或る咎人の奇妙な日常と憂鬱   作:小栗チカ

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◆ Privatterにて投稿したものを、加筆修正したものです。
◆ 原作の設定に基本忠実ですが、捏造要素はしっかり含まれています。
◆ オリジナルの男主人公です。暴言を吐きます。
◆ NPCの性格が大崩壊しています。
◆ その他、不備がありましたらごめんなさい。

◆この咎人の過去→https://novel.syosetu.org/33416/
  見なくても問題はありません。



咎人、伝えることの難しさを知る

最近、理由あって足を運ぶようになった場所がある。

第一階層のとある廃棄区画。

フロアの中心に、『種』から発芽して現出した異世界へ繋がる扉『棺』があって、その向こう側のいる連中に用があるからだ。

 

このフロア自体、棺があろうがなかろうが、PTの他のフロアと比較しても異質だ。

俺は、古今東西の建物や構造物ってのが好きだから、当然この区画のことも気になってユートペディアで調べた。

結果はお察しの通り、何も知ることはできなかった。

ただ超古代において、似たような、てかほぼ同じ構造物があった。

内陸の発電所に建てられていた冷却搭だ。

外面はPTまんまだし、このフロアの構造も冷却塔のそれと酷似している。

冷却搭の中を満たしていたのは水蒸気だったそうだが、このフロアを満たすものはウィルオーだそうだ。

一体、どんな施設だったんだろうな。

廃棄したってことは、プロジェクトが終わったのか、何かしらの理由で中止になったのか。

 

想像と妄想は膨らみ、いよいよまとまらなくなったところで、意識を棺へと戻した。

仕事せんとな。

今日は、とあるボランティアをクリアした報告のついでに、ある人物に伝えたいことがあってやって来たのだ。

んじゃ行きますかね。

扉をくぐれば、はい、目的地に到着。

真っ白な目的地のその先に、天地を真っ直ぐに貫く鉄格子と三つ人影があった。

 

「ユウ、いらっしゃーイ」

 

手を上げて迎えたのは、三人の中では一番馴染みのあるやつだった。

 

「おう」

 

声に応じつつ、鉄格子を挟んで三人と対峙する。

鉄格子の向こうで、圧倒的な存在感をもってソファに座る男が口を開いた。

 

「よく来たな、人間」

「指定のボランティア終わったから報告に来た。ま、あんたらのことだから、わかってんだろうけど」

「無論把握している。無事に戻って何よりだ」

 

頷き答えたのは、この白い空間に溶け込むような白いスーツに黄色のシャツを着たメガネの男だ。

 

「では、この働きに対する報酬を与えよう」

 

カッケー細身のスーツを着た男は、どんぶりを傾けたようなソファに肘をついた。

 

「お前の過去をカイザンする」

「過去を、カイザン?」

「そうだ」

 

頷く男──名前は確かサイモンだ──に、首を傾げた。

 

「……カイザンって何だ?」

「そっからスタートカァ」

 

男の座るソファに寄りかかる黒パーカーの女──アリエスだ──が肩をすくめた。

その態度に当然いい気分はしないが、こればかりは仕方ない。

 

「サーセン。意味教えてくれ」

「はいはイ。文章や記録を変えることだヨ」

「この場合は記録にあたるのか」

「そういうこト」

「過去を『変える』とは、また違うのか?」

「まあ一緒だヨ」

 

んだよ、難しく言っただけか。

でも、あんまり良い印象の言葉じゃない。

言葉を発した本人の印象も大きいかもしれんが、不穏な響きがある。

アリエスに向かって、軽く手を上げた。

 

「理解した。あんがとな」

「どういたしましテー」

 

すました顔で返礼するその仕草は、ユートペディアの映像記録にあったケモノのようだ。

どこか人間離れしている。

そして、やっぱり同じように人間離れした男の方を向いた。

 

「話の腰を折って悪かった。過去を変えるってことだな」

「そうだ。イン」

「イラネ」

 

