このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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 命を救ったのは一つのじゃが丸君でした

 

・・・

 

 

 

庭園の中、とある墓の前で一人の青年が手を合わせている。

鉄で造られた墓標には幾つかの名前、彼とその家族の名はこちらの言葉で書かれているがその意味はしっかりと伝わった。

 

『両橋夏目、ここに眠る』

 

かつて『少年』だった白髪の男は、微笑みを浮かべてかつての仲間を思い出す。

その物語は紡がれるべくして紡がれた。神殺しの逸話、獣の序章を語るには今から十数年前に遡らなければならないだろう。

ベル・クラネルは目を閉じる。今は亡き仲間を想って、ゆっくりとその記憶を辿り始めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「やばい、飢えた」

 

 

迷い込んだ森の中で俺は息を漏らし口を開けながら、まるで亡者のように重い脚を擦るように進ませていた。

 

思えば…森には食べ物がある、という先入観がよくなかったのだろう。

特に森に詳しいという訳でもない俺は何が食べれるかが解らず…というか、木や藪ばかりで何も食べれそうなものは見当たらず、飢えを満たす術を持っていなかった。

 

――俺は妹と従弟の三人で、山奥に道楽がてらに「狩り」をしにきていた。

 

なので勿論山奥だからと食べ物は大量に持ち込んできてはいたのだが、獲物の一匹を敷地内から逃がしてしまい、俺だけ逃げ出した獲物の追跡を始めた。

 

…結果として獲物に追いついた俺は狩りを完遂することはできたのだが些か愉しみすぎたらしく、気づけば俺は完全に山で遭難していた。

 

 

「腹減った…」

 

 

体格がでかいせいでというべきか、185cmもある巨体は何かと便利だがその分エネルギー消費が激しい。

一食でも抜かすと死にそうなほどの空腹が腹を襲うのは昔からだった。

 

…そして獲物を食べるという選択肢こそあったが、カニバリズムは発症していなかった。

 

 

――獲物とは「人間」のことだ。

 

 

…決してウサギや、もみじなどではない。

そして簡単に言って、俺達は何人かの人間を拉致し、さながらスプラッター映画よろしく面白おかしく殺していた。

しかしその中の一人が何の偶然か、敷地内から逃げ出してしまった。

幸いにもすぐに逃げ出したことに気が付けたので、俺はそれを追跡し(まぁせっかくなら楽しもうとジワジワと追い詰めながら)、体力が尽きたところを惨殺した。

 

…今頃は細切れになって、虫にでも食われているころだろう。

 

 

だが今の問題は飢えて死にそうだという事。

 

残念なことに着ているコートの中にも、シャツやジーンズの中には食べ物は無く。

腰に付けているグローブは金属製で…いや、革なら食えるとも思ったが圧倒的に栄養が足りないだろう。

 

あまりにも馬鹿馬鹿しい死に方だ。

何より予想外だし、死ぬなら死ぬで派手な死に方をしたかった。

誰にも気づかれず、ひっそりと死ぬなどと言うのは正直…

 

 

「…マジ、か」

 

 

視界が前に揺らぐ。

足に力が入らなくなった俺はガクンと膝を折り、その場に倒れ込んだのだった。

 

――()()()()()に。

 

 

 

・・・

 

 

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

 

声が聞こえた俺はガバリと顔を上げると、見上げる。

正直このまま行けば死にそうだが、まだギリギリ動くだけのエネルギーは残っていた。

そして口を開く。

 

 

「腹が…」

 

 

視界は霞んでいるが、そこには真っ白な何かがいた。

…とはいえ前後不覚な俺は、ただ食欲のままに答える。

そしてそれに合わせるかのように腹の虫がギュルルと鳴いた。

 

 

「あーなるほど…でしたら、これどうぞ!」

 

 

白い何かは納得したかのようにガサガサと自らの身体をまさぐると、何かを俺の顔の目の前に差し出した。

 

 

「たいしたものじゃないですけど…」

 

(揚げ物…?)

 

 

なんだか懐かしいような油の香りだ。

どうやら食べ物を恵んでくれているらしい。

 

なんにせよありがたい、俺は震える手を伸ばすとそれを受け取る。

 

 

「…うま」

 

 

かじりつくと肉汁があふれだし、芋の甘味が舌を包んだ。

衣がサクサクと歯に当たり、油が滲みだした。

 

…いやそれは幻覚だったのだが、腹の減りすぎた俺はそのように感じた。

空腹は最高のスパイスとはよく言った物だろう。

 

 

ガツガツと貪るように、それを食べ終えた俺は腹の全てが満ちるには全然足りないが、だいぶ落ち着いたのを感じた。

そして視界もだいぶはっきりとし始め、身体に力も入るようになった。

 

俺は腕を地面に立てると身体を起こす。

そしてその場に胡坐をかくと「命の恩人」を見上げた。

 

心配そうな顔をして、しゃがみ込んで俺を見ていた「白髪の少年」は笑顔を見せる。

 

 

「…良かった!」

 

(うわまぶ)

 

 

屈託のない、純粋な笑みだ。

純粋な善人君子だろうが何だろうが殺してきた俺だが、それが命の恩人ともなれば話は別だ。

それだけでも好意を抱くに足りうるというのに、更にという話だ。

 

 

(あれ、俺死んだ?)

 

 

もはや天使のような少年に一瞬現世であることを疑ったが、たとえあの世であろうと、とりあえず窮地を救ってもらったことは感謝しなければならないだろう。

 

 

「えーと…ありがとうございます?」

 

 

なかなか感謝の言葉など述べないので、少し硬い感じになってしまった。

…が俺はなんとか頭を下げ、感謝の姿勢をとることができただろう。

 

 

「いえいえ!お互い大変でしょうけど頑張りましょう!」

 

 

…少年は何やら革の鎧のようなものを着ている。

最近の山の狩人はそんな恰好をするのか、同職と間違えられているようだ。

というか山で行き倒れて救われるなど、奇跡に――

 

 

「あ?」

 

 

――辺りを見渡した。

 

 

まず座っている地面には石畳が敷き詰められていた。

硬い石はヒンヤリとしており、触り心地はザラザラとしていた。

そして町並みはどこかRPGを彷彿とさせるものだった。

夜も明けており、朝焼けの澄んだ空気は気持ちの良いものだった。

辺りにはこの少年以外には人は見当たらず、町は静寂を携えていた。

 

…端的に言って、気づけば山から知らない町にいた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

ポカンとした俺に、再び心配そうな顔をした少年が尋ねてくる。

俺は余りの情報量と、現実離れした(事態には結構慣れているが)状態に思考停止していた。

そしてただ困惑という感情のままに尋ねる。

 

 

「えーと…ここ、どこ?…ですか」

 

「ここ…?あぁ、ここは――」

 

 

一瞬怪訝そうな顔をした少年は、すぐパッと顔を輝かせると立ち上がって答えた。

 

 

「――ここは、迷宮都市オラリオ!世界で唯一迷宮のある街ですよ!」

 

 

そう言って彼はある方向を指さす。

釣られるように俺もそちらを見た。

 

…そこには「塔」が建っていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「迷宮…?」

 

 

もう何が何やらといった感じだが、少年は嬉しそうな顔をすると鼻息荒く続ける。

 

 

「その反応解ります!僕もここに来た時は右も左も解らなくて…やっぱり何も()()がない状態で冒険者になるのって凄い大変で、それに何より僕なんかは――」

 

 

…どうやら「冒険者」というのと勘違いされているらしい。

RPGぐらいでしか聞く事の無いその単語に、俺は更に困惑を極めた。

少年は何やらしゃべり続けており、俺は思考を整理する余地も無かった。

 

 

「ちょい待ち」

 

「はい?」

 

 

嬉しそうに語っていた少年を俺は手で制する。

少年が笑顔のまま振り返り止まると、少しだけだが俺は思考を整理する時間を得た。

 

 

(え、サバゲ?)

 

 

何かしらの秘境のテーマパークにでも迷い込んだのか、と常識(?)で考えればそうなるだろう。

しかし規模が大きすぎるし、迷い込んだはずの山のようなものは周囲に見えなかった。

 

 

(え、異世界?)

 

 

もはや現実では無い気がする。

やはりあの世なのか、それとも森に迷い込んだ拍子に最近妹の読んでいたラノベが如く異世界にでも迷い込んでしまったのかもしれない。

 

…中々に馬鹿にできない可能性だ。

 

俺はため息をつくと、片目だけ開けて尋ね直す。

 

 

「…それで、なんて?」

 

「ですから僕のファミリアにどうですか!?」

 

「…」

 

 

また知らない単語だ。

察するに「パーティー」のようなものだとは思うが、まだ情報量が足りない。

 

 

「あー少し考えても良いか?」

 

「はい」

 

 

…何だか誠実そうではある。

そのファミリアとやらに参加して、まずは情報収集をしてもいいのではないか?とも俺は思ったが、基本的に人に頼るというのは好きじゃなかった。

 

 

「…ちなみに名前は?」

 

「僕の名前はベル・クラネルと言います!…あなたは?」

 

 

髪色と目の色的にやはりと言った感じだが、日本人では無いらしい。

 

俺は内心ため息をつくと、自らの本名を告げた。

 

 

「両橋 夏目(りょうはし なつめ)…仲間からは略してリョナなんて呼ばれてたな」

 

「リョナさんですね!」

 

 

特に何の違和感も抱いていないらしく、少年は頭を下げた。

 

――ここで俺は向こうとは別世界だと判断する。

 

両橋とは向こうでは名の知れた名家であり企業であり、知らない人のいないほどの知名度を持っているのからだ。

だが同時に俺はその家の名前が嫌で、普段はほとんど本名を名乗ってはいなかった。

 

…しかし少年はそれに何の反応も示さず、ただの名前だと感じた。

たまたま少年が世間知らずという可能性もあるが、急にワープしたことや知らない単語からしてここは異世界という可能性の方が自分の中で高くなった。

 

