女の子だけど踏み台転生者になってもいいですか?   作:スネ夫

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第九話 進撃のシュークリーム

 あれから、忍さんと何度も会い、様々な道具関連の話をした。

 ためになる話も聞けて、個人的にも良い出会いだったと思う。

 まあ、毎回やり込められるのは悔しいのだが。

 いつか、忍さんを照れさせられたらいい……んだけどなぁ。無理そうで先が思いやられる。

 ともかく、そんなある意味順調な日々の中、現在の俺はあるものと戦っていた。

 

「くっ……!」

 

 震える右手を抑えつけ、飛び出さないように自制する。

 歯ぎしりをして眼前を睨み、しかし止められない絶望に苦渋の汁を飲む。

 何故、こんなに苦しい思いをしなければならないのか。

 俺はただ、ありふれた幸せを噛み締めたかっただけなのに。

 

《迷っているのはわかりましたから、早く食べたらどうですか?

 その、テーブルの上にあるシュークリームを》

 

「おま、ふざけんなよ!

 リニスに小遣いを減らされたから、こうしてシュークリームを一つしか買えなかったんだぞ!

 そんな簡単に食べろとか……」

 

 両親がいた時は、俺が可愛く強請ればなんでも買ってくれた。

 クズと言う事なかれ。自分の容姿を使って、なにが悪いというのか。

 俺も嬉しくて、両親も頼られて嬉しい。ウィンウィンの関係なのだ。

 

 ……まあ、そもそも。

 俺みたいな異分子を愛してくれる両親には、心から感謝している。

 だから、俺も前世の記憶とか関係なく、二人の子供として思う存分甘えているのだ。

 つまり、なにが言いたいのかと言えば。

 

「リニスが来てから、お金を好きなように使えない!」

 

《リニスさんは財布の紐が固いですからね》

 

 リニスを使い魔にした事は後悔していない。

 家事をしてくれてありがたいし、なんでもない雑談でもリニスと話すのは楽しいし。

 だけど、こうふとした瞬間に思ってしまう。

 リニスに家計を任せたのが間違いだった、と。

 

 徐々に全国小学生の平均となっていく、お小遣い。

 欲しい物も満足に手に入れられず、子供だからと駄賃しか貰えない体たらく。

 くぅっ、我が敵はここにいたか!

 

「おのれ、リニスめ」

 

《恨むのは筋違いですよ》

 

「ぐぬぬ……あ、そうだ!」

 

 俺には転生特典があるじゃないか。

 ドラえもんの未来道具は、まさに夢や希望が一杯だ。

 今の俺に合う道具も、きっと入っているに違いない。

 

 ポケットに手を突っ込みながら、シュークリームを沢山食べるための道具を思い浮かべる。

 神様の気が利いているからか、俺がこれが欲しいって思えば、ある程度指向性を合わせて道具を出してくれるのだ。

 無事に手のひらで感触を捉え、勢いよく取り出す。

 

「どれどれ」

 

 ポケットから出てきたのは、どうやら液体状の道具らしい。

 瓶の中に液体が入っており、リングが重なっているラベルが貼られている。

 

 んーと、これをどう使えばシュークリームを沢山食べられるんだ?

 首を捻っていると、脳裏に一滴振りかけろという言葉が過ぎった。

 

《……マスター、それを使うのはやめましょう》

 

「ん、なんでだ?」

 

 言われた通りにしようとする俺に、ドラちゃんが声を掛けた。

 上手く声にしようと詰まらせながら、一抹の不安を覗かせて言葉を繋ぐ。

 

《その、なんというか、デバイスなのに嫌な予感がするというか、とんでもない事が起こる気がするというか》

 

「ドラちゃんにしては、珍しくはっきりしないなぁ。

 たかが、一滴垂らすだけだぞ?

 そんな出来事が起きるとは思えないけどなぁ」

 

《……ちなみに、その道具の名前はなんて言うんですか?》

 

 そう尋ねられたので、手中の道具に意識を傾けていく。

 すると、再び脳裏に“バイバイン”という名前が浮かぶ。

 名前的に、シュークリームを増やす道具だろうか。

 

 足りないなら増やせばいい。なるほど。単純だが、実に理にかなっているな。

 素晴らしい道具じゃないか。まったく、ドラちゃんも怖がりすぎだって。

 内心で笑いながら、改めて名前を教える。

 

「バイバインだってさ」

 

《ダメです。

 嫌な予感が倍率ドンしました》

 

「はっはっは。

 大丈夫、大丈夫。ドラえもんの道具だぞ?