男の言葉を遮り、手短に断った。

同時に吹き出したアリエスは、何がおかしいのか、しなやかな体をよじって笑いを堪えている。

体ごと俺に背を向けている上に、着ている黒パーカーが体にフィットしたデザインのせいで下半身のライン、特に尻の形がよく見えた。

……良い尻だ。

でも、個人的な好みとしては、もう少し生意気さとボリュームが欲しい。

女の掴みがいのあるもっちりとした丸い尻と、枕にして最高な温かくむっちりとした太腿は、戦う男には何よりの癒しなのだ。

異論は認める。趣味は人それぞれだ。

 

「人間」

 

声をかけられ我に返る。

男から発する威圧感は、大層なことになっていた。

我に返ったことを心から後悔した。

 

「話は最後まで聞くものだ」

「いや、聞くまでもねーだろ」

 

男に威圧感に内心ビビりつつ、それでも負けじと目に力をこめる。

 

「変えたい過去なんてねーよ。確かに、俺の過去は酷ぇもんだよ。でも、紛れもなく俺が見て聞いて感じて、判断してきたもんだ」

 

俺の今持っている過去の記憶は、恥、失敗、後悔、挫折、勘違いといった黒歴史を主成分とした、目も当てられないシロモノだ。

おそらく、なくしてしまった過去の記憶も似たようなものだろう。

しかし、今持っている酷い記憶の中には、ほんの少しの成功と、喜びが含まれている。

それにすがって、背を伸ばし胸を張った。

もちろん虚勢だ。

でも、自分の中で本当に譲れないものがあるなら覚悟を決めて戦わなくてはならないことを、その過去から学んだ。

ここで譲ったら、俺は本当の意味で負け犬になる。

 

「変えたら楽になるかもしれねーよ。後になって変えたほうが良かったかもって思うかもしれねーよ。でも、今の俺には変える必要を全く感じない。だから、その報酬はイラネ」

 

きっぱり言い切る。

そして訪れる沈黙。

俺の一切合切を、容赦なく粉砕するような男の威圧感はいや増すばかり。

それを後押しするかのような、男の背後に広がるあまりにも白すぎる空間。

呼吸すらままならず、視界が狭まり、鼓動が変なリズムを打っている。

……あれ? もしかして俺、死ぬの?

死因が、得体の知れない男の話を聞かなかったことによる心臓発作とかになっちゃうの?

死への恐怖が今更のように押し寄せてくるが、最早後には退けない。

ここまできたらヤケだ。徹底的に押し通す。絶っ対ぇ、譲らねえ!!

自分の中のあらゆるモノをかき集め、奴の両眼を負けじと見据える。

どれくらいの時間が経ったか、ふと、男の口の端が上がった。

同時に威圧感が嘘のように消え失せ、折れるように座り込む。

呼吸が楽にできるようになり、体の要求のままに恥も外聞なく深呼吸を繰り返した。

 

「全く、呆れたやつだ」

 

るせーよ、バーカ!

それは俺が一番よくわかってんだよ!

顔を上げ、意外なものを見た。

奴の顔に表れ出ていたのは、台詞とは裏腹のものだった。

 

「身の程知らずには相応の報いをくれてやるところだが、お前のその悪あがきは見応えがあった。いいだろう。この報酬は取り下げる」

 

減らず口を叩こうと思ったが、胸の奥から沸き上がる感情を押さえるのに精一杯だった。

俺の過去を守ることができた。

もちろん、これに執着することが良いことだとは思わない。

だけど、記憶のない俺がこの世界で生きていくためには、今しばらく必要なものだと思っている。

ふと視線を上げると、アリエスが何故か嬉しそうに笑っていた。

 

「しかし、労働の対価は払わなければならない」

 

男は身じろぎをする。

 

「戯れに聞こう。人間、お前は何か望みはあるか」

 

俺の望み。

今の体と心の要求を、そのまま口にする。

 

「癒し系のカワイイ彼女が欲しい」

 

再び訪れる沈黙。

だよな。さすがにこれじゃ雑すぎるわな。具体的な条件を伝えよう。

 

「まず小柄で年下でおしとやか。暴力的なのはカンベンだな。んで、細くて柔らかくて巨乳。頭はちょっと弱くてもいい。でも正しく相手を立てて尽くすことができる、そんなカワイイ彼女が欲しい」

 

沈黙は続いている上に、気のせいかさっきよりひんやりしているような。

もうちょい条件が必要か。

 

「あ、別に処女じゃなくてもいいぞ。そこら辺のこだわりはねーから」

「サイてー」

 

アリエス、手前っ!

