女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第一章
第一話 幼女を誑し込む


 唐突だが、俺は踏み台転生者が好きだ。

 カッコイイ顔に強力な特典、そして原作キャラを嫁と言い切る潔さ。

 友情努力のオリ主も好きだけど、やっぱり楽して強い踏み台転生者の方が心惹かれる。

 ろくに修行していないのに、あのゲート……ゲートなんだっけ。ともかく、やたらキラキラした武器を射出しまくって戦う。うん、めちゃくちゃカッコイイ。

 

 だから、神様に間違って殺された云々と告げられ、特典付きで転生させてくれる事になった時、俺は迷わず踏み台転生者の特典をくれと頼んだ。

 しかし、あの踏み台転生者御用達の特典はあげられないと返されたので、仕方なく別の特典を選んで俺は転生を果たした。

 もちろん、銀髪オッドアイの美形で。

 転生先の影響からか、俺には沢山の魔力にデバイスとかいう便利な物も貰った。

 という経緯で、俺の踏み台街道は始まったのである──!

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──と、思ったんだけどなぁ」

 

 転生してはや幾数年。

 現在、俺はため息をつきながら公園に向かっていた。

 ふと地面にあった水たまりをのぞき込めば、凄まじい美貌の顔が現れる。

 腰まで伸びた銀髪は煌めき、辺りに幻想的な光が舞っている。左が緑で右が青の双眸は、星々の如く瞬いて不思議な魅力がある。

 もちろん、この水たまりに映っているのは俺の顔だ。

 神様に要望した通り、満足のいくできになっているのだが……

 

「なんで女の子なんだよぉぉぉ!」

 

 頭を抱えて仰け反り、想像の遙か斜め上を超えた事態に声を上げた。

 あの神様。なにをとち狂ったのか知らないけど、よりにもよって踏み台転生者になる予定の俺を女の子にしやがったのだ。

 確かに性別は指定しなかったけども、男のままだと思ってなにも言わなかったけどさぁ……。

 これじゃあ、原作キャラを嫁って言えないじゃないか!

 いや、この世界が乙女ゲームが元になっていたとしたら、むしろ俺が女で間違いないのかもしれない。

 

 ──おはよう、俺の婿。今日も相変わらずカッコイイな!

 

「うわぁ……」

 

 水たまりに映る俺が、ドン引きした表情を浮かべた。

 絵面としては間違っていないのだが、俺の内心的にはありえない。

 女の子として産まれたけど、好みは女性のつもりだ。

 だから、俺は肉体的では同性だとしても、嫁を言うのは女性原作キャラにする。

 

「よし、方針は固まったな!」

 

《……本当にするのですか?》

 

「ん、ドラちゃんか。当たり前だろ!

 なんのために俺が転生したと思ってるんだ。

 それも、踏み台転生者として頑張るためだからな!」

 

《ドラちゃんと略すのをやめてください》

 

 抗議するように胸元のネックレスをチカチカさせるのは、俺のデバイスであるドラちゃんだ。

 正式名称はドラゴン・グレートなのだが、言いにくいからドラちゃんと省略している。

 

「そもそも、俺に名前を考えさせたのが間違いだ。

 ネーミングセンスなんて期待しないでくれ。

 まあ、個人的には気に入っているけど」

 

《……そうですね。もう諦めました》

 

 哀愁漂う言葉を漏らしているが、内心では満更でもないのを知っているんだからな。

 と、話している内に着いたか。

 俺が公園に赴いた理由は、ブランコに乗りたい気分だったからだ。

 近所でブランコがある場所って、ここだけなんだよな。

 近年、公園の遊具が減っていって誠に遺憾の限りである。

 

「ひゃっほー! 今日こそブランコで一回転してみせるぞー」

 

《前世の記憶があるとは思えない馬……純粋さですね》

 

 飛び跳ねて駆けだしていくと、俺が使おうとしているブランコに先客がいた。

 栗毛のツインテールをへにゃりと垂らし、俯いたまま足をぶらぶらとさせている。

 むむ、今日は右のブランコの気分だったのに。仕方ない。左の方を使うか。

 ブランコで遊んでいる幼女を無視して、俺は跳躍して板に足を乗せる。

 不規則に揺れる板の上でバランスを取り、両手を広げながら笑う。

 

「ほっ! 見たか、ドラちゃん!

