女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第八話 すずかを手に入れろ!

 闇夜に紛れ、街中を駆け抜けていく。

 建物の影から影へと飛び移り、俺の存在を察知されないようにする。

 こっそりと周囲を窺ってみるが、気づかれた様子はない。

 

「第一ミッション、コンプリート」

 

 左手首にとりつけたブレスレットへと、静かに呟く。

 すると、ブレスレットにある小さな画面がつき、一人の男が映される。

 彼は俺の手腕を褒め、次に目的の建物が見えるかと尋ねてくる。

 

「ああ。ばっちりと見えているぞ」

 

 頷きを返した俺に、男は監視カメラの死角から潜入しろと指示を出す。

 最後に健闘を祈ると画面が暗くなり、辺りには静寂が戻ってきた。

 スーツの襟を正し、ブーツの靴紐をきつく結び直す。

 そして、軽く足踏みをして深呼吸をした後、眼前にそびえ立つ屋敷へと向かう。

 

《……なんなんですか、この茶番は》

 

「なにを言ってるんだ?

 これは、すずか達からの挑戦状だろ。

 それに答えなきゃすずか達の嫁とは名乗れん」

 

《マスターから立候補していたような気がするのですが》

 

 ジト目の如き声音で告げるドラちゃんから、俺は逃れるために明後日の方を向いた。

 知らない。ドラちゃんが言っている意味なんてわかりません。

 

 そもそも、こうして俺が夜中にスパイのような行動をしているのには、しっかりとした理由があるのだから。

 事の発端は今日の昼間、なのは達と昼食を食べている時であった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──すずかのお姉ちゃんが?」

 

 いつものメンツで弁当を食べていた時、不意にすずかの告げた言葉が話の流れを変えた。

 興味深げに疑問の声を上げたアリサに、すずかは頷いて箸を休める。

 

「うん。

 最近、静香ちゃんが面白い道具をたくさん見せてくれるでしょ?

 その話を聞いたお姉ちゃんが、なんか対抗意識を燃やしちゃって」

 

「ほぇー。すずかちゃんのお姉ちゃんも面白い道具を持ってるんだ。

 ……そういえば、すずかちゃんのお姉ちゃんって忍さん?」

 

「あれ、なのはちゃん知ってるの?」

 

 目を丸くしたすずかの言葉を聞き、なのはは虚空を眺めて指を立てて回す。

 

「えーっと、お母さんがやってるお店のお手伝いとしてたまに来るんだー。

 お兄ちゃんによく話しかけようとしてるし、もしかしたらお兄ちゃんの事が好きなのかも?」

 

「それホント?

 なんか面白そうな話じゃない。私達にももっと聞かせなさいよ」

 

 流石は女子と言うべきか。

 恋バナの気配をいち早く感じ取ったアリサは、瞳を光らせて身を乗り出した。

 すずかも聞きたそうにソワソワしており、黙々と弁当を食べていた俺を尻目に、三人娘は姦しく話を交わしていく。

 

《マスターは混ざらないのですか?》

 

『他人の色恋沙汰には興味ない。

 それより、俺はすずかが言っていた内容が非常に気になるんだが』

 

 俺の未来道具に刺激されたという事は、予想のつかない面白い物があるかもしれない。

 この世界には魔法なんて存在もあるし、もしかしたらその忍さんとやらは魔法使いだったりして。

 

 いや、機械に反応するんだから、科学者って点も捨てがたい。

 マッドサイエンティストか……すずかも将来は同じような道を歩むのだろうか。

 白衣姿で高笑いを響かせる科学者に。なんか、嫌だな。解剖とかされそうで怖いわ。

 

 と、話がズレた。

 よくよく考えてみれば、すずかの姉って時点で原作キャラ確定だよな。

 改めて、詳しい話をすずかから聞いてみよう。

 

「嫁よ。

 お前の姉とやらは、どんな物を造っているのだ?」

 

「え、うーん。

 最近見たテレビの影響で、トラップとかをよく造ってたかな?」

 

「ふむ、なるほど」

 

「あんた、また良からぬ事を考えているんじゃないでしょうね」

 

