このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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えー後から来た人には関係ない話ですが、15から3話消して書き直し足して纏めましたスマヌ。
一応理由を書いておくと関係ない話が長すぎて本質が見失われつつあったというか、ぱぱみが足りなかったんですよね、取り戻せたかな…?
んで前半は前までの12話と大体同じなんですが、だいたい後半から展開マルッと違います、日本語ロールに成功したら斜め読みでいいのよ(ファンブラー)

あと唐突ですが高評価お願いします定期、凄い励みになるんで
では本編どうぞ




 ウェアウルフ

・・・

 

 

 

「はぁ…」

 

 

梯子を上り切った俺はため息をつきながら、手をついて身体を床の上に持ち上げる。

砕けた木片の欠片の上にあぐらをかいて、流れていた涙を手の甲でグシグシと拭うと腕の中で丸くなっている少女を見た。

 

 

「…」

 

「…」

 

 

相変わらず虚無を見つめている幼女に、意識があるかどうかは解らない。

 

銀色の腰まである髪と耳、尻尾…何かしらの亜人、身長は俺の膝丈くらいで、その体重は羽のように軽すぎる。

ぼんやりとした垂れ目はルビーように美しく、綺麗で――光が灯されていなかった。

 

 

「ひとまず…名前?…いや、メシかな」

 

 

目を細め、少女を観察したまま思案する。

幼子とはいえ余りに細く、軽すぎる。何日間食べていないか知らないが、今すぐ何かを食べさせないとぽてりと死んでしまいそうなほど衰弱しているのは明らかだ。

 

…この際少女の自意識が無い、とか考えている場合ではない。俺は一刻も早くこの子に栄養補給をしてあげなけければならなかった。

 

 

「よし…!」

 

 

名前とか、とりあえずお風呂に入れてあげたいとか、服とか、この子をこれからどうするかだとか考えなければならない事は多い。

とはいえひとまずこれは「ぎゅるぎゅる丸より優先すべきこと」だ、あんな光景を見て、こんな小さな幼女を抱いておいて、最優先にしないという選択肢は無かった。

 

 

――子育てとかやったことは無いが…何とかなるだろう。

 

 

家の引き戸をがらりと開けた俺は少女にご飯を食べさせるため、少し暗くなり始めた道を走り始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いらっしゃーせーにゃー!…ってお得意様久しぶりニャ!?」

 

「おう久しぶり、とりあえず…そうだな、粥か何か貰えるか?」

 

「かゆ…?…っていうか何ニャその子!?」

 

「いいからいいから」

 

 

久しぶりに豊穣の女主人に入った俺は肩で息をつきながら出迎えたアーニャにオーダーを頼む。

その片腕に小さな少女が抱かれている事に気が付くと目を丸くしたアーニャは驚きつつも振り返り、注文を厨房に届けに行った。

 

酒に酔った冒険者達で賑わう店内を見渡した俺は適当に空いた席を見繕う。

そして2-2の席を見つけると、その片側に少女を乗せて自分は反対側に座った。

 

…靴すら履いていない素足が垂れる。

机から僅かに覗くように見える少女は床の一点を見つめており、やはり何か明確な意思だとか意識などは感じられない。

 

――騒がしいまでの喝采のような喧騒に照らされた少女の姿は銀色で、汚れているにも関わらず無垢な天使のように美しい。

丸みを帯び、僅かに垂れたぼんやりとした紅瞳(べにひとみ)をした稚児は身じろぎ一つせずに椅子の上にちょこんと座り、力なくその手足を弛緩させて口は緩く結ばれていた。

 

 

「…お得意様来店ニャー!…」

 

「戦闘配備ィ!」

 

「いつからだ…いつから私はあの人がこないと錯覚していたッ!?」

 

「私…帰ったら結婚するんニャ…」

 

「ふっ…別に調理してしまっても構わんのだろう?」

 

「「「「I am the born of my food…!」」」」

 

「おう、頑張ってニャ」

 

 

オーダーの到着と共に遠くの厨房(せんじょう)が一気に死亡フラグで溢れる。

何でも忙しさが当社比三倍らしい、その分給料も上がるらしいのだが厨房連中からは俺の存在は悪魔だとか神だとかまことしやかにささやかれているようだった。

 

しかしとりあえず粥だけだ、いつものようにメニュー三周とかはするつもりは無い。

 

一気に静かになった厨房を遠く感じながら俺は机の上に腕を組んで、少女の事を観察し、何をしなければならないかを考え始めた。

 

…というか粥でいいよな。いきなり固形物は喉につかえるかもしれないし、離乳食という歳でもないだろうがあごも衰弱しているだろう。

 

 

「水、お持ちしました」

 

「あぁリューさん、あざっす…ふぁ…」

 

 

コトリと水の入ったグラスが二つ机の上に置かれる。

盆に乗せて運んできたリューはいつもの通り無表情で、俺の挨拶に頷くと…チラリと少女の方を見やる。

 

 

「…リョナさん」

 

「ん、何ぞ」

 

「ミア母さんからの伝言なのですが、そちらの少女は?」

 

「あー…やっぱ聞きますよねー…」

 

 

喉が渇いているはずだが子供用の小さなグラスにさえ興味を示さない少女に俺は頭を掻きながらうなだれる。

 

そして――自分と、この少女の関係をどうしたものかと考えた。

 

 

「えー…俺の娘ですね」

 

「…」

 

「…はいすいません、拾った子です」

 

 

とりあえず嘘をついてみるが瞬間ギロリとリューに睨まれ、すぐに本当の事を漏らした。

テキトーに笑う俺にリューはため息を吐くと、少し考えこみ丸く座った幼女の事を観察する。

 

…そして彼女なりの心配、睨むように眉を寄せて俺に忠告した。

 

 

「リョナさん、あなたはこの(オラリオ)に来てまだ日が浅いから知らないのかもしれないが、このように()()()()子供は本当に多い。それがただの同情だというのなら…」

 

「いや解ってますよ。俺だって、道端の子を拾った訳じゃねぇし」

 

 

無責任に子供を作って捨ててしまう冒険者が結構いる。

その結果道端に捨てられた赤ん坊が泣いていたり、小さな子供が凄い強烈な視線を通行人に送ったりしていることが時たまあった。

とはいえそんなものいちいち拾っていたらキリが無いし…例えあのベルであろうと可哀想と思っても拾うことは無い。

 

――ただ、あんな光景を見てしまったら。

 

 

「では?」

 

「んー…まぁ、結局縁があったってだけなんですけどね……まぁ店に迷惑をかけることはしないので、ここは大目に見てくれませんか?」

 

「…」

 

 

リューは少し考え始めると、再び少女を見つめ直す。

 

足まで無造作に伸ばされた銀色の長髪が小さな全身に大きくカーブしながら巻かれ、その隙間から見える、陽にあたったことの無いような病的なまでな白い肌。

湖面に浮かぶような暗い紅の瞳をぼんやりと床板に向けて、枝のように細い手足を椅子の上から力なく垂らしていた。

 

意志の感じられないその少女にリューは眉を顰める。美しい顔に寄った皺は深く、その矛先は絶えず吞気な笑みを浮かべるリョナに向くと…ふぅ、という物憂げなため息を共に解かれた。

 

 

「…解りました、ミア母さんには上手く伝えておきます」

 

「あなたが女神か…結婚しよ」

 

「お断りします」

 

 

普通に断られた。

頭を下げたリューに逃げられるようにそのまま歩き去られた後、残された俺は力なくどさりと机の上に崩れ、突っ伏した。

 

そして机の木目から視線を上げると目の前にちょこんと座る幼女に目を向ける。

 

(まず『身体を洗って』あげて…それから『服』かな)

 

見たままの感想として、汚い。

母親は美人でこの子も地は可愛らしいと思うのだが、それを帳消しにするほど肌や髪は汚れている。

それに着ている服もまさにぼろきれといった感じで、とても「人」が着ていい服では無い…否、服ですらない。

 

それに獣だって身づくろいする、()()()()()()は解らないが少女としても気持ち悪いだろう。出来るならば今すぐにでも全身くまなく洗ってあげたかった…勿論健全な優しさ的な意味で。

 

(うーん…)

 

前者はさして問題ではない、自宅の風呂の工事に数日はかかるだろうが本拠地(ホーム)のシャワーとか、そうでなくとも濡らしたタオルかなんかで身体を拭いてやるだけでも充分違う。

後者もまぁ服といっても亜人とそこまで人間と大差ないだろう、明日服屋に行って何かしら見繕えばそれで…

 

 

「かゆ、お待たせニャー!」

 

「…おぅ」

 

 

アーニャが運んできた木椀が机の上に置かれるカタンッという音に思考を一度止める。

そして自分のグラスを傾けるとぐいと冷えた水を大きく飲んだ。

 

