このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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大の男が少女をシングルファーザー的な男手一つで育てるのっていいよね…戸惑いつつ育てる不慣れみたいな。
…え?解んない?解れ。

はいーというわけであけおめ、暫く日常編です。
と言ってもベルがアレにアレされるまでの…5日間くらいかな、短い間になると思うんですが、楽しくいこう、楽しく。
では今年もよろ



 新居

・・・

 

 

 

「ぎゅるぎゅる丸ゥー!」

 

「…」

 

「ぎゅるぎゅる丸ゥ久しぶりー!!」

 

 

少女の手渡した黒鉄のグローブをリョナは少年のように喜びながら受け取り、抱きしめる。

実に10日ぶりの再会は影の差した路地裏で行われ、久しぶりに主の元に戻ったぎゅるぎゅる丸も嬉しそうに(?)かちゃかちゃと鳴っていた。

 

――リリと再会した後、ベルと一度別れた二人はそのまま「オラリオ東区画」に向かった。

 

そこにあるのは「ノームの貸金庫」、店番に小さなしぼくれたノームの老人が座った路地裏にある店舗の中には幾つもの小さな金庫が入っており、沢山の鍵穴が暗い目で通りを見ていた。

そして…リョナから鍵を受け取りノームに金庫を開けてもらったリリは、その中に入っていたぎゅるぎゅる丸を取り出し、「鍵ごと」返したのだった。

 

 

「…すいませんでした!」

 

 

同時にリリは…頭を下げる。

タイミングとしては正しく、盗んだものを()()()()()()なんていう異常な状況で謝るのはここでしかありえなかった。

 

真摯にぺこりと頭を下げるリリにリョナは笑うのを止めると、真に微笑んだ。

 

 

「許す。ベル君に言われたからとかじゃなくて、盗まれた俺が許そう。生まれ変わる前のお前がやったことだし、何より返ってきた…それで十分じゃろ?」

 

「…!…ありがとうございます」

 

 

絞り出すように明るい声を出したリリは顔をあげる。

初めて笑ったその表情に、何だか少し安堵した俺は、戻ってきたぎゅるぎゅる丸を軽く持ち直した。

 

とはいえ…一緒に握らされていた鉄色の鍵を指でつまんで俺は、リリにちらつかせるように振って見せた。

 

 

「…というか本当に残りの宝石は良いのか?けっこうあったように見えたが…」

 

「…いえ、良いんです。リリは生まれ変わったので」

 

 

確か盗品を全て宝石に変えたと言っていた。

先ほど金庫が開いたときもキラキラとした綺麗な宝石が底に敷き詰められていたし、相当な額があるように見えた。

…とはいえ盗品、いわくつきの金であるならば今のリリには必要ないものなのだろうし、そこから足がついてしまうかもしれない。

 

ならば――確かに、まだ俺が受け取っておいた方が安全だろう。

 

頷き、鍵についた紐を首にかけた俺はとんでもないものを手に入れてしまったのかもしれないとため息を吐いた。

 

(つってもあの宝石よりぎゅるぎゅる丸の方が代えがたいけどな)

 

重要なのはそこだ、金庫の中にしまってあったぎゅるぎゅる丸が帰ってきた。

 

これでやっとダンジョン探索でモンスターに囲まれたら逃げなくて済むしカウント稼ぎも楽になる。愛用武器は…やっと帰ってきて、俺の腕の中に戻ってきた。

俺は、手の中に納まった黒鉄のグローブを感慨深くも眺め――

 

 

「…あっれ?」

 

 

――「壊れていること」に気が付いた。

 

右手は人差し指以外のワイヤーが、左手は中指と薬指以外の巻き取り機が壊れてぐちゃぐちゃに綻んでいる。

装甲には大きくひびが走り、分解しないと詳しく解らないが内部構造も大きく摩耗しているように感じた。

 

これは…最低でも幾つかのパーツの換装をしなければまともに使えない。

修復不可能という最悪な状況というほどでも無いが、確実に…「厄介」であることは確かだった。

 

 

「あのっ…もしかして壊れて…?」

 

 

気が付けば後ろからリリが覗き込んできていた。

察したように俺の手の上でひびわれたぎゅるぎゅる丸を見てしまった顔は青ざめており、栗色の瞳は大きく目を見開いていた。

 

おおかた自分の責任だと思っているのだろうが…それは否だ、俺は笑って首を振る。

 

 

「いや確かに壊れてるがお前のせいじゃない、元々壊れかかってたのがついにキタってだけなんだ」

 

 

思えば元々酷使していて、手入れをしようと思った矢先盗まれ、狭い金庫の中に無理やり押し込まれた結果壊れるのは…まぁ仕方のない事と言えた。

仕方ないのだが…割と問題は切迫しているのも事実だった。

 

笑いながら困ったように影る俺の表情に、リリは簡単に慌てふためき詰め寄ってきた。

 

 

「な、何か私に出来ることは…?」

 

「カーボンファイバー、ジェラルミン、チタン合金…あるいはアルミニウム、スカンジウムetc」

 

「え…な、何ですかそれ?」

 

「…だよな、すまん変な事聞いて」

 

 

ひとまず復元しようと思ったら必要になる「向こうの世界の」素材を羅列してみた。

しかしリリは困惑の度合いを深めるばかりで、心当たりはないようだ…当たり前だ、こちらの技術はそこまで進歩していない。

 

つまりそもそも「素材」が手に入らないから――詰んでいた。

 

(…修復…どうしたもんか…)

 

それに素材があったとしても俺は精々趣味レベルで、というか両橋家の最新施設があったからこそ「これ」を作れたようなもので、知識として原理は理解していても「技術」は備わっていない。

 

いわゆる鍛冶、鉄を溶かし打って…ぎゅるぎゅる丸の修復をするしか方法は無いのだろうが――つまるところ「素材」も「技術」も足りていなかった。

 

 

「ふぅ…」

 

 

しかし悩むのは後だ。責任を感じてしまっている少女の前でいつまでも落ち込んでいられない。

一度表情をリセットした俺はぎゅるぎゅる丸を腰につけ、そのやっと戻ってきた「手慣れた重さ」に安心し笑うと、リリの手ごろなフードを被った頭にぽんと掌を乗せた。

 

 

「…っ…何を?」

 

「あー…良いんだよ別に、心配かけられたっていいしこれだって必ず直せる…だからそんな顔すんな」

 

 

そういってリリの頭をフード越しにガシガシと撫でる。

俯いた少女はフードの下で少し驚いたような表情を浮かべた後、少し笑ってくれた。

 

それに少し()()した俺は息を吐きだし…何故自分が安堵しているか解らなくて目を見開いた。

見開いてから…今はどうでもいいかと首を振る。

 