 ジト目で見やるアリサに手を振り、俺は沸き立つ好奇心を自然と笑みにしていく。

 

「そんなわけないだろ。

 それより、すずか。今日の夜、お前の家にお邪魔してもいいか?」

 

「……ちょっと、嫌な予感がするんだけど」

 

「なぁに。

 お前の姉が造ったトラップの稼働テストを手伝ってやるだけだ」

 

 あっさりと告げると、すずかは呆れた様子でため息をつく。

 

「どうせ、止めても聞かないんだろうなぁ」

 

「という事で、今日の月夜にお前を攫いにいくからな!」

 

 あの道具を使う時が来たな。

 未来では子供用のオモチャのようだが、この世界ならそれなりに使えるだろう。

 一度、スパイごっことかしてみたかったんだよな。俄然とやる気が出てくる。夜が楽しみだ。

 

《で、本音は?》

 

『無理矢理攫いにいくとか踏み台転生者っぽくね?』

 

《だったら、許可を取らずに黙ってスパイ活動をすればいいじゃないですか》

 

『駄目に決まってんだろ。

 他の家族の迷惑になるんだから、一度伺って許可を貰わなきゃ』

 

 まったく、ドラちゃんは。

 常識というものがなってないな。

 まあ、デバイスだから仕方ない。これからは俺がしっかりと教えあげなければ。

 

《おかしいです。

 そもそも、夜にお邪魔する事が非常識ですのに、何故私が諭されているんでしょうか……》

 

 ウンウンと唸り始めたドラちゃんを尻目に、俺は鼻歌を歌いながら昼食の残りを食べるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「む、塀が高いな」

 

 昼間の出来事を思い出している内に、俺は無事に監視カメラの死角へと潜り込められた。

 塀に背中を張りつけ、影に包まれた巨大な壁を見上げる。

 魔法を使えば一発なのだろう。しかし、それでは風情がない。

 ここはスパイらしく、華麗な技で乗り越えてみせよう。

 

 今、俺が着込んでいるスーツ。

 これは“スパイセット”という未来でのオモチャだ。

 まあ、簡単に言うとスパイなり切りセットだな。

 ブレスレットに映る男の助言に従い、任務を遂行していく事が主な遊びである。

 今回はすずかの家に侵入するため、こうしてこの道具を使うに至ったのだ。

 

《どうするんですか?》

 

「任せろ。

 このブレスレットにはこんな機能もある」

 

 ブレスレットを塀に掲げると、フックワイヤーが射出された。

 上手く塀の窪みに引っかかり、軽く引っ張って外れないか確認。

 大丈夫そうなので、俺は助走をつけて塀に飛び込む。

 

「ほっ」

 

 足を塀に引っかけ、そのままワイヤーを伝って登っていく。

 塀の先端に手を伸ばし、掴んだところで腕の力だけで身体を引き寄せる。

 勢いに乗って宙返り。月を背負い、俺はすずか家の侵入に成功した。

 

《見事な手際でしたね》

 

「これも転生後の肉体のポテンシャルが高いおかげだな」

 

《発揮される場面が残念です》

 

「中々辛辣だなぁ、おい」

 

 ドラちゃんと軽口を叩き合いながら、キョロキョロと辺りを見渡す。

 月明かりに照らされている自然が影を色濃くしており、奥にある屋敷なんて黒い巨人が横たわっているみたいだ。

 辺りには虫のさざめき一つなく、どこか恐ろしげな雰囲気を感じさせる。

 唯一安心できる要素は、木々の間から零れ落ちる月光だけだろう。

 予想以上に不気味な場所に、思わず頬が引き攣った俺はおかしくない。

 

 というか、アリサの家にお邪魔した時も思ったんだけど。

 なのは達の家、大きすぎませんかね。

 敷地だけでどれだけ広いんだと言いたくなるし、遠くの方には噴水らしき物まで見える気がする。

 

 はぁ……俺もおっきな家に住んでみたい。

 いや、今の家も気に入っていると言えば気に入っているんだが。

 それでも、やっぱり豪邸に憧れるものなのである。

 

「さて、まずはトラップを確認しなきゃな」

 

 その場でしゃがみ込み、地面を触りながら観察。

 注意深く目を凝らしていると、少し離れた地面に違和感を覚える。

 近づいていく俺の視界に入ったのは、偽装されていた落とし穴だった。

 

《原始的ですね》

 

「……やるな、すずかの姉は。

 機械関係のトラップを配置したと思わせておいて、実は古典的な罠で俺を嵌めるつもりだったとは」

 

 天才な俺でなければ、危うく見逃してしまうところだったな。

 しかし、今回は俺の慧眼が勝利した。甘かったな、忍さん!