――それになにより異世界など珍しくも何ともない。

 

 

「じゃあリョナさん!もしファミリアに入ることになったらぜひうちのヘスティア・ファミリアへ!それじゃ!」

 

「…あっ」

 

 

少年…ベル・クラネルが遠くに見えた塔の方角に向かって走り始める。

恐らく少年も冒険者で、冒険者はあの塔で「冒険」する…というのは何となく察しはつくが、システム的なことやもう少しこの世界についてのことを聞き出したかった。

…命を救ってもらった身で、がめついとは思うが。

 

俺は立ち上がると、伸びをする。

 

凝り固まった身体がぽきぽきと鳴り、だいぶ頭がすっきりとし始めた。

そして同時に――

 

…ぐー

 

――腹もなり始めた。

 

 

「腹減った…」

 

 

ひとまず何か食べれるモノを探そうと決めた俺は、何の目標も無く歩き始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

とはいえ、どこに向かえば良いかすら解らない。

随分朝早いらしく空気は澄み、人通りは無く、道沿いには何個もの店が並んでいるのは解るが人は立っている様子は無かった。

それに文字も解らず、店の看板に書いてあるものは判読不可能だった。…数字はあるようだが。

 

 

「はー…」

 

 

相変わらずゴギュルルと腹の虫は鳴き続けている。

その度に耐えがたい苦痛が俺を襲い、身をくの字に折り曲げそうになった。

 

俺は腹を自らの手で抑えながら、まるで浮浪者のようによろよろと石畳の道を歩いていた。

 

 

「あー…ここが迷宮か」

 

 

そして気がつけばかなり大きな広場についていた。

噴水のある広場には先程までかは何人かの人間が見え、往来が見えた。

 

 

その人間達は噴水広場の奥にある建物、ひいてはその上にある塔の中に入っていく。

 

 

「いやでもなぁ…」

 

 

そもそも冒険者が職業なのかすら怪しい。

実は道楽であって、金は貰える職業では無いのかもしれない。

 

――現在の目標は金だ。

 

いや厳密に言えば腹を満たす事なのだが、そのためには食べるものを買わねばならず、やはりそのためには金が必要だろう。

そして日本円はそもそも使えないだろうし、そもそも持っていなかった。

 

なので恐らく職業である冒険者になり、金を稼ごうというのが現在の目標だ。

…とはいえ、そんな急になれるものかと普段ならば考えるだろうが、空腹で余裕の無い俺にそんな思考の余地は無かった。

 

まぁ何はともあれ人はいるのだから、追いはぎするなり尋ねるなりはできるだろう。

 

 

俺はよろよろと噴水の前を横切ると、その建物に近づく。

 

 

「…」

 

 

巨大な塔は見上げるほどに高く、横幅もあった。

 

 

「あ、でも喉乾いたな…」

 

 

そういえば水も飲んでいない。

あのベルクラネル君には食べ物を恵んでもらいはしたが、喉を潤す術はくれなかった。

 

噴水の水を反射した光が、目に入る。

 

…町の噴水などというのはあまり綺麗では無いだろうが、多少ならば問題ないだろう。

 

俺はよろよろと倒れ込むようにして噴水の縁石に倒れ込む。

そして冷たい噴水の水に手を入れると、まずはバシャバシャと顔に水をかけた。

 

 

「はー…」

 

 

だいぶ心地よい。

汚れを取り除くのは動物としての基本原理であり、身だしなみを直すというのは猿でも行っている事だ。

 

俺はブルブルと顔を振ると、服の袖で顔を拭う。

そして次は手で水をすくうと、喉を鳴らして飲み干した。

 

 

「うま…」

 

 

乾いた大地に染みわたるように、水は喉の飢えを癒すと俺の気分をだいぶ楽にした。

そして空腹が最高のスパイスのように、乾ききった喉は至福を俺に与えた。

 

…俺はまるで犬のように噴水の水を直接飲み始めた。

 

 

「あの…?」

 

 

いやしかし美味い。

若干土の味こそすれ癒しとは極限状態だからこそ楽しめるものだとすら感じられる。

こんどは獲物に極限状態を味あわせてから癒しを与え、そこで殺すというのもいいのかもしれない。

あるいは「癒し」と「家族」何かを選択させても――

 

 

「あの!」

 

「あ?」

 

 

何やら声をかけられていた。

見れば噴水の水はもうほとんどつきかけており、底が見え始めていた。

 

 

「お腹壊しますよ!?」

 

 

そして気づけば俺の隣には眼鏡をかけた女が立っていた。

耳が異様に尖っており、その服装はどこかスーツを連想させた。

 

 

「あー…自分胃が凄い強いってのと、そうしなければいけない理由がございましてー」

 

 

どちらも嘘では無い。

胃は誇れるほど強いし、そうしなければ喉の渇きで死んでしまうだろう。

 

というのを身振り手振り真顔で説明しながら、立ち上がる。

 

見れば周りには野次馬…という程では無いが冒険者が何人か立ち止まってこっちを見ており、噴水の水を飲み干す俺を見ていたらしい。

 

…そして若干毛色は違うがその中の人が心配して声をかけてきたということだろうか?

 

俺の身長の高さにその人は一瞬驚いたようだが、気丈な顔に戻ると責め立てるように俺に食って掛かった。

 

 

「…確かに噴水の水を飲んではいけないなんて決まりはないですが!あなたも冒険者なら自分の健康ぐらい…いやそもそも常識として」

 

 

真面目な人らしい。

そもそも噴水の水など飲まないという前提に気づいたようだ。

 

俺は肩を竦めると、反論した。

 

 

「いや喉が渇いて仕方なかったんだって…それにそもそも冒険者じゃないしな」

 

「はぁ…?…それに冒険者じゃないって…」

 

 

彼女は驚いたような顔をする。

…そんなに冒険者のような恰好をしているだろうか?

黒いコートにTシャツ、ジーンズという格好は確かにこの世界では珍しいだろうが、所謂甲冑のような冒険者の格好では無い気がする。

 

 

「…ご職業は何を?」

 

「現在無職。というかそんなに冒険者に見えるのか、この恰好?」

 

「…えぇ、名を上げるためにそういう奇抜な格好をする冒険者はたまにいますので…」

 

 

まぁ…不可抗力という奴だった。

俺は内心溜息をつくと、困惑した様子で何かしら考えている彼女に声をかけた。

 

 

「なぁ、冒険者ってどうなったらなれんの?」

 

「へ?…まずは神の恩恵を受ける為にファミリアに入って、ギルドで登録すれば…」

 

「はぁ!?」

 

 

思わず「神」という単語に、いや「神の恩恵」という言葉に素っ頓狂な声をあげてしまう。

…しかしそもそもこの世界の神と、もといた世界の神では意味合いが違うのかもしれないと自分を諫めると、息を吐いて落ち着いた。

 

 

「え、つまり冒険者になるためにはファミリアに入る事が絶対条件?」

 

「はい、私達人にはモンスターと戦う力はありませんので。そんな危険な行為をギルドは認める訳にはいきません」

 

 

ギルド、というまた新しい単語が飛び出す。

俺はあえてそれを考えないようにすると、次の質問をした。

 

 

「ちなみに冒険者はどこから金を貰えるんだ?」

 

「…あぁ、モンスターを倒した時に出る魔石をギルドにある換金所に持って行けばその量と質によって報奨金を出します…それが冒険者の主な収入源です」

 

「モンスター…魔石…」

 

 

その二つの単語は考えずとも意味ぐらいは解る。

迷宮なのだから魔物ぐらいいるだろうし、殺せば何かしら価値のある者がドロップするだろう。

 

 

「…ということは冒険者志望の方ですか?確かに体格などは良いですし、よければギルドの方で求人を出しているファミリアをお探ししましょうか?」

 

「ん…」

 

 

親切な人だ。

ファミリア、というのがいまいちよく解らないが冒険者になるためにはそれが必要らしい。

そしてそれを紹介してくれるらしい。

 

だが問題は――今すぐにでも金を手に入れて、物を口にしないと死ぬという事。

 

 

「あー…ヘスティアファミリアって知ってる?」

 

「え…あぁ…はいそれはもう」

 

 

どこか遠い目をした彼女に俺は嘘をつく。

 

 

「実はそこに入ってて…」

 

「え!?」

 

 

勿論入ってすらいないし、詳しくもない。

しかしすぐにダンジョンに入る為には、知っているファミリアの名前を借りるしか無かった。

 

 

「あーじゃああれが冒険者登録だったんですねー知らないでサインしてましたー」

 

「…」

 

 

彼女はどこか怪訝そうな顔をしている。

…勿論知識が無い状態での嘘など、嘘くさいに決まっているだろう。

それを判断することさえできない俺は、()()()

 

 

「じゃあ俺これから迷宮行くんでな!」

 

「ちょっと、待って!――あぁ、行っちゃった…」

 

 

俺は塔に向かって走り始める。

その下には大きな口が開いており冒険者達はこぞってその下に、その更に下を目指して歩みを進めていた。

 

そして腹を空かせた殺人鬼も、迷宮に一歩を踏み出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

迷宮の中は水晶で十分に照らされていた。

どこか洞窟を彷彿とさせる場所ではあるが天井はそれなりに高く、閉所での息苦しさなどは無かった。

 

 

「腹…減った…」

 

 

噴水の水を大量に飲んだ為、空腹は一時的にはしのげたが、やはり栄養が圧倒的に足りない。

…かなりふらつきがきていた。

 

 

「うー…」

 

 

俺は唸りながら歩く。

空腹を癒す術を探しながら。

 

 

「…」

 

 

視界がまた揺らぎ始めた。

前後不覚になり、世界のなにもかもが霞み始める。

身体が脱力を始め、左右にぶれ始めた。その様はどこか幽鬼のようであり、まさしく殺人鬼のそれだった。

 

 

「…なぁ聞いたか、あの話…」

 