 

(…何にせよ、まずは『場所』だな)

 

 

そして「ぎゅるぎゅる丸修復の手はず」を考え始めるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「――家を?」

 

「あぁ、ぎゅるぎゅる丸を直す…『鍛冶場』みたいな場所が欲しいんだ」

 

「なるほど…とはいえリョナさん、予算はおありなんですか?」

 

「ん…まぁそれなりにな」

 

 

リリから預かった鍵、その貸金庫の中に大量にあったノームの宝石。

換金すれば相当な額があったそれは、それこそ家一軒くらい買えるだけの金額があった。

 

鍵を胸元から出し、カウンター越しに俺の提示した額にエイナは「…大丈夫そうですね」と頷くと、戻ってきたぎゅるぎゅる丸に少し喜び微笑んでくれた。

 

――家を購入することに決めた俺はギルドに来ていた。

 

 

「あーだからベル君―!?暫くパーティ組めないけどごめんねー!」

 

「…へ?あぁいえ僕はいつでも構わないので!先にぎゅるぎゅる丸を直してください!」

 

 

ギルド、面談用のボックスカウンターに座ったリョナは、相対したエイナから振り返ると、遠くのソファでリリと一緒にいるベルに声をかける。

ぎゅるぎゅる丸が壊れてしまった以上ダンジョンに行くより、正直それを直す方が優先度が高い…であれば当分ベルとパーティを組むのも先になる。

 

リョナの方から声をかけたのだが、ベルは特に気にしていないようで、というかむしろ嬉しそうに笑って手を振ってくれた。

 

それに俺は頷き手をぶんぶんと振り回し返すと――ムスッという顔を浮かべたエイナに身体を戻した。

 

いかにも不機嫌な彼女の様子に俺は「面倒くせぇ…」と内心ぼやきつつ、笑いながら椅子にもたれかけなおす。

そして…彼女が組んだ指でトントンと卓上の木目を叩き、メガネを午前10時の陽の光に反射させた。

 

 

「…というかリョナさん」

 

「おいおいコボルト面してどうした?」

 

「いや怒ってないですけどコボルト面ってあれですか犬面ってことですかそうですか」

 

「うん悪かった、悪かったから頬を摘まむな」

 

 

ほんの場を和ますための冗談のつもりだったのだが更に怒らせてしまったようだ。

無表情に頬をつねりあげてくるエイナにリョナは苦笑すると離してくれるまで待つ。

 

そして白いすべすべの掌が離れ、エイナがため息を吐いてひそひそ声で喋りかけてくるまで痛みに耐えた。

ヒリヒリと痛む頬を擦りながら俺は自虐的の口端を吊り上げると、顔を近づけてくるエイナに合わせるように少し身を前に乗り出す。

 

 

「…それで?結局どうなったんですか…!?」

 

「…何が?」

 

「…あれです、()()()…!」

 

 

声量を抑えたエイナと小さな声で喋りながら、彼女が小さく指さした方向を振り返る。

 

――そこにいたのはベルと「リリ(少女)」。

 

(そういえばコイツ気にしてたんだっけ…)

 

ベルの周りにいるソーマファミリアのサポーター。

思えば最初それをリョナに忠告してきたのはエイナだった、それ以外にもいろいろと手を回してはいたそうだし、リリと一緒にいる「この結果」が気になるのは当然だろう。

 

 

「あーそうだなー…大天使ベルベルの慈愛によって世界は救われましたとさ、以上」

 

「はぁー?…あぁ、あなたに聞いたあなたが馬鹿でした…」

 

「あん?良いんだよ別にこれで。確かに以前のアイツはロクな奴じゃなかったが、それなりに生まれ変わったからな。むしろこれからのこと見てやってくれ」

 

「…」

 

 

不服そう、だが頷いたエイナにリョナはふー…と満足げに息を吐く。

 

――様々な要因があった、しかし結局ベルがリリを許したという結果以上のことは説明する必要が無いし、心配する必要も無い。

勿論、今後も何かに巻き込まれるかもしれない。だが仲間になったのなら、俺があるいはエイナが…大人が許さなければ誰が許すというのだろう。そして…誰が守ってやれるかも。

 

いつになく真剣な表情で語るリョナにエイナは少し驚いたかのように考えた後、再び頷き微笑んだ。

 

 

「…まぁ、リョナさんがそこまで言うなら解りました。私も信じてみようと思います」

 

「信じなさい、無条件で信じなさい。そしてこの壺を購入するのです」

 

「最後にそういうこと言って台無しにするのホンット良くないと思います!」

 

 

むくれたエイナにたははと笑った俺はぐっと背中を伸ばした。

そしてそれなりに間を取りカウンター上にゆっくりと腕を組み直すと…本来の目的を促すことにした。

 

 

「…それで、家は売ってるのか?」

 

「あぁ、そういえばそうでしたね。…少しお待ちください」

 

 

頷いたエイナはカウンターからすっくと立ち上がると、何かを探しに書類棚の方に向かい歩いていってしまった。

 

…歩き去っていく彼女の味気ない尻を笑い飛ばした俺は振り返る。

 

昼も近いギルドにはかなりの冒険者がいる、様々な匂いが入り混じった空間はもはや慣れたものだが、増えてきた情報量にたまたま嫌気がさす時もある。

そういう時は見知った匂いを探すと落ち着くのだが…例えばベルの少し甘い匂いとか、リリの…あいつには良い石鹸を買ってやろう。

 

そして――混じったような黄金の匂い。

 

(…気のせいか?)

 

知った匂いではあるが視界内にはいない。

ソファで何やら喋っているベルとリリの姿を眺めながら首を振る、鼻の先を掻くと嗅ぎ間違えであったと自分で自分にうそぶいた。

 

 

「…お待たせしました」

 

「おう」

 

 

声をかけられ振り返る、カウンター越しのエイナは十数枚程度の紙を脇に抱えており、それをカウンターの上に置きながらまた高椅子に座り直していた。

俺はエイナが何やら紙を整理していくのを見ながら頬杖をつくと、少し暖かい陽気に大きく欠伸をついた。

 

 

「あ」

 

「ん?」

 

 

声を漏らしたエイナに視線を落とす。

首を傾げた俺にエイナは紙束の中から一枚抜き取ると――俺に見せてきた。

 

 

「――こことかめちゃくちゃ良いですよ!」

 

「ほう?」

 

 

何だか少し興奮したようなエイナから手渡されたA4ほどの大きさで出来た用紙を俺は片手で受け取る。

俺は解りやすいレイアウトで「物件の情報」が書かれた紙を眺め見ると…僅かに眉を上げた。

 

手渡したエイナは少し興奮したように説明する、その様はどこか毅然とした受付嬢というより素のエイナ自身が興味を寄せているようだった。

とはいえ…パッと見た紙の情報自体は至って普通のようなのだが。

 

 

「ここ、()()()にギルドに売却された家なんですが家具付きお手頃価格、土間があってそこで鍛冶もできそう。しかも庭付きですよ!」

 

「いやそれはいいんだけど…」

 

 

狭い一軒家、四角い土地にL字型の物件。余った土地に庭。

内装などは見てみないと解らないが確かに相場に比べるとだいぶ安い価格が書かれていた。リリから貰ったノームの宝石で予算はそれなりに確保出来ているが、この価格ならばその全体の4割程度の値段で済む。

 

しかし――これは逆に安すぎる。

 

それにエイナがここまで勧めてくる理由が解らない、勿論安いのは良い事だがたったそれだけの理由でわざわざ一枚推すだろうか?