 自然と忍び笑いが漏れ、立ち上がりながら響かせていく。

 

「クックック……やはり、転生者の俺に不可能はない」

 

《イタタタタ》

 

「ん?

 なにか言ったか、ドラちゃん?」

 

《気のせいではないですか?》

 

 しれっとそう告げられたが、ドラちゃんが俺の事を馬鹿にしたと思ったんだけどな。

 まあ、いいか。とりあえず、このまま忍さんのトラップを回避してやる。

 落とし穴を後にしようと一歩踏み込んだ瞬間、俺の足になにかが巻き付く。

 

「へ?」

 

 状況を把握する間もなく、俺は足に絡まるなにかに引っ張られ、木に吊るされてしまった。

 逆さまになる視界の中、先ほどまでいた場所をよく見てみれば、なんと落とし穴を中心にワイヤートラップが張り巡らされていたのだ。

 

《つまり、マスターはやり込められたというわけですね》

 

「言うなよ……」

 

 なんか、さっきまでの思考がかませ犬まんまじゃないか。

 勝利を確信してドヤ顔をしていたのに、あっという間にやられてしまうキャラの。

 まあ、踏み台転生者としては正しい行動なので、結果オーライ結果オーライ。

 と、こうしてはいられない。

 

 ポケットからナイフを取り出し、ワイヤーを切る。

 俺のために配慮してくれていたのか、あっさりとワイヤーは切断され、無事に地面へと着地。

 一息ついた後、首を鳴らして更に深く辺りを窺う。

 

「今回は警告と見るべきだな。

 この先はもっと凄いトラップを用意しているぞっていう」

 

《今からでも引き返していいんですよ?》

 

「ふっ、愚問だな。

 これは、すずかの姉からの挑戦状なのだ。

 嫁を迎えるためにはこれぐらい乗り越えなければならん!」

 

《はぁ……》

 

 心底呆れ返ったため息で返事されたが、俺の心は決して臆しないぞ。

 すずかには今日会いにいくと約束したのだ。これを守らずして、なにが踏み台転生者だろうか。

 踏み台転生者は有言実行してこそ、あの踏み台転生者なのだから。

 

「待ってろよ、すずかよ!」

 

 ビシッと屋敷を指した後、俺は魔境へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──あら、意外と早かったわね」

 

 天井から飛び降りた俺を迎えたのは、感心した声色で告げる一人の女性だった。

 優雅にお茶を飲んでいる彼女の隣で、すずかが俺に手を振ってくる。

 

「こんばんは、静香ちゃん」

 

 膝に手を置いて息を整えていた俺は、その言葉に手を上げる事で応えた。

 ま、まさかあそこまですずかの家にトラップが張り巡らされていたとは。

 赤外線センサーなんて序の口だ。とりもちの床や、時限式閃光弾。何故か屋敷を転がる大岩に、巨大ゴキブリホイホイなんて屈辱的な罠まで置いてあったのだ。

 なんとか乗り切れて良かった……本当に、良かった。

 

《お疲れ様です》

 

 あぁ、ドラちゃんの優しい声で癒される。

 色々と言いたい事は多いが、機械関係のトラップが少なかったのが納得いかない。

 これ、俺をおちょくっているのだろうか。

 原始的な罠に引っかかってオロオロしている俺を見て、ニヤニヤと意地悪く笑っていてもおかしくない配置だった。

 

「ふぅ……ふぅ……落ち着いた。

 改めて、迎えにきたぞ、嫁よ!」

 

「へぇ。

 本当に、すずかの事を嫁って言っているのね」

 

「あはは……」

 

 女性に面白そうな目で見られ、曖昧な笑顔で受け流したすずか。

 二人の顔立ちが似ている事から、恐らくこの人が忍さんなのだろう。

 嫁センサーが鳴っているし、なにより美人だから間違いない。

 となると、やはりここはあれをしなければいけないな。

 

 服装を正した後、俺は忍さんの顔を真っ直ぐに見つめる。

 そして、見返してくる彼女へと、胸を張りながら高らかに言い放つ。

 

「すすがは我が嫁だ!

