このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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 イチニチフツカ3

・・・

 

 

 

「…オーダー入りました!4番テーブル様カルボナーラ二つです!!」

 

「了解!」

 

 

シルから渡されたオーダー表をチラリと確認した俺はもはや何個積まれているか解らない紙束の中にそれを突っ込む、作業工程を頭の中に刻み込むと他の二人がせわしなく働いている厨房に戻った。

 

 

「イーミン、カルボナーラ、ベーコン!」

 

「くっ…解っている!」

 

 

単語で叫ぶと奥で作業の掛け持ちしてくれているイーミンからくぐもった返事が返ってくる。

急ぎ足に調理熱で暑い厨房内を走り抜け、空いていた寸胴鍋を掴み水場に置くと綺麗な水を最大の勢いで中にぶちまけた。7割方水を貯めると重いそれを持ち上げ魔石コンロの火にかけると塩を一つまみ中に放り込みスプーンで軽くかき混ぜる。

在庫内からパスタを大量に抜き取りもう片手に卵を三つ掴みとると振り返り、『白衣』を揺らし歩きながら片手で卵にひびを入れていく、同時に一度パスタを投げ置きボウルに三つ同時に卵を開けた。

 

 

「7番テーブル、魚…」

 

 

振り入れた粉チーズとともに卵をカチャカチャとかき混ぜながら追い付いていない作業を頭の中に思い浮かべる、山のような作業量を段階的に捉えながら全力で思考と身体をブン回していく。

 

――先ほどから足を止める暇も無い、積み重なっていく仕事を余裕もなく駆けながら厨房で身を粉にして働いていた。

 

 

「へっ…ひぉぅっ!?」

 

「うおっ…!?」

 

 

ドンと腰に柔らかないものがぶつかる、振り返ると青ざめた顔をしたコハルが逃げ出そうとしているところだった。

…忙しいというのに気をつかっている余裕などない、小走りに去ろうとする背中に俺はちょっとだけ苛立ちながら担当を思い出し鋭く指示を出す。

 

 

「7と9が遅れてる、急いで頼むっ!」

 

「ひぅっ…!」

 

 

短い悲鳴を漏らしたコハルが身を竦めながら走り去っていくのを見送る、聞いたか聞いてないか解らないがしっかりと背中に声をかけた俺はため息を漏らすとまた作業に戻る。

…男性恐怖症でも何でも良いがこの激務の中で相互情報伝達がうまく出来ないとなると困る、今さらどうしようもないが物凄く困る。

 

(逆にっ!)

 

あれほど嫌がっていたイーミンとうまく連携できていたりする。

元々あいつからの一方的な敵愾心ではあったが、お互い尋常じゃない忙しさの前ではそんなものを持っている暇さえなく、がっつり協力して幾つもの料理の山を築き上げていた。

 

一掴みに持ってきたパスタを鍋の中に茹で入れる、体内時計をセットすると振り返り同時進行している幾つもの料理たちに目を向けると全体の行程を見た。

 

 

「ッ…皿洗いか!イーミン5分!あと4のパスタ見といてくれ!」

 

「…解った、なんとかしてみせる!」

 

 

営業が始まってから既に数時間以上経ち、そもそもを乗せる皿が尽きかけている、今すぐ洗いにいかなければ全体の進行が乱れかねない。

イーミンの背中に声をかけながら俺は大型の水場に詰める、山のように積まれた使用済みの汚れた皿たちを前にコック服の袖を捲ると早速水道の蛇口を捻ると皿洗いを始めた。

 

 

 

・・・

 

 

 

遠くから聞こえてくる店の喧騒、落ちていく水音、厨房に満ちた汗ばんだ熱、手にかかる痺れるような冷たさを覚えながら皿についた汚れを落としていく。

窓から差した最後の橙色が急速に消えていくのを俺は単純作業の中で見る、頭と身体を切り離しただ黙々と手を動かし続け皿を高速で処理し続けた。

 

(…急がんとな)

 

息をつく間もない激務、これから更にダンジョン帰りの冒険者たちが来ると思うと皿洗いにかまけている暇はない。

皿達に纏めて洗剤をかけ、一枚ずつ水ですすぎ()り分けながら俺は服の袖で額を拭う、いつもと違うサラサラとした感触に視線を上げると見慣れない白いコック服がそこにはあった。

 

数余時間以上前リューさんから支給された何の変哲も無いコック服だ、上下白いしっかりとした造りのいわゆるコック服と言われて最初に思い浮かべるコック服だった。

とはいえ女ばかりの豊穣の女主人で男物かつサイズが合っているコック服が良くあったものだが偶然にも更衣室の奥の方に誰の者とも知れない服が仕舞われていたらしい。

いつも黒っぽい服ばかり着ているからか、というか普通に考えて上下白という組み合わせは違和感があった…まぁ別に機能性はあるし飯を作るのに似合っているいないは関係無いからいいのだが。

 

そして服を着替えた後、逃げようとしたシルをみんなで説得(物理)し働く約束をさせ少女を休憩室の椅子に座らせてから、レシピをざっと見てすぐに営業が始まって今に至る。

 

(大丈夫だろうか…)

 

休憩室ならば大丈夫と思ったがしばらく少女を見ていない、いくら人がいる…といっても殆ど気絶しているし、未だ動いてくれないとはいえふとした拍子に椅子から身体が落ちてしまっている可能性は捨てきれない。

…とてつもなく不安だ、思えばあの日から片時も目を離したことの無かった少女が初めて目の届かない場所にいる。感覚で言えば初めてのおつかいみたいなものと思うかもしれないが、あの子の場合些か状況が特殊過ぎた、まぁ物理的にいなくなることは無いだろうが…寂しいとか思っていないだろうか。それにもしこのタイミングで少女が何かリアクションを示していたら――

