このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。 作:みころ(鹿)
後日譚、というかとある獣と少女のお話。
あの夜の翌日。マーニファミリアの襲撃と崩壊は瞬く間に都市の噂になった。
構成員や子供まで惨殺された今回の事件は痛ましく、前庭に至ってはその殆どの土地が抉られており、何らかの魔法が使われたのではないかと考察された。
同時に複数の目撃証言も上がっており、真夜中に天を貫くような巨大な蒼い火柱がマーニファミリアの方向に見えたという人間が少なからず存在した。
そして主神であるマーニが消えたというのもこの事件の謎をさらに深めた。神威を使用して天に送還された形跡も無く彼女は完全にオラリオから消え去っており、その神性の行方はどの神にも解ることは無かった。
ファミリア間の怨恨を線に捜査を始めたギルドはまず、第一容疑者としてフレイヤファミリアを挙げた。
その理由は単純にマーニファミリアを皆殺しに出来る程の力を持つファミリアが他にはおらず、前庭の破壊痕など含めて可能な存在がそれ以外にいなかったからである。ロキファミリアならばという意見もあったが遠征中の彼らがダンジョンから出た形跡は無かった。
だがフレイヤファミリアは関与を完全に否定。
事実両ファミリアに怨恨の理由は無く、状況証拠も動機も無かったのですぐに疑いは晴らされた。
では誰がやったのか?
ギルドは凄惨な現場の調査を続けるらしいが、燃え跡から何かを見つけ出すのは難しいだろう。
人々の噂の中に様々な憶測が飛び交った、やはりフレイヤファミリアだと論じる者もいればロキファミリアがやったのだと語る者がいた。
だがその中の一人が「狼騎士の仕業だ」と言った。
忘れ去られかけていた噂、蒼い火を吐く神殺しの鉄狼。
確かな証拠はない、だが目撃証言と失踪したという女神。
人々の疑惑は深められ、遠征から戻ってきたロキファミリアが新種のモンスターの報告をするまでこの状態は長く続くことだろう。
そして、生き残った二人は今――――
・・・
「…よし、こんなもんかな」
小さな庭の片隅で作業を終えた俺は立ち上がる、片手に纏っていた蒼炎を払うと数歩後ろに下がり、出来上がった『それ』の出来を確認する。
鉄製の墓標、丸みを帯びた鈍色は輝く太陽を反射し微かに碧い光を漏らしていた。
満足のいく出来だ、地面に建てた足元のシンプルな墓は面白くはないかもしれないが頑丈に作られていた。
――『Dear.名前も知らない彼女達へ』
墓の下にはかつて奴隷だった彼女達が眠っている、棺桶にしては少し大きすぎるかもしれないが今は安らかに眠ってほしかった。
鉄を溶かして彫った文字を見下ろす、勢い余って日本語で書いてしまったが…いつか、あの子には意味を教えてあげよう。
――『そして世界で一番の母親へ、今は安らかな眠りを』
「……ハティ、おいで」
振り返る、縁側に座って静かに泣いていた少女は俺の言葉に息を飲んだ。そして俺の顔を見上げ数舜目を閉じると…覚悟が、出来たようだ、手の甲で頬を流れていた涙を拭うとゆっくりと立ち上がった。
ふらふらと、ハティはまだ歩きなれない足で進む。
余りに小さすぎる身体は存在そのものが奇跡で、今まさに変わろうとしている少女の姿が嬉しくて、思わず泣いてしまいそうになって息を飲んだ。
真っ直ぐにハティは墓に向き合う、泣きはらした両目で鉄の墓標を見つめていた。
少女が足元を通り過ぎていく、力強く握りしめられた手の中には片側が紅く、反対側が蒼い一輪の華が咲いていた。
――『抱いた憤怒は当然でした、ですがもうこの子にはもう必要ないものです』
見送った小さな背中が墓標の前に膝をつく、儚すぎるその姿にどうしようもない不安を覚えながら俺は…それでも、少女のために少しだって表情に出さないように必死になって努めた。
視線の先、ハティは紅蒼の華を抱きしめる。
今ひとたび頬を涙が伝った、珠のように輝く雫が地面にぽたりと跡をつくった。
震える肩が大きく上下する、墓前で少女は身を焦がしながら声を漏らして最後の涙を流していた。
――『あなた達の憎悪は晴らしました、それが正しいことだったかは解りませんが、もう泣かなくて良い』
…やがて、少女は強く握りしめていた片手を開く。
指先から離れた華はゆっくりと落ちる、大きな花弁は鉄の土台に軽く跳ね返り転がると供えられた。
鉄で出来た墓標、その前にかつて憎悪と憤怒を纏っていた華は静かに揺れる。
――『悲しみに花を、痛みに炎を。その心に永遠の癒しが訪れるように。』
どれだけ名残惜しくてもハティは、もうお別れだと知っていた。
一人立ち上がると、ゆっくりと後ろに数歩下がる。
隣に立った少女は
そして今にも泣きだしそうになる震える口を僅かに開くと、小さく、だが微かに風の隙間から呟く。
「……さよなら、まま」
強い風が吹く、銀髪が揺れコートがはためくと同時に華の鮮やかな花びらたちが離れると彼方に飛び立ち…ぼっ、と蒼い火の粉がついた。
――『P.S. こ の 子 は 世 界 を 知 れ ま し た』
空へと燃えゆく花びら達が、空高く、空高く飛んで、淡く溶けていくのを見上げながら、もう紅くない少女は、俺の服の袖をぎゅっと掴む。
弱々しくもしっかりと引っ張られながら俺は、ハティと一緒に空を仰いだ。
「…きれい」
「っ……あぁ、そうだな」
産まれて初めて空を見上げた少女はごく当たり前の言葉を呟く、でも何だかその一言がやけに嬉しくて、悲しくて視界がぼやけた。
揺らぎそうになった身体を今一度しっかりと立たせる、澄んだ高い空には雲一つなく、本当に、本当にこれまで見たどんな空よりも綺麗だった。
小さな存在を感じる、任されたその少女は何より愛おしく、もう二度とだろうと離したくはない。
――託された母親の願いは、いつしか俺の願いにもなっていた。
これからはこの子に、ハティにきれいなものをたくさん見せてやろう。
これからは初めてばかりだ、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に産まれて初めての世界を見ていこう。
全てこれからだ、悲しい過去にさよならを、この子の未来に祝福を。
――花弁は解けて消えた、残された少女と二人、いつまでも空を仰ぐ。
小さな狼と共に墓前に立った俺はただその柔らかな掌を、しっかりと握って離さないと花弁舞う綺麗な青空に誓うのだった。
・・・
少女はあの商人を殺したことを一生背負って生きていくことになる。ナイフが肉を切り裂く鈍い感触も、徐々に冷えていく命の温度も忘れることはなくなった。
それは悲しい事だと思う。命を奪う、例え復讐のためであったとしても、例え相手がどんなに悪い奴だとしても、残りの人生を閉ざしたという事実は残る。
とても子供が陥っていい状況じゃない、幼い子供が背負うには余りに大きく重い。
それでも、いつだって両橋夏目は少女の傍から離れることはないだろう。どれだけ間違ったって、どれだけ苦しんだって、いつだって狼は少女の味方だ。
たったそれだけで良いのだと思う。子供にとって苦しい時でも一人じゃなければ、無条件の味方でいてくれる親さえいれば。
いもしない神様なんかに頼らなくても良い。
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ではでは次回!また暫く日常編が始まりますのでごゆるりとどうぞ!