このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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はい戦闘回です。そして必殺技みたいなの必要かなーって思ってたらすっごい(恥ずかしい)のを創ってしまった…まぁ必要だからね、仕方ないね。

そして「あれ?前話が年最後だったんじゃ?」…という小さな事に気が付いてしまった勘の良いアニキは、新年を安らかに迎えられなくなる粘着性の呪いをかけます。
何か休日利用してばっーって書いたら4日でいけました、普段からやれよ。




 白痴蒼炎を打つ狼

・・・

 

 

 

ルームが、蒼く染まる。

 

岩で作り上げられた部屋の中心には大きな火柱が立ち、時折響くような金属音が鳴り響いていた。

その周りを囲むようなアリ達と、そのすぐそばで寝ころんだ少女の恐怖に歪んだ瞳には鮮やかな青と閃光(ひか)る白色が稲光のように映る。

 

 

突如現れたこの世のものではない火炎、心に波紋を広げるように鳴り戦慄く不快音。

 

 

そして――その中から現れた鉄騎士に、この部屋の恐怖全ては向けられていた。

 

 

…巨躯、そして広い肩幅を覆った全身鎧は荒々しくも美しい。

 

その全身は鈍色をした「鉄片(パーツ)」に覆われて構築されている。

 

不格好なまでの様々な形をした、不揃いな大きさの「鉄の切れ端」。それが幾重にも合わさり重なり、まるでジグソーパズルのように噛み合って、一つの「鎧」を成していた。

個々が身体の上を敷き詰めるような全身鎧はその身体を動かすたびに蒼い火を反射し、金属片は関節ごとに容易く折れ曲がる。

 

それは言うなれば――「廃材の騎士」。

 

それは(かたち)のみ完成された、粗雑な鉄で打たれた器。

普通の鎧と同じく装飾こそあれ不格好、未熟な鍛冶師が打ったような鉄片の集合体。

蒼い火の中で燃え上がる騎士はただだらりとその場に立ち、まるで吊られたように空虚なその体勢は意志すら感じさせずに天を仰いでいた。

 

狼を象った兜は鋭く、牙を剥いている。

狼は憤怒を吼え、今すぐにも噛みつかんばかりの迫力と畏怖を周囲に撒き散らしていた。

まるで生きている狼のようなそのヘルムだけは鉄片で構成されておらず、まるで名だたる名工が打ったかのように完成していた。

 

鉄片で構成された鎧は幾つもの「隙間」を作っている。

不完全故だ。ひび割れたように幾つもの溝が、穴が、まるで深淵のような暗き虚構を作り出し、鉄片の合間に影を作り出していた。

 

その全てから――『蒼炎』が噴き出す。

 

まるで内に閉じ込められた炎が逃げ場を求めるかのように、鎧の各所に作られた穴から燃え上がって、叫び出した。

燃え出た炎は、鎧の上全てに巡って、その鉄片の上を跳ね、蛇のように走り、空中へと伝播して、鈍鉄に蒼く輝き焦がしていた。

背中についていた一際大きな溝からはマントのように、特に濃く蒼い炎が垂れさがり、白い炎が縁取って大きくはためいた。

 

 

「…」

 

 

見やれば、右手に確かな感触。

そこには、その騎士と同じかそれ以上の長さはあろうかという巨剣があった。

 

(これは…俺が『()()()()()』のか?)

 

鎧と同じように幾つもの鉄片で構成された巨剣。

握りの部分は元の直剣と変わらないが、それ以外はもはや見る影もない。

 

横幅は約20cm、刃の部分こそ辛うじてかつての面影はあるが以前よりも鋭く、刃以外のところは幾つもの溝と、穴、そしてデコボコとしたとっかかりが幾重にも出来ていた。

 

それは…鉄塊、巨大な剣の形をした鉄片の集合体といえた。

 

 

「…あ…お…」

 

 

左手を持ち上げてみる。

 

やけに刺々しく角ばった鎧に覆われた左手はいつもより重く、ゆっくりと指を握りしめると『ギチリ』と金属同士が触れる音が僅かに鳴った。

そしてそれに合わせるかのように腕から掌から這い出た炎が伝い、指先や拳の至る所でちろちろと揺れ始めた。

 

(…心地いいな)

 

その炎は最初に触れた時は熱く、痛かったが、何だかその憎悪を理解した今は暖かい。

まるで自我を得たように踊るそれは、実際いつかの家族なのだから安心しない訳が無い。

鎧のせいで見えないが、俺の身体から直接染み出していると考えると少し恐ろしくもあったが、

 

そして…その奥に宿る憎悪は本物だ。

 

全てを焼き、全てを壊したいと願った憎悪は、神さえも殺す破壊力を内包していることだろう。

しかし同時に「火種」でもある。この炎は可能性を指し示す篝火であり、未だ小さな種火…これを燃やしていけばいつか世界すら焼き尽くす炎となると知った。

 

 

「…とはいえ、今は火種だけで()()だが」

 

 

拳を更に強く握りしめると『ボッッ!!』と勢いよく拳が燃えた。

 

蒼い火を纏った「俺」は全身に空いた穴から、試すように最大の炎をまき散らすと、自由に空を撫でさせた。

千切れ、岩壁を焦がしていった蒼炎はやがて空中に溶け、消えたが…また新たな火は追加されて消えていった。

 

重ささえ増した巨剣を持ち上げ俺は紗に構えると、その先に広がる景色に瞳の炎を大きく燃やす。

 

 

「いくぞ、アリども」

 

 

――内包した憎悪に従い、キラーアント達に疾く一歩を踏み出した。

 

 

 

・・・

 

 

 

踏み出し、足元で広がっていた炎が大きく波紋を成した。

 

しかし次の波紋は生まれない、白痴蒼炎を残してリョナの身体は大きく前に瞬歩しその場から掻き消えていた。

 

 

「――フンッ!」

 

 

炎が剣を纏った。

憎悪を操り巨剣に纏わせた蒼炎は大きく噴きあがると、裂帛の気合と共に振り下ろされて炸裂する。

空を裂いた剣戟はカウント1000を超えた速度で膂力で、生命の存在を許さない。

 

 

――『ドォンッ!!…ゴォォッッ!!』

 

 

大地が割れ、蒼い爆炎がその場に荒れ狂う。

 

キラーアント達の中心に振り下ろされた巨剣は数匹のアリの胴体を地面ごと叩き潰し、瞬間的に絶命すると、死骸となったその全てを放出した炎で魂ごと焼き払った。

そして炸裂した炎は地を這うと、付近にいたアリに引火し、そのこと如くを瞬間的に炭とした。

 

大地はひび割れ、先ほどの比でない火柱が立ち、その中心に立つ狼騎士の姿が蒼く白く照らされる。

 

 