 

 

「――う…よし!」

 

 

今戻って確認している暇はない、物凄く見に行きたいが今俺が抜けたら他二人に大変な負担がかかってしまう。

手に痺れるような痛みを感じながら俺は最後の皿を布巾で拭く、綺麗かどうかを確認し皿洗いを終えた。

 

(戻ろう)

 

両手に山のような皿を一度に持つととんでもない重さが両腕にかかる、バランスを何とか保ちつつ半端ない重さに若干ふらつきながら厨房に戻ると、瞬間イーミンの怒号に迎えられた。

 

 

「リョナ遅い!」

 

「すまん、4は!?」

 

「今やってる!皿!」

 

 

皿を厨房の各位に補充しながらイーミンの手元を覗き込む、全て材料を混ぜ込んだ暖かな麺がチーズの濃い香りをほかほかと掻き立たせしっとりとした黄色に輝いていた。

俺が皿を置くとちらりとそれを確認したイーミンはボウルの中のパスタをトングで掴み大きく持ち上げると、くぼみのついた皿の上にぼとりとカルボナーラを盛りつけた。

 

…美味しそうである、カロリー消費はそこまでではないが昼飯からこのかたずっと働き続け何も食べてない。

思わず涎が口内に溢れてくる俺の前でイーミンはしっかりと皿を掴むと振り返る。

 

 

「よし、じゃあ私が――」

 

「…リョナさん!そろそろカウンターお願いします!」

 

「解った!俺が持ってく!」

 

「っ…頼んだ!」

 

 

イーミンが皿を持ちあげると同時にフロアから顔だけ覗かせたリューに声をかけられる、短く頷き返した俺はイーミンから皿を受け取り厨房からカウンターへ続く出口へと足を向けた。

 

かかったのれんを頭で押す、フロアに足を踏み入れると聞こえてくる喧騒が大きくなった、強烈な光度の違いに俺は大きく瞬きすると瞳孔を慣らして辺りを見回した。

横に長い年季の入ったカウンター、様々な冒険者達で賑わう店内、暗い窓の外では街灯の灯りが丸く並んでおり、意気揚々と笑いあっている客たちの合間をせわしなくウェイター達が走っている。

…若干うるさいいつも通りの豊穣の女主人だ、違うのは視点と一人一人にかかる負担だけ。

 

痛いまでの活気を肌で感じながら、俺はカウンター越しにリューさんのお盆にカルボナーラを二つ乗せる。

皿から立ち上る良い匂いを嗅ぐとリューに頷き疲労で重い肩を落とした。

 

 

「では」

 

 

軽く目配せしたリューがお盆を片手に配膳しに行ったのに合わせ俺はカウンターから疲れた身体を離す。軽く首を回し痛んだ肩を持ち上げると息をつき、一瞬だけ気を抜くと白い上下コック服のままカウンターに立った。

 

いつもミア母さんが立っている場所で背筋を伸ばすとそれなりに疑問の混じった視線が集まる、無視して台の上を覗き込むと俺は酒の注文票を見る。

 

 

「えっ!?あれっ!!?」

 

 

カウンター席についた冒険者が何故か素っ頓狂な声をあげた、無視したままオーダーをざっと読みこんだ俺は振り返ると必要分のグラスやジョッキを指先で幾つか手に取り台の上にコトコトッ!と手早く置いていく。

 

…厨房での作業が終わったわけじゃないのだ、接客もある程度はこなさなくてはならないが酒のオーダーを片付けている合間にも料理のオーダーは増え続ける。そのためできれば早く、そして器用に酒の調合を終わらせねばならなかった…開店してからずっとこれの繰り返しだ、厨房とカウンターの往復は距離としては短いが何回もとなると流石に疲れてきた。

 

幸い一番注文の多いビールはウェイター達でも注げるので俺のところには来ない、というか酔えれば良い主義の荒くれ者ばかりなので酒の味など気にしていない奴が殆どだ。

しかしワインは銘柄などが少し特殊だしカクテルやウィスキーなどは俺が出さなくてはならない、ステアやシェイクなど一通り出来るので作ること自体は問題では無いのだがやはり量と時間がネックになる。

…居酒屋というかバーの仕事だ、まぁそこは気にするところではないのだが。

 

 

「よし、次はっと…」

 

「な、何で…!?」

 

 

とりあえず必要なグラスを用意し終えた俺はウィスキーのボトルを掴む、透かした中身を確認しキュポンと栓を抜くとグラスの中に滑らかな琥珀色をとくとくと流し込んだ。

…また何か聞こえたような気がしたが酒を早く用意せねばならない、再度無視して他の酒を取り出し栓を開けた。

 

 

「…り、リリ…あ、あれ…!」

 

「…嘘です、きっと他人の空似とか見間違いとかですよベル様…!」

 

「ん?」

 

 

とはいえ見知った単語に俺は一度顔をあげる、見渡すと右奥の方のカウンター席に白い後頭部と薄栗色のフードが見えた。

…明らかに彼らである、忙しくて来店に気が付かなかったがダンジョン帰りにご飯でも食べに来たのだろうか。

 

(まぁいいか)

 

酒を作り続けながら視線をおろす、忙しいし構ってやってる暇もない、無理に関わってこなければお互い無視でも――

 

 

「――あの、リョナさん!」

 

「…どうしたベル、注文か?」

 

 

まぁ躊躇いが無いのがベルの良さみたいなところあるし、こうなることぐらい解っていた。

コンマの隙も無く喋りかけてきた少年の戸惑いの表情を見下ろしボトルを傾けたまま俺は首を傾げる。

改めて俺の顔を確認しベルは唖然とした表情を浮かべるとこれまた呆れたような表情を浮かべるリリと顔を見合わせ前のめりに軽く腰を浮かせた。

 

