このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

21 / 37
作者の戦闘描写能力が底を尽きかけている…オッタルの時点で尽きかけている…。
では本編どぞ



 銀月狩人

・・・

 

 

 

オリオ・シリウスは鎌を振るう。

三日月を模した長鎌は鋭く、レベル5以上の実力と研鑽を持って振るわれるそれはかの都市最強であるオッタルの一撃に重きを置いた特大剣よりも――速い。

 

 

『AAA…!』

 

 

蒼炎の中、徐々に火の手が回る部屋の中で幾度となく剣戟を合わせた。

鉄同士が触れる。咆哮をあげる狼騎士の巨剣をオリオは月鎌でいなし、超高速で返される二閃を狼騎士は巨剣で受けた。

高次の戦闘、傷ついた獣と万全な狩人は互角の戦いを繰り広げる。剣戟を力で強引に突破しようとする狼騎士をオリオはその洗練された技で翻弄し、絶大な力を込めた巨剣が空を切る度に忌々し気な咆哮が部屋を揺らした。

 

死に体とはいえ猛者と対等に渡り合うほどの実力をもった狼騎士を相手にオリオは互角以上に立ちまわる、巨剣を機敏に避け疾風のように鎌を翻すその動きは速く…レベル5というには()()()()

 

 

『GAAAッ!』

 

「フッ!」

 

 

振り下ろされた巨剣が地面を砕き、華のように蒼炎がふわりと空間を焼き払う。

身を屈ませながら左右にフェイントをかけるオリオの動きは素早く、静かに獲物を見据えながら両手の鎌を掴み直した。

 

発光する刃先が二方向から狼騎士に迫る、魔力を宿した月鎌はどのような能力を持っているか解らない。

右下の鎌を巨剣の腹で阻んだ狼騎士は振り下ろされる左上の鎌を超反射で掴みこむ、篭手に握りしめられた刃先は火花をたてながら止まり、魔力の籠った鉄は力を込めると白色の鱗粉を撒き散らして砕け散った。

 

巨剣に抑えられていた三日月鎌を引き抜きオリオは後方に跳ぶ。攻撃の失敗を悟り撤退するその判断は鮮やかの一言に尽き、一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)の戦法はただ力を振るうだけの狼騎士相手にはとても理にかなっていた。

 

距離をとりながらオリオが()()の長鎌を撃ち放つ、体の回転と共にグローブを離れたそれぞれの鎌は揺れる蒼炎を裂きながら狼騎士へと飛来する。

乾いた金属音が三つ響いた、寸分たがわぬ太刀筋で鎌を叩き落とした狼騎士は唸り声を上げ遠方で着地したオリオの事を睨みつけた。

 

その手には鎌が一本、しかし瞬きの後()()()。二本、三本と手品のようにオリオの鎌は増えていき、写し鏡のような同じ鎌がオリオの細い身体から牙のように四本構えられた。

だが狼騎士の理性ではその光景を正しく理解することは不可能であり、オリオがそのうちの一本を地面に突き刺したことに何の疑問も抱かなかった。

 

オリオが鎌を二本ブーメランのように投げ、走る。狙いすまされた投擲は180度の放物線を描き、それに合わせて鎌を構えたオリオが駆けてきていた。

三方向からの同時攻撃、刃先を地面に掠らせながら進むその姿は正に処刑人であり、冷徹なその表情は例え炎を踏み越える中であっても変わることは無かった。

 

 

『GAAAAAッ!!』

 

「…ッ!」

 

 

狼騎士が拳を振るった、今まで巨剣しか扱っていなかった狼騎士の拳は速く、何より直線的に走っていたオリオにとって完全に予想外だった。

鎌の柄に狼騎士の蒼く染まった拳が直撃する。金属音が響き、防御したオリオの身体が踏みとどまることも出来ず吹き飛んだ。

遅れて飛んできた鎌を狼騎士が一刀のもと斬り落とす、蒼炎にあおられた月鎌は砕け散り先ほどと同じように白銀の粉と消えた。

 

 

『ga…?』

 

 

狼騎士はオリオに視線を戻すと、声を漏らす。

地面に突き刺した鎌の脇で膝をついているオリオの手には先ほど殴りつけたはずの鎌が収まっており、酷く歪曲したそれはもう使えそうもなく白く砕け散った。

しかしその材質は鋼鉄だったはずだ。暴走状態にある蒼炎に殴られただの鉄がその原型を保てるはずがない。

蒼く爆発するでもなくただ砕け散るのは奇妙だ、この蒼炎を耐えうるのは最鋼と謳われるアダマンタイトか、あるいは――

 

 

『GAAAAッ!!』

 

「ッ…!」

 

 

憎悪を吼える狼騎士と、鎌を使い潰しながら巧みに対抗するオリオ・シリウス。

戦いは更に激しさを極めていき、時に巨剣が家具を粉々に叩き潰し、時に大鎌が大理石に爪痕を残した。

前へ、両者一歩も退かない戦いには炎嵐が吹き、焼け落ちた天板が時折燃えながら落下し床の上でのたうち回った。

 

――「鏡偽月(コピーライト)」、それがオリオ・シリウスの能力(アビリティ)

 

偽物の三日月、魔力で編まれた模造品、合わせ鏡の実体を備えた鎌は本物と何ら変わらない鋭さと硬さを持ち、砕ければ月の残滓と消える。

その材質はただの真鉄(ミスリル)、しかし偽鉄とでもいうべき鎌はオリオ自身の魔力で複製されたものに過ぎず、故に狼騎士の鋳造の干渉を受けない。

そして複製には資源(リソース)としてオリオの魔力を消費する、魔術師ではないオリオの魔力はそれほど多くはないがそれでも残り『500本』程度ならばマインドダウンする前に造り出すことが可能だった。

 

無限にも近く増殖する鎌と、その特性を最大限に活かしたオリオの闘法。

レベル5の身体能力は疾く鎌を振るい前後左右に床を踏みながら、白銀の粒子を纏って三日月の刃先を狼騎士に突き立てる。

 

戦局は五分。

しかし長期戦は血を流し続ける狼騎士にとって不利であり、同時にそれを理解しているオリオは強く踏み込むようなことはせずただ戦い続けるという状況を作り続けていた。

巨剣が空を切る、普通なら疲弊して倒れかねない運動量で滅茶苦茶な動きを繰り返す狼騎士の激しい攻めをオリオは躱し続け、攻防という形を取り続けた。

 

既に戦い始めて10分、荒い息と速く鼓動する心拍音だけが煩わしく狼騎士の耳朶を叩いた。

 

 

『GYAAAAAッ!!』

 

 

中々狩人を殺せない事に憤りを覚えた狼騎士が前に出る。自らの身体が壊れることを厭わないような踏み込みは強く木っ端を吹き飛ばし、その身体はまるで炉心のように湧き出る蒼炎を滾らせた。

前進と共に狼騎士は咆哮をあげる、死力を振り絞るような化け物の絶叫には血が混じる。冷静に自らに迫る重戦車のような狼騎士を眺めたオリオは即座に振り返ると背を向けた。

 

その先にあったものは大理石の円柱、悪趣味な装飾の施された高く太い石柱へと駆けるオリオを狼騎士が追いかける。

憎悪を吼える獣はまっすぐにオリオの背中に迫り、巨剣で触れるもの全てを砕きながら追い走るとグッと力を込めて渾身の一撃を繰り出すために踏み込み構えた。

 

ズガン、と巨剣が横薙ぎに石柱からその巨大な刃先分を切り取る。

刃先が届く前にオリオは軽い踏み込みで柱に足をつくとトンと蹴り飛ばし、身軽な動きで空中を舞った。

強力な破壊によってその支えを失った柱が揺らぐ、ぐしゃりと落下しながら解けた石材がスコールのように狼騎士の身体にジャラジャラと降りかかり…その視界からは完全にオリオが消えていた。