 そんな危ない道具があるわけないじゃないか」

 

 それに、俺は一日五つのシュークリームを食べなければ落ち着かないのだ。

 ドラちゃんには悪いけど、この道具を使う事は決定事項である。

 しかし、どうしても使わせたくないのか、ドラちゃんは焦った声色で。

 

《ほ、ほら!

 他の道具にも、シュークリームを増やす物があるかもしれないじゃないですか!

 ですから、その瓶をポケットにしまって──》

 

「えーっと、一滴っと」

 

《──話を聞けや!》

 

 今、普段からはかけ離れた口調だった気がするのだが。

 いやいや。まさか、ドラちゃんがそんな乱暴な言葉遣いをするわけないよな。

 俺の気のせいに違いない。だから、デバイスをそんなにチカチカと光らせないで。

 

「目に痛いって!」

 

《うるさいですっ!

 こちとら、マスターの身を案じて苦言を申していましたのに、このアホの子は私の話を聞かずに!》

 

「ああっ!?

 今、俺の事をアホって言いやがったな!」

 

《ええ、ええ、言いましたとも。

 お望みなら、何度だって言ってあげますよ。

 マスターのアホ、厨二病、痛々しいオレっ娘!》

 

「なんだと!

 というか、厨二病は関係ないだろ!」

 

 それから、俺達は口汚く罵り合った。

 互いのボキャブラリーを駆使し、相手が傷つくような言葉をチョイスする。

 しかし、やはりデバイスだからか、ドラちゃんの語彙力には勝てなかった。

 

 四つん這いで落ち込む俺と、胸元でドヤ顔の如く光るドラちゃん。

 

《わかりましたか?

 マスターは、どうしようもないほどヘタレなのです。

 どうせ踏み台転生者になるのならば、もっと行動に移しなさい》

 

「わかりました……頑張ります」

 

《わかれば良いのです》

 

 うぅ……心が痛い。

 俺は豆腐メンタルなんだから、そんな鋭利な刃物を突きつけないでくれ。

 

 しかし、収穫はあった。

 ドラちゃんの言う通り、これからはもっと積極的に踏み台転生者らしくいこう。

 ありがとう、ドラちゃん。

 改めて、初心に帰れた気がするよ。

 

 瞳に力を入れて立ち上がると、ドラちゃんははっと後悔に滲んだ声を上げる。

 

《しまった!

 マスターを更生させるつもりが、逆に悪化させてしまいました》

 

「ハーッハッハッハ!

 これからは嫁達に積極的に絡んでいくぞ!

 という事で、まずは腹ごしらえ……ん?」

 

 テーブルの方を向いた俺の視界に入ったのは、山と積まれたシュークリームの群れだった。

 うぉぉぉぉぉ! シュークリームがたくさん!

 

 勢い込んで駆け寄り、両手に持って口に運んでいく。

 口内に広がる、魔性の甘味。シュークリームとして完成……いや、完成という概念が超越された美味さ。

 確かに、これは桃子さんのシュークリームに間違いない。

 

「うーまーいー!」

 

 瞳に輝くシイタケを宿した俺は、ひたすら無心でシュークリームを食べる。

 食べても食べても、シュークリームはどんどん数を増していく。

 水を飲んで一息ついている間、横目でシュークリームが分裂したのを捉えた。

 どうやら、五分ほど経つと、シュークリームは倍になるようだ。

 

 つまり、永遠にシュークリームを食べられるという事だな!

 マジかよ。バイバイン最高。こんな道具があったとは、何故昔の俺は気づかなかった。

 かつての己の無能さに涙を流しつつ、シュークリームを味わって胃に納めていく。

 

《はぁ……もう、知りません》

 

 ドラちゃんの発言が気になるが、まあ大丈夫だろう。

 実際、特に危険な兆候はないのだし。

 満面の笑みを浮かべた俺は、この素晴らしい幸福感に浸かっていくのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「──けぷっ」

 

 ゲップを漏らし、椅子の上でお腹をさする。

 幸せの余韻に浸っていた俺は、テーブルの上のシュークリームを見つめる。

 いまだに数個あり、目の前でそれらは分裂した。

 

「どうしよう……これ」

 

 流石に、ここまで来れば俺だって理解する。

 このシュークリームを全部食べ尽くさなければ、無限に増殖してしまう事を。

 しかし、シュークリームを数十個食べた俺の胃は、限界を訴えている。

 

 まずくないか?

