このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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大体FGOと少女前線ってやつが悪い、周回がががが
あと今回は長め、クオリティとモチベの維持が難しい…まぁ書きたいことは全部かけたんで良き良き

では本編どぞ



 神話再現

・・・

 

 

 

蒼く太い三本爪が振り下ろされる。

天井を鋭い爪先が掠め、石つぶてをまき散らしながら火花をたてた。

空気が鳴く、蒼炎は憎悪を吼え、獲物を求めて爪をかき鳴らしていた。

 

ありったけの力を込め巨剣を振る狼の周りには纏った蒼炎が流れるように空間を焼き尽くしており、その燃える双眸は剣を担いだまま微動だにしないオッタル(最強)に注意深く注がれていた。

 

裂帛の気合を放つ、呼応するように憎悪の炎は激しく脈打ち爪を掻き鳴らすと獲物に向かって殺意を漲らせる。

巨剣は覆った蒼炎を巻き上げ、ダンジョンを削り燃やしながら一直線に相対す強敵に向かうと蒼起三爪(ソウキノミソウ)は振るわれた。

 

――『ドゴォンッ!』と鈍い音がダンジョンを大きく揺らした。

 

カウント1000の重みを乗せた全力攻撃、蒼爪は地面に叩きつけられると爆発する。

強い衝撃に土煙と瓦礫が舞った、一瞬視界を閃光にとられてしまい炎に包まれたオッタルの姿が影法師となって瞬きの裏に消えていった。

 

衝撃と熱風が鎧に吹き付ける、狼は表情一つ変えることなくただ爆心地を見据えると意識を集中させる。

これで終わりとは思えない、狼騎士の全力はダンジョンの壁を溶かし三本の破壊痕を深く残しており、吹き荒れる余波でルームの至る所に飛び火していた。

 

普通の人間、いや仮に中級冒険者であっても容易く粉砕する炎撃。

 

憎悪の火柱をまともに喰らおうものなら爆発によって皮膚は消し飛び肉は焼かれ、鋭い三本爪の斬撃によって広範囲を切り刻まれる。

人の身では為しえない化け物じみた一撃、全力を帯びた憎悪の蒼炎は(ことごと)くを焼き払い、神殺しの獣としての片鱗を大地に刻み込む。

 

しかし――相手も化け物なれば。

例えそれが千の全力だとしても所詮爪先で傷つけるほどの威力にしかならない。それは前回の邂逅で嫌というほど味わった実力差…到底、この程度の攻撃で猛者が死ぬなど考えることすらできなかった。

 

警戒した視線の先、ぱらぱらと小石を落とし炎柱をあげる爆心地の中からゆらりと巨大な人影が現れる。

思わず剣の柄を握りしめた狼の目前、凄惨な破壊の中からノシリと歩み出てきたオッタルは事も無げに特大剣を肩にかけ直した。

オッタルはまるで俺の一撃など無かったかのように屹立し、細く鋭い眼光を俺に向けている。頑強な身体はところどころ焦げたような箇所はあれど傷一つなく、表情一つ変えないその姿は背負った業火も相まって鬼神のように見えた。

 

瓦礫を踏みつぶしながらオッタルは鋭い眼光を自らの身体に向ける。何かあるのかと警戒を強めた狼の殺気に気負うことなく『都市最強』はつまらなそうに自らの服の端で燻ぶっていた蒼炎を握り潰し、臨戦態勢で構える狼を見下ろすと鼻で笑い飛ばした。

 

 

「…ふむ、奇妙な力を手に入れたと聞いてはいたが所詮はこの程度か」

 

「…!?」

 

 

やはり、ノーダメージ。例え今の全力であろうと壁は揺るがない、カウント1000ではまだ足りない。

しかしあくまで『そちら』は予想の範疇、だがオッタルの言った「力を手に入れたと聞いた」という単語に俺は狼兜の下で目を見開いた。

 

(どこでそれを…いや…?)

 

神殺しは露呈するだけで命を狙われかねない危険な事実だ、故に俺は神のいるこの世界で存在を知られてはならないし、狼騎士の力に至っては目撃者であるリリ以外には隠して、気が付かれていないはずだった。

 

だが――思えば『あの女神』は遠見のような能力を持っていた。

前回オッタルに殺されかけた時もあの女はこちらのことをどこかから魔法的に見下ろしていたし、あの力さえあれば日常的な監視はおろか『一週間前の覚醒時も見られていた』可能性さえあった…ここのところ時折視線を感じたのはつまり奴が俺の事を見ていたからなのだろう。それが事実であるならば危険だ、あの女神が俺の事を都市中に言いふらせばその時点で処刑されてもおかしくない。

 

(奇妙な力、か…)

 

しかし俺の心までは覗かれていないはずだ。例えあの女神が白痴蒼炎を見て恐怖を覚えたとして、それが直接『神殺しの獣』という確信に繋がるとは思えない。

故に奇妙な力という言い回しなのだろう、ただ『良く解らない恐怖の対象』として最強を差し向けた。

 

 

「…ッ」

 

 

状況は最悪ではない、ここさえ乗り越えることが出来たならまだ俺には帰ることのできる場所がある。

巨剣を握りしめ炎を滾らせる。帰るための死闘は目の前にあった、鋭い眼光で見下ろしてくるオッタルに俺は巨剣を構え睨みつけた。

 

――放出された狼の殺意に、オッタルは緩慢に特大剣を持ち上げた。

 

 

「なるほど良い殺意だ、やはりただのレベル1ではないな貴様。……まぁいい、どちらにせよ今日は()()()が目的、流石にその力は『あの壁』程度には過ぎる…貴様にあの方の邪魔はさせん、ここで死んでゆけ」

 

「…待て、足止めだと?それはいったいどういう…?」

 

「答える義理は無い――さて、やるか」

 

 

疑問を抱くより早くオッタルが特大剣を緩く構える、僅かに向けられる刃と殺気に俺は目を見開くと、守るように炎を身体に纏った。

こいつの前では一瞬の油断も命取りになる、今まで培った全ての技術を総動員し、今燃やせる憎悪を全て叩きつけてもまだ足りない。

 

腰を落とし巨剣を構える、蒼炎に満ちた瞳は残滓を残しながらオッタルを睨みつける。

相対したオッタルは重厚な特大剣を片手で緩く構えて直立しており、真剣さこそ感じないもののその眼光だけが鋭くこちらに向けられている。だが彼我の戦闘力の差を考えればそれは路傍の石を蹴飛ばすには充分すぎるほどの力だ…例え油断していたとしても『壁』は高く、呆れるほど遠かった。

 

じり、と構え互いに地面を踏む。

 

相対した強者と弱者はそれ以上の言葉は無く、ただ闘争本能からくる身体の熱さと過剰分泌されたアドレナリンによって冴えた頭で二人しかいないルームを獣のように見ていた。

 

あるのは二つの肉体と、常人の身には余る巨大すぎる剣。

静かに呼吸を交わした敵同士は殺意を振り撒き、かたや殺さねばならぬ理由と帰らねばならぬ理由をその胸に宿して――

 

 

『ギッ…ィッッリィィィィッッ!!!!』

 

 

――大きく一歩踏み込み、二振りの刃が激しくぶつかり合った。

 

火花が散る、互いに地を砕いた瞬歩、炸裂した蒼炎の中で刀が交差し、途方もない力をこめた鉄同士が触れる、つんざくような怪音に空が揺れた。

見た目の体躯は鎧込みで同格、しかし内包された力は天と地ほどの落差、自らの打った巨剣と目の前に迫る特大剣は鋭く、歪に、持ち主の殺意を具現化していた。

 

…だが、拮抗はしていなかった。

 

 

(押し切られる…ッ!)

 

 

全身の肉が爆発しそうなほど熱く張り詰める、押し込まれる山のような荷重に巨剣を支える腕と肩は悲鳴を上げて震え、筋断裂のような痛みと共に手首が壊れかけた。

刀がかち合った瞬間自分の身体が鎧ごと強引に一刀両断にされる自分の姿が見えた、全力で特大剣を受けそれでもなお鎧ごと潰される未来が見えた。

 

…解ってはいたがまともに受ければ即死は免れない、だがほんの一瞬刃を受けられるようになっただけでも1000カウントを稼いだ意味はあった。

 

だがどちらにせよこのままではすり潰される、ただ『持ちこたえているだけ』では死は確定していた。

 

 

「ッ――ラァッ!!」

 

 

押し返すことは不可能、全身の筋を廻すように受け流す。

下手をすれば刃が身体に当たり死んでしまう死線、太刀筋を素早く計算し、腕を折り曲げた俺は特大剣を地に落とさせた。

 

1000カウントの俊敏性で鎧のまま前後左右駆け抜ける。掠るだけで絶命しかねない一撃をくるりと回避した俺はコンマの中で巨剣を握り直し、掌から巨剣に濃い蒼炎を充填させると回転するように弐太刀目を斜めに振り下ろした。

 

躱そうともしないオッタルの首筋、蒼炎を纏い鉄片を鋭く尖らせた巨剣は空気を裂きながら筋肉質な肩から袈裟に振り下ろされ――鈍い音をたて、何の抵抗もなく食い込んだ。

 

 

「……それで終わりか?」

 

「ッ…!?」

 

 

切り裂くどころか傷一つない、首筋に刃をあてがわれなおオッタルは涼し気な表情を浮かべており、肉が壊れるのも構わず振り下ろした巨剣は肌に触れたままそれ以上進まず、止まっている。

 

これでは足りない、鋼鉄のような肌はこの程度の鋭さを到底通さない。

 

 

「――おおッ!」

 

 

獣のような咆哮を滲ませると、身体中から放出される火力を倍増させた。

掌から伝った蒼炎は(たきぎ)のように柄から刀身を包み込む、視界が蒼に染まるのもお構いなしに炸裂させ、オッタルに触れた刃先を爆心地に二人のいる空間を丸く焼き払い、まるでドームのように包み込んだ。

 

もっと激しく、もっと苛烈に。濁流のように鎧の上を流れていく白痴蒼炎が揺れる、巨剣を握りしめる拳に力を込め、カウントと共に更に巨剣へと憎悪をくべる。

既に常人が触れれば即時燃え移るほどの熱を持った蒼炎は周囲を包み込んでおり、人の生存を許さない空間を作り上げていた。

 

 

「…フン」

 

「ッ!?」

 

だが――足りない。

 

視界を覆った蒼炎をズンと掻き分け剛腕が伸びてくる、反応するより早く強引に無骨で巨大な掌が俺の鎧の首元を掴んだ。

抵抗する暇も無く足が浮いた、晴れかけた蒼炎の中で火傷一つないオッタルが無表情に俺に腕を伸ばしており、例え濃い蒼炎の中であってもその体躯は一切揺らいでいなかった。

 

(まずッ――)

 

オッタルは重心を回しゆっくりと拳を引く、レベル7の力を込めた拳は硬く、あらゆるものを一撃で粉砕する。

急速に集中し始めた力に目を見開いた俺は一瞬回避を思い浮かべたが、抵抗しようにも掴まれてしまった鎧はぴくりとも動いてくれなかった。

 

巨剣を引く、まるで大砲のような拳は限界まで力をため込んでおり、例え鎧を着こんでいても当たれば即死しかねない。

武芸者の呼吸にタイミングを合わせる、オッタルの身体に最も力が集まる瞬間、ただでさえ大きな肉体が二倍近く膨れ上がり、霞むようにして巨大な拳が動くのが見えた。

 

……ボン!と拳によって圧縮された空気が音をたてて破裂した。

 

 

「ふッ…!」

 

「くッ……ぐぁぁっ!!?」

 

 

咄嗟に構えた巨剣の腹にオッタルの拳がドォンッと音をたて、重く突き刺さった。

瞬間かかる拳圧、放たれた大砲を両手で受け止めるかのような感覚、全身を覆う余波と潰されるような鈍い痛み、一撃必殺の理は巨剣をバキバキとひび割れを作りながら砕き、そして――宙を飛んだ。

