このダンジョンに神殺しが居ることは間違っている。   作:みころ(鹿)

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クリスマス気分で真夏回を書きました、クリスマスは実家でした、以上です
頭空っぽにして、ほんへ


 メレン

・・・

 

 

夏がやって来た。

少し前まで感じていた肌寒さが嘘のように冒険都市にはうだるような暑さが到来し、クーラーなどあるわけない人々は汗ばんだ身体で溶けながら残酷にも地上を照り付ける太陽を睨みつけていた。

今年はどうやら稀に見る猛暑らしい、日本と違って湿度が高くないのが救いだがそれでも暑いものは暑かった。

 

 

「~♪」

 

 

カラッと晴れた青空の下、一人手綱を握った俺は馬車を走らせながら鼻歌混じりに静かな振動を楽しむ。

正直こういう形での馬の扱いは初めてだったが速度もそこまで早くないし、何より馬が道を覚えているらしく手綱を握っているだけで前の馬車についていってくれるようなので楽にすんだ。

 

草原の街道を馬車が行く、見渡しの良い草原は長く小高い丘のようになっている。

強い風の吹く草原はジリジリとした炎天下の中でも涼しく、身に着けたTシャツの下にはうっすらと汗が滲む程度だった。

遠くを見れば深い森が見える。オラリオから東に半日ほど馬車を走らせた草原には何もなく、ただ馬車用の(わだち)がどこまでも丘向こうの入道雲へと続いているだけだった。

 

 

「…ぱー」

 

「ん、なんだハティ?」

 

「これー」

 

「お、ありがとう」

 

 

馬車の(ほろ)から御者台に顔を出したハティがその小さな指でつまんだクッキーを差し出してくる、シルから借りたシュシュで高めのポニーテールにした愛娘の姿は可愛らしい。

手綱を握ったまま俺はクッキーを口で受け取ると食べる、笑みを浮かべながら開けた片手で小さな頭を撫でると満足げにむふーと息を漏らしまた幌の中に戻っていった。

 

(元気そうで何より)

 

馬車酔いとか心配していたのだが今のところ問題無いらしい、クッションを持ってきているのでお尻が痛くなることはないだろうがそれでも長く馬車にいて疲れてしまわないかは心配だった。

ちらりと後ろを振り返る、幌の切れ目から覗いた馬車の中には六人。右側の席に膝の上にハティを乗せたリューとその奥には馬車酔いしてダウンしたイーミンを介抱しているコハル、左奥には自分の荷物を漁っているアーニャと何やらぶつぶつ呟いているエイナの姿があった。

 

二泊三日の海旅行、猛暑の中で集まった俺たちは観光都市『メレン』に馬車を走らせている。

 

海に行こうという話になった時俺はとりあえず知り合い全員に声をかけたのだが思いのほか人数が集まったものだ、前の馬車にはベルとヘスティア、リリ、そしてシルが乗っており空いたスペースには荷物を纏めて乗せていた。

脅威の女性率八割強、男の知り合いというとオッタルぐらいしかいないし既に11人というかなり大所帯だ、これ以上の増員は望ましくないだろう。

ともあれ楽しみであることに変わりはない、海遊びなど久しくしていないしハティに海を見せられる楽しみもあった。

 

 

「…第一違反なんですよ違反、冒険者を都市の外に出しただけでも懲戒免職ものなのにそれに同行とか…同行とか…!」

 

「まだ言ってんのかよエイナ、お前海行きたくないのか?」

 

「そりゃ行きたいですけど!ギルド職員としての使命がぁ~!」

 

 

呻いているエイナに肩を竦め俺は御者の仕事に戻る。

何でも一般人よりも遥かに力の強い冒険者達は世界情勢のパワーバランス的にあの都市から出ることが原則禁止されているらしい、ぶっちゃけた話今回の旅行は規則違反なのだがアイズみたいな有名人ならまだしも無名ファミリアの低レベル冒険者が数人居なくなった程度気が付かれるはずもなかった。

 

再び前方に視線を向けた俺は欠伸混じりに手綱を握る、そろそろ変わらない景色にも飽きてきた。

それに体力的には問題ないが振動で尻が痛い、これから泳ぐと考えると中々痛い。

そろそろ退屈になってきた、ぼんやり考えていると前の馬車の幌から白い頭が飛び出した。

 

 

「ん、どうしたベル?」

 

「御者さんからの伝言でっ、もう少しで着くらしいですっ」

 

 

前の幌から顔を出したベルが必至な表情で伝言を告げ、まるでゾンビに掴まれた生存者のようにまた引き戻されていった…中の様子は想像に難くない。

前方に目を向ける。緩やかに続いていた丘陵は遂に終わりを告げ、なだらかな下りへと車輪が入る。

 

 

「…!」

 

 

瞬間、視界が広がる。

代り映えしなかった草原の彼方、横に広がる群青色の輝きとその麓に見えるカラフルな街並み。

見えたのは観光都市メレン、その奥に広がる雄大な――海。

 

 

「ハティハティハティ!」

 

 

慌ててハティを呼ぶ、振り返って幌を捲るとハティはリューの隣でくまぬいぐるみと戯れているところだった。

ぴくりと獣耳を反応させた少女が首を傾げる、腰かけていたクッションからおりて近づいてくると御者台によじ登り座った。

 

 

「なー…?」

 

「あれが海だぞ!海!」

 

「…?」

 

 

まだ遠いが数キロ先に見えた輝きを俺は興奮気味に指さす、俺の隣に腰かけた少女は背筋を伸ばしその紅い瞳にキラキラとした輝きを写すと…疑問符を浮かべて固まってしまった。

事前に多少説明はしているが、確かに初めて海を見たとしてそれが何かを理解できるとは限らない。

町へ続く緩やかな坂を下る馬車を操りながら俺は少女に笑いかける、徐々に広がっていく大海原を眺めると不意に運ばれてきた潮風がぴりぴりと鼻先をくすぐったのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「では二日後にまた来やす、楽しんでー」