 

「何で、リョナさんが、ここにっ――」

 

「――おーい来たぞミア母さん~!…って、ありゃ?なんでバカ食い野郎が立ってんだ?」

 

「ん、代役でな。あとバカ食い野郎言うな」

 

「おーそうか、じゃあ俺ビール」

 

「俺ラム酒」

 

「あいよ」

 

 

冒険者のパーティが来店する、既に酔っているようで陽気に能天気な彼らはミア母さんの代役とか一切気にする様子もなくわいわいと席につくと喋り始めた。

テキパキと酒を造り続けながら、俺はあまりの情報量に振り返ったまま固まってしまったベルを無視するとコック服の袖に撥ねてしまった水滴を見下ろす。

カコンとグラスを鳴らし無心でオーダーをこなしていくと遂に終わりが見えた。

 

 

「あとラム酒だけ作ってと…よし、リューさん酒できた!戻る!」

 

「解りました!」

 

 

呼びかけると机を拭いていたリューさんが遠くで頷く、ずらりと並んだ様々な色の酒が入ったグラス達を確認し一度ぽきぽきと手首を鳴らすと振り返り『あー忙しい…』とぼやきながら、固まったベルを後に厨房に戻ったのだった。

 

 

「だっ、代役って何のことですかぁぁぁぁ~~っ!!?」

 

「…ベル様、リョナさんはもういませんよ」

 

「はっ!?」

 

 

…その後、フロアから何か聞こえたような気がしたが既にその頃に俺は厨房での料理に集中していたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「…」

 

 

だいぶ減ってきた作業の片手間にイーミンは一緒に働いている男を見る、豊穣の女主人のコック服を身に着けた黒髪長身の男は一切止まる事無く働き続けている。

 

広い背中を軽く曲げ、包丁をトントントントンッ!と寸分たがわぬ見事な手捌きで上下させるとまな板の上に乗った野菜達が一瞬のうちに食べやすい大きさに切り別けられた。

躊躇いなくまな板上の野菜達を既に煮立っている鍋の中にあける、投げるように包丁を持ち替え今度は魚を捌き、的確に腹に刃先を入れ上下させるとものの数秒で開き終え器用に骨を取り除いていた。

 

 

「…」

 

 

めざましい働きだ、今日が初めての現場だというのにも関わらずリョナは実質この店の中核を担っている。

とてつもない手際の良さで厨房のオーダーを片付け、呼ばれるか暇を見つけては颯爽とカウンターに戻って酒を作り笑い声と喧噪を生み出すとまた帰ってくる。…ちなみにさっきは知り合いが来てたようで悲鳴と笑い声がクロスカウンターを決めたみたいになっていた、具体的に何が起きたかは知らないが、どうやらリョナが知りあいにジャイアントスイングを決めたようだった。

 

とはいえ遊びを含めずとも尋常じゃない作業量だ、料理に関していえば私も同じくらい働いているが奴はその上でカウンターの業務もこなしている、それに最初こそ私が指示していたが今ではすっかり奴が全体のコントロールをして私が指示を受けていた。

 

――最高以上の助っ人だ、確かに忙しいがこのリョナという男でなければそもそも店を回せなかったと思えるほどに。

 

(だけど…!)

 

だからこそ噂、いや抱いたイメージと違いすぎる。

それこそ悪魔のような奴だと思っていた。しかし目の前で働いている男は…まず実力はあるし…ここ数時間一緒に働いていてちょっとは頼りがいを感じたり…ちょっとは信用できるかも…なんて思ったり。

それに、前アーニャが言っていた通り顔もなかなか――

 

(――いやいやいや!何考えてるんだ私!!)

 

人は外見が全てではない、いや内面もなかなかとか考えてしまっている気がしないでも無いが、ともかく私はリョナのことをあのバカ猫よろしくカッコイイなどと思ってなどいない…いないよな私、その程度で恋愛感情を抱いたりする私ではないはずだ、ちょっとタイプとして頼りがいのある男らしい男が好きなだけで、リョナの事をちょっと逞しいな…とか全然思ってなどいなかった。

それにあんな敵対しておいて今更恋人はおろか仲直りも恥ずかしい、あいつは何も気にしていない様子だが私から謝るのはプライドが許さなかった。

 

ぶんぶんと頭を振ると赤い三つ編みが大きく揺れる、どうも今日は冷静じゃない、恐らくシルの神経ガスをちょっと吸い込んでしまったせいだろう。

止めてしまっていた調理を再開する、無心で作業に没頭するとアイツの腕筋肉質でちょっと触ってみたいなー…とか思わずにすんだ、いやそもそも思っていなかったということにした。

 

 

「おいイーミン」

 

「はっ!?な、なんだお前ぶっ殺すぞ!!」

 

「いきなりストレートな喧嘩売られてもな…」

 

 

…のだが、いつのまにか近づいてきていたリョナが肩にぽんと手を置いてきて再び動悸が激しくなる。さっきまで変な事を考えていた手前一気に心臓が早鐘を打ち始め、それを感じたころには思わず動揺して考えてもいない事を口走ってしまっていた。

細いがしっかりと筋肉のついた手が肩から離れる、腰とか掴まれたら絶対抵抗できないな(笑)とか本能が言うのを無視しながら慌てて振り返ると、そこには呆れ顔のリョナがやれやれと言った感じに目を閉じ立っていた。

 

(ち、近い…!?)