 

世界が前に流れる中でパキンと高く金属の割れた音がした。突かつ面の破壊は手の中の巨剣を容易く二つに割り、衝撃波で俺の身体を拭き飛ばす。

激しく揺れる視界、三半規管は破裂しそうなほどかき乱され、時折見える地面に自分が回転している事を悟った。

 

 

「ッ…!」

 

 

ルームは広いが距離による威力減衰は望めない、このまま高速で飛べばダンジョンの壁に当たり、死ぬまではいかなくとも全身の骨が折れ確実に再起不能になる。

 

何とか腕を伸ばす、高速移動の中俺は篭手の指先を岩盤にブチ当て食い込ませると失速を願った。

爪のように尖った鎧の指先が岩に刺さる、それでもなお止まらない推進力につぶてが飛び、火花を散らした。

 

もう片方の手をかける、まるで前傾姿勢をとるように両手で地面を掴んだ俺は身体の向きを固定し、鉄爪を突き立てるとズガガガッ!と十数メートルほど傷跡を残しながら軟着陸に成功した。

犬のように座った状態で俺は揺らいだ視線をあげる、体の節々の痛みもさることながら鎧の消耗も激しい、地面には蒼い炎をあげる10本の筋が深く残っており、かなり遠くで拳を振り抜いたままのオッタルがいた。

 

(…ほんと、なんっつー威力だ)

 

解ってはいたがどの攻撃も当たれば即死級だ、例え狼騎士の鎧を纏ったとしてもオッタルの拳はそれを貫き、現に余波だけで鎧の各所が潰れ、損耗していた。

 

たったの5秒足らずでこの有様だ、全身は痛みを覚えて本能に逃走を訴えかけ、この数瞬のうちに途方もない実力差を改めて感じさせた。

巨剣は折られ鎧は擦れ、攻撃は効いている様子もなく、一撃でもまともに喰らえば即死しかねないクソゲー状態は変わらない。

 

しゃがんだまま目の前に転がった巨剣を見下ろす、共に吹き飛ばされてきた真っ二つに折れた剣と先端の欠片はどちらも手の届くところに落ちており、もし咄嗟に巨剣を盾にできなければ二つになったのは俺の身体だっただろう…否、折れる前に貫かれるか。

 

(4回…いや、5回か…?)

 

オッタルが特大剣を拾い上げる。同時に『()()()()()』俺は慌てて胸を叩き、目の前に転がっていた折れた巨剣とその片割れを殴りつけるようにして炎を纏った両手でそれぞれ掴むと、衝撃に備えた。

鋭い眼光が少し離れた俺に向けられる、拳で死ななかったことに特に驚きもせず息をゆっくり吐きだすと、大きすぎる剣を握りしめ半歩前に踏み出していた。

 

 

「…ッ」

 

 

恩恵(ファルナ)による強引な瞬歩、そして特大の鈍器を用いた最上段からの叩き潰し。

距離を詰めてきたオッタルは軽く身体を捻り、そして体重を乗せた踏み込みで腕を振るう。

目の前に現れた最強は疾く重い鉄塊を真上から落としてきた。触れただけで吹き飛ばされそうな剣圧を纏ったそれはしゃがみこんだ俺の頭をまっすぐに狙っており、目の前に現れたオッタルの攻撃がもし当たれば俺の鎧程度粉砕されることは解り切っていた。

 

(…!)

 

そしてすぐ目の前の地面がオッタルによって踏み砕かれ、片手で振られる特大剣が振り下ろされ――

 

 

 

『…ガゴンッ!!』

 

「……なに…!?」

 

 

 

――金属を弾くような音とともに、あのオッタルの特大剣が()()()()()

 

流石のオッタルも目の前の光景が予想外だったのか驚きの声を上げ、自らの特大剣を弾いた今までルームの何処にもなかったはずの『鉄製の盾』に目を見開いた。

 

掲げられた左手の甲の上、折れた刃先でしかなかった鉄はその姿を青みを帯びた中程度の大きさの盾に変えていた。

持ち手つきの騎士盾は硬く、そしてつぎはぎのような構造上隙間がある程度の衝撃を吸収してくれる。勿論それを支える側の筋力も必要になってくるが防御に特化した装備は巨剣で受ける何倍以上も自分の事を守りやすい……今まさに、()()()()()()()()()()()()()()()()ように。

 

――鋳造、折れた剣先は騎士盾へと姿を変えていた。

 

1秒で修繕された鎧を纏った俺は兜の下でにやりと笑みを浮かべ。、鉄を打つ力を知らない様子のオッタルが一瞬の狼狽を浮かべたのを俺は見逃さず、隠していた右手を翻すと数歩分離れたオッタルに突き出した。

 

 

「ッ!?…なッ!!?」

 

「…フッ!」

 

 

回避しようと巨剣の間合いから下がったオッタルを『長槍』が追撃する、蒼い光沢を放つ長槍は持ち手の部分は元の直剣と変わらないが、その刃渡りは実に巨剣の1.5倍は長く、先端は細く鋭かった。

針のような槍先がオッタルの胸板を正確に突く、皮膚こそ貫通しない弱い攻撃は一瞬のうちに細かく六回全て肉に弾き返された。

 

だが――それで、良かった。

 

 

「…面妖な技を。だが、次の一撃で殺す」

 

「はっ、やれるもんならやってみな…!」

 

 

たなびく蒼炎のマントを広げながら立ち上がる、左手に盾を、右手に長槍を構えた姿は正しく騎士であり、その憎悪に満ちた獣瞳は愉しげにオッタルに向けられていた。

 

 

例え剣が傷をつけなくとも、例え炎が皮膚を焼かなくともそれは等しく『攻撃回数(カウント)』に含まれる。

切り裂き魔の高揚(リッパーズ・ハイ)、今はまだオッタルと言う壁に爪先すら引っかからないかもしれない。だが10で足りなければ100で、100で足りなければ1000で、俺は幾度となく成長を重ね、攻撃回数を増やせば、必ず――『到達する』。

 

これはそういう能力(チカラ)だ、圧倒的逆境であっても、例え相手が人智を超えた絶対の存在だったとしても、いつか必ず追い抜きその喉元に食らいつく。

その在り方は無限の進化を体現しており、あらゆる逆境を打破する可能性を秘めたそれは――『神殺しの力』と呼ばれた。

 

そして――『打ち直し』。

激戦の中鎧と武器がいくら壊れすり減ったところで問題は無い。『鉄を鋳造する能力』さえあれば例え鎧が摩耗としようと、剣が真っ二つに折れようと俺には修復することが出来る…つまり肉体にさえダメージが入らなければ。

 

 

「…フー……」

 

 

…息をつく、結局一撃即死の状況であることに変わりない。しかし戦い続けていくことができれば、戦う事を諦めなければ俺に勝機はある。

騎士盾を前に、長槍を後ろに、僅かに濃さを増した蒼炎を漲らせ腰を落とす。眼は油断なく特大剣を構えたオッタルに向けられ、殺意と闘気を今一度燃やした。

 

 

「――はッ…!」

 

 

裂帛、共に足を踏み出す。瓦礫を踏み砕き、俺は特大剣を構えたオッタルに向かう。

後手に回るつもりは無い、前へ前へ、幾度となく牙を突き立て、何度弾かれようとも蒼爪を振るうつもりだった――例えそれが背水の陣だとしても、そこに一縷の勝機があるならば。

 

特大剣と長槍が交わる、高い金属音が響き渡り、そして蒼炎が渦を巻いて翻ると開戦は成る。

 

そして火花が滝のように散る中、神殺しの狼と都市最強の一戦は、ルームにぶつかった圧による破壊をもたらしながら始まった。

 

 

 

・・・

 

 

 

――『届け』。

 

あるのは千変万化の死線、触れ合い潰音を奏でる鉄と悲鳴を上げ続ける蒼炎、荒い息の音、強く踏まれる大地の鼓動、無限に変わる手数、武芸百般を極めた狼は己が鍛えた技の全てを懸け、例え何度阻まれようと手を変え品を変え幾度となく壁に飛びかかっていた。

…既に戦闘開始から数十分もの時間が経過していた。

 

特大の剣が振られる、当たれば即死を免れない一撃必殺の重撃を狼は俊敏な足捌きで稲妻のように回避し、剣圧が身体の上を撫でるのを無視して更に一歩、鋳造したての双剣で過去に習った数多の剣術をなぞり、交互に回るように6回その厚い身体を斬りつけた。

 

 

「ッ…!」

 

 

傷は無い、そして引き際を間違えれば潰されかねない。

迫る特大剣を距離をとって鮮やかに回避、後方に跳びながら刃の潰れた双剣に拳を打つと完全把握したリーチのギリギリ先でベクトルを反転させ、息をつく間もなく鋳造した薙刀が形を成す前にまた跳んだ。

 

(届け…届け…!)

 

一コンマごとに死を覚悟する、瞬間ごとに振るわれる剣戟はもはや数える事など叶わず、一瞬の余裕もない激闘に肺は酸素を求めて喘いでいる。

もはやカウントを数える脳領域は残されておらず、ただ『届け』という言葉を意識の片隅で盲目的に唱えながら一手間違えれば叩き潰されるデスゲームを一心不乱に走り続けていた。

 

――ここまでの闘いを生き延びたのは奇跡だった。

 

剣端に蒼炎を灯らせた精悍な造りの薙刀を前に『浮き身』をしながら狼は飛ぶ、容易く行使された忍術にオッタルは目を見開きつつもしっかりと足の動きを目で追った。

フェイントに引っかかったオッタルを前に薙刀を小さく縦に振りおろす、今度は目の前でちらついた刃に視線を盗られた最強を確認しつつ――槍のように切っ先で腹を裂く『霞二段』、超高速で行われたフェイント攻撃にオッタルが気が付いたころに狼は既にリーチ外に逃げ、また手の中の武器を蒼く変形させていた。

 

刀と脇差、大小それぞれ長さの違う二振り。

 

打った双刀を狼は走りながら手の中で『逆手』に持ち変え、身を低くし獣のようにオッタルに突進すると踏み込み斬りかかった。

特大剣が掠める、身体を回転させ躱した一撃が空を切る、そのまま太ももとすねを斬りつけた狼は再び振るわれる刃を転がり避けると、刀を持ったままの両手を地面に突き立てた。

 

瞬間蒼炎が視界を覆う、今までに比べ物に慣れない程濃く満ちた蒼炎が二人を包み込むと周囲一帯が煙幕のように何も見えなくなった。

オッタルの肌を蒼炎が叩く、全くダメージの無い攻撃をオッタルは無視し――気配も無い事に気が付いた。

無音がドーム状の空間を支配する、鎧を身に着けたはずの鉄狼の足音は聞こえず、気配も影もどこにもなかった。

 

 

「…――ッ!?」

 

 

背中を刃が撫でる、オッタルは特大剣を背後に振るうと音もなく影が蒼炎の中に消えていくのが見えた。

 

『火遁』――目くらましの炎の中を狼は自由に駆け、獲物に飛びかかる。

 

全方位、オッタルの死角、隙を狼の鋭敏な嗅覚は見逃さない。

レベル7の超反射の合間に狼は刀を振るう、逆手に持った刀と脇差は素早く急所を切りつけ、また炎の中に音もなく逃げる。

時に跳び、踏み、回転し、斬撃を繰り出すその姿は暗殺者のそれであり、一切の油断も無ければ容赦もなかった。

現れては消える、それは幻影のように揺れ、刃を蒼く輝かせ腕を振るうと確実にカウントが増えた。

 

だが…傷も無い。

 

 

「ッ…!」

 

「ぐっ…!?」

 

 