 

「おう、頼んだ」

 

 

支払いを終えた馬車業者のおっさんに手を振り二台の馬車が連なって去っていくのを見送る、後続の馬車に誰も乗っていないのを見るあたり本当に手綱を握っているだけで良かったらしい。

振り返ると自分の荷物を取り上げる、はちきれんばかりに物の入れられたリュックサックは重い。すぐそばには麦わら帽子を被ったハティがキャミソールワンピースと熊ぬいぐるみの上半身が覗くシンプルなポーチという出で立ちで俺の事を見上げていた。

 

メレン、町はずれのキャンプ場。林にあるあまり人気のない宿泊地にはまばらにテントが張られており、その奥の森林手前のスペースには何件か木造のコテージが建てられていた。

今回の旅行中はこのコテージを貸りて泊まる予定だ、テントの方が安くは済むがこの人数だしせっかくなので部屋の多い屋内に泊まることになっている。

 

 

「鍵借りてきたよー」

 

「入るべ入るべ」

 

 

鍵を受け取りに行っていたヘスティアが戻ってくる、ガチャリと開けられたコテージの扉に全員が雪崩れ込むと。

コテージの中は二階建ての木造建築になっている。入ってすぐのリビングには小綺麗なカーペットが敷かれ、歓談用のスペースがソファと広いテーブルなどが置かれていた。

右奥にはキッチンスペースがあり簡単な料理などが作れそうだ、反対の左奥には吹き抜けになった二階へと続く螺旋階段と風呂場など水回りとトイレが確かにあった。

がやがやと全員で階段を上る、柵越しに下を見下ろせる二階は横に長い廊下になっており左右に三つずつの扉があった、どうやら部屋は六つらしい。

 

 

「よしお前ら荷物置いて着替えたら浜辺で集合、とりあえず海行くぞ海」

 

「どこの部屋なら海見える?」

 

「左でしょ左」

 

「ベルく~ん、一緒の部屋泊まろうぜー!」

 

「えっ!?」

 

「男はこっちだ、こっち。ハティもたまには別のところで寝るか?寂しかったらいつでも来れるし」

 

 

結局俺とベルが一番右端の部屋、その隣二つが空き部屋になり、左端の部屋がイーミンコハルアーニャ、その隣がヘスティアリリエイナ、そのまた隣がシルリューハティという風に別れた。初めての一緒じゃない夜ではあるがシルとリューと一緒だし問題無いだろう、それに寝る場所が違うだけだしすぐ会えた。

 

荷物を持った俺はベルと共に右端の部屋に入る。丁度海とは反対側のこの部屋は窓から海など見えない、代わりに青々とした森林が見えた。

ベッドが二つ置かれた部屋には小さな椅子と机、大きめのタンスが設置されており、宿泊施設としては問題ないだろう。

 

 

「お前どっちのベッドが良いとかある?」

 

「いえ特にはー…」

 

「じゃあ俺手前のベッド~」

 

 

夜這い対策として奥のベッドに寝かせる、決して手前の方が楽だからとかではない。

自分のリュックサックをベッド上に置いた俺は上蓋を開ける、パンパンに詰まっているリュックサックからとりあえず着替えや麻布に纏めた生活用品を取り出すとこの前買ってきた自分とハティの水着を取り出した。

 

 

「忘れてた、ちょっとハティに水着渡してくる」

 

「あ、はーい」

 

 

着替え始めているベルを背後に俺は部屋から出る。手に持ったのはハティの身体にあったスカート付き赤ビキニ、可愛い。

ハティのいる部屋に俺は向かう、水着を片手に茶色の木扉をノックすると返事と共にがちゃりとドアが開けられた。

 

 

「リョナ、どうしました?」

 

「あぁちょっとハティの水着を届けに」

 

「なるほど、丁度探していたところだ」

 

 

顔だけを出したリューに水着を手渡す、僅かに開けられたドアからはハティとシルの声が聞こえてきた。

扉の中からハティとシルの会話が聞こえてくる、ついさっき離れたばかりだが上手く出来ているかどうか気になった…少しぐらい問題無いだろうと僅かに空いたドアから覗き込もうとした。

…が、リューの白く綺麗な指に視界を遮られる。

 

 

「着替え中です、覗きは犯罪ですよ」

 

「あーハティが気になって、もうシルが着替えてたか」

 

「いえ、私です」

 

「は?」

 

 

確かにリューは扉から首の下を出そうとしない、確かにその肩にはブラジャーの肩紐が覗いていた。

まさかの下着で応対である、見ればその頬は僅かに紅潮しているような気がした。

 

 

「じゃあ何で下着で出てきた…」

 

「まさかあなただとは…あ、あまり見ないでください」

 

「俺もうアンタの恥ずかしいの基準解んねぇよ!」

 

 

この前は強引に犯そうとしたくせに今は下着で恥ずかしがっているし、痴女なのか生娘なのかはっきりしてほしい。

何はともあれ目的は果たした、水着も渡せたことだし自分の息をついた俺はその場を離れようとする。

 

 

「じゃあ俺はここで…」

 

「待ちなさい」

 

 

行きかけた俺の手がリューに掴まれる。咄嗟だったからかとてつもない腕力が腕を圧迫し、振り返るとリューの強い眼光と目が合った。

 

 

「…忘れていませんよね?」

 

「あー…」

 

「約束です」

 

 

実は今回の旅行にはサブミッションがある。

それはベルとシルを付き合わせる手伝いをする約束、それは勿論今回の旅行中も適用される。何でも彼女曰く今回はチャンスらしい、よってこの旅行中は二人で協力して恋愛を手伝わなくてはならなかったりする。

まぁ旅を楽しむことについては一致しているが、幾つか考えているレクリエーションの中でベルとシルをくっつけるように立ち回らないといけなかった。

そういう約束である、正直面倒くさいが約束は守りたい…というか今の問題は別にあった。

 

 