 

(…)

 

安すぎる物件、エイナのような女が気を引く話題、そして(自分で言ってて悲しいが)多少面倒を被せても生き残る友人…となれば――

 

 

「――何か…いわく付きとか?」

 

「あーダイダロス通りにあるってのも理由なんですが…」

 

 

住居の場所を見る。

ダイダロス通りの…だいぶ「浅い」場所、立地は悪くないのだが、治安はあまり良くない。

それに貧民街というイメージが良くない、一般人であるならば少し値段が張っても普通の住居

 

ここ(ダイダロス通り)…であるというだけで価値が低くなるのは半ば自然で、仕方がない事だった。

 

そして視線を上げエイナが目をそらして笑い続けるのを、目を細めて見送った。

 

 

「いやー噂に過ぎないんですが数年間にわたってこの家から悲鳴が聞こえるとか何とか…前の住人は頑なにそれを認めなかったらしいんですが、最終的に逃げるように退去していったとかで…本当に出るのではという噂に…まぁ、はい。いわく付きでお安くなっております!」

 

「…」

 

「でもまぁリョナさんなら気にしないですよね!」

 

「いや…まぁ確かにあんまり気にしないけどさ」

 

 

決めつけられるのは違うというか、開き直るのも何だか腹が立つ。

 

…というか完全に興味本位、知り合いに「悲鳴の聞こえるいわく付き物件(ゴーストハウス)」を買わせて、その実どうだったのかだけを知りたいだけ。

 

(鉱山のカナリアよりひでぇ…)

 

ため息を吐いたリョナは紙を見下ろし、その条件に目を通す。

 

悪くは無いように見える。正直条件と言っても充分な場所さえあればいいし、安いのであればいわく付きでも良かった。

はめられたのは癪だが、幽霊なんて怖くもないむしろ来いスタンスの俺としてはそれ以外良さげなこの物件を押さえておくに越したことはない。

 

カウンター上に紙を投げ捨てたリョナは複雑な表情で数度頷く、それにエイナは頷き返すと「では」と営業スマイルを浮かべて見せて尋ねてきた。

 

 

「視察に伺いますか?」

 

「おう、頼む」

 

「では…いつ頃にしましょう?私は今日でも構いませんが」

 

「んーそうだな…」

 

 

ひとまず流れとしては内装を見て、よければ契約して買い取り。

善は急げというし、できるならば今日中に視察に行って早いところぎゅるぎゅる丸を直すてだてを整えたい。

 

(つっても流石にヘスティア様にも言うべきかなー…ベル君は…?)

 

一時的な購入かもしれないが家を買うとなると報告するべきかもしれない。

…まぁ逆に住みつかれそうで言いたくないというのもあるが。

 

(というか自由なスペースが欲しい…)

 

教会地下の一室では余りに自分のプライバシーが無い。

これでは女を連れ込むことも趣味を育むこともままならない、正直前々から自分だけの部屋が欲しいとは思っていたことではあった。

 

21歳男、言葉にすると悲しいが色々と性急に飢えていた。

 

俺は席上で首だけ振り返り、ひとまずベル君の予定が空いているかどうか尋ねようと――

 

 

「おーいベ…ル…君?」

 

 

――何故か、修羅場があった。

 

ソファの付近に顔面蒼白で立ったベルとその腕を引っ張るように掴んだリリ。

猫をかぶっていた時からは考えられない程の警戒心を滲ませながら少女は強くベルの腕を引き、睨むようにベルの前に立った女を睨みつけていた。

 

それは――黄金の風。

 

 

「あ」

 

 

話に集中していて臭いに全く気が付かなったが、そこには知った匂い。

綺麗な金髪を黄金に輝かしながら垂らし、白いぴったりとした服と青いブーツを身に纏った良い匂いの少女。

 

知っているその後ろ姿に俺は席から立ち上がると、絶賛修羅場(?)っぽい環境に足を踏み入れた。

…そして特に剣呑な空気に躊躇うことも無く少女の背中に――レベル6冒険者「アイズ・ヴァレンシュタイン」に声をかける。

 

 

「よぉーアイズ」

 

「あ…えっと…リョナ、久しぶり」

 

 

少女は前見た時と変わらない無表情でぴくりと声に気が付くと、視線をチラリとこちらに上げた。

その手にはエメラルドグリーンの…確かベルの手甲だったろうかアームプレートが持たれており、彼女自身と僅かに「霧の臭い」がこびりついていた。

 

そして声をかけてきたのが知人であることを知るとくるんと振り返り、ぼんやりとした黄金の視線で「なにか?」といった風にじっと観察してきた。

 

(何か調子狂うよなぁ…)

 

目尻以外は凛とした容姿と反対にぼんやりとした中身、完全に喋りかけられる待ちなその姿勢に俺は八の字に眉を顰めると顎を触る。

それから何故ベルのグリーンサポーターを持っているのかを訊こうと――

 

 

「あ、横」

 

「えっ」

 

 

――ひょいとアイズが唐突に左を指さす。

つられて俺がそちら、つまりギルド入り口の方を見る間もなく…視界の隅で超高速な「褐色」が入り口から突っ込んでいるのを僅かに知覚したのだった。

 

 

「リョナくぅぅぅんッ!!」

 

「なッ…グハッァ!!?」

 

 

黄色い叫び、そして吐血。

 

何かと見やる暇も無く横っ腹に何かを叩きつけられる、否、俺は――「抱きつかれかれていた」。

 

瞬間、衝撃。あばらの軋む音が聞こえ、レベル…5?冒険者の見事なクラウチングスタートをもって切られた通称アマゾネスタックルが激痛とともに訪れる。

 