 それと、お前も俺の嫁にしてやる!」

 

「うーん。

 私の理想を満たしてくれるなら、貴女の嫁になってあげてもいいわよ?」

 

「えっ?」

 

 顎に指を添え、忍さんは考え込む素振りを見せていた。

 しかしそれも数瞬の事で、直ぐに莞爾と笑うと小首を傾げてそう返す。

 

 まさかの肯定に、思わず俺は目を丸くしてまじまじと凝視してしまう。

 正直、忍さんのような大人の女の人なら、リニスみたいに上手く躱すかと思っていた。

 まあ、それならば話は早い。ようやく、自力で踏み台転生者らしく輝けるのだから。

 

「お姉ちゃん……」

 

 呆れた様子でため息をつくすずかを尻目に、俺は忍さんの前まで駆け寄って。

 

「なら、その理想とやらを言ってみるがいい!

 俺が必ず叶えてやろうではないか!」

 

 しかし、忍さんはにこりと笑みを浮かべたまま答えない。

 不思議に思って目を瞬かせていると、彼女は妖艶な手つきで俺の顎を撫でる。

 

「ふふっ。

 私を嫁にしたいのなら、私に言われるまでもなく理想を満たしてみなさい」

 

「っ!」

 

 間近で交わる、妖しく綺麗な瞳。

 抗いがたい双眸に見つめられ、俺は顔全体を火照らせて二の句を告げなくなってしまう。

 な、なんだこの雰囲気……ただ笑っているだけなのに、何故か目が離せない。

 

 心を鷲掴みにされたような、魂から魅入ってしまったような。

 生物としての本能が、忍さんの全てを魅力的に感じていた。

 

 ゴクリと唾を呑み込み、ぼーっと忍さんの顔を見つめていると、不意に額に小さな衝撃を受ける。

 思わず両手で抑え、指を弾いた彼女に文句を言う。

 

「なんでデコピンをしてくるんですか?」

 

「すずかが呼んでいるのに返事をしなかったからよ。

 それと、あんまり大人をからかっちゃダメだからね?」

 

「静香ちゃん、顔が真っ赤だよ」

 

「こ、これは!」

 

 仕方ないじゃないか。

 まさか、踏み台転生者の俺があっさりと丸め込められるとは思わなかったんだから。

 はぁ……結局、忍さんにも流されてしまったな。

 踏み台転生者としてならば、もう少し強いリアクションが欲しかったところだ。

 

《今のは……?》

 

『どうした、ドラちゃん?』

 

《……いえ、なんでもありません。恐らく、気のせいでしょう》

 

 よくわからないが、ドラちゃんがそう言うのならそうなのだろう。

 それより、今日は負けを認めよう。しかし、次こそは忍さんも嫁にしてやる!

 

 飛び退いてすずか達に目を向け、俺はビシッと指を突きつける。

 

「必ず、忍さんの理想とやらを見つけてやるからな!」

 

「期待して待っているわ」

 

「ぐぬぬ、その余裕な顔がムカつく……すずか!」

 

「なに?」

 

 他人事のように静観していたすずかに、俺は満面の笑顔で手を振る。

 

「安心しろ、お前の事も愛しているからな!」

 

「あら、すずか。

 静香ちゃん、だったかしら? あの子は随分とすずかにご執心じゃない」

 

「静香ちゃんは誰にでも言ってるから、尻軽なんだよ」

 

 し、尻軽!?

