このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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てわけでハティ主の三人称視点日常回なんですが、まぁ慣れないw
もっと精進せな(でも持ち味を活かせッって勇次郎も言ってたし…まぁ両方使えて損はないか)

ほんぺ


 少女の見た世界

・・・

 

 

 

「…んぅ」

 

 

少女は布団の下で目を開く。

遠くから聞こえてくるトントントンという子気味良い音に耳をすまし、全身を包むシーツの軽やかな温度にゆっくりと瞬きを繰り返した。

気が付けば自らを抱きしめていた暖かさは消えている、微かに残されたベッドの窪みにハティはその小さく白い手を伸ばすと掴んだ。

 

 

「ぱー……」

 

 

少し心細さを感じながらハティは柔らかなベッドに腕をつき身体を持ち上げる。白い寝間着を纏った少女は何とか自らの手でシーツを払いのけ座ろうとするが、弱い筋力では上手く身体を支えることが出来ずうつぶせにくてんと倒れこんだ。

 

布団と格闘すること数十秒、もぞもぞと布団から這い出たハティはやっとの思いでベッドの上に座ると両手で目を擦る。ふさふさとした尻尾を軽く上下させ欠伸にも満たない小さな声を漏らし、ぼんやりとした視線を周囲へ向けた。

 

 

「…きれい?」

 

 

早朝の静かな日が差しこむ家の中、きらきらと輝いているように見える家具達はどこか輪郭が曖昧で青い。

澄んだ空気に満たされた空間は少し肌寒くもあるが静かで、少し遠い台所に立った黒いTシャツの後姿からはフライパンの焼けるジューという音が響いていた。

 

 

「…ぱー」

 

「ん。おぉおはようハティ、よく眠れたか?」

 

「おー…」

 

 

か細い声で呼ぶと厨房に立っていたリョナが振り返る、自作の箸を手にした(ぱー)はおきあがった自分の姿を見ると満面の笑みを浮かべ、いつものように挨拶を返してくれた。

まだ慣れない言葉に戸惑いながらハティはそれだけの事に安堵の息をつく、いつものように腕を伸ばした。

 

 

「だー…」

 

「あー今は朝ごはん作ってるから、だっこはちょっと待っててな」

 

「…んぅ」

 

 

だが今度は断られてしまう。自分よりも遥かに大きな彼は笑みを浮かべたまま振り返り、楽し気に肩を揺らしながら朝食の準備を再開した。

だっこを拒否されたことにハティは少しムッとし視線を落とすと、軽くいじけてベッドを掴んだ。

 

さて何をしよう?ハティは部屋の中を見渡す。

ここ数日のように彼はかまってくれない、少女にとって生まれて初めての『暇を潰す』という行為は全くの未知から始まった。

 

 

「…?」

 

 

まずハティが目に付けたのはベッドの上に置かれたブランケットの塊、先ほどまで自分の上に被さっていた薄布は微かに生暖かい。

試しその端を小さな両手で掴み持ち上げてみる、軽い布の集合体はふわりと空気を孕んで膨らむとまたすぐに萎んで落ちていった。

 

数度引っ張ったり押したりして遊んでみる。

とはいえただの布の塊に少女の心を惹きつけるような面白さは無い、あまりお気に召さなかったようだ。

ハティは何の変哲も無いブランケットから手を放す、少し気だるげに鼻息を漏らした少女は新しい何かを探した。

 

 

「…!」

 

 

次に見つけたのはベッド端に置かれた使い古された黒コート、彼がいつも身に着けているそれはだいぶよれてしまっているが、逆にそれが良い味を出していると言えた。

数割増し興味津々なハティはベッド上を這って黒コートの側に近づく、目の前に広げられたリョナの服を見下ろすとその小さな手を伸ばした。

引っ張ったコートをぺたぺたと触ってみる、ポケットの中に手を入れてみたり裾を持ち上げてみたりすると少なくともブランケットよりかは面白かった。

 

 

「…すぅ……すんすん…」

 

 