 

 

『GuAッ!?』

 

「…」

 

 

肩に二本、後方一回転しながら二双の鎌を構えたオリオは狼騎士の背後からその鎧の継ぎ目に鎌の切っ先を振り下ろした。

血が溢れ、筋肉の裂ける確かな音がした。オリオのつけた初めての傷は深く、両肩にはオリオの手放した鎌が突き立てられたまま残った。

 

しかし――まだ、終わらない。

 

声を漏らした狼騎士は最効率で振り向く、消えない憎悪を灯した瞳でオリオの事を睨み見下ろすと暴力的な殺意を暴風雨のように撒き散らした。

叫び、狼騎士は射程圏内のオリオに向けて巨剣の切っ先を突く。全身の踏み込み、シンプルだが化け物の全力で突き出される巨剣は重圧を纏い、空間を穿つと鋭い剣先がオリオの胸に迫った。

 

 

『Gu…!?』

 

「…フッ……!」

 

 

――鎌の刃先が、正確に巨剣の先を捉えた。

 

全力を込めた一撃が止まる、肩を裂かれた狼騎士はその力を半減させ本来の力を振るえない。

それにオリオの針先で針先を止めるかのような神業、極小の接面だけで巨剣を阻んだオリオの動きはまるで飛んできたワインボトルをフォークで刺し止めるかのように正確で、天性の勘と超集中によってのみなせる技だった。

 

巨剣を止められた狼騎士の動きが前に流れる、一瞬の硬直の後鎌を引いたオリオは巨剣の左縁に合わせるように回る。

そしてすれ違いざまにオリオは、今まさに生成された月鎌を振るった。鋭い鎌の刃先が狼騎士の左腹を貫いた。

 

苦痛に満ちて掠れた、余りに小さな声が狼騎士から漏れた。

貫通した鎌の腹からはとめどない量の血が溢れ、鎧の上を伝ってまた弱まった蒼炎に溶けて消えた。

 

それでも振り返ろうと狼騎士は激痛に耐えながらゆっくりと足を入れ替えた――その左太腿をオリオの鎌が貫いた。

血が溢れた、ビクンと跳ね上がる肢体、太腿を深く貫いた鎌は正確に鎧の継ぎ目を突き通しており、肉の裂ける感触と共に狼騎士の足を完全に静止させた。

自らの足を貫通した鎌に狼騎士はその手を伸ばす、激痛に耐える篭手は強く震えており炎で消せなくなった血の流れが指先まで撥ねた。

 

手甲、そして二の腕。飛来した鎌が右腕に突き刺さりバジュンッと内側に跳ね飛ばした。

二本の鎌が狼騎士の右腕を貫いている、肉体から噴出した鋭い刃先が黒い血液を地面に飛ばした。

体勢を崩した狼騎士の身体が流れた。鎌で貫かれた足が浮き、また地面を踏むと傷口から血を噴き上げた。

 

血が流れる度、狼騎士の炎は弱まる。

身体を貫いた鎌の傷は深く、風前の灯火のように震えた身体は今にも倒れかけていた。

 

――そこからは、一方的だった。

 

狼騎士の身体をオリオの鎌が貫いた。

蒼炎の隙間を走り抜けながら掌の中で鎌を増殖させた狩人は無表情にその鎌の刃先を狼騎士の鎧の継ぎ目に叩き込み、走り去る。

両肩、腹、左太腿、そして右腕の全て。新たに身体の幾か所も大鎌が貫いた、狼騎士の身体が動く前にその全てをオリオは鎌で縫い付け、刃先が肉を抉る度に血が溢れた。

もはや抵抗も無く、ただなされるがまま鎌で貫かれ続け、もはや粒と小さくなった炎で蒸化できないほどの量の血液を流し続けた。

深く、浅く、鎌が狼騎士の全身を突き刺す。腹、足、胸、背中、針鼠のように全身に鎌が残り、肉を裂いて骨にまで達した。

 

既に死んでいてもおかしくなかった。

全身を鎌で貫かれた狼騎士はそれでも立ち続けていた、地面を見据える空虚な蒼い瞳は切れかけの電球のように不規則な明滅を繰り返し、垂れた腕は巨剣を軽く握りしめていたが鎌に貫かれた部分が異様な方向に折れ曲がってしまっていた。

 

そして、遂にその膝が落ちる。

力を失った脚が折れる。ガシャリと鎧に覆われた膝が地面に落ち、全身を月鎌で貫かれた狼騎士の時間は膝立ちのまま停止した。

感情のままに燃え盛っていた蒼炎は今まさに消えようとしており、濃く放たれていた殺意もいつのまにか薄く霧散してしまっていた。

 

……最後に、その瞳に残っていた蒼炎もぷつりと消えた。

 

 

「――終わりだ」

 

 

処刑人は走る。狼騎士の首に狙いをつけて三日月鎌をその手の中で双に増やし、構えた。

脱力した獣は動かない、ただ塊のような血液をぼたりぼたりと地面の上に落としながら最期を待つ罪人のようにその首を差し出していた。

 

蒼い炎はついてくれない。全身の傷は致命傷こそ避けているが、肉は裂け、元々ひびの入っていた骨は何か所も折れている。狼はもう立ち上がることは出来ない。

初めから不可能だったのだろう、まるで夢物語のような話だったのだろう。狼騎士はここで死ぬ、自分の限界をとうに超え、傷つくことさえ厭わずに燃え続けてもまだ足りなかった。

 

――あるいは、そもそもの「目的」がそう大切ではなかったからではなかろうか。

 

所詮、一週間程面倒を見ただけの他人だ。

長い人生から見れば余りに短い付き合いの相手がどれほど大切だというのか。ただあの地下室で拾った命を自分は、いつものような気まぐれで少し面倒を見て、それを玩具を取られた子供のように取り返しに来ただけだろう。

 

何が、愛だ。ただ状況に流され、軽々しく救って、機械的に世話をしただけじゃないか。

命をかける価値など無い、そもそもアレは自分の子供ですら無い――あの子を救う必要も、理由も、俺には無かった。

 

 

 

(――――――……そんなもんじゃ…ねぇだろ…!)

 

 

 

蒼い泥の中で呻いた。

全身が痛くて仕方がない、消えていく命の灯火に寒さを震えながら両橋夏目は手を伸ばす。

微かに残った意識、唇にすがった淡い気泡を飲み込むように必死に呼吸を繰り返しながら諦めようとしている身体を繋ぎとめ、血を吐きながら吼えた。

 

 

(――――――……()()()て思ったんだ…あの子のために少しでも生きようとして、最期まで希望を諦めなかった母親に…俺は…!)

 

 

あの日見た地下室、凄惨な視界、娘を抱きしめる母親と、母親の亡骸に抱きしめられて生きていた余りに小さな命、そして、壁に刻まれたたった一つの想い。

名前さえ知らない母親と、その娘。

その人生はきっと悲嘆に暮れていた、それでも外の世界を見たことも無い娘の幸福を母親は願った。

 

そんな想いを俺は見た。

例え血肉塗れた景色の中でもその感情は美しく、温かかった。

素直に憧れた、俺の持ちえなかった感情を持つ母親と娘のその姿に。

 

 

(何より――――――――親が子供を愛するのに、理由なんかいるかよぉッッ!)