 

恐らくこいつの感覚で言えば私はとても小さいのだろうが、私の感覚で言わせてもらえばこいつは馬鹿デカい…つまり距離感が違う、こいつにとっては普通の立ち位置のつもりで私に喋りかけてきたのだろうが、見上げると私には奴の顔がやけに近いような気がした。

 

私は顔が熱くなっていくのを感じながら俯きがちに顔を逸らす、意識するなと自分に強く言い聞かせ少し強張った口を何とか動かした。

 

 

「そ、それで!?何か用事か!!?」

 

「いや用っていうか…在庫がもうない」

 

「…あっ…そ、そういうことか」

 

 

リョナの指さした先を見ると確かに厨房内の食糧がもうない、初めから下ごしらえが無かったため素の食材を料理していたのだがどうやら尽きてしまっていたようだ…リョナのことを見ていて気がつけなかった。

 

 

「それで地下の食糧庫?に取りに行きたいんだが」

 

「む、確かにそれしか方法はないが…取りに行っている余裕なんてあるのか?」

 

「あぁそういうことなら安心しろ、さっきフロア見に行った時にはもうだいぶ客足も減ってきてたからな。これからオーダー数も減ってくだろ」

 

 

もう陽が落ちてから数時間以上経っている、激務のピークは過ぎ去りあんなに騒がしかった賑わいも今ではもうなりを潜めている。

ゴールまであと少し、言うなればここからはラストスパートというところだった。

 

なるほどと頷いたイーミンは視線を平然とした表情を浮かべているリョナに戻す、顔が赤くなってないことを祈りながら平然としたその顔を見上げると少し複雑な、何故か恥ずかしいような気持ちに見舞われた。

何故だか恥ずかしいしあまり一緒にいたくない、少し間をおいて私は肩をおろすと小さく喋りだす。

 

 

「…なら私が一人で――」

 

「いや、俺と二人で行くぞ」

 

「――…へっ!?」

 

 

狭い地下の食糧庫、男女が二人何も起きないはずが無く。

 

(う、うわああああぁぁぁぁぁぁっ!?)

 

つまり食糧調達という理由をダシに私と二人きりになり、そのまま声も通らない地下室で私の事をぺろっと美味しくいただいてしまおうという算段なのではなかろうか。

相手と比べ遥かに小さなこの身体ではまず抵抗はできないし、リーチ差から考えて逃げることもままならない。

 

(こ、このままではっ…)

 

行ったら最後確実に犯される、体格差通り組み伏せられ犯され弱みを握られ言いなりにされて最終的にこいつの子供を産むことになる、そんな展開御免だ。

思考が頭の中を駆け巡る、全身の血が沸き立つように熱い、頭から物理的に湯気をたてながら睨むように見上げると困惑というか不安そうな顔をしたリョナが私の事を見つめていた。

 

 

「おいお前顔色悪いぞ、大丈夫か?」

 

「つ…ついに本性を現したなこの悪魔っ!い、いや…この変態がっ!!お前の企みなんて全てお見通しなんだよっ!」

 

「…は?いや、企みっつーか、単純に一人だと量が多すぎるだけなんだが」

 

「……え」

 

 

さっきとは違う意味で汗が噴き出す、見上げるとリョナは不思議そうな顔で『変態とは…?』と逡巡していた。

 

(つまり勘違いか…やっぱりどうかしているぞ今日の私!)

 

そんなエロ小説じゃあるまいに、もしかして私の頭の中の方が変態なのかもしれない。

というか普通に気を利かせてくれているだけだった、だというのに私は勘違いとはいえなんと恥ずかしい暴言を瞬間的に言えたモノだ。

 

顔を合わせることも恥ずかしく私は顔を伏せる、軽く呼吸を整えると改めて思案を巡らせ一つ咳ばらいをすると「無かったことになれ…!」と心の中で呟きながら再びリョナの顔を見上げた。

 

 

「そ、そういうことなら私とコハルだけでもいいんじゃないか?」

 

「ん、まぁ別にそれでも良いんだが、量が量だし俺が行った方がいいかと思ってな」

 

 

実に妥当な理由だった、やっぱり下心を抱いているとかありえなかったのだろう。

遠くで働いているコハルを見る、男性恐怖症である彼女とリョナという組み合わせはありえないし、ウェイター連中にわざわざ声をかけるのも違う。つまり誘うとしたら私以外いなかったという訳だ、それを私の事を狙ってるとか勘違いしたわけで。

 

(あーーーーもう!!)

 

なるようになれ、幸いリョナはそういうところでは鈍感というか気にしていないというか、あくまで私内部で妄想が先走ったというだけの話だ、それに別に(暴言は出たが)妄想の内容までは口に出してはいないのでこれ以上恥じる必要はない、墓まで持っていってやる。

 

自己嫌悪に陥りかけた精神を蹴飛ばし私はリョナを見上げる瞳を細める、物理的に目尻を吊り上げると再び睨みつけた。

 

 

「ふん、解った一緒に行ってやる!だけど変な気起こしたらすぐぶん殴るからな!!」

 

「いやしねぇよ、行くぞ」

 

 

苦笑混じりに厨房から出ていくリョナについていきながらふと振り返る、遠くで作業をしていたコハルがいつのまにかこちらの方を前髪の下からジッ…と見つめており、どこか不安げな表情を浮かべているような気がした。

ちょっと行ってくる、私は笑顔で親友に手を振ると厨房を後にしたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「「「お疲れさまでしたっっ!!」」」

 

 

声が重なりガチンとグラスがぶつかり合う、互いに激務を乗り越えあった俺達は客の居なくなった静かな店内で軽い打ち上げをしていた。

すっかり日は暮れ表の道に人気はない、一切休みなく働いていた面々にとってかなり遅い夕食はちょっぴり豪華で机の上にはそれなりにお酒も並べられていた。

 

