり、挑発気味に笑ってみせる。意地悪したいわけではないが、困った様子の堕天使をなんとなくからかいたくなった。む、やはりこれは意地悪ではないか。それはさておき、次にヤツの口から出た結論は我が想像するところをあっさりと超えていくものだった。
「いいわ、じゃあ箸を貸す」
「……な、は? なんだと?」
淡々と返された答えに、我硬直。そして、唐突に起こされた1ヶ月前以来か一瞬素が出る。思わず目の開閉を繰り返す。
「そのままの意味よ。困っているリトルデーモンに救いの手を差し伸べるのは、然るべきことなのです……!」
「違う、そうじゃない」
いつもみたく声のトーンを変え、そして自信満々に両手を空に向かって拡げる堕天使だが、ヤツはなんにもわかっちゃいない。いや、わかって言っているのかもしれない。こいつ、わざとなのか? まさか逆手に取ったのか? 我はしてやられたのか? ヤ、ヤツの思考が読めぬッ……! 黒か白かは定かではない。しかしいずれにしろ、我に箸を貸すということは――――。
「フフフ……なあに? 言いたいことがあるなら、ハッキリ告げてごらんなさい?」
「察しろ。その手の色事は、大切な存在が隣り合った際の瞬間のために残しておけということだ! 恥ずかしいから一度しか言わんぞ。それをしたら、俗にいう間接キ――う゛う゛んッッ! ……いいか? わかったら直ちにその案を棄てるのだ」
白だった。平然、堂々といった言葉が似合っていた堕天使の面構えが崩れ去ったのが証拠。自分がしようとしている行為の難点を理解したらしい。
「や、野暮なこと気にしてんじゃないわよ! ったく子供じゃあるまいし!」
どうやら我は展開の処理を誤ったようだ。空気が刻々と気まずくなっていく。すっかりペースを乱したヤツの顔には、ほのかな朱が差していた。
我は黒騎士として失格だと久々に痛感した。この
「よよよ、よーし。ならば厚意に甘え、頼もうではないか……」
されど焦りはミスを生む。やってしまった。先に意地が勝利してしまった。こんな時に限って、頭に描いていたのとはまるで反対のことを――我は内心大いに悔やんだ。堕天使がさらにわなわなとし始めた。
「な……本気!? た、タイムよ! ちょっ、タイム!」
「問答無用、さあ貸せ」
「うわぁーっ! やめろ変態!」
なんと変態呼ばわりである。が、もう後には退けぬ。ヤツがアイデアを取り下げるまで煽るしかない。
「自ら提案しておいてそのザマか」
「うっ」
「実はシャイだなんて、随分と可愛らしいものだ。フッ、ヨハネとあろう者が聞いて呆れる」
「……言ってくれるじゃない! こうなったら堕天使の本気を見せてあげるわ!」
盛大に逆効果であった。堕天使の方もやけくそになってしまった。必死だったためか忘れていた、ヤツにも意地っ張りな
「ちが……は、早まるな。ここは穏便に」
「問答無用っ!」
「ぐぬぬ、さっきの台詞がそっくりそのまま還ってきたァ……!」
「覚悟はいい?」
「くうッ!! 退却!」
「あっ、待ちなさい!」
「おおっ、落ち着け、落ち着け堕天使~ッ!!」
かくいう我も、まるで落ち着いてはいないのだった。
こうして。堕天使と黒騎士、たった二人しかいないために僅かに広く感じる屋上を舞台とし、意図せぬ
傍からすれば、微笑ましき追いかけっこの図に見えるかもしれぬ。だが一般の奴らにはわかるまい。この戦いは戯れのそれではなく、意地と恥との
なお――後になって(ちょうど
正直茶番以外の何者でもなかった。ゆえに我は、もうこの件を闇に葬ることにする。黒歴史というやつだ。それは、堕天使も同じようだった。ちなみに、結局飯はロクに食べられなかった。ちくしょうめ。
新 章 開 幕 !
……うん、色々とやりすぎた気はしている。ここまでイチャイチャさせるつもりはなかったのだが、妄想には勝てなかった。許せ()
では――終焉の炎!