堕天少女と中二病少年   作:AQUA BLUE

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お待たせ致した、後編です。AQUA BLUEにしてはとてつもなく珍しくやや長め。


堕天使が風邪を患ったらしい ―後の章―

 扉からぬっと出てきた堕天使を視認して、我は大きく動揺した。ヤツの様子はお世辞にも快活というラインには程遠いものだったから。最低でもそこそこの快活さはあるだろうと想定していた、それが甘かった。

 

 熱で汗をかいたのだろう。額やこめかみの所々にはべたりと毛が張り付いている。また、髪は完全に下ろされておりお団子も作られていない。服装も質素な薄パジャマ。いつものこ綺麗な付属品は見当たらない。病魔の所為か、目はどこかとろんとしている。

 

 が、中でも一番気にかかったのは堕天使が瞳に涙を湛えていること。総じて、ヤツはあまりに弱々しかった。

 

「ど、どうしたのだ。何があった」

「……」

 

 訊けば堕天使は答えずに俯き、唇を噛みしめた。何かを堪えるようにして。我はかける言葉を探すが、こういう時に限ってまともに脳が仕事をしない。普段なら憎まれ口含め、いくらでも浮かんでくるというのに。

 

「……っ、うっ」

 

 対応に悩んでいると、やがてとんでもないものが聞こえてきた。嗚咽だ。いまいち事情が飲み込めないが大変だ。堕天使が泣き出してしまった。予想だにしていなかった急展開の連続に、頭が混乱してくる。

 そして――同時に苛立ちが込み上げてきた、己自身に。経緯は不明にせよ、涙を流す女を見過ごしていいのか。おのずと握っている拳の力が強くなる。辛気臭くあるのは屋外で暴れる雷雨だけで十分なはずだ。

 

(……よし)

 

 堕天使には何をやってるのと思われるかもしれぬが構わぬ。浮き足立っているようでは本末転倒だ。我は持参してきた土産入りのビニール袋を緩やかに地面へと手放し、両手を頬付近へと添え――――

 

「どっせいやッッ!」

 

 勢いを込め、素早くぶち当てた(セルフ・クリティカル)

 

 破裂を彷彿とさせる音が抜けた後、じんとする衝撃が双方の頬に浸透していく……痛いッッ。堕天使がぽかんとする。やはり奇行(これ)には驚きを隠せなかったかったらしい。

 が、気は引き締まった。呆けるヤツをよそに、我は胸に手を当て博打(ばくち)の一言を投げかける。

 

「飛び込んできてもよいのだぞ?」

 

 許せ堕天使、あるいは彼女の生みの親たちよ。今の我には冗談めいた(このぐらいの)フォローしかできなかった。くそったれめ、己の応用力の無さを嘆きたい。だが、もはや何でもよいのだ。ドン引きされようが笑われようが、すすり泣くヤツを元気付けるッッ!

 

 そうやって決意していたからこそ、我は堕天使の反応に頭が真っ白になった。

 

「っそ、それなら……っ、あなたの胸を借りるわね」

 

 温もり、宿る。我の胸に顔を埋める堕天使と、背面に腕が回されている感触でようやくピンときた。

 

 ――堕天使が、本当に飛び込んできたのか。

 

「ちがっ……うのよ、変な意味じゃっ、ないのよ。あ、あのねっ、なんか安心しちゃって……っぐ」

「お、おう」

 

 堕天使は絞り出すように教えてくれるが、我は気の利かない返しが精一杯だった。なにしろこのシチュエーションに付いていくのにやっとなのである。黒騎士とはいっても、女に抱きつかれた経験はない。しかも解決になっていない、むしろヤツが泣きじゃくってしまった。

 ただ、堕天使から先程までの悲壮溢れる雰囲気は感じ取れない。もういっそのことヤツの涙が枯れるまで待った方がよいやもしれぬ。それにしても……ククッ、自信をなくしそうだ。我がこれほどへっぴり腰(ヘタレ)だったとは。大胆だと自負していたものだから、呆れの度合いは割り増しだ。