 

 

必要も、理由も、いらない。

 

例え死後だろうと、その想いは俺が受け継いだ。

例え血が繋がっていなくても、俺がこの子を守ろうと決めた。

必要も理由も関係ない、ただ俺があの子を愛してやらねば――他の誰が愛せるというのだろう、他の誰があの母親の想いを果たせるのだろう。

 

ただ俺はあの状況にいただけだ、状況の通りに少女を助け面倒を見てきただけだ。

 

だが――この思いにだけは嘘はない。

あの母親の想いに感化された両橋夏目という人間は、あの少女を愛さずにはいられなかった。この少女を愛してやれるのは、自分だけだから。

 

世界が牙を剥いても、命をかけても(いと)わない。

必要もない、理由も無い、絶対に俺はあの子を絶対に助け出す。

それが死んでしまったあの子の母親の、そして――それは――――――

 

 

――――――――俺の、願いでもあった。

 

 

 

『「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」』

 

 

 

1で足りなければ10で、10で足りなければ100で、更に前へ。

神殺しの力は想いを糧に成長する。本来それは憎悪で満ちた蒼色であり、使役者の心をも染め上げるほど濃い。

しかし――今だけは、綺麗に澄んだ水色をしているような気がした。

 

咆哮、その声はやけに人間的な声をしていた。

今一度、今までで一番強く噴き上げた炎が狼騎士の身体を纏う。

強い意志を持った瞳が駆けてくるオリオの姿を直視し、苦し気な吐息を燃やしながら残った左腕を鎧にドンと叩きつけた。

 

『鋳造』、鎧が変形する。

バキンと引き締まった鎧が全身に突き刺さった鎌の刃先を同時にへし折った、魔力で編まれた鎌は傷口に残ることなく白銀の粒子と消え去ると炎の中に消えた。

しかし傷口が治ったわけではない、鎧の下では至る所を裂かれ砕かれた傷のままになっており、このままでは立ち上がることも出来ずオリオに首を刈られるか出血で死ぬ。

 

故に――もう一度、鎧を鋳造した。

 

更に鎧が引き締まり、俺は自分の()()()()()()()()()

折れた骨が鉄で繋がれ、断裂した筋肉さえも強引に接続した。全身に食い込んだ鎧はその装いを変える、鉄片で構成されていた鎧はその網目のような隙間を無くすと密着し、スマートなラインをしたある意味前よりも「鎧らしい鎧」となると、行き場を無くした炎が全て巨剣に拠り集まってきた。

 

狼騎士の串刺具(ウルフェンハザード・エリザベート)、とでも言うべきそれは傷口を全て塞ぐ。貫通した穴を埋める銑鉄によって出血は一時的にだが抑え、砕かれた骨肉が強引に補強する。

 

 

『「Guu(ぐぅぅ)…ッ!」』

 

「…ッ!?」

 

 

右脚と、左腕。何とか動かせた二部位、激痛が走る身体を起き上がらせ狼騎士はオリオの鎌を巨剣で弾き飛ばす。

体内を鉄で繋ぎとめる荒業の肉体的負担は大きい。全身の傷はそのまま激痛を電撃のように脳髄へと走らせ、強引に動かした肉体がブチブチと砕けていくのが自分でも解った。

 

荒い息をつきながら巨剣で身体を支える。

残された体力、残された身体。頭に氷水を垂らされるような冷たさが染み始め、勝手に落ちようとする瞼が不規則に揺らいだ。

負担は大きい、既に限界など超え、無理をした身体は今にも死にかけている。だが全て、『「あの子のためなら」』、例え足一本と腕一本しか使えなくても――

 

 

『「――…絶対、取り返す…!」』

 

「…!」

 

 

殺意とも違う、強い意志。

ずれた重心、左手で巨剣を掴む狼騎士は鎌を構えるオリオを見る。

五体は使えない。残ったものは片腕と片足だけ、感覚の通わない肉体を引きずり、死に近づき、例えどんな逆境でもなお立ち向かい続ける。

 

その炎は澄んだ水色をしていた、白くも蒼くもない火はどこまでも綺麗で透明だった。

感情に呼応した炎が剣の先で波紋を広げている、焦熱が空気を揺らがせた。

 

巨剣と、鎌が握りしめられる。

立ち向かった人と『「(ヒト)」』は走り出し、地面を踏んだ。

殺し合う、その目的は。獲物同士が触れ合う度空気が揺れ、荒々しく燃え盛る広い部屋の中に生々しい戦闘音を響かせた。

 

 

「…!」

 

 

その力は先程の半分以下のはずだった。しかし優勢だったはずのオリオを狼騎士は圧倒し、右脚だけで踏み込み左腕だけで振るわれる巨剣はこれまでよりも遥かに強く、速い。

暴走状態ではありえなかった鋭い太刀筋、明確な意思の力に炎が反応し、鉄で無理やり接続されたちぐはぐな身体がいつもより良く動いた。

 

巨剣が切り上げられ、両断された模造品の鎌がオリオの手の中で消滅した。

距離をとったオリオは部屋の中心、地面に突き立てられた鎌の元に跳んで戻ると再び手の中で長鎌を増やす。

三本の鎌を構え、衰えぬ勢いで地面を踏んだ狼騎士は巧みな瞬歩で距離を詰めると身体を引きずった満身創痍の狼騎士へ交差させるように振りかぶった。

 

左腕だけで掴んだ巨剣、向けられる刃に右脚を踏み出した狼騎士は巨剣で薙ぐ。

綺麗な水色の火が灯された巨剣は極めて理論的な挙動を描き、空間に美しい水色の軌道を残した。

それは武芸に長じた者の一閃、両橋夏目の技で振るわれる洗練された一撃は、残された獣の肉体を最大限に活用し斬り飛ばした。

 

鎌と巨剣が交錯する。

もう幾度重ねたか解らない剣戟は――狼騎士が競り勝つ、左腕だけで振るわれた巨剣はオリオの鎌を押し込み、支える足を浮かした。

巨剣と触れた鎌が溶け始める。塞がれた鎧、全身を覆っていた炎はその行き先を無くし、逃げ場所を探すように巨剣へと拠り集まる。結果的に全身の熱を集積した巨剣は比べ物にならない程の熱量を持ち、鋳造せずとも模造品の鎌程度ならば容易く熔かした。

 

 

「…ッ!?」

 

 

遥かに予想以上の熱量に歪曲した鎌刃が断たれ、近くを走っていた弐本目の鎌が溶け爛れたことに流石のオリオも目の色を変えた。

オリオは残された鎌を増殖させ、狼騎士へ多彩な攻撃を繰り返す。しかし炎の一閃は向かってくる刃の殆どを融解させ、機敏に回避を繰り返すオリオの身体の端々を幾らか焼いた。

 

オリオの血が流れる。狩人の卓越した戦闘スキルを前に、片腕片足のみで前へ進む狼騎士は止まらない。

鎌を熔かし、切断し、強い一歩。ほぼ無限に増える鎌を振るい潰しながらオリオは最善を尽くして闘うが、徐々に狼騎士に追い詰められていっていた。

 

そして――オリオの手の中で最後の一本が砕け散った。

 

 

「くっ…!?」

 

 

炎がオリオの身体に食らいつく、到底生身で受けることの出来ない熱はオリオの皮膚を強く蹂躙すると跡を残す。

再びの跳躍、逃げたオリオは部屋の中央に戻ると地面に突き刺した鎌へ手をかざす、すると即座に掌へ白色の粒子が収束し始め、形を成そうとした。

 

その能力はあくまで『鏡偽月(コピーライト)』、1を2に増やすことは可能でも0を1にすることは出来ない。

故にオリオは手元の鎌が全て無くなれば一度地面に突き刺した「オリジナル」の元へ戻らなければ武器の補充は出来なかった。

 

決められた行動パターン、手持ちの鎌を全て壊せばオリオは必ず部屋の中心に戻る。獣の時には気がつけなかった、しかし――両橋夏目がそれを見逃すはずがない。

残された右足で狼騎士はオリオを追う、空で身体を回し最大限の遠心力を巻き起こすと巨剣を握りしめた左腕を千切れんばかりに振り下ろした。

 