…木椀の中にはほかほかと湯気を出す粥があり、どろどろになったそれは少女でも食べやすそうだった。

同様に木製の小さなスプーン、これならば怪我をすることも無いだろう。

 

アーニャがぺこりと頭を下げて、去っていくのを俺は見送ると、お腹が減っているはずの少女の方に視線を戻した。

 

 

「…食わ…ねぇよな」

 

 

例え、飢えていたとしても少女は動かない。

変わらず椅子の上に座り、俯いたまま床をじっと見つめていた。

 

――『自らスプーンを手に持ち、粥を掬って食べる』という方法を彼女は持ち合わせることは無かった。

 

…あの地下室で何を食べていたのかは解らない。

しかしきっとロクなものじゃないはずだ――それこそ目の前にあるものが、食べ物だと解らない程に。

 

 

「…よし」

 

 

俺は「ならば」と軽く椅子を蹴りながら立ち上がると、机を回って少女の左側の椅子を引く。

そして稚児の横顔を見ながら椅子の上に足を組んで座り、その獣耳の生えた頭をゆっくりと右手で撫でた。

 

(やっぱり洗って…服も買ってやらないとな)

 

その可憐であろう銀髪は油で汚れ、服は余りにみずぼらしい。

造形自体は母親似で非常に可愛らしい子だと思うし、ぺたんと潰れた耳と尻尾も風呂に入れてあげれば非常にふさふさとした毛並みに戻るだろうなということを伺わせた。

 

 

「…っと」

 

 

今はそれより先に少女に粥を食べさせるのが先だ。

机の上に置かれた椀に手を伸ばした俺は、軽い木製スプーンを掴むと粥の中にいれ、ドロドロになったそれを少し冷ますためにかき回す。

良い匂いが溢れだし鼻腔をくすぐると、俺の食欲も刺激され自然と口内に涎が溜まった。

 

俺は木匙を動かし粥をひとさじ掬い上げ、ぱくりと一口食べてみる。

 

 

「んー…まぁ大丈夫か?」

 

 

少し熱い程度の粥、どうせ少しずつ食べさせるつもりだったのでこの程度ならば火傷することも無いだろう。

 

幼子の体躯に合わせスプーンの底の半分程度の量粥を掬うとそれを少女の唇に向ける。

これならば水分も充分、本当は点滴などが良いのだろうがそんなものないし、少女の身体に負担をかけることもない…はずだ。

 

左手でスプーンを持った俺は右手を少女のおでこに当てる。

そしてこそぐように多すぎる前髪を払いのけ、その血色の感じられない唇を露わにすると、俯いたその頭を『食べさせやすいように』カクンと上に仰がせた。

 

 

「…頼むから、食ってくれよ」

 

 

呟きながら少女の上を向き少しだけポカンと空いた口にスプーンをあてがう。

口内を傷つけないように注意を払いながらゆっくりと抵抗のない唇を割ると、木匙を傾け僅かに乗っていた粥を流し込んだ。

 

 

「…」

 

 

もしここで食べてくれなければ少女は死んでしまう…身体が受け付けない場合かなり困難な状況になるだろう、ここで食べてくれることを俺は真摯に願っていた。

木匙を口から離した俺は、口の中に粥を入れた少女のことを見守る…見守ることしか出来ない。

 

そして緊張した俺の視線の先で――少女の喉が確かにコクンと鳴った。

 

 

「おぉ…!」

 

 

食べた、食べさせられた。

重力に従いゆっくりと粥が喉に落ちていき、食道を伝うと胃に向かう。

 

何日ぶりか、はたまた初めてかもしれない食事を少女の「身体自体」が拒否してしまうかもしれないと不安だった俺は少し目を見開き笑っていた。

 

…相変わらず少女に「反応」はない、それでも命を繋ぐことが出来た――それだけで俺は嬉しかった。

 

 

「よしよし…!」

 

 

少女の額を撫でながら俺は再度スプーンに粥を掬う。

ふっーと息を吹きかけ冷ますと少女の唇に運び、その口の中にぼとりと落とし、食べさせた。

またも少女の喉が僅かに上下し、確かに食べたことを俺は確認するとその度一喜一憂した。

そして詰まらせないように最大の注意を払いながら俺は粥を掬っては食べさせる、繰り返すその行為さえも何だか嬉しかった。

 

――かくして、少女は命を取り留めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

片腕に座らせるように抱いた銀色の少女を見下ろしながら俺は夜道をゆっくりと歩く。

豊穣の女主人からの帰り道、すっかり暗くなってしまったダイダロス通りは人気が全くと言っていいほどなく、時折早足で駆けていく影が遠くに見える程度。

 

まだ慣れない家路を辿りながら、俺は「これから」についてぼんやりと考えていた。

 

 

「帰ったら…まず…」

 

 

水自体はもう通っているはずだが我が家に風呂はまだない、かといって少女をこのまま寝かせるというのも忍びない。本格的では無いにしろ、何かで身体を洗ってあげれたらいいのだが…というかどこで寝かせたものか、ベッドは一つしかないが。

 

(疲れてんのに考える事多いこと多いこと…!)

 

ぶっちゃけ眠い、体調が悪いとかでは無いが今日は家買ったり少女を拾ったり色々な事が起きて疲れた。

まだ片方だけ…家を買う事と少女を見つける事が別々であればマシだったのだろうが、悲しい事にセットだったわけで、明日の予定もスケジュールは相当密なものになってしまっている…備えて早めに休みたい。

 

とはいえ…まぁこれが子育ての大変さなのだろう、全身汚れてまともな服を持っていない子供を急に育てなければならなくなったというのを子育ての内と言うのであればだが。

 

 

「…っと」

 

 

考えているうちに自宅の前についていた。

簡単な、だが背丈ほどはある塀に囲まれた敷地は道に面して柵状の鉄扉があり、締めるための鎖と南京錠が巻き付いている。

 

左手でジーンズのポケットをまさぐった俺はザラザラとした感触の錆びた鍵を取り出す。

…これは入るのだろうか?と思うのだが南京錠の鍵穴に少し強引に入れ、ジジ…と回すとカチリという子気味良い音が鳴り、力なくその口を開いた。

 

巻き付いた鎖を解いた俺は錆びついた鉄柵をキィ…!と甲高い音を鳴らしながら足で押す、出来た隙間に少女ともに入りこんだ俺は――

 

 

「…ん?」

 

 

――(なに)か、視線を感じた。

 

敷地内に入った俺は首だけ道に出すと左右を見渡してみる。

…月に照らされた馬車二台ほどが通れるかという太さの道、同じような家々が幾つかと、あとは掘っ立て小屋のようなぼろ屋が立ち並んでいた。

「深い」ところは見ているだけでスラム特有の見ているだけで嫌になるような治安の悪さが見て取れるが、ここは極めて浅く、加えて住宅街ということもあってか道は静けさに満ちている。

 

(…!)

 

しかし――暗い、がその中に先ほど折れた曲がり角に影を見た。

闇の中で屹立するそれは俺が注視すると、僅かに動揺したように揺れる。

 

(尾行…?…いや、だが…)

 

遅い時間に帰ってきたのだ、人気のない道を不自然についてくる輩がいたら疲れていてもすぐに気が付く。

尾行の達人という可能性もあるが、しかし今ここで気が付かれる程度の使い手で、これまで気が付かれずに尾行できたはずが無い…まるで「突然現れたかのような」、それでいて明らかにこちらを見ていた。

 

(…盗賊か何かか?)

 

特に俺個人を狙ったわけではなくただ夜道を歩いていたのを見かけたから、隙を見れば身ぐるみ奪うもの剥ぎの類だろうか。

それならば尾行というよりは短い距離だという事も理解できるし、突発的な犯行をするような大したことの無い技術の盗賊というのも頷ける。

 

 

「…」

 

 

瞬きをすると既に影はその場から消えていた。

俺が見たからか目的を果たしたかは定かでは無いが何にせよ物騒な話だ、これがダイダロス通り流の日常風景なのだろうが。

…まぁそれに恐らく後者、突発的な強盗だろう。現在進行形で最強(オッタル)のいるファミリアに狙われている(はず)の俺ではあるが、あれ以来特に接触も無いし差し向ける尾行にしては雑すぎる。

 

何にせよ敷地内に入ってきたら殺せば――いや少女にこれ以上「死」など見せられない。

 

 

「…ま、いっか」

 

 

それ以外に人の気は無い、消えたというのであれば警戒していたとしても意味が無い…というより疲れるだけだ。

ため息を吐いた俺は身体を敷地内に戻すと勝手に動いていってしまう鉄柵を掴むと引き戻す。

 

そして一瞬鎖を付け直す事も考えたが――大丈夫だろと振り返り、そのまま引き戸をガラリと開けたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

()()()()()…かな?」

 

 

 

