女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第二章
第十二話 ある夏の一時


 結局、あれから落ち込んだ俺は、なのはに慰められながら家路についた。

 リビングでふんぞり返っていたコピーロボットと盛大に喧嘩し、ひとまずリニスの説教により今回の出来事は幕を下ろす。

 

 はぁ……踏み台転生者の道は険しい。

 まあ、自作自演でのオリ主では意味がないという教訓を得たし、収穫はあったのが不幸中の幸いだな。

 とりあえず、本物のオリ主か原作主人公を待つしかないという事だろう。

 

 それまで、俺はどのように行動するべきか。

 なんだかマンネリ化してきているんだよなぁ。

 馬鹿の一つ覚えのように、嫁嫁連呼しているだけでは芸がない。

 というより、最近はなのは達までが塩対応で上手くいかないのだ。

 

 うーん。

 やっぱり、張り合う相手がいないと、踏み台転生者としての行動が変なんだよな。

 踏み台とは文字通り、踏まれるための台なのだ。

 踏まれない踏み台など、桃子さん作のシュークリーム以外ぐらい存在価値がない。

 

『ここ最近、急激にヨーロッパ方面から日本へと観光客が増えていて──』

 

 美人アナウンサーが告げるニュースを尻目に、俺はリニスが作ってくれたそうめんをすすっていく。

 麺つゆに絡んだそうめんが口内で広がり、飲み込むとつるりとした喉越しが駆け抜ける。

 

 ふぁぁ……美味い。

 やっぱり、夏と言えばそうめんだよな。

 僅かに聴こえるセミの鳴き声に、窓から覗く快活に輝いている太陽。

 天井付近では絶賛エアコンが働いており、快適な空間の中で昼食を楽しむ。

 

「平和ですねぇ」

 

「だなぁ」

 

 向かい側の席で、頬を綻ばせてそうめんを麺つゆに浸すリニス。

 のんびりとした口調の言葉に頷きを返した俺は、緩んだ頭で思考を巡らせていく。

 

 踏み台転生者とはなにか。オリ主とはなにか。嫁とはなにか……。

 まるで、出口のない迷宮に迷い込んでしまったかのように。

 思考の坩堝にはまり込み、俺は答えのない問題を解くために足掻く。

 

《そもそも、疑問だったんですが》

 

 ぼんやりとそうめんを見つめていると、ドラちゃんが声を上げた。

 リニスも俺の方に意識を集中しており、自然と彼女の発言を待つ形となる。

 

 二対の視線に見つめられる中、胸元のデバイスは規則正しく点滅していく。

 

《何故、マスターは踏み台転生者になりたいのですか?》

 

「なんでって、カッコイイからだけど」

 

《本当に、それだけですか?》

 

 どこか確信が含まれた声色で、尋ねてきたドラちゃん。

 対して、俺は咄嗟に返事をする事ができなかった。

 

 まあ、自ら踏み台転生者になるのはおかしいよな、普通は。

 それこそ、オリ主のように悲しい原作をなんとかするとか、原作に関わりたくないと離れた立ち位置に納まるとか。

 大体の動き方は決まっているだろう。

 逆に俺のようなタイプは、他にそうそういないと自分でも思う。

 

「静香?」

 

「ん、なんでもない」

 

 不思議そうに問いかけてきたリニスに微笑み、首を振る。

 こんなシリアスの空気なんて、俺らしくない。

 いつものように、他人の気持ちを考えないで勝手気ままに振る舞う。

 それこそが、俺が踏み台転生者たる所以なのだから。

 

 一息ついて気持ちを切り替え、立ち上がって大仰に胸を張る。

 

「フゥーハッハッハッ!

 ドラちゃんはなにをバカな事を言っているんだぁ?

 絶世の美形に、他の追随を許さない強力な特典。

 そして、原作キャラに好かれて当然だと自信に満ち溢れた思い。

 こんな素晴らしい存在なのだぞ。むしろ、踏み台転生者になるべきだ!