――『ギィ』と鳴く暇さえなく、十数匹のキラーアント達がたったの一振りで絶命した。

 

 

「…」

 

 

火力は充分、それにカウントも稼ぎやすい。

ただの軽い一振りで「コレ」なら、合格点だろう。

 

笑うように瞳に宿った炎を揺らすリョナは地面を砕いた巨剣を両手で掴み上げ、更なる炎を()()()

すると大剣の中ほどに空いた幾つもの隙間から蒼炎が更に放出され、たらりと赤熱し溶けた鉄がゆっくりと剣先に向かって垂れた。

 

そして――

 

 

「消し…飛べェッ!!」

 

 

――円を描くように、力任せに周囲を斬りつける。

 

業火を纏った大剣が振り回され、激流のような炎が荒れ狂った。

 

仲間を殺された報復に丁度跳びかかってきていたキラーアントの一匹と周囲にいた約八匹ほどのアリ達の頭部や足、胸部を弧を描きつつ大回転した巨剣の大刃が捉え、そのまま振り抜き、断ち切る。

そして二つに解れた虫の肉体は宙を舞うと、放出した炎の中で『ジュゥッ!』と瞬間的に蒸発させ、僅かに残った燃えカスから黒煙が細く立ち昇らせた。

 

…しかし、それだけで留まるはずもない。

 

全方位10mほどに撒き散らされた炎は荒れ狂い、その場にいた生命のこと如くを灼熱地獄へと堕とす。

まるで炎嵐、蒼く高く巻き上がった旋風はダンジョンの天井を焼き、キラーアント達の足を、頭を、胸を、胴を、硬い装甲であるそれらに勢いよく抱き着くと、「ギィイイイイッ…!!?」と悲痛な断末魔をあげさせた。

 

その数、実に32匹。剣で切り裂いたアリを合わせ41匹ものモンスターたちがただの一撃で死滅する。

焼き払った岩盤上にはいまだ蒼い炎がメラメラと残り、不幸にも蒸発できなかったアリの数匹が悲鳴をあげながら火だるまとなってやがて力尽きていった。

 

…全てを焼き尽くした憎悪の炎は、揺らめく。

 

そして――リョナのスキルによって、僅かにその色を濃くしていく。

 

破壊の中心に立った騎士は巨剣を握りしめ、白痴蒼炎を纏って屹立する。

その一挙手一投足の度に炎が蠢き、とめどなく溢れ出る憎悪の炎で世界を灼熱と変えた。

二筋立ち昇った瞳の炎はその動く度後を引くように揺れて、見える世界の全てを憤怒するように瞬き蒼く輝いた。

 

気分が高まる、衝動のままにGuRuuu…と喉を鳴らした。

手に入れた力の高揚感は強く、周囲から憎悪するように睨んでくるキラーアント達が蒼く映った。

いまだかなりの数がいるアリ達は仲間を殺された憎悪を一心にこちらに向けており、炎を反射したその瞳も『蒼く』燃えていた。

 

 

蒼起三爪(ソウキノミソウ)ッ…!」

 

 

憎悪には憎悪で。

剣を頂きに向けた俺は、今持てる憎悪の総べてを募らせる。

 

言の葉に従い蒼炎は巨剣に集うと、とてつもない密度で燃え盛り始める。

濃く、蒼く、白さえ消えたその焔は轟々とリョナの掌の中で燃えると「爪」の様相を形作った。

先を三つに分けた巨爪は鋭く、醜く、圧倒的破壊力をもって屹立していた。

 

巨大な破壊が収束したそれは、振り下ろせば直線的な憎悪を道のように「三本」流すだろう。

大地には三つの爪痕が残り、岩を溶かして、その場に存在するあらゆる物、生命、神、魂、あらゆる事象を憎悪という感情で上書きし、真っ直ぐに破壊する。

 

ダンジョン内の湿った空気が熱風によって逆巻き、疾く流れた。

蒼く巨大な「破壊」を目前したキラーアント達は確かに恐怖しており、数歩後ずさりはじめる。

 

 

そして――振り下ろされる、それより先に恐怖に駆られた数匹が「狙い」を変えた。

 

 

「ッ!!?」

 

『ギィギィッ!!』

 

『ギィイイイッ…!!!』

 

 

目の前の強大な敵に確実に殺されると確信したのか、最前にいた数匹が非常に人間的な打算的行動を始める。

 

それは…せめて「弱り倒れ伏せた敵」に狙いを変えて殺すという思考。

 

強すぎる恐怖に侵されたキラーアント達は叫びながら唐突に走り始めると、俺の脇を通り抜ける。

足元を走り抜けていくアリ達はかなり俊敏にダンジョンの床を駆け、俺が目を見開き振り返る頃には「護衛対象(リリルカ・アーデ)」の目前にまで肉薄していた。

 

 

「ッ…!」

 

 

追い詰められた生物は時に本能にそぐわない行動を起こす時がある。

そしてアレの数匹程度殺す事は容易いと侮っていたが、俺の敗北条件はあの少女が殺されることだ。

 

――キラーアント達数匹に殺された欠けた少女の恐怖に染まった瞳が見えた。

 

 

(どうするっ!?こうなったら蒼起三爪を…いや、ダメだ!アイツごと死ぬッ!!)

 

 

初めて使う技だがこれは言うなれば俺の「全力」だ。

振り下ろせばリーチは足りるだろうし、あのアリ数匹をダンジョンの岩壁ごと大きく削り取って殺せるだろう。

しかし…あの少女も確実に巻き添えで死ぬ、全力で燃やした炎に焼かれ小さな肉体はいとも容易く蒸発する。

 

…せっかく溜めこそした、蒼起三爪(ソウキノミソウ)は、使えない。

 

 

「…ならば、()()()()っ!!」

 

 

選択肢を「考えるまでも無い」数コンマ、炎を剣から離す。

力を蓄えていた炎が鎧に逆流し、流動的な憎悪を俺は手操ると創造(イメージ)する。

 

そして――剣を()()()()

放り投げるように空中に投げつけた巨剣を俺は…「殴りつける」。

 

 

――『ガイィィィィンッッ!!』

 

 

不快音が、鳴り響く。

 

それは鉄が鉄を打った音。

鎧に包まれた拳が、回転しながら落ちていく巨剣の中ほどを捉え、炎を放出した。

 

その瞬間――「変色」する。

 

鈍色に輝いていた鉄片の集合体はその拳の触れたところから蒼く侵食していく。

まるで波紋のように一瞬で広がったそれは瞬間的に、纏わりついた炎と同じ真っ青に光り輝き…『ぐにゃり』とまるで溶けたチョコのように折れ曲がった。

 

そして――そのままの勢いで空中を一直線に飛んだ。

 

 

「…あッ…いやぁッ!」

 

 