――数分後、俺はテンプレを吐きながらベッドに座らせた少女の腕をあげさせその一張羅を剥ぎとっていた。

 

…バサリと髪が跳ね、少女の病的なまでに白い肌が露わになると非常に小さな面積の全身を銀色の毛が流れていく。

服に引っ張られあげられた枝のような腕が力なく垂らされ、下着などつけていない内股に落ちた。

 

(うん、汚ね)

 

手に残った隅々まで汚れた服の形をしたぼろきれをベッド上に投げ捨てた俺は、その見えないところまで汚れた少女の肌を見る。

全裸となったその白い身体は黒く穢れており、銀色の長髪は油でまみれていた。

 

…小さなスケール、触れれば折れてしまいそうな細い手足と浮き出たあばら。

一度も日にあたった事の無いであろう白すぎる皮膚と、その上に這うような銀髪がスルスルと垂れていた。

起伏のない身体、稚児らしい体躯と服を脱がされても一切動揺も何もない紅い瞳、頭に付いた銀色の獣耳と尻尾。

 

(…)

 

加えて少量の『(アザ)』。

皮膚上に青緑色の跡を残したそれは面積こそ狭いが――殴られた跡だということは明らかだった。

 

胸の中央辺りに出来た青あざを指先で撫でた俺はその中が折れていない事を確認する。

…軽く押してみると折れてはいないようだ、どうやら治りかけの古い痣のようだしかつては折れていたのかもしれないが、今見て取れるのはその跡だけだった。

 

 

「…さて」

 

 

少女のロリボディを観察し終えた俺は改めて手を伸ばす。

とはいえその柔らかそうな頬を触る為…とかでは断じてなく、用意した熱湯入りのボウル内のタオルを掴むためだった。

 

 

「…」

 

 

ちゃぷちゃぷという音と共に差し入れた手を湯が熱する。

温度を確かめるために安易に突っ込んだ手を少し後悔しながら引っ込めると冷ますために軽く振り、放り投げていたタオルを一枚取り出した。

 

 

「あっ…つー」

 

 

呟きながら持っているだけで熱いそれを急いで折りたたみ絞った。

ジョボボ…と絞られた水がボウルに落ちていき水を撥ねさせると床板に幾つか染みを作る。

 

(…まぁあんま長い合間裸でいさせても風邪ひくしな)

 

手の中で完成した熱い水気のだいぶ残ったおしぼりを掌の中で転がしながら、俺は胡坐を掻いたまま今なお全裸でベッド上に座っている少女に向き直る。

そして一歩分床を擦って移動すると手ぬぐいを広げ、少女の腕をとった。

 

 

「痛かったら言えよって…言いたい」

 

 

全身汚れた少女の赤い瞳を見ながら尻すぼみに言葉を紡いだ俺は口角を少し上げるとその細枝のような腕にタオルを当てる。

 

(というかさすがに火傷しないよな…しないでくれよ!?)

 

充分に冷ましたつもりでいるが、充分でない可能性がある。

 

反応を示さない少女の目を見ながら未だ熱いタオルを当てたり離したりして反応を見る。

何せ子供の弱い肌だ、何か反応があるのならともかくやりすぎて火傷になってしまわないか不安だった。

 

…子供というと妹の顔が頭をよぎる、妹の世話ならば過去いくらかしたことがあるが、むしろ要求過多というか我儘の化身みたいなやつだったので何をすればいいか明白だったというか。

例えるなら物言わぬプリンに熱した紙やすりをあてるような…いやそこまででは無いにしろ、主観としてはマジでそのくらいの気持ちでいた。

 

 

「うーん…まぁ大丈夫か…?」

 

 

とはいえ冷め始めたタオルで皮膚は火傷を起こしていないようだ、手ぬぐいを当てた辺りは少し赤く火照るようになっているがこの程度ならば火傷することもないだろう。

再び少女の腕に暖かいタオルを乗せた俺は痛くならないように最大限注意を払いながら、軽い力でゆっくりとなぞるようにその細い腕を優しく拭き始めた。

 

 

「…おーう汚い…」

 

 

幾度か撫でてみるとだいぶその肌から汚れが落ちる。

つまりその分の汚れは手ぬぐいに行くという事で…見てみると手ぬぐいは埃混じりに黒々と染まっていた。

 

 

「…」

 

 

脇の下から柔らかな二の腕、短い距離をゆっくりと往復し、湿らせながら手首の方まで辿っていく。

ほんのうわずみだけ、それだけでも充分落ちていく黒さに俺は半ば呆れ混じりに笑いながらほのかに白くなっていくその肌を少し喜んだ。

 

…同時に、もっとまともな風呂で洗ってやりたいとも。

 

もう片腕、指先まで手ぬぐいで洗った俺は真っ黒になったタオルをボウル端にかけると、まだほかほかと温かいボウルの中に手を入れ新しいタオルを一枚取り出す。

じょぼぼと強めに絞ると少女に向き直り、ベッドに乗って背後に回ると背中から脇、腰回りを後ろから丁寧に拭いていく。

 

(本拠地かな…)

 

どちらにせよ明日の朝廃教会の地下に行く気でいた、ヘスティア様に新居を買ったことを報告しに行く気でいた。

ならばあそこで少女の身体を洗ってやるのが良い、明日風呂工事に来るのだからつまり今この家には風呂というものが無い…とんだ欠陥住宅だった。

 

ともあれあそこならば気心知れた場所だし、少女の呆れるほど長い髪を洗うのにどれだけ時間をかけようと文句は言われない、構わないだろう。

…まぁ狭いしたまに水しか流れないしこの前洗ったがところどころカビ生えてるかも解らないしぶっちゃけ言ってしまえば貧乏ゆえに良い環境じゃない。

 

(我がファミリアながら情けない…いや俺だけ家買ったけど)

 

自分だけ良い環境に行くのは何だか気が引けるが、というか多分あの貧乏性の女神の事だ…絶対寄生しようとしてくるに決まっている。

まぁ絶対言いくるめる自信はあるが、明日が楽しみだ。

 

 

「…」

 

 

綺麗になっていく少女の狭い背中を見て満足した俺はベッドから降りる、そしてタオルを持った手を入れ変えるとその僅かに前に傾き気味な肩を押した。

少し姿勢を正すように保たせると再びその胸に出来た青あざと対峙し、その鎖骨辺りから幼子の前面を拭き始める。

 

 

「…ん」

 

 

胸と言ってもこの齢の子供の身体はそこまで変わらない。

平坦なその身体を拭きながら俺は「意識したら負けか…」と首を振ると、丁寧に胸から腹へと拭いていく。

 

…オイ誰だ今ロリコンって言った奴、確かに美少女だけどもこんなんで興奮したら殺人鬼の倫理にも差し障る。

というか何が据え膳だ、叩き割るぞ。

 

(つかあいつだけで充分だわ…)

 

ヨスガとか夜這いしながら言ってくる妹の事が一瞬脳裏をよぎった俺はため息を吐く。

というか流石に五才児レベルでは無いがアイツももう少し成長しないものか、年相応的な意味で。

 

 

「んんっ…」

 

 

まぁそれなりに心配だが今は妹の事よりこの少女の事だ。

胸と腹を拭き終えた俺はそのタオルを一度ボウルで他の物に交換すると、残りの手ぬぐいの数を確認する。

 

…今手元にあるもの含めて二枚、まぁあとは脚と顔だけだし全体的にパーツが小さいので余裕で足りるだろう。

 

だが――

 

 

「アッ…」

 

 

――倫理の壁(うちまた)にぶち当たる。

 

(お、落ち着け俺…膝丈幼女の股間を洗ったところで何も問題は無い…!)

 

もし俺が少年のような心であればためらいなく洗ったのだろうが、いささか俺の精神は汚れ過ぎているらしい。

御年21、もはや娘がいてもおかしくない年齢…正直幼女の股を洗うことを気にするような歳でもないと自覚しているのだが、躊躇うことも無いと思うのだがッ!

 

(…よ、世のお父さんはこんなことをやっているのかッ!?そこに少しもやましい気持ちは無いんですかッ!!?)