 片足で乗るとか凄くね?」

 

《みっともないのでやめてください》

 

「えー。せっかくの運動神経なんだから、こうやって活かさなきゃもったいないじゃん」

 

《見ているこちらが恥ずかしいんです!》

 

 ぷりぷりと怒るドラちゃんを尻目に、俺は立ちこぎをしていく。

 徐々に前後の振れ幅が大きなっていき、全身に風を感じる。

 前世ならお股がヒュンッとなったのだが、今の俺は女の子だから問題なし!

 ああ、ブランコ楽しい──

 

「す、すごい……」

 

 ブランコを一回転させようとしていると、隣の幼女が驚愕した声を上げた。

 目まぐるしく変わる視界の中、チラリと横目で窺う。

 すると、さっきまで悲しげな雰囲気を漂わせていた彼女が、クリクリしたおめめをまん丸に見開いてこちらを凝視していたのだ。

 瞬間、俺の脳裏に電流が走る。

 

「お前はもしかして──へぶっ!」

 

「ええっ!?」

 

 びっくりして手を滑らせてしまい、俺は回転しながら上空に身を投げだされた。

 顔面から地面にダイブし、ゴロゴロと転がって全身が土まみれになってしまう。

 慌てた足取りで駆け寄る幼女の足音を耳に入れながら、俺は起き上がって身体の汚れを叩く。

 

「うぇー、やっちまった」

 

《無駄に頑丈ですね》

 

「無駄って言うなよー」

 

「だ、大丈夫!?」

 

「ん、ああ。平気平気。いつもの事だからさ」

 

 にかっと笑ってそう返せば、幼女は微妙な表情を浮かべた。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「うーむ」

 

「な、なに?」

 

 居心地悪そうに身を縮こまらせた幼女を見て、やはり先ほどの感覚は間違いないと確信した。

 神様に頼んだ特典の中に、原作キャラを教えてくれる物があるのだ。

 通称、嫁センサー。

 これがあれば、知らない原作だったとしても、こうして原作キャラが誰かわかる。

 早速役に立ったようで良かった良かった。

 つまり、目の前の将来が約束された幼女は原作キャラなのだ。

 となると、俺のやる事は変わらない。

 

 汚れを叩き終わった後、立ち上がって幼女と目を合わす。

 そして、小首を傾げる彼女へと、できるだけ爽やかな笑みを浮かべて。

 

「お前は今日から俺の嫁な!」

 

「……ふぇ?」

 

 ふっふっふ。

 ついに、言えた!

 踏み台転生者として言いたかった言葉の内、ランキング一位の言葉を言えたぞ!

 さあ、目の前の幼女はどう答える。

 恥ずかしがるのか、嫌がって逃げるのか。

 どちらでもドンと来い!

 

「どうした?」

 

「よめってなに?」

 

「えっ?」

 

 嫁を知らないと申すか?

 あー、この歳では嫁じゃあ伝わらないかもしれないか。

 でも、お嫁さんって有名な将来の夢だと思うんだけどな。

 じゃあ、なんて言えば伝わるんだ?

 ママ、妻、奥さん、あるいはハニー?

 まあ、いい。そんなのは後から教えればいい。今するべきなのは、目の前の幼女の名前を聞く事だろう。

 

「嫁。お前の名前を教えろ」

 

「え、高町なのはだけど」

 

「そうか。じゃあ、なのは! お前はこれからずっと俺と一緒だ!」

 

「ずっと……友達?」

 

 うん?