破壊が上から、足を止めたオリオに迫る。

格段に威力と熱を増した一撃は巨爪、オリオの手元にはまだ使い潰せる模造品は生成されておらず――

 

 

「ぐ……ハァァァッ!」

 

 

――「オリジナル」、地面に突き刺していた最初にして最後の一本を手に取ったオリオは裂帛の気合と共に斬り上げた。

それは間違いなくオリオの死力だった、慢心は無く最善を尽くす狩人の全力は疾く狼騎士の左手を超絶の技巧をもって撃ち抜いた。

 

会心の一撃、巨剣を持った左手のみに当たった鎌は貫くことは叶わずただ弾き飛ばすと、金属音を奏でレベル5の筋力をもって吹き飛ばした。

狼騎士の手放した巨剣が天を舞った、武器を失った狼騎士を前にオリジナルを握りしめたオリオは意識を集中させる。

狙うは、首筋。隙間を埋めた鎧は先程のように容易く貫けない、しかし兜と装甲の隙間にある一瞬の隙間、今のオリオの集中力ならばそれを断つ事は充分に可能なはずだ。

 

返す刀、弐撃目の三日月が横薙ぎに放たれた。

左手を弾かれた狼騎士は傾いた姿勢のまま拳を握りしめる、巨剣は遠く、例え巨剣があったとしても遅すぎた。

 

 

『「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA(らぁああああああああああああああ)ッ!」』

 

 

――――バシュン、と左手の装甲が一時的に開放(パージ)されると炎が溢れ出た。

 

傷ついた全身を鉄で繋ぎ止める狼騎士の串刺具(ウルフェンハザード・エリザベート)、鉄片で構成された鎧は引き締められ『抜け道』であるところの隙間が全て埋められた姿は、その拳から炎を放っていない。

だが今まさに解放される、左手を締め付けていた鉄片が血煙を噴き上げながら焦熱を排出し、生じた隙間から捕らえられていた炎がその顔を見せた。

強い光を放つ炎が左拳を纏った、水色の焔は鉄片の網目からとめどなく噴出させて明滅した。

 

炎拳と月鎌、それで全てが決まる。

蒼炎で満ちた世界、絶えず暗がりを落とした部屋の中心、遂に雌雄が決した。

 

 

「ぐッ……!?」

 

 

――叩きつけた拳が、「オリジナル」を砕いた。

 

完全に粉砕された鎌が白い粒子になることもなく鉄片となって地面に落ちる。

熱で溶けた月鎌の柄だけがオリオの手元に残り、壊れてしまった鎌はもうこれ以上増やすことは不可能だった。

 

オリオの手の中で残された鎌の柄が蒼く膨張する、既に鋳造された月鎌は左腕の炎に侵されており瞬く間にその色を染め上げた。

オリオの手の中で光が溢れた、もはや逃れることの出来ない爆発を前にオリオは目の前の狼騎士に目を向けると、丁度回転しながら落ちてきた巨剣を狼騎士は力強く受け止め踏み込んでいるところだった。

 

――隻腕の一撃、されど避ける事叶わず。

 

掌の中で鉄が炸裂すると同時にオリオの身体を巨剣が薙いだ。遂に捉えた一撃が狩人の腹を強く叩き斬り、とても人の身では耐えられない一撃で骨を砕き肉を裂くと内臓の破裂する音を響かせながら両断した。

 

…真っ二つに裂けた肉体が一直線に宙を飛んだ。

オリオの肉体は炎を纏いながら勢いよく部屋の入口に残されていたドアの残骸に突っ込むと完全に破壊し、廊下に消えた。

 

急速に音が失せた、静寂が訪れた部屋の中にはパチパチと爆ぜる炎の音だけが時折耳に届いた。

残されたものは血と散らばった月鎌の欠片だけ、荒い息をついた狼騎士は全身の力を持って振り抜いた巨剣を下ろし、死戦を乗り越えた身体を上下させながら落ち着けた。

 

オリオ・シリウスは死んだ。

レベル5冒険者、このファミリア最高戦力であるオリオ・シリウスを倒し狼騎士は遂に激闘を勝利した。

そして――残されたものは、三人。

 

 

「…馬鹿な……オリオが倒された、だと…!?」

 

 

戦闘から離れた執務机の奥、少女の入った檻を抱え二人の闘いを静観していたヒューキ・ガルは目を見開き驚愕していた。

最強の矛であり盾、オリオ・シリウスが敗れるなど到底考えていなかったガルは予想外の事態に狼狽し、自然と檻を掴む手に力を込めていた。

 

ひとしきり呼吸を整えた狼騎士は巨剣を肩にかける、ガチャリと金属音をたてて狼騎士はゆっくりとガルに視線を向けた。

残された障害は一つだけ、遂に辿り着いた目的を前に熱い息をついた狼騎士は傷ついた身体を引きずりながらヒューキ・ガルへとゆっくり足を進めた。

 

 

「ッ…ちっ、近寄るな化け物!」

 

 

もはや邪魔をする者は残っていない。

狼騎士の串刺具(ウルフェンハザード・エリザベート)、全身の怪我を鉄牙が縫い留める。

かかる負荷は強く、前に歩くだけで自分の肉体のどこかが壊れていく感覚が走った。

左手で巨剣を掴み、右足で全身を引きずる。その蒼い瞳は怯えたじろぐ商人の抱えた鉄格子へとまっすぐに向けられており、砕けかけの足は止まること無く前へと進んだ。

 

行く手を遮る執務机が狼騎士の巨剣で粉砕され、部屋が大きく揺れる。

ひしゃげた机が真っ二つにひしゃげ崩れ落ちると蒼い炎に覆われ、五秒と経たないうちに景色の中に溶け消えた。

 

 

「く…!」

 

 

迫る狼騎士を前にさしものガルの表情からも余裕が消え失せている。

戦闘能力のないガルがこの場を凌ぐ方法は無い。オリオは死に、肥えた身体では逃げることもままならない。

狼騎士の気迫にたじろいだガルは冷や汗が噴き出してくるのを感じながら必死にシナプスを繋ぐ、出来うる限りの命乞いを考えて目を回し見上げた。

 

そして、ゆっくりと巨剣が天高く構えられた。

 

 

「ま、待て解ったこうしよう!特別に()()は譲る!金ならいくらでも払う!だから私の命だけは――ぐああああああああああああッ!?」

 

『「…」』

 

 

大上段に構えた巨剣が振り下ろされ、正確にガルの左腕を斬り飛ばした。

血が流れる。痛みに絶叫した商人がのけぞり倒れる最中、取り落とされた檻を狼騎士は慌てて受け止める。

 

ガシャンと静かに篭手が鉄格子を確かに掴んだ。片腕しか扱えない事に苛立ちながら「俺」は床の上に座り、半ば強引に檻の扉を千切ると投げ捨て余り揺らさないように気をつけながら全身の炎を消すと、左腕の装甲も一時的に閉じた。

 

自然と心が震えた、不安と心配でごちゃ混ぜになった感情が喉奥からこみあげてきた。

俺はゆっくりと手を伸ばす、黒い鉄格子は軽く歪曲しているものの頑丈で中身にまで怪我をするはずがない…していないでくれと、そう強く願った。

 

 

『「…っ」』

 

 

だから――傷一つない少女の無事な姿が見えた時、自然と涙が溢れた。

 

今朝ベッドに寝かせたままの姿。

長く美しい銀髪と紅い瞳、余りにか弱く小さな手足は雪のように白く、抱き寄せた左腕に力無くもたれかかる。

軽い、が確かな重み。怪我をしていない身体、少女が無事な事が俺にはただただ嬉しくて、とめどなく涙を流しながらだというのに苦しいぐらいの笑顔が止まらなかった。

 