軽蔑とともに無下にされた俺の望み。

その怒りを力にし、震える足を踏ん張って立ち上がる。

 

「なんでだよ! この男の変な威圧感のせいで俺ぁ疲れてんだよ! 癒し求めちゃいけねーのかよ!」

「それは、キミが変な強がりをしたからでショ! 第一、そんな奇跡のような女の子、昔も今もこれからも存在しないヨ!」

「だからこそ、この男にそれを託したんだろうが! 疲れた非モテのささやかな願いなんだよ! 過去を変えられるんだ、それくらいチャチャッとできるだろ!」

「そんなこと、サイモンにわざわざ頼まなくても、キミのアクセサリでやればいいでしょうガ!」

「人形相手にシコる趣味ねーよ。アレに頼むくらいなら、自分の右手か天使ちゃんのお世話になるわ!」

「君って奴は、最悪だネ」

 

心底嫌そうな表情で俺を見るアリエス。

俺のことを知らんと、よくもそんなことを言えたもんだ。

……そうか、俺のことをわかっていないからこその台詞なんだ。

 

「俺ぁな、生身のヒトの女がいいんだよ」

 

ならば、わかってもらおうと言葉を紡ぐ。

不自由で不確かでローテクな、超古代からの伝統とも言える意思の伝達方法だ。

だがこの場において、俺にできる意思の伝え方はこれしかない。

 

「男と同じ血液と、臭くてグロい臓物の肉袋をもつ人間なのに、外面は柔らかくて暖かくて良い匂いがする生身の女がいいの! 現実の女の中身が煉獄レベルでめんどくせーのはわかってんだよ! だけど、カワイイ笑顔でそれを帳消しにするヒトの女がいいんだよ!」

 

口をポカンとあけているアリエスを尻目に、人生の先輩と言うべき存在に体ごと視線を向ける。

 

「なあ! 生身のヒトの女と子供二人もこさえた親父さんなら、俺の気持ちはわかるだろ!?」

「え」

「ちょっト!」

 

アリエスが鉄格子の向こうから、こちらへとやって来た。

 

「何いきなりチェーザレに無茶振りしてんノ?! 困ってんじゃン!」

「困ってねーだろ! ちっちぇ娘二人をほったらかしにした酷ぇ父親だけど、その娘と世界のために戦っている立派な男だろうが。親父さんバカにすんな!」

「バカになんてしてないでショ! 君こそ、ほんの数回しか会っていないのに、チェーザレの何がわかるっていうのサ!?」

「おい! 言ってやれよ! あんたを見くびってるコイツに男見せてやれ!」

「チェーザレ、大丈夫だヨ。このオタンコナスの言うことなんて、聞く必要なんてないからネ」

 

親父さんはアリエスを見、そして俺を見た。

娘達と同じ、夜空に浮かぶ月の色をした目。

その目に浮かんだ温かいものに、俺は確信を抱く。

気持ちが伝わった!

なるほど、認めがたいことだがアクセサリどもが歌う歌にも真実はあったんだ!