 

いや絶対無いだろ…愛ゆえにだよ、と自分で自分にツッコミつつ。

 

 

「よ、よし…できるだけ優しく…優しく…!!」

 

 

決意を固めた俺は下腹部に震える手でタオルを軽く当てるとゆっくりと撫でおろしていく。

そして緊張の一瞬、反応のない少女の股下に――俺はタオルを突っ込んだ。

 

 

「あっ…うん、そんな感じねーはい解りましたー」

 

 

…まぁ実際にやってみると大したことは無い、何を躊躇っていたのだろうか。

すべすべとした内股から太ももにかけなぞるように指を肌にたてた俺は手早く拭いていく、少しピクピクと少女が動いた気がしたが…まぁ気のせいだろう。

またぐらを数度往復し、軽くではあるが幼女の下腹部を拭き終えた俺は一仕事終えた職人の如く額の(冷)汗を拭った。

 

(…というか立たせるか)

 

小休憩ついでに改めて少女を見ると、このままの女の子座りでは足が拭きづらい。

 

股下にタオルを入れたまま俺は少女の脇に手を入れるとひょいとその小さな身体を持ち上げる。

ぷらぷらと垂れた少女の脚と髪を見ながら俺はベッドの上にその小さな足を立てると…自分の意志で少女が立たない事が解った。

 

 

「あれっ曲がる、強度ゼロ的な奴だこれ…」

 

 

そも力を入れようとする意志すら無いのだから簡単に膝が曲がってしまう、綿の詰まった人形を座らせるのは出来ても立てるのは難しいということだ。

 

 

「んー?…まぁ仕方ないか」

 

 

一瞬どうしたものかと悩んだ俺は仕方なくベッドの縁に少女の足を垂れさせるように座らせ直す。

そして床に膝をつくとタオルを手に掴み、幾分か拭きやすくなった目の前の身近な少女の白い太ももをだいぶ慣れてきた力加減で優しく撫でていく。

ふくらはぎにかけ足回りは他と比べると心なしか強めに汚れており、回すように曲がった関節を伸ばしながら、かしずくようにその幼く柔らかな脚を拭いていった。

 

 

「…」

 

 

タオルを裏返し綺麗な面を開くと指の隙間を撫でていく、細く浅い窪みは積み重なるように黒ずみが溜まっており…拭くと塊のようにポロポロと落ちていった。

少し臭うような汚れがタオルにこびりつく度、拭いても落ちない僅かな汚れが露わになって、白い肌が垣間見える度、少し嬉しくなる。

 

 

「はい立ち上がって」

 

 

脚を拭き終えた俺は少女の身体を再び持ち上げる、そして臀部…つまりおしりを覗き込むとそこも他と汚れていることを確認する。

くるりと軽い身体を裏返すと、そのフニフニとした薄い尻を太ももにかけ数擦りほどで洗った。

 

 

「よし身体終わり」

 

 

少女の身体は最初に比べてだいぶ白くなった、まだ全身は僅かに黒く汚れており本格的に洗いながさねばそれは落ちないだろうが…それでもする前より段違いだ、ひとまず抱きしめても何の不快感も無いほどに。

 

再び少女の身体をベッドにおろし俺は、その未だ汚れた頬を撫でる。

無機質に見上げてくる少女の赤い瞳に少し苦しいように感じた俺は…微笑んで見せた。

 

少女から手を離し、振り返るとボウルの中の温水からタオルを入れ換える。

振り返ると改めて少女の頬に触れ、その髪を掻きあげると手ぬぐいを当て濡らした。

 

 

「ん…」

 

 

頬から首にかけ拭くと、返す手で鼻筋をゆっくりと撫で、瞼を瞬きのタイミングで少し強引に拭く。

一回タオルをひっくり返すと額を少し強めに押し付けて、ハンコを押すかのように汚れをしみとった。

…髪と獣耳、尻尾を除いて全身これで洗うことが出来た、後はどうにかして明日風呂に入れてやろう。

タオルで撫でた全身は白く、細い少女の身体。未だ髪は黒くべたついているが、洗ってやればきっと綺麗で可憐だろう…まぁ流石に切らないと日常生活に差し障る長さだが。

 

綺麗になった少女の頬を微笑みながら指先で撫でる、その柔らかな肌を少し不安になりながら微笑んだ。

そして頭に手を伸ばすと、少しべたつきを覚えながらゆっくりと掌で小さな頭を覆って温めるようにゆっくりと撫でる。

指に少女の獣耳が辺り、自然反射なのかピクピクと動くのは少し可愛らしいとも言えた。

 

 

「というか…」

 

 

他と比べ少し薄い銀色をした耳を弄るように撫でながら俺はふと疑問を抱く。

覗き込み、ベッドの腕に広がった長髪の中に紛れ込んだ太いぼさぼさとした尻尾を見た。

思わずそちらも撫でかけるが亜人は尻尾を触られるのが余り好きではない事を思い出すと、手を引っ込める。

 

 

「…何の亜人だ?」

 

 

――亜人(デミヒューマン)と一言で言っても様々な種族がいる。

 

例えば身近なところではアーニャとクロエは猫人(キャットピープル)、お隣のナァーザは犬人(シアンスロープ)、身近と言いたくないがオッタルは猪人(ボアズ)と様々な獣のフレン…改め獣人がこの世界にはいるのだ。

 

最初この世界で見た時はそれなりに驚いたが、正直ケモミミなど俺の世界にも概念としてあるわけだしすぐ慣れた。

そして俺はこの世界に溶け込んでいる彼らは鋭い五感と類い稀な身体能力を持っているらしく、獣の時の習性などを有している…程度の事しか知らない。

 

(…ん?)

 

故に――ぼさぼさな毛並みだと何の亜人なのか解らない。

立った耳と太い尻尾、何て特徴だけでは詳しくもない俺が見分けることなど出来ないし、せいぜい「猫人では絶対ないな」と思う程度だ。

 

(こんなことなら訊いときゃ…いや明日で良いか)

 

何の亜人なのか気になりはするが、別に急を要する話でもないし明日ヘスティア様辺りに聞いてみれば解るだろう。

何となく形状的に犬人なのでは?と思うがそれにしては少し逞しいというか――

 

 

「――というか、このままだと風邪ひくか…」

 

 

全裸の少女を撫でているこの現状、犯罪臭もするがむしろ幼女の身体を冷やしてしまうという方が良くない。

頭を少しの間撫でてやりたいとも思うが、それで体調を壊しては…というか未だ衰弱ぎみなこの子が風邪を引いたら本当に死んでしまう。

 

(何か服を…いや…)

 

頭から手を離して俺は今まで少女が着ていた服を見る。

しかし汚れ切っているそれは着るぐらいなら風邪を引いた方がマシなぐらいのただのぼろきれだ…そもそもこんなもの以外の服を着せる為に明日服屋に行くのだから何だか少しでもこの布を着させることに抵抗があった。

 

 

「…」

 

 

見れば少女は僅かに首をうつらうつらと前後させている、眠いのだろうそのぼんやりとした瞳は僅かに開いたり閉じたりを繰り返していた。

その肌は湯タオルで拭かれだいぶ綺麗になっており、僅かに湿っているが何かかけてさえしまえば寒くは無いだろう。

 

(ならこのまま寝かせるか)

 

掛け布団は少し厚めのを買ったし、裸のまま少女を寝かせるのも一つの手だ。

風邪を引くことも無いだろうし、何なら抱いて寝れば少しは暖かくもなるだろう。

 

問題点が一つあるとすればそこだ、ベッドは一つしかないのでどうしても二人で寝ることになる。

…裸の幼女と添い寝とか完全にエイナなどから蔑んだ目で見られる案件、というかもはや事案だが他に選択肢が無いのだから仕方ないし正直俺自身も眠くてそれ以外思いつかない。

 

 

「…よっと」

 

 

ゆっくりと少女の脇に手を入れ、持ち上げる。

一度抱き上げると片手で掛け布団をめくり、髪が絡まらないようにベッドの上に少女を寝転がせた。

それから掛け布団を少女にかけ直すと、閉じている時間の長くなった少女の額を指先で撫でると…少し愛おしくなった、覗き込んで、微笑む。

 

 

「……おやすみ」

 

 

言葉に合わせて少女の瞼が音もなく落ちた。

元々希薄だった意識も深く落ちて、触れた頬も穏やかに上下を始めた。

布団をかけ直すと白い肩が隠れるように寝かしつける、変わらない表情に俺は息を吐くとゆっくりと頭を撫でて立ち上がったのだった。

 

 

(さて…)

 

 

少女の着ていたぼろきれを掴み、首を揉みながら振り返ると、冷えてしまったぬるま湯の入ったボウルと今まで少女の身体を拭って黒くなってしまった手ぬぐいが幾枚か。

全体的に汚れたそれを見た俺は、指で挟みこむようにボウルを掴みその中に汚れた服とタオル数枚を投げ入れる。

…即座に服の中から汚れが溶け始め、ボウルの中のお湯にどす黒い淀みを発生させ、拡散するように黒い汚れを噴出させていた。

同時に傍に置かれたお湯の入った小鍋の取っ手を掴んだ俺は息を漏らす。

 

 

「ふぁ…」

 

 

欠伸を一つ浮かべると両手に鍋とボウルを持ったまま庭に向かう、途中砕いた床の破片を避けると揺れた水滴が地下へ続く鉄扉に跳ねた。

構わず部屋を横切り、土間を通って縁側に立った俺は足で僅かに空いた雨戸をガラリとこじ開ける。

 