深い安堵に全身の力が抜けるようだった、死力の末に辿り着いた燃える部屋の中で俺は遂に少女を取り戻した。

折り曲げた膝の上に座らせた少女を燃やしてしまわないように細心の注意を払いながら俺は軽く抱き寄せると、感情のままにひきつるような嗚咽を漏らした。

 

強い喜びに全身の痛みも消えたようだった、俺は静かに声を漏らしながら少女への想いが溢れ出て、そのまま涙になった。

()()()()()()泣くなんて生まれて初めてかもしれない。子供のように泣く姿はどこか気恥ずかしくて少し前までは絶対に出来なかっただろうが、この子の為に泣くことには何の躊躇いも抱かなかった。

 

舌の奥が塩辛くて目元も染みるように痛い…泣くってこんな感覚なのか。

でも悲しくはない。むしろ胸に満ちたこの感情は暖かくて、緊張の糸が切れた俺の心をほぐしてくれた。

涙の匂いが嗅覚をつついた、鎧の下で流した涙はそのまま炎の中に消えていき、その度水色の炎が強く揺れた。

 

 

「ぐぅうううううっっ…何故だっ!?なぜ、お前はぁっ…!!?」

 

『「…」』

 

 

右腕を両断され、文字通り全身から液体を噴き出しながら悶えるガルの姿は醜い。

握りしめられた右腕はその切断面から大量の血を溢れさせ、それを必死に止めようとして二の腕を握るガルの手で皺を服に作っていた。

 

誘拐犯、少女を奪っていった男は…マーニファミリアの店で会ったあのヒューキ・ガルという肥えた男。

何故コイツが少女のことを攫ったのか、精々コイツが少女の事を見たのは一度きり。動機などは正直どうでもいいし、こうして取り返すことが出来たので良いのだが…それ以外関りがないことを考えると少し奇妙だった。

 

 

「何故…お前はぁ…ッ……そんな価値も無い、()のために…!?」

 

『「物何かじゃねぇッ!大切な、俺の、()だ!」』

 

 

断言した。

すると驚愕の表情を浮かべたガルは痛みに脂汗を浮かべ床に這いつくばりながら俺の事を見上げる、膝をついて少女を抱いた俺を困惑と共に見つめると、ふっと下卑た笑みを浮かべた。

 

 

「フッ…情が移ったか、この化け物めッ!貴様にとってそれにいったいどれだけの価値がある!?大切などとふざけたことを抜かせ!所詮そんなものゴミだめに落ちていた廃棄物に過ぎんだろうがッ!!」

 

『「黙れぇッ!!」』

 

 

狼騎士の怒りに広大な執務室が揺れ、鳴りを潜めていた蒼炎が再び噴き返す。

何が、ゴミだ。彼女達のいたあの地下室は確かに凄惨だった、しかしたった一人の娘を護るために死んだ崇高なあの母親をゴミ呼ばわりすることは何としても許せなかった…それは、生き延びたこの子のためにも。

 

狼騎士は巨剣を握りしめる、俺がその刃を向けようとするとガルは地面に突っ伏したままその瞳を強く歪めて笑った。

…まるで、全てお見通しだとでもいうように。

 

 

「勘違いするなぁ!そもそも()()()()()の主は私だ!その娘も私の所有物の一つに過ぎない!ただ偶然に見つけたお前にそれの所有権などないッ!」

 

「なっ…!?」

 

 

変わらず少女への物扱いを続けるガルへの怒りを抱く前に、瞬間訪れた困惑に強く頭を殴りつけられたかのように愕然とした。

何故コイツがあの地下室のことを知っているのか、主とはどういう意味か。その口ぶりはまるで全てを知っているかのようであり、まるで俺のことも少女のことも全て前から解っていたかのように笑う。

 

(…ッ!)

 

思えば。

思う事すら出来なかった獣の時は気が付けなかったが、この部屋の臭いはどこかで確かに嗅いだことがある。

蒼炎で燃え盛る部屋、光と熱で揺らぐ景観、悪趣味な家具の数々は確かにどこかで見たことがあった。

 

…記憶が、一直線に繋がる。

いわく付きの家を買った自分、あの地下室を引き払った何者か――そして、生きているはずのなかった奴隷の少女(イレギュラー)

口封じ、迂闊にもあの店でガルは少女が生きていたことを知り、誘拐することを画策した。

見覚えのある悪趣味な部屋の内装と、俺の鼻でなければ解らない程微かな悪臭。その全てが目の前のコイツが同一人物だということを指し示していた。

 

つまり――地下室の彼女達も、あの母親も、コイツが。

 

 

「くっくくッ!お笑いだな、化け物が奴隷の娘を愛でようなど!まだ私が飼った方がマシというものだ!…もっとも、飽きたならあの奴隷達のように死ぬまでだがなぁ!」

 

『「――…もう、いい。疾く…死ね」』

 

 

これ以上、少女の前で一言も喋らせたくなかった。

痛みに耐えながら大声で笑い続ける商人の言葉は強く俺の精神に痛みを与え、燃えているはずの身体の芯が恐ろしいまでに冷たくなっていくのを感じた。

 

もう全て、終わりにしよう。

少女の因縁も、あの地下室の感情も、俺が断つ。

やけに澄んだ思考の中で巨剣を握りしめた狼騎士は滾らせた憎悪でガルを睨みつける、巨剣の放つ蒼炎は冷たくなびくと収束した。

 

そして俺はヒューキ・ガルに止めをさすため、立ち上がろうとすると――――

 

 

『「な…?」』

 

 

自分の意思とは関係なしに、炎が動く。

巨剣の先から零れた蒼炎が腕を伝い、まるで蛇のように鎧の上を這い降りるとスルスルと跡を残して伸び続けた。

腕から肩、そして腹の上を素早く移動し胴に巻き付いた蒼炎はその鎌首をもたげ、まるで獲物でも見定めるかのようにゆるりと周囲を見渡し、その目標を『膝の上』に定めた。

制御の出来ない炎が腹の上で牙を剥いた。完全に俺の意志に反した行動をとる蛇火は俺の膝上に座った少女をまっすぐに見つめており、まるで舌なめずりをするかのようにチロチロと空気を舐めた。

 

どうして勝手に炎が動いているのか、そして――なぜ、自らの意思に反し少女の事を狙っているのか。

 

動揺した俺の身体の上、蒼い蛇は鋭い牙を剥き鋭く吼える。

そして縦に裂けた瞳で少女の狭い背中を見定めると、軽く力を込めた後空中に飛びかかったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

私は地獄を歩いた。

…果ての無い、地獄を歩いた。

 

渡り廊下を抜けた私は大広間に辿り着いた。

蒼炎で満ちた正面玄関は轟々と燃え盛っており、至る所を煌めき熔かす綺麗な火は見ているだけで恐怖に本能がざわめくようだった。

 

砕け落ちた家の中、散らばった瓦礫の隙間からは余りに多すぎる血が流れている。

目につく限りの人、死体、命を失った眷属たちの姿を見る度に心が折れてしまいそうだった。

 

涙を流し、嗚咽と黒煙に咳込みながら私は無数の死体の転がる大広間を抜け、立ち込める煙を避けて力無く二回へと続く階段を上る。

長い廊下、蒼く燃える屋内では虐殺の限りが尽くされていた。老若男女関係なく殺された跡は濃く残り、その大半が蒼炎に包まれいくつもの影を落としていた。

全て愛した者達だった。私は絶望に声にならない悲鳴をあげながらこの惨状の中で生きている者を必死に探し、瓦礫を踏み越えよろめきながらでも歩き続けた。

 