でも潰れろ。

 

「アリエス」

「な、なニ?」

 

彼女の名を呼ぶ親父さんの声。

その声音の厳かさに、珍しく気圧されるアリエス。

 

「彼に、乳ぐらい揉ませてやったらどうだ」

「…………エ」

 

凍りつくアリエスを見つつ、俺はやりきれない思いで先程の確信を撤回する。

気持ちが伝わったと思ったけど気のせいだった。

送信はともかく、受信側の都合で斜め上にぶっ飛んで解釈されていた。

連中の歌は、やはり思想誘導を目的にした嘘まみれの歌だった。

見直そうと少しでも思った自分を、心を込めて全力で蹴り飛ばしたい。

 

「チェーザレ、どうしちゃったノ?」

 

信じ難いものを見聞きしたせいだろうか、アリエスの声は不安なものが混じっていた。

 

「彼があまりに哀れに思えてな」

 

しかし、メガネを押し上げて告げる親父さんの声は、あまりに冷静だった。

 

「君は立派な乳を二つ持っているだろう。その乳を飾りで終わらせるのはあまりに惜しい。その乳は、自由と平等とハクアイの精神をもって有効活用すべきではないかと」

「ユウのバか!! 君のせいでチェーザレが壊れちゃったじゃないカ!」

「何、ヒトのせいにしてンだよ! ふざけんな!!」

 

親父さんの台詞を遮り、いわれのない非難を浴びせる奴に全力で反抗をする。

と、視線を感じてそちら見た。

親父さんが静かな表情で俺を見ていた。

 

「君はどうだ」

「へ? 何が?」

「アリエスの乳のことだ」

 

一言一句、はっきりと答える親父さん。

 

「や、そんなこと真顔で言われても」

「彼女の乳は巨乳ではないかもしれないが、美乳と呼んで差し支えのない乳だと私は思っている」

「あー、いや、あのな」

「巨乳を希望する君の期待には応えられないが、どうだろう、この乳で妥協してもらえないだろうか」

「ボクのおっぱいはボクのものだヨ! 勝手に話を進めないでヨ! それに、何か色々と失礼だヨ!」

 

アリエスは憤慨するが、俺は完全に調子を崩され二の句が継げない。

それでも何とかして尋ねる。

 

「なあ」

「何だね」

「あんたさ、ベアトリーチェとシルヴィアの親父さんで間違いねーんだよな? ぶっ壊れたアクセサリとかじゃねーんだよな?」

「もちろんだ」

「そっかぁ」

 

白い虚空を思わず仰ぐ。

キッパリと肯定する親父さんに、両手で顔を覆いたくなった。

目の端に映るアリエスは、こめかみを手で押さえ、必死に何かに耐えている様子。

やるじゃねーか、親父さん。

さすがは元天獄出身の戦士。さすがはあの姉妹の父親。手強い。

怯む俺達に、親父さんの眼鏡が鋭く光った。

 

「そして、君さえよければ、私が君たちの仲を責任をもって取り持とう。きっと上手くいくはずだ。これまでの経緯を見てきた私が、自信をもって保証する」

「待っテ! ボクの気持ちはまるっと無視なノ?!」

 

神速にして容赦のない追撃。いつになく絶好調だなチクショウが!

だがその姿に、脳裏に閃くものがあった。

そうか!

親父さんは、生身のヒトの女を愛する者として、同じ男として、人生の先輩として、若輩で非モテの俺を応援してくれているんだ。

そして、そんな俺の願いを叶えようと頑張ってくれているんだ。

きっとそうだ! そうに違いない! そういうことにしよう! そうしないと俺の髪が確実に逝く。大消失する。

だが、そんな頑張る親父さんの期待には、残念ながら応えられそうにない。

俺はアリエスを見、首を横に振って肩をすくめた。

 

「悪ぃ。ねーわ」

「君らはさぁ、本当に失礼すぎるヨ!!」

 

喚くアリエスに、俺は口を曲げる。

 

「いやだってお前ぇ、生身の体持ってねーじゃん」

 

言葉をなくし、固まるアリエスと親父さん。

俺の発言は、二人にとって虚をついたものだったようだ。

錯覚しそうになるが、この世界はそういう世界だ。

俺の生きる世界にコイツはいない。

そして俺は、俺が生きる世界を捨てるつもりはない。

 

「そうか。そうだったな」

 

いち早く立ち直ったらしい親父さんが、メガネを押し上げ俺を見た。

 

「信頼関係を築いている彼女とならと思ったが、そもそも前提からして対象外だったな。娘達を頼んだ手前、力になろうと思ったが、すまない」

「んなこたぁねーよ。頑張ってんのはわかってた。あんがとな。ナイスファイトだ」

 