身体が短く1メートルほど吹っ飛び、低いカウンターに背中が叩きつけられた俺は一瞬で遠くなっていくベルの驚いた顔から更に視線を落とすと、自らの身体に抱きついた少し柔らかいような硬いような飛来物に揺らいだ視界で注視する。

注視しながら…衝撃で揺れたカウンターから降ってくる埃を頭で受けながらただ静かに吐血していた。

 

そして――腹の上に乗った『アマゾネスの少女』に、それはもう悲しいぐらいの笑みを浮かべる事に決めたのだった。

 

 

「…よ…ぉ、ティオナ…」

 

「リョナ君ー久しぶりぃー!元気してたー?」

 

「元気ではないけど…ティオナ…会うたびに死にかける俺の気にも…ごふばっ!?」

 

「えー女の子に抱きつかれただけで死にかけるとかリョナ君貧弱ーこれはもっといいファミリアに行くしかないんじゃないかなーかなー!?」

 

 

言葉とともに締め付けが強くなる。何が彼女をここまで執着させるのかは俺は知らないが、実害が(肋骨に)出るためいい迷惑だった。

 

つまり定期的にやってくる勧誘という名の脅迫(抱きつき)をしてくる少女、ティオナ・ヒリュテが俺の腹の上には乗っていた。

相変わらず太陽のように明るく元気な良い笑顔を浮かべる小さく褐色な彼女だが、会うたび抱き着いてくる…つまり死にかける。

 

悲しい事に()()()を持っていない彼女のそれはもはや殺人的であり、果たして誘惑なのか脅迫なのか解らないという(むしろ)悲しい結果に終わっていた。

 

 

「せめて…おっぱいが…!」

 

「あばら、逝っとく?」

 

「いやもう逝ってるから…」

 

 

微笑んでくるティオナに悲しみと嘆き(溢れ出る吐血)を拭いながら俺は、肋骨が本当に折れていないかどうか確認する。

()()とはいえレベル差4のタックルは正直シャレにならない程の威力がある、それはオッタルとの戦闘で身に染みた。

地力の差が桁違いだと猫のじゃれつきもネズミにとってすれば惨殺にも近い、というわけだった。

 

…とはいえ折れていない、ひとまずため息を吐いた俺は抱きつき見上げてくるアマゾネスに困惑を込めた視線を送りつける。

というかどけよ、と思いながら腹上に乗っている彼女に疲れたように笑った。

 

 

「うん、まぁ久しぶりだな…相変わらずのタックルのキレ…感服しました」

 

「君もロキファミリアに入ってこのタックルを身に着けよう!」

 

「ごめんそれにはマジで魅力を感じない」

 

 

タックルが上手くなるファミリアってなんだよ…。

 

ちなみに――モンスター騒ぎ以降ティオナとはちょくちょく会っている。

会っている…というか俺が飯を食っているといつのまにか現れたり、道を歩いていたら(親方)空から降ってきたりと神出鬼没にコイツと出会う。

…その後は酒飲んだり飯食ったり一緒に遊んだりと、結構仲良くはなっていた。

 

しかし…ぎゅるぎゅる丸を失くして忙しいから暫く会えない、そう伝えると結構アッサリ引きさがって事実絡んでくることが無くなった。

とはいえ見つけたから適当にこちらから声をかけようと思っていたのだが…何故解ったのか、野性の勘か。

 

 

「…で、何でお前いんの?」

 

「えー…たまたま?」

 

「…」

 

 

まぁここは冒険者ギルドだし、トップクラス冒険者である彼女が利用したとして全くおかしな話ではない。それに彼女と仲の良いアイズがここにいるのだから何となくついてくることだってあるだろう。

 

とはいえ…その結果死にかける、何故ギルドの外からの助走なのに俺が中にいる事が解ったのか、野性の勘か。

 

 

「――あのッリョナさん大丈夫ですかッ!!?」

 

「ベル君…お前が天使か…」

 

 

カウンターに打ち付けられ腹の上にあばら粉砕機(アマゾネス)を乗せた俺に、ベルが慌てて近づいてきてくれた。

酷い仕打ちに会ったばかりの俺にとってそれはもはや暗雲を切り払う太陽のようで…清涼感と元気が溢れてくるのを感じ、胸が無くても良いんだ!…と思えるほどの感傷を抱かせた。

 

そして差し伸ばされた手を掴み、ぶらんと垂れた褐色に首筋を抱きつかれたまま立ち上がると、痛むあばらを抱えたままその大地に二本の足を踏みしめたのだった…!

 

 

「というか…お二人はどういう関係なんです?」

 

「彼女」

 

「おい、嘘つくなティオナ…というか俺の彼女とかなってどうする…」

 

「…それは、いろいろあるし…ゴホン、初めまして私ティオナ・ヒリュテ!君はリョナ君のファミリアの人?よろしくね!」

 

「…あ、はいどうも初めましてティオナさん僕の名前はベルと言いまs…ティオナ・ヒリュテ!?」

 

 

その名前にベルは驚愕の表情を浮かべる。

俺の首にぶら下がったままのティオナは「そうだよその反応だよ!」と呟き、大きく頷くとぶら下がったままゲシゲシと俺に蹴りを入れてきた痛い。

 

仮にもこれでもトップランク冒険者、知名度はあるらしくベル君は知っていたのだろう…俺とは違って。

驚愕の表情を浮かべたベルは俺の事を見上げると、困惑と驚愕の入り混じった声を絞り出す。

 

 

「りょリョナさんの交友関係って…というかさっきもしかしてアイズ・ヴァレンシュタインさんとも…!?」

 

「…確かに知り合いだけど、全て成り行きだぞ…というか肋骨が犠牲になってる分ロクな交友関係じゃないです」

 

「そ、そうですか…」

 

 

首にぶら下がるティオナを指さしながら首を振る。

納得したのかしてないのか解らないが頷いたベルに、経験者は語るといった風に説明した俺は悲壮露わに再度首を振った。

 

とはいえ――そういえばベルはアイズの事が好きだった。

 

すっかり忘れていたが、高嶺の花的な恋をしていたはずだ。

それに普段話さない事から鑑みるに接点も無し、想うばかりで奥手なベルには会話すらままならないはずだ。

それでも…身内に接点を持っている人がいたのにそれを知らなかったのはそれなりにショックだったのかもしれない。

 

今更だが紹介してやればよかったと、少し申し訳なくなった俺は顎を掻く。そしてちらりとアイズの方を見やるとどうしたものかと眉を寄せた。

 

 

「あのリョナさんー?契約放置して遊ぶのはやめていただけますー?」

 

「あっすまんエイナもうちょい待って、なぁアイズ」

 

 

