女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第十四話 静香の変身

「ふんふふ~ん」

 

 鼻歌を歌いながら、俺は足取り軽く歩む。

 横目で流れるプールを捉え、その周囲をなぞるように回る。

 時折、すれ違った俺の姿を二度見する人がおり、やはりこの顔は客観的に見ても美形だと理解できるだろう。

 

 まあ、ナンパされたからわかっていた事だけど。

 にしても、ここのプールで遊んでいる人達は、一体どうなっているのだ。

 十人中八人ほど振り返るとか、ロリコンが多すぎませんかね。

 それとも、彼等の性癖を変えてしまうほど、俺が可愛いのだろうか。

 

「あの子、迷子かな?」

 

「外国人っぽいし、話しかけても通じるか?」

 

 ……そうだよな。

 普通に考えて、こんな小さい子が一人なら迷子だと思うか。

 良かった。この市民プールにはロリコンなんて存在はいなかったんだ。

 

「ハァハァ……」

 

 うん。きっと、今の人は体調を崩していたんだろう。

 目が血走っていたのも、プールに浸かりすぎて炎症を起こしたに違いない。

 気持ち早めに歩く速度を上げた俺は、休憩所にチラシが貼られているのを発見。

 近づいて見てみると、どうやら今日行われるコンテストの内容のようだ。

 

「ふーん。

 飛び込む時のポーズを競う大会ねぇ」

 

 市民プールなのに、中央付近に鎮座していた飛び込み台。

 あそこから飛び込む時の美しさを争うらしい。

 

 というか、危険じゃないか?

 普通に考えてクレームとか来そうなものだが。

 しかし、このコンテストは毎年恒例のお祭り行事らしい。

 海鳴市のおおらかさが謎すぎる。

 これも、元が二次元という影響なのだろうか。それとも、元々市民プールには飛び込み台が付属されているのだろうか?

 前世も含めて市民プールに行った試しがないから、実際のところはよくわからないな。

 

 首を捻りながら目を通していると、景品の欄に目がつく。

 ほうほう。駅前近くの商店街と連携しているのか……なっ!?

 

「商店街無料券だと!?」

 

 しかも、五千円分!

 コンテストにしたら少ないとか、色々とツッコミどころは多いけども。

 この無料券を使えば、翠屋でシュークリームが食べ放題なのではないか!?

 

 ……うっ、バイバインのトラウマが。

 いやいやいや。今度は無料券を使うのだから、あの時のような失敗は繰り返さないはず。

 つまり、このコンテストで優勝すれば、俺は合法的にシュークリームを食べられる!

 

「見つけましたよ、静香!」

 

「リニス!

 俺はこのコンテストに出るぞ!」

 

「はい?」

 

 振り向いてチラシを指差した俺を見て、リニスは首を傾げて疑問符を浮かばせた。

 しかし、直ぐに我に返ったのか、腰に手を当てて眉を上げる。

 

「もう、どうして逃げたんですか」

 

「それはリニスが追いかけてきたから。

 ほら、夕方の浜辺で待てー追いかけてみろってー的な感じ?」

 

「私達はどこのカップルですか……」

 

「むしろ、夫婦だな!」

 

 自信満々に胸を張れば、リニスは嘆息して肩を竦めた。

 すると、レモン色のビキニに包まれた胸が、たゆんと柔らかく揺れる。

 

 見せつけてくれるじゃないか、リニスよ。

 さり気ない仕草まで愛らしいとは、やはりリニスは素晴らしい女性だ。

 愛らしいというより、エロ可愛いという感じなのだろうが。

 

「今、いやらしい事を考えたでしょう」

 

「うむ。

 嫁の偉大さを再認識していたな」

 

「……開き直られると、それはそれでなんかモヤモヤしますね」

 

 微妙な表情を浮かべたリニス。

 そんな事を言われてもな。リニスがエロ可愛いのは当たり前の事だし、わざわざ恥ずかしがって隠すような考えでもない。

 そもそも、踏み台転生者として恥も外聞もなくしているのだがら、俺の思考など今更だ。

 

 と、話が逸れた。

 改めてチラシに目を向け、優勝景品について説明していく。

 俺の話を黙って聞いていたリニスは、一つ頷いて表情に笑みを落とす。

 

「いいんじゃないですか。

 普通なら子供が出るなって止めるでしょうけど、まあ静香ですし」

 

「それ、褒めてるのか?」

 

「ええ、それはもう凄く賞賛していますよ」

 

「そ、そうなのか」

 

 やった!