「…何だ?…」

 

 

その時遠くから声が聞こえた。

俺は少し活力が湧くと、睨むようにそちらを見る。

 

…するとそこには四人組の男たちが歩いていた。

歩き始めてからはや二十分、だいぶ人は少なくなってきたと思っていたが、偶然にもパーティに巡り合えたらしい。

 

 

「…何でも噴水広場の噴水を飲んでる変な格好した男がいたらしいぜ?…」

 

「…はぁ?いくら目立ちたいからってそこまでするかね普通…」

 

「…まぁギルドのねぇちゃんが声かけてたらから問題ないとは思うが…」

 

 

耳も遠くなったらしい、彼らの話す言葉を俺は理解することは出来なかった。

しかしそんなことは余り関係が無い。

 

恐らく彼らはバックパックを背負っている辺り、食料や水なんかを持ち込んできているはずだ。

快楽以外の殺人はあまり好きでは無いが、こちらも生きる為だ…ダンジョンで人が死んだところで誰も気に留めないだろう。

 

俺は腰に付けてあったグローブを手探りで外すと、自らの手に付けた。

そして指を曲げ、()()()()()()を軽く出し入れすると、自虐的に微笑み、いつも通りの口上を述べた。

 

 

「神よ…今あなたの眷属を殺します」

 

 

 

・・・

 

 

 

「何だお前…ギャア!?」

 

「ローレン!?クソ!」

 

 

獲物は四匹…いや今は三匹。

完全に不意をついた俺は一人の首を刎ねた。

…世界は変わっても人間の柔らかさと、俺のグローブに収納されたワイヤーの鋭さは変わらないらしい。

いとも簡単にかかったワイヤーは、一番後ろを歩いていた人間の首を落としていた。

 

しかし一人を殺したことで、他三人が臨戦態勢になってしまう。

 

斧を構えたのが一人。剣を構えたのが一人。特に大きなバッグを背負い、クロスボウを構えたのが一人の計三人が臨戦態勢に入る。

全員困惑と焦りの表情を浮かべてはいたが、その目に闘志は宿っており、俺を殺すことに躊躇いは無さそうだった。

 

 

「…いいね」

 

 

皆殺しが目的の俺としては面倒くさいと言えばそうだが、殺し合いというのもそれなりに高揚感がある。

それに万全の状態でない俺は、殺されてしまうかもしれなかった。

 

俺は少し微笑むと、ふらりと前に倒れ込むように歩き始める。

 

そして体を左右に揺らしながら、右手のワイヤーを射出した。

 

 

それぞれの指の関節部に入れてあるワイヤーが勢いよく飛び出し、斧を構えた男に向かう。

 

 

ワイヤーの先には鋭い返しの付いた棘がついており、そのままの勢いで行けば男に突き刺さり激痛を与えるだろう。

一般人の目ではとても視認できないそれは確実に男の両目、喉、心臓を狙っておりいくら甲冑を身に着けているとはいえ傷つきそうだった。

 

男は驚愕の表情を浮かべ――斧をうまく使ってワイヤーを跳ね除けた。

 

 

「おお」

 

 

短い金属音が断続的に四つ響く。

男は斧を回すようにして確実に急所を狙ったワイヤー四本を全て弾いていた。

 

 

「だけど一本足りねぇよな」

 

「ぐっ…」

 

 

男の心臓のある場所から少しずれた位置から血が滲み始める。

五本あったワイヤーの内の一本が俺のグローブから男の胸に続いていた。

俺は拳を握り締め、弛緩した糸を張り詰めるように伸ばすと、走り始める。

 

 

「ぐあああっ…!?」

 

 

ワイヤーの位置が動く。

するとそれに合わせるように男の身体は横に切れ始めた。

まるで甲冑などないかのようにスルスルと動くそれは男の胸を裂くと、血を噴出させた。

 

 

「仕上げだ」

 

 

俺は男の横を通り抜けると、拳を振るかのようにして空を殴る。

それに合わせてワイヤーが伸縮し、男の身体を完全に両断した。

…別たれた男の上半身がボトリと地面に落ち、構えていた斧がカランと音を立てながら転がった。

 

 

「…割とやるんだな」

 

 

これが神の恩恵とやらなのだろうか?

一般人なら今の攻撃には対応できていないだろうし、五本すべて当たれば急所を抉り、最大の苦痛を与えながら男の身体をバラバラに切断することが出来ただろう。

 

 

「ふーん…」

 

「コイツ!」

 

 

素直に感心して、立ち止まってしまっていた。

そんなところを剣を構えていた男が斬りかかってくる。

 

しかし剣の男は仲間が一瞬で裂かれたことに恐怖したのか、震えており、明らかにその剣筋は揺れていた。

とはいえ疾いそれを俺は――左手で握り締めた。

 

 

「なっ…!?」

 

 

金属製のグローブは剣を受け止めており、金属と金属のぶつかり合うガキィンという不快音が辺りに響き渡った。

 

 

「はっ…」

 

 

俺は鼻で笑い、未だ斧の男の身体に刺さっていた棘を片手間に引き抜くと、巻き取り式のワイヤーがギュルルルと回り、棘が俺の拳に戻ってくる。

 

そしてそのままの勢いで男の首を殴りつけた。

 

 

「カハッ…」

 

 

棘が半分出た状態のグローブは男の首を貫通すると、気管に穴を開けた。

俺が拳を引くと血が噴き出す。

 

 

「――!?」

 

 

だが風切り音を聞いた俺は、剣の男の首を左手で掴んだ。

そしてクロスボウを構えていた奴の方に向けた。

 

 

「アッ…カッ…ハッ…」

 

「嘘だろ…!?」

 

 

盾にされた男の背中に三本の矢が突き刺さる。

そして同時に衝撃と、血煙が上がった。

 

 

「飛び道具か…」

 

 

俺も飛び道具兼近接武器を扱ってはいるが、やはり対峙した時こそその危険性を再確認できる。

 

 

俺は手に持った死体の脇からクロスボウの男の方に右手を伸ばす。

 

 

そして手首を身体とは反対側に折る。

するとガコンという音を立てて、グローブの手首から中指程の大きさもある巨大な針が射出された。

 

…クロスボウの男は斧の男ほど反射神経は良くなかったらしい。

 

何の対応も出来ない男の脳天に針が突き刺さると、男は白目を剥いて前に倒れ込んだ。

 

 

――そこには四人の死体と、俺だけがいた。

 

 

「ふぅ」

 

 

俺はため息をつくと、左手に持っていた死体を投げ捨てる。

既に絶命していた身体は力なく地面に転がった。

 

 

「うっ…」

 

 

今の動きで大分カロリーを消費したらしい。

先程よりも酷いめまいが俺を襲い、空腹が俺の胃を責め立てるように締め付けた。

俺はとりあえず自らの身体に殺人の痕跡が残っていないかを確認すると、クロスボウの男の方に近づく。

そして頭を動かすと、額に深々と刺さった針を引き抜いた。

 

 

「よっ…と」

 

 

それから男の身体から、バックパックをはぎ取る。

この男だけバックパックが大きかったのを鑑みるに、荷物運びの役割を担っているのだと考えられた。

 

俺は奪ったバックパックを地面に立てると、蓋をあけ、その中身を雑に地面にぶちまけた。

 

 

「…おっ、これか」

 

 

中身は良く解らない物が多かったが、その中に明らかに弁当のような四角形の包みが四つ、重ねるように置いてあった。

俺は試しにその中の一つを開いてみる。

 

 

「おぉ…」

 

 

中身は結構幕の内弁当に近い感じだった。

だが明らかに精の付くものが多く入っており、肉体労働者に好かれそうな素材が多く入れられていた。

 

俺は涎が溢れ出るのを感じながら、すぐにそれの蓋を閉じた。

 

流石に今この状態で、殺人者だとばれるのは辛い。

痕跡は残っていないので俺がやったという事がばれる事は無いだろう。

しかしここで呑気に弁当に食べていれば、疑われてしまうのは必然だ。

 

俺は残り三つの弁当を重ね持つと、早々と立ち去ったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

かなり遠くまで来た。

歩いたのもそうだが、何個か縦穴のようなものを降り、だいぶあの四つの死体からは全くの無関係の位置にこれたんじゃないだろうか。

…というか正直俺の空腹は限界を超えており、これ以上歩けそうもなかった。

 

 

「ここでいいか」

 

 

腰ほどの高さのある丁度いい窪みを見つけた俺は、そこに腰かけると足元に弁当を三個置いた。

そして手に残った弁当の蓋を開けた。

 

 

「ふぅ…いただきます」

 

 

俺は膝の上に弁当を置くと、合掌する。

そして涎が垂れるより早く、蓋の裏に挟んであった木箸をパチンと開くと、弁当の中身を掴んで口の中に放り入れた。

 

 

「…は」

 

 

短い間隔で息継ぎを繰り返すと、ガツガツと弁当の中身を喰らう。

凄い勢いで弁当の中身が減っていき、三十秒ほどで空になった。

 

 

「…次!」

 

 

俺は空になった弁当箱を投げ捨てると同時に足元に重なった弁当箱の中身をひっ掴んだ。

そして蓋を開くとまた口の中にかき込み始める。

 

同じ味というのは気に入らないが、空腹の俺には満足だった。

 

 

俺は二つ目も同じように喰らい終えると、箱を跳ね、また次の弁当箱に手を伸ばす。

 

 

「ふー…」

 

 

三個目を食べ、若干息を吐き出すと、俺は四個目に手を付ける。

そして流れ作業の如く、胃に詰め込んでいった。

 

 

「はー…」

 

 

胃が大体四分の一くらい満たされた俺は、ひとまず満足感で満たされ、両手を窪みにつけた。

そしてクリスタルに青く照らされた天井を仰ぐと、息をついた。

 