夜の冷気が身体を差すのを感じながら縁側に腰かけると置いたボウルの中に視線を落とした、夜のとばり並みに暗いその汚れはゆっくりと流れを作り、時折その中で踊っている汚布の姿を現していた。

出来上がった汚水の中のものを見定め俺は手を突っ込むと軽く揉んで汚れを落とす、振ると更に濃くなっていく汚れに少し眉を顰めた俺は揺蕩う布の一枚を取り出し…再利用不可能だと諦めた。

丁寧に服以外の手ぬぐいを取り出していくと縁側にべちゃりとひとまとめにして置いておく、黒ずんだそれはもはや原型すらなく捨てる他ない。

 

だが…服の方は何とかしたい、それほど面積も無いので明日中に乾いてはくれるだろうが…汚れが落ちるかどうか期待は出来なかった。

 

ボウルのぬるま湯の中に手を入れぼろきれを軽く揉む、尋常でない黒が再び溢れだし渦を巻くとまたゆっくりと沈殿を始めた。

ひとまず取り出し絞ってみると真っ黒な液体がぼちゃりぼちゃりとボウルに落ち、ツーンと鼻につく酸っぱい悪臭が鼻をついた。

 

 

「…」

 

 

明日までの辛抱とはいえこれは流石に…しかし他に少女に着させられる服も無い。

一度僅かな月明りに服をかざし見た俺は顔をしかめると立ち上がる、そして尋常でない汚水の詰まったボウルを掴むと庭に降り、狭い庭の片隅の雑草生える場所に捨てた。

 

縁側に座り戻るとまだお湯でしかない小鍋の中をボウルに移し、透明な湯の中に服を再度つけ、汚れをこしとる。

一瞬で濁っていくボウルの中を見ながら服を繊維ごと揉んでいくと更に濃い汚れが噴き出した。

 

(…これ以上は無意味かな)

 

ボウルから取り出し服を絞るとまたも真っ黒な汚水がボウル内に落ちる、しかし絞られた布の方はその色をだいぶ薄くしており、本来の色なのか白も少し見えかけていた。

だがそれ以上の汚れは染みのようになっており、正直手洗いだけでは落としきれない。

 

服を一度縁側に置き、再びボウルの水を庭に捨てに行った俺は欠伸をする。

眠いし、早く終わらせようと買ってきていた物干し竿をセットするとそこに雑に少女の服をかけ、物干し用のスプリング製木製はさみで挟んで留めた。

 

そして手ぬぐいを捨てるのは明日やるかと今一度欠伸を浮かべると家の中に戻り雨戸を閉めると――

 

 

「ん…」

 

 

――服を脱いだ。

 

…。

どうも俺はこの世界に来てから寝相が悪い、おおかたまくらが会ってないとかそんな理由なのだろうがここ最近寝て起きると「勝手に」服が脱げている。

別に露出癖など無いのだが自分の意思とは関係なしに脱げてしまっているのだから俺のせいではない。

 

故にならばもう脱ぐ前、つまり寝る前に脱いでおけば特に夜中動き出すことも無いという訳だ。

朝脱ぎ散らかった服を見るとだいぶよれてしまっていることが多いし、畳んで置いておく方がダメージが少ない。

 

 

「…ふぁ」

 

 

剣を壁に立てかけ、最後の靴下をスポンと脱ぎ捨てまとめて他の服と一緒に置いた俺はベッドをめくる。

すっかり眠ってしまった全裸の少女の事をその銀髪ごと少しどかすとその横のスペースに潜り込んだ、全身に布がすれる感触が触れ少女の柔らかな肌が触れる。

 

(…まぁエイナにだったらマジギレられるだろうなぁ)

 

掛け布団をかぶりながら穏やかに寝息を立てる少女を見る。

未だ汚れた肌、衰弱し痩せた頬、太陽を見たことの無い閉じられた瞼の透明な銀色に輝くまつ毛。

それでいて全く褪せることの無い美しい目鼻立ちと、小さく薄い可愛らしい唇は母親譲りで――

 

 

――何だか惜しいと、そう思ってしまった。

 

 

今はこの子だけ見れば良い、だがどうしてもこの家の前の「加害者(もちぬし)」、()()()()()()()()()()ソイツの事をどうしても考えてしまう。

もう過去に起きたことはどうしようも出来ない、しかしそいつがいなければこの子はもう少しでも長く母親と一緒に入れたのではないだろうか?

 

こんなこと考えても仕方がないのかもしれない、しかしあの蒼炎に反応した以上憎悪は堆積し、きっとその矛先は――

 

 

(――…やめよう)

 

 

胸の中で蒼い炎が鎌首をもたげるのを俺は大きく目を閉じて抑える。

そして再び少女の穏やかな、顔を見て…微笑んだ。

 

今、この子は生きている――それ以上に喜ばしい事はないはずだ。

 

先さえ見れればそれで良い、この可愛らしい少女がいつか過去に縛られること無く幸せに生きることができたなら、その時その瞬間からあの場にあった憎悪など霧散して意味を失う。

わざわざ過去をつつく必要もないし、これから笑いかけ続ければそれだけで充分なはずだ、俺が守れば、俺だけでも味方がいればいいはずだ。

 

それまでが俺とあの母親との約束で、あの光景を見届けた俺の使命で――

 

 

 

…こんなにも、愛おしいのだから。

 

 

 

――すやすやと眠る穏やかな少女の寝顔に祈りながら、俺もまた少女の傍で眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

…少し濡れたぴたっとひんやりした冷たい感覚に目が覚めた。

瞬きがてらに瞼を開けるとそこには新居の面影と寝る前と同じ少女の横顔があり、顔にかかった銀髪が微かにその規則的な吐息でふー…と細かに揺れていた。

 

風邪という雰囲気でもない、安心した俺は横になったまま腕を広げググッと小さく伸びをすると欠伸を浮かべる。

 

 

「ふぁ…」

 

 

しかし何だか今朝は寒かった、というより何やら身体を覆うような『冷たい感触』に随分と早い時間に起きてしまったらしい。

まだ日の出前なのか家の中は暗く、ぼんやりと青い影を残して新居を淡く象ったまま生活感の余り無い新品の家具たちを映し出していた。

 

腕をつき、身体を起こした俺は久しぶりに外気に触れた上半身をブルリと震わせる。

寝ぼけた頭を右掌で押すように撫でると、そのまま手の甲で目をこすり大きく息を吐きだした。

 

 

「む…五時くらいか…?」

 

 

意識が緩やかに覚醒していくのに合わせ本当に早く起きてしまった事に気が付く。

いつもも六時ぐらいに起きてこそいるが日も出ていない時間はある意味新鮮だ、少女はともかくきっと早起きのベル君でさえもこの時間には起きていないだろう。

 

(ん…というか…)

 

再びゆっくりと伸びをしながら未だ掛け布団のかかった下半身を見る。

寝起きの生理現象はこの際置いておくとして…「冷たい感触」、まるで水をかけられたような…不可思議な、だがどこかで経験したことがあるような感触がぴったりと覆っている。

それは別に早起きしたから寒いとかではなく、もっと直接的に冷たい異変。何が原因か解らないが、俺はいいとして少女が風邪を引いたら大変な事になるだろうし調べなくてはならない。

 

(なんだ…これ…は…?…あっ)

 

…徐々に覚めていく思考の中、少し考えれば解りそうなものだが俺は躊躇いなく掛け布団を掴みあげると――

 

瞬間、薄いアンモニア臭。

閉じ込められていた匂いは昨日洗った汚れの汚臭と少し似ており、同時に脳を貫く刺激臭によって俺の意識は完全に覚め…一瞬の驚きの後苦笑いに変わる。

自分の腹辺りとベッドを濡らしてしまっている『それ』に冷たさを感じると、少女の顔を見て未だに寝ているその小さな頭をゆっくりと撫でた。

 

…まぁそんなこともあるだろう。

 

 

「――『おもらし』かぁ…」

 

 

ふっーと息を漏らし、子供特有の朝一に起こされることになった俺は「とりあえず…洗濯だな」と呟くとベッドから降りたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「…よし!」

 

 

パン!と洗濯し終えた掛け布団を桶の中から取り出し張ると、完全に石鹸ごとゆすぎきって綺麗になった布団カバーを仰ぎ見る。

小庭に置いた桶と洗濯板の前にしゃがんだ俺は石鹸水で手を濡らしながらおもらしによって汚れたシーツやら毛布を全てまとめて洗っていた。

 

…起きてから小一時間程。

とりあえず少女と自らの身体を拭き、服を着た俺はずっと洗濯板を擦っている。

ずっとしゃがんでの作業は腰に来るし、太陽もまだ出ていないこの時間に外で水を弄っていると非常に冷たいが…しないというわけにもいかなかった。

 

(う…)

 