 確かに、今の性別が女の子だから、尻軽という言葉は間違っていないけど。

 なんとなく、納得がいかない。

 というか、すずかにそんな印象を持たれていて微妙な心境だ。

 

 そろそろ、踏み台転生者としてのアプローチを変えた方がいいのだろうか。

 嫁と言っているだけでは、芸がない。

 特にすずかの場合、俺には塩対応だから一捻り加えた方が良さそうだ。

 

「すずか、お前のお蔭で新たな道が開けたぞ。

 流石俺の嫁だな。

 俺を支えてくれて嬉しいぞ!」

 

「……はぁ」

 

「すずかにもお友達ができて良かったわ」

 

「ちょ、お姉ちゃん!?」

 

 なにやら二人でじゃれ合いを始めたが、俺はそろそろ帰らなければならない。

 あんまり遅いと、リニスが怖いからな。

 これ以上お小遣いを減らされたら、桃子さんのシュークリームが食べられなくなる!

 

「名残惜しいが、俺はこの辺でお暇させてもらおう。

 さらばだ、嫁達よ!」

 

「次は普通にいらっしゃい、歓迎するわ」

 

「だから、お姉ちゃん──」

 

 にこやかに手を振る忍さんに、身振り手振りで誤解を解こうとしているすずか。

 二人を尻目に、俺はブレスレットからワイヤフックを天井へと伸ばした。

 上手くひっかかり、何度か引っ張って取れないか確認した後。

 

「フハハハハ!

 ついでにそこのシュークリームも貰っていくぞ!」

 

 助走をつけて跳び上がり、遠心力を使ってテーブルの上を通過していく。

 ワイヤーを巻き上げながらすれ違い、右手でシュークリームを手に入れてほくそ笑む。

 

 ふっふっふ。

 俺の目は誤魔化せないぞ。

 この見ているだけで惹かれる皮は、桃子さんところのシュークリームだ。

 これをゲットしただけでも、散々トラップにやられた甲斐があるってもんだな。

 

 唇の間にシュークリームを挟み込み、両手を使って近づく天井を押す。

 ガコンと忍者屋敷の如く開き、身を踊らせて上からすずか達の方をのぞき込む。

 二人は僅かに驚いた様子で目を見開いており、満足のいく反応に頷く。

 シュークリームを右手で持ち直した後、見上げる彼女達に笑いかけて天井を閉じた。

 

「よし、ミッションコンプリート」

 

《やり込められただけの気もしますが》

 

「そんな事ないから。

 ほら、しっかりと宝物も盗ってきたし、スパイらしかっただろ?」

 

《攫うのは、すずかさんではなかったですか?》

 

「……シュークリーム美味しいな!」

 

 シュークリームを食べていると、無言のドラちゃんがビシバシと波動を放ってきた。

 批難の色が含まれたそれに、思わず目を逸らしながら帰り道を駆けていく。

 

 ま、まあ。

 すずかを攫うのは、忍さんがいたから難しかっただろうし。元々、スパイごっこをするのが趣旨だと説明していたし。

 つまり、俺はなに一つ悪くない。

 うん。自己完結、完了。

 

 決して、忍さんと顔を合わすのが恥ずかしくて逃げたわけではない。

 やり込められて、踏み台転生者として悔しく思っているなんて事はないのだ。

 

「……このシュークリームは、いつもより苦いな」

 

 口の中に広がる、仄かな苦味。

 生クリームにそんな要素はないので、これは俺の気持ちから味覚に影響が出ているのだろう。

 まあ、深く考えても仕方ない。次勝てばいいのだ。

 世の中の踏み台転生者達も、めげずに頑張っているではないか。

 

「よっし、頑張るぞー!」

 

 拳を振り上げた後、俺は横から放たれる鏃のない矢から逃げるのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

 なお、ここからは余談であるが。

 思ったより帰りが遅くなってしまい、家の前にいたリニスに沢山叱られた。

 罰として、暫くお小遣いは減らされてしまうだとか。

 

 絶望で項垂れていると、ブレスレットの男が任務のダメだしをしてきて更に落ち込む。

 すると、何故か俺は爆発し、全身黒焦げの状態で倒れ伏してしまう。

 慌てた表情で駆け寄るリニスを尻目に、俺はこれも忍さんのせいだと責任転換をしながら、静かに闘志を燃やしていくのだった。

 

《自業自得ですね》

 

「うっせ!」

 

 

 

 

 


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