みな疲労している、しかしその顔には疲労したなりの笑みが浮かべられており、艱難辛苦を乗り越えた達成感で自然と朗らかな気持ちになっていた。

乾杯を終え一人隣の机に戻った俺は、黄金色をした炭酸の入ったジョッキを大きく傾ける。

 

 

「ぐっ…ぷはぁ」

 

 

疲れと共に息が漏れる、背もたれに全体重を預けると脱力し立ち上がる気力も失せてしまった。

木製のジョッキを机の上に置く、疲労に任せ数度うめき声を漏らしながら左隣の椅子を見る、長い銀髪を垂らした少女が相変わらずちょこんと座っている。

…結局営業終了時に慌てて見に行ったのだが少女は椅子の上から一センチも動いていなかった、俺が安堵に胸を撫でおろしたのは言うまでもない。

 

(食べさせないとな…)

 

俺と少女だけが座っている机にはきっちり二人分の料理が乗っている、俺もかなり腹が減っているがそれより先に少女に食べさせなくてはならない、口にこそださないがいつもなら数時間前に夕食をとっているしそれはもうお腹を空かせているはずだった。

 

疲労した脊髄をメキメキという破壊音つきで何とか起こす、俯いている少女の頭をくしゃくしゃと撫でると不思議な気力が湧いてきた。

今日はトマト風味のリゾットだ、酸味のある良い匂いを漂わせた黄色のリゾットを木のスプーンで掬うと息を吹きかけ熱い湯気を飛ばす、例によって(もう慣れてきた)少女のおでこに手をあてがうとかくんと首を上に向かせその小さな唇を割るようにして食べさせる。

毎回むせないか不安になるのだがこくんと細い喉が確かに鳴った、口元についてしまっていた食べかすを指で拭うと笑みを漏らし指先についたリゾットを食べた。

 

 

「…」

 

 

何の反応も無い、休み休み交互に俺の皿もつまみながら食事する。特に言葉も無く食べていくが美味しいし、空腹だった胃に栄養が染み渡るようで安心感を得た。

 

(あっちはどうだ?)

 

ちらりとかなり姦しい隣の食卓を見ると随分賑やかに酒を飲んでいる、基本的にはアーニャがボケてイーミンがそれにツッコみ、仲介としてシルとコハル、静かにご飯を食べつつ冷静なコメントを入れていくのがリューさんみたいな感じで非常に楽しそうにわいわいとやっていた。

それにやはり彼女達も空腹だったのか随分と食事のペースは早く、それにつられてか酒もぐいぐいと飲まれている…多少は良いと思うしそこまで度数の高い酒でも無いが酔われると面倒だ、おもに快方が。

 

(…はっ)

 

とはいったものの、酔った女子が普段の数割増しに可愛く見えるのもまた事実。

他の有象無象どもは正直どうでもいい(というか面倒くさいだけだ)が、あの常にクールなリューさんが酒に酔って弱くなってしまう、みたいなシチュエーションは是非見たい、全身全霊をかけて見てみたい。

 

両手で丁寧にジョッキを持ち、平然と酒を飲んでいるリューさんに熱い視線を送る、しかしその顔は極めていつも通りであり、耳の先まで真っ赤とか全然そんなことはなかった。

 

…顔色一つ変わってない…ちくせう…どうにかして酔わせられないものか…。

 

などと邪な視線を送ってもんもんとしていたのが気がつかれたようで、リューはぴくりとサファイア色の瞳を俺に向けると不思議そうな顔をした後静かにジョッキを机に戻し、改めて座り直し身体をこちらに向けてきた。

 

 

「リョナさん」

 

「…はい?」

 

「今日は本当にありがとうございました、アナタがいなければ今日この店は続けられなかったでしょう」

 

 

そういうとリューはペコリと頭を下げる、アーニャ達がふざけているのが背景でもその姿は凛としたもので、真面目というかそれでも感謝されることは素直に嬉しかった。

邪な考えを振りほどいた俺は軽い笑みを浮かべる、同様に身体を向け直し軽く頷くと頭をあげたリューの顔を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「まぁ、でも、みんな頑張ったというか――」

 

「――ですので、リョナさんもこちらに机にこられては?」

 

 

あれ、ちょっと変なタイミングで話をぶった切られた。

見るとリューは手招きをしている、確かに一人だけ離れている俺に近寄るように言うのは別に不思議なことではないが…何というか勘の良いリューにしては変な言葉の被せ方だった、それに俺を見ているはずの瞳もどこか焦点が定まっていないような…いや、気のせいか。

 

(…そっちはなぁ)

 

改めて誘いのことを考える、ありがたいにはありがたいが、別に席が足りなかったから俺が離れて座っているというわけではなかったりする。

チラリと視線を上げ女子五人の座っているテーブルを見る、完全に酔っている様子のアーニャはいいとして視線を横に向けると男性恐怖症のコハルがいた。

…確かにそっちの机の方が賑やかで楽しそうではある、だが俺が同じ机にいるとあの子は楽しめないだろう。

 

ああいう手合いが友人にいたがちょっと距離を置くつきあい方のほうがうまくいく、思い出しながら軽く目を閉じた俺はリューに首を振った。

 

 

「いや有難い話ですけど俺は別に――」

 

「…」

 

「――…んんっ?」

 

 

断ろうとリューさんを見るとまるで何事も無かったかのように身体を正面に戻してグラスを傾けていた。

リューさんから振った話だったのでてっきり返答待ちだと思っていたのだが別にそんなことは無かったらしい。拍子抜けした俺はぽかんと、酒を結構早いペースで飲んでいる彼女の朱など混じっていない澄ました横顔を眺めると首を傾げた。

 

(なーんか…?)