私は地獄を歩いた。

愛する者達が路傍で燃える地獄を苦しみ悶えながら歩いていた。

 

そして――

 

 

「あ…あぁ……!」

 

 

――地獄の終点で、破壊された扉の木片と共に横たわる最愛の息子を見つけた。

 

その身は一刀両断にされ『上』だけになっている。

腰から下を失った上半身は大量の血を吐き出し、ズタボロにされ血に染まったフードはこびりついた蒼炎が覆いかぶさるように静かに音をたてて燃えていた。

まるで吹き飛ばされたような長い血の跡は廊下最奥の団長室から続いており、その目は硬く閉じられていた。

 

 

「オリオ……嘘っ…嘘ですっ……!」

 

 

崩れるように私はその傍らに跪く。

強く賢い私の一番の眷属がそこで死んでいた。

絶望に視界が揺らいだ、このまま死んでしまえたらどんなに楽かと苦痛に喘いだ。

上下を分離させたオリオの身体、散らばった内臓と血は黒く、蒼い炎が涙に反射して呼吸が辛くなった。

そして半ば虚ろにその手をオリオの身体に闇雲に伸ばすと――

 

 

「…おやめ、ください……マーニ、様」

 

「オリオっ…あなた…!?」

 

 

――蒼い炎に触れかけた、その手をオリオに制止された。

 

虫の息となったオリオは閉じられていた瞳を開き、血に塗れた掌で私の腕を強く掴んだ。

それは死力だった、死の間際に振り絞られた力は余りに強く私の腕を掴み…誰が見ても、それが長続きしない事は明らかだった。

 

 

「…何故、何故あなたがっ……!」

 

 

冷たくなった手を握りしめる。

今まさに消えようとしている命は大切で、何故失われなければいけないのか解らなかった。

何故この子なのか、他の誰かではだめだったのか、意味のない問答が喉奥で悲鳴となって漏れ出ると痛くなった…感情のままに想いを全て吐き出してしまっていた。

 

 

「…何故、あのような男のためにっ…!?……あの男は私利私欲のためにファミリアを堕落させ…そのせいで(みな)もあのような…!」

 

「…」

 

「ですがそれも…全てあなたが私の元にいてくれれば止められたはずなのに……どうして、あなたは…!」

 

「…マーニ様」

 

 

それは今までに抱いた想いの全てだったと思う。蓄積した後悔や寂しさは強く、もう()()()()()()と悟ってしまったから自然と口にした。

思いのたけを吐き出していく私の手を握りしめたオリオの身体は冷たく、零れ落ちた涙がその蒼白い手首を伝って血溜まりの中に溶けていった。

 

…そう時間は残されていない、まっすぐとマーニを見つめるオリオの瞳はどこか据わっていた。

 

 

「そのようなこと…おっしゃらないでください。…確かに、あの人は自分の目的のためにファミリアを利用しました…ですが同時に、彼ほどファミリアのために尽力した人もいなかった」

 

「ですが…!」

 

 

事実マーニファミリアがここまで成長できたのはガルが牽引してきたからだ、その商才を最大限に活用し死に物狂いで努力してこなければここまでの地位を獲得することは出来なかっただろう。

 

 

「…ですが、怪物趣味などっ……!」

 

「それは…あの人自身ずっと悩んでいました。何故自分は()()()()()()()()()()

 

「えっ…?」

 

「時折、言っていました。これは自分の生まれ持ってしまった(さが)なのだと。どうしても変えることのできない自分の欲、なのだと。そう言っていつも諦めたみたいに笑って…自らの嘘を肯定するかのように更なる凶行に手を染めていきました」

 

「…っ」

 

「私は…そんな彼を止めたかったのです。ですが、あの人には心の拠り所が必要だったから…私では、彼を赦すことは出来なかった」

 

 

何故オリオがガルの傍にいたのか、その理由。

そんなこと全然知らなかった、オリオが絶え絶えに語る衝撃的な真実は茫然とした私の心を静かに打った。

何故か涙が溢れ出た、ハッと我に返った私は再びオリオの手を両掌で握りしめた。

 

 

「……ですが!だからといって!あなたが…オリオが死ぬ必要は無いはずですッ!!あなた一人なら逃げることだって出来たはずなのにッ…!」

 

「…そんなこと……」

 

 

悲しみに任せて叫んだ私に、少し悲し気な表情を浮かべたオリオは首を横に振ってみせる。

確かめるようにゆっくりと私の掌を掴み直した、焼け落ちる蒼炎に照らされた最愛の人の姿を見下ろした。

弱々しく消えかける命の灯火は揺らぐ。しかし悲嘆に暮れた私の顔を見上げるオリオの表情は青白く、それでいて――どこか柔らかく、ゆっくりと微笑んでいた。

 

 

「……そんなこと…できるわけ、ないじゃないですか。だって…あの人は…かけがえのない……()()()()()()()()()()、ですから――家族を、見捨てられません」

 

 

そう言ってオリオは死の縁で笑った、私が『諦めていた想い』を語って目尻を緩めた。

そこには兄を想う弟の姿があった。家族という名の絆は強く、例え怪物趣味を持っていようとも、他の誰にも代えられない。…故に嫌いになってしまったら耐え難いし、かけがえないから大切に思うことができる。

 

あぁそうだ、私だって最初はそう思っていたはずだ。

彼らと過ごした日々に偽りはない。まだ幼い兄弟に出会ったあの日から私は人並みの幸せというものを感じ、愛情を抱き、この満ち足りた生活がいつまでも続けばいいと願いさえした。

だがいつの頃からだろう。彼らの成長に合わせ日常は変化し、その変化を私は受け入れることが出来なかった…親、だというのに。

 

オリオの力が更に弱まり、微笑んだ瞳の色が瞬く。

掴んだ掌が落ちかける、その呼吸に苦し気な息が混じり始めると共に微笑んでいたオリオの顔が苦痛に満ちた。

もう限界だった。それでもオリオは必死に私の手に縋りつき、何も見えなくなった眼で私の事を探して血を吐いた。

 

 

「……お願い、します…どうか…どうか…兄さんを連れて……お逃げ…ください……――様………今まで、ありがとう…ござい…………」

 

 

最期の言葉は聞こえなかった。

目の前でオリオがこときれる。その瞳は光を失い、脱力した身体が床に沈み込むと、今まで痛いくらいに握りしめられていた掌が血の跡を残して地面に落ちた。

まるで伝播したかのように震える手で私はその瞼をそっと下ろす、たった一言を伝えてくれた息子はどこか満足気な顔をして眠っており…もう二度と、目覚めることはない。

 

願わくは、このまま彼と共に眠ってしまいたい。

崩れるように泣いて、そのまま蒼炎に彼と共に溶ける事を考えた。

 

だが――涙を流す暇さえ、ないから。

 

震える手を握りしめる。

大きく息をつき立ち上がった私は長く忘れていた感情を決意に、その濡れた瞳を鋭く廊下最奥の部屋へと向けた。

 

――その感情は、『愛』と呼ばれた。

 

それは親としての当然の感情だった、ただ接し方が解らなかっただけでいつだって私は彼らの事を愛していた。

家族として見捨てられない、為さねばならないことは明白で、例え()()()()()()()()()()()()()()()厭わない。

 

月の女神は地獄を歩く。

その歩みは誰が為に、例え蒼炎に身を焼かれようとも止まることは無い、向かうは子の待つ執務室――

 

――絶対に助け出す、一人の親としての覚悟を空に浮かぶ満月はただ静かに見下ろしていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

『「――やめろッ!」』

 

 

少女に飛びかかろうとする『自分自身の蒼炎』を俺は慌てて握り潰す。

膝の上、握り潰した炎は掌でのたうちまわる、言わば主である俺の命令に従わない蒼蛇はビタビタと抵抗した後ひとりでに霧散すると消えた。

 

(なんだ…!?)