「あー…その、解ってはいるんですけど」

 

「ふむ、なら良いのですが。何か気になることでもあるのですか?」

 

「下見えてる、下」

 

 

俺の腕を掴むことに意識を集中させ過ぎたのか、気が付けばリューの下着は露わになってしまっていた。

見られている事に気が付いたリューは今度こそ赤面して胸を隠す、そして俺の事を睨みつけ目にも止まらぬ動きで腹に蹴りをいれ、勢いよく扉をバタンと閉めた。

 

 

「…とりあえず、水着着るか」

 

 

理不尽な腹の痛みに耐えながら、俺は自室に戻るのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「ゆー…なー?」

 

「あぁ、あれはヤシ。上についている実の中にはジュースが入っているとか」

 

「じゅー…」

 

 

キャンプ場から続く雑木林の中、木の板が並べられた遊歩道を手を繋いだリューとハティが歩いている。

影の多い林の中は涼しく、南国らしい植物の生えた遊歩道はサンダルでも歩きやすい。

ハティはいつものように知らないものを指さす、散歩しながらリューは逐一答えていた。

 

既に他の全員はこの遊歩道を抜けた先のビーチに遊びに行っている、ハティの水着を着替えさせる時間で同室のシル含め他全員は既に海へ走っていってしまった。

遊歩道はそれほど長くない、少女の歩幅に合わせて歩いていくと程なくして雑木林は途切れ光が満ちた。

 

透き通るような青空には潮の匂いのする太陽、目の前には輝くようなビーチ。

白い波の寄せる砂浜には既に様々な人たちががやがやと騒がしく遊んでおり、幾つものシートとビーチパラソルがまばらに並んでいた。

キャンプ場から数分で来れるこのビーチはそのままメレン中心部の海岸にまで続いている、歩いて行けば十分ぐらいで町にまで行けるし買い出しもそう難しくないだろう。

正に夏、陽気な空気に包まれたビーチは暑い。

 

 

「さて…まずはリョナを探しましょうか」

 

 

喧騒に近い砂浜の中で人を探すのは難しい、見渡しても彼の姿はどこにも見えなかった。

ふと自分の姿を改める、黒いビキニとその上に着た薄手の白いパーカーはどちらもシルに見繕ってもらったものだが地味過ぎないだろうか。

例えば参考までにハティの姿は銀髪ポニーテール赤いフリル付き水着と可愛らしい。彼が買ってきたのなら良いチョイスだろう、その綺麗な瞳の紅色とよく合っていた。

 

 

「ハティ?」

 

「なー?」

 

 

そう言ってハティが指さしたのは海、キラキラと輝く波打ち際を紅い瞳でジッと見つめた少女は興味津々と言った様子で動かない。

リョナを探そうとしていたリューは足を止める、海を口で説明しようとするが難しい事に気が付いた。

 

 

「…先に海を見に行きましょうか、あれは見た方が速い」

 

 

柔らかく小さな手を握ると歩き出す、砂浜にざくざくと足をとられながらハティと共に海岸線に向かう。

シートやパラソルを避けながら波打ち際まで歩くと濡れて固まった砂にサンダルの底が軽く埋まった。

 

 

「ほら、これが海ですよ」

 

「…!?」

 

 

波打ち際に立ったハティが目を見開く、近づいてくる波の音に驚いたのか慌てて逃げる。

くるぶしあたりまで海水に浸かったリューに助けを求め必死に腕を伸ばす、しかし表情を変えずリューはその場にしゃがみこむと指先でちゃぷちゃぷと海水かき回した。

 

濡れて重い砂をすくう、視線を合わせたハティに微笑みかける。

すると怪訝そうな表情を浮かべた少女も同じようにしゃがむ、ちゃぷちゃぷと海水を指先で触ると泥をつまみ持ち上げた。

波が引いていく、ハティの足の周りを細かな砂が流れていき、今まで感じたことの無いくすぐったさに声が漏れでたようだった。

 

 

「ふむー」

 

「波を掴まえるのは難しいですね」

 

 

引いていく波を掴まえようと手を伸ばすハティに笑みを向けながらリューは立ち上がる、再び寄せてくる波にハティが流されないようにその小さな背中を抑えた。

波と共に昆布が流れてくる、しゃがんだハティのお腹に寄せてきた波がぶつかり尻餅をついた。

 

 

「…なー?」

 

「ん、それは…」

 

 

ハティが海の中から布のようなものを持ち上げる、紐のついたそれは明らかに女性ものの水着の一部であった。

恐らく落とし物だろう。波に流されてきた水着がここにあるということは持ち主はかなり困っているだろう、ハティから水着を受け取ったリューは周囲を見渡し探してみる…が人混みの中でそんな人間を見つけるのは難しかった。

 

 

「ゆー、なー?」

 

「またですか」

 

 

リューの足元でパシャパシャと波で遊んでいたハティが再び何か見つけたらしい。

水着片手に振り返ったリューは少女の指さす方向を見ると、波によって漂着した何かが浜辺に残されていた。

…それは上半身裸の猫人のように見えた、というか間違いなく知り合いだった。うつぶせに脱力したアーニャっぽい誰かの周りを砂が引いていく。

呆れと共にリューはそのそばに近づくと、同じく流れ着いていた木の枝を拾い上げそのまま躊躇いなく振り下ろした。

 

 

「いてぇッ!何するにゃッ!?」

 

「いえ、たまたまです」

 

「そうかたまたまなら仕方ないにゃ」

 

「それよりも前を着なさい、ほらこれ」

 

「あれ、何でリューがアーニャの水着を…波に飲み込まれたところまでしか覚えてないにゃー」

 

 

水着を手渡すとアーニャが手早く身に着ける、いったいどこから流されてきたのかは知らないが誰かに裸を見られてもいないだろう。

アーニャの髪についた泥をとる、息をつき立ち上がるとアーニャもまた立ち上がった。

 

 