 

「堕天使」

「ひっくっ……うん」

「通達に来たんだ。絶不調(バッドコンディション)のところ悪いが、お前の時間を少しもらうぞ」

「……うん」

 

 ……まったく、調子が狂う。堕天使がすっきりとするまで、我はヤツの肩を軽く叩いて宥めるのだった。

 

 

 

 

 

 

~~‡~~‡~~‡~~

 

 

 

 

 

 

「……調子はいかがかな? 羽休めに(いそ)しんだ効果は出たか」

「最悪よ……」

「だろうな」

 

 電力がまだ回復しないゆえに暗めな廊下を、二人して歩く。立ち話もなんなので、堕天使の部屋で詳しく情報交換をすることになったのだ。

 

 ……などと言えば聞こえはいいものの、実はいくらか事情が異なる。中での談話を発案したのは我。元はすべての用件を玄関で済ませるつもりであったが、どうしても今の堕天使を放っておく気にはなれなかった。堕天使によればヤツの母は仕事に行っていてちょうど独りだったとのことで、だからなおさらだった。

 

 

「停電になっていたとはな……」

「天気が天気だからしょうがないけど、余計に取り乱しちゃったわ」

 

 進みがてら本音を吐露する堕天使。こんなことを口にできる辺り、高ぶった心はだいぶ平常を取り戻したようである。だが、さっき外で見た限り顔色は優れていなかった。加減はどのくらいなのかヤツからまだ聞いてはいないが、完治はしていないだろう。

 

 そんな分析をしていると、堕天使が右斜めの扉をここと指差した。どうやら着いたらしい。

 

「む? 貴様の部屋はこんな位置だったか」

「自分の家だし、多少暗くてもわかるわよ」

 

 納得して堕天使の後に続く。間もなく境を越え、ヤツの自室へ。足を踏み入れるのはこれで二度目。よもや今日邪魔することになるとは思ってもみなかったが。

 

 カーテンが閉まっていないので、外の世界が明かりのアシストとなった。無論あちら側も暗めではあるものの、電気ひとつ点かないこの屋内よりはよほど光の度合いが強い。おかげで内装はこの目にもある程度明瞭に映る。

 

 以前一度来ているというのに、つくづく心が踊る。ここにはなかなかどうして興味引かれる小道具が多い。中世の宮殿にありそうなデザインの姿見やクローゼット。傘状の広がりと交差した模様が美しい電気スタンドに、独特の愛らしさを放つハロウィーン風のぬいぐるみ達。カーペットとカーテンも深紫を基調とした「魔」を感じさせるもので――語りだせばキリがないくらい、他にも未知なる掘り出し物がわんさかだ。とどのつまり、堕天使のマイルームは素晴らしい。そこらの者には到底理解できぬセンスだろうな。

 

「あんまりじろじろ見ないでよね」

「おっと、失礼したな。前も思っていたが、あまりに素晴らしい部屋なのでな」

「……へぇ~、なかなかわかってるじゃないの」

 

 舐め回すように室内を見渡す我に堕天使が釘を刺してきたが、褒め称えるとあっさり口元を緩ませた。こいつ相当隙だらけだ。世間の言い方を借るなら、「チョロい」というやつか。

 

 と、堕天使がだるそうに布団へと潜っていくのを見て我に返る。迂闊、当の目的を忘れかけていた。我はヤツに通達しにここへ赴いたのではないか。本題に入らなくては。ひとまず魅力的な内装のことを頭の片隅に追いやり、我は荷物と共に床へと腰を下ろした。

 

 

 

 

 

「それでな? 我との結束を誓う者がいなかったんだ、一人もな。薄情にもほどがあるとは思わぬか」

「えー……あなた、どんな誘い方したらそうなるのよ」

「『そこの貴様! この黒騎士と組み、新天地を踏み往かないか?』と、こんなところか」

「あら、悪くないじゃない。なんでかしらね……」

「だろう?」

 