――のだが放置していたエイナから半ば蔑んだような視線が飛んできた。

ひとまず謝った俺は「きっかけでも作ってやるか」と気を利かせると、相変わらずぼっーとこちらを俯瞰していたアイズに声をかけた。

それからその手に持たれたエメラルドグリーンの篭手を指さすと、少し早口に指摘する。

 

 

「お前ベルに用事あんだろ?」

 

「あっ…うん、そう」

 

「ぼっ僕に!!?」

 

 

頷いたアイズがベルの方を向く。

その黄金色の瞳に見つめられたベルは全身の毛が逆立たせるように全身跳ねると、その驚きのまま走り去り逃げようとした。

 

 

「逃げんな」

 

 

かなりの速度で逃走を図る赤くなったベルの首筋を俺は視界外でガシリと腕を伸ばすと掴む。

真っ赤になった白兎は逃げることが叶わない事を悟ると、涙目を浮かべると振り返り、情けないまでの声を俺に向けた。

 

 

「ひ、ひどいですよぉリョナさん…!」

 

「いや何で逃げんのかも解らんけど…あれベル君のだべ?」

 

「え!?…あぁーー!!?」

 

 

アイズの手にしたグリーンサポータを指さすと、今の今まで気がついていなかったようでベルが叫んだ。

…何故アイズがそんなもの持っているかは知らないが、きっとそれが彼女のここにいる「理由」なのだろう。

 

(まぁ後は若いもんに任せて…)

 

何でそれを!?と先ほどまでの逃げ腰もどこへやら躊躇いなくアイズに詰め寄ったベルに安堵の息を吐いた俺は振り返る。待ってくれていたエイナに向き直ると数歩進み、先ほどまで座っていた椅子に近づきギシリと座り込んだ。

 

…そして、首周りにかかっていた迷惑生物(ティオナ)が、何故か俺の膝の上に座り直し、首に腕を絡めてくるのに苦笑する。

 

 

「…何か増えてません?」

 

「気のせい気のせいー!それでー?何の話ー?」

 

 

膝の上にティオナを乗せた俺に軽蔑の目線を向けてくるエイナに「違う俺のせいじゃない」と目で訴えかけながら、さりげなくティオナの膝に手を乗せてみる。

 

…何の抵抗も無い、やったぜ10代少女の太ももを撫で放題だッ!

 

 

「…」

 

「ごほん…いや…うん、ほんとごめん」

 

 

とはいえ良い加減エイナの視線が殺人的なので手を離す。

お互い合意ならええやんッ!…というか何故エイナがそこまで怒っているのか解らない。

 

悲しくなった俺は絶賛膝の上で自由行動しているティオナに視線を落とした。

…身長差があるとはいえ髪が顔にかかる、髪のつんつんとしたところが地味に刺さり…というか膝丈ほどの童女ならいざ知らず(胸以外は)標準的な彼女を膝の上に乗せているのは何だかとてつもなく違和感があった。

 

(つかカウンター見えねぇ…)

 

細く小さな身体とは言え机の上の書類は全く見えない。

反対にティオナはカウンター上に躊躇いなく目を通しており、キスするくらい近い距離で振り返ってキラキラとした目で俺の事を見上げてきた。

 

 

「もしかして…リョナ君家買うのッ!?」

 

「お、おう」

 

「へーそっかー!…あ、私極東のヒノキブロ?っていうの興味あるんだけど置いていいよね?」

 

「あー檜風呂いいねぇ、この世界にもあんのかーちょっと奮発するかー…って待て何で来る前提で話してんの?」

 

「同棲?」

 

「ッ…」

 

 

心なしかエイナの視線の鋭さが増した。

睨むようなその視線に俺は(びびって)その小さな頭をぽかりと叩くと、エイナの視線を無視して無言のツッコミとした。

 

とはいえ檜風呂か…ここのところシャワーばかりだし、肩までお湯につかりたいと思うのはもはや日本人の本能に近かった。

公衆浴場という選択肢もあるが、せっかくなら毎日浸かりたい。

 

 

「…それで!視察はいつにしますか!?」

 

 

明らかに不機嫌になったエイナが少し荒々しい語気で尋ねてくる。

その様に俺は苦笑しながら少し考え、答えた。

 

 

「うん…この後すぐ頼むわ、別に用事ねぇし」

 

「はい、かしこまりました。今準備してまいりますので少しお待ちください」

 

「私も行くー!」

 

「…あぁ?断る、というか真面目な話だから…エイナも何か言ってやりなさい」

 

「…私は、別に、構いませんけど」

 

「やだこの子すっげー不機嫌!?」

 

 

しかめっつらのまま席を立ったエイナはそのままどこかに去ってしまった。

 

 

「じゃあ行っていいよね!決定!!」

 

「…」

 

 

ついてくる宣言をし、にははと笑うティオナにため息を吐いた俺は力なくその場にうなだれる。悲しい事に純粋な腕力では勝てないし、この少女はやるといったら絶対にやる。

 

――ロクなことにならなきゃいいが。

 

 

「あっアイズも行くー?リョナ君がじゃが丸君奢ってくれるってー!!」

 

「!…行く」

 

「被害が拡大するッ!」

 

 

…結局、アイズとベルとリリ、そしてエイナとティオナと俺で視察に行くことになり、俺は全員分のじゃが丸君を奢らされることになったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「はぁッー…」

 

 

時刻は既に夕暮。

楽しいようなやかましいような時間はあっという間に過ぎていき、一人「家」に残された俺は長い息をゆっくりと吐きだす。

 

あの後視察に行った俺はその場で家の購入を決定した。

エイナと契約を結び、貸金庫に走ってノームの宝石を必要分換金してダイダロス通りにあるその家を土地ごとまるっとごりっと一括買いした。

 

そして――そこからが大変だった。

 

まず外観は良い、L字型の木造建築。少しボロイが芯はあり、「家の寿命」としては特段問題無い普通の家。

 

しかし…内装。家の中に入った瞬間「気持ち悪い」。

 

大きく区分して右側に台所、左手にベッドの置いてある居住区、そして左奥に土間、そこから縁側があって小さな庭に続いていた。

パッと見日本家屋、台所にはかまどが置かれ、ベッドスペースに畳何か敷いてしまえば完全に日本建築そのもの――しかし置かれた家具の趣味が悪すぎた。

 

…例えば、ベッド。

 

 

「oh…」

 

「うわ見てこのベッド!ゴブリンの顔がいっぱい彫られてるよ!?なんで!!?」

 

「何でゴブリンに見つめられながら寝なきゃならん…」

 

 

家具のおおむねがこんな感じ、汚くは無いが整合性すら感じさせる趣味の悪さに改めて見て辟易した。

 