布団カバーを手に持ち立ち上がった俺は軋むような腰の痛みに軽く伸びをすると、外気に触れた身体をブルリと震わせる。

手についた水滴をぶんぶんと振って払いながら桶を乗り越えると、昨晩から設置している物干し竿に持っていた布団カバーをばさりとかけ洗濯バサミで端々をバチリと留めた。

 

 

「ふ…う」

 

 

急遽洗わなくてはならなくなった物はこれで全て終わりだ、幾枚かがかかった物干しざおの前で俺は軽く息を吐きだすと揺れる布の合間から「光明」を見た。

 

(…もう日が出てたか)

 

左右を家に挟まれており塀に囲まれているこの家の庭からでは、日の出はすぐに見えない。

急速に白み始めた空を見てそうかとも思っていたが、目を刺すように輝く発光を見てそれは核心に変わった。

青くなっていた空に浮かんだ太陽は白雲を引き連れじりじりと天を昇り、見上げてくる地上に白い光を照らしている。

 

絶好…かどうかは解らないが、今日は良い洗濯日和だろう。

 

数度目を瞬かせた俺は「今日中に乾いたら良いけどな…」と呟くと並んで軽く揺れる洗濯もの達に希望的観測な視線を向ける。

そして一度冷えた手をこすり合わせると()()()()()()()()()その姿で振り返った。

 

 

「…」

 

 

――縁側には少女がちょこんと座っている。

 

とりこまれた(少し生乾き感はあったが妥協点だった)ぼろきれを身に纏い、その長い銀髪をこげ茶色をした縁側の上に蔓のように広げた少女はその赤い瞳でこちらをじっと見つめていた。

変わらず女の子座り、身体を拭いてあげている最中に起きてしまったせいか少し眠そうに銀色のまつげをゆっくりと揺らし、目尻の垂れた瞳を首ごと上下していた。

見える手や足、頬の肌はまるでこの世のものでは無いかのように白く、広がった銀色の髪と刺すような暗い紅の瞳、果てはその汚れたぼろきれも相まってか…まるで天使のように、美しく見えた。

 

そして――その背には黒いコートがかけられている。

 

無論俺のコート、朝の外気は幼子に堪えるだろうという事で薄い布切れ一枚を纏った少女に被せて、くるんだ。暖かいということはあまりないだろうが…ないよりかはマシだろう。

少女に一張羅を貸し与え短い袖のTシャツ一枚、それだけでは朝の作業は辛いがまぁ少女にこんな思いをさせるよりかは良かった。

 

手についた石鹸液をジーンズで拭った俺は桶と洗濯板を纏めて縁側の端に立てかける、影となった床に僅かに水を滴らせると濡れた染みを作っていた。

 

 

「ん…」

 

 

ゆっくりと伸びをした俺はやり残したことが無いかと確認すると、一人でに頷く。

それから少女の方に数歩近づくと…どさりと広がった髪を踏んでしまわないように縁側に座り込んだ。

 

 

「…」

 

「…」

 

 

俺は片足を組み頬杖をつくと、ぼんやりと遠くを見ている少女の事を見おろす。

 

…意識はあるが感情は無い、声を聞いたことも無いし反応も示さない。

 

 

「…」

 

 

少女は身じろぎ一つせず空を見ている。

 

青い空、回るように軽やかに過ぎていく白い小雲は輝き、見返すように太陽は少女の白い肌を照らし、僅かばかりにキラキラとその瞳孔を反射させていた。

 

――まるで初めて世界を見たかのような。

 

(…この子は世界を知りません、か)

 

世間知らず、という事ではなくもっと直接的な意味での『無知』。

 

触れたことのない感触、感覚、今まで知覚することを許されなかった「外の世界」に今彼女は触れている。

肌寒い外気に頬を撫でられ、眩しい陽に指先がじんわりと白く暖かくなる、触れた縁側のザラザラとした感触が足を覆い、物干し竿にかけられた洗濯物からぽたぽたと落ちる水滴が見えた。

それは少女にとって初めて見る光景、初めて知った感触と事象…既知などどこにもなく、未知に包まれた彼女は――見たまま、反応を示さない。

 

(質問攻めにあうくらいが普通だと思うんだがな…それ以前の問題か)

 

子供は興味心の塊というイメージがある、自分の疑問に思った事を躊躇わず大人に訊くのが子供の在り方で、年相応の「良さ」だと俺は思う。

…未知がそこにあり興味を持ってそれについて質問してくれれば答える、というコミュニケーションを期待していた、何であれ会話が出来れば信頼関係を築けると思っているがそもそも話せないのだから意味が無い。

それは彼女の心が――

 

 

「…」

 

 

穏やかな時間が流れる。

相変わらず外は寒いが、縁側に座った薄着の二人は動かない。

少女は空を見つめたまま、俺は少女の事を見守ったままただ時間が過ぎていくのを感じた。

 

…ただ一緒にいられるだけでいい、長い銀色を視線で追った俺は一度組んでいた足を解く。

年季の入った板に腕をつくと息を吐きだし、ふと少女の瞳に映るものが解ると少し呆れたように眉を顰めると――唯一かける言葉を思いついて笑った。

 

 

「…太陽を直視するのは目に悪いからやめとけな」

 

 

手を伸ばすと、少し覆うように小さな頭を下に傾ける。

無意識に太陽を見続けるのは目に悪い、キラキラとしたそれを子供の時分は良く見ていたが少女の場合延々と見続けてしまうだろう。

 

カクンと首をおろした少女に苦笑すると、俺は撫でるように手を離す。

何に興味を示すでなく、触れた俺を意識すらせずに少女は庭を見続けていた。

少しべたついた掌を縁側に擦りつけながら俺は腹の底から息を漏らすと「さて…」と一つ呟いた。

 

 

(今日の予定は…)

 

 

とはいえいつまでも縁側でぼんやりとしているわけにもいかない、少女を見ながら俺は今日する予定だったことをゆっくりと思い出し始める。

まずは…『朝ご飯』だろうか、ずっと洗濯をしていてお腹も減ったし、少女もお腹が空いている事だろう。

ワンパターンかもしれないが、ひとまずここは粥でも作って――

 

 

「って、食材買ってねぇわ…うわぁ…」

 

 

――割と後悔した。

 

別に一人だけなら外食も出来るし、というか朝は食べなくても別に良いぐらいの考えだったので昨日食材を買うことはしなかった。

故に今この家に食料の備蓄は無い、俺の料理スキルが火を噴くことは出来なかった。

 

…どうしようもないが、買っておけばよかったと今更になって後悔する。

 

 

「はぁー…どうするか…」

 

 

縁側にだらりと寝転がると考える、食材が無いとなると今すぐ調理は当たり前だが無理だ…これから買ってきても良いが時間がかかるし…というかこの早朝にわざわざ開店している店があるかどうか…。

 

青空を仰ぎ見ながら俺は現実的じゃない考えにうーん…と唸ると、少し肌寒い空気に当てられブルリと震えた。

それから流れていく雲を一つ見送ると、あくび混じりに結論を導き出す。

 

(…どうせ本拠地(ホーム)行く予定あるし、向こうで作るか)

 

幾つかの私物回収とヘスティア様への報告があるので教会地下には午前中の内に行くつもりだった。

あそこであれば食材の買い溜めもしているはずだし、粥くらいの軽食であれば俺の分も作れる。

それにこの時間であれば…ベル君も起きているだろう、ヘスティア様含めて異世界風の朝食を振舞うのもやぶさかではない。

 

一石二鳥、唯一問題があるとすれば午前中に来ると言っていた「風呂業者」の応対をしなければいけない以上長居は出来ない点だが…まぁ流石にまだこんな早朝からは来ないだろう。

 

 

「…よし」

 

 

立ち上がった俺は少女の肩にかかっているコートをとる。

ばさりとはためかせて身に纏うと少女の脇に手を入れ持ち上げ浮かせるように小さな身体を左手に抱いた。

縁側から家の中に入るとベッド脇まで行き、一応直剣を手に取りぎゅるぎゅる丸を腰に片手で取り付けていく。ガチャガチャと金属の擦れる音が鳴ると、慣れ親しんだ重みが腰にかかり重心が僅かにずれた。

 

振り返る、忘れ物はないはずだ。

左腕に座った少女の頭が胸に微かな重みを加えるのを覚えながら、ガラリと玄関の引き戸を開けた俺は本拠地へ歩み始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

廃教会の地下へと通じる狭い階段を少女を胸に抱きながら降りていく、ところどころ壁の剥がれた足元の暗い階段は天井が低く幅も狭いため、185cmある俺は軽く身を屈めて歩くしかない。

毛先が地面に触れてしまっている少女の髪を踏まないように気を付けながら階段を一歩一歩踏む、年季を感じさせる不揃いな切石が小さな音をトーン…トーン…と響かせると微かに埃が舞った。

 