 そもそも、オリ主とか修行しなきゃいけないから面倒だし、楽して強くなれる踏み台転生者の方が憧れるだろう?」

 

《…………はぁ》

 

「静香が楽しそうで良かったです」

 

 心底呆れ返った口振りでため息をつくドラちゃんに、微笑ましく頬に手を添えて目を細めるリニス。

 対照的な二人の様子を尻目に、俺は今までの憂鬱な考えを吹き飛ばす。

 

 幸運にも、ドラちゃんのお蔭で自身を見つめ返す事ができた。

 踏み台転生者なのだから、悩むだけ時間の無駄。

 思いついた事から行動に移し、今生を全身全霊で謳歌する。

 ただ、それだけだ。

 

「ハーハッハッハ!

 そうと決まれば、話は早い!

 今から嫁達を誘いにいくぞ!」

 

「先に、昼食を食べてからにしてくださいね?」

 

 勢い込んでリビングに出ようとしたのだが、いつの間にか側にいたリニスに首根っこを掴まれる。

 優しく椅子に座り直され、目の前で笑みを浮かべる彼女に、俺は慌てて頷いてそうめんを喉に流し込む。

 

「うっ! ゲホッ、ゲホッ!?」

 

「ああ、そんな急いで食べるから!」

 

 喉に麺が詰まり、目を見開いて痙攣する俺。

 慌てた様子のリニスが駆け寄って背中をさすってくれたので、水を飲みながらゆっくりと深呼吸して身体を落ち着かせていく。

 

 ふぅ……ふぅ……危なかった。

 まさか、そうめんで死にかけるはめになるとは。

 死因がそうめんとか、シャレにならないほどかっこ悪い。

 せっかく、カッコよく決まったところなのに、これでは出落ち要員ではないか。

 

《マスターが出落ちでなかった日があったでしょうか……?》

 

 う、うるさい!

 正直、俺も自分の存在が色物だと自覚しているけど。

 そんなズバズバと言う事ないじゃないか。ドラちゃんは俺の相棒なのだが、こうして人が気にしているところを告げる困ったちゃんなのである。

 

「落ち着きましたか?」

 

「ああ、ありがとう。

 やっぱり、リニスは優しいなぁ」

 

 ドラちゃんとは対照的に、柔らかく包み込むような慈愛を持つリニス。

 抱きついて頭を押しつけると、優しく撫でてくれる。

 

 うぅ……リニスは神か。

 聖母の如く癒してくれるので、恥ずかしさとか抜きに素直に甘えられるのだ。

 もし、リニスが困っている事があったら、絶対に助けよう。

 それが、彼女から受けた恩を返す事に繋がると思えるから。

 

「ゆっくりと食べましょうね?」

 

「うん、わかった」

 

 リニスから離れて箸を持ち、再度そうめんに挑戦していく。

 今度は気をつけたからか、上手く喉に流し込む事に成功した。

 あれだな。食べ物はもっと味わって食べなきゃ作ってくれた人に悪い。

 リニスが俺のために作ってくれたのだから。

 

 待てよ。

 リニスが作るという事は、つまりリニスの手料理。

 俺はそれを食べており、そしてリニスは俺と嫁契約を結んだ。

 ……なるほど。これが嫁の手料理というものだな!

 

「リニス、いつも美味しい料理ありがとう」

 

「突然どうしたんですか?」

 

「だから、愛しているぞ嫁よ!」

 

「すみません。

 静香の中で自己完結しないで、私にもわかるよう説明してくれませんか?」

 

 困った様子で眉尻を下げるリニスを見て、俺は指を立てて優しく語りかける。

 

「いいか?

 この料理はリニスが作った、つまりリニスの手料理だ」

 

「はい、そうですね」

 

 頷いたのを確認した後、立てる指を二本に増やす。

 

「次に、俺はリニスと嫁契約を結んだよな?」

 

「使い魔契約ですね」

 

 訂正を入れてきたが、意に介さず薬指も立てて見せる指を三本にする。

 

「だから、リニスと俺は相思相愛。つまり、愛しているという事だ!」

 

「……」

 

 ドヤ顔を披露した俺に、リニスは額に手を置いて声も出ない様子だ。

 失礼な反応だな。見事な三段論法だっただろう。

 なぁ、ドラちゃん。お前もそう思うよな?