試しに手に取ったそれの匂いを嗅いでみる。

コートに残されたリョナの匂いは濃い、石鹸の甘い匂いの下にある染み付いた彼の匂いはいつも自分のことを撫でてくれる掌の匂いと一緒だった。

 

くんくんと嗅ぎながらハティの尻尾が自然と横に振れる。未知なる匂いの探索をしながら揺れる銀色の尻尾は座ったベッドをぱたぱたとはたき、知らない臭いと出会う度に好奇心で獣耳がぴくぴくと反応していた。

 

 

「ふんー…」

 

 

どうやらかなり満足したらしい。

ご満悦といった様子でコートから顔を離したハティは鼻息を漏らし手を放す、ベッドの上にかなり乱れたコートを置くと再び台所に立つリョナに視線を向けた。

 

しかしまだ時間がかかりそうである、せっせと朝ご飯を作っている彼はまだ構ってくれそうにない。

ハティは再び周囲を見渡してみるが、もうベッドの上に暇を潰せるようなものは残っていなかった。

 

 

「…んぅ」

 

 

意を決したハティはベッド端まで這っていく、見下ろしてみると綺麗に掃除されたフローリングの床が遠くに見えた。

いつもならリョナが抱き上げ降ろしてくれるベッド、だが今は自分の力だけで降りなくてはならなかった。

 

 

「むー…」

 

 

足を先におろしたハティはベッドにうつぶせになって降りようとする。

綺麗に掃除されたフローリングの床はハティにとって高く、ただ足を垂らすだけでは床に着くことはできない。ベッド端を掴んだハティは足先で床を探す、身体をよじりながら足を降ろそうとするが…結果的にずり落ちることになった。

 

ベッド端を緩やかに滑り落ち、床の上にぺたんと座ったハティは今まさに自分の降りてきた落差をぼんやりと見上げる。

とはいえ一人で降りれたことに特に感慨があるわけではなく、慣れない手つきで身体を支えふらふらと立ち上がると振り返って家の中を見た。

 

 

「おー…」

 

 

何か興味の引く物がないか探しながらハティは歩き出す。

素足でぺたぺたと床を踏むと張られた木板が小さく軋んだ、広い家の中には色々なものが置かれておりハティにとっていくらでも探検のしがいがあった。

 

右手には玄関、左側にはキッチンとその奥には縁側へと続く作業スペース。

キッチンに立ったリョナは未だ忙しそうだ、自由に歩くハティは獣耳をたてながら小さな歩幅で家の中を進む。

低い視界から見える世界は新しいもので溢れており、朝の静かな活力で満ちた少女は楽し気に周囲を探して散策を始めた。

 

まず向かったのは作業机のある一角、キッチン脇の食卓をとことことすり抜けてハティは作業机のそばに近づいた。

見上げるような木製の机は足が太く重厚感があり、自らの背丈よりも高い卓上は見えない。もし椅子に乗ることが出来ればハティの身長でも見る事が出来たのだろうが、重そうな椅子はしまわれてしまっておりよじ登ることは難しそうだった。

 

 

「…!?」

 

 

不意に忍び込んできた隙間風がハティの尻尾を冷たく撫でる。

ハティはブルリと震えると振り返る、見れば換気の為か縁側への引き戸が少し開けられていた。僅かな隙間からは明るい光が差し込んでおり、紅の垂れた瞳には朝日に照らされた小さな庭が見えていた。

 

あの扉の開け方は知っている、今ならば庭に出ることが出来るだろう。

好奇心のまま隙間に手を入れたハティは全身で扉を横に押す、するとガラガラと音をたてスライド式のドアは開いていき少女が通れるくらいの隙間に広がった。

 

 

「ん…ハティ?庭に降りるんならちゃんとサンダル履くんだぞー」

 

 

ドアの開かれる音にキッチンのリョナが反応する。

視界外からの言葉にこくりと頷いたハティは引き戸の隙間に身体を潜り込ませると縁側に出た。

 

少し肌寒い外気に包まれた小庭、雑草のまばらに生えた庭にはこれといって何もないが端の方には確かに鉄でできた墓標が建てられている。

縁側に立ったハティはしゃがみ見下ろすとそこには緑色のサンダルが一組置かれていた。

 