 通達を終えたあと、我と堕天使は雑談するに至った。使命を果たしたゆえ帰還しようとした折、ヤツに『ちょっと待ちなさい』とストップをかけられたのだ。カッコ良く立ち去るハラだったのに、予定とはあてにならぬものだ。ちなみに停電はあれから回復した。

 

「まあいい、ところで容態はどうだ。 ……随分と聞くのが遅れてしまったが」

「うーん、なんとも言えないわね。さっきまでは結構辛かったんだけど、話してたらちょっと楽になった気もするし」

「なんと中途半端な……」

 

 そんなこんなで話は体調の話に転がるが、堕天使は首を傾げた。本人にもコンディションを掴みきれていないとは、実にリアクションしづらいものがある。

 

「ちゃんと処方箋は服用しているのだろうな?」

「そうね……リトルデーモンが堕天する直前まで眠りについていたから、朝に飲んだっきりね」

「おいおい、それはまずいのではないか」

「ぎくっ!」

 

 少々茶化しただけのつもりだったのだが、堕天使がいきなり体をびくつかせた。セルフ効果音付きで。

 

「い、いや~。ちゃんと後で飲むから大丈夫……よ、うんうん」

 

 露骨に視線を泳がせる堕天使。なるほど確信犯だ。我は悟った。こいつ、処方箋が苦手なのだ。かといってい、睡眠と食事のみでは病魔の衰弱は遅くなる。処方箋を服用していないとなれば、飲ませなくては。

 

 別の話題を出そうとでもしたのか、堕天使が考え込んだ。その一瞬を逃さず我は捲し立てる。

 

「良薬は口に苦し、という(ことわざ)があるではないか」

「た、たとえ病に襲われていても、それを堕天使はもろともしないのよ!」

 

 さっとお約束の堕天使ポーズを取り、説得に応戦する堕天使。上がった口角は引きつっている。ほぼ間違いなくこの余裕げな態度は取り繕ったものだろう。しぶとい、それでいて往生際が悪い。……そもそも今の反論、論点がずれていたような。ああ、よほど服用したくないのか。わかりやすい。

 

「お前の意思、しかと受け取った。あくまで不服用を貫くわけだ」

 

 こうなった堕天使はなかなか聞く耳を持たない、ならば無理矢理でもしないと打つ手はない。我はやれやれと息を吐き、例のビニール袋に手をかけた。元々は普通にギフトとしてヤツへと授ける所存であったが、致し方あるまい。最終兵器だ。

 許せ堕天使。リトルデーモンという名の友人である以上、鬼にならねばならぬ時がある。ゆえに我はあるモノを取り出して、満面の笑みを作った。ヤツ視点だと悪意全開に見えるであろう。

 

「刮目せよ、堕天使!」

「なっ!? そ、それは!」

「いつだったか、教えてくれたよな。コレが好物だと」

「チョコレートッ……」

 

 堕天使が動揺、そして物欲しそうな表情をチラつかせたのを確認して我は確信する。釣れた、と。

 

「どうした、欲しいか。我は今、偶然にも必要としていなくてな。くれてやってもいいのだが?」

「と、(とぼ)けないでよね……最初っからお土産で持ってきてるのはわかってるんだから!」

 

 抗議する堕天使を「何のことだ?」とあしらい、我は一方的な交渉を続行する。

 

「が、タダというのも面白味がない……よって条件を出す」

 

 不満げに我に顔を向けたまま、堕天使は口をつぐんでいた。我がこれから言うことを察しているのだろう。

 

「処方箋の服用だ」

「うぅっ、そこをなんとか無条件で――」

「甘ぁいッッッ! まさにチョコレートのようにな! お前が堕天使だというのなら、そのリトルデーモンだって悪どく・わるーく成長するのだ。試練を見事突破したならば、蕩ける甘板(チョコレート)を譲渡する」