…思えばこの世界に来てから空腹で落ち着くという事が無く、半分とはいえ満足したことで初めて思考が冴えてきたような気がした。

余韻に浸るのもいいが、いい加減ここがどこなのか何故ここにいるのかみたいな事を考え始めた方が良いような気がした。

 

 

「コシュ―…」

 

 

だが考えている暇はないようだった。

 

目の前に「モンスター」が現れる。

 

下膨れした腹、灰色の肌、ぎょろっとした瞳、額から生えた角、人間ではない低い背丈。

 

 

…それは所謂「ゴブリン」という奴だった。

 

 

通路の角から現れたそいつは俺を見つけると、俺を睨み始めた。

そして唸りながら石の棍棒を構えると、にじり寄るようにこちらに歩き始めた。

しかしどこかその動きには余裕があるように感じられ、自らが死ぬとは微塵も考えていないようだった。

…確かに俺は武器らしい武器は持っていないので、そう見えたのかもしれない。

 

俺は軽く見られたものだと溜息をつくと、右手をにじり寄ってくるゴブリンに向ける。

そして関節を曲げると、金属グローブの関節部からワイヤーを射出した。

 

五本のワイヤーはもれなくゴブリンの身体に突き刺さり、ゴブリンが苦悶の表情を浮かべる。

そして数秒苦しんだ後、何か綺麗な石を落として消えた。

…食後はあまり動きたくない俺だが、地面に落ちたそれに興味が湧く。

 

俺は拳を握り締めワイヤーを巻きとると、立ち上がった。

 

 

「これが…魔石か?」

 

 

そしてゴブリンが死んだ辺りに近づき屈むと、紫色をした水晶のような石を拾い上げる。

その石は内側から妖しく光っており、何だか引き込まれそうな芸術的価値のありそうな灯を抱いていた。

これがあの醜いゴブリンの内側から出てきたと思うと少し複雑だが、これだけ見れば綺麗で、何だかお金に換金してしまうのはもったいない気さえしてきた。

しかし今食べた弁当だけでは恐らく明日の朝まで持たないだろう。

 

何個で何円なのかも解らない以上、できるだけ多く、できるだけ…まぁ見ても解らないが質の良い魔石を集めなければならない。

…今晩の夕食のために。

 

 

「コシュ―…」

 

 

そして見ればまた新しいゴブリンが通路の先でこちらを睨みつけていた。

…それも群れ単位で。

 

 

「…まぁ食後の運動程度にはなるかな?」

 

 

俺は両手から全てのワイヤーを垂らすと、地面に触れされる。

そして犬のように前傾姿勢をとると、ゴブリンの群れに向かって走り始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

――何だか身体が軽い。

 

ワイヤーで引っかけた巨大なアリのようなモンスターの首を刎ねると、ボールのように他のアリに蹴りつけて牽制する。

 

――それに何だか、最高の「切り裂き具合(げいじゅつひん)」に出会った時が如く、気分も高揚していた。

 

蟻が数匹集団で飛びかかり、噛もうとしてくる。

退路が無いその攻撃を、俺は逆に全方位の空間をワイヤーで斬りつける事で回避した。

 

――切れ味も良くなってるか?

 

巨大アリの群れに完全に囲まれているとはいえ全く負ける気のしない俺は、笑いながらワイヤーを振るい続ける。

ワイヤーが刺さり、剣戟のように動くその度にアリの体液が飛び散り、魔石が地面に落ちた。

 

 

「あーでも流石にか?」

 

 

グルルと腹が鳴る。

戦い始めてからはや10時間以上、移動しながら戦い続けていた俺は、敵を斬り続けていた。

最初の頃は弱いゴブリンだけだったのが、何だかトカゲのような奴やカエルみたいなやつに変わっていき、人型の影のような一群を裂いた後は気づけばここにおり、巨大なアリに囲まれていた。

身体が軽いのはそうだが、敵を殺す度に魔石を拾っていたので魔石を入れているコートはずっしりと重く、ポケットははちきれんばかりにパンパンになっていた。

 

それに何より腹が減った。

 

 

「キィィィ!!」

 

「はい、邪魔!」

 

 

思考の為に止まった俺の動きを見てか、アリの一匹が飛びかかってくる。

完全に背後からの動きを俺は()()()()()()ワイヤーの一つに蹴り飛ばして一刀両断にする。

そして空中で分解したそいつの魔石をキャッチした。

 

 

「う…」

 

 

そして気がついた。

 

腹が減ったところでは無い。

切り続ける事の高揚感で空腹が大分薄れてしまっていたらしく、気づけば俺は全体量の10分の一ほどのエネルギー量しか蓄えていなかった。

もしこのまま戦い続ければ(ではあるが)確実に死ねる。

 

 

「…えーと、それじゃ!」

 

「キィィィ!!」

 

 

俺は設置してあったワイヤーを強引に引き抜くと、丁度アリのいない出口に向かって走り始める。

そしてそれに合わせるかのようにアリの群れも、それぞれがガチガチと牙を鳴らしながら追いかけ始めた。

 

…俺と仲間の復讐に燃えるアリのレースが始まったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ぜー…ぜー…」

 

 

結局アリの群れから逃げ切れた俺だったが、もう戦えないというのに階層ごとに様々なモンスターの群れにぶつかった。

そして何の恨みがあるのかその全てが追いかけてきて、休む暇などなく、あのアリの群れから迷宮の出入り口まで全力疾走で駆け抜けてきたのだった。

 

走るのと歩くのとではカロリー消費量はそこまで変わらないが、純粋な体力がかなり削られており、俺はだらだらと汗を流しながら、出入り口の柱に手をついて息を整えていた。

 

空を見ればもう夕暮れに染まっており、出入り口前の噴水広場も朝とは比べ物にならない程賑わっていた。

それに出入り口から帰ってきた冒険者がぞろぞろと歩いており、一度噴水広場を経由してから町の方々に向かっているようだった。

やはりパーティを組んでいる冒険者は多く、楽し気に会話する塊が多かった。

 

 

「はあ…はー…」

 

 

大分息の整った俺はその場に座り込みたい欲求を排し、振り返ると、歩き始めた。

…しかし疲労と空腹でかその歩みは朝の極限状態よりもフラフラとしたものになり、首もすわらなかった。

そして同時に行きとは比べもにならない程薄汚れた服と相まってか、もはや自分が化け物のようだった。

それは道いく冒険者の何人かは見ており…主に好奇の視線に晒されているようだった。

 

 

(あ、やば)

 

 

そして自分が思うより早く限界は近かったらしい。

視界がチカチカと点滅すると、途端に足が抜けた。

ガクンと首が揺れると、俺はそのまま地面に――

 

 

「…大丈夫、ですか?」

 

 

――しかしそんな俺の身体を支えてくれる人がいた。

 

何やら良い匂いと、柔らかい感触が俺の身体を下から支えていた。

俺は久しいその感触に驚くと、目を見開いて、見下ろす。

 

綺麗な金髪をした女が俺の身体を支え、無感情な瞳で俺の事を見上げていた。

 

しかし俺よりも小柄な彼女に俺の巨体を支え続けさせるわけにはいかない。

俺は死力を振り絞ると地面に片足を突き刺し、自らの身体を自らで支える。

 

 

「あぁすまない。少し足がもつれたんだ」

 

「…そう」

 

 

俺から身体を離し、舌を動かすのも辛く謝ると、年下に見える女は頷いた。

そして一瞬まだつけていた俺のグローブを凝視した後、顔を上げた。

 

 

「おーいアイズた~ん!行くで~!?」

 

「あ、私行かないと…それじゃあ」

 

 

かなり遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえ、彼女はそれに反応する。

青と白の鎧を纏った彼女はこちらに軽く手を振ると、無表情に去って行った。

 

残された俺は肩の力を抜くと、美しくも可憐に歩いていく彼女の背中を眺めながらこんなことを思っていた。

 

 

――殺したい、と。

 

 

 

・・・

 

 

 

「あぁここか…」

 

 

あの金髪女に助けられた俺はそのまま何とか戻した身体のバランスを維持し、ギルドなる場所に向かっていた。

とはいえ迷宮の出入り口から近く、多くの冒険者が向かっていたギルドを見つけるのは容易かった。

 

 

「う…ふん!」

 

 

少しの段差ですらきついが俺は何とかそれを乗り越えるとギルドの中に入る。

 

中には何個かの受付のような場所とソファー、スーツのような恰好をした人たちと、冒険者たちがいた。

そしてその冒険者の多くが列になって受付の左にある窓付きのカウンターに魔石を入れ、金貨のような物を受け取っていた。

 

 

(あそこで換金できんのか…)

 

 

システムを理解した俺はとりあえず3列あるうちの一つに並ぶ。

だいぶ長い列ではあったが、交換率は早く列はすぐに進んだ。

 

 

「えー…」

 

 

そして俺の順番になる。

俺は引き出しのようなそれに、まずはポケットにぎっしり詰めてあった魔石を全部入れた。

そして次に靴、グローブ、ジーンズ、内ポケットというように詰め込んであった魔石を取り出していき、気づけば箱一杯、いやそれ以上に山盛りになった量の魔石がそこには詰まっていた。

 

 

「す、少しお待ちを…!」

 

 

それを見た窓の向こうの職員は慌てたように立ち上がると、足早にどこかに行ってしまった。

 

 

「おお!?兄ちゃんスゲー量持ってきたな!!」

 

「…え?あー…はい」

 

 

そしてその山盛りになった箱を見て、後ろで見ていた中年冒険者が驚いたような顔をして騒ぎ立てる。それは更に後ろの列に伝わり、ざわめきが広がり始めた。

そしてそのパンパンになった引き出しを見ようと、それぞれが身体を列から出し始めた。

 

少し面倒だなと俺がうんざりし始めたところで、先程の職員が何かの袋を持って帰ってきた。

 

 

「大変長らくお待たせしました。こちら十万と五千ヴァリスです…!」

 

「十万ヴァリス!?」

 

 

またも後ろの中年冒険者が素っ頓狂な叫び声をあげる。

そしてそれも口々に後ろに伝わっていき、俺には驚きと称賛の視線が集まりつつあった。

 

 

「チッ…!」

 

 

俺は舌打ちをして職員の置いた袋を掴むと、内ポケットに強引に押し込みその場を去るべく歩き始めた。

 

 

(飯屋の場所聞こうと思ったのに!)