 

「んー…」

 

 

彼の言葉を思い出す。

地面に降りるためには靴を履く必要がある、だがそもそも暇を潰すためだけに降りなくてもいい気がする。

 

 

「おー…」

 

 

そのまま縁側に座ったハティはぼんやりと庭を眺める。

綺麗な緑色、見上げれば透き通るような青い空と白い雲。髪を小さく揺らす肌寒い風、どこかから漂う知らない臭いを嗅ぎながらハティは尻尾を上下させる。

周りを眺めているだけではあるが彼女にとって充分楽しい、真新しいものを探しながら少女は楽し気に獣耳を動かしていた。

 

一人の時間が流れる、縁側に座った少女は欠伸を浮かべる。

真新しい世界を眺めながら尻尾を揺らし、新鮮な空気の中で呼吸していた。

 

だが不意に――ぴょん、とその小さな膝の上に何かが乗ってきた。

 

 

「っ!?……?」

 

 

驚き見下ろしたハティの視線の先、膝の上には草と同じ色をした小さな何かが乗っていた。触角をアンテナのように揺らし、真っ黒で無機質な瞳をしたその生物は足が長く、爪があり、身体の脇には薄い翼のようなものがついていた。

 

生まれて初めて見る生物にハティは困惑し、それでも興味を消しきれずに膝の上に乗ったそれに恐る恐る手を伸ばした。

だが手が届く前にその謎の生物はまたぴょんと逃げてしまい、ゆっくりとしたハティが目で追うより断然早く雑草へ溶け込むと見えなくなってしまった。

 

ハティは結局捕まえることのできなかった生物を見送る、その瞳はどこか残念そうであったが同時に好奇心でキラキラと輝いていた。

 

 

「ハティー、ご飯できたぞー!」

 

「!」

 

 

まだみぬ生物との邂逅、それがただのバッタという虫であったとしてもハティの興味はつきない。

立ち上がった少女ははちきれんばかりに尻尾を振りながら急いで家の中に戻る、今はまだあの生物の名前も解らないけれど初めて知りたいと思った生物のことを少女は忘れないだろう。

甘い匂いのする食卓に戻ると、抱き上げるために腕を広げたリョナの胸の中に飛び込んだのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「いらっしゃいませー!…って何だ、ベル君とリョナ君とハティちゃんか!今日はどうしたの?朝修行の帰り?」

 

「はい!」

 

 

ヘスティアのバイト先、じゃが丸君の屋台にて。

ベル、リョナ、そしてその腕に抱かれたハティの三人は、朝の訓練からの帰りに部活感覚でここを訪れた。

とはいえベルにはリリとの約束があるのでそう長居は出来ない、リョナは今日ダンジョンに行かずにこのままハティと共に豊穣の女主人へバイトに行く予定だった。

 

 

「へっへっへ、まぁあのヴァレン何某じゃなければ良いさ…」

 

 

女神は下衆な笑みを浮かべている。

リョナの腕の中に納まったハティはその紅色をした垂れ目でぼんやりと朝の街道を眺めていた。

朝の街道には様々な人間が歩いている、一人として同じ姿のいない人々の多さを見送りながらハティは垂れた尻尾を振っていた。

 

 

「おほん、さて注文を聞こうか?ちなみに僕のおすすめは新作のナタネアブラ味だよ!」

 

「じゃあ僕はプレーンシュガー味で」

 

「俺はジロウ味メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ」

 

「おいおい朝っぱら飛ばすねリョナ君!おっちゃん二つ!」

 

「…ハティは何か食べたいのあるか?」

 

 

彼の言葉にハティは屋台に視線を戻す。

漂ってくる油と砂糖の甘い匂い、抱きかかえられたまま少女は身を乗り出し店の中を覗き込むとサンプルなのか幾つかのじゃが丸君が並べられていた。

 

 

「まぁ初めてだし俺が選んでもいいぞ」

 

「んぅ」

 

「うーんそうだな初めてだし普通に…生クリームとか?」

 

「あぁそれ女の子に一番人気なやつだよ」

 

「じゃあそれで」

 

 