――いわゆる「怪物趣味」。

というほどでは無いのかもしれないが、モンスターが好きなど頭がおかしい。

否、竜女などたまに美しいケースがあり欲情する輩がいてもいい、だがゴブリンフェイスに見られながら寝るのはレベルが高すぎる。

 

結果家具全て買い直し、せっかくなら掃除もということで大掃除することになったのだった。

 

――そういう意味では人手があったのは助かったのだが。

 

エイナは流石に帰ったが、「リフォーム」をベルやリリ、それに残ってくれたアイズとティオナが手助けしてくれたのだった。

 

 

「アイズお前それ重く…なさそうだな」

 

「…ん?」

 

 

まず家の中の悪趣味な家具を全てゴミに出した。

アイズなど一級冒険者はその力を余すことなく発揮し、重いベッドなどを軽々と持ち上げて移送してくれた。

ステイタスで強化された冒険者たちは運送業者としてピカイチで…多分世界で一番非効率な使い方だった。

 

ものによってはばらばらにしてくれたし、粗大ごみはとんとん拍子で一瞬で片づけられた。

…ティオナが木彫りのゴブリンフェイスを身に着けて跳びかかってきたのは笑った。

 

――次に家具購入。

 

これはティオナとリリが詳しく、日本っぽい桐ダンスや落ち着いた色のベッドなどを購入することが出来た。

二人の案内で俺が店をめぐり、購入した家具をアイズとベルが協力して家に運ぶ…という行程は運搬役の二人に負担がかかりすぎかなと思いこそしたが…きっかけ作りのため、何かしら進展しろと願った結果だった。

 

ついでに檜風呂など建築する業者(ファミリア)とも契約してきた、明日以降になってしまうが内装に至っては完成の目途が立った。

 

ところどころ木壁の禿げた部分が気になるので補修作業はしたいが…充分に満足できる一軒家になったのは明らかだった。

 

 

――かくして僅か一日で匠によるリフォームは完遂し、俺は「俺の家」を手に入れたのだった。

 

 

「だいぶ…疲れたけどな…」

 

 

すぐふざけようとするティオナと良く解っていない天然レベルMAXのアイズ、アイズに委縮しすぎてまともに動けていないベルと前の怪我がまだ残っているため無理はさせられないリリ…4人を纏めるのはそれなりに疲れた。

 

まぁその結果結構良い内装の家が完成した。日本風の家は静寂漂い、夕日を浴びて赤く杢目の付いた床に差す光条に落ち着いた。

今日買ってきた椅子にぎしりともたれかかった俺はもう一度家の中を見渡してみる。

 

 

「…」

 

 

玄関は引き戸、L字型の家の中には壁というものが無く言わば一つの部屋になっている。

入ってすぐ右側に台所、かまどが置かれ水場が一つと空いたスペースに大きな樽が幾つか置かれ、食事用のテーブルと現に俺が座っている椅子が二個ほど置かれていた。

 

そして左側はフローリング、一段高くなったそこには元々悪趣味なベッドと家具、訳の分からない調度品なんかが所狭しと並んでいたが現在はベッドと桐ダンスだけが置かれていた。

本当は畳にしたかったのだが…設計上難しい、明日くる風呂業者に出来るかどうか訊いてみるつもりだが結局家具代やらなにやらで予定金額をかなりオーバーし、宝石の7割程度は使ってしまった…あんまり無駄な浪費はしたくない。

 

 

「鍛冶場…まぁ足りなかったら増築すっか」

 

 

左奥、土間。

ござが敷かれ、石造りの炉が置かれたその場所は他に比べると綺麗で使われた形跡も無い。

低い椅子が置かれ、鉄を冷やすための入れ物ととりあえず適当に見繕ってきたハンマーなどが雑多に置かれていた。

 

…思ったより狭い、まぁ庭には何も無いので最悪そちら側をぶちぬけば縁側のスペースも物が置けるだろう。

そして右奥、小さな庭には何もないが台所側への小窓があり会話できるようになっていた。

 

 

「…良い感じだな」

 

 

質素な木造建築。

別にぎゅるぎゅる丸が直るまでの付き合いでもいいとさえ思っていたが、一人暮らししていくにはこの家は申し分ない。

電撃購入ではあったが実に日本らしい家を俺はもう既に気に入り始めた。

 

 

…先ほどまでの喧騒もどこへやら静寂の支配した部屋の中、俺は欠伸を一つ浮かべる。

 

 

手伝ってくれた四人には素直に感謝で、楽しい思い出もいくつか出来た…最後ティオナに檜風呂を約束させられたのは極めて遺憾ではあるが、まぁ少しくらい使わせてやってもいいだろう。

それに何やらアイズとベルは話せているようだったし、俺は少し距離感が遠かったリリと仲良くなることが(多分だが)出来たはずだ。

 

 

――年の離れた友人たちの去った部屋、俺は一人伸びをする。

 

 

 

 

 

 

 

「…さて」

 

 

 

 

 

 

楽しい時間は過ぎた、家の中にも満足したしそろそろ立ち上がろう。

テーブルに手をついた俺は身体を持ち上げる、と疲れた体をぐっと伸ばす。

夕暮に染まった「自分の家」をもう一度眺めると、伸ばした身体を弛緩させ――「剣を掴んだ」。

 

 

 

「どこらへんだろうなぁー…」

 

 

 

呟きながら剣を引き抜くと現れた刀身が赤く陽に照らされ輝く。

 

狼騎士(ウルフェンハザード)」の解除と共に元の何の変哲も無い直剣に戻った剣は、唯一の名残としてその刃先をほのかな薄青色に変色させていた。

 

慣れてきた握りの感触を確かめ直した俺はくるりとその剣を手の中でくるりと回す。

 

そして――鼻を鳴らすと、ゆっくりと家の中を歩き始めた。

 

 

「…あー…」

 

 

刃先で床を傷つけないように撫でながら歩く。

良くなった鼻を使い俺は大方の予測をたてると台所からベッドの辺りにまでやってきた。

 

――追跡、この満足な家にある唯一の違和感。

 

 

「…ここか?」

 

 

踏むとギシリ、と床が鳴る。

軋んだ床に呟いた俺は剣先を振ってコンコンと叩いてみた。

 

――空虚な音、まるでそこに空洞でもあるかのような。

 

 

「ふー…やるか」

 

 

息を吐き、決意を固める。

直剣を逆手に持つと、グッと握りしめた。

 

そして――振り下ろす。

 

 

 

「…ッ…いぃー!?ぐっせぇぇ…!!」

 

 

 

刃が床を割り、木が弾け、汚臭が噴出した。

 