 

先ほどから違和感があるようなないような、表情に変化はないのだがリューにしては珍しく会話のミスが目立つ。

それにジョッキの傾き具合は小さくお嬢様のような飲み方をしているのだが絶えずのどぼとけが上下しており水のように…というかあれだけ酒じゃなく水なのでは?と思わせるほどの飲みっぷりをしていた。

 

(いや、うーん…まさか、な…)

 

いやいやと首を振った俺は視線を横にずらす、既に食事を終えた彼女たちはちびちびと酒を舐めながら会話に花を咲かせており、赤くなった顔には笑みが浮かんでいた。

 

――夜は進む。

 

少女にリゾットを食べさせ終え、残るは自分の皿のみとなった俺は適度に酒をあおりだらだらと食事をつまみながら立ちっぱなしだった足をだらけさせると、少し酒が回ってきたのか急激に眠くなってきた。

 

 

「にゃぁん…お得意様ぁ…!」

 

「あぁ…?」

 

 

すっかり出来上がっているアーニャが甘ったるい声をあげながらふらりと絡んでくる。だらしなくにやけた真っ赤な顔でするりと俺の首筋に両腕を回し、尻尾で艶っぽく円を描きながら太ももの上に滑り込んでくると、酒臭さの混じった熱い息を頬に吹きかけてきた。

 

(…まぁ良い匂いもするな…アーニャのくせに…)

 

太ももに乗ったアーニャは濡れた瞳をきらきら輝かせ至近距離から嬉しそうに、どこか微睡んだような表情で俺の顔を見つめている。

酒臭いし汗の臭いもする、しかしぴったり密着させてくる身体はやはりどこも柔らかく、女性特有の甘い匂いみたいなものもふわっと髪先から漂っていた。

 

若干酔った思考の中で俺はアーニャを見る、馬鹿なのが難点だが身体は普通の女…まぁ猫人ではあるが、人懐っこいしあからさまに好かれてるし悪い気はしない。

それに酔っているからか何となく可愛く見える、いつもなら普通に殴るところだが疲れているというのもあって遠ざける気にならなかった…それに結局性欲処理できていなかったりする、華で倒れた時ほど飢えてはいないがここまで抱き着かれたりすると、くらりと頭の中で理性が薄れていく気がした。

 

 

「ちゅ~~♡」

 

 

そしてついに耐えられなくなったのかアーニャは首筋に回した腕を引き寄せると自らの身体を近づけ、軽く目を閉じ唇を突き出すと一直線に迫ってきた。

柔らかな力に首筋をロックされ逃げ場も無い、至近距離からのキスを避ける時間も気力もなく頬ぐらいならいいかと俺は、寄りかかってくる熱い身体と向かってくる柔らかそうな桜色の唇を重い頭で見つめていた。

 

のだが――

 

 

「ほらアーニャ、行きますよ」

 

「――…に゛ゃう゛っ!?」

 

 

唇が頬に触れるかという寸前にアーニャの身体がリューによってひょいと首筋辺りで持ち上げられる、何というか子猫が首を掴まれて運ばれていくような姿だが、実際はリューさんは無造作にアーニャの首を掴んでおり完全に息を止めていた、アーニャの驚きと苦しみの入り混じった顔が離れていった。

 

視線を上げると当然の事ながらむんずとアーニャの事を掴んだリューが立っている、それとその後ろにはどこか困ったような苦笑を浮かべたシルがいた。

リューさんの視線がこちらに向く、軽くにこやかに会釈すると綺麗に姿勢を整えた…のだが目はどこか据わっているというか誰もいない明後日の方向を向いているような気がした、とはいえ相変わらず顔色は平然そのものなのだが。

 

 

「ごちそうさまでしたリョナさん、夜ご飯もおいしかったです」

 

「えっ…あ、はい」

 

「ところで明日の話なのですが明日も来ていただくことは出来ますか?」

 

「ん」

 

 

またも唐突な喋り方のリューに戸惑いつつ俺は眉を上げる。

明日もか…今日が激務だっただけに少し面倒くさい、というか明日くらい休みにしても良いと思うのだがリューさんにその気はないようだ。

 

(…いい加減ぎゅるぎゅる丸直したいけどな…)

 

恐らくシル弁の被害者たちが目を覚ますのは明後日くらいだろう、明日も手伝うのは良いがちょっとだけぎゅるぎゅる丸の修繕と少女の名前付けというmustが頭の中をちらついた…まぁ断るという選択肢は無いのだが。

 

 

「…解りました、明日も手伝いに来ます」

 

「そうですか!ありがとうございます!!」

 

 

そういうとリューは微笑みを浮かべて嬉しそうに頷く、その程度のことで活力を見出してしまうあたり俺はチョロイのかもしれないがリューさんが相手ならば別にそれでも良かった。

 

 

「シル、行きますよ」

 

「えっ、うん」

 

「…ち゛ゅ゛~~!!お得意様とちゅうするに゛ゃぁ~~~…!!!」

 

 

くるりと振り返ったリューさんは酔ってじたばたと大泣きしているアーニャをずるずると引きずりながらシルと共にバックヤードの方に消えていく、三人の後ろ姿(まぁアーニャは表だが)を見送った俺は、はぁとため息をつくと皿に残った最後の一口を飲み下した。

 

もう夜も遅い、これから帰って風呂に入ると考えると寝るのはだいぶ遅くなってしまう、それに少女を夜更かしさせるのも大変よろしくない…明日も手伝うというのならなおさらだった。

 

 

「…それでさーあいつがさー?食糧庫行ったらさー…えっと…なんだっけ?」

 

「あははぁ…イーミンちゃんさっきらおんなじ話ばっかしとうよぉー?」

 

 

