女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第十九話 命懸けの鬼ごっこ

 俺達が新人雑用船員として、慣れ始めた頃。

 いつも通り船上を掃除していると、困った表情の船長がやって来た。

 

「なあ、お前さん」

 

「あいあい。どうしたんすか、せんちょー?」

 

「……なんだい、その話し方は」

 

 ビシッと敬礼した俺を見て、眉を寄せた船長。

 なんだと言われても、雑用として船長を敬ってみただけだが。

 

「ほら、船長と船員の違いがあるじゃないっすか」

 

「あんたがその口調をしていると、どことなく腹が立つね。

 あたいが蹴散らした雑魚船長に雰囲気が似ているよ」

 

「つまり、かませ犬?」

 

「言葉の意味はわかんないけど、なんかそれのような気がするね」

 

 おお。

 船長にかませ犬だと思われた。

 確かに、現代でもやたら“っす”とつけている不良は小物が多い、と個人的に思う。

 創作物ではお馴染みでもあり、つまり俺の口調も同じようにすれば踏み台っぽいっす。

 

「ありがとうっす。

 これで、俺のボキャブラリーが一つ増えたっす」

 

「船長命令だ、その気色悪い言い方をやめな。

 他の連中が言っているならともかく、あんたがやっていると鳥肌が立つからね」

 

「……わかったよ」

 

 と、ふざけるのはここまでにして。

 改めてここに来た用事を尋ねると、船長はああそうだと手を打つ。

 

「お前さん、力には自信があるかい?」

 

「まあ、そこらの人よりはあると思うけど。なんで、子供の俺に聞いたんだ?」

 

 見た目で考えれば、普通に海賊達を使った方がいいと思うのだが。

 しかし、俺の問いに船長は口角を吊り上げる。

 

「シグナムから聞いたんだよ。

 あんたがシグナムと同じように魔法が使えるって」

 

「……まあ、隠してないからいいけどさ」

 

 シグナムにバレたのなら、船長に知られるのも時間の問題だったよな。

 それに、船長は元々俺の事を感づいていた節があるし。

 

「それで、実際はどうなんだい?」

 

「そうだなぁ……」

 

 身体能力は我ながら高いと自負している。

 魔法もドラちゃんのサポートがあれば、多種多様の種類を使えると思う。

 八割型完成している超能力もあるし……あれ、実は俺ってかなり高スペック?

 

 まあ、踏み台転生者のスペックが高いのは、もはや定番と言っても過言ではない。

 そして、それを活かせずオリ主にやられるのも。

 こう改めて考えると、スペックを無駄にしている感がひしひしと。

 宝の持ち腐れ。あるいは、豚に真珠だっけ?

 意識してしまえば、もったいない精神が働いてしまう。

 まあ、踏み台転生者をあらためる気はないが。

 

「聞いているのかい?」

 

「ん、ああ。

 ごめん、ちょっと別の事考えてた。

 それで、結局俺になにをさせるつもりなんだ?」

 

 まずは目的から知らなければ、船長のお願いに頷く事ができないだろう。

 俺の言葉を聞き、彼女は頭を掻いて苦笑い。

 

「それがね。あんた達の分の食料がなくなっちゃったんだよ」

 

「えっ?」

 

「いやー、あたいが酒のつまみに食べてたらね」

 

 アッハッハと能天気に笑っている、船長。

 いやいやいや。

 笑いごとじゃないと思うんだけど!?

 確かに、元々突然押しかけてきた俺達に、貴重な食料を恵んでくれているのが今の現状だ。

 本来勘定に入れていない二人分なので、船長が食べた事を怒るのも筋違い。

 

 しかし、額に小さな青筋が浮かぶのは仕方ないと思う。

 ちょっぴり、怒りの感情を抱くのも許してほしい。

 

「じゃあ、俺達のご飯はどうなるんだよ?」

 

「そこで、お前さんの出番ってわけさ──シグナム!」

 

 そう告げると、船長はシグナムを呼んだ。

 直ぐに騎士は現れ、無言で俺に網を渡してくる。

 

「なに、これ?」

 

「なにって、網さ。

 こう、ばばっと海に投げて、魚を手に入れる。ほら、これなら簡単に飯が手に入る。

 中々良い考えだろう?