 

《これがストーカーになる人の思考ですか……》

 

 ちょっと待て。

 ドラちゃんの解釈は、ものすごーく間違えている。

 そもそも、踏み台転生者というのは原作キャラを追いかける存在なのだから、ストーカーと言い換えても全くもって問題ない。

 なので、俺のはストーカーになる人の思考ではなく、既にストーカーな人の思考というわけだ。

 

《ダメだこのマスター》

 

 ドラちゃんはもう少し俺に優しくしてくれてもいいと思うの。

 最近、なのは達も冷たいんだから、相棒まで俺の言葉を戯言と切り捨ててきたら……

 

「静香? 泣いているんですか?」

 

「ち、違うし!

 ちょっと麺つゆが目に入っただけだし!」

 

 ゴシゴシと目元を拭っていると、胸元から優しげな声が上がる。

 

《マスター。今度からマスターの事を慮りますね》

 

「なにか困った事があったら、気軽に相談してくださいね?」

 

「あ、ありがとう」

 

 うぅ……二人の優しさに癒される。

 やっぱり、ドラちゃん達は俺の大切な存在だ。

 俺の変化にすぐ気がついて、こうして語りかけてくれるのだから。

 嬉しくて思わず笑みを零していると、リニスが不思議そうに小首を傾げる。

 

「どうしました?」

 

「なんでもない!

 それより、ほら。さっさとそうめんを食べよう!

 これからなのは達のところに行くんだからさ」

 

 それから、気持ち早めに麺を咀嚼していく俺達。

 暫くそうめんをすする音が響き、次いでテレビ画面で流れるニュースを耳に入れる。

 

『──イタリア近海で、昔の海賊船が発見されたもようです』

 

「海賊船だと!?」

 

 慌てて視線を転じると、海賊船を引き揚げている写真が映っていた。

 見た目は古ぼけており、いかにも宝がありそうな雰囲気を醸し出している。

 

 海賊船……宝……冒険!

 元男としては、ひじょーに惹かれる単語ではないか。

 ドラえもん達だって、様々な冒険をして成長していったんだし。

 俺が冒険をしたいと思っても、なにも間違っていないだろう。

 つまり、なのは達を連れてカッコイイところを見せても問題ない!

 

《ですが、アリサさん達は家族旅行に出かけていますよ》

 

「……そうだった」

 

 ドラちゃんの言葉で、俺は今が夏休みだという事を思い出した。

 ついでに、アリサ達が全員いない事にも。

 

 ……寂しいな。

 リニス達がいるとはいえ、いつも一緒だったなのは達がいないのは。

 胸中を過ぎるモヤモヤに蓋をしつつ、俺はテレビを見ているリニスに声を掛ける。

 

「たまには、二人で散歩でもするか」

 

「いいですね。

 今日は天気もいいですし。それか、プールにでも行きますか?」

 

「リニスの水着姿か……見たいな」

 

 きっと、凄く似合うんだろうなぁ。

 リニスはめちゃくちゃ綺麗だし、身体も豊満で男なら前屈みになるだろう。

 そんな彼女が使い魔で、俺としては大変誇りたい気持ちです。

 

 そんな風に考えていると、リニスは頬に手を当てて微笑む。

 

「そんなに煽ててもなにも出ませんよ」

 

「煽てたつもりはないけど」

 

「はいはい。

 じゃあ、昼食を食べたらプールに行きましょう。

 水着や日焼け止めの準備をしなくっちゃ」

 

 既に食べ終わっていたようで、リニスは食器を持って流し台の方へ去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、俺も残り僅かなそうめんを平らげていく。

 

「ふぅ……ご馳走様」

 

《マスター》

 

「んー?」

 

 尋ね返した俺の言葉を聞き、ドラちゃんはしみじみとした声音で告げる。

 

《平和っていいですね》

 

「だなー」

 

 机に顎を乗せ、足をブラブラとさせる。

 聖祥小学校に入学してから、早半年。

 色々な事があったが、なんだかんだ言って楽しかったな。

 と、感傷に浸るのはあとだあと。

 

 椅子から飛び降りた俺は、食器を持ってリニスを追いかけるのだった。

 

 

 

 ──小鳥遊家は、今日も平和です。

 

 

 

 

 


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