リョナがまとめて代金を支払う。

既に作り終えていた屋台のおっさんが紙に包まれたプレーンシュガーをベルに手渡し、リョナにハティの分も含めた二つのじゃが丸君を渡した。

 

少女は目の前に差し出された揚げ物の匂いをくんくんと嗅ぐ、白いクリームのかけられたそれは甘い匂いがして美味しそうだ。

 

 

「自分で持てるか?」

 

「ん」

 

 

リョナから紙袋に入ったじゃが丸君を受け取ったハティは匂いを嗅ぐ。

小さな両手でも持てる揚げ物を見下ろした少女は落とさないように気をつけ顔を近づけると、勢いよくかじりついた。

 

瞬間、口の中に広がる甘い感触。

暖かい揚げ物のサクサクとした感触と芋の滑らかな舌触りに口内が覆われる。

そして確かめるように咀嚼し飲み込むとこくんと小さな喉が鳴った。

普通に美味しい揚げ物、甘いクリームと芋という組み合わせは悪くない。尻尾をぱたぱたと揺らしながらハティは手の中のじゃが丸君を一心不乱に食べていく。

 

 

「それでベル君、今日の朝修行はどうだったんだい?」

 

「好調です!あ、それと今日はハティちゃんも一緒に柔軟したんですよ!」

 

「へー!それは僕も見たかったなー!」

 

 

今日はリョナの誘いでハティも柔軟を始めた。

だが今まで動かされなかった身体は幼児とは思えない程固く凝り固まっており、成果が出るにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 

 

「こふっ…」

 

「はは、良く噛んで食えよ」

 

「…んー」

 

 

むせた少女の頭を彼が撫でる。

ウェーブを描く銀髪を指がかき分け、嬉しくて気持ちいい。

もぐもぐとじゃが丸君を食べ終えた少女はリョナを見上げると、彼もまた嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

「美味しかったか?口元についてるぞ」

 

「ん…んぅー」

 

「はい、取れたっと」

 

 

クリームがべったりとついて真っ白くなっていた少女の口周りをリョナが指先で押し付けるように拭う。

綺麗になった口元を自分でも触りながらハティは腕の中から彼を見上げると、丁度指についたクリームを舐めとっているところだった。

 

 

「じゃあリョナさん僕はこのへんで!じゃが丸君ごちそうさまでした!」

 

「おう、今日も頑張れよ」

 

「はい、ハティちゃんもまたね!」

 

 

話していたベルが別れを告げて、走り去った。

リョナに合わせて弱々しく手を振ったハティは視線に気が付き、自らを見ていたヘスティアを見返すと笑みを投げかけられた。

視線が上がる、リョナを見上げたヘスティアは軽く首をかしげて尋ねかけた。

 

 

「それで、最近はどうだい?」

 

「まぁ幸せですよ、可愛い娘と一緒に暮らせて」

 

「犯罪臭」

 

「愛ゆえに何だよなぁ」

 

 

そう言うと彼はぎゅっとハティの身体を抱きしめる。

少し息苦しさを感じながら少女は固い胸板に顔を埋め、回された両腕に身体を預けると家の石鹸と同じ匂いがした。

 

 

「困った事とかは?」

 

「特には」

 

「ホントに?」

 

「あぁそういえばハティに何か玩具でも買うか作ってやろうと思って」

 

「…そう」

 

 

一瞬だけ目を伏せたヘスティアと、無意識に左手を下げたリョナ。

じゃが丸君の売り子衣装で頭にぽんぽんをつけたヘスティアは顔をあげ…笑った。

 

 

「なら僕から言うことは何も無いね。何でもそつなくこなしてしまう君は安心だけど、全く頼られないってのも親としてはちょっと複雑かなぁ」

 

「安心してくださいおばあちゃん、こんなに大きくなりました」

 

「うわムカつくー」

 

 

親の親なのだから祖母でも間違いないだろう。

苦い表情を浮かべたヘスティアは毒気混じりに肩を揺らす、そして笑みを浮かべたままハティのことを見た。

 

 

「ハティちゃんも、いつでも僕に頼ってくれていいからね!」

 

 