 あんたなら、魔法で網を使えるだろうし」

 

「……」

 

 そんな簡単に上手くいくのだろうか。

 微妙な表情で網を手に持つ俺に、シグナムが微かに眼光を鋭くして告げる。

 

「やってみろ」

 

「……はいっす」

 

 シグナムにとって、主である船長の命令は絶対なのだろう。

 有無を言わせない圧力を感じて、俺は項垂れて頷くのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「と、いうわけでやってまいりました。

 第一回、俺達の明日はどっちだ。またの名を、お魚収穫会〜」

 

「わー」

 

 やけくそ気味に言えば、棒読みのなのはがパチパチと拍手を披露。

 現在、俺達は船上の横の方におり、船長の命令通り投網の準備をしていた。

 しかし、よく考えなくとも、素人の俺達にそんな高度な技術があるわけない。

 

「だから、直接漁をしようと思います」

 

「あ、それテレビで見た事ある! 取ったぞー、って叫ぶやつだよね?」

 

「イエス!」

 

 手を挙げたなのはに頷いた俺は、海賊から借りた銛を取り出した。

 キラリと陽光に照らされる先端。その鋭さが容易に窺え、それなりに良い物だとわかるだろう。

 なのはの手にも同じ物を渡し、次にポケットから“テキオー灯”も取り出す。

 

 テキオー灯。

 毎度お馴染み、ドラえもんのひみつ道具だ。

 この道具から発射される光線を身に浴びれば、なんと海底だろうと宇宙だろうと生身で活動できるようになる。

 まさに、ドラえもんの道具ならではの、とんでも道具だと思う。

 ただ、この道具には時間制限が設けられており、二十四時間しか効果が持たない。

 その点を留意していれば、非常に便利な未来道具であろう。

 

 と、いった内容をなのはに説明すると、彼女は感心した素振りで頷く。

 

「ほへー。よくわかんないけど、すごいね」

 

「まあ、実感すれば理解できるぞ。とりあえず……なのは、手を挙げろ!」

 

 テキオー灯を向けてそう叫べば、直ぐに俺の考えを察したようだ。

 なのはは真面目な面持ちで両手を挙げ、恐る恐るといった口調で。

 

「ま、待って静香ちゃん! そんな事をしちゃダメだよ!」

 

「う、うるさい!

 踏み台転生者になれないくらいなら、この場でなのはを!」

 

「ダメ、家族が悲しむよ!」

 

 悲痛な声を発するなのはへと、口元を歪めた俺がビームを放つ。

 

「もう遅い。喰らえ!」

 

「きゃー!?」

 

 照射されたテキオー灯の光を浴びたなのはは、わざとらしい悲鳴を上げて仰け反った。

 暫くして体勢を元に戻し、笑顔で俺の方に近寄ってくる。

 

『いえーい!』

 

 ハイタッチを交わした後、自分にもテキオー灯を当てていく。

 

「中々の演技だったな」

 

「そう?

 静香ちゃんも、悪役が似合ってたよ」

 

「お、そうか?」

 

 それは、なんか嬉しいな。

 踏み台転生者が悪役なのかと言えば、微妙に違う気がしなくもないが。

 

「っと、俺も用意できた。よし、早速漁をするぞー!」

 

「おー!」

 

 二人で拳を振り上げると、なのはの胸元から無粋な声を掛けられる。

 

《……前に使ったテーブルかけを使えば良いのではないですか?》

 

 ドラちゃんの言葉を聞き、顔を見合わせた俺達は揃って嘆息。

 やれやれと肩を竦めてみせれば、我が相棒はひくりとデバイスを震わせた。

 

「まったく、ドラちゃんはわかってないなぁ」

 

「うんうん。こういうのは、中々できない貴重な体験なんだよ?