「いやーさっきまでイーミン達と遊んでたんにゃけど、ここどこにゃ?」

 

「さぁ…ところでリョナのことを知りませんか?ハティを届けなくてはならないのですが」

 

「あぁお得意様にゃらあそこのパラソルいると思うにゃ」

 

 

そう言ってアーニャが指さしたのは遠くにささった青と黄色のパラソル、どうやらそこにリョナはいるらしい。流されてきたときはどうなることかと思ったが思わぬ情報源だった。

 

 

「アーニャも来ますか?」

 

「うんにゃ、アーニャはイーミン達探すにゃ」

 

「そうですか、では行きますよハティ」

 

「おー…」

 

 

波と遊んでいたハティを立たせるとアーニャに別れを告げ、教えて貰ったパラソルの元にまで歩き出す。輝く太陽の下、夏休みはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

一方その頃、砂浜に敷かれたレジャーシートとたてられたパラソルで出来た影の下で俺はずっと日曜大工まがいのことをしている。シートの上には木材や金属が少ないが並べられており、中心に座った俺は適宜素材を取って作業を続けていた。

だがレクリエーション係として、ひいてはハティを楽しませるための下準備を怠るわけにはいかない。

 

 

「…釣りもしてぇな、後でベル誘って…船借りて海に出るのも良いな…」

 

海の家でボートと釣り竿を借りられることは確認済みだ。岩場から糸を垂らすもよしボートを借りて海釣りもよし、もし魚が釣れたら料理にするのも悪くないだろう。

影の中作業しながら考える、ふと視線を上げれば燦燦と輝く太陽の下蒼い海で楽し気に浜辺で遊ぶ様々な人々の姿が見えた。

漂ってくる潮風で普段より鼻が利かない、どこかで仲間達が遊んでいるはずだがどこにいるかまでは解らなかった。

 

 

「…ん?」

 

 

作業を続けていると誰かの影が視界に入る、物を作りながら俺は視線を上げると緑色のシンプルな水着を身に着けたエイナが立っていた。

メガネをつけていないエイナは既に疲労困憊といった様子で荒く息をついており、そのままパラソルの影に膝をつくと水着のままシートの上に倒れ込んだ。

 

 

「ほれ、水」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

 

水筒を渡すと死にかけのエイナが受け取る。赤く頬を火照らせた彼女は腕だけ伸ばし水筒を受け取ると、生暖かい水を勢いよく喉を鳴らしながら飲み下し口を離すと疲労からか強く長く息をついた。

 

 

「ひぃ…つら…」

 

「辛いってお前まだ海に着てから一時間も経ってないぞ」

 

「だって普段こんな動かないし…イーミンさん達意外と体力あって…」

 

「デスクワークの悪い所だな、無理すんなよ」

 

 

体力の尽きたエイナは水を飲み終えると再び倒れ込むと仰向けに寝始める、若いし影で休めばまた遊べるようになるだろうが冒険者でもないエイナは脆弱だし日射病などには気を付けて欲しかった。

背中の見えているエイナを尻目に作業を続ける、丁度手の届くところに彼女のお尻があるのだが流石に触るわけにもいかなかった。

 

 

「リョナさ~ん…ここ寝心地悪いんですけどぉ…どうにかならないんですかぁ…」

 

「無茶言うなよ、それともいったん部屋戻って休むか?」

 

「一人とかいやぁ…もっと遊びたい…」

 

 

くぐもった声のエイナと会話する、どうやら遊びたい気持ちだけはあるらしい。

浜辺にシートを敷いただけでは寝心地が悪いのも当然だ、疲れているエイナにとってここはとてもじゃないが休みやすい環境では無いだろう…かといってどうにかする方法も無いのだが。

うつぶせに寝たエイナは呻きながら視線を上げる、そして作業を続けている俺の身体をジッと暫く見つめると、ふと思いついたように口を開いた。

 

 

「…リョナさんの身体って男らしいですよね」

 

「ん、そりゃな」

 

「というかまた傷が増えてません?」

 

「そりゃな」

 

「もー」

 

 

鍛え上げた傷だらけの肉体は普段着痩せしている分浮き上がって見える。広い肩幅と厚い胸板には余分な肉が一切ついておらず、完成された身体は逞しく男らしいと言えば男らしい。

傷だらけの広い背中を眺めながらエイナはうつぶせに息をつく、生返事に作業を続ける後姿を眺めながらその疲労を癒していた。

互いに無言でただ時間が過ぎる、どこか浜辺の喧騒を遠く聞きながらパラソルの下で他愛ない会話をしながら過ごしていた。

 

 

「…ここでしょうか?」

 

「ぱー…!」

 

「おーハティ、リューさんに連れてきてもらったんだな」

 

 

ハティをつれたリューがパラソルの中を覗き込む、瞬間俺の姿に気が付いたハティが目を輝かせぴょんと抱き着いてきた。

ちょっと暑い、濡れた肌からは海の匂いが漂っておりどうやら既に海に入ったようだった。

 

リューがシートの中に入ってくる、黒いビキニの上に白いパーカーを身に着けたリューはエイナと反対側の空いたスペースに女子座りで腰かけるとサファイア色の瞳を穏やかに瞬かせ、微笑みを向けてきた。

 

 

「すいません、先に海へ連れていってしまいました」

 

「まぁそれは良いんだが…反応は?」

 

「…大変、愛らしい姿でした」

 

「ほう…また後で詳しく」

 

 

ある意味共通の趣味かもしれない、ハティを愛でるという事に関してだけ二人は本気だった。

俺のかいたあぐらの中にハティが座る、嬉しそうな少女の尻尾と髪が胸と腹をくすぐった。

エイナが

 

 

「…あれ、リョナさんとリューさんってそんなに仲が良かったですっけ?」

 

「あぁハティの世話を焼いてくれてな、利害の一致みたいなもんだ」

 

「利害の一致…そうですね。リョナとは職場を共にすることになった仲ですし、彼には色々と助けられている」

 