女神の笑顔に、リョナの腕の中で首を傾げた少女は確かに小さく頷いたのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「むー…」

 

 

豊穣の女主人、厨房に立ったリョナの後姿を廊下から覗き込んだハティはむくれる。

忙しく働いている彼は全くと言っていいほど少女に構ってくれない、加えて厨房の中にハティは入ることが許されていなかった。

不機嫌に尻尾を垂らしながら少女は彼の姿を遠くから眺める、時間さえあればもっと頭を撫でたり抱き上げたりしてほしかった。

 

 

「…ぱー」

 

「ハティ」

 

 

呟いたハティの背中に声がかかる。

薄暗い廊下から厨房を覗き込んでいたハティは振り返りぼんやり見上げると、そこには若草色の制服を着たエルフがこちらのことを見おろしていた。

 

 

「…にゃ?」

 

「アーニャは仕事に戻りました、私はリューといいます」

 

「ゆー」

 

 

休憩室にいる人間が持ち回りでハティの世話をしているのだが、丁度順番が入れ替わったらしい。

時刻は既に夕暮れ、昼頃から何人かが入れ替わりでハティの面倒を見てくれた。とはいえ美少女の世話を嫌がる者はおらず、むしろ嬉々として行うものばかりだった。

 

少女はリューを見上げる。

凛とした表情で見つめてくるエルフの印象は鋭く冷たく、ちょっぴり怖い。

尻尾を垂れさせた狼人の少女は耳をぺたりとつけると僅かに目を細め、不安を覚えて眉をひそめた。

 

そんな微かに怯えている様子の少女のことをじっと見おろしたリューは一度大きく瞬きをした後、廊下にしゃがんだ。

膝丈程の少女と目線を合わせ見つめ合うと、凛とした表情のままその視線を厨房の中へと上げた。

 

 

「ハティはリョナさんのことが…お父さんのことが好きですか?」

 

「…ぱー?」

 

「はい、ぱーです」

 

「すきー」

 

 

一瞬にしてハティの耳と尻尾の元気がピンと戻る。

楽し気な笑みを浮かべた少女は振り返り、厨房内でテキパキと働いているリョナを見ると軽く尻尾を揺らした。

 

そんな天使のような少女の笑顔を見たリューは少し目を見開くと考え、呟くように再び口を開いた。

 

 

「…好き、か」

 

「?」

 

「いえ、それより休憩室に行きましょう。生憎私は遊ぶことが得意ではないのですが、リョナさ…ぱーはもう少しだけ待てば必ず来ますから」

 

「んー…」

 

 

少ししぶるハティは俯く。

目線を合わせたままのリューは表情一つ変えず返答を待つ。

そして暫く尻尾を揺らし少女は顔を上げた。

 

 

「ゆー」

 

「はい」

 

「だー」

 

「…っ」

 

 

リューに向けてハティが両腕を伸ばす。

目をそらすことも出来ない程の至近距離でその可愛さという爆弾が炸裂した。あどけない表情で小さな腕を伸ばしてくる少女の姿にリューは一瞬言葉の意味を考え、そして驚き竦んだように胸を抑えた。

 

 

「だー…」

 

「は、はい。だー、ですね」

 

 

少女の催促にリューは慌てて頷くと手を伸ばす。

その小さく細い身体に腕を回し支え、お尻を腕に乗せるように抱き上げると少女が首筋に抱き着いてきた。

香る石鹸の匂い、柔らかな感触、小さな身体。ビクンと肩を震わせたリューは腕の中に納まった銀色を見る、幼い少女は自らに身体を預けており…何とも愛らしい。

 

 

「なるほど、確かにこれは…可愛い」

 

 

少し動揺しながら、友人たちの言う事の一端を味わったリューであった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「よーし、散歩だ」

 

「さん…さんぽー!」

 

 

早足に歩く彼に肩車されながら、少女は夜の繁華街の輝きを見る。

道行く人々は楽し気で、賑やかで、赤ら顔で、少女もそんな雰囲気に当てられていつもよりテンションが高い。

尻尾を垂らし、彼の頭に抱き着きながらハティは鼻息荒く周囲へと視線を向けた。

 