爆発のように何かも解らない悪臭が突き立て、()()()床から漏れ出てくる。

涙が出るような刺激臭に堪え切れえなくなった俺は顔を逸らすと、チラリと空いた穴を見た。

 

 

「…くそ、まだわかんねぇ…!」

 

 

未だ小さな穴では「その先」が見通せない。

もう一度剣を振り上げた俺は削るように、床板を突き砕き始める。

汚臭に耐えながら振り下ろした刃が柔木を容易く切り裂き、周囲に小さな木片が飛び散った。

 

 

「…ッ!」

 

 

――そして現れたのは、地下への入り口。

 

パラパラと落ちる木屑の先、押し扉は既に開けられており梯子の続く先の虚無にブラブラと揺れていた。

明かりの一つも無いそこは暗く、石で造られた壁は夕日で赤く縁取られ穴のような床は見通せなかった。

 

 

「やっぱり…あるのかぁ」

 

 

掃除をして、新しい家具を搬入している時に気が付いた。

どこからか知ったような汚臭が漂い、最初こそ気のせいかと思ったのだが結果としてこの穴を嗅ぎ開けてしまった。

 

酸っぱいような腐臭の漂う地下への通路。

『張り直された床板』の下にあったそれは作為的で…隠されていた。

 

――睨みつけるようにその「死体の臭い」が漂う穴の底を覗き込む。

 

 

「…はぁ…行くか」

 

 

剣を鞘に戻した俺はため息を吐く。

そして梯子に足を伸ばし耐久度が充分な事を確認すると、くるりと半回転し片足をかけると、エイナに説明されることの無かった地下室へ――

 

 

「あ、そうだ」

 

 

――その前に拳を握る。

 

 

「…ッく…ぬん……よし、何とか出来たな」

 

 

炎を灯す。

 

カウントゼロの今の俺の「憎悪」では殆ど火力は出ず、何も燃やせない。

…が代わりに周囲を照らす炎を作れる、それこそ拳大の火球を(何とかではあるが)生成することができるようになったようだった。

 

手を離し、空中にふよふよと漂う蒼い火球がついてくるのを確認すると今一度穴の底を振り返り見る。

死臭漂うその穴は未だ暗く――何故こんなものがあるか、俺は何となく察し始めていた。

 

そして蒼い火球を頼りに、()()()()()の地下室へ続く梯子に足をかけたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

深いといっても十数段、思いのほか浅かった穴の底にすたりと着地する。

汚臭は更に濃くなってきており、うすぼんやりと照らす火球が茶色に汚れたがれきのような石壁を見せていた。

 

 

「…」

 

 

人の気配は感じられない、しかし警戒の手は緩めずに周囲を見渡す。

靴裏に石の硬い感触を覚えながら腐臭に耐えると…振り返った。

 

――小さな、一部屋。

 

蒼い火球に照らされた地下の個室は薄暗く、ぼんやりとそこに「あるもの」の輪郭を見せていた。

 

拷問器具の数々、拘束用の鎖。

汚れたベッドと、その上に無造作に置かれた擦り切れた鞭。

壁には燭台がまだ残っており、ひとまず俺はそれに蒼い炎を移して部屋全体を照らした。

 

 

――至る所に、様々な女の死体。

 

 

片手を鎖につながれ、口元から血を垂らして死んでいる金髪の女。

服こそ着ているが汚され、僅かに見開かれた碧い瞳は暗く虚空を見つめていた。

 

その隣には股から引き裂かれた女が内臓を垂らしながら倒れ伏せていた。

そしてその全身は皮膚病…否、生前性病だったのだろう、梅毒のように赤いできものが全身に発作し美しかったであろう顔も醜く爛れていた。

 

逆さに吊られた少女がいた。

左足を荒縄で縛られ、幾重にも跡になった紫色のあざが痛々しい。

服を着せられていない彼女はきっとここにきてからずっとそのままだったのだろう、そのまま奉仕させられ…最後には、面白半分に吊られていないほうの足を捥がれた。

渇いた太ももの切断面、苦痛に歪んだ顔と痛みで剥いた白目がせめて失神のまま死ねた事を教えてくれた。

 

 

――見渡す限りの惨死体、打ち捨てられた奴隷達の築く山。

惨死の限りが尽くされた悪逆舞台、欲に満ちた汚臭が未だ濃く残り、赤黒くおぞましほど錆びついた部屋の中で様々に色を失った肌が重なり、暗く感情の失った瞳が虚空を見つめていた。

 

そして…俺はこの臭いを知っている、自らを殺す者への憎悪を吐き出すことも出来ぬまま死んでいく者たちが弄られ続けた「()()()」の臭い。

 

鎖と苦痛、棘と欲で作られた殺人鬼の拷問部屋、それがこの部屋の正体。

 

 

「…」

 

 

この家の前の持ち主はつまりここで買った奴隷を「使って」いた。

悲鳴があがっていた、ということはまともな性癖では無かったのだろう、別に買ったものを何しようが個人の自由だが、余りやりすぎると周囲の視線が厳しくなる。

 

故にここは別荘だった、ダイダロス通りであれば気にする人間はいない。

地下室を作り、そこに奴隷達を押し込めて自らの汚い欲望のはけ口にした。

 

そして――飽きて、捨てた。

最後に自らの手かあるいは他人の手で奴隷を弄り殺し、隠蔽工作してギルドに売却した。

 

 

「…こんなところか」

 

 

惨殺された彼女たちの死体を、部屋の中心で見渡しながら予測する。

詳細は解らないが…エイナから聞いた噂から考えてもそう見るのが妥当だ。

 

それに…憎悪が見える。蒼い炎を通して見ればこの部屋に渦巻く憎悪が見えた。

どれだけ酷い出来事があったのかは知らないが、それはきっと――

 

 

「――俺の言えた義理じゃない、か…」

 

 

呟き、ため息を吐いた。

しかしこの部屋に満ちた憎悪を俺は理解できてしまう、満ち満ちたどす黒い雰囲気は重く正者を縛り付け、自らを殺した者への憤怒を激しく逆巻かせていた。

 

(埋葬かな…)

 

かなりの数の死体、とりあえずこのままでは浮かばれないしどこかに埋めて墓を建てるべきだ。

というか流石に自分の住む家の地下に大量の死体を放置したまま住めるほど図太くない、名前が解らないのが悔やまれるが自分に作れる一番立派な埋葬をしてやろう。

 

 

「はぁ…とりあえず数を数えて…」

 

 

もう陽が落ちるのも近い。

埋葬は明日するとして、とりあえず今日は死体の数を数えとりあえずまともな服を買ってこよう。

 

端からその凄惨な彼女たちの死体を1つずつ数えていく。

やけに亜人の数が多いようなその死体達に俺はゆっくりと息を吐きながら歩いた。

 