慎重に歩みながらふと視線を上げる、と明るい朝日が見えた。

瞳孔を僅かに収縮させた俺は白い光に向かって降りる速度を僅かにあげ、雑に造られた階段のでこぼことした感触を足裏に感じながら進む。

 

 

「…ッ!」

 

 

部屋の中に入ると小さな明るさに目を細める。

天井に空いた穴から差し込むノーカットの忌々しい透明感ある木漏れ日に軽く手をかざして部屋の中を見渡すと…生活感あふれる本拠地の中心に座る少年を見つけた。

 

 

「おはよう、ベル君」

 

「…あれ、おはようございますリョナさん!どうしたんですか?」

 

 

ソファに座ったベルはライトプレートを身体に装着する作業から目をあげると、少し驚いたような表情で階段入り口に立つ俺を見る。

…のだが、その腕から長い銀髪が垂れ、非常に小さな少女が抱かれていることに口を僅かに開けて驚愕に眉を顰めた。

 

 

「いや実は向こうの家に食材を買い忘れてな、朝はこっちで作って食べようと思ったんだが…ベル君はどうする?もう食べたか?」

 

「…え、いや、実は今日ちょっと急いでて食べないつもりだったんですけど…」

 

「五分で作れるぞ?」

 

「あー…じゃあいただきます!」

 

「そうかそうか」

 

 

頷くと自らのスペースに向かって歩んでいく。

床の上に敷かれた寝袋、その上に置かれた言語研究ノート改めこの世界の文字がのたくった紙数枚とインク付きペン、それと子供向けの絵本。

枕元、というか頭のすぐそばの床には今までの貯金を入れた下膨れのよれた緑色の袋が腰かけていた。

 

…驚くほどモノが少ない、必要が無いと思っていたので買っていないがこれから鍛冶をするかもと考えると、そろそろ替えの服を買うことを考えてもいいかもしれない。

どうせ少女の服を買うのだから、その時一緒に買おう。

 

 

「ところで…あの…」

 

「んー?」

 

 

そんなキャンパーも真っ青な自らの領域から物をどかして軽く繕う、寝袋の上でも比較的柔らかな場所を探しあて少女の事を座らせる。

ソファにいるベルと机を挟んで丁度対面に座した少女は寝袋をお尻でくしゅりと軽く潰すと、長い銀髪を広げてその紅い瞳をぼんやりと少年に向けた。

 

手を離して座らせた少女が倒れてしなわない事を数秒確認した俺は安堵の息を漏らす。

振り返って改めて少年を見ると、ベルは不思議そうに困惑したように目を瞬かせ眉を持ち上げ指を持ち上げると座らせたばかりの少女を恐る恐る指さした。

 

 

「その子は…?」

 

 

…あぁそうか、そりゃあベル君が困惑するのも致し方無い。

何せ俺は昨日までこんな少女を所有していなかったし、見たことも無かったわけで、しかもその少女が見て解るほど汚れていれば、まず何か面倒ごとがあるべきと思って然るべきだ。

 

(嘘を言う必要も無いが、どうする?)

 

説明、全て言うのであればあの地下室の発見から惨状まで事細かにベル君に語り聞かせる。

だがそれはつまり結果的に「ベル君を巻き込む」ということに変わりない、否、「勝手にベル君が巻き込まれてくる」という方が正しい。

何せオラリオ1お人よしの少年だ、あの地下室で生き残った少女が困っているとなれば…まぁまず間違いなく全て投げうって手助けしようとしてくれるだろう。

 

それは少年の長所ではある、だがお人よし過ぎるというのも問題だ。

きっと今かいつまんで聞かせてしまったら少年は急いでいるにも関わらず足を止め、間髪入れずに俺に「何か手伝えることはありませんか!?」と詰め寄ってくることだろう。

 

…申し訳ない、とは思わないし人手がある分には助かるが。

 

まぁ急いでいる「今」でなくて良いだろう、タイミングを見て何かしら説明するとして今は――

 

 

「――娘だ」

 

「…え?」

 

「昨日拾った」

 

「…えぇー?」

 

 

そう告げるとベル君は、驚きを通り越して呆れたらしい。

思わずライトプレートを取り落とすと極めて不思議そうに、酸っぱいものを食べた時のように眉をハの字に曲げると改めて少女に視線をやった。

 

…説明を求めるように俺の事を見上げる、まともに説明する気のない俺は肩を竦めると少女の事をチラリと見下ろした。

 

 

「まぁなんだ、昨日のことなんだが…えー…」

 

 

とはいえ何と説明するべきか。

テキトーな嘘は幾百万と思い浮かぶが、適当な嘘は一つたりとも思い浮かばない。

ベルに心配、だとか同情させた時点でアウト。だが少女の身体が汚れている以上まともなエピソード足りえることはまずない。

 

 

「…そう、昨日空から女の子が落ちてきてな。受け止めようとしたんだが結局たまたまあった泥沼に全身落ちちゃって命からがら助けたんだが身元不明なうえに一言も喋らないし、何だか娘になりたそうにこっちを見てたから俺が面倒を見ることにしたんだ、世の中珍しいこともあるもんだな」

 

「え、嘘ですよね…?」

 

「…さて、メシ作るか」

 

「あ、逃げるんですかリョナさーん!」

 

 

早口にまくしたてると台所に逃げる。

咎めるようなベルの視線を背中に受けながら数歩離れると、食料を入れる棚を開けて中を確認し――

 

 

「あ、そういえば」

 

 

振り返る、人数を確認する。

 

 

「がー…ごー…」

 

 

見れば背景に完全に同化してしまっていたが神様が1柱いびきをたてながら寝ていた。

諦めたのかベルはライトプレートを付け始め、寝袋の上に座った少女はその様子を意味もなく見つめていた。

…加えて俺で四人前、少女は半人前で俺は一と半人前だから四人前。

 

――食料を備蓄している棚に振り返ると、その中身を覗き込み何を作るかを考え始めたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「――狼人(ウェアウルフ)、か」

 

 

廃教会の地下から出た綺麗に晴れた青空の下、俺は片手で抱いた少女を見下ろし歩きながら、先ほどヘスティアに教えて貰った少女の情報に納得しながら呟く。

銀色のぴんと立った三角形の耳と太い尻尾、どこか犬らしいとは思っていたが改めて狼と言われると不思議な納得感があった。

 

(…)

 

あの後ベル君に朝飯を…ちなみにオムレツを振舞い、急用があるという少年を慌てて見送ると、少女と自分の分を作って食べた。

そして相変わらずだらしなく寝ているヘスティアを尻目に本来の目的であるシャワールームに向かうと少女の身体を洗い始めた。

 

…身体、そして髪。

撫でる度、指で梳くたびに汚水が溢れる。

狭いシャワールームで汚水が撥ね、その度に身体は綺麗になっていく。

指の隙間にこびりつく油汚れを厭わずに根気よく汚れを洗い流していくと、やがてタイルの床は黒く染まった。

獣耳を掻き、輝くような銀色の太い尻尾を付け根まで洗うと――二時間ほどかけて少女の身体を洗い終えたのだった。

 

シャワールームから出るとその身体を大きめのタオルでゆっくりと拭く。

全身をくまなく洗われても相変わらず無反応な少女のすっかり綺麗になった身体を支え立たせると身体を拭き――髪を切った。

流石に足先より長いのは長すぎる、その銀髪を手に取ると腰の辺りでバッサリと切った。

髪質がかなり痛んでしまっていたのでいっそのことショートヘアにしてしまうことも考えたが、床屋でも無い素人なのに短くしすぎるとおかしな形になりかねない。

ロングぐらいの長さに濡れた髪を切るとタオルで挟むようにして水気をきり、ヘスティアから貸りたヘッドブラシで髪を梳こうとしたのだが…ぴょこんと端々が跳ねた、痛んでいるというよりどうやら元々くせっ毛らしかった。

それから他に着せれる服も…いやヘスティア様のいつものがあったのだが胸部がガバガバというかダルンダルンだったので、ひとまず元の服を着せた。

 

…戻るとヘスティア様が起きている、作り置いておいたオムレツをガツガツ食べていた、美味しかったらしい。

自らの寝袋の上に戻り少女の事を膝の上に乗せると、少ない自らの所持品を纏めつつ、その間ソファの上に座って暖かい飲み物を楽しむヘスティアに家やら少女やら様々な事を説明し始めた。

 

――お叱りを受け、号泣された。

 

まぁ摂理なのだが、何も言わずに家を買ったことをまず怒られた。

そして少女の事をありのまま伝えると、わんわん泣いた。惨状を憂い、悼み、少女を想って、自分の事のように悲しんだ。

…見ず知らずの初めて会った少女の悲惨な話を聞いて、涙を流せる人だった。

 

数十分後、泣き止んだヘスティア様に暖かいココアを振舞いながら俺は少女の事について相談した。

主に服と名前、そして亜人の種類について、その結果狼人だという判断を下されたのだった。

 

アルバイトがあるというヘスティアと別れ、廃教会から出ると教えてもらった服屋に向かった、現在に至る。

 

 

(…というかアルバイトはともかくベル君は何で慌ててたんだろ?)