「…へー、そうですか」

 

 

どこか影のあるエイナはうつぶせに寝転がったまま顔を逸らしてしまった、不機嫌そうだが理由は解らない。

無視してハティに視線を落とす。海に入ったという身体は一部砂がついており、海水は乾いたようだった。その子供特有の肌は弱い、白い皮膚は以前に比べたら健康的だがこの日差しの中何の対策も無しに外で遊んだら焼けてしまうだろう。

 

 

「ハティ、日焼け止め塗ろうか」

 

「…ひやー?」

 

「そう、ちょっとぬるぬるするぞ?」

 

 

作業をしていた素材たちを脇にどかし俺はハティを立たせると、遠くに置かれていた日焼け止めの入ったボトルを手に取った。ぱちんと蓋を開き中身を手のひらに絞り出すと、乳白色の液体が結構な量溜まった。

花の匂いのする日焼け止めに興味津々なハティはくんくんと鼻を動かしている、そのお腹にぺとりと乳液を撫でつけると身体をビクンと跳ねさせた。

 

 

「ひうっ!?…ぱー…やぁー…!」

 

「大丈夫大丈夫、任せておけばすぐ良くなるから」

 

「んぅ…」

 

 

字面だけ見ると犯罪だが断じてただの日焼け止めである。

くすぐったそうなハティの全身にあくまで真剣な俺は、手に取った日焼け止めを余すところなく塗っていく。細い内股や足首、腕、お腹から背中にかけて満遍なくオイルを塗っていき、最後に首筋と頬に乳白色の跡を残すと擦り伸ばした。

 

 

「よしよし、くすぐったかったな」

 

「すんすん…おー?」

 

 

日焼け止めを塗った身体からはちょっぴり甘い匂いがしており、先ほどまでくすぐったそうにしていたハティも今では嬉しそうである。

自分の匂いを嗅ぎ始めたハティの様子に微笑みを浮かべ俺は息をつく、赤い水着を着たハティは本当に可愛らしい。

合流も出来たことだし一度作業を中断してハティと共に海に行くのも悪くない、海中で目を開けるのは良くないが多少泳ぎ方を教えるのも良いだろう。

 

 

「…ところでなのですが、やはり日焼け止めは塗った方が良いのでしょうか。このような薄着と日差しは初めてでして」

 

「ん、まぁ火傷だからなぁ…発がん性、はともかく肌の為には絶対に塗った方が良いかと」

 

「なるほど、少し借りてもいいですか」

 

「あぁどうぞ」

 

 

日焼け止めの入ったボトルを手渡すとリューは手にした容器に目を落とす、既に塗った後の消えたハティを見るとやっぱり塗ることにしたのか蓋を開けた。

リューは羽織っていた白いパーカーを脱ぐと丁寧に折りたたみシートの脇に置く、黒いビキニを身に着けた姿は思った以上に起伏に富んでおりかなり扇情的だった。

 

そんなことを考えながら脳内フォルダの容量を埋めていた俺に蓋の開けられたボトルが渡される、困惑するより早く目の前にリューが寝転がっていた。

 

 

「では、お願いしますリョナ」

 

「…え、何が?」

 

「私だけでは手の届かない場所もありますので」

 

「「!?」」

 

 

うつぶせに寝たリューが水着の肩紐をほどく。固く結ばれていたビキニがはらりとシートの上に落ち、豊満な横乳が押し付けたシートの形そのままにたゆんだ。

きめ細やかな肌、細く柔らかな肢体、目の前に広がる白い背中を前にボトルを片手にした俺は燦然とした事実を受け止めきれずにいた。

 

(お、おおお落ち着け俺は童貞じゃない…!?)

 

説明しよう、俺は童貞じゃない。何なら日焼け止めを塗るなんて行為がちゃちに思えるようなこともしてきた。

だがしかし長く続いた禁欲生活、性欲を溜め込んだ俺には刺激的過ぎる最上級の身体、それだけで俺の理性は揺らぎ、刺激物に対する耐性と思考は童貞にまで低下してしまっている。

 

(許されるのかそんなことがっ…!?)

 

ハティの目前である、正直この極上の身体に触れて我慢できる気がしない。

愛娘の前で無様なテントを張るような真似は絶対に嫌だ、父親としての威厳もそうだがこの海パンが耐えられるかどうか正直怪しい。

それでも据え膳であることに変わりない、男として好みの女からの誘いを断りたくはない。何よりただ日焼け止めを塗るだけの作業だ、別にやましいことでもないのかもしれなかった。

 

生唾を飲み込んだ俺はボトルから日焼け止めを手に取る、そのいかにも触り心地のよさそうな柔肌を見下ろし俺は理性が溶ける音を聞きながら手を伸ばした。

 

 

「――ちょっと待ったぁぁぁぁッ!!」

 

「ぐおっ…!?」

 

 

渾身のストップ、今まで顔を背けていたエイナが上体を起こし日焼け止めを持った俺の手を強く握って止めてきた。

あと少しである、あとほんの数センチで俺は一線を越えていたというのにこのハーフエルフに邪魔された。

 

 

「貴様っ、我が覇道を邪魔するかッ!?」

 

「は、覇道!?いやそんなことよりも男女で日焼け止めをっ、その塗るなんて…そんなこと破廉恥です!」

 

「破廉恥!?はぁ~どこらへんが破廉恥か教えて貰いたいもんですなぁ、この淫乱エルフ!!」

 

「淫乱!?」

 

 

怒りと恥辱でエイナの表情が真っ赤に染まる、女子の腕力ではあるが手首をつかむ腕がギリギリと締め上げられ興奮からか身体がどんどんと近づいてきた。

こいつ無関係なくせに何をここまで躍起(やっき)になっているのだろう、同族というか同性だからだろうか。

 

 

「ハティちゃんの前で卑猥な事しようとしてるあなたに言われたくありません!この変態!」

 

「ぐっ…!?」

 