 友達じゃなくて嫁なんだけど。

 しかし、幼女──なのはは俺の言葉に目を輝かせていた。

 友達が欲しかったのか?

 うーん、まあいいか。今は友達でも。後で嫁と言い直せば。

 

「ああ。なのはは俺の(友達)だ!」

 

「ほ、ほんと!? 嘘じゃない!?」

 

「え、うん。嘘じゃないよ」

 

 改めて頷けば、なのはの表情が見る見るうちに緩んでいく。

 しかし、直ぐにはっと表情を引き締め、どこか窺うように俺の顔を見つめる。

 ……気に入らない。子供のくせに、そんな人の顔色を気にする態度がムカつく。

 無意識に眉をしかめていたのだろう。なのははビクリと肩を震わせ、縋るような眼差しを送る。

 

「あ、あの」

 

「お前がどんな事を考えているのか知らん。

 でも、そんな風に遠慮するのがお前の考えている友達なのか?」

 

「あっ……」

 

 目を見開いたなのはの眼前へと、俺は拳を突きつける。

 

「友達は本音を言い合って、殴り合いするもんなんだぞ」

 

「そうなの?」

 

「俺がそう言うんだから間違いない!

 だから、なのは。いつでもかかってこい!」

 

「え、ええ!?」

 

 飛び退いてファイティングポーズを取り、なのはへ向けて叫んだ。

 対して、彼女は戸惑い気味にキョロキョロとしている。

 暫くすると、覚悟を決めたのか。キリリとしたなのはが、てくてくと歩いて俺を殴ってくる。

 

「え、えーい!」

 

「もっと腰を落とせ! じゃないと痛くも痒くもないぞ!」

 

「わ、わかったの!」

 

 ポコポコ、ポコポコ、ポコポコ。

 両腕を振り回して殴るなのはだったが、残念ながら致命的にセンスがなかった。

 足取りがふらふらで今にも転びそうだし、そもそも目を瞑って攻撃しているので駄目だ。

 

 しかし、実際には俺の心の中まで響いていた。

 なのはの想いが。胸中に溜まっていたやるせない怒りが。独りぼっちの寂しさが。誰かと遊べる喜びが。

 最後にぽすっと胸に拳を当て、俯いて身体を震わせているなのは。

 

「いい一撃だったぞ。流石俺の嫁だな!」

 

「……これで、なのは達は友達?」

 

「ああ。お前は俺の永遠の嫁だ!」

 

 笑みを浮かべてそう返せば、顔を上げたなのはも微笑む。

 やっぱり、子供は素直じゃなきゃな。

 ……ううん。こんな小さな子を嫁と言っちゃう事に若干の罪悪感が。

 いやいや、なにを弱気になっているんだ俺は。

 例え下道と言われようとも、下衆と罵られようとも、俺は踏み台転生者をやめるつもりはない!

 それに、俺がこんな行動を取れば、そろそろ出てくる頃合だろう。

 踏み台転生者には欠かせない要素、オリ主が!

 

 こっちはいつでもいい。

 さあ、来るなら来い!

 身構えて辺りを見渡すのだが、それらしい転生者の姿は見えない。

 いないだと?

 つまり、これは原作では起こっていないイベント?

 ……しまったなぁ。どうせなら、前世でここの原作を知っておくべきだったな。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもない。それより、なのはに面白い物を見せてやろう!」

 

「え、なになに?」

 

 先ほどより素直に振る舞えているな。

 顔を輝かせているなのはを尻目に、俺はポケットに手を突っ込む。

 そして、ある物を取り出す。

 手の中にある物を見て、なのははうーんと首を傾げる。

 

「なにこれ?」

 

「ふっふっふ。聞いて驚くなよ。

 なんと、これを頭につければ空を飛べるんだぞ!」

 

「えぇ!?」

 