走り、死角をついた疾走をオッタルはレベル7冒険者の異様なまでの反応速度で予測し、振り返ると今まさに炎から飛び出てくる狼を確かに見た。

ヤバイと思って身を引いたが遅い、蒼炎を割って突き出されてくる剣先を身をよじって躱そうとしたが左腕の近くを剣先が掠め、鎧を砕くと二の腕の辺りが熱くなった。

 

冷静にバックダッシュで距離をとる、オッタルの剣の腹には真っ赤な血がべったりとついており、自分の左腕を見下ろすと鎧は大きく歪んで破損し、その隙間から大量の血を溢れさせていた。

幸い痛みは異常分泌されたアドレナリンで感じない、息をつき右拳で破損した鎧の近くを小突く、蒼炎が覆うと鎧が変色を始め、壊れてめくれていた部分がスライムのように元の位置に戻っていくと鎧は修復された。

 

…危ないところだった。鎧がなければ、そしてもしあと数センチでもオッタルの狙いが正確だったなら二の腕を持っていかれていた。

熱く長い傷跡を鎧の上から掌で覆う、呼吸を整えると、晴れた蒼炎の中から特大剣を構えたオッタルが踏み出そうとしているのを見据え、二振りの刀を打つと今一度巨剣に戻した。

 

 

――『ガァンッッ!!…ギィィィィィィッッ!』

 

 

手の中で鋳造された巨剣でオッタルと鎬を削る、純粋な力のぶつかり合いは先ほどよりも長く続き、衝撃で空気が揺れるのがビリビリと肌に伝わってきた。

 

それからは互いにリーチの中で剣を交え、巨剣を振るい弾かれ、特大剣が振るわれ躱し、余りに長く多すぎる剣戟の応酬だった。

離れる、また近づき剣を打ち合う。足を踏み込み、回り、少しでも有利に、躱し、不快音を連続させ、前に前に、連撃を繰り返し、一撃を受け続け、肉体が、魂が強張らないように――

 

――無限の剣戟の中で、俺は吼えていた。

 

 

「ぁぁぁぁああああああああああああッッッ届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッ!!!」

 

 

絶望を燃やし、恐怖を燃やす。

特大剣が迫る、巨剣ではじく。巨剣で斬りつける、手で振り払われる。

もはやカウントを数える暇も無く、彼我の戦力差も解らない。

 

だがどうでもいい、ただ超える。ただ吼え、刀を振るい、前に踏み出す。

それだけが生きる道、それだけが――俺が帰る手段だった。

 

肉薄したオッタルとの死闘、急激に増していくカウントの中で俺は蒼炎を纏い噴きあがらせる。

剣が当たり、離れ、そしてまた角度を変えてぶち当たる。コンマ毎の激戦、瞬き、切り結んだ数はもはや解らず、弧を描いた剣戟達は最後の残滓を残しながら幾度となく産まれ、消えていく。

 

 

「貴様っ…その力いったいどこからっ…!」

 

「ッ…!」

 

 

呟いたオッタルの戸惑いの言葉を無視し、振り下ろされる特大剣を切り流すとその胸に一撃を加え、弾かれた剣を足捌きで構え直した。

既に力・敏捷ともに千の頃とは五倍以上の差、俊敏に前へ後ろへ飛ぶ足は鋭く、オッタルに打ち込む巨剣の圧も格段に増しており、傷を負った腕ももはや常人には捉えきれぬ疾さに進化している。

 

鉄が交わり、数舜後には互いに立っていた場所が変わる。

剣が振われ、力同士の圧で空が圧縮されると遅れてきた高音と混ざり、砕けた鎧と傷一つない肉体に火の粉を振りかけた。

 

狼はなおも吼える、それは自分の生存のため、家で待っているあの子のため、一歩だって退くことのできない絶死の劇場の中で力の限り、命を燃やして巨剣を振るい、感情を糧に憎悪を獣の如く吼え続けた。

 

 

「ああああああああああああああああああッッ!!!」

 

「くっ…!?」

 

 

そして更に前へ一歩、盲目的に踏み出した足は白痴蒼炎を纏う。

振り切れた頭が状況を俯瞰しだすのを無視して地面を踏みつぶし、そこに全体重を乗せると体幹の上を熱いエネルギーが流れていくのを感じた。

 

肩を回す、今までで一番の全力が巨剣を握りしめる。はちきれそうになる頭が喉が潰れるような咆哮をあげ、前のめりに巨剣を構えると、追い付かせるように刃を前へ、加速度的に増していく力を考えなしに腕と肩へ足していくと、呼吸と共に巨剣を袈裟に振り抜いた。

 

 

 

――『ゴァンッッ!』

 

 

 

オッタルが構えた特大剣に力任せに巨剣を叩きつけた瞬間身体が弾かれる、余りに巨大すぎる力に踏ん張っていた足が一瞬浮いた。

 

(…剣はっ!?)

 

そして――手の中に納まっていたはずの巨剣も、衝撃で手の中から離れてしまっていた。

 

上を見上げる、全力の一撃に耐えきれなかった巨剣は真上に弾かれ中ほどで歪みながらくるくると回っており、戻ってくるまでにかなりの時間がかかりそうだった。

俺の武器はあれだけだ、あれが戻ってくるまで無手で特大剣を装備したオッタルとやりあうのは流石に厳しい。

 

 

 

だが同時に――()()()()()()()()も空へと飛んでいた。

 

 

 

手の中で弾けた規格外の二振りは空中で廻る、『あのオッタルも剣を保てなかった』という信じられない光景をアドレナリンで満ちた脳内で認識しながら不意にオッタルのことを見ると、猛者もまた全く同じタイミングこちらのこと見下ろしていた。

思わず笑ってしまうような戦場の奇跡、しかしそんなもの二人に関係ない。一瞬の逡巡もなく、目があった敵同士はまるでそれが当然だとでもいうかのように――()()()()()

 

 

「「…ぐッ!!?」」

 

 

肉が叩かれる音、クロスカウンターが互いの頬に炸裂する。

 

飛んできたオッタルの剛腕に左拳を乗せ、篭手のままオッタルの頬を殴りつける。同時にオッタルの拳が頬を掠り、大したクリーンヒットでもないくせに兜の表面が砕け、下あごが吹き飛ばされたかのように錯覚する強烈な痛みが走った。

 

二人の足が拳圧で自然と後ろに下がる。生粋の戦士は強くお互い踏み出すと闘争本能そのままに咆哮を上げた。

 

 

「「おおおおおおおおおおおおッ!!」」

 

 

肉薄したままのフルコンタクト、足捌きと体重移動で咆哮をあげながら二人の戦士はインファイトでの殴り合いを始める。

 

剣戟とは比べ物にならない程速い格闘、霞むように互いの拳が振るわれ、拳筋が炸裂する。

流石にレベル7ともなれば戦い方が素人ではない、被弾を恐れず前に踏み出してくるボクシングスタイルは正しく重戦車であり、対して俺は洗練されたフットワークに加えて様々な徒手空拳の宗派をなぞり、一呼吸ごとに構えを変えていく。

 

応酬、拳を当てると拳を当てられる、繰り出された重い一撃を体裁きで躱しカウンターを当てる。

硬い肉を幾度となく叩き、体裁きで躱しきれなかった拳が掠るように全身を襲った。鎧の上からだというのに生身の拳は俺の身体にとてつもないダメージを与え、血が滲んだ。

砕けていく鎧を直す暇も無く殴り合う、蒼炎を纏った鉄拳はオッタルの肉体をがむしゃらに殴りつけ、避け切れなかったオッタルの拳が俺の身体に当たる度に骨が軋み肉が潰され、激しい出血とともにとてつもない痛みが走った。

 

在るのは拳と肉体、技術は僅かに俺の方が上。

それでも捉えきれないジャブが身体に当たるたびに肉体が死に、隙を見ては篭手の拳を可能な限り多く叩き込む。

 

 

「ぐぁッ…ぐぅっ…!」

 

 

壊れかける身体を堪え、倒れかけた身体を足で強く支える。

鋭く拳を振るい、重い一撃に耐え、息を漏らすと、ただ生きるために戦った。

飛びそうな意識の中で少女を見る、物言わぬ愛しい幼子との生活が脳裏にじんわりと染み出してきた。

 

ようするに走馬燈というやつだった。こういう時に見る幻影は非常に危険だというのは解っていたが、どうやったって止まってくれなかった――

 

 

今なら、最高の名前をつけてあげられそうだった。

 

 

――記憶(のうり)から湧き出た活力と共にドズンと大地を踏みつける。微かな思いは濃く高く蒼炎を焚きつけ、キャパシティーオーバーを起こすかのように一気に溢れ出た炎の中で力を込めた俺は目を見開いた。

異様に冴え渡る頭で今日一番の集中をオッタルに向けると、再び全力で打つ覚悟を決め、拳構え、放つ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「グッ…なっ!?…ッ…!」

 

 

オッタルのガードの隙間を狙いすました拳が貫く、オッタルの顔面を右拳が全力で殴りつけると同時に炎を放出しながら吹き飛ばした。

相変わらずダメージは無い、だが確かに全力の拳はオッタルの体幹を揺らすとその大山のような巨躯を後ろに傾けさせた。

 

――落ちた『剣』が金属音をたてた。

 

オッタルはすぐに姿勢を元に戻す、顔に纏わりついた蒼炎を振り払うと淀まない視線を前に向ける。

自らの特大剣はすぐ目の前に突き刺さっている、周囲を焼き払うような蒼炎は絶えず噴き上がり、その中心に立つ狼騎士は満身創痍でありながら強い意志を持った瞳でこちらの事を見据えていた。

 

――その鉄肌を切り裂くだけのカウントは充分にあった。

 

落ちてきた巨剣を掴むと同時に拳を叩きつけると狼は息をついた、敵前でありながら一度瞳を閉じ深く集中した。

そして手の中で変わりゆく蒼い銑鉄をゆっくりと掲げると――『野太刀』、自らの体躯を優に超える長く鋭い薄氷のような一刀が打たれた。

 

 

「…!」

 

 

まるでそれは今までの激しい戦いが嘘のように緩慢な動きだった。

 

100から0へ、遅く脱力した構えにオッタルは思わず注視した。

それは舞いのように静謐な動き、ゆっくりと足を引き、両手をその太刀に揃えるまでの所作は美を感じさせるまでに至り、目の前の存在が反転したようにさえ見え、思わず目を奪われた。

 

――『明鏡止水』、狼は無の果てに剣舞の極致を見る。

 

まずい、そう思ったオッタルが特大剣に手を伸ばすより早く俺は目を見開く。

本能に任せた音のない喝と共に前に重心を倒すと、自分に出来る全てをこの一撃に注いだ。

 

今までの戦闘もカウントも、何もかもがこの一瞬のためにあった、

 

始めから俺の狙いは一つだけだった、どうやったって傷つけられない壁を一度で戦闘不能にする急所、そこさえ切り裂ければ『勝てる』自信さえあった。

 

今可能な鋳造で造る、ただ鋭さだけを求めた太刀。

 

薄く、脆い、到底武器とは呼べないような一振り。硬すぎるレベル7の恩恵を切り裂けるだけの鋭さを作り上げるためだけに膨大なカウントは稼がれ、たった一度振るうだけで砕けてしまう、この瞬間を斬るためだけに在るその太刀は――故に、『刹那』と呼ばれた。

 

 

 

 

 

「死ねッ!狼ッ!!」

 

 

 

 

 

吼えるオッタルを前に恐怖は無く、振りかぶられる特大剣を前に構えを解くこともない。

 

軸を回す、鍛錬によって得た最も疾く刃を届かせる技、ゆっくりと心無く脱力しきった身体には余計な力が無く、また一切の力は必要なかった。

ただ触れさせるだけでこれは切り裂く、覚えた型を寸分違えずなぞると、今まさに特大剣を振ろうとしているオッタルに流水のような初動を繰り出した。

 

――空が一刀両断される。

 