 だから、積極的にやっていかなきゃ、楽しくないでしょ?」

 

《なんでしょう。なのはさんはともかく、マスターに言われるのは腹立たしいです》

 

「おい、それはどういう意味だ?」

 

 相変わらず、口が悪いドラちゃんだ。

 まあ、いい。それより、今は漁をする方が大切なのだから。

 気持ちを切り替えた俺は、助走をつけて跳躍。

 足の親指を使って船の縁を掴み、そこから勢いよく宙返り。

 

「わぁ……」

 

 反転する視界の中で、目を丸くするなのはの顔が見える。

 ニヤリと口角を上げながら、俺は頭から綺麗に着水。

 直ぐに一面が青一色に変わり、次いで鼻腔をつく潮の香り。

 テキオー灯の影響だからか、視界は克明に映っている。

 

「問題なく、酸素も供給できてるな」

 

 初めて使うので少し不安だったが、やはりドラえもんの道具は伊達ではない。

 転生特典の有能さを再確認していた俺は、眼前に広がる光景に圧倒されていた。

 

 船から覗いた時よりも、水の美しさが際立っている。

 人工的な無機質な青ではなく、いっそ蒼さとも言っていいほどの揺れる色。

 蒼天から注がれる陽光が、海中に幾条もの光を生み出す。

 まるで、いつかの写真で見たステンドグラスのようだ。

 

 視線を仰げば、水面に広がっている無数の宝石。

 水中からでしか見る事ができない、大小様々な白色の輝き。

 光の角度により歪みが現れ、しかしその歪みこそが不完全で美しい。

 

「ふぁぁ……」

 

 思わずうっとりとしながら、俺はこの光景を深く深く心に刻み込む。

 着の身着のままだからだろう。より鮮明に、ずっと精巧にこの感動を感じられた。

 

 ……やっぱり、この世界に来られて良かった。

 普通の人ではお目にかかれない、こんな素晴らしい景色を見られたのだから。

 

 それに──

 

「わぁ……!」

 

 ざぷんと隣で気泡が上がり、同時に目を輝かせたなのはが現れた。

 彼女も俺と同じ方を向いていて、大層感動しているようだ。

 

「一緒に感動を共有できるって、いいな」

 

「なにか言った、静香ちゃん?」

 

「いや、なんでもない。それより、さっさと漁をするぞ」

 

「うん!」

 

 頷いたなのはを引き連れ、俺達はこの辺で泳ぐ魚を探すのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 あれから、俺達は何匹かの魚を手に入れた。

 時折海面に上がり、銛を突き上げて勝利の喝采を叫んだりもした。

 なのはもノリノリで、結構楽しかったな。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 

「そうだね」

 

「よし、じゃあとりあえず……ん?」

 

 ふと、遠くの方から影が近づいているのを発見した。

 どことなく大きそうなシルエットで、立派な背ビレが見える。

 

「し、静香ちゃん」

 

「どうした?」

 

 どうやら、なのはにはあの影の正体に見当がついたらしい。

 顔を青ざめさせた彼女が、震える口調で告げる。

 

「あれ……サメじゃない?」

 

「さめ?」

 

 さめ……サメ!?

 

「どどどどうしよう!?」

 

「おおおお落ち着け! まだあれがサメだと決まったわけじゃないから! ほ、ほら、イルカかなんかと間違えたんだよ!」

 

「おっきな牙が見えたのー!」

 

「た、退却たいきゃくぅ!」

 

 もはや、なのはの言葉を疑う余裕もない。

 急いで回れ右をした俺達は、無我夢中で泳いでいく。

 しかし、俺達が逃げた事で刺激されたのか、振り向くと影のスピードが増していた。

 

「にゃー!?」

 

「やばいよやばいよ! このままだとしゃくっと食べられちゃう!」

 

「こんな時にふざけないでよーっ!」

 

「身体が冷めちゃったか? サメだけに、なんてな!」

 

「静香ちゃんのばかぁ!」

 

「え、ちょ待って──」

 