 リニスに褒められたぞ。彼女に褒められるのは、なんというか非常に嬉しい。

 思わずテレテレしている俺を尻目に、リニスは腑に落ちない様子でチラシに視線を転じる。

 

「ですが、子供の静香はコンテストに出場できるのでしょうか」

 

「ふっふっふ。

 それについては、心配無用だ。ちゃーんと考えていたからな!」

 

「そうなんですか?」

 

 小首を傾げるリニスに笑いかけ、俺はポケットからあるひみつ道具を取り出すのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

『──さあ、今年も始まりました! 海鳴市飛び込みコンテスト!』

 

 実況者の声を聞き、観客達は歓声を上げた。

 俺の周りにはコンテストの参加者がおり、柔軟体操など各々が準備している。

 見たところ、男性の方の比率が大きいようだ。

 

「よっ、ほっ」

 

 俺も準備体操をしていると、四方八方から視線を注がれる。

 まあ、それも無理はない。現在の俺は、文字通り絶世の美女なのだから。

 

 あの時、ポケットから取り出した道具。

 それはドラえもんの中でも有名な、“タイムふろしき”だ。

 表と裏で色が違うこの道具を使えば、包んだ人や物の時間を操る事ができる。

 つまり、タイムふろしきで俺を包み込み、大人の年齢まで時間を進めたというわけだ。

 

 よって、今の俺の姿は二十歳ほど。

 白銀の髪は腰まで伸ばしたまま、身体の肉付きが人体の黄金比の如く整っている。

 身を包む白のビキニは絶妙に似合っており、今ならナンパ待ちの行列ができるほどだ。

 ちなみに、服や水着に関しては、“きせかえカメラ”という道具で調達した。

 

「さて……」

 

 正直、男の意識がある身からすれば、数多の視線に晒されるのは心地よくない。

 見られる分には全く構わないのだが、やはりそこに性欲を感じると、な。

 まあ、これも有名税と思っておこうか。ついでに、男達にサービスしてやろう。

 

 髪を払って微笑むと、彼等は一様に赤面して目を逸らした。

 ふっ、初心よのう。我が笑顔に魅了されてしまったか。

 さながら、今の俺は蜂に群がられている花だな、なんて。

 内心で自画自賛していると、女性参加者が気味悪そうにこちらを見ていた。

 

「なに、あの人。ナルシスト?」

 

 ぐふっ。

 た、確かに。今の俺の行動は、巷でも嫌われるぶりっ子的なものだ。

 流石にやり過ぎたか。いくら自分の容姿に自信があるからとはいえ、やたら愛想を振りまくのもおかしいよな。

 しかも、これは神様製のいわゆるドーピングのような物だし。むしろ、もう少し謙虚になるべき?

 まあ、俺が謙虚になれるはずがないのだが。

 

 と、いよいよコンテストの時間となった。

 実況者に紹介された参加者達は、各々が飛び込み台から華麗に飛び降りていく。

 それに審査員が点数をつけ、実況者によって発表される。

 

「思ったより、しっかりしてるな」

 

 ローカル番組としても、充分に使えそうな規模だ。

 いや、もしかして。実は、カメラとかが待機していたりしないか?

 可能性としてはありそうだな。毎年恒例のようで、コンテストが盛り上がっているし。

 

『今年も白熱していますね!

 次の選手は……なんと、次の人は飛び入り参加のようだ!

 では、早速登場してもらいましょう!

 エントリーNo.7、静香選手だー!』

 

 その声に合わせて、俺は飛び込み台の先端に立って手を振った。

 すると、会場からどよめきと歓声が湧き上がる。

 

 さて。

 上手く飛び込みをできるかどうか。

 この身体のスペック的に、そうそう下手な失敗はしないと思うが。

 飛び込みなんてした事がないので、正直不安な気持ちはある。

 

 お、リニスをはっけーん。

 彼女と別れた後に変身したから、この状態で会うのは初めてだ。

 だからだろう。リニスがまん丸な目を更に丸くして、間抜けな表情を晒しているのは。

 

『これは、予想以上の方ですね!