 

「何か気になるものあったら言えよー」

 

 

この散歩の目的地は無い。

ただ気の向くままぶらぶらと親子は行く。

分かれ道ではハティの指さした方向に行き、時にまだ幕の降ろされていないショーウインドーを外から冷やかし、時にパルクール感覚で月夜に飛んだりした。

 

 

「どっせーい!」

 

「せー!」

 

「楽しいなーハティ!」

 

「なー!」

 

 

男と少女の楽し気な笑い声が町に木霊する。

屋上から再び人通りの多い道に(落ちて)戻ってきたリョナとハティは周囲から奇異の視線を向けられながら、特に気にすることなく歩いていく。

 

 

「あ、ちょっとこの店寄ろう」

 

 

ふと足を止めたリョナが店の中に入る。

少女がちらりと見たショーウインドーには何かこうもこもことした、家のブランケットに似た何かが並べられていた。

 

数分後、店内から出てきたハティの手の中にはくまのぬいぐるみがあった。

おろしたてのタオルのような感触をした人形は柔らかく小さい。手足が長いのが特徴的なくまさんは布と糸で上手く笑顔が造られており、新しいというか初めての玩具にハティも興奮を隠せずにいた。

 

 

「むふー……」

 

「大事にするんだぞー」

 

 

リョナの肩に座りながら少女は満足げに息を漏らし、手に掴んだ熊のぬいぐるみを何度も見る。

そして笑みを浮かべて抱きしめると、リョナの肩の上で一緒に街を見ることになった。

普段だったらもう眠くなる時間だが、昼寝をしたことと興奮で少女の目はいつもより冴えていた。

 

 

「どこか入りたい店とかあるか?」

 

 

肩車した親子と、新しく加わったくまは賑やかな繁華街を自由に散策する。

少しペースを落としゆっくりと町を見て回ると、様々な景色や人々に出会った。

少女は時に頭上からそれらを指さし、リョナは解る範囲で解説し、時折買い食いなどして楽しんだ。

 

 

「んー…」

 

「え、あそこか?あそこはハティにはまだ早いと思うが…まぁ社会勉強ってことで良いか」

 

 

ハティが次に指さしたのは路地裏にひっそりと建つ小洒落たバーだった。

穏やかな雰囲気の酒場は大衆を寄せ付けない雰囲気を漂わせており、実際穴場なのかぱっと見ただけではそこに店があること自体解らない。

店名は「ヒルデガ」、ハティの行くような店じゃない事は確かだし正直面白さがあるかは微妙だが、少女の興味は確かにその店へと向いていた。

 

リョナがバーの扉を押す。備え付けられたベルが小さく鳴り、足を踏み入れた者の耳に届く。

店内は狭く、落ち着いた雰囲気。客は少なく、バーカウンターでグラスを磨くマスターとやけに大柄な男が一人静かに酒を飲んでいるだけだった。

 

 

「…いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

 

 

壮年を過ぎた巨体のマスターが低い声で告げる。

ヤクザの頭を張っていてもおかしくないような強面の男は小さな眼鏡をかけており、その奥から覗く鋭い眼光で肩車した親子の姿を見つめていた。

そして巨大な傷跡のある無骨な手でカウンターの端を指し示すと、再び拭いていたグラスに視線を戻した。

 

頬に物理的に傷のある男にリョナは少し警戒しつつ、ハティのお腹を持ち上げると腕の中に抱き直す。

くまのぬいぐるみを持ったハティも静かな雰囲気に口をつぐみ、ただきょろきょろと薄暗い店内を見渡していた。

 

 

「隣失礼」

 

 

一人飲んでいた男の二つ隣にリョナが座る。

カウンターによくある高い丸椅子は6つしか置かれておらず、自らの身体を挟むようにしてもう一人客の反対側にハティを座らせた。

高い椅子に座った少女はくまの人形を膝の上に乗せ、カウンターの上に手を乗せると再び周囲を見渡し始めた。

 

 

「ご注文は?」

 

「あー…この子にはミルクを、俺には薄めのを何か」

 