 

今までこんな事は無かった。まるで意志を持ったかのように蛇炎は勝手に動き出し、あろうことか少女に襲い掛かろうとした。

俺自身は炎を動かしておらず、ましてや少女を傷つける意思など持てるはずがない。

 

では何故『蛇』は産み出され、ましてや無垢な少女の事を傷つけようとしたのか。

そもそも蒼炎は『自分の力』として俺が完全に制御できていたはずだ。しかしそもそもこの炎は感情の塊であり、神殺しという強い目的をいつだって願っている。

 

(…炎の成長に合わせて自我を得た……いや、()()あった意思が強まった!?)

 

ここまで稼いだ相当数のカウント、千の頃から数倍にも強まった火力と神殺しの力。

加えて俺の傷は深く、強まった欲望を完全制御するほどの精神力は辛うじてしか残っていない。

故に一部の制御権を奪われた、まるでそれはコップから溢れた雫のように少量ではあるが蛇の形をとるには充分な量があった。

 

だが…だからといってそのことと少女を襲うことにいったい何の関係があるというのか。

 

(感情を燃やし…神を殺す炎)

 

炎の根底にある基本目的は『神殺し』、そして滞りなく前者を遂行するための宿主である俺の『成長』。

蒼炎の反乱だろうが例え自由になったとしてもその目的は変わらないし、逆を言えばその意志にそぐわない無駄な行動はしないはずだ。

勿論少女は神ではなく、故に炎が少女を狙う必要は無い。

 

ならば、何故――――?

 

 

『「…」』

 

 

膝の上に乗せた少女を見つめる。

取り返した小さな背中は愛おしく白く、流れる銀髪はくねったウェーブを描きながら蒼炎の光を反射させており、あの蛇に狙われる理由はやはり見当たらない。

それとも本当にたまたまだったのだろうか、制御を漏れた蛇炎に理性などなくただ目についた標的を襲おうとしたという可能性だってないわけじゃない。

 

目を閉じ考えていた俺はもう一度少女に視線を向ける。

刹那、少女の姿が紅く揺れた気がした。気のせいかと瞬きした俺の視界、やはり消えない紅い靄のようなものに包まれた少女は――

 

 

 

――少女は、手を伸ばした。

 

 

 

『「なっ…!?」』

 

 

まるでそれは求めるかのように、苦痛に悶える商人に伸びた手は雪のように白く…確かに、動いている。

今まで少女が動くことは無かった、その手も身体も今まで一度だって意思を持ったことはなかったはずだった。

 

それが何故今になって。

濃くなっていく紅い靄、困惑しながら俺はとにかくその肩に手を伸ばし――

 

――触れた瞬間、全てを理解した。

 

狼騎士の姿だからこそ解る少女の中の感情の膨大さ。

その小さな身体の中には余りに多く埋め尽くすほどの、ドロドロになった感情が詰まっていた。

故に蛇もこの子を狙った。強い感情を喰らえば炎は更に成長する、これほどまで大きく純度の高い感情はさも良質の餌に見えたことだろう。

 

 

『「……っ」』

 

 

ずっと俺は勘違いしていた。

あの地下室で少女の心はマイナスになってしまったのだとずっと思っていた。

だが実際はその逆だった。心を器とするならば少女の心は空ではなく、思考の余地も無いほど深紅に満たされていた。

0ではなく100、強すぎる想いや感情は時に人間の脳を支配する。それほどまで大切だった、失った痛みに思考領域は埋め尽くされ、幼い少女は自らの感情をどうすることもできずに口を閉ざした――

 

――『憤怒』。少女は自らの感情に飲み込まれ、それをどうすることもできない。

 

触れた部分から伝わる少女の容量超過(キャパシティーオーバー)な怒り。

余りに強すぎる感情は少女の中から意思を奪った、心は紅い液体の中で目を閉じた。

その紅の瞳に俺の姿は映ってさえいなかった、心の器に満ち満ちた粘土の高い紅い液体が静かに対流していた。

 

その感情を少女は抱かざるをえなかった。あの地下室で何が起きたかを俺は知らない。この世界で一番大切な者を…母親を失った衝撃は俺には解らない、この子の感情はこの子だけのものだった。

ただそれほどまでの感情を少女に背負わせた環境を恨んだ、自然に溢れ出る悔しさの感情に俺は涙を流しながら炎を燃やした。

 

いつだってそうだ、子供は環境を変えられない。だからこそ親は家というものを安らげる場所にしてあげなくてはならない。

だが――少女にとってあの地下室が『世界の全て』だった、環境は全て赤く染め上げられ、唯一頼れる相手さえも殺されてしまった。

 

途方も無い喪失感と憤怒、それは幼いこの子が抱くには余りに大き過ぎる感情。

自分では燃やすことも出来ない、ただ溜まった怒りは行く当ても無く少女の心を溺れさせた。

では…どうすればいいのか。()()()()()()()()()

 

 

『「くっ…ぐぅ…ッ……!?」』

 

 

答えは、すぐに解った。

少女が今動いた理由、それはずっと求めていた相手がいたからだ。

自らの感情をぶつける相手、自らの母親を殺した相手。

 

ヒューキ・ガル――少女の『復讐』は、今しか成しえない。

 

 

『「あぁぁ……ああああああああッ!!」』

 

 

背中を押すことは呆れるほど簡単だった。

許されるわけがない、それはつまりこの子に『人殺し』をさせるということだ。

だがそうでもしなければこの感情は消すことは出来ない、世界で一番大切な者を奪われた痛みは消えない…このままでは一生、物言わぬままだ。

だからといって一生消えない業を負わせるのは本末転倒だ、この子の幸せを願う俺がそんなことを推していいはずがない。

しかし何よりこの一瞬しかない。死にかけの商人を殺すにはもう時間が残されておらず、今を逃せば少女は一生復讐の機会を失う。

 

その手で殺さねば復讐は果たせない――何より、『神殺しの力』とはそのためにある炎なのだから。

 

身を屈めて苦悩した。声をあげて震えながら俺は少女の背中に絶叫した。

嫌だ、この子に人を殺させたくない。だが真に少女の幸せを想うのなら、ただ一度のチャンスを奪いたくもなかった。

状況は完璧だった。少女の中の感情は余りに大きく、心を埋めてしまった憤怒を晴らさないことには少女が世界を見ることは――叶わない。

 

(俺は…最低だ……)

 

これからすることは、人の理から外れた行いだ。

とても人の親などと誇れない。化け物だからこそ、俺が神殺しの獣だからこそできる少女への手向けはきっと残虐で…それでも、この子に世界を見せるためならば。

 

(それで…この子に明日があるのなら…!)