「第一!エルフは親しい人間でもない限り身体を触られるのは嫌うんです!特に男!!リューさんも触られたくないですよね!?」

 

「私は別にリョナならば問題ないですよ?そもそも私から誘ったことだ」

 

「なぁっ!?でもこんな公衆の面前でそんなこと…」

 

()()()()()()()()()()、触られることに抵抗はありませんから」

 

「…っ」

 

 

見上げたリューとエイナの視線が交差する。変わらないリューとは対照的にエイナの表情は困惑や動揺など様々な色に移り変わり、息をつくと最後は真剣な表情になった。

時間にして一瞬、見つめ合った二人の女の合間にはピリピリと緊張した空気が漂っている。

 

エイナが俺の手を離す。隣に立った彼女は深刻な表情で俯き震えており、その表情は良く見えないがさっきよりも真っ赤になっているような気がした。

そして何か吹っ切れたようにガバリとリューの隣にエイナがうつぶせに飛びつく。

 

 

「だぁぁああっ!もう、私だってリョナさんとは長いんですから!肌に良いって言うなら私にも日焼け止め塗ってください!!」

 

「え、なに張り合ってんのお前?」

 

「ッ――――良いから!早く!」

 

 

エイナが自らの水着の紐を外すと、シートの上に水着の端が落ちた。

リューほど大きな胸は無いが女性らしい丸みを帯びた柔らかな身体は綺麗な肌をしている、うつぶせに寝転がり圧迫された胸は寄っており、白い肌をした背中と腕は充分すぎるほど刺激的過ぎる。

 

目の前に若いお尻が二つ並ぶ、もはや経緯は解らないが美女二人に日焼け止めを塗る権利を得た。

俺の中の獣が言っている。ユーやっちゃいなよと、子孫を残しちゃいなよと。

 

(『いや別に言ってないけど…』)

 

神殺しの獣から返答が来た、尊厳の問題らしい。

ともあれこの状態で二人の身体に触れれば確実に自我が崩壊し海パンがお釈迦となる、自分の身体のことは自分が一番解っていた。

 

ハティを見る、マイペースに砂を弄っている少女の前で化け物になるわけにはいかない。

息をついた俺は絶望を吐き出す、据え膳を投げ捨て父親でいることを決意した俺は二人の身体を前に日焼け止めのボトルをシートに戻した。

 

 

「ハティ」

 

「おー…?」

 

「日焼け止めさ、おねぇちゃんたちに塗るの手伝ってくれないか?」

 

「!」

 

 

例え男らしくないと非難されても良い、苦肉の策を提案するとハティは嬉しそうに目を輝かせた、どうやら興味はあるらしい。

這って近づいてきたハティの手に俺は粘度の高い日焼け止めを垂らす、掌に溜まった乳白色の液体を見下ろした少女は軽く鼻を鳴らしながら尻尾を揺らした。

両手で器を作り日焼け止めを貯めたハティを脇の下から持ち上げる、そして寝そべった二人の背中の上にまで運ぶと降ろした。

 

 

「あ、あれ、ハティちゃん?リョナさんがするんじゃ!?」

 

「…まぁ私はハティでも構いませんが」

 

 

背中に乗った少女は二人を見下ろすと小首をかしげる、隣に座った俺のことを見上げると可愛らしく指示を仰いできた。

その手首を優しく掴む、自由にさせてもよかったがもしかするとまだ未練があったのかもしれない。

 

 

「俺が動かすからハティはぬりぬりしててくれ」

 

「おー」

 

 

頷いたハティの腕をクレーンゲーム感覚で動かす、作っていた器を横に離させると二人の白い背中に日焼け止めが流れ落ち冷たい飛沫がパシャリと撥ねた。

 

冷たい感触に二人が色っぽい声を漏らす、無視した俺はハティの腕を動かすと早速日焼け止めを塗り始めた。

ハティ越しならば何の問題もない、俺はその小さな手を操り間接的にその身体に触れていく。

 

 

「あっちょっ…そこは、ダメっ…!?」

 

「んっ…」

 

 

ハティの手できわどい所を塗っていく、少女の手ならばどこを触っても問題ないので躊躇いなく胸や内股に手を入れさせしっかりと日焼け止めの液をなじませた。

ヌルヌルとした少女の手に身体を揉まれ二人が声をあげる、感度の良い女子二人はきわどいところを撫でられ身体を跳ねさせた。

柔らかい身体を触るハティは興味津々に揉む、無慈悲な指使いによってエイナとリューはかなり苦しめられることになった。

 

数分後、白濁にまみれた二人が…ではなく、満遍なく全身に日焼け止めを塗った二人が息をつく。

身体を(もてあそ)ばれた二人は荒く肩を上下させており、その身体にはうっすらと汗が張っていた。

 

 

「よーしよし、上手く出来たな。えらいぞハティ」

 

「むふー」

 

 

満足げなハティの頭を撫でる、酷いイベントだったが何とか回避した…俺はまだ父親でいられるようだ。

もうこれ以上悪いことなんて起こりようがないだろう、二人の身体を見下ろした俺はやり遂げた感と共に息をつく。

日焼け止めを塗る作業は終わった。ハティと共に海に行くことに俺は想いを馳せる、かくして日焼け止めを塗り終わった俺は解放されたのだった――――

 

 

「ぱー…も、ひや?」

 

「えっ」

 

 

――――否、まだ一人日焼け止めを塗っていない奴がいる。

 

ここにきて言語能力の飛躍的な向上をみせたハティが両手を伸ばしてくる、その奥で被害にあった二人がよろよろと身体を起こして怒りに燃える瞳で振り返ったのが見えた。

それは復讐の鬼、二人の鬼は凄まじい豪気を発しながら立ち上がり俺の側に近づきながら日焼け止めのボトルを回収する。

 

 

「…ナイスアイディアですハティ、男は日焼け止めを塗っていけないなんてことないですよね?」

 

「…よくもハティちゃん越しとはいえ好き勝手やってくれましたねリョナさん!覚悟!」

 