「…かしこまりました」

 

 

頷いたマスターがグラスを用意しはじめる。

ハティに視線を向けたリョナは眺めると、笑みを浮かべてその頭を撫でた。

少しくすぐったそうにした少女は彼を見上げると、嬉しそうにくまぬいぐるみを掲げて見せた。

にっこりとした笑みを浮かべる愛らしい少女の姿にリョナは心と脳が溶かされそうになりながら人形を受け取る、その手足を動かしハティの頭を撫でると少女は目を輝かせて喜び、握手してみたりくまの方から抱き着いたりして人形遊びに興じた。

 

 

「…お待たせしました」

 

 

カウンター越しにマスターがグラスを差し出す。

リョナには水色をした綺麗なカクテル、ハティには気遣いなのか小さなグラスには牛乳が半分ほど注がれていた。

目の前に置かれたミルクに興味津々といった様子でハティは水面を覗き込む、透明なグラスに入れられた乳白色の液体は甘く乳臭い。

そしてリョナに促され少女は両手で持ったグラスに鼻ごと突っ込んでミルクを舐め始める、ふんふんと鼻息を漏らしながら舌を浸すとぴちゃぴちゃと甘い牛乳を楽しみはじめた。

 

そんなハティの様子にリョナは苦笑いを浮かべながら自らのグラスを握る、カクテルの匂いを確かめると一口飲み込んだ。

…だが、最後にリョナの目の前につまみを入れた小皿がコトリと置かれる。

 

 

「それと、これはあちらのお客様からです」

 

「?」

 

 

小皿の中にはピスタチオのようなナッツが盛られている。

いまいち奢られた理由の解らないリョナは小皿を見下ろし首を傾げる、他の客は隣に座っている男しかいないはずだし、後姿しか見ていないがあんな知り合いはいないはずだった。

リョナはグラスに口をつけたままマスターの指示した方向に振り返る、誰だかは知らないが奢ってくれることに感謝しようと――

 

 

「誰だか知らんが悪ブフッ!!?」

 

 

――が、思い切りリョナは噴き出す。

それもそのはずだ。そこにいた男は一級冒険者、猛者、先日狼騎士と死戦を演じた最強の戦士。

 

 

「お、おおお前…オッタル!?」

 

「フン…久しぶり、というほどでもないか」

 

「ッ…」

 

 

そこにはオッタルが腰かけ、グラスを片手にくつろいでいた。

盛大にカクテルを吹いたリョナは目を細めると後ろ手にハティの腰に手を回す、いつでも走り出せるように腰を浮かせ膝を曲げた。

超集中、深く意識を研ぎ澄ませたリョナはオッタルを見る。彼我の戦闘能力を考えれば逃げることは出来ない、何より彼の背後には少女がいた。

 

グラスを片手にしたオッタルは男の真剣な表情を見下ろす。

その細い瞳でゆっくりと表情を観察し、ちらりとその背後にいる少女を確認するとゆっくりと息をつき瞳を閉じた。

 

 

「生憎と、今の俺は()()()()()で休職中だ。よってお前を襲う使命も今は無い…まぁ座れ、喋ろう」

 

「…」

 

 

そう言うとオッタルは前に向き直り、グラスをあおった。

どうやら本当に敵意は無いらしい、最悪の邂逅に動揺したリョナは最大限警戒しつつも殺意を感じられないオッタルを前に席へ戻る。

それに前回の戦闘で拳を交わし、何となくだが騙し討ちのようなことをする奴ではないと直感していた…それに騙し討ちも何も、その気になれば店に入った瞬間にでも殺されていたことだろう。

 

居心地悪く座り直しグラスを掴んだリョナは隣に座ったオッタルを見る。

私服なのかシャツと長めのパンツを着た巨漢は武器を持っているように見えず、ただ酒を飲みに来たようにも見えた。

 

 

「…娘がいるのか」

 

「まぁな」

 

「そうか、意外だな」

 

 

ミルクを舐めている少女にオッタルがちらりと視線を向ける。

かつて殺しあった二人はカウンターに並んで酒を飲みながら会話を続けた。

 

 