 

 

土地勘の無い俺が一人で動くより、誰かに聞いた方が早い。

と思ったが、今俺は何故か好奇の視線に晒されており、恐らく大金を持っている事を知られている。そうなればたかられるのが世の常だ。

俺は姿を覚えられないように動き始めると、顔を隠しながらギルドの出口に向かった。

 

幸い人目のあるここではなのか誰も手を出しては来ず、そのまま外に出る事が出来た。

 

 

「ふぅ…だけどどうしたもんか…」

 

 

抜け出せたは良いが、ここからどう動くかの指標は無い。

ひとまず飯屋に入って何かを口にしなければ死んでしまうだろうが、その飯屋が具体的にどこにあるのか冷静でない俺には解らなかった。

 

しかしこれだけ人がいる町だ。

 

飯屋など歩けばどこにでも見つかるだろう。

もはや今動き出さなければ死にそうだと直感した俺は歩み出そうと――

 

 

「待って」

 

 

――俺のコートを誰かが引き留めた。

 

 

(女?)

 

 

俺が振り返るとそこには朝、噴水広場に居た時に声をかけてきた女が少し息を切らしながら、俺のコートの裾を力強く握っていた。

俺は見下ろすようにその茶髪の女を眺めると、女が息を整えるのを待った。

 

 

「…何の用だ?」

 

 

そして大分彼女が落ち着いたところで声をかけた。

彼女は顔を上げるとコートから手を離し、背筋を正す。

そして真っすぐとこちらを見ると、強めに、小声で、責め立てるように言った。

 

 

「…あなた、冒険者じゃないですよね?」

 

「あぁそうだが?」

 

「…そんな、あっさり…!?」

 

 

彼女の言葉を肯定すると、彼女は少し眉をひそめた。

そして彼女が次の言葉を言うより早く、俺は腹を抑えて提案する。

 

 

「悪いが今ここで質問されても困る。何か飯屋にでも入ってゆっくり話さないか?」

 

「…なぜ?」

 

「腹が減って死にそうだ」

 

 

そう言うとそれに反応するかのように腹の虫がゴギュルルと怪音を立てる。

女はそれにぎょっとしたような顔を見せると、すぐ平静を取り戻し、チラリと自分の服を見た。

 

 

「だけど私、まだギルドの制服だし…」

 

「じゃあ店を指定しろ、着替えてくる合間先行って食ってる」

 

「…逃げない保証は?」

 

「言っておくが腹が減りすぎて逃げ出す力なんてない」

 

 

女は俺の疲れ切った顔を見て、ひとまず納得したようだ。

そして少し考えた後、目の届く範囲にはある一つの店を指さした。

 

 

「豊穣の女主人、あそこで待っていて」

 

「あいよ」

 

 

俺は彼女に背を向けるとその「豊穣の女主人」とやらに歩き始める。

そしてその後ろをあの女が走り去って行った。

 

 

 

・・・

 

 

 

「一名様ご来店にゃー!」

 

「あー後から一人来る」

 

「これは失礼しましたにゃ!」

 

 

猫耳と尻尾の生えたウェイトレスが元気よく出迎えてくれる。

俺はマジで限界が近い事を悟りながら、フラフラと案内されたテーブルに向かった。

四人用の席に着いた俺はひとまずグローブを外し、腰につけ、内ポケットから金の入った袋を取り出すと机の上に置いた。

そして疲れで席で死んだようにだらけた。

 

 

「どうぞ」

 

 

ウェイトレスの一人――薄緑色の髪をした少し眼光の鋭い女が水の注がれたグラスを机の上に置く。

俺はそれをだらりと掴むと、流し込むように飲み干した。

女は少し目を細めると空になったグラスに、水差しから水を注いでくれた。

 

 

「ご注文お決まりでしたらお呼びください」

 

 

そして動かなくなった俺を見て立ち去ろうとする。

 

 

「あーちょい待ち」

 

「はい?」

 

 

しかし文字が読めない。

テーブルに備え付けのメニュー票には恐らくこの世界の言語が書いておりいくつもの料理があるのは解るのだが、内容は解らなかった。

 

 

「何かオススメとかある?」

 

「…はい、でしたら」

 

 

我ながら良い作戦だと思う。

文字は解らないが言語は解るのだから、言葉で聞いたら何となくのニュアンスで解るだろう。

 

 

「こちらの山椒と魚のスパゲティなどいかがでしょう」

 

「あー…じゃあそれで」

 

 

味が合うのかは解らないが、この際腹に入ればそれでいい。

俺はウェイトレスが指さしたメニュー票のそれに頷いた。

 

 

「かしこまりました、暫くお待ちください」

 

 

そしてお辞儀をしたウェイトレスは今度こそ立ち去った。

…割と良い女だったのだが、空腹と疲れで視界が霞み始めていた俺はそれに気がつかなかった。

 

俺は木張りの椅子にもたれかかると瞳を閉じてため息を吐いた。

 

 

(十万は流石に大きいだろ…)

 

 

日本円感覚では十万は日当で考えれば大金だ。

とはいえ物価が解らない為なんとも言えないが。

 

…まぁ最悪あの女に奢らせでもすればいいのだ。

 

 

「お待たせしました」

 

 

何てことをぼんやりと考えていると、大分早く先程のウェイトレスの女が手に皿を持ってやってきた。

その皿の上には大量の麺と魚介類、そしてかけられたホワイトソースと大量の山椒が彩を添えていた。

一般的に考えれば結構な量があるそれを女ウェイトレスは片手で軽々と運び、俺の机に置いた。

 

…良い匂いがふわりと広がる。

 

俺は涎が垂れそうになるのを必死に耐えながら、彼女が皿を机の上に置き終わるのを待つ。

そして同時に置かれるフォークを恭しく眺めていた。

 

 

「…ところで」

 

「あ?」

 

 

そして彼女が全てを置き終わり、俺がフォークを掴んだところで、ウェイトレスの方から喋りかけてきた。

正直早く食べ始めたい俺は、少し殺意のこもった視線を彼女に向けた。

…しかし彼女はそれに一切それに動じることなく、鋭い眼光のまま尋ねる。

 

 

「お代は確かに出せますでしょうか?」

 

「いくら?」

 

「…900ヴァリスです」

 

「そんなもんか、ほれ」

 

 

俺は少しイライラとしながらも、机の上に置いていた大金の入った袋の口を開いて見せた。

ウェイトレスはチラリとそれを見ると、頭を下げる。

 

 

「失礼な事を尋ね、誠に申し訳ございません」

 

「あーいいから」

 

 

そう言ってヒラヒラと手を動かすとウェイトレスは下がる。

…何だかだいぶ失礼なことを尋ねられていた気がするが、俺にはそんなことはどうでも良かった。

 

 

(やっとか…)

 

 

俺はやっと「もの」を食える喜びに、内心泣きながらフォークを握り締める。

そして震える手で麺を巻き取ると…口にいれた。

 

――食べ物でも理性が吹っ飛ぶことはある。

 

 

 

・・・

 

 

 

私はギルド制服からの私服に着替えると、家を出た。

そして不安な気持ちに囚われながら、豊穣の女主人に向かう。

 

 

(あの男は…)

 

 

不安の原因は一人の男だ。

 

…最初見た時からおかしな男だった。

彼はその長身を折り曲げるようにして、まるで犬のように噴水の水を飲んでいた。

頭がおかしいのかと思った私だったが、何にせよそんな迷惑行為をするようなら注意喚起をしようと思った。

 

だが声をかけた男は…何というか悪い人間には見えなかった。

…むしろ好感が持てる程だ。

 

しかし言葉を交わすうち、男は異常だという事に気がついた。

 

 

――何も知らなさすぎる。

 

 

それこそ生まれたての赤子のように、この町の事を知らないのだ。

 

…だが、だというのに冒険者だと言い張り、ファミリアに所属しているとまで言った。

恐らくそれは嘘だ。男には迷宮に行きたいという思惑が見え隠れしていたし、神の恩恵も受け取ってすらいないように見えた。

 

しかしそれならば腑に落ちない事がある。

 

だがそれならば何故――?