「はっ!?あっちょっそこはらめッ…あああああああああああああああーーーッ!?」

 

 

飛びかかってきた二人に押し倒された時点で俺の敗北は決まっていた。

上体を固定された俺の上に乗っかった二人とハティはその手に貯めていた日焼け止めを目にも止まらぬ早業でパァンと俺の胸に叩きつける。

逆襲、三人によるオイル攻撃に今度は俺が喘ぐことになるのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

夕暮れ、様々なことをしてクタクタに遊び疲れた面々は海からコテージに引き上げていた。

そして軽めにシャワーを浴びた俺は現在イーミンコハルの料理人コンビと共に夕食の準備をしている、コテージに備え付けのキッチンはそれほど大きくないが役割分担をしているのでそこまで互いに邪魔になることは無かった。

 

 

「…やっぱイーミンは作業が一つ一つ丁寧だよな、性格の割に」

 

「褒めてんのか馬鹿にしてんのかはっきりしろよ」

 

「いや褒めてる褒めてる」

 

 

釣ってきた魚を捌いているイーミンを横目に俺は鉄板に纏めた麺たまねぎもやしを焼く、シンプルなソース焼きそばを作る予定だったりした。既にフライパンからは良い匂いが漂ってきており、先に焼いておいた豚肉を追加すると既に美味しそうだった。

 

 

「少なくとも町の料理屋レベルじゃねぇよな、料亭とか行ってたとか?」

 

「あー…まぁ乙女には色々と秘密があんだよ、聞くな」

 

「乙女?…あっ、お前がか」

 

「文句あんのかゴラァ!?」

 

 

流石に乙女は無いだろう、乙女は。

逆上するイーミンの手元、まな板の上に乗せられた魚は極めて丁寧に捌かれている。

性格はともかく腕は確かだ。食材に対する知識もあるし時折意見を交換しては喧嘩している、互いの知識の方向性というか時代が違い過ぎるのが問題だろう。

まったくとむくれたイーミンが作業に戻る、手早く魚を捌くと刺身にして円形の広い器に盛りつけていった。

昼間釣りをしにいって獲れた魚の一匹である。昼間試しに釣竿を借りたのだが、試しに岩場からハティに糸を降ろさせてみたところ三十分で四匹釣るという驚異の結果になった。隣で釣っていた俺が一回もヒットしなかったあたりこの子実は持っているのかもしれない、あるいは魚からもモテモテなのだろうか。

正に『ハティ爆釣伝説~第一章、出会い~』の幕開けであった。

 

 

「…逆にコハルは性格の割に雑だよな」

 

「いっ!?」

 

「あぁ…それは私も昔から言ってるんだけどな…」

 

「い、イーミンちゃんまでぇ…」

 

 

背後の小テーブルでシーザーサラダの盛り付けをしているコハルが肩をびくつかせる、半熟卵付きの美味しそうなサラダを人数分小皿に分けている彼女は前髪で隠れた顔の下で涙目になっていた。

とはいえ全体的に粗いのも事実だ。よくよく見ると千切ったレタスは大きすぎるし、包丁を扱わせると見ていて危なっかしい。まぁ大雑把なものを作ることに関しては彼女が一番だろう、不味くはないが大雑把なりの味だ。

意地悪さに関して息の合う二人はコハルをいじりながら調理を続ける。

 

 

「刺身出来たか?」

 

「五分」

 

「解った、先に焼きそば持ってくわ」

 

 

鉄板で焼き終えた大量の焼きそばを大皿に移す、火元を閉じると重い皿を両手で持ち上げた。

焼きそばを持ったままキッチンから出るとリビングに向かう、リビングにはソファーと背の低い長机があり、床の上に座れば全員で食事が出来そうだった。

ソファーにはベルが一人で腰かけている、疲れた様子の少年は膝を抱えてウトウトとしていたが焼きそばの良い匂いにハッと覚醒すると目を擦った。

 

 

「あ…できましたか?」

 

「おう」

 

 

座り直したベルの前を横切ると長机の上に焼きそばの乗った大皿を置く。シンプルな焼きそばは濃く熱気をたてており、茶色の麺の中には肉と玉ねぎが入っていた。

ベル以外の面々は風呂に行っている、冷めてしまう前に食べてもらいたいのだが予測することはできなかった。

とはいえもう一時間以上入っている、もうそろそろ出てきてもおかしくない頃合いだろう。

 

 

「…皿運ぶか」

 

 

何度かキッチンと机を往復し皿やグラスを人数分運ぶ、途中サラダを完成させたコハルと共に小皿を並べていった。

暫くすると笑い声と共に風呂場からぞろぞろと女性陣が溢れ出す、甘い洗剤の匂いと共に風呂上がりの湯気をあげた寝間着姿の女性達はリビングに入ってくると各自料理に目を向け落ち着く位置に腰かけた。

マットの上に胡坐をかいた俺にハティが近づいてくる、頬を上気させたハティは隣にぺたんと腰かけ見上げてきた。

どうやらちゃんと洗ってもらえたらしい、海で遊んできた少女の身体はかなり汚れてしまっていたが今は…ちょっと髪がゴワゴワしている気がするが綺麗だ、肌も少し焼けて健康的かもしれない。

 

 

「よっしゃー会心の出来だー!」

 

「「おー!」」

 

 

イーミンが歓喜の叫びと共に皿を持ってくる。大きな皿には豪華なお頭付きの刺身料理が美しく盛り付けられており、量もさることながら美味しそうなその見た目からかなりの力作だということを伺わせた。

机の中心に置かれたメインディッシュを前に散々遊び疲れ腹をすかせた一同は期待に胸を膨らませる。

 

 

「じゃあ…頂きます!」

 

「食うべ食うべ」

 

「酒だ!魚だ!…あとこれ何?」

 

「焼きそば」

 

 