親指を立てて笑うと、親父さんも表情を緩めた。

 

「何? 何なのこレ? 何でちょっと爽やかな友情フラグ築いちゃってんノ?」

 

呟くアリエスに目もくれず、親父さんは視線を下げた。

 

「しかしそうなると、君の望みは」

「あー、いいわ。何か頭冷えた。緊急性の高ぇもんでもねーし」

「そうか」

「ここまでボクに対してやらかした、お詫びとか謝罪とかそういうのはないノ?」

 

さっきからモチョモチョ言っているアリエスに、言葉を返そうとした時だった。

 

「話は終わったか」

 

突然降ってわいた声。

今まで存在感を完全に消して静観をしていたらしい、この空間の主が口を開く。

アリエスは渋々といった表情で元の位置に戻り、親父さんは恭しく一礼をした。

 

「はい。ご主人様」

「そうか、まずはご苦労だった」

「あのさ、何か労るようなことやってタ? やってたノ?」

 

背後のアリエスを放置し、男はソファーに肘をついて思案の表情を浮かべた。

 

「しかしそうなると、この人間への報酬はどうしたものか」

「だったら、あんたに協力するって約束をもう一度頼むわ」

 

改めて願いを伝える。

 

「天獄を潰せば本当の自由を手に入れられるんだろ。なら、手を貸すさ」

 

そうは言うが、この男を根っこの部分では信用しちゃいない。

この男の謳う変革と自由は、俺の思うようなものではないのかもしれない。

だが、八方塞がりの今、この男に頼らざるを得ないのが現実だ。

男は満足そうに頷き、左手を上げた。

 

「お前の選択を叶えよう」

 

白い空間の端っこで膝を抱えているアリエスのことは少し気になったが、親父さんから手渡される報酬に意識を向ける。

そして思い出した。

今までのやり取りで忘れていたが、今日ここに来たら親父さんに伝えようと思っていたことがあった。

 

「なあ」

 

声をかけると、親父さんは表情なくこちらを見た。

 

「天獄にいるシルヴィアは正直わかんねーけどよ、ベアトリーチェは元気でやってるぞ」

 

眼鏡の奥で軽く目を見張る親父さんに、言葉を続ける。

 

「あんたを信じてるって。あんたが頑張っているんだから、私も頑張らないとって言ってた。そんだけだ」

「……そうか」

 

親父さんは目を伏せた。

しばらくそうしていて再び目を開いた時、娘たちと同じ色の目には紛れもない情が滲み出ていた。

俺にはわからない、わからないから言葉にできない情が──。

 

「ありがとう。娘達のこと、改めてよろしく頼む」

「ああ。わかった」

 

頷き、背を向けようとして、

 

「待て」

 

男に呼び止められた。

 

「人間。お前は過去のカイザンを断ったな」

「……そうだけど」

 

んだよ、またその話をぶり返すのかよ。

すると、男は肘を膝に乗せて身を乗り出した。

 

「例えば、それが死んだ仲間を甦らせるものであったとしても、お前は断っていたか?」

 

とっさに言葉が出ない。

死んだ仲間とは、アイツのことだ。

ハル・”ベイブ”・ヴィトー。

仲の良かった同期であり、戦闘においては頼れる仲間だった。

あの事件のことは、その後の出来事も含め、痛みと無力に彩られた苦すぎる記憶の一つだ。

 

「優秀な仲間が甦れば、お前とお前の仲間にとって極めて有用な戦力となる。精神的な面においても今よりずっと安定するだろう。普段の貢献活動(ボランティア)とやらはもちろん、天獄との戦いにも必ず役に立つ。そうは思わないか?」

「アイツぁ道具じゃねーんだよ」

 

即座に言い返す。

 

「奴自身の替えはきかねーけど、奴の担っていた役割くらい自力で替えを用意できなくてどうするよ。てか、生きていようが死んでいようが、抜けた奴の穴を埋められねーって組織としてヤベーだろ。俺ぁPTのことは本気で大嫌ぇだけどよ、さすがにそこまで使えねー組織とは思ってねーぞ」