少女は叫ぶ、その目前にはキラーアントが迫り、今まさに跳びかかっていた。

牙を鳴らし、爪を振り上げたアリは空中から少女の胸部、そして首を狙い、いとも容易く切り裂くだろう。

 

あの騎士は遠く、誰も自らを助けるものはいない。

身体は指の一本さえも動かず、避けることも叶わない。

 

自らの腹部を裂いていた光景が少女の脳裏に浮かび上がる、正しくそれは恐怖であり、彼女は死を覚悟する。

 

 

「ベル様ッ…!」

 

 

無意識に少年の名前を呼びながらリリは目を閉じる。

そして来たる痛みを想像し涙を目に溜めると、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

――『ザシュッ!!』

 

――『ギィッッ!!?…ギ…イイィ…?』

 

 

しかし、何かが突き刺さるような細い音が絶え間なく通り抜ける。

キラーアントの苦し気な鳴き声が複数、それも近くから聞こえた。

 

…恐る恐る、目を開ける。

 

 

「ひっ…!」

 

 

――そこは、槍の森だった。

 

少女の身体を囲むように、指程の細い鉄針が幾本も幾本も地面に突き刺さっていた。

まるでばらまかれるかのように不規則に地面から乱立した鉄針は少女の身体には刺さっていないが、かなり近い位置にまで迫ってきており――跳んだキラーアント達の身体を貫いていた。

 

串刺しになり、それぞれ十数本ほどの鉄針に貫かれた身体は至る所穴だらけとなって、紫色の鮮血をゆっくりとその身体を貫く鉄針に伝わせていた。

絶命し、宙に吊られたアリの身体はぐたりと垂れ、リリの顔を覗き込んでいた。

 

…ガチャリ、ガチャリと近づいてくる足音を少女は聞く。

 

 

「…何とか、間に合ったか」

 

 

見上げてくる少女の事を無視し俺は集中する。

そして足元に散らばった幾本もの鉄針の先端に蒼炎を灯すと、「再び」打ち直すために軽く指で弾いた。

 

ガイィィィィンッという不快音が響き、地面に刺さった針たちが蒼く赤熱すると深く共振する。

そして…やがてどろりと溶けると宙を浮き、リョナの掌に帰ると先ほどの巨剣に還った。

 

 

「鋳造…便利な能力だな」

 

 

――鉄を恨んだ。

 

鉄なんて無ければいいと、そう願った。

鉄を打って、恨んで、刃じゃ無くすればあの人は死ななかったなんて後悔した。

 

故に――『鉄を打つ能力』。

 

白痴蒼炎で鉄を慣らし、溶かして、恨んで、その形を「強制的」に変える。

支配下に置いた鉄を恐怖によって変質させ変容させ、拳を叩きつけてその形を、命令を与える。

 

(鉄を操る狼…か)

 

そして、きっとそれが俺の異形の形なのだろう。

まさに怪物、人界には無い化け物の権能(ちから)

 

――初めて使った力はとても良く馴染んだ。

 

間に合わず、数が多いが個が弱いのなら面攻撃。

巻き込まないように最大の注意を払いつつ鉄針を可能数まで「鋳造」した俺は降らせる。

 

鋳造、蒼時雨。幾重にもなった細槍の雨。

 

鋭く鋳造したそれは雨のように、空を飛んでいたキラーアント達の身体を捉えると地面に縫い付けた。

 

 

そして、少女には傷一つついていない――結果は上々だった。

 

 

「あの…っ!」

 

「む?」

 

 

自らの力に満足し、打ち直した巨剣の出来栄えを確認していた俺を眼下の少女が呼ぶ。

 

蒼い火の灯った瞳を下げるとリリは、困惑したように俺の身体を、全身を包んだ鎧を、手に持った巨剣を観察した後、俺の瞳を見つめ返してくる。

その瞳には確かな恐怖と、強い混濁した疑問が渦巻いていた。

 

 

「…リョナ様…なんですか?」

 

「あぁ、そうだが」

 

「…!」

 

 

少女は目を見開く。

 

…思えば確かにそうか、主観で言えばこれはカウント1000による自然現象と解るが、客観的に、リリの眼から言えばこの鎧を着ているのが「俺」だと判断する術がない。

加えてこの炎、人の持たざる憎悪の炎は存在自体が信じ難い禁忌であり…というか、いきなり鎧を取り出し、瞬間的に纏う早着替えなど無いからしてありえない。

 

 

「これは…そうだな。鎧の早着替えだ、それとこの蒼いのは何かの魔法だ、訊いてくれるな」

 

 

しかしあり得ないとしても「真実」を教える訳にもいかない。

 

きっと尋ねたいのだろう、嘘だと解っている少女は口を幾度か開けるが「訊くな」と言ったリョナの蒼く燃える瞳を見て、口を噤んだ。

 

疑問を目に宿した少女が一先ず諦めたことに安堵した俺は、巨剣を肩にかけると振り返る。

噴き上げた炎が万が一にも彼女の身体を焼かないように注意を払いながら一歩歩むと、再びキラーアント達の群れと相対した。

 

…とりあえず道を作ろう、そして出来た道から彼女を拾ってこの場から離脱することに決める。

 

そして――その後にまずベル君、その後ぎゅるぎゅる丸を回収するのだ。

 

 

()()()()蒼起三爪(ソウキノミソウ)は最適だが、またさっきみたいなことが起きても大変だしな…)

 

 

チャージに時間がかかるし、その度リリが襲われては元も子もない。

であればもっと早く、道を切り開けるだけの火力を――

 

 

「――八ツ白牙(ヤツシロキバ)…!」

 

 

構えは、脇構え。

右足を一歩引き、剣先を引き落として右脇から斜めに下、正面から身体で刀身が隠れるように握りしめる。

 

そして左足を沈めるように落とし、屈みこむように体躯を前傾させ、それに相反する剣先を吊り上げた。

 

 

――白い炎を寄り集め、純度の高い「牙」を構成する。

 

 

蒼炎から白痴が溶けだし、抽出されたそれが剣先に集中し始めた。

それはやがてぼんやりと白く輝き、淡く空を渇望して「八つ」その牙を形作る。

鈍色の剣の周囲には白牙が纏まり、鋭い拳ほどの炎が八個装填された。

 

燃え上がる、輝く白炎で出来た大牙はやがて揺らめき剣先で廻る。

 

 

「――噛み殺せッ!」

 

 

そしてリョナは一歩踏み抜き、大地を砕く。

ギチリと大鎧が鳴り、目に灯った火が激しく燃え上がった。

 

そして――全身を回転させ、「空を」切る。

 

大剣が空中を真横に薙いだ、その剣先は何にも触れておらずブンッ!!と強く風切り音が振動する。その重い一閃は何者も傷つけることは無く、憎悪の蒼い炎さえもまき散らさない。

 

 

しかし――それで「指標」の役目は成る。

 

 

八ツ白牙は、起動した。

導に従い自立したそれぞれの牙たちは空を駆けるとキラーアント達の目前に舞う。

 

そしてやがて上に四つ下四つに「噛み合う」と、狼口のように強力な熱気を発して微かに…笑った。

 

 

――焼き払う。

 

 

白く燃えた大牙は空中に「牙」の紋章を焼き付けた。

 

拳ほどの大きさから膨張した牙は空間に噛みつき、その合間にいたキラーアントのこと如くを「切り裂き」「燃やす」。

 

…横に薙いだその剣の軌道に従い、八ツ白牙は総じて燃やし、噛み殺した。

 

だが――

 

 

(…あれ、何か思ってたんと違う!?)