 これ、下手したら家がシュークリームで埋め尽くされてしまう。

 どどどどどうしよう!?

 買い物から帰ってきたリニスに怒られる……そうだ!

 

「食べられないのなら、食べられる人を連れてこよう!」

 

 閃いて立ち上がった瞬間、ガチャリと玄関の扉が開く音がした。

 恐らく、リニスが帰ってきたのだろう。

 急いでリビングのドアを開け放ち、唐突な音に目を丸くする彼女に告げる。

 

「リニス!

 テーブルの上にあるシュークリーム、食べられるだけ食べてくれ!

 これは主からの命令だからな!」

 

「うぇ、え、はい?」

 

 素っ頓狂な声を上げるリニスを尻目に、俺はポケットから“どこでもドア”を取り出す。

 そして、ドアノブに手をかけながら、

 

「なのはの部屋へ!」

 

 扉を開くと、部屋の中でなのはがシャドーボクシングをしていた。

 どうやら、友達を作るためにジャブの練習をしていたらしい。

 最後にアッパーカットを披露したなのはに近寄り、振り上げた拳を掴む。

 

「ふぇ?」

 

「嫁よ、来い!」

 

「えぇ!?」

 

 なのはを俺の方へ引き寄せ、ドアを閉めた。

 直ぐに手を離し、困惑気味な彼女の背中を押す。

 

「リビングに桃子さんのシュークリームがあるから、全部食べてくれ!」

 

「シュークリーム?」

 

「頼んだぞ!」

 

 振り向いて再びどこでもドアに手をかけ、次はアリサの家を思いながら開け放つ。

 

「あー、もう!

 このぬいぐるみ可愛すぎるわ!」

 

「……」

 

 何故か、アリサはアイドル衣装の俺のぬいぐるみを胸元に抱え、頬ずりしていた。

 え、どういう事?

 なんで、アリサが俺の姿をしたぬいぐるみを持っているんだ?

 というか、そのだらしなく緩んだ頬はなんだ。いつものアリサじゃない。

 

 思わず口を半開きにしていると、ベッドの上でゴロゴロ転がっていたアリサの視線とかち合う。

 一秒、二秒、三秒。

 瞬く間に顔を真っ赤に染め上げ、アリサはベッドから跳ね起きて俺を指差す。

 

「ななななななななんであんたがここにいるのよ!?」

 

「あー、うん。

 そこまで嫁に愛されて、冥利に尽きるというか」

 

 頭を掻いた俺を見て、自分の状態を察したらしい。

 バッとぬいぐるみを背中に隠し、赤面したまま涙目で睨みつけてくる。

 

「…………見たわね?」

 

「おっと、俺には時間が残されていないんだった。

 すまないが、また会おう。

 愛しているぞ!」

 

「あ、ちょっ──」

 

 扉を閉め、一息。

 まさか、アリサにあんな可愛い一面があったとは。

 しかも、俺をぬいぐるみにしてくれて。正直、踏み台転生者抜きに少し嬉しい。

 なんだか、アリサが思ったより俺の事を好きでいてくれたような気がするから。

 まあ、ぬいぐるみの姿が気に食わないのだが。

 

「さて、気を取り直して。すずかの部屋へ!」

 

「へ?」

 

 すずかの部屋に入ると、輸血パックを睨んでいる彼女がいた。

 ……どういう状況?

 アリサより意味がわからない。何故、すずかは血なんかを見ているのだろうか。

 まあ、いいや。それより、早くシュークリームをなんとかしなければ!

 

「あ、あの、静香ちゃん。これは、その──」

 

「そんな事より、嫁はこっちに来てもらうぞ!」

 

「──え、えぇ?」

 

 慌てた様子のすずかの手を取り、俺はどこでもドアをくぐる。

 扉を閉めてポケットにしまい、輸血パック片手に目を白黒しているすずかを連れていく。

 

「すずかがそんな趣味があったとは知らなかったが、それでもお前は俺の嫁だからな!」

 

「待って。

 静香ちゃん、絶対なにか勘違いしてる」

 

「わかってるわかってる。

 すずかが血を吸う事が大好きな人間なんだろ?

