女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか? 作:スネ夫
「ふんふふ~ん」
鼻歌を歌いながら、俺は足取り軽く歩む。
横目で流れるプールを捉え、その周囲をなぞるように回る。
時折、すれ違った俺の姿を二度見する人がおり、やはりこの顔は客観的に見ても美形だと理解できるだろう。
まあ、ナンパされたからわかっていた事だけど。
にしても、ここのプールで遊んでいる人達は、一体どうなっているのだ。
十人中八人ほど振り返るとか、ロリコンが多すぎませんかね。
それとも、彼等の性癖を変えてしまうほど、俺が可愛いのだろうか。
「あの子、迷子かな?」
「外国人っぽいし、話しかけても通じるか?」
……そうだよな。
普通に考えて、こんな小さい子が一人なら迷子だと思うか。
良かった。この市民プールにはロリコンなんて存在はいなかったんだ。
「ハァハァ……」
うん。きっと、今の人は体調を崩していたんだろう。
目が血走っていたのも、プールに浸かりすぎて炎症を起こしたに違いない。
気持ち早めに歩く速度を上げた俺は、休憩所にチラシが貼られているのを発見。
近づいて見てみると、どうやら今日行われるコンテストの内容のようだ。
「ふーん。
飛び込む時のポーズを競う大会ねぇ」
市民プールなのに、中央付近に鎮座していた飛び込み台。
あそこから飛び込む時の美しさを争うらしい。
というか、危険じゃないか?
普通に考えてクレームとか来そうなものだが。
しかし、このコンテストは毎年恒例のお祭り行事らしい。
海鳴市のおおらかさが謎すぎる。
これも、元が二次元という影響なのだろうか。それとも、元々市民プールには飛び込み台が付属されているのだろうか?
前世も含めて市民プールに行った試しがないから、実際のところはよくわからないな。
首を捻りながら目を通していると、景品の欄に目がつく。
ほうほう。駅前近くの商店街と連携しているのか……なっ!?
「商店街無料券だと!?」
しかも、五千円分!
コンテストにしたら少ないとか、色々とツッコミどころは多いけども。
この無料券を使えば、翠屋でシュークリームが食べ放題なのではないか!?
……うっ、バイバインのトラウマが。
いやいやいや。今度は無料券を使うのだから、あの時のような失敗は繰り返さないはず。
つまり、このコンテストで優勝すれば、俺は合法的にシュークリームを食べられる!
「見つけましたよ、静香!」
「リニス!
俺はこのコンテストに出るぞ!」
「はい?」
振り向いてチラシを指差した俺を見て、リニスは首を傾げて疑問符を浮かばせた。
しかし、直ぐに我に返ったのか、腰に手を当てて眉を上げる。
「もう、どうして逃げたんですか」
「それはリニスが追いかけてきたから。
ほら、夕方の浜辺で待てー追いかけてみろってー的な感じ?」
「私達はどこのカップルですか……」
「むしろ、夫婦だな!」
自信満々に胸を張れば、リニスは嘆息して肩を竦めた。
すると、レモン色のビキニに包まれた胸が、たゆんと柔らかく揺れる。
見せつけてくれるじゃないか、リニスよ。
さり気ない仕草まで愛らしいとは、やはりリニスは素晴らしい女性だ。
愛らしいというより、エロ可愛いという感じなのだろうが。
「今、いやらしい事を考えたでしょう」
「うむ。
嫁の偉大さを再認識していたな」
「……開き直られると、それはそれでなんかモヤモヤしますね」
微妙な表情を浮かべたリニス。
そんな事を言われてもな。リニスがエロ可愛いのは当たり前の事だし、わざわざ恥ずかしがって隠すような考えでもない。
そもそも、踏み台転生者として恥も外聞もなくしているのだがら、俺の思考など今更だ。
と、話が逸れた。
改めてチラシに目を向け、優勝景品について説明していく。
俺の話を黙って聞いていたリニスは、一つ頷いて表情に笑みを落とす。
「いいんじゃないですか。
普通なら子供が出るなって止めるでしょうけど、まあ静香ですし」
「それ、褒めてるのか?」
「ええ、それはもう凄く賞賛していますよ」
「そ、そうなのか」
やった!