 彼女はどんな飛び込みを魅せてくれるのでしょうか、今から期待で胸が膨らんでしまいます!』

 

『膨らんでいるのは、胸だけ──』

 

『さあ、早速静香選手には飛び込んでもらいましょう!』

 

 あの、審査員さん。

 今の発言、どう考えてもセクハラですよ。

 実況者も大変だなぁ。上手く受け流さなければいけないんだから。

 と、思考が逸れた。

 

 下のスタッフが旗を上げて合図をしたので、俺は飛び込み台の後ろの方まで下がる。

 大きく伸びをした後、足踏みをして勢いよく手を上げる。

 

「いきますっ!」

 

 助走をつけて前方へと倒れ込む。

 直ぐに手をついて身体を回し、連続でバク転を決めていく。

 狭い飛び込み台でこんな馬鹿な行動をしたからか、観客から悲鳴が上がる。

 

 驚くのはまだ早い。勝負はここからだ!

 台の先端まで行った瞬間、俺は思い切り押して反動で宙に身を投げだす。

 その勢いのまま空中で丸まると、回転しながら重力に従って落ちていく。

 

『こ、これは!?』

 

 驚愕した声を上げた実況者を尻目に、俺は身体をピンと綺麗に伸ばして一本槍となる。

 最後は指先から着水。プールの奥底まで潜ったら、足を揃えて動かす。

 

「ぷはぁっ!」

 

 水面から顔を覗かせた俺は、頭を振りながら水滴を飛ばして髪を払う。

 そして、審査員達に向けてにっこりと笑顔。

 

 ふぅ……上手くいったかな。

 我ながら、中々無茶な飛び込みをしたのではないだろうか。

 この身体ならいけると思っていたが、予想以上に噛み合って良かった。

 

 プールから出て伸びをした後、結果を見るために審査員達の方に目を向ける。

 

『す、凄まじいですっ!

 我々の予想を遥かに上回る、常識外れの飛び込みを見せてくれました!

 さあ、気になる結果はどうでしょうか!』

 

 実況者の言葉が合図だったのか、審査員達が点数を発表していく。

 ……よっし、満点!

 

 思わずガッツポーズを取り、満面の笑みでリニスに手を振る。

 

「やったぞー!」

 

 自然と観客達も視線の後を追い、リニスに無数の注目が浴びてしまう。

 当然、その事に気がつかないはずなく、彼女は赤面して身を縮こまらせていた。

 

『静香選手は友達に飛び込みを見せたかったみたいですね。

 では、次の選手の紹介です──』

 

 実況者の声を耳に入れつつ、俺はスタッフに案内されて選手達が待機している場所に赴く。

 そこでは先ほどと違い、驚いた様子の選手達が俺の顔を凝視していた。

 

 ふふん。

 どうだ、凄いだろう。

 これが神様スペックで、踏み台転生者としての力だ。

 ドヤ顔を披露した俺を見て、彼等はなにかを察したように目を逸らした。

 

 え、なにその反応?

 普通に傷つくのだけど。

 ……ま、まあ、俺の凄さに恐れをなして逃げたと思っておこう。

 

 微妙な心境になった俺は、それからは大人しくコンテストが終わるのを待っているのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 なお、これは余談だが。

 コンテストはもちろん、俺が優勝して商店街無料券を手に入れられた。

 しかし、危ない真似をしたからと、リニスにそれは没収されてしまう。

 そして、ローカルテレビに俺の勇姿が撮られていたようで、その番組を見たなのは達が色々と問い詰めてきて大変だった。

 

 結局、俺がコンテストに出ても、なに一つ得るものはなかったのだ。

 

《私をほったらかした罰ですよ》

 

 ……最後に、この日から暫く、ドラちゃんが俺をいびるようになる。

 うぅ……。

 繊細な俺のハートでは、ドラちゃんの言葉は痛いのに。

 

《なにか言いましたか、偽美少女さん》

 

「調子に乗ったのは謝るから!

 だから、俺に偽をつけるのだけはやめてー!」

 

《人工物の美少女》

 

「ぎゃー!」

 

 こうして、俺のプールデビューは、散々な形で幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 


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