 現実逃避するために、ダジャレを言ってみたのだが。

 思いの外なのはを怒らせてしまったようで、涙目の彼女の泳ぐ速さが増す。

 驚く俺を置いて海面に上がり、そのままいなくなってしまった。

 恐らく、ドラちゃんを使って空に飛んだのだろう。

 

 つまり……

 

「俺が狙われるじゃねーか!」

 

 慌てて俺も水面に顔を出し、急いでポケットからタケコプターを取り出そうとする。

 しかし、何故か手にはやかんが握られていた。

 

「なんでだよ!?」

 

 思わず放り投げると、かつんとなにかに当たった音が響く。

 その音に身体が固まり、ぎぎぎと油の切れたロボットの動きで背後を振り返る。

 サメの背ビレが高速でこちらに近づいてきていた。

 

「ぎゃああああ!?」

 

 一目散に泳ぎを再開した俺は、サメとの恐怖の鬼ごっこを開始した。

 後ろを見る余裕もないが、先ほどから背中に殺気を感じる。

 完全に、サメに餌として認識されているようだ。

 ここまで来ると、悠長に道具を取り出す暇すらない。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 今こそ輝け、我が踏み台スペック!

 俺の身体能力ならば、サメから逃げ切れるはずだ!

 

 歯を食いしばり、疲労を訴える身体を無視してクロール。

 右へ左へ逸れながら泳いでいるが、サメはぴったりと俺の後ろをマークしている。

 

「こんなところで死んでたまるかぁっ!」

 

 力の限り叫んでいると、脳のなにかが外れたような気がした。

 これは──いける!

 

 刹那で判断した俺は、両手を思い切り海面に叩きつけた。

 反動で飛び上がり、足が水面に触れた瞬間──

 

「はぁっ!」

 

 ──俺は、全力で走り始めた(・・・・・)

 

「あはははは! 人間死ぬ気になればできるもんだ!」

 

 右足を踏み込み、水に沈む前に左足を出す。

 そうすれば、あら不思議。身体が沈まず、こうして走る事ができるのだ。

 

 以前、“ニンニン修行セット”という道具を使った事がある。

 これはその名の通り、修行すると忍術を覚えられるのだ。

 普段は訓練とかをしていない俺だが、忍者になるために死ぬ気で頑張った。

 

 しかし、いまだ水上歩行の術は練習中。

 今回上手くいったのは、火事場の馬鹿力が働いたからだろう。

 とりあえず、これならサメからも──

 

「ついてきてるだとぉ!?」

 

 泳ぐの速すぎじゃないか!?

 チラリと背後を向けば、相変わらずチャーミングな背ビレが海面から覗いている。

 まずいまずいまずいまずい……走るのに集中しているから、ポケットに手を伸ばすとバランスを崩すかもしれない。

 そうしたら転倒して、俺の身体はサメにパックンチョされてしまう。

 

「誰かたすけてー!?」

 

 思わず悲鳴を上げた瞬間、頭上からなにかが俺の頬を通り過ぎた。

 それは海面に着弾すると爆散して、派手な水飛沫が上がる。

 揺れる水に転びそうになるが、なんとか持ち直して疾走を再開。

 一息ついて見上げれば、なんとこちらに手を向けたなのはがいたのだ。

 

「大丈夫、静香ちゃん?」

 

「え、え?」

 

「待ってて、今助けるから!」

 

 真剣な顔で叫ぶと、なのはは魔力のファンネルらしき存在を創造した。

 そのまま、桜色の魔力弾を撃ち出していく。

 しかし、初めての魔法で慣れないからだらう。ほとんどの魔力弾が見当外れの方向にいっている。

 

「ちょ、待って! 当たる! 当たるから!?」

 

 頬を掠めたり、直ぐ手前に落ちたり。

 正直、サメより今のなのはの方が怖いんだけど!?