リニスに褒められたぞ。彼女に褒められるのは、なんというか非常に嬉しい。
思わずテレテレしている俺を尻目に、リニスは腑に落ちない様子でチラシに視線を転じる。
「ですが、子供の静香はコンテストに出場できるのでしょうか」
「ふっふっふ。
それについては、心配無用だ。ちゃーんと考えていたからな!」
「そうなんですか?」
小首を傾げるリニスに笑いかけ、俺はポケットからあるひみつ道具を取り出すのだった。
♦♦♦
『──さあ、今年も始まりました! 海鳴市飛び込みコンテスト!』
実況者の声を聞き、観客達は歓声を上げた。
俺の周りにはコンテストの参加者がおり、柔軟体操など各々が準備している。
見たところ、男性の方の比率が大きいようだ。
「よっ、ほっ」
俺も準備体操をしていると、四方八方から視線を注がれる。
まあ、それも無理はない。現在の俺は、文字通り絶世の美女なのだから。
あの時、ポケットから取り出した道具。
それはドラえもんの中でも有名な、“タイムふろしき”だ。
表と裏で色が違うこの道具を使えば、包んだ人や物の時間を操る事ができる。
つまり、タイムふろしきで俺を包み込み、大人の年齢まで時間を進めたというわけだ。
よって、今の俺の姿は二十歳ほど。
白銀の髪は腰まで伸ばしたまま、身体の肉付きが人体の黄金比の如く整っている。
身を包む白のビキニは絶妙に似合っており、今ならナンパ待ちの行列ができるほどだ。
ちなみに、服や水着に関しては、“きせかえカメラ”という道具で調達した。
「さて……」
正直、男の意識がある身からすれば、数多の視線に晒されるのは心地よくない。
見られる分には全く構わないのだが、やはりそこに性欲を感じると、な。
まあ、これも有名税と思っておこうか。ついでに、男達にサービスしてやろう。
髪を払って微笑むと、彼等は一様に赤面して目を逸らした。
ふっ、初心よのう。我が笑顔に魅了されてしまったか。
さながら、今の俺は蜂に群がられている花だな、なんて。
内心で自画自賛していると、女性参加者が気味悪そうにこちらを見ていた。
「なに、あの人。ナルシスト?」
ぐふっ。
た、確かに。今の俺の行動は、巷でも嫌われるぶりっ子的なものだ。
流石にやり過ぎたか。いくら自分の容姿に自信があるからとはいえ、やたら愛想を振りまくのもおかしいよな。
しかも、これは神様製のいわゆるドーピングのような物だし。むしろ、もう少し謙虚になるべき?
まあ、俺が謙虚になれるはずがないのだが。
と、いよいよコンテストの時間となった。
実況者に紹介された参加者達は、各々が飛び込み台から華麗に飛び降りていく。
それに審査員が点数をつけ、実況者によって発表される。
「思ったより、しっかりしてるな」
ローカル番組としても、充分に使えそうな規模だ。
いや、もしかして。実は、カメラとかが待機していたりしないか?
可能性としてはありそうだな。毎年恒例のようで、コンテストが盛り上がっているし。
『今年も白熱していますね!
次の選手は……なんと、次の人は飛び入り参加のようだ!
では、早速登場してもらいましょう!
エントリーNo.7、静香選手だー!』
その声に合わせて、俺は飛び込み台の先端に立って手を振った。
すると、会場からどよめきと歓声が湧き上がる。
さて。
上手く飛び込みをできるかどうか。
この身体のスペック的に、そうそう下手な失敗はしないと思うが。
飛び込みなんてした事がないので、正直不安な気持ちはある。
お、リニスをはっけーん。
彼女と別れた後に変身したから、この状態で会うのは初めてだ。
だからだろう。リニスがまん丸な目を更に丸くして、間抜けな表情を晒しているのは。
『これは、予想以上の方ですね!