微かに引っかかるような手ごたえと、手の中でパリンと割れる飴細工のような太刀の最期。

目の前には特大剣が迫り、武器を失った俺にはそれを阻む手段はなく、相も変わらずその力は俺の事を蟻のように潰すには充分過ぎた。

 

すんでの所で特大剣を躱す、距離を取りつつ炎を撒き手の中に残っていた柄頭に拳を叩きこむと空中に砕けてしまっていた破片を回収した。

巨剣を打つ、もはやそれを持つのも億劫で、集中の切れかけた俺は戦闘終了もしていないのに疲労を訴えてくる身体を鼻で笑うぐらいしかなかった。

 

だが――既に、一閃は振るわれていた。

 

 

「なっ…貴様、俺の()()を…!?」

 

 

再び形を成し始めた巨剣でオッタルの追撃を受ける。溶けかけの銑鉄が雫となって散り、重い剣戟を再開する中、新鮮な赤い血がオッタルの利き腕である右手を伝うのが見えた。

 

――『その五指(ごし)はらりと落とせば』。

 

敵の戦闘能力を奪うという点において。真に剣を極めし者は太刀の切っ先にて剛力など用いずにゆるりと敵の指を落とし、たったそれだけで人を無力化してみせる。

というのも指という器官を落としてしまえばもう如何な剣豪であろうと刀を持つことが出来ず、わざわざ命を奪わずとも戦闘能力を失わせることができる…その時点で投了である、勿論大怪我というのもそうだが何より指が無くては人は武器を扱えない。

掴む、とは人類最大の武器だ。指で掴むからこそ人は道具を扱うことが叶うし、道具が扱えるからこそ人は強い、それこそかつての原子の頃を人が生き延びることができたのはその類い稀な発達した前頭葉と投擲能力があったからであり、武器を持つ持たないでは天地の差が生まれる。

 

そしてオッタルとてその例外ではない、利き手である右手を斬られたオッタルは現在左手のみで特大剣を振るっており、血を垂らした右手は親指をピクピクと痙攣させたまま動いていない。

 

これこそ狙い通り…では生憎ない。俺としては五指全てを根元から太刀で斬り飛ばすつもりでいたのだが、どうやらレベル7の超反射か何かで剣筋をずらされ親指の腱のみを小さく斬る結果に終わっている。

とはいえ結果としては同じ事だった。これでオッタルは右手で剣を『掴む』ことが出来ない。片腕でしか振るわれない特大剣の威力は純粋に二分の一にまで落ち、それでも油断できないが今まさに斬り合っていても先ほどまでの剣圧は完全に消え失せていた。

 

 

「ッ…!?」

 

「おおおッ!!」

 

 

押し付けられる特大剣に競り負けず俺は鎬で均衡を保つ、困惑と怒りを混ぜたような顔をしたオッタルの顔が目の前に近づいた。

 

――傷つけたという事実が戦場を支配する。

 

誰がレベル1冒険者がレベル7冒険者を傷つけられると思うのか、誰が路傍の石に怪我をさせられると思うのか。

危険のないと確信したものだからこそ人は安堵する、しかし同時に安全だと思っていたものに怪我をさせられて初めて――『脅威』と感じるのだ。

 

(一回…!)

 

一回傷をつけられたなら、二回目も傷をつけられる。いくら先ほどの太刀が鋭さのみを追い求めた鋳造だったとしても、全体的なカウントがオッタルに近づいてきていることは間違いない。

 

たかが指一本――されど絶望的な0(ゼロ)から狼は初めてカウントを増やした。

 

巨剣を引いて息をする。やっとここが折り返し地点だ、具体的に見えてきた勝機は近い。やっとかかった爪一本、それはたった一歩に過ぎない、まだ壁は遠い、だが――俺が諦めていない限り、必ず届く。

 

一歩前へ、激しい剣戟の中で俺は成長し続ける。

特大剣を受け、巨剣で斬り返す。一瞬の中で叫び一太刀ごとに魂を込めた、それでも足りない分は感情を燃やし、巻き上がる蒼炎の中で死線を踏み越えた。

もはや鋭さと速さの増した剣は威力の落ちた片腕のみで振るわれる剣と対等に渡り合う、隙をつく機会も増え、狼自身の動きも時折捉えきれないものとなっていた。

 

…剣が振るわれる。

 

 

「…!」

 

 

オッタルが踏み込み特大剣を横に薙ぐ、片腕でありながら振られた一撃は触れれば俺の鎧程度一刀両断し、余りにも容易く骨肉を潰す。

膝を落とす、一瞬で脱力した俺に合わせ軋んだ鎧は柔軟に折れ曲がると、断潰の斬撃が目の前を通り抜けていくのが見えた。

蒼炎を充填する。握りしめた巨剣を這わせた炎は濃く燃え上がり、ゆっくりと剣先へと流れながら時折空気に手を伸ばしては消えていった。

 

――再びチャンスが訪れた。

 

しゃがんだ状態からばねのように跳ね上がり俺は巨剣を斜めに斬り上げる。

溜め込まれた膨大な蒼炎がカーテンのように幕を引く、太く大きな刃がオッタルの硬い胸板を斬り押しその体勢を崩させた。

 

オッタルの視界を覆った蒼炎、その中心で俺は巨剣を打つ。もう一度カウントを込めた鋳造は鋭さのみを追い求めた太刀、リンと音を響かせた鉄は蒼く熱を帯びた。

狙うは右脚の筋、もしこの上移動力まで削げたなら勝ちはぐっと近くなる。巨剣に拳を当てた俺は狙いを足に定め、また目の前にいるオッタルに意識を集中させた。

 

(いけるッ…!)

 

オッタルに勝てる。化け物以上に化け物なあの最強を、絶対の壁を超える。

このまま刀を振るい、もう一箇所でも身体を動かなくすればさしものオッタルと言えどその戦闘能力は激減する。

そうすればすぐにはオッタルを殺せずとも、確実にカウントは稼ぎやすくなる。既に壁は近い、もう一本爪をかければ、勝利は目前だった。

 

勝利を確信した俺は目を見開き刀を再び上段に構える、心を明鏡止水に保とうと息を吐きだすと、再び全てを斬り裂く強いイメージを思い描き、変わり始める巨剣の中で――

 

 

 

 

 

 

 

「はっ…!?」

 

 

 

 

 

 

 

――蒼炎を薙ぐ黄金の疾風が吹いた。

 

視認できない瞬歩、一直線にルーム外から突っ込んできたその影は軽く跳ぶと、金色の残像を跡にしながら蒼炎を切り拓く。

美しい剣技、細い剣筋は炎を木端に斬り飛ばし、踏み込んだ烈風とともに散り散りになった蒼炎が空の中に溶けて消えた。

 

トンと軽い音で着地したその剣と目が合う、聞きなれた呼吸と共に目の前の少女はゆっくりと腰を落とし構え、重い『震脚』の後しなやかな一撃を繰り出した。

 

 

「ッ…――ぐぁぁっ!!?」

 

 

腹部を襲う重い一撃、体重移動による突き飛ばし。視認してからでは遅い、ルームの中に疾風のように駆けこんできた黄金は瞬きの内にオッタルと狼の合間に立つと構え、真っ直ぐに俺に拳を飛ばしてきた。

 

鎧を着こんだ身体が吹き飛ぶ、まともに当たった高レベル冒険者の一撃は俺の内臓をかき混ぜ、ダンジョンの壁に叩きつけると激痛と共に肺の中の空気を全て押し出させる。

たった1秒未満の出来事、余りに速すぎるその動きに刀の鋳造は中断され元に戻った巨剣が地面の上を転がった。

 

…痛みに悶えながら狼は地面の上にどさりと落ちると、勢いよく詰まるような咳をした。

 

 

「がふっ!?…こッ……!!?」

 

 

兜の中に血が溢れる、位置をずらされた内臓から血が吐き出され兜の中を赤く染めた。

同時に呼吸が出来ない事に狼は気が付く、ダンジョンの壁に背中を預け激痛の走る腹部を抑えると、どうやら自分の内臓系がかき乱されたということを察知した。鎧越しだというのに激しく揺らされた体内の内臓は本来の位置からずらされてしまっており、このままだと手遅れになりかねない。

 

――発勁。

 

落ちかけそうな意識の中、掌を振りかぶった狼は掌底を自分の腹に叩きつけると『勁』を流す。座ったまま先ほど喰らった勁を相殺すると力技で内臓を本来の位置へと押し戻した。

最後の血を吐き出したは甘い酸素を吸う、舌を覆った鉄の味を確かめるとひとまず大事にはならなかったとあぐらをかいたまま安堵し、壁に預けた背中を脱力させた。

 

呼吸を整えながら俺は目の前で何故か戦っている二人の争い視線を向ける、突然現れた金色にオッタルは特大剣を振り下ろし、対して金色はその髪をたなびかせながら俊敏に一撃必殺の攻撃をいなしていた。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン、美しい金髪をたなびかせた天才剣士は疾風迅雷を体現させた動きで剣を振るう。

そして『発勁』。昨日までの段階ではまだ碌に使えもしなかった武術をアイズはいきなり実戦で使い、いとも容易く膨大な強さの勁を鎧の中の俺の身体に通して見せた。

重い発勁は外殻ではなく内部を壊す、皮肉なことに非常に上手に繰り出された発勁の浸透するような大ダメージによって内臓はかき乱され――危うく、俺の教えた技のせいで死にかけるところだった。

 

振り下ろされた特大剣が地面を揺らす、アイズは俊敏な足捌きで片腕のみの一撃を躱すと反撃などはせずにただ距離をとった。

着地と共に剣を構えたアイズは回避の瞬間壁際に叩きつけられている俺に敵意に満ちた視線でこちらを見る、そしてただの()()()()()()()()()()俺に剣を向け直すと駆けた。

 

しかしその疾走は再び『オッタル』によって阻まれる、特大剣によってアイズの細剣は止められ金属音と共に衝撃を鳴らした。

 

 

「…なんで、邪魔するのっ…!?」

 

「フン、あれは俺の獲物……むしろ邪魔をしているのは貴様の方だ、小娘!」

 

「――うぁっ…!!?」

 

 

言葉と共に踏み込んだオッタルの剣がアイズの腹を鈍く直撃する、弾き飛ばされたアイズの身体は一直線に飛ぶと先ほどの俺のように壁に叩きつけられた。

痛みに顔を歪めたアイズはのめりこんだダンジョンの壁から立ち上がろうとする、しかし片腕と言えどオッタルの一撃をまともに受けた彼女は傷こそないが壁にのめりこんだまま暫くは動けそうもなかった。

 

俺に襲い掛かるアイズを力強く斬りとばしたオッタルはゆっくりと息をつくと振り返る、何とか巨剣を地面に突き立て立ち上がった俺の方を向くと見下ろした。

先ほどの発勁でずれた内臓の位置は戻しこそしたがそれも所詮荒療治に過ぎない、レベル6冒険者の一撃は確実に俺の体内にダメージを残しており、何とか立つことこそできたが既に戦えるような身体ではなかった。

 

…しかし俺の体たらくを見てオッタルは闘気も出さず左手で特大剣を肩にかける、そして深く息をつくとすぐに襲い掛かってくるような事はせず喋りかけてきた。

 

 

「…ふー……先ほどまでの勢いはどうした、狼。早く剣を構えろ」

 

「……はっ、もう余裕かよ」

 

「フン…それは違うな。俺は最初から余裕だった、というのが正しい。誰が羽虫を叩き潰すのに全力を出す?」

 

「…」

 

 

オッタルの言うとおりだ、どこに道端のアリを踏みつぶすのに死力をつくす人間がいるのだろうか。それだけ彼我の実力差は大きく、壁は遠い。

 