 

嗚咽を漏らしながらゆっくりと俺は拳を握った、完全に消し去っていた炎の明かりが瞬いた。

余りに小さな背中だった、愛おしい背中だった、今まさに自分でしようとしていることに吐き気を催し、憎悪し、叫びながら期待した。

 

俺は――爪先に小さな火種を灯す。

 

この炎は感情を糧にして燃える。

それは真っ赤な燃料の海にマッチを一本落とすかのような行為だった。

荒療治にも程がある、下手をすれば感情を入れた心の器を傷つけかねない…しかし感情に溺れたままの少女の想いを果たすにはこれしか方法が見つからなかった。

 

手を伸ばした。

蝋燭の先のようにゆらゆらと揺れる蒼炎は綺麗で、精一杯の願いを灯す。

迷いはまだあった、それでも大きく息を吐いた俺は覚悟を決めた。

 

 

『「――――」』

 

 

爪と白い少女の背中が触れたその瞬間、視界が炸裂した。

引火した紅い靄、火種となった小さな蒼い炎は少女の中に入り込むとその感情に共感するように火をつけた。

炎塊、膝の上に座る少女を中心に憤怒は煌々と燃える。とてつもない勢いの炎柱の中で俺は必死に少女を探した。

 

そしてやがて視界が晴れると――

 

 

「――ああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 

――少女は、走り出していた。

 

燃やすは憤怒。

その手には()()()()()()、長く美しい母親譲りの髪の上では感情を燃やして生まれ出た濃い蒼炎が躍っている。

少女の足はまっすぐに倒れた商人の元へ向かい、纏った全身の炎がその感情のままに少女の身体を動かした。

 

今まさに彼女のしようとしている行動、それは『神殺し』と言われた。

雄叫びを上げる少女は蒼く、紅く、白い。

譲火、その炎は美しく、どうしても少女が前に進むには必要だった。

 

膝の上から走り去った少女の背中を俺は強い後悔と共に見送った。

果たして俺の選択は正しかったのだろうか、少女の身体は果たして蒼炎に耐えるのか。

巨剣を拾い上げた俺は深く息をつく、中腰に構えたままいつでも合間に割って入れるように慎重に見守ることに決めたのだった。

 

 

 

『「…?」』

 

 

 

しかし、そんな時だった。

不意に俺の鼻孔がとても興味をそそられる臭いを捉えた。血と汗に塗れた臭いはどこか甘く美味しそうで、瞬間的に口内に涎が溢れた。

 

反射的に振り返った俺が見たものは、一人の女の姿だった。

部屋の中に入ってきたボロボロの、黒い髪を一つに結わいたその女は苦し気に胸を抑えながら歩んでおり…とても『()()()()()』に見えた、無意識に歩み出そうとしている自分に気が付き躊躇った。

 

女が泣き腫らした瞳を俺に向ける。

苦しみや悲しみが混ざった表情、しかしそれでいてその瞳には信念が込められており、確かな気迫がその意志の強さを物語っていた。

咎めるような鋭い視線。伝わってくる憎悪の匂いは濃く、それ以上に本能に訴えかけてくる欲求が熱く体内に広がった。

 

そして――凛として、震えた声が部屋の中に響いた。

 

 

「…これ以上私の大切な眷属を!家族を!絶対に!あなたに殺させるわけにはいきません!」

 

 

自分の欲望に抗いながら俺はその女の声に聞き惚れていた。

白痴蒼炎が強まる、脳内を侵す蒼に再び俺は呼吸が出来なくなるのを感じた。

まるで抑えの効かない子供のような感情は徐々に俺の事を支配し、巨剣を持つ手が震えていく。

 

女が言葉を続けた、その度狼騎士の呼吸は乱れていった。

 

 

「私はお前を!子供達を殺したあなたを許さないッ!例えこの地にいられなくなったとしても!主神として、親として、あの子を護ってみせる!」

 

『「や…め…――!」』

 

「神威…解放ッ!」

 

 

止める暇は無かった。

瞬間、光に包まれたその身体。場を埋め尽くす原始の力の奔流に晒され、俺は再び意識を失った。

 

そして――光が晴れる。

 

そこにいたのは「月」。

一切の比喩なく、蒼炎を掻き消すほどに白い光を照らし出す人型の光条。

神秘の集合体、顕現した満月の化身は黄金の瞳で下界を見下ろした。

最大限に放出された神威が反重力を生み出し、瓦礫と共に美しい裸の足が宙に浮く。

拘束を解かれた黒髪が翼のようにたなびきながら神威に染まり変色していく。

光がその身体を覆い、一際大きく輝くと――純白、美しいこの世のどこにも存在しない素材で編みこまれた長いドレスへと変化した。

 

どこかその姿は花嫁のように見えた。

美しい女神の降臨は静かで、彼女を中心にするように世界へと波紋を広げる。

神威解放、地上の神々に禁止されたその行為は天界への強制送還という重いペナルティを科される行為。

しかし同時にマーニは理解していた。その炎を見た瞬間、今目の前にいるこの化け物を地上に残してはいけないことを理解した。

そのためならば道連れでも、他の神々の為に、眷属ではない地上の子らの為に、ガルの為に戦うことに何の躊躇いも無かった。

 

 

「――アールヴァク!!」

 

 

神威を乗せた澄み切った声が響き渡る。

天を仰ぐ女神の呼びかけに世界は強く反応し、魔法何かより遥かに古く強い理によって()()()()()()

 

そしてにわかに聞こえてくる蹄の音、天上より鳴り響く力強い振動は大気を突き破る音に他ならない。

見上げた夜空、浮かんだ満月の傍を白い光が揺蕩う。彗星のように天空を横切ったそれは途轍もない速度で地上に向かって疾走するとこちらに向かって落ちてきた。

 

天井が突き破られる。

轟音とともに瓦礫が部屋中に降り、外気に触れた蒼炎が強くたなびいた。

大きく開け放たれた丸い穴から綺麗な夜空が見えた。天から飛来した『何か』は人の視力では捉えきれない程の速さで光の残像を残しながら部屋を一周すると、女神の隣に煙をたてて停止した。

 

――それは、『戦車』。

 

白銀に輝く美しい鉄馬車、二頭の機械仕掛けの馬が引くその戦車は月を運ぶ担い手。

持ち主の呼びかけに応じ参上したチャリオットは女神と同じ神威を纏い、神話の世界からそのままに飛び出してきた。

 

近寄ったマーニはゆっくりと馬達の頬を撫でる、その顔には懐かしさが詰まっていた。

 

 

「…久しぶりですね、二人とも。また私のために走ってくれますか?」

 

 

女神の言葉に馬達は鼻息で答える。

満足気に頷いた女神は戦車に乗り込みながら、再び敵意の籠った視線を茫然と立った狼騎士へと向ける。

 

 

「お前は…()()()()()()()()()()()()()()()()!人を殺し、神を殺すお前など化け物に過ぎない!」

 

『g…GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!』

 

 

高密度の神威に当てられ理性を失った狼騎士が叫ぶ。

神殺しの獣を前に銀月の女神は三日月を象った神弓を構える、荘厳な装飾の施された聖遺物は満月に照らされ透明に輝いた。

 

 

「我は月!銀月の狩人にして月運びの担い手!今古い約定により真名をもって敵を撃ち滅ぼそう!我が名マーニ!我が名は――」

 

 

今、神話が再び歩み始める。

壊れた身体で狂ったように駆けだした蒼炎の獣と、美しい光を放つ女神。

殺し合う運命に導かれた神代の戦は遂に、その口火を切った。

 

 

「――我が名は()()()()()!狩猟の神の全力をもって、お前を狩る!」

 

 

明日は、近い。

 

 

 

・・・

 

 

 




補足
オリオの能力について。
狼騎士鋳造チートに対策するための『使い捨て鎌』使い。
こんなスキルありなのかは原作準拠じゃないかもわからんね、ドリームマッチ故致し方なし。ちなみにコピーはオリジナルよりも柔らかい設定あったけどリョナ君の前では殆ど関係ありませんでした☆

マーニ改めアルテミスについて。
本来なら強制送還で地上で神威解放した瞬間問答無用にBANだった気がしないでもない。
あえて理由をつけるなら蒼炎がジャマ―になったってことでここはひとつ、というか戦わせねぇともうお前らも収まんねぇよなあ?

ちな何故マーニを名乗ってたかはまた次回!少女はいったいどうなってしまうのか!ではでは!

※報告
リョナ君は今まで26歳設定でしたが過去文章含めて21歳に改めました。深い意味は無い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。