 

 

――あくまで「面攻撃」。

 

火力こそ充分以上、取り囲んでいたキラーアント達の7割方を巻き込み燃やし殺し、噛み千切った巨大な白牙はあくまで「横」に展開していた。

ルームに大きな牙の紋章を焼き付けたその一撃は白く輝き、その岩壁ごと周囲を取り囲んだキラーアント達を溶け殺したが…「道」は出来ていない。

 

 

(イメージ優先しすぎて一点特化じゃ無くなったか…)

 

 

牙を模した白は、面攻撃。

爪を模した蒼は、線攻撃。

 

思い付きで作り出した二つの技はどちらも鋭く、憎悪の炎を伴ってその(ことごと)くを焼き払う。

であれば蒼き炎は全てを掻き抱き、白い炎は全てを飲み込み噛み(なぶ)る。

 

神殺しの狼の吼えた権能は大地に焼け付き、その白痴蒼炎(憎悪)を伴って形となり――それはやがて、神殺しの刃と呼ばれるようになるだろう。

 

…とはいえそれもすべて使いようだ。

てっきり真っ直ぐに道を作るつもりだったのだが、横に焼き払ってしまった。

 

(…もうここまで来たら全滅させた方が早いか?)

 

八ツ白牙で取り囲むように群れていたキラーアント達の七割方は燃え死んだ。

大半は切り裂かれ篝火のように伏し白い煙をあげ、あるものは紫色の血液を激しく噴きあげながら苦痛にその身体を躍らせていた。

焼けることを免れた個体は前に進めば死ぬことを知ってか、その瞳こそ憎悪を滾らせていたが前には進んでこなかった。

 

であれば…残り三割程度、殲滅してからこの場を離脱する方が早いかもしれないし、あるいは隙間の空いた包囲を強行突破するのも良いかもしれない。

何にせよ八ツ白牙が晴れたなら――

 

 

 

 

 

「…『ファイアボルト』ォッ!!」

 

 

 

 

 

――気迫の満ちた声が聞こえた。

 

やけに聞き覚えのあるその声に俺はヘルムの下で目を見開くと、それの聞こえた方向…つまり、牙の向こう側に目を向ける。

 

 

――遠雷、白く稲光を携えた一筋の光条がとてつもない速度で迸り、八ツ白牙を貫いた。

 

 

貫通力のある雷、赤く白く真っ直ぐに伸び、蒼く白い炎に混ざると吹き飛ばす。

空中に焼き付いていた紋章に穴が空き、元のダンジョンの岩盤が見えた。

破壊の中心だったはずのそこはアリ一匹、足一本さえ残っておらず、溶けた大地は赤熱してゆっくりと垂れていた。

 

 

「おっ…!」

 

 

そして出来たその空間を、白兎が走り抜けてくる。

 

ボロボロだが、危険な状況と訊いていたその少年の元気な姿に思わず笑みが漏れた。

ナイフを構え、まるで疾風のように駆けてくる少年は裂帛の気合を纏い、それなりの殺意を持って炎の下を潜り抜ける。

時折襲いかかってくるキラーアント達にファイアボルトを浴びせかけ、強行突破してくるその姿に俺は思わず口を開いていた。

 

 

「べルく…――あ」

 

 

先ほどのリリの疑問に満ちた表情を思い出す。

こんな姿でいきなり声をかけても驚かれるだけだろうし、今声をかけても恐怖されるだけだろう。

 

それに…今このタイミングである必要も無いし、()()()()()()無い。

 

 

「リリィィィィィィィィッッッ!!!!」

 

 

少女の名を叫びながら、ベルはルームの中に飛び込んでくる。

キラーアント達の合間をすり抜け少年は少しボロボロになった服で走り、地面を燃やす蒼炎を踏み抜き倒れ伏せた少女の姿を発見した。

 

そしてひとまず安堵のため息を漏らし――守るようにその目前に立ち、剣を構える巨漢の騎士の姿を見つけ、身体を強張らせた。

 

白痴蒼炎を身にまとい、その身の丈ほどもある巨剣を携えたその騎士は、瞳に宿ったその憎悪の炎をこちらに向ける。

仰向けに寝転んだ少女の前に屹立し、まるで守護するかのようなその立ち住まいにベルは…抜け目なく、ナイフを構えた。

 

 

「…あ、あなたはっ誰ですかッ…!?リリに危害はッ…!!?」

 

「…」

 

 

その炎は充分に恐怖の対象たりえる。

瞳に怯えの色を現したベルは、それでも身体を後ろには退かず真っ直ぐに俺の炎を見つめてきた。

 

…異形と言えど人型の鎧、「あなた」ということは、一応冒険者に見られていることだろうか?

 

(どうするか…)

 

ベルの主観から言って、リリを助けに来たのだろう。

自分を騙した少女の事を救うためにキラーアントの群れに突っ込んでくるなんて正気の沙汰ではないが、ベル君ならば「やる」。

しかしその場には妖しい炎を纏った冒険者ともモンスターともつかない存在。

 

(…まぁ元々約束は()()()()()()()()()()()()()()()だったからな、俺はここらで消えるのがいいか。…キラーアントもここまで減ったらベル君でも対処できるだろ)

 

ふっと視線を少年から落とす。

本当はもう少しこの力を試してみたかったのだが、それ以上に俺には「やらなければならない」ことがあったから。

 

そして…何も口にすることは無く、巨剣に拳を打ち付けると再び鉄を打つ。

 

 

「…!」

 

 

蒼い炎が渦を巻き、そこから現れたるは――「馬」。

 

騎士に見合った背丈の巨大な鉄馬。

鼻や眼から蒼い炎を噴出させた馬は生き物のようにブルヒヒ…と鳴くと、その馬鎧のみで構成された身体を大きく揺らした。

 

 

「行くぞ」

 

 

騎士はおもむろにその背中に手をかけると、ズンと地面を揺らして跳んだ。

その巨躯に『ガチンッ!』と金属音をさせて大きく跨ると、ゆっくりとその炎で出来たたてがみを撫でてみた。

 