 世の中には、そういう性癖の人もいるだろう。

 でも、俺はどんなすずかでも愛してみせるから」

 

 素直な気持ちを吐露したのだが、返ってくるのは微妙な顔。

 

「うん。

 色々と勘違いしているのに、言ってもらえた事は嬉しいんだけど。

 複雑だよ……」

 

 ウンウン唸り始めているすずかを尻目に、俺はこれからの戦場に想いを馳せる。

 恐らく、リニス達も悪戦苦闘しているだろう。

 無限に増えるシュークリームに、膨れていくお腹。

 しかし、逃げてはダメなのだ。ここで食べきらなければ、シュークリームが俺の家を侵略してしまうのだから。

 

「待っていろよ、嫁達よ!」

 

 気合いを入れた俺は、すずかと共にリビングの扉を開くのだった。

 

 

 ♦♦♦

 

 

「うぷっ」

 

「もう、食べられません」

 

「にゃぁ……」

 

「苦しいよぉ」

 

 ──死屍累々。

 

 リビングのフローリングの上で、俺達は身を投げ出していた。

 妊婦のようにお腹を膨らませ、虚ろな目で天井を見つめている。

 最初、リニス達は好きなだけ食べられる事に喜んでいたが、食べても食べても減らないシュークリームに眉を潜め、やがて徐々に表情が死んでいった。

 無表情で淡々と手をつける彼女達に、背筋を凍らせたのは記憶に新しい。

 

 自分のお腹を撫で、虚無感が篭った笑みを零すリニス達。

 

「は、はは……体重計に乗るのが怖いです」

 

『……はぁ』

 

 皆のため息が一つになり、疲れた表情でテーブルの上に目を向ける。

 ちょうどシュークリームが分裂したところで、四つ置いてあるのが見えてしまう。

 

「どうしよう、これ」

 

「静香が原因なんですから、静香が最後まで食べきってください」

 

「む、無理だから!

 この中で俺が一番食べたんだからな!

 ほら、翠屋の未来のパティシエのなのはなら、まだまだいけるだろ?」

 

 慌ててなのはに水を向ければ、彼女はビクリと肩を震わせた。

 

「にゃっ!?

 むりむりむり! これ以上は食べられないよ!

 ……そ、そうだ! すずかちゃんは、まだまだ食べられそうじゃない?」

 

 うつ伏せになって、すずかの方に指を突きつけるなのは。

 対して、すずかは床をトントンと叩いて拒否の意を示す。

 

「私だって、お腹いっぱいだよ!

 やっぱり、ここは静香ちゃんのお姉ちゃんの方がいいと思う。

 私達と違って、大人だし」

 

 まさか、自分に返ってくるとは思わなかったのだろう。

 なんとか這ってソファに身を沈めていたリニスは、目を見開いてずり落ちる。

 

「私も限界です!」

 

 それから、俺達は誰がシュークリームを食べきるかの話し合いをしていく。

 しかし、誰もが責任から逃れようと、話は平行線のまま。

 時間だけが無為に過ぎていき、やがて焦燥感に駆られたドラちゃんが声を上げる。

 

《醜い争いをしている暇はありませんよ。

 ほら、シュークリームがもうこんなに》

 

『うわっ!?

 もうテーブルから溢れそうじゃないか!

 ど、どうしようドラちゃん』

 

 藁にもすがる気持ちで、ドラちゃんに尋ねる。

 すると、暫し悩むような間を置いた後、声色を明るくした相棒が言葉を返す。

 

《転移魔法を使ってみましょう》

 

『おお、それなら話は早いな!

 よし、早速転移させてくれ!』

 

《構いませんが、時間もないのでランダム転移になりますけど》

 

『それでいい!

 早く転移させてくれ!』

 

《了解しました》

 

 テーブルの上に銀色の魔法陣が現れ、シュークリームを消し去った。

 ふぅ……よし。これで、ひとまずは安心だな。

 一時はどうなるかと思ったが、なんとかなって良かった良かった。

 

 さて、残る問題は……

 

「い、今のって?」

 

 目を丸くして驚きを露わにするなのは達に、魔法の事を説明するところからだ。

 まあ、その前にお腹を休めなければいけないが。

 それから、アリサが憤怒の形相で家に乗り込むまで、俺達は静かにシュークリームを消化していくのだった。

 

 

 

 

 


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