 

 

朝慌ててベル君は飛び出していった、リリとの約束であそこまで慌てることも無いだろう。

それにどこか楽し気なようにも見えた、思えば昨日アイズと話していたし…何か匂う、今度臭いを追跡してみるか。

 

 

「…む」

 

 

少女がズリズリと落ちてしまっている、支え直すと石鹸の匂いが漂った。

まだ若干湿った癖のある銀髪が揺れると、綺麗になった肌が嬉しくて笑ってしまう。

だがその分異様に汚れた服が目立ち、道行く人々の奇異の視線が時折向けられた…黒コートのせいで元々目立っているのが更に。

 

気にせずヘスティアから教えられた目的地にオラリオを歩いていく、今日は天気が良いし朝干した洗濯物もよく乾くだろう。

知らない街道に目新しさを感じながら道行く様々な人種、耳と尻尾の生えた亜人やエルフ、小人族など観察し、遠目に狼人の旅人風の人影が消えたのを見て肩を落とした。

 

 

(そろそろか)

 

 

目的地、つまり少女の服を買うための店への道を辿る。

道行く人ごみを避けながら、ヘスティア様から教えて貰った角を曲がり見上げると――

 

 

「お…お!?」

 

 

――明らかなレディース服店の前に、俺は立っていたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「…」

 

 

店内から一歩外に踏み出した俺はげっそりと、苦い息を吐く。

本拠地から持ってきた私物を入れた風呂敷と、少女のために買った服と下着をいれた包みを持ち直すと…左手に抱えた「白いキャミソールワンピース」を着ている少女を抱き寄せた。

 

――少女服と、下着を買った。

 

…故に、精神的な消耗が激しい。

体力にはかなりの自身があるが、一時間程のショッピングであったにも関わらずこんなにも疲労困憊しているのは…ある意味自明の理でもあった。

 

いや、何も変質者を咎めるような視線で見られたわけでも、女児向けの洋服を買うことが辛かったわけでもない。

むしろ店員さんは非常に良くしてくれたし、店内にいた他の客は若いお父さんと娘とでも思ってくれたのか特に気にもされなかった。

 

…だが、何というかあの空間は完全に女性オンリーの結界が張られている。

別に恥ずかしいとかは全くこれっぽちも思わないのだが、いるだけで息苦しいというか、女性向けの場所というものはそもそも男の生存を許すように作られていないのだ。

 

――圧倒的場違い感に潰されそうになる、というのが一言で非常に解りやすい。

 

反対に女性に説明するとなると…立ちション…否、割と女性はどこにいても違和感ないのではなかろうか、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言うくらいだし。

 

 

「…」

 

 

まぁ何にせよ少女の服を買えた。

流石にブラジャーはまだ必要ないし、汚れた服は捨て、パンツとサンダルを履かせ、白いフリルの付いた肩の出たキャミソールワンピースを着せた。

 

――外面は完全に普通レベルに、いやそれ以上に可愛らしい姿に少女はなっていた。

 

 

「…あとは、名前か」

 

 

買ったばかりの綺麗な服を着た少女を腕に抱いた俺は、家への道を歩き出しながらあと少女に必要なものを数える。

すっかり外見はまともになったわけで、必要な日用品も本拠地から借りてきた。

ならばあと最低限この子に必要なものは…『名前』、識別情報であるとともにそれは親の祈りでもある。

 

 

「むー…」

 

 

少女の脚が揺れる。

悩みながら天を仰ぎ、帰路を歩きながら少女の名前を考えるが――

 

あの母親の願いは「この子に世界を教えてあげたい」だったと思う、少なくとも俺はそういう意味で受け取った。

しかし狭い一室に縛られていた少女を外に連れ出し、世界を教えてあげたいという祈り…それはある意味こうして外に抱かれて歩いているだけでも完遂されているという事になる。

冗談、ともあれそういった意味合いの長居を名前に込めるべきなのだと思う。

 

――適切な言葉が思い浮かばない、生半可な単語を名前にすることは出来なかった。

 

 

「帰ったら考えるか…」

 

 

今も考えてはいるが。

そもそも日本人らしい名前を付けるべきなのか、それともこの世界の例に倣うべきなのかを考えるべきだろう。

 

(あぁ…そういえばぎゅるぎゅる丸も…)

 

今日はもうダンジョンに行くどころか外出もしないだろう。

家を買った目的はそういえば壊れたぎゅるぎゅる丸を直す事だったし、家に帰ったら一度分解し壊れたパーツを確認する作業に徹してもいいかもしれない。

…まぁ、既に疲れたので一日くらい少女に構って怠惰に過ごすのもありだが。

 

 

一度思考を止めると歩みを続けたまま少女に目を落とす。

 

 

フリルの付いた白いワンピース、未だ長いが切られたくせっ毛の強いうなった銀の髪、見違えるように綺麗になった白い肌、小さい身体、整った顔立ちと紅い瞳をした垂れ目。

 

…傍から見れば狼人の美少女、しかしその目は変わらず何も見ていない。

 

外面は最低限、いや清潔感は十二分以上にあるし匂いだって漂っていた死臭が消え石鹸の良い香りがする。

だが朝ご飯を食べさせ、髪を洗い身体を洗い、服を買って抱いて歩いて新しい世界を見せたところで少女は視線の一つも動かさない。

 

――少女は、何も見ていない。

 

内面的な話、少女が何を見てきたかは知らないがきっとそれは「悲しすぎる世界」だったのだろう。

見るに堪える現実、見たくないから心を閉ざして『0』…いや『マイナス』になって感情を殺した。

故にその目はただ紅いだけだ、自意識だとか感情だとか少女の心と呼ばれるものはきっと壊れているのだろう。

 

(…)

 

つまるところPTSD、精神的ショックによるストレス障害。

強すぎる心的外傷(トラウマ)から自分を守るために「トラウマを感じている自分自体」を失くそうとする行為、同種の人間の自己防衛機構としては自らの神に無条件に縋るなどがある。

 

…だがあの地下室に神がいたとは思えない、少女はきっと今世界を見たくないだけなのだろう、少なくとも俺にはそう見えた。

 

(なら)

 

専門知識は持っていないがどうすべきかは決まっている。

 

――俺は俺として、子供(かぞく)になった少女に家族らしく接するだけだ。

 

愛するという表現も正しい、ただ暖かい食事を与え、身体を洗い、頭を撫でるという行為を繰り返す。

そしてそれがいつかマイナスを帳消しにし、1になって世界を見ても良いと思えるように待つ。愛とはスポイトを差すがごとく地道な繰り返しであり、心という器に注がれることで本来の色を成すものだ。

 

…特別な事は当事者でない俺には出来ないとも言える。

だが過去は過去にしかすぎず、所詮過去を変えることも見ることも出来ない、それどころか見るな聞くな触るな、積極的に醜い古傷を抉ることも無い。

無かったことにする気は無いが、あったことにする気も無かった。

 

 

「…」

 

「…」

 

 

少女から視線を離す。

つまるところやることは変わらない、考えるべく悩みごとはそれなりに多いがもうこの少女は俺の娘なのだから一緒に生活していく以上の事は無い。

 

…だがいつまでも少女、少女と呼ぶのもいい加減悲しい限りだ。

まず名前をつけてあげなくては最低限を満たさないのだから人としての心を取り戻す以前の話だ、また初めに戻る。

 

街道を歩きながら俺は空を見上げる、快晴だと思っていた青い空にはぽつんと一つだけ白い雲が浮かんでいた。

様々な思いが去来するが…暖かい陽気に俺は割と能天気に身構えていた、結局これからなのだと日常を謳歌する気で欠伸を浮かべていた。

 

軽い少女と共に家に向かいながら、ふと空腹を覚えた俺は周囲をふと見渡すと――

 

 

「…あ」

 

 

――もう昼飯時が近い事に気が付いた、街道沿いの青果店が目に入る。

家に食材が何もない事を思い出した俺は買い出しのためにその店に近づいていくのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 




書き直す勇気、実際めっちゃ勇気いりましたw
でもねーやっぱり展開に心残りがあったらしくて書き直したら…こう心が晴れやかになったというか、キモティ…

というわけで少女の話を長引かせずに一話に纏めたのが今回です、後半キングクリムゾンが大暴れしていましたが日常感あるかな?あったらいいな?と思ってやりました後悔は無いですが反省点は次回に活かします。

…まぁあえてコメントすることも無いんですがロリとキャミソールワンピースが至高とだけ言っておきます、断固として異論は認めません。

ではではー
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