…鋳造した馬鎧は生きている訳ではないが、その中にある炎を操れば実際の馬のように動かすことは出来る、重い剣を運ぶよりかは足にした方が早く走る方が幾分かマシだろう。

名前は、オルフェーベルとかキングカメハメハとか…いや競走馬ではないのだが。

 

大きく息を吸い込んだ俺は、場にある匂いを確認する。

カウント1000を超え、更に良くなった鼻は血液、アリ、少女と少年、そして――「標的」の微かに残った匂いを捉えた。

 

…であれば、「追える」。

 

炎へ更に憎悪をくべると、火力をあげた俺は匂いの痕跡を手繰る。

そして、いざ追うために馬鎧に作られた手綱を握りしめると軽く馬の腹をかかとで蹴りつけた。

 

 

『ヒヒィィィィンッ!!』

 

「――ちょ、ちょっと待ってください!せめて名前をッ…!?――」

 

 

突然「剣」が「馬」に形を変えたことに驚き目を見開いていたベルは、その停止させていた思考をまた動かし始め、手を伸ばして一歩を歩んできた。

しかし…聞く耳を持つ必要も無い、ベルにはベルのやることが、俺には俺のやることがある。

 

背中に受けた二つの疑念に俺は炎の勢いを増して応える、

その憎悪に喜ぶかのように馬鎧は戦慄き後ろ足のみで立ち上がると力強く大地を踏みしめた。

 

鉄で構築された馬はとてつもない勢いで駆けていき、包囲したアリたちの数匹を踏みつぶし、まるで熟れた果実が破裂するかのように紫色の鮮血を地面に撒き散らした。

鉄が地面を打ち付ける音が断続的に木霊し、やがて狭い通路の奥に消えると僅かな蒼い残滓を残して跡形もなくいなくなった。

 

 

「…あれは?」

 

 

残された少年は脳裏に焼け付いたあの姿、あの炎、あの力を思い出すと眉を顰める。

あんな冒険者もいるのだろうか、しかし…纏う雰囲気(ほのお)はどこか知っているようで、見ているだけで恐ろしいような昔見た御伽噺に出てくる化け物のような。

 

それは――冒険者というよりモンスターと表現するほうが近いように思える。

 

炎を纏った鉄の狼、僕が見えたのはリリの前に屹立する姿のみ。

しかし…強大な牙のような炎があった、もしあれをあの騎士がやっていたのだとしたら…キラーアントを殺していた。

 

(…やっぱり、冒険者の人だったのかな?)

 

リリを守ってくれていたように見えたし、僕が来たらすぐにどこかへ行ってしまった。

剣を馬に変えた時は驚いたが、そういうスキルか魔法も恩恵(ファルナ)によってはあるのかも…しれない。

 

――その時、頭によぎったのはリョナとの「約束」。

 

(まさか…ね)

 

約束こそしたが、所詮口約束。

できれば履行する程度のあやふやな笑いあい。

 

それに…あの蒼い騎士がまさかリョナのはずは無いだろう、常識的に考えて。

 

 

「って、今はそんなこと考えてる場合じゃない、まずはアリを何とかしないと!!」

 

 

見やれば白い炎は完全に霧散し、怯えていたアリ達もまた包囲を復活させ始めた。

だいぶ死体も転がっているが、その数はまだまだ多い…全力で戦わなければ、後ろに倒れている少女ごと死ぬ。

 

ナイフを構え、息をゆっくりと吐きだしたベルは目前に広がったキラーアント達の群れを睨みつけ――その右手を向けた。

 

 

「――ファイアボルトォ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「上手くいったなぁ、カヌゥ!」

 

「…おう」

 

 

三人の男達がダンジョン内の細道をゆっくりと進んでいる。

一人は巨大なバッグをその肩に背負い、その手には思い思いの金品が幾つか握りしめられ、顔には見ていて吐き気のするような下卑た笑いが張り付いていた。

 

そんな中でも一人したり顔を浮かべるカヌゥの首には鍵が一つかかっており、先行する二人の仲間の背中を見ながら指で鍵を弄っていた。

 

 

「…つってもいくらぐらいあるんだ?」

 

「さぁな、だがノームの宝石ってだけでも相当な稼ぎだ。まぁまず間違いなく――」

 

「――今月の神酒(ソーマ)は俺たちのもんだ!ガハハハ!」

 

 

上納金下位ギリギリでお猪口一杯程度、上位でジョッキ瓶一杯くらいは楽しめる。

勿論その分多量の金貨が必要になるが…今リリに奪った魔剣や金時計、それに合わせてノームの宝石ともなればジョッキの3杯程度容易く手に入る。

 

――上機嫌になるのも当然だ、神酒に縛られた脳髄は常に渇きを訴えているのだから。

 

 

「ところで残った金はどうすんだ?」

 

「そりゃあ…勿論3分割だろ」

 

「あるいは俺が全部預かっといてやろうか?」

 

「ばっかお前に預けたら盗まれちまうだろ…それこそアーデみたいなやつにな!」

 

 

そう言って3人で深く笑う。

 

7階層から早足に進んでもうすぐ地上。

あの少女は既に死んでモンスターたちの餌になっているだろうし、金は大量に手に入った。

 

そして――3人それぞれ神酒の味を思い出しながら、暫く歩む。

 

 

「…ん?」

 

 

最後尾を歩くカヌゥがふと後ろを向く。

何か背後から音が聞こえた気がしたのだが、それはこのダンジョン内で聞こえるはずもない生活音。

幻聴か、あるいは何か他の音を聞き間違えたのか…何にせよ聞き間違いだろうと判断したカヌゥは暗いダンジョンの闇から視線を前に戻す。

 

 

――『…ガチャラッ…ガチャラッ…ガチャラッッ!』

 

 

最初は擦れるような音だったが、やがてそれは大きくなっていく。

金属が離れ、またぶつかり合い――地面を打ち鳴らす「ひずめ」の音。

 

ダンジョンに馬などいるはずがない、狭いダンジョン内ではいかな名馬と言えモンスターに怯えたりと使い物にならない。

故にダンジョン内で馬の高らかなひずめの音など聞くはずが無い…「無かったのだ」。

 

聞き間違いでないその怪音に思わずカヌゥは立ち止まり、再び振り返ると徐々に近づいてくるその音に心がざわついた。

 

 

――そして、暗闇の中に蒼い炎を見る。

 

 

「なッ…!?」

 

 

炎は瞬間的に、爆発的に大きくなっていく。

瞳に映った炎は瞬き、輝きながら近づいてきていた。

 

白く蒼い炎は激しく上下し、その暗黒の中に肉食獣のような瞳が2つはっきりとこちらを睨んでいた。

 

 

「あれは…モンスターか?」

 

「あ?モンスター?――ってなんだぁありゃあ!!?」

 

 