声の方を振り返ると完全に出来上がっている様子の二人が残っていた、顔まで真っ赤にさせて酒に酔っている彼女達は共に楽しそうな笑みを浮かべており非常に舌足らずな様子で喋っていた。

…酔いが覚めた、絵面としてはそこまで酷くないが聞くに堪えない酔っ払い同士の会話に現実に引き戻されてしまった、いっそのこと同じくらい酔えばこんな風には思わなかったのだろうが行く先は泥沼でもあった。

 

というか絶対にこちらから関わりたくない、確実に面倒くさいことが目に見えている。

ちらりと酔っぱらっているイーミンを見る、耳の先まで真っ赤にさせた彼女はコハルと楽し気に会話をしており――俺と視線があった。

 

 

「あ゛っ」

 

「むっ…おまえぇー…何ガン飛ばしてんだよぉーっ!?」

 

 

瞬間睨みをきかせてきたイーミンは立ちながら不機嫌そうな顔を浮かべ、ふらふらとこちらのテーブルにまで歩いてくる…最悪だ、最悪の絡まれ方だった。

何とかこちらまで歩いてきたイーミンはダンと机に腕をつく、焦点の合ってないにやけた笑みで精一杯俺に睨みを利かせると、不規則に頭を揺らしながら俺の胸倉を掴んできた。

 

 

「おい、りょなぁ……お前ぇちょっと仕事できるからってぇちょうしのってんじゃねいろぉ!!?」

 

「おぅふ…」

 

「まーぁ?お前が働けちぇるのもぉ…しゅべてぇ…私のおかげ?みたいなところ?あるけどなっ!ははははははは!!」

 

 

最高にめんどくさい、そしてうざい、なんならアーニャ以上かもしれない、新記録だ。

爆笑しながらグングンと首元を掴んで揺さぶってくるイーミンから視線をずらし俺は遠い目を浮かべる、こいつ悪酔いにも程があるだろう。

 

ひとしきり馬鹿みたいに笑い終えたイーミンは酒臭い息をつく、顔を赤くさせたままぼっーとした視線で(仏頂面をしている)俺の顔を見てきた。

 

 

「…あのバカ猫もこんなののどぉこが良いんだか……ふん」

 

「は?」

 

「あっそーだぁ!おまえちょっと腕触らせろよぉぉぉっ!!」

 

 

もはや全くの行動予測が出来なくなった生物が叫びながら俺の腕に跳びついてくる、二の腕に頭ごと突っ込んでくるイーミンの頭を俺は抑えようとすると意外にも機敏な動きで躱してきた。

 

 

「ッ…!?」

 

「うーん…やっぱ男の筋肉っていいなぁー…」

 

 

ぺたぺたとイーミンは悩まし気に二の腕を撫でてくる、確かめるように筋肉を揉んだり突いたり頭をつけたり揉んだりするとまた笑った。

 

 

「あー…81てぇんっ!あははははははっ!」

 

 

何が楽しいか知らないがこいつが笑い上戸だということだけは解った、多分明日このことを思い出して後悔する…ぜひ後悔してほしい、後悔しろ。

 

(こいつ俺の事嫌いじゃなかったのかよ…!)

 

酒のせいだとは解っているがあれほど嫌われていた相手にこうも密着されると違和感(ギャップ)が凄い、ついでに勢いも凄い。

まぁ一方的な敵愾心、逆の立場だったら溝は深まるばかりだったろうが俺は別に嫌悪感など無いので悪化することはない、絡み方が鬱陶しいというのは確かだが。

 

(…というか)

 

そもそも何故こいつ俺の事を嫌っていた(る?)のだろうか。コハルの方は男性恐怖症という明らかな理由があるが、結局最初何故襲われたのかも解っていない。

…本人に聞くのが一番早い、今は酒に酔ってるし何かとハイテンションだし口を割りやすいかもしれない。相変わらず俺に心当たりは一切無いが、悪い奴じゃないし何より俺自身が気になった。

 

 

「おいイーミン、お前何で俺の事嫌ってたんだ?」

 

「ん~…あー…?」

 

 

尋ねるとイーミンは俺の腕を触ったままぽやんとした表情を浮かべ間の抜けた声を漏らした、ちゃんと答えるかどうか微妙だが一応酔いながらも考えてくれているようだった。

うめき声を漏らしながらイーミンは首を傾げる、おかしな重心でふらふらと頭を振ると、少しムッとした顔で呟いた。

 

 

「…うでまくら」

 

「は?」

 

「うでまくらしてくれたら話ーす!」

 

 

意識が遠のく、お前は何を言ってるんだ。

 

 

「んーそうだなぁ…これをこうして…ん!」

 

「…え、マジで?」

 

「ん!!」

 

 

手早くパパッと机の上から皿をどかしたイーミンは机の上に乗る、よいしょと座り寝そべると『早く枕!』とでも言いたげにバンバンと机を叩き始めた。

…ストレス値が高い、何で俺がそんな馬鹿みたいな…いや実際かなり馬鹿だ、何でそこまでして情報を引き出さなくてはならないのか、ただの腕枕ではあるが何故腕枕なのかという強烈な疑問で頭がおかしくなりそうだった。

 

 

「はよぉ~!」

 

「…」

 

 

やるしかないのか。

酔っ払いに屈するみたいで非常に癪だが情報の為には致し方ない。

 

若干震えながら俺は右手を差し出す、子供みたいに楽し気な笑みを浮かべてテーブル上に横たわっているイーミンの首辺りに手を伸ばすと寝やすいように角度を確かめながら上向きに腕を差し入れた。

 

 

「よっこらせっと…おおー、たくましーじゃーん!?」

 

 