始まった宴会は楽し気な笑い声と共に過ぎていく、新鮮な魚の刺身に舌鼓をうった一同は焼きそばに苦戦しながら夕暮れを越したのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「じゃあおやすみ、しっかり休めよベル」

 

「はいおやすみなさいリョナさん、ふぁ…」

 

 

食事のあと風呂に入った俺とベルは部屋に戻ると特に話も無くベッドに横になる、互いに疲れていてそんな余裕などなかった。暗黒の訪れた部屋の中は僅かな月明かりが差すのみとなり、横たわり見上げた天井にゆらゆらと影を作るだけだった。

寝間着の下を掻いた俺は目を閉じる、意識を半覚醒状態にして身体を休めると深く息を吐きだし脱力する。

ほどなくしてベルの寝息が聞こえ始めた、昼間ヘスティアとリリやシルに振り回されかなり疲れた様子だった少年はどうやらもう眠ってしまったらしかった。

 

(…)

 

規則正しい呼吸を繰り返しながら俺は木々のざわめきを聞く。

何もせずただ過ぎていく時間は微睡みの中にあり、ぼんやりと明日の予定を考えながらあくびをついた。

恐らく今日も悪夢を見るだろう、久々に一人で寝る夜は別に俺は構わないのだがハティが心配だった…まぁ見た感じリューさんに添い寝されるようだったので寂しくは無いだろうが。

 

静寂、夜闇。

ただ透明な月明かりのみが落ちる部屋、穏やかな空気の中で眠る。

何も動かない部屋の中は静かで、とはいえ深い眠りに落ちてしまえば小さな物音程度には気が付けない。

 

 

「…」

 

 

足元の先、ゆっくりと部屋の扉が開けられる。

木造の扉は古く音が鳴りやすい。慎重かつゆっくりとした挙動により一切の物音をたてずに扉は開けられていく。

そして人一人通れるくらいに開けられた隙間からそれは入ってきた、濃い影を身にまとったその人物は低く身を屈めながら部屋の中を横切ると目的の物を見つけ、忍び足のまま慎重かつ大胆に床を踏んだ。

だがその直前、侵入者は背後から放たれる殺気にびくりと肩を震わせる。

 

 

「おい」

 

「ほわぁっっ!?」

 

 

声をかけると忍び込んできていた女神が声をあげる、髪を降ろした寝間着姿のヘスティアは驚愕の表情で俺の事を見上げてきており、恐怖なのか顔面蒼白のままがたがたと肩を震わせていた。

それもそのはずだ、夜這い中に邪魔されたら誰だって驚く。

 

(やっぱり来たか…)

 

半覚醒状態の俺はベルへの夜這い警護をしていた、寝ているというかほぼ瞑想に近いそれは寝れているわけではないが休める事は出来る。

とはいえそもそも夜這い自体が杞憂という可能性はあった、だがこうして馬鹿が一人引っかかったあたり無駄ではなかったらしい。

跳ね起きた俺は顔面蒼白な女神な女神の前に立ちはだかる、不純異性交遊の番人を前にヘスティアは震えるしか出来なかった。

 

 

「…それで、一応聞くが何してんだアンタ?」

 

「あ、あー…人肌恋しい瞬間ってあるよねっ」

 

「真夏にゃねぇな」

 

 

現実は非常である。

開き直ろうとしたヘスティアに俺は胸元から取り出した黄色いカードを掲げる、それは旅行実行委員長にのみ与えられた特権であり、厳格な法の執行であった。

 

 

「そ、それは!?」

 

「イエローカード、これが二枚でレッドカード。レッドカードになった者には実刑が下され、コテージから追放になる」

 

「コテージから追放!?やり過ぎじゃない!?」

 

 

夜這い女神が良く言う。コテージから追放になったものはキャンプ生活だ、一人だけ仲間はずれなのは精神的に来るものがあるだろう。

ともあれ風紀は絶対だ、数少ない男二人としてかかる火の粉は何とかして払わなければならなかった…普通男女の立場が逆だと思うのだが。

 

 

「次はねぇ、キャンプ生活したくなかったら早く自分のベッドでおねんねするこったな」

 

「くぅっ…この僕がこれほどの辱めを受けるなんてっ…!」

 

「自業自得だろ、見つけ次第二枚目だからなー」

 

 

念を押した俺は開け放たれたドアを後ろ手に指さす、屈辱に震えている女神は抵抗することも出来ずに立ち上がるととぼとぼと歩いて行った。

自分の部屋に戻る情けない姿を俺はしっかりと見送るとため息をつく、へこたれない雑草魂をもつ彼女ではあるが今晩は流石にもう出没することは無いだろう。

扉を閉めた俺は欠伸を浮かべ自分のベッドに戻る、どうやらベルは安眠できているらしい。もう夜もくれだ、俺ももう少しだけ警戒して眠ることにしよう。

 

 

「愛の巣にようこそにゃお得意様、さぁ観念してアーニャと子供を…」

 

「はいイエローカード」

 

「にゃ゛~!?」

 

 

シーツを捲るとベッドの中に発情した猫が一匹潜り込んでいた、俺は首根っこを掴み引きずると流れ作業で外に放り投げる。再び欠伸をついてドアを閉めると今度こそベッドに寝転がった。

夜這いを警戒しながら、そんなこんなでメレン旅行一日目の夜は過ぎていくのだった。

 

 

 

・・・

 

 

 




まぁとりあえず一日目は導入、海に来たぞーって感じで。
というか何か普通のラノベみたいになってましたね、日常感を出したい。
ラブコメなぁ…書きたくはなるけど臭いって自分で思っちゃうんだよなぁ…まぁ作家見習いだし何でも挑戦だけど。

次回は来年ですな、体調には気を付けて良いお年をー!

※追記。何でもメレンは湖という話を投稿してから知ったのですが、少なくともこの世界では海都市です。今後の展開に出す予定も無かったので架空の都市名でも良かったし、つまり原作準拠である必要性も無いというわけで、海に行ったという事実が重要なんだよなぁ。
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