カヌゥの呟きに仲間二人も振り返り、一様に蒼い炎を発見する。

ダンジョン内で激しく燃えるそれはまるで馬のように疾く、狼のように力強い。

全く見たことも聞いたことの無いモンスターの襲来に、3人は恐怖をその瞳に焼き付けた。

 

 

――ついにその姿が露わになる。

 

 

まるでそれは死霊騎士。

蒼い炎を纏った馬鎧を纏った巨馬はとてつもない速度でダンジョンを駆け、その背には全身鎧(フルプレート)を身に纏った大男。

その目には蒼い火が細く揺らぎ、肉食獣のように3人の男の事を憤怒でもって睨みつけていた。

 

そして――蒼く白い炎がその身体から高く立ち昇り、激しくダンジョンの壁と床を燃やし、光源のない通路を激しく照らしていた。

 

 

「…あッ…なッ…!?」

 

 

異様な光景、巨大で俊敏なその獣の姿に3人はその動きを完全に停止する。

蒼い火を纏った化け物、圧倒的な殺意の集合体に圧倒され僅かな言葉を漏らした。

 

(なんだこれは何だコイツはッ…!?)

 

ダンジョンのモンスターでは見たことも聞いたことも無い新種、しかし圧倒的な火力をもったその化け物はこの階層ではありえない「死」そのものの具現。

全てを憎み燃え滾るような瞳は完全にモンスターそのものであり、同じ鉄でできた馬も同種の化け物と見えた。

 

 

――馬は勢いよく駆け、3人の目の前に急停止する。

 

 

手綱を勢いよく引いた騎士に合わせ、ヒヒンと鳴いた馬が後ろ足で立ち上がる。

威圧的な光景、鉄で作られたひずめが目前で振り上げられ、カツンッと乾いた金属音をたてて地面を叩き周囲に響き渡った。

 

 

「…」

 

 

高い馬上を見上げ、その狼の(ヘルム)についた傷痕に灯った焔を見る。

細く立ち昇った蒼炎は明らかにこちらを睨みつけ、ゆっくりとその瞳を自分たちの顔に向けていた。

 

…まるでそれは、明確な「意思」があるかのような。

 

目前で立ち止まったモンスターに3人は自らの武器を取り出す事も出来ずに、立ちすくむ。

たった一匹、巨大な狼騎士は馬上から動くことも無くただ自らの纏う蒼炎を揺らし、ただ存在するだけで場の空気を圧倒していた。

 

 

そして――やがて、ゆっくりとその狼兜を揺らす。

 

 

「…貴様らに、問う」

 

「…なッ!!?」

 

 

突然にゆっくりと言葉を紡いだ()()()()()にカヌゥは思わず声を漏らし、口を開けた。

喋るモンスターなど聞いたことが無い、深みのある男の声にカヌゥは更に恐怖し、混乱する。

 

…言葉を失ったカヌゥに、馬上の「モンスター」は尚も言葉をしゃべりかけた。

 

 

「貴様らは先ほど少女から鍵と所持品を奪った一党か?…で、あるならば――」

 

 

どうしてそれを、まさか…見られていた?

しかし…モンスターが何故鍵の事を知っているのだろうか。

 

などと――思う間もなく、言の葉が続いた。

 

 

 

「――返せ、さもなくば貴様らの悉くを殺す」

 

 

 

蒼い両目が火力を増した。

 

ボウッ!と瞳が燃え上がり、激しい殺意がまるで突風のようにカヌゥたち3人の全身を刺す。

恐怖に脊髄ごと凍てつき、向けられた憎悪に魂ごと焼け付くような感覚を覚えた。

 

――シャキン、と金属の擦れるような音が背後でする。

 

 

「くっ、クソがァァァァァァッ!!!」

 

「なっ…待て、やめろぉ!!」

 

 

咆哮に合わせ、仲間の一人がカヌゥの脇を通り抜ける。

その手には抜身の剣が一振りあり、顔は最大の恐怖で強張っていた。

 

恐怖に耐えきれなくなり、おもむろに走り始めた男をカヌゥは止めることは出来ない。

一番前に立っているからこそ解る、これはもう個人で対処できる存在じゃない。それは大きすぎる力量差で…確実に、死ぬ。

 

 

「死ねぇぇぇぇぇッッ!!!」

 

「…」

 

 

直剣を構え叫びながら突撃する男に、馬上のモンスターは迷うかのように僅かに首を傾げる。

そして…カヌゥの首周り、そこにチラリと「鍵」を発見すると躊躇わず向かってくる男に腕を伸ばした。

 

 

「なっ…掴んッ――」

 

「――死ね」

 

 

突き上げてきた剣を空中で、ガシリとモンスターは右手で掴む。

かなりの速度であったのにも関わらず容易く掴んだモンスターに男は完全に委縮し、その神業に怯えた声を漏らした。

 

低い憎悪の詰まった一言に従い、剣と触れたモンスターの手から蒼い炎が噴き上がる。

刀身に炎が巻き付き、憎悪の熱に侵された剣が蒼く溶け液状化すると、男の持った柄の部分を残してぐにゃりと歪曲した。

 

 

「ひっっ!!?なんだこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっあっぢぃぃぃぃっあぢいよぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!?」

 

 

――鉄が膨張し、赤熱したまま男の身体を包み込む。

 

鉄の溶ける融点は1538°C、男の皮膚を包み込んでいく鉄の持った強すぎる高温に男の全身からは水分が蒸発し、焼け付いた皮膚が弾け飛び血液が水風船を割った時のように噴出した。

 

肉体が一瞬で消し飛ぶことも無く、神経をじかに炙っていくような苦痛が毒のように男の身体を巡る。

熱でできた液体は首を目指し、身体の上を駆け巡るとその身体を焼いていきながらその身体を包み込んでいく。

 

そして――球体。首、四肢を残して胴体を球状の鉄が覆った。

 

もう激痛などという言葉では足りない、高温によって空気はとてつもない速度で上昇気流を発生させ、限界まで乾燥した男の顔と両手両足は半ば自然現象的に燃え上がる。

焼けた皮膚が赤黒く変色しだらりと垂れさがるとどろりと溶け始め、その眼球は――

 

 

「あ゛…ぁ゛…が……だぁ、だぁずげ…」

 

 

――勢いよく燃え上がった男は、溶け落ちた硝子体越しに助けを求める。

 

しかし燃えダルマのようなその姿に二人は指一本すら動かせず、ただその異様な光景と絶叫に恐怖していた。

 

 

…『ドシュッ!!』

 

 

肉の裂ける音とともに完全な球体が完成する。

鉄球から出ていた頭、手足の根元が塞がれ、ポンッとそれぞれのパーツが宙を舞う。

同時に瞬時に冷却された赤熱した鉄が元の鈍色に戻るとゴチンッと地面を落ち金属音を鳴らした。

 