 

 

「いらっしゃいませにゃー!」

 

「へっ…!?」

 

 

気づけば私は豊穣の女主人に辿り着いていた。

そして顔だけは知っているが会話のしたことの無いキャットピープルのウェイトレスの大声は、思考していた私に寝耳に水だった。

 

 

「おひとり様ですかにゃー?」

 

「…あ、いえ、待ち合わせをしているんですが」

 

「はっ、じゃああのお客さんですかにゃ!?」

 

 

何だか興奮気味な猫ウェイトレスはとあるテーブルを指さす。

 

 

「!?」

 

 

皿が山のように重なり合っていた。

十枚の大皿が重なり、その山が机の上に所狭しと並び、食後であるという証拠である汚れがついていた。

…その皿の山の中心で、あの男が貪るように皿に盛られた料理を喰らっている。

 

そして周りの席からはヤジが飛び、それを肴に盛り上がっているようだった。

 

 

「あのお客様凄いにゃ!一人でもう四万ヴァリス分くらい食べてるにゃ!」

 

「ええー…?」

 

金額もそうだが、皿の数も規格外だ。

私は少し唖然とすると息を吐き出す。

 

 

「おい、エイナ」

 

「あっミアかあ…じゃなくてミアさん。ご無沙汰しております」

 

「なんだいその堅苦しい挨拶は。ミア母さんでも構いやしないよアタシは」

 

 

厨房に立っているミア母さんに声をかけられる。

そういえば久しく顔を見せていない私はぺこりと頭を下げると、自然と笑みを漏らした。

 

…ミア母さんも若干笑みを浮かべる、がすぐ顔をしかめるとちょいちょいと手招きをする。

 

私もそれに釣られるように少し不安な気持ちになると、内緒話をするときのようにカウンターに近づいた。

そして小声で会話を交わす。

 

 

「…なぁエイナ」

 

「何でしょうか?」

 

「あの男…つまりはアンタの連れだろ?」

 

「…えぇ…まぁそういうことになりますね」

 

 

私がため息まじりに返答すると、ミア母さんは少し凄みのある声で更に尋ねた。

 

 

「何者なんだい、あれは?」

 

「なんでしょうね…?」

 

「…知らないのに連れなのか…まさかアンタ」

 

「いえ、別に脅迫されてるとかではないのですが…」

 

 

そこまで言うと、ミア母さんは目を閉じ、少し考える。

 

 

「まぁうちとしては金払いが良いのは嬉しいけど、厄介ごと持ち込まれるのだけはねぇ…汚いのはこの際いいけど」

 

 

確かに、見ればあの男泥や何かの粘液で全身が汚れていた。

…努力の証ともとれるそれではあるが、飲食店としてはあまり好ましくなく、何だか貧相にも見えた。

私は決意を固めると、カウンターから少し身を離し、ミア母さんに微笑みかける。

 

 

「安心してください。私が何とかしますから」

 

「…解ったよ。でも気をつけてな」

 

 

私は振り返るとあの男のいる席に向かい直し、ミアの視線を背中で受けた。

そしてあのヤジの中心にいかなくてはならないのかと少し憂鬱になると、重い一歩を踏み出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

「お?」

 

 

気づけば大分空腹は和らいでおり、視界もハッキリとしていた。

確かメニュー票にあるものをとりあえず全てくれと言ったところまでは覚えているが、それ以降の記憶は無くなっていた。

 

目の前には食べ終わった後の皿が山積みになっており塔を築いていた。

その存在に気がついていなかった俺は、それに驚く。

 

そして何より一番の変化は、あのギルドの女が目の前に座っていることだろう。

皿の塔の合間からこちらを、所謂ジト目で睨む彼女は先程とは違う服装をしており白のブラウスという出で立ちだった。

水の並々入ったグラスを片手で持っており、チビチビとそれを飲んいるようだった

 

俺は持っていたフォークを皿に投げ捨てると、軽く息をついた。

そして極めて軽い調子で話しかけた。

 

 

「よう、女」

 

「…満足しましたか?」

 

「まぁ腹六分目ってとこだが結構満足だわな」

 

「はぁ…まだ食べれるんですか」

 

 

俺が肩を竦めてみせると、女はため息をついた。

 

 

「とても人間の食べれる量じゃないですね…」

 

「高スペック高燃費って考えてくれたらいい」

 

「はぁ…」

 

 

まぁ何となくは納得したらしい彼女に、俺は軽く指をさす。

 

 

「ところでお前何て名前だ?」

 

「…私はエイナ・チュール、ギルドの職員をしています。あなたは?」

 

 

渋々といった様子のエイナと名乗る女は、逆に聞き返してくる。

俺は特に何のためらいも無しに答えた。

 

 

「俺は両橋…いや、リョナだ。歳は21で日本人。趣味は機械いじりで、職業は無職」

 

 

まくしたてるように述べる。

するとエイナは驚くでも無く少し思案すると、尋ねるようにして確認した。

 

 

「リョナさんは…冒険者ではありませんね?」

 

「そうだねぇ」

 

「…ファミリアには所属していないと」

 

「そもファミリアが何なのかすら解らない」

 

 

俺が鼻で笑いながら返すと、エイナは頷く。

どうやらそこまではあくまで確認であって、解っていたことのようだ。

 

そしてエイナが次の質問をする前に俺は再び遮った。

 

 

「まずお前の目的はなんだ?」

 

 

とても先程人を殺したことの断罪のようには見えなかったが、一応それを尋ねる。

というかそちらの方がこちらとしても解り易かった。

 

エイナは自らのグラスから水を少し飲むと、答えた。

 

 

「ギルド職員としての義務と…個人的疑問の解消です」

 

「ふーん」

 

 

まずギルドというのが何なのか解らないが、個人的疑問ということならば落とし前とかの話ではなさそうだ。

人を殺した事以外ならば特に質問に答えない理由は無い俺は、グラスを傾け酒を飲みながら頷き、促した。

 

…エイナは頷き返すとグラスを置き、質問する。

 

 

「まず…あなたはどこから来たのでしょうか?」

 

「異世界」

 

「は?」

 

 

流石に予想外な返答だったのか、エイナは澄ました顔を崩すと、驚いた顔で俺の方を見た。

そして俺の真顔に嘘では無い事を悟ると、首をギギギと傾けた。

 

 

「…異世界?」

 

「いや俺もビックリしたんだけどよ、気づいたらこの町に居てー」

 

「だから何も知らなかった…?…いや、でもそんな非常識な…!?」

 

 

一瞬何か納得したエイナだったが、すぐ何かに打ち消されたようで考え込み始め、すぐ我に返った。

 

そしてゴホンと咳払いすると、目を細めてこちらを眺めた。

 

 

「次の質問です、先程の十万ヴァリスですが…」

 

「あーお前の情報通りにダンジョンでモンスター倒して魔石?っていうの結構集めてきたら貰えたな。というか十万って大金なのか?」

 

「大金ですよ!」

 

 

金銭感覚も解らない辺り本当なのか、とかブツブツ呟いているエイナは、だいぶストレスが高まっているらしい。

少し不機嫌そうな顔をした顔をしたエイナは口を開く。

 

 

「ですが神の恩恵も無いあなたがどうやって…!?」

 

「普通に切り裂いたら死んだが?」

 

「はぁ…!?…まぁ確かに凄い体格ですけれども…そんな一般人が…!?」

 

 

困惑を通り越し、驚愕した様子の彼女は目を閉じ、頭痛でもあるのか頭を抑えた。

そしてふっと糸が切れたかのように落ち着くと、俺の姿を眺め、何かに気がつく。

 

 

「その服装は…?」

 

「あー俺の世界の服だ。コートにTシャツ、これはジーンズだな。…やっぱり奇抜か?」

 

「奇抜というか…見慣れないですね」

 

「だろうな」

 

 

そりゃ世界が違うのだから当たり前だが向こうの世界の服装はこちらではだいぶ目立っていた。

…だからかは解らないがこの店の中でもだいぶ注目されているようだった。

 

実際はその皿の枚数によってなのだが。

 

 

「ところで武器は…?」

 

「あー…これだ」

 

 

確かに今店にいる他の冒険者などが持っている剣などに比べれば、俺は武器らしい武器は持っていない。

俺は腰に付けていた金属製のグローブを外すと、木の机の上に置いた。

 

エイナは不思議そうな顔でそれを見る。

 

 

「これは…手甲ですか?少し複雑な機構のようですが…」

 

「まぁ見た方がはやいな。すいませーん」

 

 

ウェイトレスがすぐにやってくる。

 

 

「おっ…」

 

 

中々の美人だ。

先程まで碌に見れなかったが、薄緑髪のウェイトレスは眼光が鋭く、ひやりと冷たいナイフを連想させるようで、俺好みだった。

 

 

「ご注文はなんでしょう?」

 

「あー…何か果物丸々食いたい気分何だわ。何か無い?」

 

「かしこまりました。少々お待ちを」

 

 

そう言って、ウェイトレスは頭を下げるとすぐ奥に行った。

俺は品定めするかのようにその後姿を眺めると、やはりあれはいい女だと直感して内心感心していた。

 

 

「まさか…気に入ったんですか?」

 

「…まぁ向こうよりかは面白そうな人間は多いな」

 

「…ところで何をするんですか?」

 

「見てからのお楽しみだ」

 

 

俺は軽く笑うとグローブを掴んで指に嵌めた。

そしてガチンガチンと指を鳴らすと、指に慣らした。

 

…ウェイトレスが片手にリンゴを持って、綺麗な布で拭きながらやってくる。

 

 

「こちらをどうぞ。30ヴァリスです」

 

「ありがとさん…ところでウェイトレスさんは何て名前なの?」

 

「…はい、私ですか?」

 

 

リンゴを渡し、既に立ち去ろうとしていたウェイトレスが立ち止まり、振り返る。

俺は頷くと、ウェイトレスは少し困ったような表情をしたが、答えてくれた。

 

 

「…私の名前はリューと申します」

 

「リューさんね、なるほど…」

 

 

俺は目を細めながら、記憶する。

 

 

「おいアンタ、うちのウェイトレスにはナンパ禁止だよ」

 

「え、あぁ、申し訳ない」

 

 

だが女主人なのか、厨房にたった大柄な「お母さん」のような人に釘をさされる。

いつもなら気にも留めない俺だが、その人の強さに気がつくと軽く頭を下げた…それにそこまで今に執着する必要は無かった。

 

 

「呼び止めてすまんね」

 

「いえ、お構いなく」

 

 

謝るとリューも頭を下げ、下がった。

 

 

(…狙うか?)