 

《ふれー、ふれー。頑張れマスター》

 

『こんな時だけ念話してくんなよ!』

 

 くっそ、他人事だと思いやがって。

 まあ、なのはのおかげで、サメとの距離は離れたのだが。

 九死に一生を得るというか、不幸中の幸いというか。

 

「まだ助かってないけど……」

 

 サメに食べられるのが先か、なのはの魔力弾が当たるのが先か。

 どちらにしても、絶体絶命なのは変わらない。

 思わず頬を引き攣らせていると、ようやく海賊船が見えてきた。

 

「やー!」

 

「あぶっ!?」

 

 なんとかなのはの魔力弾を躱した俺は、ラストスパートだと気合いを入れる。

 身体を酷使しているからか、身体中で筋肉が切れるのを感じてしまう。

 訪れる激痛を我慢しつつ、俺は血を吐き捨てて走行。

 

「うおおおおおおッ!」

 

 ばしゃばしゃと水を蹴っていると、船の縁に誰かが立っているのを見つけた。

 洗練された佇まいで仁王立ちしているのは──シグナムだ。

 

「シグナムさん!」

 

 なのはの言葉を聞き、シグナムは軽やかに飛び降りた。

 ごく自然に飛行していたかと思えば、手に持っていた炎に包まれた長剣を海面へと振り抜く。

 

「──紫電一閃ッ!」

 

 俺とサメの間で放たれた斬撃は、なのはとは比べ物にならない爆音を轟かせた。

 一気に水蒸気が吹き上がり、同時に暖かな空気が肌を撫でる。

 今度こそバランスを崩してしまい、顔面から海にダイブしそうになったのだが。

 こちらに飛んだシグナムに抱えられ、なんとか溺れるような事にはならずに済んだ。

 

「た、助かったぁ……」

 

 手足を脱力させ、安堵の息をつく。

 そんな俺の様子を一瞥した後、シグナムは無表情で告げる。

 

「あまり、主の手を煩わせるな」

 

「いや、リアル映画をするつもりは元からなかったから」

 

 俺だって、こんな目にあいたくなかったわ。

 何度死ぬかと思ったか。今日だけで、寿命が十年は縮んだね。

 身体は痛いわ、サメに追いかけられるわ、凄く疲れるわで本当に散々だよ。

 

 というか、まだアドレナリンが出ているから平気だが、これが落ち着いたら激痛のあまり気絶してしまいそうだ。

 あ、意識したら目の前が遠のいてきた……

 

「む、どうした?」

 

「ごめん、ちょっと寝るわ」

 

「そうか」

 

 今は、この淡泊な返答がありがたい。余計な事を考えなくて済みそうだから。

 瞼を下ろした俺は、あっさりと意識を手放すのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「んっ……?」

 

 目を覚ますと、寝起きに使っている室内だった。

 どうやら、シグナムがここまで運んでくれたらしい。

 後で、感謝の言葉を告げなければ。

 

「とりあえず、起きるか──いたたたた!?」

 

 身体を起こそうとしたのだが、全身に広がる激痛で動く事もままならない。

 静かに悶えていると、ドアが開いてなのはが入ってくる。

 

「あ、静香ちゃん!」

 

「な、なのはぁ……」

 

「待ってて」

 

 そう告げると、彼女はドラちゃんを俺の首にかけた。

 直ぐにドラちゃんが回復魔法を使ってくれて、徐々に身体の痛みが引いていく。

 

「ふぅ、助かった。ありがとう、なのは」

 

「ううん。

 静香ちゃんが無事でよかったの」

 

 にっこりと微笑むなのは。

 な、なんて良い子なんだ。そんなに優しい笑顔をするとは。

 と、そうだ。

 

「あの時、助けてくれてありがとう。流石は俺の嫁だな!」

 

「……そんな事ないよ。

 わたしの力だけじゃサメを追い払えなかったし」

 

「なのは?」

 

 きゅっと胸元に手を添え、なのはは目を伏せたまま言葉を滑らせる。

 

「やっと、静香ちゃんを助けられると思ったのに。

 この魔法の力を使って、静香ちゃんの事を……」

 

 俯いているその姿からは、いつものような明るい雰囲気を感じない。

 ……俺を助けられると思った、か。

 

 少し動くようになった手を、なのはの頭の上に乗せる。

 そして、キョトンとした彼女へと笑う。

 

「なのはには、いつも助けられてるから」

 

「えっ?」

 

「お前の笑顔や、その優しさなんかにな。だから、そんなに落ち込む事はないよ」

 

「静香ちゃん……」

 

 目を丸くしたなのはに、今度は不敵な表情を向ける。

 

「それに、なのはは俺の嫁だろ?