 

男の言うとおり、ハルが甦れば戦力は確実に補強され、将来あるはずの天獄との戦いにだって必ず役に立つ。

だが、その為に甦らせるのは、奴を戦争のための道具として見ているようなものだと思う。

それに。

 

「ハルは懸命に戦って死んだ。絶っ対ぇ生き返らねぇ。だから俺ぁ本気で嘆いて後悔して、奴の分まで頑張ろうと思ったんだ。仲間だってきっとそうだ。その事実から、目ぇ背けたくねーんだよ。逃げたくねーんだよ」

 

そうやってがむしゃらに戦って、強くなったと錯覚して、慢心して、第七情報位階取得考試でド派手に転び、焦って大恥晒して今ここに至るわけだが。

でも、これだけは言える。

ハルの死は、決して無駄じゃない。

だからこそ、アイツが死んだ事実を覆すことは、俺にはできない。

 

「なるほどな」

 

男は、底の知れない笑みを浮かべた。

 

「お前は、お前の意思で己の歩んできた道を受け入れるということだな」

「悪ぃかよ」

「善悪の話ではない。その思いが、どこまで通用するのかと思ってな」

 

浅黒い男の顔に一際目立つ鮮やかな黄色の目。

挑発的な輝きと威圧をもって俺を見据えるその目に、胸の奥の何にかに火がつく。

おいおーい、らしくもねぇクッソ安ぃ挑発じゃねぇか、なあ。

でも乗ってやる。

 

「あぁ? どこまでだぁ?」

 

口の端がつり上がり、歯がむき出しになる。

 

「知らねえよ! 行けるとこまで、俺の気がすむとこまで、いつまでもどこまでもだ」

 

自分でも呆れるこのバカさ加減。

根拠なんざねーけど断言していい。

これだけは、これから先どれだけ記憶を失くそうとも治らない。

なら、やるこたぁもう一つしかねぇ。

やせ我慢してでも、行けるとこまで押し通し続けるだけだ。

今度こそ話は終わりだ。

三人に背を向けて歩き出す。

 

「人間、また訪ねに来るといい」

「おう。またな」

 

かけられた言葉に振り向くことなく、片手を上げて応じた。

 

 

棺の前まで戻ってきた。

思わずため息をつき、ふと思う。

そういやあの男、『死んだ』仲間って言ってたな。

『ロスト』って言葉を使わなかった。

いや、そんだけだけど。

 

「あ! ユウ!」

 

声のした方を見れば、フロアの出入り口に黄色とピンクの色を纏った女がいた。

ついでに言えば、馴染みのある姿だ。

 

「んだよ、どした」

 

キャットウォークを駆けてこちらに来る女に声をかける。

女──名前はベアトリーチェ。俺の仲間だ──は呼吸を軽く整えて、俺を見た。

 

「それはこっちの台詞だよ。父さんに用でもあったの?」

「ああ。今終わって戻ってきたところだ」

「そう」

 

ベアトリーチェはうつむき、そして再び俺を見る。

 

「父さん、元気だった?」

「ああ。どちゃくそ絶好調だったよ」

「……どちゃ?」

「元気だったってことだよ」

 

先程のやり取りを思いだし、思わず笑う。

すると、奴は安心したように顔をほころばせた。

 

「なら良かった」

 

その表情に、親父さんがアリエスの乳について熱く語っていた件は、決して口外はすまいと固く心に誓った。

 

「お前こそ、どうしたよ?」

「うん。……父さんに会いに来たんだよ」

 

奴は俺の背後に聳える棺を見やる。

 

「実はね、今までもたまにだけど、こうやって父さんに会いに来ていたの。実際に会えるわけじゃないんだけど」

 

床から止めどなく沸きだし続ける青い光。その光に照らされた奴の顔は、どこか寂しそうに見えた。

 

「でね、父さんに伝えるの。最近のこととか、みんなのこととか。私は生きて元気でいるよってこと、とにかく伝えたくて」

「そうか」

 