 

「1…2…3…」

 

 

目をそらさず、何をされたかを見ていく。

 

興奮する気にもならないそれらは――何というか「矜持」が無い。

 

ただの性のはけ口、苦しませるのは良いがこれは…例えるならば子供の工作のようで、中途半端なのだ。

 

殺す時は殺す、苦しませるときは苦しませるのが芸術なのであって…おもちゃを振り回すような弄び方。

…正直、気に入らなかった。

 

 

「4……5…6…」

 

 

くだらない感傷だと、昔の俺なら笑っただろう。

しかし少年の優しさに触れ、憎悪を理解した俺は彼女たちの事を想ってしまう。

 

…笑うでもなく、泣くでもなく。

 

複雑に見つめた死体の前に足を止める。

いい加減慣れてきた汚臭にため息を吐き、凄惨な傷跡に眉を顰めた。

 

 

「あぁ…この奥にもいるのか…」

 

 

重なった死体を1つ、横にどかす。

その奥にはもう一つ死体があった。

 

――この中で一番綺麗な死体。

 

まだ艶を残した銀髪、血色は無いが白くて僅かに汚れた肌。

目は閉ざされ、こげ茶色のぼろきれを身に纏い、何かを抱くように石床の上にうずくまっていた。

そして亜人なのだろう、その頭には…「耳」が。犬のような三角形の銀色の耳が力なく垂れていた。

 

腹から大量の血を流したその死体は何かを抱いているように見えた、手を伸ばした俺はその腕をどける――

 

 

「…なッ!?」

 

 

――抱いていたのは、幼子。

 

何か個人を特定できるものをと思って動かしたその腕の中には、余りに小さな、5つもいっていない幼子が仰向けに寝かされ抱かれていた。

 

…同じようなぼろきれ一枚を身に纏い、肌は汚れ、切ったことが無いような長い彼女の小さな身長と同じ長さの銀髪と獣の耳…そして、ホオズキのように赤い「瞳」。

唯一の違いといえばその前髪の跳ねた一房。

 

つまり、親子。

 

自らの子を抱いたまま、美しい奴隷は死んでいた。

せめて最期、自らの子を掻き抱き、その命尽きるまで小さな身体を温めていたのだろう。

捨てられ、逃げるだけの力も無く…暗く寒い地下室の中でただ息絶えるのを待ち――

 

 

――「子供だけが生き残ってしまった」。

 

 

「…ッ…」

 

 

自らの――死んだ親の腕に抱かれた幼子を見つめる。

 

表情が無い、死んでいるかのように「彩」の無い赤い瞳。

ぴくりとも動かない身体だが、静かな呼吸の度小さな胸が僅かに上下する。

 

だが意識が感じられない。

呆けたように、魂が抜け落ちたように幼子は虚無を見つめている。

まるでそれは死んでいるようで――確かにこの子だけは生きていて――

 

 

(――いつからだッ…?)

 

 

何秒、何時間、何日だろう。

この親が死んでから、子供がその冷たくなった腕に抱かれていた時間はどれほどだろう。

 

幼子故理解すらしてなかったのかもしれない、否救いだ。恐らく理解が及んでいえれば精神が崩壊する。

最愛の人が目の前で死んでいる、変わらず自分を抱きしめている親が死んだ。

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…それ…は…!」

 

 

同じだ、親を殺した()()()と同じだ。

 

親を失った苦しみ、悲しみ――「憎悪」、どうすることもない蒼い感情は、それこそ死んだように正気を失う。

 

…それは、同情なのかもしれない。

 

しかし親を失う痛みを、俺は知っている。

例え狂気に堕ちても良い、一生を引きずることになっても良い…だからせめてこの幼子(同じ境遇の者)を救いたい。

 

 

「……!?」

 

 

抱きしめようとした。

伸ばした腕を少女の肩にかけ、俺は持ち上げようとした。

 

――床に何か書かれていた。

 

親が書いたのだろうか。

指で引っ掻いて彫ったような、誰に向けたかも知れない言葉。

 

 

 

『 こ の 子 は 世 界 を 知 り ま せ ん 』

 

 

 

血のにじむような、誰かに届くかも定かでも無い祈り。

 

つまりそれは…この幼子が、ここで育ったということだろうか?

ここで産まされ、それでも愛し、まともに育てることさえ出来ず、ただ自らの熱だけを伝え数日だけ生き永らえさせた。

 

…この幼子が感情を抱いていないのもそれが原因だろう。

 

それこそ「白痴」、まだこの子は世界に生まれてすらいない、例えどんなに願っても母親の腕から、この部屋から出る事さえ叶わなかった。

 

何も知らず、何も感じず、憎悪すら覚えない、ただ「無色」な幼子。

 

――産まれる前に親が死んでしまった少女は、ただ死んだ瞳を見下ろしてくる男に向けていた。

 

 

 

 

「…その祈り、俺が聞き届けた」

 

 

 

 

呟き、少女の肩を抱き上げた。

余りに軽く、脆いそれを壊れないように持ち上げると、片手で抱く。

 

そして流れていく涙そのままに梯子にまで歩くと『パチン』と指を鳴らした。

 

 

 

――ボっ…と静かに、蒼い炎が引火する。

 

 

 

部屋に満ちた憎悪がまるでガスのように蒼い炎に呼応する。

まるで溶けるように部屋中に炎が広がっていくと、彼女達を優しく抱きしめた。

 

悲しい記憶ごと、憎悪の炎は糧とする。

 

その憎悪を薪として、ゆっくりと溶かすように鎮魂歌をメラメラと唱えた。

 

 

そしてやがて死体達は黒く変色していき、塵となって消え行く。

その頃には部屋に満ちていた憎悪は満足したように燃え尽き、また静かで冷たいあの部屋に戻っていった。

 

 

…男の腕に抱かれた少女は、光を失った紅の瞳で残った最後の蒼い燃え残りを見る。

 

 

 

かつて母親だったそれに少女は何の感傷も抱かず、ただ初めて自分の意志でぴくりとその口元を動かすと――

 

 

 

 

――僅かに「きれい」と口を動かしたのだった。

 

 

 

・・・

 

 




たまたま買った家の地下に死体がたくさんあったうぇい、現実的に考えて最悪ゥ!

というわけで前書き通り買った家の地下に幼女がいる話です(違う)
いやちゃうねん、五才ロリを育てるみたいな話が書きたかったんや。

なーのーで「とりあえずぎゅるぎゅる丸を直す事」をテーマに少女と過ごすみたいな日常編となります。
…はぁ、たまんねぇぜ。

ではまた次回ー。
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