特大剣を左肩に預けたオッタルは俺の姿を眺める、すぐに斬りかかってくるのかと覚悟したが何故かオッタルは少し考えこむように目を細めると、本当に暫し逡巡した後、珍しく眉を寄せ、そして傷を負った右手を掲げてみせた。

 

 

「…しかしだからこそこの傷は()()。例えいくら油断していようとこの俺が遥か格下の貴様から傷をつけられるはずなど無かった…というのに、貴様は現にその奇妙な力でこの俺を斬り、レベル7冒険者の親指を奪ってみせた」

 

 

そのレベル差は実に6、もしこの力が無かったならばなすすべなく殺されていただろう。

ひとえにそれは今までの積み重ねだ、俺のこれまでの人生を全てかけた激闘、その果てにやっと都市最強の親指を斬った。

 

それは小石だと思っていたものが、実は牙を備えた獣だったかのような驚き。

 

必然かつ死力、生半可な力ではそんな奇跡が起こることは無いとオッタルは知っている、そして何より『傷つけた』という事実が――

 

 

「…惜しい、とは思わん。ただその力は確かに俺に迫った。故に誇れ、この俺に傷を負わせたその力に敬意を払い――貴様を、俺の強敵(とも)として認めてやろう」

 

 

――脅威、として認識させた。

 

黙ってオッタルの話を聞いていた俺は一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、思わずおかしくなって痛む腹を折り曲げながら――盛大に吹き出した。

 

 

「ふっ、ははははははっ!これから殺す奴を認めるとかお前いつの時代の武士かっての!いや武士道にしたって真面目過ぎるわ!!」

 

「ブシドー?が何かは知らんが……何、ここまで俺を熱くしてくれた貴様へのせめてもの感謝だ。それに今言わねば二度と言えないのでな、ありがたく受け取って逝け」

 

 

何となくオッタルの性格が解ってきた、ただ寡黙な奴かと勘違いしていたが、こいつはただ馬鹿みたいに真面目なだけだった。

 

(悪い奴じゃないんだよなぁ…)

 

絶対恐怖の存在、会えば死ぬような強敵を恐れるのは至極自然だ。

しかし話してみると別にこいつ事態が悪人という訳ではない、ただお互いの立場から命を狙っているだけであり…もし違う場所で会ったなら普通に友人にだってなれた気がする。

 

――それが、人と化け物の宿命なのだろう。

 

…確かに、別にオッタル相手に惜しいとは思わないが。

緊張の解けた俺はあの子の姿を思い出す、そしてゆっくりと微笑みを浮かべると巨剣を構え、再び白痴蒼炎を燃やした。

 

帰るためには、オッタルと戦うしかなかった。

 

 

「…嫌だね。生憎とこっちにゃ死ねない理由がある、それとも友達ってんならここらへんで見逃してくれるのか?」

 

「もちろん否だ、生憎とこちらにも退けない理由がある。それよりも早く剣を構えろ狼、ここからは俺も本気だ!貴様のその力で――俺をもっと熱くしてみせろッ!」

 

「はっ…言われなくてもなぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

言葉と共に互いに踏み出し、世界を揺らすような一撃は狭いルームの中でぶつかり合った

 

相まみえたオッタルの特大剣は両手の時よりも遥かに重く、蒼炎を滾らせた狼の巨剣は先ほどよりも疾く鋭く…負けられなかった。

蒼炎がルームに燃え移る、もはやそこに普段のダンジョンの姿などどこにも無く、呼応するように剣戟に、蒼炎に、強く鼓動を打った。

 

 

絶対に帰る、それから――あの子に名前をつけてやるんだ。

 

 

化け物を認めた英雄と、帰るべき家の情景を胸に秘めた獣の一戦は再び先ほどよりも熱く、今、熱を帯びた。

 

 

 

・・・

 

 

 

それは神代の戦だった。

御伽噺(アルゴノート)に記された英雄と獣の美しくも残酷な争い、超常的な力を備えた力ある人間とそれに牙を剥く魔物の一騎打ち、遥か昔から続く殺し合いは今ここに再現されており見るもの全てを魅了する。

 

ルームに踊る蒼炎、短く断続的に響き渡る金属音、混ざり合う殺意、骨肉を削る一撃。

巨人のような英雄と、禍々しい形を成した獣は人の身に余る大剣を振るう。ぶつかり合う衝撃で大地が網目を作り、砕け散った鉄片が地面につかないうちにまた次の一撃へと繰り返される。

 

霞む剣戟の中で獣は衝動のまま吼える、鼓膜をビリビリと轟音が叩きつけ、時折その獣のようなめちゃくちゃな動きの過程で四足になりながら蒼いマントを揺らし、鉄の身体から鮮血を噴き出すのもおかまいなしに英雄に飛びかかっていた。

対して人の身、英雄はボロボロになったその身体はいたるところに打撲や切傷を作っており、余裕なく特大剣を振るっては狼を吹き飛ばし、歯を食いしばってまた重く一歩前に踏み出す。

 

――長く繰り返されてきた神話、今まさにその一ページは紡がれている。

 

 

「凄い…」

 

 

目の前のルームで繰り広げられる激戦にアマゾネスの少女は感嘆の声を漏らす。目前で行われる神代の戦、それはまさに彼女が子供の頃から好きだった御伽噺(アルゴノォト)そのものであり、ページをめくるより早く次のシーンへと目の前で移り変わる。

 

ティオナ・ヒリュテ、ロキファミリアの遠征でダンジョンに潜っていた一級冒険者は目の前で行われる神話の戦いに為すすべなく立ち尽くしていた。

行軍の途中で聞いたミノタウロスの話に走り始めたアイズを追ってきたに過ぎない彼女はルームへ続く通路からその戦いに目を奪われ、ただ子供のようにその光景をじっと見つめていた。

 

感動さえ覚える力強い剣戟の数々。美しく舞う蒼炎。鉄の狼の吼え声も、英雄の息遣いも、英雄譚に記されたそのままの全てが彼女の心を躍らせ、手を当てなくても解るほど心臓は大きく高鳴り、興奮で足の先まで血は熱く沸騰しているのが自分でも解った。

 

(あれって…やっぱり噂の……?)

 

冒険者の動体視力をしてかなり疾い戦いを、一瞬でも見逃さないように集中しながらティオナは『獣』の方に注意を向ける。

蒼く白い炎を噴き上げながら巨剣を振るう化け物、人型の獣はその身に鉄片で構成された鎧を装備しており、その頭には狼を象ったようなフルヘルムが憎悪に満ちた瞳を宿していた。

見たことの無い新種のモンスター、噂通りの化け物は驚異的なバネで人外の如き一撃を繰り出し、あのオッタルと互角に渡り合っている。

 

 

「…」

 

 

その姿に不思議と恐怖は感じなかった、それは彼女がこの光景をどこか現実離れした物語の「登場人物」として見ているからなのかは解らないが、その化け物の凶悪な姿を見ても何故か怖いとは思わず、むしろ死力を尽くして戦うその姿をティオナはカッコイイとさえ思えた…何となく、無茶をしてでも頑張るその姿は…いや、きっとこれは気のせいだろう。

 

強い影を作った通路、隣に立ったティオネとベートもまた自分と同じように棒立ちで目の前の光景を眺めており、その顔には驚きや困惑が滲み出ている。

そして戦場を眺めていたベートは眉を顰めると、獣の方に向かってポツリと小さく呟いた。

 

 

「なんっだありゃ…モンスター、なのか?」

 

「え、ベート知らないの!?あれって噂の――」

 

 

呟いたベートにティオナは振り返る、しかしその時ルームの方から炎の音に混じって励ますような大声が聞こえてきた。

 

 

「――アイズ!しっかりしろ!」

 

「…!」

 

 

蒼炎で燃えているルームの中からフィンとリヴェリアが壁沿いに通路の中へ走ってくる。全身を煤で焦がした二人は脱力したアイズの肩を支えており、長い合間蒼炎にさらされマグマのように液化し変形している地面に足をとられないようにしながら、二人は何とか火の手の回っていない通路に逃げようとしていた。

 

決死の救出劇である、激戦の繰り広げられるルームの惨状に最初ここに来たロキファミリアの面々は呆気にとられ、同時に倒れている人影に気が付いた。

そして中でも一番レベルの高い二人が戦闘に巻き込まれないようにしながら壁沿いを伝い、燃え盛るルームの中からアイズの事を救出することになった。幸いなことに英雄と獣は視界の隅で動く影には興味を示さず戦い続け、余波さえ喰らわなければ特に問題も無く救出は順調に進んでいた。

 

そして炎を抜け通路に入ってきた全身汗まみれの二人は、ついに肩で支えていたアイズと共に危険域から助けだした。

 

 

「ふっ…はぁ…はぁ…よし、着いた!私が回復する!」

 

「いや、リヴェリアは回復にMPを()がないでくれ。幸い外傷は少ないし、この後の事を考えればポーションを使った方が良い」

 

「…この後、か。解った」

 

 

リヴェリアが頷く前でフィンは腰ポーチからポーションを取り出すと、慣れた手つきで栓を開け、その中身を地面に寝かせたアイズの全身に振りかける。

すると微かに甘い香りをさせた液体はすぐに効能を発揮し、元々そこまでの重症ではなかったのだろうアイズはポーションに濡れたまつ毛をゆっくりと持ち上げた。

 

 

「んっ…」

 

「アイズ、立てるかい?」

 

「……うん」

 

 

腕をついたアイズは頭を軽く振りながら上体をあげる、その顔には珍しく不機嫌な表情が含まれており、状況を理解するためか座ったままアイズは周囲に目を向けると今もルームの中で続いている戦いに気が付いた。

 

 

「行かなきゃ…!」

 

「待ってくれアイズ、その前に何があったのか聞きたい」

 

「…」

 

 

起きたばかりだというのに剣を掴み、即座にあの戦いに参加しようとしたアイズをしゃがんだままのフィンが制する。

少し迷ったアイズだったがフィンの真剣な目に気圧され、剣先をおろすとトスとお尻を地面に戻した。

 

そして他の五人の視線にアイズは少し考えこむと地面を見つめ喋り始める。

 

 

「私がここに来た時にはもうオッタルと『あれ』が戦ってた…それで『あれ』の方にだけ攻撃しようとしたらオッタルに邪魔されて……俺の獲物だって…」

 

「…察するにその時オッタルに気絶させられたって事か、確かにダンジョンで獲物の横取りはマナー違反だけど…」

 

 

それは例え一級冒険者のオッタルやアイズであろうと適用される無駄な衝突を避けるためのルールであり、破れば例え殴られても文句は言えない。

とはいえ傷つけられた事に怒りが無いわけではない、ベートなどは極めて不機嫌そうな表情を浮かべており、ベートほどとはいかなくとも他のメンバーも同じように顔をしかめていた。

 

そして激戦の音を聞きながら訪れた静寂を破るようにリヴェリアが口を開く。

 

 

「…それでフィン、お前の()の相手はアイツで良いのか?」

 

「解らない、でも親指がここまで疼いたのは初めてだ…てっきりミノタウロスかと思ったけど、まさかこんなことが起きているなんて…」

 

 

全員がルームの中の激戦に目を向ける。

あの都市最強であるオッタルと互角に戦っている獣はロキファミリアにとってまったくの予想外であり、一級冒険者である彼らにして脅威と思わせた。

 

それは遠征の行軍中、他の冒険者から聞いた『剣を持ったミノタウロス』の噂から始まった。

武器を扱うその化け物を神の戯れではないかと疑ったロキファミリアの面々は9階層で見たというそのモンスターを探しにここまで来て――そして、ミノタウロス以上の脅威を見つけたのだった。

 

 

「というかそもそもアレは『何』なんだ?神の戯れにしても禍々しすぎる、あんなモンスターを作ろうとするほど頭のおかしい神はこのオラリオにいない」

 

「それに何故オッタルがここにいるかも疑問だな、普段ダンジョンにいないアイツが今日に限ってここにいるのは何か理由があるはずだ…あるいは、あの化け物が目的か?」

 