「…つか休職って、お前」

 

「あの後主神よりお叱りを受けた、目的を達成できなかったから当然だろう」

 

「目的、か…まぁそのお陰で今の俺があるわけだし良いけど。あ、ハティこれ食うか?」

 

「んぅ…なー?」

 

「ピスタチオ、ちゃんと噛むんだぞ」

 

 

少女がピスタチオを食べる。香ばしい豆をかじると目を輝かせて尻尾をパタパタと振った。

 

 

「つか何であの時俺を見逃したんだ?お前だったら追撃も出来ただろ?」

 

「否だ、あの時既に俺も怪我を負っていた。追うことは出来ただろうが、もし追っていたら俺もただではすまなかっただろう」

 

「…てっきりあの女神に心酔してるもんだと思ったが」

 

「確かに、自分でも予想外だ。だがあの炎に焼かれ、俺の中の何かが変わった…長い間忘れていた闘争本能をお前は思い出させてくれた」

 

「……そりゃどうも」

 

 

肩をすくめたリョナは酒を一口飲む、別にそんなことを言われてもあまり嬉しくない。

 

 

「それよりも貴様の事だ、リョナ。その力と技、いったいどこで手に入れた?」

 

「ん…待て。お前ら、というかお前んとこの主神って俺が何者か知らないのか?」

 

「…さぁな。ただ俺はお前があの少年の成長の妨げになる邪悪な存在だから消せと言われただけだ」

 

「あ?何でそこでベルが出てくんだよ」

 

「我が主神はベル・クラネルにご執心だ」

 

「…!?」

 

 

衝撃の事実。

ならばリョナが今まで狙われていたのは、ただ邪魔だったからというしょうもない理由。

勿論神として何かを感じたというのも理由としてはあるのだろうが、『神殺しの獣』という概念自体には気が付いていないようだった。

 

(…)

 

今まで、フレイヤファミリアに神殺しだということをばらされないか怯えて生きていた。

だが今解放された、疑われている事に変わりはないが胸のつかえが降りた気分だった…代わりにベルが災難な事を知ってしまったが。

 

 

「あー…悪いが力については言えない、技は…世界中で修業した」

 

「なるほど、道理で面白い戦い方をするわけだ。深くは詮索しない、お前にも都合があるだろう」

 

「助かる」

 

 

一種の信頼を感じながらリョナは笑みを浮かべる。

酒がうまい、それにオッタルの真っすぐな性格は好感が持てた。

全てを語りあえるわけじゃない、それでもかつて殺しあった男たちは肩を揃えて酒を飲み交わす。

やがて酔いも回りとりとめもないことを語りながら、いつしか生活や食事といった余りダンジョンに関係ないことも喋りあっていた。

 

気が付けば一時間が経っている、どこか眠そうな表情を浮かべているハティに気が付いたリョナは席を立った。

 

 

「そろそろ行くわ」

 

「俺も良い気晴らしになった。だが忘れるなよリョナ、次会うときは…」

 

「――あぁー次は俺が奢るから、ここはお前が奢りな」

 

「な…いや、そういう意味では…!」

 

「じゃあなー」

 

 

そう告げるとオッタルの言葉も間に合わずリョナは少女とくまぬいぐるみを抱えカランコロンとドア鈴を響かせて店から出ていってしまった。

残されたオッタルは唖然とした表情でその後姿を見送る、そして大きくため息をつくとカウンターに向き直る。

 

 

「ふっ…全く、おかしなやつだ」

 

「いいのか?見つけ次第という話だったはずだが」

 

「解っている、ダンジョンで会えば容赦するつもりは無い…だが、共に酒を飲むくらい良いだろう」

 

 

新たな愉しみを見つけたオッタルは鼻で笑う。例えそれが主神に逆らう行為だとしても、グラスを片手に新たにできた飲み仲間に思いをはせ、バーの中で一人酒をあおったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 




読者の男女比年齢比が気になるお年頃、運営導入してくれねーかなー(他力本願)
ところでゾンビランドサガを見よう、とりあえず7話まで。
あとステイタスはよって言われてたけどもうちょっと待って


では次回ー
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