 嫁を助けるのも、俺の特権だからな。

 むしろ、なのははずっと俺のお姫様でいてくれてもいいんだぞ?」

 

 我ながら恥ずかしい事を言っている自覚はあるが、この気持ちは本心でもあった。

 お姫様というより、ただ俺を頼ってくれというか。

 とにかく、なのはは無理して役に立とうとしなくても良いのだ。

 

 そんな事を考えていると、目の前の少女は柔らかく破顔した。

 

「ありがとう、静香ちゃん」

 

「ん?」

 

「静香ちゃんのおかけで、ちょっと楽になったよ」

 

「おお、そうか? なら良かった」

 

《マスターがまともな対応をするなんて……!》

 

「おい、どういう事だコラ」

 

 戦慄した呟きを漏らすドラちゃんに、思わず俺はジト目になってしまう。

 いちいち、このデバイスは悪意がある発言をしてくるのだ。

 もう、ドラちゃんの言葉の棘には慣れてきたよ……慣れたくなったけど。

 

「いつもこんな感じだったら尊敬できるのになぁ」

 

「なんか言ったか?」

 

「ううん、なんでもないの。じゃあ、わたしはもう行くね。お大事に」

 

「おお、サンキューな」

 

 バイバイと手を振るなのはを見送った俺は、全身から力を抜いて息をつく。

 まさか、リアルハリウッドを体験する事になるとは。

 いやまぁ、ドラえもんの原作でも、恐竜や宇宙や未来に過去と凄まじい出来事が目白押しだからな。

 たかが、過去でサメに追いかけられるぐらい……やっぱり、辛いわ。

 

「よく生きてたよなぁ、俺」

 

《……マスター》

 

「ん、どうした?」

 

 しみじみと生を噛み締めていると、深刻そうにドラちゃんが声を掛けてきた。

 問い返した俺に、ドラちゃんは重い口調で。

 

《実はマスターが寝ている時に、シグナムさんがマスターのリンカーコアを弄ろうとしていました》

 

「へっ?」

 

 言われてみれば、全身の痛みが酷くて気がつかなかったが。

 胸の辺りも少し痛いような気がする。

 というか、なんでシグナムは俺のリンカーコアを?

 

《恐らく、闇の書に関係するのではないかと》

 

「まあ、だろうな」

 

 とはいえ、素直に尋ねても答えてくれるかどうか。

 大きな実害もなかったのだし、これは俺の胸の内に閉まっておこう。

 リンカーコアに用があるのなら、また俺に接触してくるだろうし。

 

《そういうものでしょうか?》

 

「そういう事。とりあえず、眠くなってきたから寝るわ。おやすみ」

 

《あ、はい。おやすみなさい》

 

 襲いくる眠気に逆らわず、俺はドラちゃんの声を最後に意識を沈めるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 なお、これは余談だが。

 俺の情けない逃げ方に、シグナムが更に過酷な訓練を課してきたり。

 なのはが魔法にハマり、本格的に練習を始めたり。

 色々と人間関係も変わったりしたが、概ね平和に海賊生活を満喫していく。

 

「静香ちゃん。一緒に魔法の練習をしようよ!」

 

「まだ今日の訓練は終わっていないぞ。逃げるな」

 

「ひぇー!?」

 

 好かれたいとは思っていたが、こんな殺伐とした求愛は求めていない。

 というより、なのはさんはどこに向かっているのでしょうか……?

 魔法が気に入ったのはわかったから、俺で実験しようとしないで!

 

《魔法拳闘士、バトルなのは》

 

「戦闘狂からは逃げられないってか、やかましいわ!」

 

《ご愁傷さまです》

 

「……はぁ」

 

 どうしたこうなった、と一人頭を抱える俺なのであった。

 

 

 

 

 


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