「…可能性は高いね。あのオッタルと()()()()()程の化け物だ、あそこの女神ならば秘密裏に処理しようと画策するだろうし…」

 

 

フィンとリヴェリアの会話の中、不機嫌気に顔をしかめていたベートがふとティオナを見る。

ティオナは続く激闘に再び目を奪われており、どこかぼっーとした様子にベートはケチをつけようとしたが、それよりも先ほどティオナが言いかけたことを思い出した。

 

 

「――おいティオナ!そういやお前さっき『噂』とか言ってたよな、まさかテメェあのモンスターの事知ってんのか!?」

 

「…噂?」

 

「へっ?」

 

 

他全員の視線にハッと我に返ったティオナは一瞬事情が分からずポカンと口を開いたがすぐにあの獣の事だと気が付くと、どうしたものかと腕を組む。

そして鉄が触れ合う音のする通路で、暫しの逡巡の後そのまま話すかと決心するともったいぶって話し始めた。

 

 

「えっーと…あくまでこれは聞いた噂話なんだけど、あれは『神殺しの狼騎士』って言って――」

 

『――ギィッンッッ!!』

 

 

しかしティオナが喋り始めるより早く、ルームから一際大きな金属音が響き。同時に絶え間なく続いていた剣戟が止んだ。まさか決着がついたのか、とロキファミリアは慌ててルームの中を覗き込んだ。

 

 

「くっ…ふぅっ…!」

 

「はっ…はっ…はぁっ……!!」

 

 

そこにいたのは膝をつき全身で荒い息をする獣と、屹立したまま肩で息をする英雄。

その様はどこかオッタルが優勢に見えた。全身から血を流す獣は既に瀕死で、対するオッタルは全身を焦がしところどころ血を滲ませていても確かにその場に立っていた。

 

死闘の果て、二人の立つルームはもはや原型無く体内を蒼炎で燃やしており、蒸発した血煙の臭いは濃く辺りに漂う。

巨剣を地面に突きうなだれたまま苦しそうな呼吸を繰り返す狼騎士をオッタルは鋭い眼光で見下ろす、最後に長く息を吐きだすと特大剣を肩にかけると喋りかけた。

 

 

「どうした狼、だいぶ辛そうだがもう終わりか?」

 

「はっ…はぁっ……まだだ、まだ終わらせん!」

 

 

油断なくオッタルの事を睨み上げる満身創痍の狼騎士は蒼い双眸を強く光らせており、全身を覆う蒼炎は揺らめきながら掴んだ巨剣に流れている。そして何とか立ち上がった狼騎士は巨剣を持ち上げ息をつくと、刃を構え直し再び殺意を漲らせた。

 

一方、通路にいるロキファミリアは全員唖然とした表情で固まっていた。

 

 

「…しゃ、喋った!?今喋ったよね!!?」

 

「オイ嘘だろ!喋るモンスターなんて聞いたこともねぇぞ…!?」

 

「や、やっぱりあれって噂の…!?」

 

 

鎧越しで聞き取り辛いくぐもった声、しかし明らかに人類にとって意味を成す言葉の羅列はロキファミリアの冒険者達を震撼させる。

喋るモンスターなど聞いたことも見たことも無い、だというのに目の前で巨剣を構えた狼騎士はオッタルを前に息も絶え絶えながら確かに喋ってみせた。

それは彼らの常識から逸脱した事態であり、いわば異常慣れした彼らであっても思考の空白を開けさせるには充分過ぎる衝撃だった…唯一、事前に予測していたティオナを除いて。

 

通路から動けないロキファミリアに特大剣を肩にかけたオッタルは一瞥をくれる、そして既に限界を超えそれでもなお戦う意思を向けてくる狼に目を細めた。

レベル7のオッタルをして激闘だった、互いの全てをぶつけあった攻防は確かにオッタルを削り、そして遥か格下に存在する狼騎士は今この時間を過ぎてもまだ巨剣を構え立っていた。

 

偉業だった、本気のオッタルを前に狼は生き残る。不可能を可能に、それは神殺しという性質を最大限まで利用した死線であり、苛烈な争いを続けてきた。

だがそれももう限界である。狼の肉体は既に終了を迎えつつあり、今まで良く持たせた方だが巨剣を構える腕は震え、荒く上下する鎧からは絶えず赤黒い血が流れ続けていた。

人としての限界をとっくに超えた姿、それでいて人間としての闘いを心得た狼騎士は人類の到達点にその指を確かにかけた。

 

オッタルは健闘に、そして自らを脅かした強敵(とも)に称賛を贈る。

しかしそれももうここまでだ、如何せん狼がオッタルを喰らうには土台が違い過ぎた。

 

 

「…おい、狼」

 

「ッ…何だ?」

 

「提案がある、次で――終わりにするぞ」

 

「それは…!」

 

 

狼騎士はもってあと一撃。狼の残り体力を見抜いたオッタルはあえて持久戦になど持ち込まず、特大の一撃で競い合う事を告げる。

もう胸熱く戦い続ける事は不可能、なればその終わりこそ華々しく。何より確実に勝つ方法など今まで行ってきた生死を分ける激戦への侮蔑であり、何よりオッタル自身が面白いとは思えなかった。

 

それは厳命を受けた「従者」としては間違っているのかもしれない。しかしオッタルは蒼炎に魅せられた「戦士」として、激闘を繰り広げてきた相手へのせめてもの心遣いとして『最大級の一撃』を提案した。

 

 

「フン…何より通路にいるネズミ共に邪魔をされてはかなわん、それにそちらの方が貴様にとっても都合が良いだろう?」

 

「……そうか、解った」

 

 

もっともらしい理由に頷いた狼騎士を前にオッタルは特大剣をゆっくりと構える。その巨大な身体から息を徐々に吐きだしながら腰を下ろすと、その剣腹を背中にあてがい、空いた右手を目標に向けた。

 

そして長く争い合った相手への最後の名残惜しさを手放しながら、軽度に嗜虐的な微笑みを浮かべて狼騎士に最期を語りかけた。

 

 

「心しろよ狼、次の一撃は俺の全力。貴様がどれほど強くなっていようが関係ない、貴様はこれより――殺される」

 

「ふざけろッ!…死んで、たまるかァッ!」

 

「その意気だ、精々足掻くがいいッ!行くぞッッ!!」

 

 

――『英雄』と『獣』。

 

放たれる、今までの比ではない殺意が空間を砕く。

吸い込んだ空気によってオッタルの身体は膨張し、密すぎる力の圧に地面は小刻みに揺れ始めた。

特大剣が握られる、その巨躯に合わせて作られた無骨な刀はレベル7の全力を余すことなく伝え、それでもなお溢れ出た力の奔流が可視化されるかのように濃く形を成し、硬質化し始めた。

 

都市最強、猛者、レベル7。

それは人類という一つの生物が、神という存在に恩恵を与えられて完成した人類の到達点。

膨大な力、天を裂き地を砕き、圧倒的な力を持って災厄から人類を護る英雄。その力は決して人理では辿り着くことは無かった、しかし人を愛する神の手によってその存在は大きく昇華され、神に仇なす怪物をその圧倒的な力を持って粉砕する。

 

纏った殺気が蒸気のようにオッタルの身体を包み込み、ジリと力んだ余波だけでルームに巨大な亀裂が幾筋も走った

もはやその身に雑念は無く、深く針先のように鋭く集中したオッタルは約束の通り一撃に全力を込める。

 

傷ついた身体、使えぬ右腕、しかしその上で出来る最大。

オッタルは特大剣を構える。それは余りにシンプルな解、純粋な腕力をもって勝利を奪い取らんとする一撃はその準備を終えた。

 

 

 

 

蒼起三爪(ソウキノミソウ)――」

 

 

 

 

狼騎士は呟く、自らが使える最大の一撃の名前を。

蒼い炎が拠り集まる、纏った炎の中から抽出された蒼は構えた剣先に伝った。

ゆっくりと持ち上げた巨剣、縦に構えた三爪、徐々に形を成していく炎は濃く、狼騎士の意志に呼応するように激しく燃え上がる。

 

傷ついた肉体、消耗した体力、それでもなお身を焦がし続ける白痴蒼炎、もとより砕けた全身鎧は血に塗れて濡れていた。

少しでも気を抜けば崩れ落ちてしまいそうな酷使してきた身体をそれでもなお感情を火種にした炎で支える、ここで倒れることは出来ないという決意は瀕死だった狼の炎を確かに増させた。

 

蒼起三爪、積み上げてきたカウントは最初に放った一撃とは比べものにならない程の焦熱と鋭さを持っており、ルームの天井にその爪を這わせながら暖かな風をダンジョンに吹かせる。

それは間違いなく今の狼騎士に出来る最大の攻撃、例え肉体が怪我を負っていてもカウントが削がれたわけではない。今までの死闘で稼いだカウント分だけ力は増し、振り下ろされる一撃は自然界に存在する(ことごと)くを燃やし斬る。

 

――だが、足りない。

 

目の前で滾る猛者の力を前に、狼はこの程度の炎では『かき消される』ことに気が付く。

蒼起三爪、狼騎士が繰り出せる最強の一撃はもはやレベル1という段階をとうに超え、神殺しの獣としてもかなりの進化とカウント更新を重ねた。

 

だが相手は神に仕える冒険者の中で頂点の存在、あと『一歩』届かなかった高い壁は宣言通りの全力を出し、蒼起三爪を凌駕していた。

カウントの果て、猛者の本気、目の前で構えた鬼神のような表情を浮かべる男はまごうことなき都市最強は、その特大剣から神話級の破壊をもって狼騎士の事を蒼起三爪ごと圧殺せんとしている。

 

狼は自分の死を見る、構えた巨剣から迸る蒼炎ではあと『指一本』足りないという事実がやけに緩慢に脳裏を走った。

持てる感情の全てを燃やしそれでもなお足りないオッタルを前に狼は、『何か』を探して記憶を辿る。

 

何か、あと少しの『奇跡』で良い。

それさえあれば覆すとまではいかなくとも拮抗する事は出来る、あの最強の全力を跳ね返すだけの『一割』がどこかにあると狼は記憶の中を探す。

 

そして鎧下で何かが赤熱している事に気が付くと――

 

 

「…!」

 

 

――左手で、胸を叩いた。

 

燃える巨剣を右腕で支えたまま狼は自らの鎧に左拳を叩き込む、白痴蒼炎を纏った篭手はじんわりと鎧を蒼く犯すと泡立たせた。

熱によって溶けた鎧の胸元に丸く光る銑鉄が縁取られる。丁度心臓の真上で液化した蒼鉄はどろりと溶け落ち、そしてその「穴」は掌大の大きさにまで広がると容器に入れた液体のように揺れ始めた。

 

狼騎士は勢いよく銑鉄の中に手を入れる、人の身など焼き尽くす高熱の液体を荒くかき回すとその『何か』を探し当て掴んだ。

腕を勢いよく引いた狼騎士は蒼い雫を飛ばす。光り輝く銑鉄はひび割れた篭手に纏わりついており、飛沫を飛ばすと同時に『赤い短剣』で斬り飛ばした。

 

――それは魔剣と呼ばれた。

 

コートの下から取り出した赤く短い魔剣は絡みついた銑鉄を飛ばしながら赤く光り輝く。

銘の無い『使い捨て』の短剣は、かつては小人族の少女リリが盗んだものであり、キラーアントの一件からリョナが預かってからずっとコートの下に忍ばせていたものであった。

 

そして同時に使うことも無いだろうと思っていた、赤く輝く力の結晶はそのまま破壊が詰め込まれており、その強すぎる破壊は自分自身すら砕く。

自壊属性、使い捨ての道具はあくまで借り物という認識。故にリョナはこの魔剣を自分のために使うつもりは無かったし、使うにしてもそれはあの盗人少女のためだけと考えていた。

 

しかし…ここで、共に潰されるくらいなら。

 

(すまん、借りるぞ…!)