 

 

割と惚れたと言っても良い域だ。

 

 

「あの…!」

 

「おっと」

 

 

だがエイナのジト目に俺は気がつくと向き直る。

そしてグローブの指関節からワイヤ―を引き出すと、机の上のリンゴに当てた。

 

 

「え…!?」

 

 

するとストンと何の抵抗も無く、リンゴは真っ二つに斬れた。

 

 

「ただの糸がそんな…!」

 

「これは向こうの技術でな、金属で編んだ糸だ」

 

「金属で…?」

 

 

こちらの世界にはそこまでの技術力は無いらしい。

俺は肩を竦めると、巻き取り機でガルルとワイヤーを巻き取った。

それを見て更にエイナが驚いた顔をする。

 

 

「これを…こう、ぴゅーんって飛ばして、斬りつけるんだ」

 

「はぁ…」

 

 

弾丸のように、などと言ってもきっと伝わらないだろう。

エイナは困惑した表情ではあったが、まぁとりあえずは頷いた。

 

そしてまた顔を上げると、今日一番に真剣な顔をした。

 

 

「…では最後に忠告と、質問です」

 

「…」

 

 

極めて真面目な顔だ。

俺は斬ったリンゴを一口で飲み込むと、促した。

エイナはゴホンと咳ばらいをすると、ゆっくりと述べた。

 

 

「…まず、神の恩恵を受けていない人間…つまり冒険者以外は迷宮に潜る事は禁止されています。ギルドは冒険者登録をしていない一般人が迷宮に潜る事を看過できません」

 

「理解」

 

「ちなみに異世界から来たというお話でしたが、その空腹と何か関係が?」

 

「いや…単純に行き倒れただけだからそこまでは俺も解らん」

 

「…では質問を」

 

 

エイナはため息をつくと、少し身体を弛緩させ、グラスを傾けた。

そして今までに比ると多少軽い口調で尋ねた。

 

 

「あなたの目的は何でしょう?」

 

「…」

 

 

その質問は俺の思考に空白を作り出した。

というかその目的を判断できるほど情報収集出来てはいなかった。

早速殺したい女や惚れた女はできたが、元の世界に戻る方法なんかは知る由も無かった。

 

…だから至極基本的な答えがそこに発生する。

 

 

「…生きる?」

 

「…」

 

 

日々を生き残る。人よりも食べなくてはならない俺はより多くの金を稼ぎ、より多く殺さなくてはならない。

冒険者というのはあくまで目についた手法であって、労働しお金を稼いで生きるというのはかなり基本的な「生きる」ということそのままだった。

 

 

「だからひとまずの目標はその…ファミリア?っていうのに入って冒険者になるのが目的かな」

 

「ふぅ…」

 

 

溜息をしたエイナはひとまず疑問は解消されたらしい。

頷くと薄眼で俺を眺めた。

 

 

「本来ならそんな危険行為をした人間は冒険者にもなれませんが、私はそんな事知りませんでしたし、他のギルド職員も気づいていないでしょう」

 

「その方が助かる。…ちなみにファミリアってどうやって入るの?」

 

「…誰かの勧めか、ツテとかで入るのが普通ですね。まぁアナタ程の体格があれば割とどこにでも入れそうですが」

 

 

エレナは俺の巨大な体躯をチラリと見ると、更にグラスを傾けた。

俺はなるほどと頷くと、酒をあおる。

 

 

「…そういえば何でヘスティアファミリアを知っていたんですか?」

 

「ん…それは俺の命の恩人の…確か名前はベル・クラネルとか言ったか。可愛い感じの白い髪の少年が食い物くれたんだよな」

 

「え゛っ゛!?」

 

 

先程以上に濁った驚き声が出る。

何だかそれはあたかも知っているかのような声だった。

 

と、その時――

 

 

「冒険者さん!」

 

 

――銀色の髪をしたウェイトレスが、入り口の方で声を上げた。

 

俺がそれに視線を向けると、丁度入り口から白色の髪をした少年が店に入ってきていた。

 

 

「あぁ、噂をすれば」

 

「ええー…」

 

「おおいベル君!」

 

 

完全に固まったエイナを無視し、俺は立ち上がるとカウンター席に腰かけようとしていたベルに手を振った。

 

 

「朝の…リョナさん!」

 

 

するとこちらに気がついたベルはぱっと顔を明るくすると、駆け寄ってきた。

 

 

「朝ぶりですね!リョナさん!」

 

「あぁ朝ぶり。あの時はありがとうなー」

 

「いえいえそんな!…ってあれ?エイナさん?」

 

 

そして同時に俺と向かい合って座ったエイナに気がついたようだ。

驚いた顔をすると、目を見開いた。

 

 

「まぁとりあえず一緒に食おうぜ、座れよ」

 

「はい!」

 

 

俺の呼び掛けにベルは元気よく返事をした。

 

 

 

・・・

 

 

 

机の上から皿の山が撤去され、残るはベルの分の食事と、俺の最期の食事が乗っていた。

…とはいえ二人の食べ物は一般より多い量がよそってあり、今まで大量に食べていた俺には普通あり得ない位の量だった。

 

 

「だけど本当に良いんですか…奢ってもらうなんて…!?」

 

「あぁ、命の恩人だからな。それに何より一食程度はした金だろ」

 

「は、はした金…」

 

 

なんだか少し落ち込んだ様子のベルだったが、俺はその理由は解らず軽く首を傾げた。

そして最初は謙遜していたベルは食べるうち、やはりお腹が空いていたのか成長期だからか普通に食事してくれていた。

 

明らかに年下ではあるが、恩の前にはそんなこと関係ないだろう。

 

 

「ふう…ところでリョナさんとエイナさんはどういった関係何ですか?」

 

「え!いや違うのベル君これはね!?」

 

「あぁ、俺がナンパしたらエイナちゃんがついてきた。それだけだ」

 

「な!?」

 

 

エイナが驚いた表情でこちらを見た。

俺はアイコンタクトで「本当の事言うよかマシだろ」と伝えると、エイナも(悔しそうだったが)頷いた。

そして青筋を立てながら、笑顔でベルににこやかに説明した。

 

 

「そ、そうなのよー!帰り道で声かけられて、そこから一緒にご飯食べる事になってー…」

 

「へぇーそうなんですかぁ!」

 

「…うぅ」

 

 

何だか落ち込んでいるエイナを俺は鼻で笑うと、気になることを尋ねる。

 

 

「ところで逆に二人の関係は?」

 

「え、あぁエイナさんは僕のダンジョンアドバイザーで、凄いお世話になっているんです!」

 

「ほーん…」

 

 

まぁ何となくだが、どうやらギルドというのは冒険者の補助的な役割にあるということを俺は察する。

そして警告してきた当たり迷宮の管理のようなこともしているのだろうか。

 

 

「じゃあベル君は冒険者なわけか…」

 

「駆け出しですけどね!」

 

 

元気がよく、感じの良い少年だ。

それに行き倒れの人間に食べ物を恵む優しさを兼ね備えている。

…中々見ないタイプだ。

 

 

「じゃあやっぱり…ファミリアっていうのに所属してるのか?」

 

「はい、朝言ったヘスティアファミリアに」

 

 

…やはり知り合いがいた方がそういった組織には入りやすいだろう。

それに何よりこんな善良な少年が所属している組織だ、性質としては同じだろう。

朝言っていた感じでは募集もしていた様子だし、入る事も容易そうだ。

 

俺は入ることが出来るかを尋ねようと――

 

 

「ご予約のお客様、ご来店にゃぁ!」

 

 

――猫耳のウェイトレスの声で、意識がずれた。

 

そして店の扉が開くと、ぞろぞろと「団体客」が入ってくる。

 

 

「ッ!?」

 

 

と同時に俺はその先頭の赤毛のポニーテールの女から目が離せなくなった。

 

 

(身体が…熱い!?)

 

 

衝動のような、内側から食い破られるが如く感覚に俺は囚われると、拳を握り締めて堪える。

そして手のひらから、滲んだ血が零れるころには大分落ち着いていた。

 

生まれてこのかた感じた事のないその感覚に俺はブルリと震えると、ゆっくりと息をする。

そして今すぐにも動き出し、血のままに殺したいという黒い欲望を薄く消し去って行った。

 

 

(心当たりはあるが…つまりはそういうことか)

 

 

神が地上に居る、ということはつまり普通にそこらを歩いているということだ。

一族の誉れ、いや呪いから見れば獲物がいくつも現世に居るという事であり、それに反応を示すというのは当たり前のことだった。

 

 

「…って、あれ?」

 

 

だが俺はそんなことに驚く間もなく、あの女がいる事に気がついた。

ダンジョンから出てふらついたところを、支えてくれた金髪のあの少女が団体の一番後ろを歩いていた。

先程まで着ていた青と白の鎧は脱いでおり、白いぴったりとした服装を身にまとっていた。

 

 

「ふーん…?」

 

 

恐らくあの赤毛の女が神だとして、つまりはあの金髪はその眷属ということだろうか。

そして恐らく団体客の人間達も同じだろう、何より他の一般人に比べ内に秘めた力など比べ物にならなかった。

 

 

「…」

 

 

少し期待値が高い。

あぁいう力を持った人間こそ、散る時は美しく輝くものだ。

 

 

「は、はわわ…」

 

 

と、俺はベルの様子がおかしい事に気がつく。

あの団体、特にあの金髪のことを凝視したまま赤い顔をして固まっていた。

明らかにおかしなその様子に俺は困惑の視線をエイナに向ける。

 

すると呆れ顔のエイナは小声で伝えてくれた。

 

 

「…ベル君はあのアイズ・ヴァレンシュタイン氏に惚れてるんです…!」

 

「あー…」

 

 

まぁ確かになんだかそういう、初々しい反応だ。

リョナは青春を見つめるのように、顔を赤らめているベルを眺める。

 

 

「…あれはロキファミリアというファミリアで、このオラリオきっての実力を持っているファミリアです。その中でもアイズヴァレンシュタイン氏は剣姫と言われて中核を担う人材なんですよ」

 

「…憧れかな?」

 

 

目の前に座るベルと、あそこにいるアイズを比べたらその力は天と地ほどの差がある。

もしこの少年が、その力を目の当りにしたら(まぁ直接見た訳では無いので断言は出来ないが)憧れもするだろう。

 

そんなリョナの言葉に、エイナは何も答えず、グラスに口をつけた。

 

リョナは未だに紅潮したままアイズの事を見続けているベルに声をかける。

 

 

「おいベル君」

 

「…はっ、はい?」

 

「恋路は長いからこそ、結ばれてからが最高だぜっ…!」

 

「へっ…!?」

 

 