 目を白黒させて、俺の手中にある物──“タケコプター”を見つめるなのは。

 そう。神様に踏み台特典を却下された代わりに選んだ特典は、ドラえもんの四次元ポケットだったのだ。

 これがあれば、できない事なんてほとんどない。

 なんで踏み台転生者達はこの特典を選ばないのか。いやまぁ、見た目が地味だから人気がないんだろうけど。

 ともかく、これを使ってなのはを喜ばせよう。

 

「これを頭につけてみろ」

 

「う、うん」

 

 俺の指示に従い、なのはは頭にタケコプターをとりつけた。

 すると、プロペラが回り始め、なのはの身体が浮かぶ。

 

「わ、わわ!?」

 

 俺も頭にタケコプターをつけ、慌てた様子で足をジタバタとさせるなのはの手を掴む。

 そのまま慣れた動きで空へと向かう。

 

「下を見てみろ、なのは」

 

「わぁ……!」

 

 陽が沈み始め、茜色の光が街に差し込む。

 あちらこちらで影が伸び、どこか哀愁を感じさせる雰囲気が漂っている。

 街灯には明かりが灯り、黒い街並みの中でポツポツと自身を主張していた。

 人払いを忘れていたのだが、見渡す限り人がいそうにない。

 

《幸運にも人がいませんでした。気をつけてくださいよ》

 

「ごめんごめん。ちょっと勢いに乗りすぎた」

 

 まあ、でも。

 隣で楽しげに笑っているなのはを見れば、やった事は後悔しないと断言できた。

 

「すごい、すごいよ!」

 

「こんな光景に比べたら、お前の悩みなんてちっぽけなもんだろ?

 俯いて下ばっか見るよりさ、こうして見上げれば人生楽しいって」

 

「……うん!」

 

 それから、俺達は暫しの遊覧飛行をしていく。

 あまり飛びすぎると電池が切れるので、ある程度したら公園に降りた。

 なのはからタケコプターを受け取り、ポケットの中にしまい込む。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 

「う、うん」

 

「大丈夫だって。またいつでも会えるから、そんな悲しそうな顔をするなって」

 

「で、でも」

 

 涙を湛えた瞳で俺を見つめるなのは。

 あーっと。なんだか調子が狂うな。オリ主は現れないし、踏み台転生者として嫌われないし、かといって惚れられたわけでもないし。

 ガリガリと頭を掻き、ポケットから先ほどのタケコプターを出してなのはに渡す。

 

「ほら、これを預けておく。だから、次会った時に返してくれ。

 もちろん、それを使って遊んでもいいから」

 

「あ、ありがとう!」

 

 よしよし。やっと笑顔になってくれたか。

 満足して頷き、最後に大事な事を伝え忘れていたと思い当たる。

 手を打って笑い、尊大に胸を張って告げる。

 

「俺の名前は小鳥遊 静香。将来、ハーレムを作る踏み台転生者だ!」

 

「じゃあ、静香ちゃんだね! よろしく、静香ちゃん!」

 

「お、おう。よろしく……」

 

 なんだ。わからないから仕方ないんだけど、言葉をスルーされると悲しいな。

 まあ、そのうち理解して踏み台転生者らしく嫌われるだろう。

 それもまた一興。オリ主と戦うのも楽しみだし、本当に今生は退屈しないな!

 

 なのはと別れた帰り道、俺はルンルン気分で鼻歌を奏でる。

 スキップしながら家路につき、ドラちゃんと言葉を交わす。

 

「ついに、俺の踏み台街道が始まったなー。

 いやー、早く次の原作キャラに会わないかな」

 

《……致命的に、ファーストコンタクトを間違えましたね》

 

「なんか言ったか?」

 

《いいえ、なにも。この調子で、早くまともになってくださいね》

 

 ドラちゃんの呟きは、風に乗って消えた。

 上手く聞き取れなかったけど、まあ俺の応援だろうな。

 よーし、家に帰ったら未来道具を整理してなのはが楽しめそうな物を探そうっと。

 自然と笑みを浮かべた俺は、来たるバラ色の人生に胸を高鳴らせるのだった。

 

 

 

 

 


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