 

心の中でリリに謝ってから狼騎士は左手で魔剣を握り潰す。

パリンとガラス細工のように透明で美しい赤剣は余りにも容易く砕け散ると赤い残滓が空に散り、噴き出した蒼炎によって荒々しく攫われた。

 

狼騎士は赤い粒子を纏った拳の中で魔剣を新たに鋳造する。魔法で打たれたという鉄は内包した破壊を強く叫んでおり、今まで打った素鉄とは違いまるで意志を持つかのように変形することに抵抗した。

火力が増す、指の隙間から蒼炎が溢れ掌の上で魔剣の破片が溶ける。本来の効果である火炎が手の中で暴れ、爆発的な破壊力が今にも爆発しようとその矛先を外側へと向けていた。

 

その剣は振られ砕ける時に刀身より魔法を放ち、穿つ炎は海を裂き天を焼き払うとまで謳われる『使い捨ての魔剣』。

掌の中にあるのはその断片、流石に伝説の通りとはいかないだろうが、それはまるで星の最後の瞬きのように、内包する火炎はかなりの威力をもっており――故に、『あと少し』足りえた。

 

自壊する劫火(ごうか)という性質をそのままに魔剣の外殻を融かした狼騎士は掌の中の赤熱に耐え、渦巻く魔力を蒼炎で屈服させると拳を握りしめる。

異種の炎が溢れた。纏った赤黒い粒子は蒼炎の中で活性化し、輝きながら拡散と収縮を繰り返していた。

 

 

「フッ…!」

 

 

――蒼起三爪を宿した巨剣に、赤炎を纏った拳を叩き込む。

 

柄に近い剣の腹、一呼吸の内に巨剣にめりこませた拳が鉄片を微塵に砕き、蒼い火の粉を撒き散らす。全力を込めた拳によって巨剣には穴が開いており、手を入れたその中では濃い蒼の炎が網の目のような鉄片の上を駆け巡っていた。

 

巨剣という名の炉の中で狼騎士はゆっくりとその手を開き、掌で覆っていた純粋な破壊の結晶を埋め込む。

まるでそれは檻の中で暴れる獣のように、巨剣の中に囚われた魔剣は出口を求めて廻り、鋳造を終えた巨剣はその腹の中に新たな炎を宿すと震え、赤と蒼、『破壊』と『憎悪』という二色の双炎を交わらせた。

 

魔剣の中核、蒼起三爪(ソウキノミソウ)

巨剣の腹に埋め込まれた魔結晶は赤炎を放ち、蒼炎に呼応すると心臓の鼓動のように空間を揺らす。

 

そして――熱波。

 

バンッ!と何かが弾けるような音と共に巨剣から熱波が吹き荒れる。

今までの比ではない熱量、肌に吹き付ける熱風は(から)く、勢いよく髪を揺らしながら危険なまでに焦熱で全てを燃やした。

勢いよく炎風が破裂する。赤蒼の交差するルームの中、狼騎士の鎧を覆っていた血液をジュッ!と瞬間的に蒸発させ吹き飛ばし、ダンジョンの壁を容易く融解すると脆く崩れさせた。

通路で覗き込んでいたロキファミリアが強すぎる熱波から慌てて逃げ出し、今まで彼らが立っていた空間が轟と焼かれると、喉を潰し胸を焦がすような熱い空気圧がその場に発生した。

 

緩やかに構え直される巨剣上、鉄片の隙間に構成された剣先へと続く溝の中を魔剣の(コア)から溢れ出る赤炎は血液のように疾く伝う。

魔剣の鼓動、蒼炎の呼応に合わせて濃赤の液体はその色と同じ炎を輝かせながら巨剣の上に幾筋も這わせ、蛇のように締め付けながら三爪に迫る。

 

 

「――紅蓮四爪(グレンシソウ)ッ!」

 

 

限界の死力、それに『あと少し(魔剣)』を加えた()()()

蒼い三爪の端に新たに生えた紅蓮の爪は蒼起三爪に劣らず程鋭く、激しく燃え盛っており、破壊という魔剣の性質をそのままに閉じ込めた。

 

爪がかき鳴らされる、ダンジョンを()かす巨大な篝火は突風と轟音を巻き起こし独自の力場を発生させる。

蒼起三爪、紅蓮四爪。その炎は高く、その爪は鋭い。イレギュラーさらなる進化を遂げた狼の牙は(ことごと)くを燃やし――今、最強と相対する資格を得た。

 

 

「……猛撃(おうげき)

 

 

英雄と獣。

拮抗した二つの力が咆哮を上げる。

かたや海を裂く超力、かたや天を焦がす劫火。剣の形を成す人知を超えた力の収束体は神代の中でも高次の力域に到達し、拮抗した。

 

これが最後にして最強の一撃、後は無く、勝者は一人しかいないたった一度の立ち合い。

互角。初めから高みにいた人間と、無数の研鑽と無限の肉体の果てに高みに至った化け物。

間違いなくこの世界において最高峰の一戦、神に愛された英雄と神殺しの獣は殺し合う宿命にあり、傍観こそすれ誰にもその戦を阻むことなど敵わなかった。

 

剣を構え、互いに一歩踏む。

既に双方ともに射程内、身に着けた筋肉が限界まで膨らみ、異様なまでの集中力が一点に向けられた。

 

そして――

 

 

「「――――」」

 

ドォッッッッッ!!

 

 

――ついに、終幕は降ろされる。

 

もはや言葉は無用、余りに疾くコンマの瞬間、二人の戦士は寸分違わぬタイミングで歩み出すと『最大』を繰り出した。

力と力がぶつかり合う、それは化学反応のように空中で混ざり合い火花を潰すと風切り音を弾けさせ、小爆発を長く広く巻き起こした。

 

しかしそれはまだ先駆けに過ぎない。強すぎる威力を考えればそれは星と星の表面が擦れたような現象に過ぎず、本核が壊れ合うにはまだ数瞬の猶予がある。

だがその破壊は在るだけで動くだけでダンジョン内部を壊し、重い剣圧と激しい豪炎は裂き燃やしながら、巨大すぎる力をたった一つの命を奪うために使う。

 

 

……ォォォォォォ…――ドゴオオオオオオオオオオンッッ!!!

 

 

低い重低音と共にダンジョンが上下し、余波が終わる。

剣を象った『圧』と『炎』が強くぶつかり合うと均衡を保ち、最大規模の強力な爆発を起こした。

 

それは天地開闢(てんちかいびゃく)にも等しい光景だった。

 

剣が空を切り裂く。纏った気が襲い来る炎を打ち払い、炎は迫りくる気を燃やし殺す。

視界は蒼く、赤く、白く染め上げられ、瞬間人の知覚できる音が消え去り、代わりに惑星の鳴動するような振動が全身の骨髄をカタカタと打ち鳴らす。

白煙を伴いながら肌に吹きつける突風は鋭針のように痛く、目を開けていられない程乾燥し疾く渦巻いており、急速に上昇したダンジョン内の熱が人の生存を許さない。

 

溶ける、裂ける。

最大級の二つの攻撃は真正面からぶつかり合い、覇を競う。

それは余りに強すぎる個同士が故の破壊現象。爆発、爆裂、星の最後の瞬き(超新星)のような巨大爆破、爆風と轟音が吹き荒れ、ただ暴力的な閃光が幾重にも折り重なり広範囲を破壊しながら膨張し続けた。

 

光の中に二つの影が霞んだ。

 

何もかもが破壊され無に還される美しい光景、視界いっぱいに広がる光は既に虹色をしており、蔓延する熱も鼓動も人体には余りにも危険だというのに心奪われる。

声は無く、死塵の光に満ちた戦場は透明かつ単純で、生存どころか呼吸すら難しい。

 

ただ在るのは真空さえ発生させる剛剣と、破壊と憎悪を糧にした炎を纏った廃材の爪。

 

宣言通りの全力同士は更に前へと死力を尽くし、互いの存在を懸けて争いあう。

そして時間にして僅か一瞬、その向き合った破壊は地面を大きくめくりながら目にも止まらぬ速さで広がり、知覚器官の全てが塞がれた。

 

 

そして――灰塵を積み上げながら、神代の闘争は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「…」

 

 

光と音が止まらない。

レベル7の知覚能力をもってしても、狭いルーム内の何一つ感じ取ることができない。

それほどまでに先ほどまでの一撃は鋭く、強く、熱過ぎた。

 

…しかし、一つだけ解ることがあった。

 

 

「ふー……フン!」

 

 

少なくとも、自分(オッタル)は死んでいない。

 

うっすらと見えてきた視界を覆う黒煙を、軽く身体を力ませるだけで吹き飛ばしたオッタルは痛みと共に自分が怪我をしたことに気がついた。

視線を下におろす。徐々に聞こえ始めた聴覚が意味をなさない雑音をかき鳴らすのを聞きながら自らの胸を見下ろすと、大きな切り傷が四本血を噴き出しており、大きく破れた服から見える硬肌にはいたる所に深い火傷を作っていた。

 

 

「…」

 

 

髪に何かがかかり、視線を上にあげる。

 

――()()開いていた。

 

パラパラと落ちる砂埃、爆発によってルームの上部は軽く吹き飛んでおり、爆発によって上の階層へ巨大な縦穴がぼたぼたと雫を垂らしながらその口を開けており、上の階層の天井が黒く煤けているのが下からでも見えた。

驚きはない、あれほどまでの力のぶつかり合いならば9階層の天井程度容易く壊れる…否、むしろ狼騎士の炎で溶けたのが大半か。

 

 

「…!」

 

 

そして地面もまたそうだ。元々戦闘によって脆くなっていたダンジョンの床は爆発によって下の階層にまで抜けており、こちらもまた溶けた岩石を下の階層に垂らしている。

とはいえ身体が阻んだからか丁度自分が立っている場所だけが残っており、柱のように出来た脆い足場の上に何とかオッタルは立っていた。

 

――『三階層ぶちぬいた大穴』がそこには空いていた。

 

神話級の威力を持った対戦は文字通りその爪痕を大きく残し、もはやルームの原型さえなく残ったモノは唯一『オッタルのみ』だった。

感覚が完璧に回復する。狭かったルームはその大きさを数割ほど増しており、(ともしび)のようにそこかしこで燻ぶった蒼炎が黒煙を昇らせていた。

 

そして――剥がれ落ちたような鉄片がルームに繋がった通路に落ちていた。

 

 

「…フン」

 

 

天地開闢を成す一撃、その結果は『対等』だった。

ぶつかり合ったその力は全くの同格でなまじ剣同士が触れ合わなかったために真正面から拮抗し、どちらかを消し飛ばすことも無く混じり合い階層を開けるほどの爆発を引き起こすと、剣圧と爆炎はオッタルを残してルーム内の悉くを消し去った。

互いに死力、英雄と獣の放った竜攘虎搏の全力は示し合わせたかのように釣り合い、神話級の破壊をもたらした…オッタルほどの『耐久力』が無ければ生存できない程の破壊を。

 

故に狼騎士の姿はどこにも無かった。

最強と渡り合い、本気で覇を競い合った相手は蒸発し、残ったモノは通路に落ちた鉄片だけ。

オッタルは鋭い視線を通路に向ける、地面に突き刺さった鎧の破片は先端に蒼炎を灯しており、まるでそれだけが生き残ったかのようにも見えた。

 

しかし同時にレベル7の視力が通路の先に続く血液と鉄片を見つけた、キラキラと輝くそれは『落とし物』であり通路の先の暗がりにまで続いていた。

 

 

「――……()()()()、相変わらず逃げ足の速い奴だ」

 

 