彼女はどんな飛び込みを魅せてくれるのでしょうか、今から期待で胸が膨らんでしまいます!』
『膨らんでいるのは、胸だけ──』
『さあ、早速静香選手には飛び込んでもらいましょう!』
あの、審査員さん。
今の発言、どう考えてもセクハラですよ。
実況者も大変だなぁ。上手く受け流さなければいけないんだから。
と、思考が逸れた。
下のスタッフが旗を上げて合図をしたので、俺は飛び込み台の後ろの方まで下がる。
大きく伸びをした後、足踏みをして勢いよく手を上げる。
「いきますっ!」
助走をつけて前方へと倒れ込む。
直ぐに手をついて身体を回し、連続でバク転を決めていく。
狭い飛び込み台でこんな馬鹿な行動をしたからか、観客から悲鳴が上がる。
驚くのはまだ早い。勝負はここからだ!
台の先端まで行った瞬間、俺は思い切り押して反動で宙に身を投げだす。
その勢いのまま空中で丸まると、回転しながら重力に従って落ちていく。
『こ、これは!?』
驚愕した声を上げた実況者を尻目に、俺は身体をピンと綺麗に伸ばして一本槍となる。
最後は指先から着水。プールの奥底まで潜ったら、足を揃えて動かす。
「ぷはぁっ!」
水面から顔を覗かせた俺は、頭を振りながら水滴を飛ばして髪を払う。
そして、審査員達に向けてにっこりと笑顔。
ふぅ……上手くいったかな。
我ながら、中々無茶な飛び込みをしたのではないだろうか。
この身体ならいけると思っていたが、予想以上に噛み合って良かった。
プールから出て伸びをした後、結果を見るために審査員達の方に目を向ける。
『す、凄まじいですっ!
我々の予想を遥かに上回る、常識外れの飛び込みを見せてくれました!
さあ、気になる結果はどうでしょうか!』
実況者の言葉が合図だったのか、審査員達が点数を発表していく。
……よっし、満点!
思わずガッツポーズを取り、満面の笑みでリニスに手を振る。
「やったぞー!」
自然と観客達も視線の後を追い、リニスに無数の注目が浴びてしまう。
当然、その事に気がつかないはずなく、彼女は赤面して身を縮こまらせていた。
『静香選手は友達に飛び込みを見せたかったみたいですね。
では、次の選手の紹介です──』
実況者の声を耳に入れつつ、俺はスタッフに案内されて選手達が待機している場所に赴く。
そこでは先ほどと違い、驚いた様子の選手達が俺の顔を凝視していた。
ふふん。
どうだ、凄いだろう。
これが神様スペックで、踏み台転生者としての力だ。
ドヤ顔を披露した俺を見て、彼等はなにかを察したように目を逸らした。
え、なにその反応?
普通に傷つくのだけど。
……ま、まあ、俺の凄さに恐れをなして逃げたと思っておこう。
微妙な心境になった俺は、それからは大人しくコンテストが終わるのを待っているのだった。
♦♦♦
なお、これは余談だが。
コンテストはもちろん、俺が優勝して商店街無料券を手に入れられた。
しかし、危ない真似をしたからと、リニスにそれは没収されてしまう。
そして、ローカルテレビに俺の勇姿が撮られていたようで、その番組を見たなのは達が色々と問い詰めてきて大変だった。
結局、俺がコンテストに出ても、なに一つ得るものはなかったのだ。
《私をほったらかした罰ですよ》
……最後に、この日から暫く、ドラちゃんが俺をいびるようになる。
うぅ……。
繊細な俺のハートでは、ドラちゃんの言葉は痛いのに。
《なにか言いましたか、偽美少女さん》
「調子に乗ったのは謝るから!
だから、俺に偽をつけるのだけはやめてー!」
《人工物の美少女》
「ぎゃー!」
こうして、俺のプールデビューは、散々な形で幕を下ろすのだった。