鉄球の表面には飛び散ったような血液が付着し――切断され燃え尽きもはや誰のものかも判別できない頭部と四肢が転げ落ちた。

 

 

「ひぃっ!!?」

 

「…はー…はー…っ!!?」

 

 

削げ落ちた肉体に、残った二人は恐怖する。

今すぐこの場から逃げたいという思いに駆られるが、この至近距離ではそれは叶わず先ほどの異様な力を見て頭は「殺される」という一念に縛られていた。

 

…馬上のモンスターは鉄が丸く完成する様をゆっくりと観察しているように見えたが、やがて荒く息をする男二人に視線を戻す。

 

 

「…して」

 

「ッ!」

 

「返すか、死ぬか?」

 

 

これみよがしに馬が片足を振り上げ、炭化した頭を踏みつぶす。

ぐしゃりと内部に残っていた赤色の脳漿がまき散らされ、黒い細々とした粒子が空中に漂った。

 

噴きあがった炎に恐怖し、幼子のように涙を流すカヌゥは竦んだ指で何とか首にかかった小さな鍵を取り外そうとする。

そして強張った指で震えながら鍵を掴むと、倒れそうな足で数歩近づきモンスターに差し出した。

 

 

「ひっ…」

 

 

鎧に覆われ炎の噴出した指がゆっくりと伸び、カヌゥの持った鍵を掴むと受け取った。

 

近づいてくる炎と指、先ほどの光景も合わさってカヌゥは短く声を漏らすと、その恐怖そのものの姿を仰ぎ見る。

 

蒼い火を纏った狼、鉄を操る化け物。

見たことも無いその姿、喋り、見たことも無い強大な力で人一人を瞬時に惨殺した。

ダンジョン内で死を覚悟したことなどいくらでもあったがこれはもうそういう次元じゃない、神酒に侵された脳みそさえ焼け付くような恐怖があった。

 

 

「お、おいっ!お前もはやくしろぉッ!」

 

 

振り返り仲間に怒鳴りつける。

呆けたように直立した男の背には少女から奪った金目のものがひとまとめにされた袋があり、その手には魔剣が握られていた。

 

並のモンスター一体程度であれば容易く吹き飛ばせる魔剣は普通大きなアドバンテージだが、コイツに対しては何の役にもたたない。

カヌゥは仲間がさっき死んだやつみたいに無謀な行動にでないか、心臓をバクバクと鳴らしながら恐怖する。

 

 

「あっ…あぁ…」

 

 

とはいえ杞憂に終わる、男は背負っていた袋を下ろし震える手で握っていた魔剣もその中に入れると数歩進んで馬上に差し出した。

重いそれをモンスターは片手でむんずと掴むと軽々しく馬の背にドスンッと置く。

 

 

「…以上か?もしまだ隠しているようなら…」

 

「い、いえぇっ以上でっ…!」

 

 

蒼い火がこちらを向き、尋ねてきた。

それに対してカヌゥは必死な思いで頷くと、生きた心地を覚えぬままその姿を見上げる。

 

そして涙しながら…蒼い恐怖にあてられ、純粋な疑問がふいに口を割ってしまっていた。

 

 

「…ひぃっ…あ、あなた様はいったいどなたなんでぇ…?」

 

「…俺――いや、我か?」

 

 

尋ねて、後悔した。

立ち去ろうとしていたモンスターは足を止め、カヌゥのことを見下ろすと目を燃やす。

 

手綱から一度手を離し、あごを触って考え込み始めてしまった。

カヌゥは唾を飲みこみ、モンスターがこちらを見るのを恐怖しながら待つ。

 

 

そして――化け物は実にそれらしく、仰々しい喋り方で答えた。

 

 

「我は…神に仇なすもの。泣き叫べ眷属よ、我は貴様らの親を殺そう。疾く伝えよ、我は貴様ら神々を常に狙い、その喉元を食いちぎらんとしている事を…我の名は――」

 

 

 

その名前を語った後、騎士は馬を駆り去った。

 

蒼い炎が目を焼いて、床に残り燃えた炎さえ消えてからカヌゥは膝をつくと、余りに冒涜的なその内容に――完全な狂気に陥るのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

…仰げば、今日も曇天。

 

空は淡く輝いて、白い雲は僅かばかりの日光を隙間から地上に漏らしていた。

道に敷かれた石は冷たくもないが暖かくもなく、噴水の縁の代理石は触るとザラザラとしていてひんやりと冷たかった。

 

 

「…」

 

 

――不安だった。

 

あの後謝罪すると、少年はずるいくらいに優しく笑って許してくれた。

だが私は彼に、もう顔も見たくないと怒られても仕方ないくらい酷い事をした。

会えなくても、いや会わなくても良いとさえそう思っていた。

 

少女は歩きながら、本日何度目かも解らないが深く被ったフードの陰から曇り空を仰ぎ見る。

背負ったバックパックは昨日の影響で大きく焼け跡がつき、その一部は染料をぶちまけたかのように蒼く変色していた。

 

 

「…」

 

 

しかし…私はどうしたいのだろう?

私なんかがいないほうが少年のためになるはずだ、だが私はこれからどうすればいいのかも解らないし元の泥棒生活に戻ってはあの少年と男の言葉を否定するようで嫌だった。

 

(私は…?)

 

今までソーマファミリアから逃げる事だけを考えて、痛くて、そんなこと考えたことも無い。

あるのは卑屈な思考と、意地汚くて弱い金への執着…それを捨てた今考え始めて、それ以外持っていない事に気が付いた。

 

 

だが――暖かいモノを教えてくれた人はいた。

 

 

「サポーターさんサポーターさん、冒険者を探してはいませんか?」

 

「…えっ…?」

 

 

声をかけられ、バベルに向けていた足をリリは止める。

驚愕の声をあげ、フードから見上げると――笑顔を見た。

 

 

「混乱しているようですね、ですが状況は簡単ですよ?サポーターさんの手を借りたい半人前の冒険者が自分を売り込みに来ているんです!」

 

「おーおー若いねぇベル君」

 

「ちょっと笑わないでくださいよリョナさん!」

 

 

白髪の少年と男が笑いあってそこには何の嫌みも無く立っていた。

二日ぶりのその元気そうな姿に、かけられた言葉に私は零れた涙を慌てて拭った。

 

後ろに立つリョナを振り返り言葉を交わしていたベルは振り返り、再度笑うと、言葉を続ける。

 

 

「だから…もう一度僕と一緒にダンジョンに潜ってくれないかな、リリ?」

 

「はい…喜んで!」

 

 

やり直しの合図。

リリは笑って、頷いた。

 

頷いて、気が付いた――私は、こうなりたかったのだと。

 

一言、そう言われただけでこんなにも嬉しいのだ。

私はこの少年と一緒にいたい、肯定してくれたこの少年からもらった優しさを少しでも返したいとそう思った。

 