もしあの狼騎士が今の爆発を喰らったなら余波だけでもひとたまりもなかったはずだ、しかしアレには――『鎧』というアドバンテージがあった。

鎧自体の強度はそれほどではない。現にオッタルの構えるアダマンタイトの特大剣でさえ微かに表面が溶けているほどであり、あの程度の鎧ならば即座に蒸発してもおかしく無い。

 

とはいえ無いよりマシである。少なくとも皮膚が一枚増えた程度なのかもしれないが鎧さえあれば爆発の余波を一瞬耐え、この場から逃げ出すくらいならば可能だった…否、あの男のセンスならばそのくらい容易く(おこな)ったことだろう。

 

 

(追うか?……いや…)

 

 

道標(みちしるべ)は続いているし、追跡する事はそう難しくない。

だが剣の刃は潰され、瀕死とまではいかないまでもオッタルも久々にかなりの大怪我を負うことになった…無理に追撃する必要は無かった。

 

しかしオッタルは()()()()()()()はずだった。オッタルにとって扱う武器が鈍器になろうが拳になろうが特に問題はない、手元にあるハイ・ポーションを使えばこの程度の傷など即座に完治できたし、この程度のけがであれば戦闘続行も充分可能な域のはずだった。

 

 

「…フッ」

 

 

それをしなかったのは――ひとえに、もう満足だったからだろう。

 

魂躍る神話級の闘い、激しく剣を交わす打ち合い、そして命を取り合う全力の存在のぶつけ合い。身体は傷つき、芯からぼろ雑巾のように疲弊している。

こんな感覚は久しぶりだ。都市最強などと謳われるようになってから今回のような死線は殆どなく、与えられるのは小さな仕事ばかりでまともに力を振るう機会には恵まれなかった…今の位置に不満があるわけではないが、振るわぬ刀が錆びていくのを見るのは戦士として思うところが多々あった。

 

しかし今日の闘いはそんなオッタルの乾いた心を充分に満たし、久しぶりの感覚を思い出させてくれた。弱者でありながら対等に渡り合ってくれた狼騎士にはもはや感謝の一言に尽き、一人の戦士としての敬意と信頼を寄せるにはあの闘いぶりは充分過ぎた。

 

主命には逆らっているのかもしれない、追えるというのに追わないというのは殺せという命を受けたはずのオッタルにとって何より優先すべき行為のはずであり、追いつきさえすれば満身創痍の狼騎士を殺せることは確実なはずだった。

 

だが――『期待』がそれを上回る。何より今日の闘いは熱く、次があるなら、そしてその次の闘いがもっと滾るものであるならば、見逃すという選択肢は極めて自然的と言えた…まぁ、主神からのお叱りは免れないだろうが。

 

 

「…さて、帰るか」

 

 

闘いを終えた戦士は傷ついた身体を帰路に向ける。

珍しくため息をつき、いつものように顔をしかめたオッタルは特大剣を肩にかけると全身の怪我をそのままに、ルームに空いた大穴を飛び越えるとズシンと重く着地する。

衝撃に傷口が開き血が落ちたことに更に眉を顰めたオッタルは思わず腰ポーチに手を伸ばしかけるが、深層モンスターの皮で作った頑丈なはずのポーチが焼け爛れその中身も全滅していることに気が付いた。

 

一度視線を後ろに向ける。

大破壊の跡は深く、凄惨で、これまで行われた闘争の結末が全て詰められている。

壁は溶け、剣戟の痕跡を残し、今まで立っていた最後の足場が崩れ完全な穴となった。ダンジョンには自己修復機能があるため如何な破壊であってもいつかは直されるが、これほどの大穴ともなれば完全に塞がれるまでにはかなりの時間がかかりそうだった。

 

そして対岸の通路でロキファミリアの連中がかなり混乱した様子で変形したダンジョンに驚愕の声を挙げているのを鼻で笑うと――

 

 

「……助けて…下さい…このまま、では…私の仲間が……ベル様が…!」

 

 

――その背後から小人族の少女がよろよろと近づいていくのを興味なさげに見送り、オッタルはその場を後にしたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ……いってぇ…!」

 

 

オッタルとの死闘から命からがら逃げだしてきた俺は痛む腹を抑えながら夕暮れに染まるダイダロス通りを歩く。

手持ちのポーション全てを使っても全快に至らなかった全身の傷は痛み、未だ折れている肋骨が一歩踏み出すたびに軋んだ。

身体を引きずりながら行く人気(ひとけ)の無い帰路はどこかから喧騒が聞こえ、汚れた石畳みの道路は血液を大量に失ったからかどこか霞んで見えていた。

 

 

「……ッ…!」

 

 

激痛が走り、足が止まりかける。

一時間にも及ぶ激戦と爆発によって負った傷は重く痛み、酷使した骨と肉が反動で限界を迎えていた。

とはいえ五体満足なだけ奇跡に近い。特に最後の爆発など一瞬でも逃げ出すのが遅れていたら圧死していたし、表面を巻き込まれた鎧は酷く変形してしまっていた…まぁまたナイフに戻せたし、鋳造すれば元の鎧に戻せそうではあるが。

 

問題は肉体、幸いどれも致命傷には至ってはいないがポーションで治療しきれないような大怪我が多く、元々無理をしていたがダンジョンからここまでの道のりで体力はほぼ底を尽き、歩くのも辛かった。

 

――それでもまだ歩けるのは、家にあの子を待たせているからだろう。

 

 

(あれから何時間経ってんだか…ったく)

 

 

ただでさえ遅れたぎゅるぎゅる丸の修繕と完全に予想外なオッタルとの戦闘。予定より数時間は遅い帰宅、その分だけ少女は家で一人であり、何も言わないあの子を長く置いていくのは不安だった。

…だが一時間ちょっと前まで帰れるかどうかも解らなかったと考えれば大分マシである、それにベッドに寝かせたあの子が一人で怪我をするはずもない。

 

 

「……急がんとな」

 

 

それでも少し不安に思いながら俺は帰路をまた歩き始める。全身は死にそうなほど痛かったが何とかまだ生きているし、何より家はもうすぐ近くだった。

 

(――……名前、か)

 

夕焼けの差す家々が立ち並ぶ路地を歩きながらふと戦闘中に思ったことを考える。

この一週間程悩み続けていたあの子の名前、母親譲りの美しい銀の髪を持った少女は名前を持たず、かといって十月十日の猶予も無かった俺には名づけという作業は余りに難しすぎた。

焦れば良い名前はつけられない、とはいえ名前が無いというのも可哀そうだ…何より、呼ぶことが出来ない。

 

しかし――今なら。

 

 

(…)

 

 

遠くでカラスが鳴く。赤い落ちかけの日差しに影を落とした町は徐々に灯りをつけ始めており、傷ついた背中を肌寒い風は緩やかに押した。

足を引きずりながらあの子の姿をぼんやりと思い浮かべる、名前の無い少女にはどんな名前が合うのかを考えながら見えてきた自宅の影に俺は疲れた微笑みを浮かべた。

 

心残りだったぎゅるぎゅる丸の修復も何とか終わった、これからはもっと少女の事を考えられる。

それでもすぐには無理かもしれない。ただ一緒にいることさえできれば、いつか良い名前だって――()()()()()()()()()事だって、必ずできるはずだった。

 

 

希望を活力に俺は歩く。ダイダロス通りは濃い夕焼けによって美しく橙色に染め上げられえており、徐々に近づいてくる玄関先にもやけに濃く黒い影を作っていた。

自宅の外壁に腕をつき、重い身体を押し支える。瀕死の身体はもう立っているだけでも限界だったが、すぐそこで待っている少女の事を想うとまた謎の力が湧いてきた。

 

遠い最後の数メートルを気力で進み、酷い倦怠感と無事に帰ってこられたことへの喜びに疲弊した身体が芯から熱くなるのを感じた。

そして最後の角を掴み、もたれかかるように石柱を曲がると、俺はいつも通りの玄関へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず脚が止まり、白紙の生まれた思考から声が漏れた。

 

――玄関は破壊されていた。

 

壊された引き戸、強引に家の中に押し倒された扉は二つに割れ、砕けた硝子と木片を辺りに撒き散らしながら差し込んだ夕暮れに朱く染まっており、虚空のように空いた入り口からは仄暗い家の中が見えてしまっている。

 

 

「――」

 

 

ふらりと何も考えられず家の中に入った。足の裏で潰された木片の破片がパキパキと音をたてた。

 

暗く、一条の夕日が差した家の中。

開かれたままの戸棚、乱雑に蹴り飛ばされた椅子、壊された家具、知らない人間の匂い、余りにも解りやすく触られ荒らされた部屋中の痕跡。

土足で踏み込まれた家の中はいつもと全く違う場所に見え、通っていく風が髪を小さく揺らした。

 

ゆっくりと視界を移しながら自分の呼吸が荒くなっていくのが解った。

 

非日常的な目の前の光景が俺には理解することすら叶わず、盲目的に理解することを受け付けない。

恐怖と動揺が脳髄を抱きしめている。残り少ない脳領域で理解できることは少なく、ただ自分の心臓の鼓動と荒い呼吸だけが爆音のように耳元で響いていた。

 

「――」

 

そして――真っ先に気が付いた。

 

乱暴にめくられたベッドシーツが皺を作っている、かつて小さな存在が寝かされていたその場所は侵され今ではその跡が余りに浅く残していた。

 

もはやまともに動いてくれない足で何度も躓きながら俺は短い距離を走る。荒らされた部屋の中を移動し『()()()()()()()』の横に立った。

 

震える手で柔らかなベッドに触った。

しかしそこには何もなく、熱さえ残っていない。

 

脳が圧迫されるような感覚、理解を超えた事態は俺の脳領域を容易く食い潰し、それでもなおこれが現実だと訴えかけてきた。

 

 

 

――――――――――あの子は、少女はどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『――』」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、感情が弾けたことだけを覚えている。大切な存在が何者かに攫われたという衝撃は容易く俺の精神を瓦解させ、濃い憎悪を白痴蒼炎に引火させた。

まるで堰をきったような想いの濁流。それになんの抵抗も出来ずに飲み込まれた俺は理性を失い、憎悪に溺れ、咆哮をあげながら、無我夢中で蒼炎の中に燃えるナイフを掴んでいた。

 

既にカウントは充分にあった。

俺の中は少女への想いが変質し蒼く染まっていた。

呼吸のできなくなった「俺」の意識は深い液体の中に倒れこみ、ただ純粋な『憎悪』だけが残された。

 

 

 

蒼い液体に抱かれた俺は一切抗う事を止めることにした、暖かな液体の中は居心地がやけに良い。

いつかこの中で蒼霊が言った、抵抗すれば苦しいと。しかし白痴蒼炎を完全に受けいれてしまえば完全に俺は神殺しの獣になってしまう、故に今までこの炎を抑制してきたし、自分を明け渡すことなど絶対にしてこなかった。

 

だが――今はそれで良いと思った、例え化け物になってでもあの子を救うことが出来たなら。

 

 

 

 

その場に残る微かな匂いだけを頼りに追跡を始めた狼騎士(ウルフェンハザード)が駆け消えた後に残ったものは放出された蒼炎の残滓だけ。

誰もいなくなった家の中には焦げ跡になった獣の足跡が床を抉りながら残っている。

宿主の憎悪を喰らった白痴蒼炎は本来の輝きを取り戻し、嬉しそうに笑いながら獣のように踊っていた。最後の夕暮れがその身を落とし、急速に暗くなり始めた室内で花びらのような最後の蒼炎が空気に溶けて消えた。

 

 

そして――

 

 

 

――――夜のとばりの中、『月』は遂にその姿を現したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 




ラスト駆け足だけどフラグは立ててたからまぁ多少はね?もうちょい少女への想いを書きたい感あったけど
で次回も戦闘回かなーと、オッタルは前哨戦でしかないっていう。持ってくれよ俺のバトルインスピレーション。
あと良ければ高評価よろ!

次回もお楽しみに!ではでは!
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