さっきも触れたが、このフロアはウィルオーに満たされていて、このPTの中でもウィルオーの濃度が特別に濃い場所らしい。

なら、ベアトリーチェの思いは、そのウィルオーによって棺の向こうにいる親父さんに伝わっているのだろうか。

先程話した親父さんからは、そんな様子は見られなかった。

でも、無意識の内に伝わっているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

 

「ちゃんと伝わってるかな」

 

俺は肩をすくめる。

 

「さーな。さっき会った時、お前が元気だってことは伝えたよ。まあでも、何となく伝わってんじゃねーの?」

「そうかな?」

「そうじゃねーの? だって、親父さんのこと信じてるんだろ。だったら、そういうことにしとけよ」

 

今この瞬間にも生まれ、拡大し、変化し、消滅する、あまりにも不確かなもの。

そんな頼りのねーもん、道具に頼らず伝えたいのなら、自分と相手をちゃんと信じる強さがなけりゃ伝わらん、と思う。

受け止める側の都合もあるから絶対とは言えんし、道具使った方が楽だし確実だと思うけど。

ベアトリーチェはしばし俺を見ていたが、何を思ったのか、眩しそうに目を細めて笑った。

 

「そだね。私、父さんを信じてる。だから、そういうことにしておく」

「へいへい。んで、どうすんだ? 親父さんに声かけてくのか?」

「うん。ちょっと待ってて。すぐに終わるから」

「気がすむまでやりゃいいよ」

 

どうせこの後予定ないし。

奴は棺に近づくと、両手で棺に触れ、そこに額をくっつけた。

俺は数歩下がって、それを見守る。

祈るような真摯で静かな佇まい。そのくせ、どこか切なく見えるのは気のせいか。

 

「これでよしと!」

 

時間にして五分も経っていないだろう。

そう言って振り向いた奴の表情は晴れやかなものだった。

 

「終わったのか?」

「うん。今日はユウが父さんと会ってきたから、手短にすませたよ」

「遠慮せんでもよかったのに」

「いいの。今日はこれでおしまい。さ、戻ろ」

「へいよ」

 

俺の横を元気良く通りすぎ出入り口へと向かう奴に、俺もゆっくり後に続く。

 

「ねえ、この後何か予定入ってる?」

「いーや、特に何も入ってねーよ」

 

すると、奴はクルリと俺の方を向いた。

 

「じゃあさ、この後マティアスたちも誘って、皆でボランティアに行こうよ! いい感じで刑期減らせる資源回収のボランティア見つけたの」

「……あのさ、何かそれ、悪ぃ予感しかしねーんだけど」

 

過去の経験から正直にそれを伝えたのだが、何故かさっきより元気になったコイツに、それは伝わりそうにない。

 

「みんないるから大丈夫だよ! さあさあ行くよー!」

「ちょ、いきなり押すなよ。危ねーだろ」

 

背後に回ったベアトリーチェに背中をグイグイ押され、見る見る内に出入り口が迫ってくる。

ああもう、仕方ねーな。

準備万端整えて、気合い入れていきますか。

覚悟を決めたと同時に、出入り口の扉が俺たちの気配に反応し、小気味の良い音をたてて開いた。

 




お読みいただきましてありがとうございます!
誤字、脱字、言い回し等の変更がある際は、都度手を入れていきます。

大変にお久しぶりとなりました。
一年以上、創作からは離れ、リアルの対応に追われていたり、別のゲームをやったり、興味のある分野のインプットをひたすらしておりました。
そして今年の三月あたりに、ひょっこりと咎人や他のオリジナルキャラが現れて、再び筆を執ることになりました。
久しぶりということで、お見苦しいところもあったかと思いますが、最後までお読みいただけただけでも幸甚です。

先日、発売から三周年が経ちましたが公式から大きな動きはありません。
とは言え、この世界観とNPCが好きなことには代わりはなく、日々懸命に生きている咎人とその仲間たちの日々を、ネタと気力が続く限り綴っていこうと思います。

語りたいことはありますが、ひとまずはこのへんで。
それではまた。
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