髪がさわさわと腕をくすぐる、若干身体の位置を調整したイーミンは俺の顔が見えるように横向きに寝ころぶと感嘆の声を漏らした、何が良いのか解らないが…喜んでくれて何よりだ。

俺の腕を枕にしてイーミンは寝ている、伸ばした腕の先には確かな重さがかかっており、楽しそうにイーミン頭の感触を確かめたり目を閉じたり俺の顔を見たりしていた。

 

 

「んー腕はいいけど…机硬い!」

 

「だろうな」

 

「じゃあ何とかしろよぉ」

 

「はぁー…」

 

 

ぱんぱんと寝ころんだまま腕を叩いてくるイーミンにため息を漏らす、この酔っ払いホント用がなかったら簀巻きにしているところだ。

面倒くささに再びため息をついた俺はイーミンの赤い髪を見下ろす、完全に酔った顔に呆れながらふとこのまま寝られたらまずいと気が付いた。

 

 

「おい、してやってんだから早く教えろ」

 

「え?…何がぁ?」

 

「いやだから、何で俺の事嫌ってたんだって話だよ」

 

「あー…それねー…」

 

 

既に随分眠そうだ、若干いがらっぽくなってきた声に焦りながら俺はぼんやりと考え始めた腕に頭を擦りつけそのまま寝てしまいそうなイーミンを見る。

そして眠そうなままゆっくりと喋る…かと思いきや、眠そうにしていた目をいきなりカッと見開いた。

 

 

「――…お前、食いっすぎ!」

 

「は?」

 

「毎日毎日ただでさえ忙しかったのに一人で何人前も食いやがってよぉー!お前のせいで私たちは毎日腱鞘炎になって…もぉーほんと鬼!悪魔!リョナ!…ほらぁ、コハルもなんか言ってやれよぉ!」

 

「へぇっ?なぁにーイーミンちゃん~…って男の人ォ!?」

 

「いまさらぁ~」

 

 

ビビるコハルに疲れたように笑うイーミン、言葉の意味を俺はかみしめていた俺は酔った思考でしばし考えるとやっと解った…つまり、俺のせいで作業量が増えて腱鞘炎になり恨まれていたと。

 

(知るかッ!)

 

思えばダンジョン帰り毎日のようにとんでもない量の食事を頼んではいた、しかしまさかそんなことで恨まれることになるとは思いもしなかった。どこの世界に飯屋で食べ過ぎて料理人に狙われる奴がいるんだよ、俺だ。

 

(地獄とかよく言えたなコイツ…!)

 

…まぁ彼女なりに辛かったということではある、思わず俺の首を狙う程度には。

だがここまで引っ張っておいて、というか何かしてしまったのではないかと心配していた割にはしょうもない、腕枕するほどの情報の価値は絶対になかった。

 

安堵のため息が漏れる、まさかではあったがその程度の事なら大丈夫だ。それに最初はそれで嫌われていたかもしれないが、今はそれなりに仲良くなった…と思うのでこれ以上気にする必要もなくなった。

 

 

「でさぁー噂でりょなってヤツがめっちゃ食ってるって聞いてさぁー?…絶対殴ろって思って…」

 

「待て、その発想はおかしい」

 

「……うっさい、ばーかばーか!…あーあとアーニャが言ってたんだけど……言ってたんだけど…」

 

「ん、言ってたんだけど?」

 

「えっと…あー…確か……ないす、ちん…?」

 

「な、ないすちん?」

 

「……うへぇ…」

 

 

謎の言語を残してイーミンはがくりと落ちる、幸せそうな寝顔を決めたまま俺の腕を枕にして涎を垂らして寝始めた。

 

(クッソ…)

 

言葉の続きが気になる、でもどうせアーニャの噂などろくなことじゃない。

腕を枕に眠り始めやがったイーミンに俺はイラつきつつ息をつく、落ち着き隣の少女の事を見下ろすと座ったまま寝息を立てていた、ふざけている場合じゃなかった。

 

(服着替えて…それから…)

 

本当は皿洗いなど明日の仕込みをすべきなのだろうがまぁ最悪明日にでもできる、それと目の前に寝転がっている馬鹿の快方…もとい酔ってる奴全員家まで送り届ける?時間がかかりすぎるだろう。

…とりあえずコック服から着替えて、それからだ。

 

 

「ふー…――はッ!?」

 

 

たらりと枕にしていた腕に液体がかかる、ビクンと身体を震わせた俺は慌ててイーミンの首筋から腕を引き抜きため息を吐くと、服の袖で拭いながら立ち上がる。

とりあえず少女の事を置いておき…ちょっと慣れた、疲れた身体を引きずながらりバックヤードの更衣室に足を向けた。

 

暗い廊下に入り込む、今日は色々な事があったなぁ…とか吞気に考えながら休憩室の隣の更衣室に向かうと閉まった扉を開けて中に入った。

 

 

「…あっ」

 

「な」

 

「にゃ?」

 

「え…きゃあっ!?」

 

 

――思えば先に消えていた三人がどこに行ったかなど容易く予想できただろうに、酒に酔った思考と痺れた鼻では全く気が付くことが出来なかった。

 

ぽかんと口が開く、目の前に散乱する女性モノ下着と綺麗な肌色に思考が強制的に停止し、やがて凍り付いていく血の感覚と自分が震えているということに気が付いた。

しかし何もかももう遅い、胸元を隠して逃げたシルがロッカーの陰から顔を出したころ、ブラジャーのみで完全に目の据わっておられるリューさんが無表情にも俺の目の前に立っていた。

 

 

「…少し、痛いですよ」

 

「あっ、できれば痛くない方でおね――」

 

 

――リューの姿が霞んでから、その日のことを俺はもう覚えていなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

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