「そ、そんなぁ」

「至福を手にしたくば難関に挑め、覚悟を決めろ。処方箋を流し込む水は我が手配する。キッチンまでは遠かろう」

 

 堕天使、軽く涙目に。ちょっとかわいそうな気もする……というのは我が甘いのだろうか? かなり大人げなかったが、ともかく堕天使を完封することに成功した。

 

「わかったわよぉ……」

 

 これ以上なくスローに、堕天使は処方箋の入っているであろう紙の中を探り、そこから小袋を摘まみ上げた。白い粉薬だ。錠剤ならば果たしてここまで苦悩するかは疑問であったので、案の定。

 最後の抵抗か、ヤツは我を一瞥した。我は無言で微笑みを返す。拒否権はないのである。

 

 堕天使は大きなため息をつくと、小袋の切り込みを真横に引き裂いた。すると本当に微かにだが、甘いのか苦いのかわからない香りがしてきた。実際この手の処方箋は複雑な匂いに違わず、色々な特徴の混ざった妙な味をしている。ヤツはそういう部分があまり受け付けられないのかもしれない。

 

 ごくりと唾を飲み込み、開封された小袋と逡巡するようにらめっこしてから――やがて堕天使は口を開け、ついに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 快晴に至らず曇り空だが、大荒れだった外の雷雨はすっかり鳴りを潜めた。堕天使が眠るベッド脇にある、横長型の目覚まし時計は5時過ぎを差している。

 

「んぅ……へへ」

(とこ)から眠りの世界に落ちれば、いつもの強気はどこへやらだな」

 

 穏やかな寝息を立てて眠る堕天使を見守る我は、こっそり苦笑する。果たしてどんな夢を見ているのか、ヤツはだらしなくニヤけている。

 我が課した試練(服用)を堕天使が達成して以降一悶着あったりもした、しかしそれからは早かった。処方箋副作用の眠気が出たのか、ヤツはだんだん無意識の奥へに沈んでいった。

 

 

 なんにせよ、この分なら一安心だろう。

 

「頃合い。これにてお役御免だ……んっ?」

 

 我が立ち上がろうとすると、どこかを引っ張られている感覚があることに気が付いた。何事かと視線を巡らす、されどその根元はほとなく見つかった。

 

「ククッ……」

 

 また、笑みがこぼれてしまう。我が纏う灰色コートの袖。そこを、堕天使の指がきゅっと摘まんでいた。……思えば本格的に邂逅し、決戦した日もヤツはこうやって引き留めてきていたな。

 

「……いいだろう。今日ぐらいは、要求を呑もう」

 

 

 どうやら帰還はあと僅かに遅れそうだ。我は今一度、堕天使の布団をかけ直した……。

 

 

 

 

 

 

 

~~‡~~‡~~‡~~

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分後。津島宅の扉が開かれた。家内へ入ってきたのは――津島善子の母。サイズぴったりのパンプスを脱いで靴棚に片付け、彼女は愛娘のいる部屋へと向かう。間もなくたどり着き、コンコンと隔たりとなるドアをノック。

 

「善子ちゃん、具合はどう? ごめんね。遅くなっちゃった――」

 

 おもむろに押したドアの先に、津島善子の母は見た。彼女は少し驚き、そしてその表情を柔らかくする。

 

「あらあら……」

 

 眼前に広がっていたのは微笑ましい光景。気持ち良さそうに寝言を呟きながら(とこ)についている善子と、彼女を看護する体勢のままで眠る少年の姿だった――――。

 

 

 




弱々しい善子ちゃんを書こう、そう考えたらどういうわけかこれまでのお話の中でも最高のボリュームとなりました。つまり無駄に長くなりました、えぇ。
後半は心なしかちょいと失敗してる気がしなくもないけど、部屋の描写やら善子ちゃんのお母さんをちょいと出したから手の込んだ手抜きってことで許してくれい……()

それではさらば――終焉の炎!
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