差し出された手にリリは手を重ね、掴む。

笑いあって、温かくて…二人でいれることが嬉しかった。

 

 

――そして気が付けばお腹を触られていた。

 

 

「ってきゃああああああああ!?」

 

「リョナさん何やってるんですか!!?」

 

「いや大怪我したって…」

 

「セクハラです最低です死んでくださいリョナ様ァ!!」

 

 

横合いから腹を触ってきたリョナからバッと身体を離した。

怪我が治ったとはいえ一度切り裂かれた腹部はピリリと痛み…というか普段撫でられることも無いお腹をずるりと触られ気持ち悪かった。

 

蔑んだように見下す視線にリョナは不服そうに首を傾げると、立ち上がる。

 

 

「医療行為であってセクハラじゃねぇだろ?つーか10もいかないガキの身体触ったくらいで大げさな…」

 

「私は15歳です!」

 

「マジでっ!?…あーでも俺の妹もまだ体つき…でもベル君より年上って…」

 

 

頭を抱えたその姿は、最後見た時と全く変わらない。ひとまず怪我をしていない事にリリは内心安心しつつ…ほんの少しばかり恐怖していた。

そして――その左手に、蒼色の獣のタトゥーのようなものが彫られている事に気が付き、「アレ」が嘘じゃないことにどこか不安で、どこか物語を見ているかのような非現実感に疑惑を覚えた。

 

 

「リョナさん、リリは小人族(パルゥム)ですから…」

 

「俺いまいち亜人のこととか解んねぇんだよなー…あ、でも猫人(キャットピープル)は尻尾握るとキレるぞ」

 

「…試したんですか?」

 

「アーニャ」

 

「あっ…」

 

 

その一言に全てを察したベルはただ納得したようにゆっくりと頷いた。

仲のいい二人のやり取りを見てリリは自然に少し笑うと、目の前の二人も私の笑顔につられて笑ってくれた。

 

そして――リョナは見覚えのある鍵を取り出し、私の前に差し出した。

 

 

「…!」

 

「そういやこれ()()()()()()()…もしかしてお前のじゃねぇか?」

 

 

微笑のまま語り掛けてくるリョナの嘘に私は困った思わず眉をひそめてしまう。

しかし…どちらにしても少年には言いにくい話題だ、きっとこれはリョナなりの優しさなのだろう。

 

 

「…はい、ですがもう私には必要ないものです。()()リョナさんに差し上げます」

 

「…そうか、だけど場所が解んねぇし後で案内してもらっていいか?」

 

「えぇ、もちろん」

 

 

リョナは頷くと鍵を自らの首にかけ直す。

 

…別にノームの宝石などもう惜しくない、それに元々アレはリョナのものだ。

だから差し上げるなどとんでもない…返す、が正しいのだ。

 

私とリョナのやり取りにベルは首を傾げるも意味は解っていないようだった。

別にリョナからぎゅるぎゅる丸を盗んだとて謝ればベルは許してくれる、そんな確信にも近い思いをリリは持ってはいたが、自分から言い出すのは怖かった。

 

 

「ところで…左手の具合はいかがですか?」

 

「…さぁ、なんのことだ?」

 

 

そう言ってリョナは左手をひらひらと私の目前で振る。

斬りつけたはずの傷は完全に塞がっており、代わりに一昨日までは無かった蒼い狼の紋章。

 

それだけが二日前見たあの異様な光景の証明であり、いかに痛みで朦朧としていたとはいえ見間違えようのないあの「炎」がリョナのものであると笑っているようだった。

 

(この人は…何者なんでしょう?)

 

蒼い炎を纏った鉄の狼、穏やかな表情を浮かべた目の前のリョナ。

ベルと同じファミリアの構成員だというが、余りにその力は異様すぎた。

 

(…)

 

正直に言って、「怖い」。

何だか見ていたら身体の竦むような炎、足元の基盤丸ごと燃やされるような感覚。

だがそれでいて…仲間だというのなら少し心強くて、無条件に信用してしまいたくなるような。

 

警戒と…僅かな何に対してかも解らない期待をリリは見上げるようなリョナの顔に向ける。

 

そんなリリの視線の先、鍵を首に提げ終えると振り返りリョナはベルを見やる。

そして朗らかに笑うと「そうだ」と白い鎧に覆われた肩を掴んだのだった。

 

 

 

「ベル君、そろそろパーティ組もうぜ?」

 

 

 

・・・

 

 

 

後日譚、というか都市伝説。

 

オラリオに「ある噂」が広まった。

 

なんでもダンジョンから出てきた二人組の冒険者がいたらしく、余りに殺気立ったというか恐慌に陥ったような尋常でないその姿にギルド職員が声をかけた。

野次馬のようになった冒険者が言うには男たちの姿は全身を焼かれたようになっており、情緒不安定な男たちは何かをブツブツと呟いたり突然に叫んだりととても正気では無いようだった。

 

そして…狂ったようなまともに会話が成り立たない二人にギルド職員すら諦め、周りの野次馬たちも消えかけたころ。

 

突然男はダンジョン前のロビーいっぱいに聞こえる大音声で「とあるモンスターの情報」を叫んだ。

 

…何でもそれは喋り、炎を操り、ダンジョン内で馬を駆って鉄を打つ人型の狼。

鉄を操り、憎悪を吼える異形の化け物。

 

それから「それ」が「何を」言ったのか、それといかな名前だったのかを告げ、男はその場にいる全員にその存在を、味わった恐怖を警告した。

 

 

――哄笑。

 

 

その場が笑いに包まれた。冒険者たちは蔑んだかのように笑い、公的な立場にあるギルド職員も苦笑していた。

 

何だそれは、御伽噺の化け物か。

なんにせよ冗談か、あり得ない類の話。誰も真剣に受け取らず、その話の肝その化け物が「何を」言ったのかを馬鹿にした。

 

男二人はそのまま叫ぶようにその場を去り、後には誰も本気にしない馬鹿話のみが広がり、暫くオラリオで笑い話として噂されることになる。

 

 

絶対不変の存在である神を殺すと宣言した愚かなモンスター――

 

 

 

――その名を「神殺しの狼騎士(ウルフェンハザード)」、その噂の一つ目として。

 

 

 

・・・

 

 

 




はいというわけでリリ編は終了ー次回からは日常的な何かをやる予定です。

あちょっとだけ解説。
カウント1000でリョナは「狼騎士」を発動可能。
切り裂き魔の高揚でのステイタス向上もさることながら「蒼い火」と「鉄を打つ能力」を扱えるようになり大幅パワーアップ。

あれだね、無双状態だね。

※銑鉄って言葉をこれから多用していくんですが、誤用しています
この世界線では「温度で融解した液状の鉄」の事だとお思いくださいませ
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