更に顔を赤くしたベルは隣に座るエイナの事をバッと見ると、照れたかのように自らの皿にまだ半分以上残った魚を食べ始めた。

 

 

(若いっていいな…)

 

 

もはや初々しいというか可愛らしいその反応に、思わず俺ははニコリと笑みを浮かべた。

そして自分自身の青春時代を思い出させられて少ししみじみとされられる。

 

 

「――よっしゃあ!」

 

 

その時、ジョッキの置かれるガンという音と共に若い男の声が聞こえた。

終始騒がしいこの店のでは珍しくも何ともないそれだったが、先程のロキファミリアが座った席からの音だったので、リョナは興味本位でそちらを見る。

 

すると、狼のような男が大分酔った様子で話していた。

 

 

「アイズぅ、そろそろあの話してやれよ」

 

「…あの話?」

 

「あぁ、俺達が帰る途中に逃がしちまった何匹かのミノタウロス。最後の一匹アイズが5階層で掃討したろぉ?」

 

「…」

 

「そんで俺、その時いたトマト野郎のいかにも駆け出しの青くせぇガキが、斬られたミノタウロスの血にまみれてトマトみてぇになっちまってんの!それで変な声上げてどっか走りさっちまってさぁ…アイズは助けた相手に逃げられちまってんだよ!…情けねェったらねぇよなぁギャハハ」

 

 

聞くに堪えない。

何が面白いのか微塵も解らないただの罵倒のようなそれにリョナは顔をしかめると、まぁ酒の席だと溜息で流した。

 

そして目の前に座った二人の様子がおかしい事に気がついた。

 

ベルはとても辛そうな顔をして拳を握り締めており、エイナはそれを心配そうな顔で見つめていた。

 

 

「…まさか」

 

 

ベルの白い髪の先端が、少しだけ赤いことに俺は気がつく。

…が、もう気づいたその時には何もかも手遅れだった。

 

 

「あんなのがアイズヴァレンシュタインに釣り合うはずねぇんだよ!」

 

「待って、ベル君!」

 

 

あの狼男の最後の言葉に合わせてベルが勢い良く立ち上がり、出口に向かって走り出す。

 

…つまり、きっとそのトマト野郎というのがベルの事だったのだろう。

 

直接陰口を言われるようなものだ。しかもきっと気にしている事を。

俺は胸糞悪いと思いながらも走り去るベルの背中を、何も出来ずに見つめた。

 

 

「なんやぁー?ミア母ちゃんの店で食い逃げとはええ度胸やなー!」

 

 

そしてその背中にいくつものやじが飛ぶのを聞きながら、エイナを見た。

エイナは不安そうな顔をしており、走り去るベルの事を見つめていた。

だが追いかけようとまではしなかった。

 

…しかし、そんなベルの事を追いかける影が二つ。

 

銀髪と金髪の影は、片方はウェイトレスであり、もう片方はアイズだった。

 

 

(俺も…いや、やめておくか)

 

 

追いかければ、追いつくことも容易いだろう。

しかし男の涙を拭えるほどの共感性は俺には備わっていなかった。

 

 

「チッ…」

 

 

そもそもヘスティアファミリアに入りたかった俺としてはその橋渡し役がいなくなるのは困…いや、ただただ純粋な少年が傷つけられるのが気に入らなかったのだろう舌打ちをした。

 

だが、そこで憤りを感じれる程俺は人間が出来ていない訳では無い。

…少し疲れた程度だ。

 

 

「イデデデデデ!!?」

 

「酔いを醒ませ、愚か者」

 

 

そして見れば先程の狼男が吊られていた。

あの男とは違い、他の連中はそれなりに理知的な連中らしい。

まぁ報復で許されるという訳では無いが、俺は少しだけ気が晴れると溜息をついた。

 

そして目の前に座るエイナに今一度視線を向ける。

 

 

「あーエイナちゃん」

 

「ちゃん付けはやめてください」

 

「ヘスティアファミリアってどこにあるんだ?」

 

「…まさか」

 

「あぁそのまさかだ、俺はヘスティアファミリアに入る」

 

 

俺の言葉に、エイナは考え込むと、頷いた。

 

 

「…不本意ではありますが、それを決められるのは私ではないです。ヘスティアファミリアはこの近くの教会にありますので、店を出たら教えます」

 

「…素直じゃねぇか」

 

「本来ならあなたのような不審者に教えたくはありませんが、どうせ探し当てるでしょうし、どうせなら手の届く範囲に置いておく方が安心ですから」

 

「手の届く範囲…まさか」

 

「そのまさかです」

 

 

少し尊大な態度を見せたエイナは、ムスッという顔をする。

 

 

「私はヘスティアファミリアのアドバイザーです。ですからもしあなたが冒険者になったら私の指示に従ってダンジョンを攻略してもらいます!」

 

「あー…はいはい」

 

「まぁそもそも入れるかどうかも解りませんが」

 

 

俺は鼻で笑うと、自らのグラスを一気にあおった。

 

腹は十全に満ち、それなりに気分も晴れやかだ。

走り去ってしまったベル君のことは心配だが、あとで会う事もできるだろうから、大人として助言することも可能だろう。

 

エイナも気づけばちゃっかり一皿食べきっており、グラスも空になっていた。

 

…そして話すべきことももうないのだから、ここに留まる必要は無い。

俺は会計を済ませようと、ウェイトレスを探し――

 

――戻ってきたアイズヴァレンシュタインの姿を見つけた。

 

 

少し落ち込んだような表情の彼女は迷わずロキファミリアの席にツカツカと戻る。

…と、吊られたままだった狼男がそれを見つけると、またも吼える。

 

 

「おいアイズゥ!テメェは優しすぎんだよぉ!?さっきだってきったねぇクズに肩貸したりよぉ!?」

 

「あ?」

 

 

アイツまだ言うか。

俺は思わず睨むと、僅かながらも殺気を出す。

 

 

「…汚れてるのは頑張った証拠」

 

「へっ…地面転がりまわってしか金を稼げねぇ能無しに何か価値ねぇんだよ!」

 

 

流石にここで何もしないという選択ができる程、人間が出来ていない。

というか人間が出来ていたらきっと殺人などしないだろう。

 

俺はつけっぱなしだったグローブをガチリと鳴らすと、勢いよく右手を上げた。

 

 

「すいませーん!お勘定いいですかー!」

 

 

…勿論ブラフだ。

右手を上げると同時に、忍ばせたワイヤーが放たれる。

 

――ブチッ…。

 

 

「は?…ぎゃおんっ!」

 

 

狼男を吊っていたロープが切れる。

支えの無くなった狼男の身体はそのまま落下し、受け身をとる間もなく床に叩きつけられた。

 

…店内が爆笑の渦に包まれる。

 

騒々しいその中に、俺がロープを切ったという事に気がつく者はおらず、騒々しい故にギュルルと巻き取られていくワイヤーに気がつく者はいなかった。

 

そしてそんな中をウェイトレスのリューがやってくる。

 

 

「お待たせいたしました。計算に時間がかかってしまいまして」

 

「うんそれでおいくら?」

 

「お連れ様のも含めて…9万5000ヴァリスです」

 

「はいよ…っと悪い、自分でとってくれないか?」

 

「改めて聞くと凄い金額ですね…」

 

 

俺は十万と5000ヴァリスが入った袋をリューに渡す。

すると呆れた顔をしたエレナがこちらを呆れた表情で見ていた。

 

 

「まぁ結構酒も頼んだしな」

 

 

俺は肩を竦めるとリューを見る。

金額が金額ではあるがその手は迷いなく袋から金貨を抜き取っており、ドンドンと袋から厚みが消えていっていた。

…まぁいくら飢えていたとはいえ自分でも良く食べれたとは思うが。

 

 

「お待たせいたしました」

 

「いややってくれてありがとう」

 

 

俺はリューの渡してくる残り1万ヴァリスの入った袋を受け取る。

 

 

「是非、またのお越しを」

 

 

そして立ち上がると、それにエイナも合わせるようにして立ち上がった。

リューが頭を下げ、俺は伸びをすると歩き始める。

 

まだ騒々しい店内は俺達が出ていくことにも気がつかず、俺が鉄のグローブを着けている事にも気がつかない。

そしてガチャリとドアを開けると、俺は気がつけば夜になっていた店の外に一歩踏み出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

何か見慣れない物が飛来していくのが見えた。

モンスターかと思った私はそれを叩き落そうと思ったが、、素手では危険かと勘繰った。

…そして勢いの良いそれはベートを吊っていたロープを切ると、シュルシュルとまるで蛇のようにまた元来た道を戻って行った。

 

私はそれを目で追うと――

 

 

(…あれ?)

 

 

――それは見慣れない黒鉄のグローブに行きついた。

 

 

だがその黒鉄のグローブをつけた主には見覚えがあった。

 

 

黒い髪、整った顔、見慣れない服。

それは先程私が肩を貸した冒険者の男だった。

 

 

「…」

 

 

名前も知らないその男だったが、私はそのグローブには興味が湧く。

あれがなんだか解らないが、「変なもの」を射出しているように見えた。

それにロープを切ったという事は…。

 

 

(しかもあの子と関りがあるかもしれない)

 

 

あの走り去ってしまった男の子。

どうやらあの席から走って行ったように思える。

傷つけてしまったようだから、謝りたいのだが、どこかに行ってしまった。

 

だけどあの男を追えば…?

 

 

「アイズたーん!」

 

「…!」

 

 

しかしそこでロキに呼ばれてしまう。

私は少しそちらに意識を逸らしつつ、そのまま去る男の背中を眺める。

 

――そして男が店から去る頃にはその姿を完璧に覚えてしまっていたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 




感想などお気軽にどうぞー

※この物語は作者が9巻を読んだ時点でラストまで考えています。
それと個人的なお願いではありますが序盤は自分でも酷いと思うレベルなので是非最新話まで読んでみてください。
読んで?(はぁと)
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